MAGIC STORY

神河:輝ける世界

EPISODE 12

メインストーリー第1話:永岩城の異邦人

Akemi Dawn Bowman
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2022年1月24日

 

 皇宮のあらゆる部屋の中でも、魁渡(かいと)のお気に入りは厨房だった。

 ラーメンスープ、餃子、カツカレーの香ばしい匂いが廊下を漂い、魁渡が腰かける小窓まで届いていた。彼は靄の中にいるかのように息を吸い、貯蔵庫へと降りると可能な限り足音を立てないように努めた。軽脚(けいぎゃ)先生の教えの通りに。

 その狐人、皇の助言者は、魁渡の課外活動を褒めはしないだろうが。

アート:Julian Kok Joon Wen

 すぐ近くの台には皿が積み重ねられていた。その傍の水盤には石鹸水が満たされ、泡が溢れ出そうなほどに上がっていた。魁渡が扉に近づいた瞬間、小さな神が水から顔を出し、たった今昼寝から目覚めたかのように瞬きをした。サンショウウオに似た身体の周囲には小さな茶碗が四つ浮遊し、その顔は陶器の破片を思わせる鮮やかな角で縁取られていた。

 魁渡は動きを止めて説教へと身構えた。だが皇国の食器の神は魁渡の行動に興味などないらしく、汚れた皿を掴んで水に沈んだ。

 可笑しさに口の端を歪め、魁渡は曲がり角を駆けると開け放たれた厨房へ向かった。

 皇宮の料理人たちは支度に忙しかった。騒々しく鳴る鍋、煮汁の沸騰、まな板に叩きつけられる包丁の音の中、魁渡はたやすく静かに動いた――同時に、身を隠すのもたやすかった。

 空腹にかられて中央の卓へ目をやると、青色の丸い餅が揃いの皿に座し、それぞれが小さな黄色い目と、三日月のような笑みで飾られていた。

 片手を挙げ、魁渡は勇気を奮い起こすように指を軽く躍らせた。餅がふたつ、卓からわずかに宙へと浮かび上がった。

 魁渡は心でそれを引き寄せた。集中すると、餅は浮遊しながら魁渡へと向かってきた。彼は息を止め、手を伸ばしてそれを宙で掴み取った――その瞬間、料理人のひとりが春雨の瓶の背後から彼を目撃した。

「おい!」 その料理人の顔色は赤を通り越して紫色になっていた。「つまみ食いをするなと言っただろう!」

 半ば足をもつれさせながら、魁渡は廊下を遁走した。誰かが追いかけてくるのが聞こえたが、振り返る余裕はなかった。彼は貯蔵庫へ戻ったが、汚れた皿の端に肘を引っかけ、積み重なった皿の山が崩れかけた。

 餅を胸に抱えたまま、魁渡は片手を伸ばして皿を宙で止めた。それは空中に留まったが、追いかけてくる足音は近づいていた。すぐ後ろに。

 選択肢はなかった。

 彼は皿から意識を離し、窓から跳ぶと同時に背後で陶器が砕け散る音が響いた。石鹸水の中から神が飛び出し、その惨状と皿の破片の隣に呆然と立つ料理人を見て悲鳴をあげた。

 にやりと笑い、魁渡は餅のひとつ口に、もうひとつをポケットに押し込んだ。そして窓枠を跳び越え、取り囲む壁を乗り越えて戻っていった。

 永岩城(えいがんじょう)のほとんどの建物と同じく、皇宮には低く湾曲した屋根と棚状の空間から構成されている。枯山水の庭園が点在し、あるものは宮廷の壁面を這い、飾りのように植木がそこから突き出ていた。

 皇宮は忠実な侍と皇国監視メカに守られているが、魁渡は訓練の間にこの場所を自由にぶらついていた。皇国兵のほとんどは彼にほとんど目もくれなかった。彼らは神との良い関係を維持したり、技術を取り締まったり、未来派がきちんと規則を守っているかを監視するのに気をとられている。

「均衡です」、軽脚はしばしばそう口にしていた。

 魁渡は均衡など気にしていなかった。誰も屋根の上なんて見ない、それで充分だった。

 一番近くの部屋の先端を狙い、魁渡は並ぶ家の上がまるで道であるかのように駆け、訓練室の石庭へと戻った。横開きの扉は大きく開いていた。彼が見る限り、軽脚はまだ来ていない。

 半ば地面に埋もれた石の欠片の列を跳び、魁渡は急いだ。それらは古の秘宝であることを示すように、かすかなエネルギーを帯びて輝いていた。

 敷居を越えると、そこには既に自分以外の誰かがいるとわかった。

「遅いわよ」 英子(えいこ)の鋭い声が影の中から響いた。「それに小麦粉で顔を汚して」

 魁渡は姉へと向き直った。同じ年齢でありながら、英子は常に魁渡よりも年上に見えた。あるいは、両親が死んでからというもの、弟の世話をするのが自分の責任だと感じているからだろうか。

 魁渡も英子を大切にしていたが、何かを楽しんでいるからといって姉を叱責することはなかった。

 英子はもはや、何かを大いに楽しむということもなくなっていたのだが。

 彼は袖で口元を拭った。「怒るなよ」 そしてポケットからあの餅を取り出し、英子へと差し出した。「これ、姉ちゃんのためにさ」

 英子は眉をひそめたが、その瞳はかすかに笑っていた。溜息をついて彼女はその餅を受け取ると口に放り込み、衣服で指を拭った。「魁渡はもっと真面目に訓練しないと。もう五年目なんだから――ほとんどの訓練生は、もう進路を決める頃なのよ」

 魁渡は笑みを浮かべたまま肩をすくめた。英子を怒らせすぎない方がいい。「いいじゃん、そういう規則があるわけじゃないし。基礎訓練をずっと続けていれば、離れることはないんだから。今と同じように、ずっと一緒にいられる」

 英子は口を閉ざし、頬を紅潮させた。「魁渡、私――」

 その時、軽脚が部屋に入ってきた。英子が発しかけた言葉はそこで途切れた。

 華麗な着物をまとい、軽脚はただの皇国人にはない均衡と高貴さをまとって入ってきた――その物腰は皇国人のまさしく模範だった。背後には七本の白い尾が揺れ、その狐人の年齢と知啓を示していた。

 魁渡と英子は恭しく頭を下げた。軽脚はふたりの師であるが、同時に保護者であるとも言えた。

アート:Randy Vargas

 魁渡は皇宮の規則が好きではなかったが、だからといって軽脚に認めて欲しくないというわけではなかった。英子のように自然に、褒めてもらいたかった。姉は皇国での生活に馴染んでいた。

 だが魁渡は感じていた、ここには壁が多すぎると。

 軽脚は背中で腕を組み、魁渡をまっすぐに見つめた。「貴方と英子さんとの訓練は終わりです」

 魁渡は額に皺を寄せた。「訓練は終わりなんですか?」 彼は姉を一瞥したが、彼女は唇の端を噛むだけだった。

「訓練は続きます」 軽脚はそう正した。「ですが一緒の訓練は終わりです。英子さんは神の外交官の進路を選択しました。同じ訓練生と予定を合わせねばなりません」

 世界が傾いたように魁渡は感じた。彼は姉へと向き直った。「なんで言ってくれなかったんだ?」

 英子は肩を落とした。「言おうとしたわよ。何度もね。でも魁渡は将来について絶対に話したがらなかったし、私もこれ以上訓練を遅らせられなかった。魁渡、私たちいつまでも子供じゃいられないのよ」

「訓練を遅らせる? どういう意味だよ?」

 彼女は顔をしかめた。「魁渡に、先に専門を選んで欲しかったから、ずっと待っていたの。その方が――その方が色々と簡単に行くのかもしれないと思って」

 魁渡はひるみ、痛みを感じた。変化を望んではいなかったかもしれないが、姉を引き留めたいと思っていたわけでもなかった。

 どれほどの間、英子は秘密にしていたのだろう?

「ごめんなさい」 弟の肩に手を置き、英子は言った。「でも、もうその時が来たの。私たちふたりにとって。それに、これで私のことはもう構わずに、あなたの道を選べるかもしれないでしょ」

 軽脚は無言でふたりのやり取りを見つめていた。その尾すら、揺れるのを止めていた。

 両目に熱いものを感じ、魁渡は瞬きをした。「大丈夫だよ。おめでとう、姉ちゃん」 いい弟は、そんなふうに言うものだ。

 そして、いい皇国人ではなくとも、いい弟でいたかった。

 英子は頷き、手を離した。今や、自分たちを取り巻く状況は変わってしまった。英子は図書室や会議室で学び、都和市(とわし)の賑やかな中心や、樹海の外れにすら赴いて、神との関係を修復するのだろう。

 森の多くは残ってない――ほとんどは都和市を造るために切り倒された。今、神は残された森を獰猛に守っており、最も腕のいい神との外交官だけがその怒りを宥められる。

 それはいつの日か、英子に最も似合う仕事になるだろう。一方、自分はここで行き詰っていた。皇宮で。将来の計画なんて何も持たずに。

 軽脚はそっと踏み出し、わずかに顔を上げて魁渡を見下ろした。「桜庭園で俊腕(しゅんわん)が待っています。そこで彼が新たな訓練相手を紹介してくれるでしょう」

 喉に詰まったものを魁渡は飲みこみ、だが驚きを振りほどけなかった。俊腕は皇国の侍を鍛える、精鋭の金之尾学院の学長だ。何があって、どうしてそんな人が自分の訓練を?

「すぐに行きます」 魁渡は無感情にそう言い、部屋を出た。気晴らしが欲しかった。

 桜庭園は皇宮の中心深くに位置している。壁を越えて行けば近道できるが、魁渡は建物を迂回して石段を昇る長い道のりを進んだ。皇の私室と香醍(きょうだい)の社はここから近い。少なくとも最高の振る舞いをしてみせる必要があった。

 今までに皇と言葉を交わしたことはあったが、薄い覆いを隔ててだった。最初は偶然だった――うっかり花壇を踏みつけた彼は春の花の神を怒らせてしまい、追いかけられた末に間違った壁を乗り越え、紫陽花と鯉の池に取り囲まれた秘密の庭園に迷い込んだのだった。豪奢な玄関の先に障子戸があり、その背後で温かな光が輝いていた。誰かが部屋の隅に座っていたが、魁渡に見えるのはその影だけだった。

 彼はこっそり立ち去ろうとしたが、二歩進んだところで声が上がり、何をしているのかと尋ねてきた。

 それが皇だとは、魁渡は知らなかった。同じ年頃の女の子の声が聞こえてきただけだったのだ。悪戯を軽脚先生に告げ口するような相手ではなく、友達になれそうな相手。

 だから、魁渡は本当のことを明かした。立ち入り禁止の書庫に忍び込んで本を持ち出すという挑戦の途中で誰かに見られたこと。これまで生きてきた中で一番速く走り、屋根を三つと壁を五つ越え、建物一つをよじ登って逃げたこと。

 その女の子は仕切りの向こうで笑った。そんな可笑しいことを聞いたのは初めて、その言葉の中に彼は笑い声を聞いた。

 ふたりはそれから一時間近く語り合い、魁渡は訓練に遅刻していると気づいた。彼は女の子の名を尋ねたが、返事はなかった。最も親しい相手であっても、皇は名を明かしてはならない。それでも、もし隠れる場所が必要になったら、是非また会いに来てくれていいと彼女は言った。

 去り際、壁を登りながら魁渡は辺りを見渡した――戻ってこられるように――そして自分は皇の庭園に入り込んでいたと気づいたのだった。

 良い皇国兵であれば、再訪すべきではないと心得ているはずだ。良い臣下であれば、皇にそんなにも砕けた言葉遣いをするのは不適切だと心得ているはずだ。そして良い訓練生であれば、勉強の妨げになるような気晴らしはしないものだ。

 だが魁渡は何よりも、自らの心に従うことを心得ていた。

 覆いの向こうにいる皇を次に訪れた時、魁渡は彼女が何者かを仰々しく騒ぎ立てはせず、ただ呼びかける必要が生じた際には「皇さま」と呼んだ。来る日も来る日も、彼はただ、友人を相手にするように話した。

 そして、やがてふたりはそうなった。

 桜庭園の門まで来ると、魁渡は拳を握り締めた。次に皇と会う時には、英子の選択について話すことになるのだろう。けれどそうしたら、自分はどう感じているのかと聞かれるに決まっている。どう答えればいい?

 軽脚が自分たちを教育してきたのは、陛下に仕えさせるためだ。上の訓練課程に進むのは義務だ。それが嬉しくないなんて、神河の皇に言えるわけがあるだろうか。

 侍になるというのは最もわかりやすい進路だ。自分は年齢のわりに力強く、素早く、念動力も使える――適切な訓練を受ければ、皇国にとっての財産になれるかもしれない。

 それが軽脚の計画なのかもしれない。俊腕が自ら採用するのであれば、嫌だとは言えない。

 俊腕は草の上で待っていた。狐人の身体に合わせて念入りに組み上げられた皇国の鎧。その金属に陽光がきらめき、背中に広げた豪奢な扇子と相まって金や銅や朽葉色の様々な影を作り上げていた。

 よく似合う兜の下から、俊腕は簡素に頷いた。「軽脚から聞いている、君は素晴らしい剣士だそうだね」

 魁渡は顔をしかめた。やっぱりそうだ。皇国兵としての人生に足を深く踏み入れることになる。逃げ場もなく。死ぬまで侍でいることになる。「あ……そ、そうです」

 俊腕は不満のうなり声を上げた。「軽脚が嘘吐きだとは思わないが、素晴らしい剣士と言われる者が二の足を踏むというのも聞いたことはないな」 その頬髯が逆立った。「返答を訂正したいかね?」

 魁渡は背筋を伸ばした。「戦いには自信があります。長いこと、姉と訓練を続けてきました」

「宜しい」 俊腕は横を向き、その厳しい視線は桜の木々の先を見つめた。「新しい訓練相手を必要としていたのだ。学びに遅れをとらないような者をね。君は基礎訓練から先に進んでいないゆえに……」

 その声にある嫌悪を魁渡は感じた。怠惰であり、それは侍の素質ではないという含み。

 彼は喜びを隠した。まだ希望はあるのかもしれない。

 俊腕は木々の先にいる何者かを熱心に見つめていた。「常に礼儀を忘れないように。だが同時に、普段と何ら変わらないものとして訓練に挑むのだ。いいかね?」

 魁渡は頷き、すると近くの扉が滑るように開いた。足音が小道を近づいてきた。俊腕は低く頭を下げた。

 同じようにしようとして魁渡は足を揃え、だがひとりの少女が角を曲がって姿を現すと、彼ははっとして止まった。純白の髪、茶色の瞳、その幼さにしては、真剣すぎる表情。

「奉仕に感謝致します」 その言葉は堅苦しく形式ばって、だが魁渡はその内によく知るものを感じ取っていた。

 神河の皇。

 魁渡は目を見開いた。彼女の顔を見たことはなかった――見たのはその影だけだった。だがその影はとても温かく、思いやりに満ちて、未来の神河の夢で溢れていた。

 ただの影なんかじゃない。大切な相手。

 彼はお辞儀をするべきだと思い出した。「このような機会、真に光栄です。皇さま――いえ、陛下」

アート:Eric Deschamps

 魁渡が長年使い続けていた下手なあだ名に彼女は反応せず、だが俊腕は非難するように鼻先をひきつらせた。狐人は練習用の木刀を一本取り上げると、頭を下げながら両手でそれを皇に差し出した。そして次の木刀を手に取ると、彼はそれを少し離れた距離から魁渡へと放り投げた。

 魁渡は素早かった――すぐさま手を宙にひらめかせ、胸に当たる前に剣の柄を彼はとらえた。

 俊腕は彼を見つめ、だが何も言わなかった。

 草の上で位置につき、練習を始めるべく魁渡と皇は剣を構えた。

 あらゆる動きを見つめなければ、魁渡はそうわかっていた。だが彼女の瞳から目をそらせなかった。こちらのことをわかってくれているのだろうか? 声を覚えてくれているのだろうか?

 友達だと思ってくれているのだろうか、それとも自分がそう思っているだけなのだろうか?

 俊腕が開始を合図すると、魁渡は切りかかった。皇はそれを防いだ――その身のこなしは水のように、流れるようで力強かった。ふたりは円を描くように間に合わせの訓練場を動き、剣が的確にぶつかり合い、だが両者ともまだ動きは軽いと言えた。

 魁渡は一歩下がり、剣を掲げて攻撃を防ぎ、その時俊腕の視線をとらえた。

 普段と何ら変わらないものとして訓練に挑むのだ。

 歯を食いしばり、魁渡は頷いた。何を求められているかは理解した。そして皇も許してくれることを願った。

 彼は勢いよく剣を振るい、皇を端にまで追い詰めた。魁渡は容赦なく、鋭く、激しい攻撃を続けて繰り出した――彼女の、穏やかなエネルギーとは対照的に。

 皇が波ひとつない湖だとすれば、魁渡は津波だった。

 すぐに消耗させられる。彼はそれを確信していた。

 皇は防御を続けていたが、やがて風に流れる絹のように踵を返した。それはあまりに優雅で、彼女の次なる攻撃に魁渡は不意をつかれた。魁渡は剣で受け止め、耐えた。だがそして素早い動きひとつで彼女は身体をひねり、剣先で魁渡の剣の柄を叩いた。

 掌が痺れるのを感じ、だが遅すぎた。彼女は再び旋回し、片手で魁渡の剣を奪うと同時に腹部を蹴りつけ、魁渡が体勢を立て直すよりも早く、二本の剣を彼の首元へと突きつけた。

 魁渡は皇を見上げた――その背後には陽光が弾け、すらりとした身体の影だけが浮かび上がっていた。まるで再び、覆いの向こうの影になったかのように――そして、その唇の端に笑みが浮かんだ。知っている、そう伝えてくる笑みが。

 俊腕が今も見つめている、だから魁渡は笑みを返そうとはしなかった。だが心の内は嬉しさに昂っていた。


 それから幾年、魁渡と皇は共に訓練を続けた。そして訓練以外の時間には、魁渡は暇を見つけては庭園で彼女に会い、そこでふたりは覆い越しに会話を交わした。俊腕の用心深い視線から離れたなら、ふたりはただの、秘密を共有する子供時代からの友人同士だった。

 それが永遠に続くことを魁渡は願ったが、ふたりを取り巻く世界はそうではなかった。霜剣山市(そうけんざんし)の蜂起軍の噂は日々の会話にのぼるようになった。未来派は皇国の技術規制への不満を日々募らせていた。樹海では、神との交渉は今なお緊張をはらんでいた。

 そして英子はいつも勉強に忙しかった。時折、自分に残されたのは皇だけだと感じるほどに。

 黒い瓦に指を押し付け、魁渡は握りを再確認した。雨は一晩中振り続け、幾つかの側溝にはまだ水が流れていた。だが彼は挑戦が好きであり、これは気を抜かずに進むいい練習だった。

 遠くで、永岩城着の列車が角を曲がり、金属の短剣のように駅へと吸い込まれていった。獣型をした折り紙メカが周囲の絶壁から立ち上がり、頭上には蛾乗りたちが現れて訪問者の到着を待った――皇の助言者たちとの会談のため、雲上都市の大田原(おおたわら)から未来派の者たちがやってくるのだ。

 魁渡は餡パンの最後の欠片を口に押し込み、手をはたくと屋根沿いに移動し、皇の住処へと向かった。

 その途中、段々の庭園のひとつに、未来派の鎧をまとった男が立っていた。その足は草の上にわずかに浮いていた。ムーンフォーク。

 他の人たちより先に来たに違いない、魁渡はそう観察した。

 その未来派の胸元に青い光が不規則な模様で閃き、上着は白熱するように輝いた。その両肩には、赤みがかった金色の薄い金属が層を成していた。男は指でその一枚を摘み、木から葉をむしり取るように引き抜いた。

 三角の形がその手の中に広がり、何度も折り畳まれ、そして折り鶴の形をしたドローンへと変化した。それは直ちに離陸し、まるでその翼で秘密を運ぶように雲間へと消えていった。

アート:Cristi Balanescu

 その男が振り返ると、正面に魁渡が立っていた。

 明らかに驚き、その余所者は目を見開いた。彼は魁渡の若々しい顔を見つめ、年齢を見積もって安心し、地面に足をつけた。「なかなかやる子だ。私にそのように忍び寄ることができた者は長いこといなかった」 くすりと笑い、その男は付け加えた。「だが皇国兵が門の所で私の武器を預かっていたのは幸運だったな。私のような者はまず切りかかり、その後で尋ねるものだ」

 魁渡は動かなかった。「俺は子供じゃない」 そして男の肩を顎で示した。「それと未来派さん、外の技術を皇宮内に持ち込むのはご法度のはずだけど?」

「私は友好的な伝言を送っただけだよ」 くだけた返答だった。

「それを送るために庭に隠れなきゃいけないのが友好的なのか?」

 男は首を傾げた。「悪気があって言うわけではないが、君はあまり皇国兵らしくないな」 彼は強調するように顔の前で手をひらひらさせた。「皇国兵は気取っているものだ。だが君はどうだ? ただ興味があるだけという様子だ。それに自覚しているだろうが、こうしてまだここにいて、私と話を続けている」

 魁渡は腕を組んだ。「俺は皇国の生まれじゃない、けど今はここが家なんだ」 そう言いながらも、魁渡は自分の言葉に違和感を覚えた。こんなにも嘘のように感じることが、まだ真実でいられるのだろうか?

「親なしかね?」 魁渡が返答せずにいると、その男は肩をすくめた。「私もだ。工場で働いていた時にね。有毒ガスが漏れ出したんだが、センサーが古すぎて、気付いた時には手遅れだった」彼は顎を緊張させた。「もっといい設備があれば防げたんだろう。けれど皇国の規制と下層街で何かをアップグレードする費用は……」 その声は途切れたが、彼は無理矢理笑みを浮かべた。「大田原に親戚がいたのは幸運だった。そうでなかったら今もまだそこにいて、旧式の技術と格闘しながら衣食住を得るので精一杯だっただろうからね」

 魁渡も英子も、両親の話はしなかった。誰にも。

 不平を言うのは間違っているように思えた。皇国は自分たちに安全な学びの場所と十分な食べ物を、そして神河の人々が喜んで勝ち取りたいと願うような家を与えてくれているのだから。

 だが、それでも……

「俺の親は都和市の研究所で働いてたんだ。けど事故があって。放射線を浴びた」 魁渡は身体を強張らせた。そんな言葉を口に出すのは奇妙で、ほとんど裏切りのように思えた。英子は何と言うだろう? 軽脚先生は? 陛下は?

 だが、口に出して言う必要があった。いい魁渡は、この余所者に話すのかもしれないから。

「ああ。下層街では放射線曝露の治療技術を手に入れるのは難しい。とても高額だからね」

 芽生えた怒りに、魁渡の顔が熱くなかった。こんな怒りを抱いていたことすら知らなかった。「親父は――治療技術を持ってた。それを母さんに使おうとした。けど……まだ認可されてなかったやつで」

「闇市場かね?」

 魁渡は頷いた。「親父は逮捕されたよ。そして刑務所で死んだ。母さんもそのすぐ後に」

 空民(そらたみ)の声は同情で縁取られていた。「人の生死を誰かが管理するのは正しいことじゃない。技術とは人々のためのものであるべきだ。誰の助けも得られない時に、自分で自分の面倒を見られるようにね」

 魁渡は口を歪めた。「けど規制がなかったら、誰でも何でも作れるだろ。悪い奴らは武器を」 規定が必要とされているのだ。軽脚は一度ならずそう強調していた。

 その男は魁渡の肩に手を置いて身体を寄せた。「それは、君を管理したいと思う者の言葉だよ」彼は手を離し、鎧からまた小さな折り紙のドローンを引き抜いた。「君にあげよう。体制に失望させられた一人からもう一人への贈り物だ」

 魁渡はそれを受け取り、それが大いに慰めになったことを驚いた。皇国には皇国のドローンがあるが、これは全く異なるもののように感じた。まだ見たこともない世界の欠片だった。

 そのムーンフォークは扉へ向かった。四肢の動きは優雅、だがその声は粗かった。「会議に遅刻だ。だが君のような子との会話は楽しかったよ」

「子供じゃないって」 魁渡はそう声を上げた。

 男は肩越しに笑った。「もし仕事を探すことがあれば、未来派は君のような者を歓迎するだろう。カツマサを尋ねてくれ」

 彼は建物の中へと消え、魁渡はまるで地面が何かを振りほどこうとしているように感じた。遠い昔に忘れ去って、立ち戻るのを怖れていた何かを。

 今この時まで。

 誰か、話し相手が欲しかった。けれど英子は皇国の生き方に身を捧げている――自分の心の葛藤を決して理解はしてくれないだろう。陛下も。彼女は神河を統べており、統合しつつある定命と精霊の領域間の均衡を維持するには、技術の管理が不可欠だと心から信じているのだから。

 魁渡は皇宮の上空を飛ぶ蛾乗りを見つめた。あれは将来の自分の姿なのだろうか。軽脚先生はそうしようとしているのだろうか。死ぬまで、忠節を貫く。

 けれど少なくとも、ここには大切な人たちがいる。戦うことでその人たちが安全に生きていけるなら、心の一部を捧げるのもそれほど悪くはないのかもしれない。

 もう両親はいないのだ。これ以上、誰も、再び失いはしない。

 鶴のドローンをポケットに押し込み、魁渡は雲へと溜息をついた。会う相手がいるのだった。彼は再び壁を登り、友人のもとへと向かった。


 それからの数か月は物憂げに過ぎていった。あの庭園で出会った未来派の人物については誰にも言わずにいた。それはひとつの秘密として魁渡は抱き続けていた。思考から離れることのない秘密。

 だが自分の理想がいかに変わってしまったか、彼はそれを皇に話した。彼女は同意こそしなかったが、魁渡の話を止めることもしなかった。そしてそれは何故か、彼の感情へと更なる目的を与えた。だが心が皇国の教えから離れかけようとも、魁渡の人生には全く変化がないように思えた。

 桜庭園で、軽脚が待つ姿を見るまでは。

「俊腕先生は?」 当惑し、魁渡は首を傾げた。「訓練は中止ですか?」

「訓練は終わりです」 軽脚は身体の前で手を組んだ。かつては魁渡を圧倒するようだったが、今やふたりの背丈は同じだった。

「何故ですか」魁渡の視線は皇を探して庭園を辿ったが、その姿はなかった。

 軽脚は鼻先をぴくりと動かした。「魁渡さん、貴方はもう大人と言っていい年齢です。誰かの訓練相手でいる理由はありません。進路を選び、自らの道を歩み始めるのです。俊腕いわく、貴方は――」

「侍になんてなりたくありません」 魁渡は師の言葉を遮った。その言葉を発するまで、決心すらしていなかったのに。

 けれど自分が何者なのか、どう感じているのを隠すのにはもう疲れていた。

 軽脚は七本の尾をぴんと伸ばした。「貴方と陛下が友誼を結んでいるのは存じています」 魁渡は顔をそむけた。「ですがふたりとも、神河におけるそれぞれの義務に献身する時です――陛下はその民への、貴方は陛下への」

「そのために、金之尾学院に入る必要はないでしょう」 魁渡はむきになって言った。

「陛下には、その失脚を望む多くの敵がいます」 軽脚は警告するように言った。「陛下には侍が必要なのです。忠節な臣下が」 その声は刃のように鋭かった。「異なる未来という考えを吹き込むことに熱心な訓練相手ではなく」

 心が真二つに砕けたような気がした。「陛下が――先生に話したんですか?」 自分たちは長年、無二の友として様々な物事について語り合ってきた。互いの怖れを。世界への望みを。

 だが彼女が、軽脚先生に自分の感情を告げ口するなどとは考えたこともなかった。

「陛下をお守りするのが、変わることのない我らの義務です。陛下のような方は、私生活というものには無縁なのです」 軽脚は溜息をつき、魁渡へと一歩踏み出した。「子供時代のままでいることを許していましたが、長すぎたのかもしれません。もっと早く介入し、貴方をよりよい将来へと導くべきだったのかもしれません」

「よりよい将来?」 魁渡は息を詰まらせた。拳が震えた。「それが何なのか、わかってもいないくせに!」

 軽脚は暗い色の瞳で見つめたままでいた。「均衡こそが唯一の道です。我々が作り上げる機械は神河を変える可能性をはらんでいます。管理を必要とする力なのです」

「一本だけの道なんて、全員が平等でなくちゃ機能しない!」 魁渡は言い返した。「皇国人は永岩城の中で安全に生きていける。神との調和があって、必要な技術はいつだって使える。けど神河にはそんな贅沢を言ってられない場所があるんだよ! 世界は楽な場所じゃない、だから先の技術を追求しないといけない人たちがいる。なのにあんたはそれを止めさせてる――生きるために、安全のために自分たちとは違う技術が必要な人たちがいるってことを想像もできないから。許可がなけりゃ使えない、ならその許可を貰えない人たちはどうすればいいんだよ? そのどこに均衡があるんだよ? あんたのやってることは人殺しと――」

「もう結構です、魁渡さん」 軽脚はそう言い放った。耳は畳まれ、鼻息は荒かった。「許可と規制は技術の安全を保障するものです。貴方のような過激な発言をする者は、皇宮に相応しくありません」

「つまりそれって」 魁渡は苦々しく返答した。「俺にここでの居場所はないってことですよね」

 師に背を向けたのはそれが初めてだった。勇敢にも、力強くも、やりすぎだとも感じなかった。

 二度と修復できない何かを断ち切った、そんな気がした。


 その夜は寝付けなかった。魁渡は寝返りを繰り返し、自分と軽脚とを隔ててしまったものを考えないように努めた。

 そのため皇宮に警報が鳴り響いた時、彼は既に目覚めていた。

 寝台から跳ね起きると、魁渡は棚から鶴のドローンを掴んだ。それは今や日々の使用のために改造され、手首にぴったりとはまった。彼は廊下を駆けた。侍や職員がそこかしこにいて、警戒の言葉を交わしながらそれぞれの持ち場に急いでいた。

 英子の居室に向かおうとして、魁渡は駆けてくる司書を目にとめた。彼は腕を上げて相手を止めた。「何があったんですか?」

 その司書は目に恐怖を浮かべ、かぶりを振った。「皇宮に侵入者が。蜂起軍が来てるって話です!」 魁渡の腕を押しやり、司書は避難のために駆けていった。

 魁渡はためらった。誰も英子を探してはいないだろう。他の外交官見習いと一緒なら安全だろうか。

 けれど陛下は……

 魁渡は踵を返し、一番近くのバルコニーを探した。侍たちは広間や廊下、門を監視しているだろう。けれど魁渡は長年この皇宮を駆け回り、人目につかない移動方法を心得ていた。

 そして屋根の上に監視の目が向けられることは滅多にない。

 星が輝く絹地のような空の下、魁渡は皇の私室への最短経路をとった。息を切らしながら黒い瓦の上を駆け、両目は多くの午後を過ごしたあの庭園に定められていた。玄関が目に入ってくると、草の上に明かりは漏れていなかった。

 だが扉は既に開かれていた。

 魁渡は壁から飛び降り、玄関の手前で注意深く足を止めた。彼はつま先立ちで静かに進み、扉の前で止まると、手首から金属のドローンを外した。それは自ら折り鶴の形に変化し、影の中へまっすぐに飛んでいった。

 彼は側頭部につけたチップに指を押しつけた。これでドローンのカメラ映像を見ることができる。皇も、侵入者の姿もなかった。だが香醍の間への扉もまた開かれており、中の床は月光に照らされていた。

 ひとつの音がその部屋から響いた――まるで三つの声が同時に上がったかのような。叫び、歌、囁き、そのどれも苦痛を帯びていた。

 扉の先の様子をドローンが映すのを待つ気はなかった。魁渡はその音を目指して駆けた。香醍に何かあったということは、つまり陛下にも……

 その広大な間にたどり着いた所で魁渡は急停止し、その時ドローンが手首に着地した。屋内の温泉が遠くに沸いており、湯気は水面を覆い隠し、まるでその部屋がどこまでも続いているかのように見せていた。

 香醍の姿を直接見るのは初めてだった。神河の守護精霊は、常に皇を通して話す――他の何とも異なる形で、香醍と皇は繋がっているのだ。それを可能にする祝福は、前皇の死によってのみ与えられる。

 その神は巨大で、一つ一つが人間ほどもある腕が何百本と集まり、神の腹部と肢を作り上げていた。背中の扇子飾りの周囲には黄金色の球が浮遊し、額には巨大な黒色のそれが埋め込まれていた。口は龍のように尖り、顔には三枚の仮面が並んでいた。それらは今田魅知子(こんだ みちこ)、香醍と最初に繋がった初代の皇を表しているという。

神河の魂、香醍》 アート:Daniel Zrom

 魁渡の視線は、天井から吊るされた巨大な機械へと動いた。聞いたことはあった――香醍は太いケーブルのようにそれに巻き付いている、まるでその下の定命の領域と自らを隔てるかのように。

 だが今、香醍は温水の中に悶え、傷つき困惑しているかのように霧をむち打っていた。

 皇の姿はどこにも見当たらなかった。

 魁渡は衛兵を呼ぼうとした――叫びを上げたなら彼らはすぐに駆けつけて、香醍に何かがあったと把握するだろう――だがその時、神の身体の隣、霧の中から見知らぬ男が立ち上がった。

 その男は魁渡が見たこともない輝く鎧に身を包み、金属の片腕にはエネルギーが脈打ち、その先端は怪物のような鉤爪の形をしていた。

 男が魁渡を見つめた。その目は、この世のものではないような桃色に輝いていた。

 冷笑を浮かべ、男は霧から飛び出して開けたバルコニーへと駆けた。魁渡は武器を持っていなかったが、それは問題ではなかった。この侵入者を逃しはしない、何があろうとも。

 彼は屋根の上を追跡した。侵入者の重みに瓦が砕けた。相手の足は速く、明白な目的を持っていた。

 だが魁渡の目的も明白だった。

 緩んだ瓦を目にとめ、魁渡は片手を伸ばしてそれを宙に浮かび上がらせ、放った。瓦は侵入者の側頭部に当たって砕けた。

 だが傷を与えたような様子はなかった。金属の腕の男は振り返り、歯をむき出しにし、魁渡の手首に視線を落とした。口元をあざ笑うように歪め、男は宙に指をひねらせた。

 魁渡は自分の手首が引かれるのを感じ、そして宙に持ち上げられたかと思うと落下した――腕を振り回して庇を掴もうとしたが、できなかった。

 重い音を立てて彼は背中から砂に落下した。魁渡はひるみ、妥協するかのように手首から金属のドローンをはぎ取ると、傷ついた身体が許す限りの速度で再び壁を登った。

 屋根の高さにたどり着いた時には、あの男の姿は消えていた。

 香醍の間に戻ると、位の高い衛兵や助言者たちが待っていた。皇もまた姿を消したと彼は知った。

 何をすべきか――何が起こったのか、皇国兵らはそれを見定めようと議論していた。彼らは蜂起軍の襲撃を非難しようとするばかりで、魁渡にはほとんど目もくれなかった。

「俺、見ました」 魁渡はそう声を上げた。「陛下に何かをした男を。片腕が金属で、目が光っていて――蜂起軍じゃありません」 それはありえなかった。あんな装いと技術を制御する力は、見たこともないものだった。

 七本の尾を広げ、軽脚がやって来た。「金属の腕?」

 魁渡は頷き、安堵した。軽脚先生なら信じてくれるだろう。話を聞いてくれるだろう。理解してくれるだろう――

 だが彼女は他の助言者たちへと向き直った。「未来派の仕業かもしれませんね。違法の義手を装着した者が陛下を誘拐したのかもしれません、法を改正させるために」

「そんな、違います! そんなのじゃない」 魁渡は嘆願するように言った。「未来派じゃありませんでした。自分が何を見たのかくらいわかります!」

 だが軽脚は聞いていなかった。咎めるべきは誰か、どのように報復するかを皇国兵たちと熱心に議論していた。

 遠くで香醍が身を震わせた。何が起こったのか、ここが何処なのかもわからないかのように。

 それどころか、自分が何者なのかも。

 もしかしたら、陛下もどこかで同じように怯え、途方に暮れているのだろうか?

 魁渡は頭に血が上るのを感じた。「みんな探す場所を間違ってる。俺が見た男を追いかけるんじゃなくて、未来派を犯人にしようとしてる。俺が見たあいつが犯人だ」 その声は露骨な怒りを帯びていた。

 誰も耳を傾けようとはしなかった。魁渡の言葉には。

 騒音と霧に負けまいと、彼は叫んだ。「あの男は逃げたんだよ。誰も何もしなかったら、もう二度と陛下の姿を見られないかもしれないのに!」

 両目に忠告を宿し、軽脚が振り返った。「魁渡さん、自室に戻りなさい。これは皇国の問題です」

 その時、彼は感じた――いや、ずっと以前からわかっていた。

 ここは自分の居場所ではない。

 一度だって、そうではなかった。

 香醍の間から離れながらも、頬を流れる怒りの涙が止まらなかった。そして自室に着いた時には、何をすべきか彼はわかっていた。

 英子を置いていくのは心が裂かれるようだった。けれど姉は永岩城に居場所がある。目的がある。

 そして、求めていたものではなくとも、今や自分にもひとつの目的があった。

 神河のどこかにいる、あの金属の男を探し出す。友を見つけて連れ帰る。そしてそれまでは、決して皇宮に再び足を踏み入れはしない。

 その夜、魁渡は永岩城の最後の壁を越えた。振り返ることはなかった。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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