MAGIC STORY

機械兵団の進軍

EPISODE 18

サイドストーリー・ゼンディカー編 戦場での闘争、心での闘争

A. T. Greenblatt
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2023年3月27日

 

 ナヒリはずっと、故郷を救うことだけを願っていた。彼女はゼンディカーの空に漂う無数の石片の上、見晴らしの良い場所に立ち、自身の次元の様子を探った。

 はるか下では、ファイレクシアの侵攻が着実に進んでいた。

 前衛がねばつく油と機械の種子を展開しながら進軍し、足元の緑の大地を萎れさせ焦がしながら、海門に向かって移動していた。軍はこの次元を素早く征服しつつある。ファイレクシアによって団結と秩序がもたらされた他の次元と同じく、ゼンディカーも癒され平和になることだろう。

 いいわね、とナヒリは考えた。

 彼女は以前、故郷の姿を変えようと試みていた。その古代の栄光を取り戻し、乱動を鎮めようとした――だが成功しなかった。この次元をエルドラージから守ろうとしたができなかった。しかし今回は失敗しないだろう。今度こそ、ゼンディカーを救うのだ。最も純粋で最も美しい姿へと変質させる手助けをすることで。

 それに今の自分は以前よりも賢い。だから理解している――ゼンディカーとその住民はこの変化に対抗するだろう。そしてそれを放っておけば、この次元の見当違いの住民はファイレクシア軍を妨害してのけるかもしれない。したがって、彼女は故郷の新生を支援し、その形を整え、完全なもののみが残るまで不純物と衝動を削り取らねばならない。

 ナヒリは目を閉じて石術を呼び起こし、散り散りの面晶体を繋ぐネットワークを感じ取った。はるか昔に彼女自身が作り上げた、エルドラージを食い止めるための防御網。新たに鍛え上げられた自らの力、その中心とすべき拠点をナヒリは必要としていた。それを見つけ、彼女の顔に満面の笑みが浮かんだ。

 そう、エメリアのスカイクレイブは面晶体のネットワーク全体への完璧な接続点となる。そして次元の裂け目を広げ、現在は滴り程の勢いしかないファイレクシアの侵略を洪水のように溢れさせることが可能になるだろう。この次元を洗い流して新たなものに変えるのだ。

 彼女は光り輝くファイレクシアの象徴に覆われた、白熱する新たな腕を見下ろした。かつて手があった場所だが、今は二振りの燃える石刃がある。

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アート:Zara Alfonso

 彼女は笑みを浮かべた。

 自分もまた、より良い姿へと整えられたからだ。今やそれを理解していた。


 綱投げという行為にアキリは慰めを感じた――機械の侵略者が故郷に新たな恐怖をもたらしていようとも。アキリはエメリアの浮遊遺跡を虚しく探索しながら、決して変わることのない事実に感謝した。

「幻視は明確なものではなかった」とタズリは言っていた。「石が形を変え、面晶体が並び、そこから油と腐敗が広がるのを見た。その中心にはひとつの姿が。私たちの破滅を感じたが、そこには救いもあった」

「場所はどこでしょうか?」アキリは尋ねた。

「わからない」わずかに顔を紅潮させながらタズリが答えた。「タジームのどこかに思えた。面晶体が多い場所だ」

 大きな手掛かりとは言えなかった。グウム荒野に秘密の抜け穴や洞窟が数多くあるのと同様に、ゼンディカーの面晶体は無数に散在している。しかしアキリはタズリを信頼しており、光輪の祝福がくれる幻視は少なくともアキリに取り組まねばならない問題だと意識させた。海門では戦いが繰り広げられているというのに、自分たちはそこを離れた――やましいと思いながらも、アキリは安堵を感じていた。薄く冷たい空気の中を再びよじ登り、綱を振り、引っ掛け続けた。

 背後で石の上を急ぐ足音が響き、少しして彼女の立つ足場に仲間二人がたどり着いた。

「何かありましたか?」と彼女は尋ねた。

 コーの司祭、オラーは首を横に振ることで自身の意見を示した。カーザは肩をすくめ、「ごめんよボス」と謝った。しかし普段は陽気なこの人間の魔術師でさえ、意気消沈しているように見えた。

 アキリは頷き、失望感を表に出すことはしなかった。仲間は――友人たちは――ほんのわずかな希望を探すものだと理解していながらも、ついてくると言って聞かないのだ。そうして皆で必死になって希望を求めている。

 遠方ではリンヴァーラが風に乗って滑空している。その天使が目に留まり、アキリは首を横に振った。

 アキリは「気を付けて見張っていてください」と言いながら、流れるような動きでもう一本の綱を五十歩ほど先に漂う崖へと引っ掛けた。

 続けて、彼女は再び舞い上がった。

 ここは大地の上の危険な空間、足場までは何もない。集中し、耳を澄まし、注視しなければならない。いつ何どき何かが変化するかもしれず、一瞬の遅れは死を意味する。

 アキリが綱投げをしているとき、過去の亡霊や後悔の念が入り込む余地はない。

 彼女は熟練の余裕で空隙の向こう側へと進んでいく。放物線の動きの中央で綱を投じ、不安定な残骸や面晶体を巧みに捉え続け、最後は安全そうな足場へと転がり込む。

 その一瞬のひらめきをアキリが捉えたのは、あらゆる動きに感覚を向けていたからに他ならなかった。振り返ると、孤立した破片の上、何もないところからしなやかな体つきのコーの女性が姿を現した。灰色をしたその肌は暗く輝くシンボルで覆われ、両肩からは棘が突き出し、その両腕の先端には手ではなく、輝きを放ちながら燃える長い刃が生えていた。その姿は変わっていたが、遠く離れた位置からでもアキリにはそれが誰なのかがわかった。その姿、その顔は、ザレスを失ってからずっと、悪夢に現れるのだ。

 ザレスを失って、スカイクレイブから落とされたあの時からずっと。

「何か見えますか?」リンヴァーラがアキリの隣に降りてきて尋ねた。

 アキリは指差すことしかできず、胃の中に恐怖が溜まっていった。「タズリさんに警告を」とつぶやく。「急いでください」

 プレインズウォーカー、ナヒリがゼンディカーに戻ってきた。そしてアキリはその瞬間に抑えきれない恐怖とともに、ファイレクシアの侵略が優勢に傾いていると理解した。


 彼女たちは数えきれないほどの日々を絶え間なく戦い抜いてきたが、それでもファイレクシア人はひっきりなしにやって来る。タズリは十分なほど戦いを経験してきたため、闘争は心の中と同じほどに戦場でも行われると知っていた。そのため、彼女は顎を引き、海門の戦闘員を寄せ集めた軍隊へとよく通る声で命令を叫び、疲れを見せないよう努めていた。しかし侵略樹の枝は次々と出現し続けた。白く、ひび割れ、金属的で、そして重厚な枝が空や海に開いたポータルから突如弾けるように現れる。それら新たな枝から、ファイレクシアの侵略軍が波となって戦場に溢れ出た。

 タズリは隣に立つコーの戦士、エレムの顔に恐怖の感情を見た。すでに海門の基部で膨れ上がっている敵勢力に、新たな機械の怪物が殺到し加わろうとしている。タズリが素晴らしい計画設計を行った海門の大理石の柱を、敵とともに不快な見た目のぬめる油が登ってくる。

 彼女はエレムの隣に来て、彼の肩に手を乗せた。

「エルドラージのほうが怖かった」タズリのその言葉に、彼は震えるような笑い声をあげた。

 だが彼女の心は自身が見た幻視へと舞い戻った。想像とそう離れてはいないようだ。石の激突、枷の外れた力が発する髪を焦がすような熱、それらの中心に見える姿はその輪郭しかわからない。

 かすかな希望を帯びたような絶望感。

 リンヴァーラとアキリが探索に出発して数日が過ぎていた。だが内心、タズリは彼女たちが何も見つけていないことを願っていた。幻視がまた別の日々の問題であることを。すでに軍隊を動員するような問題を抱えているのだ。

 敵は門に迫っていた。

「戦士たちよ!」タズリが叫ぶ。「ここは我らの故郷だ! 我らはそのために偽りの神々を殺した! いかなる侵略者も我らからこれを奪えはしない!」

 戦闘員たちは彼女の周りに集結し、獰猛な、だがしわがれて疲れを感じさせる咆哮を上げた。

 タズリはときの声を上げ、侵略軍へと向きなおった。そして乱戦の中へ猛然と突撃していった。

 ファイレクシア軍の戦士が振るう槍をそらし、受け流す中、タズリの周囲の地面に重くゆがんだ種子殻がいくつも着弾した。生物的とは言えないそびえ立つ機械の群れは、無個性かつ極めて精密に整然と列をなして動く。これら魂のない兵士たちは、たった一つの目的を共有している――完全なる同化。

 ファイレクシア人の戦士を次から次へと切り捨てながらも、恐怖の波紋がタズリの中で広がっていた。

「どうしてそんなに素早く倒せるのですか?」横から誰かの声が聞こえた。タズリがわずかに顔を向けると、エレムが脇を固めていた。

「こいつらには想像力が無いからな」と彼女は笑顔で答えた。

 自分とエレムは共によく戦っている。しかしながら種子殻は、ポータルは、枝は増え続ける。敵は容赦がなく、おそらく限度もない。

 いや。絶望するものか。タズリはそう考え、さらに激しく攻撃を繰り出した。

 それでもやはり、空に天使の姿が見え、その天使が降下して彼女とエレムに加わり、恐るべき正確さで杖を振るうとタズリは安堵した。

「あの石術師が戻ってきました。エメリアの近くで見つけました」リンヴァーラの声が、機械と武器の衝突音の上からかろうじて聞こえた。

「よかった。プレインズウォーカーの助力はありがたい」タズリは叫びとともに剣を次なる敵へと沈めた。

「味方としてではありません」

「え?」

 しかし天使が返答する前に、タズリのそばで恐ろしい悲鳴が上がった。振り返ると、エレムが侵略兵の槍で脚を貫かれ、油でぬめる殻の開口部へと引きずり込まれようとしていた。

「やめろ!」彼女は叫び、槍を持ったファイレクシア人へと駆けた。そしてエレムを助けようと身を屈めた。しかしタズリが彼の腕をつかむ前に、別の種子殻が僅か数フィート離れた地面に着弾し、彼女を弾き飛ばした。空気を押し出す音と共に殻が開き始め、中にいるファイレクシアの怪物が縮めていた身体を伸ばしてこぼれ出た。

 タズリは素早く体勢を立て直したが、間に合わなかった。二体の侵略兵に近くの種子殻へと引きずり込まれる間、エレムはのたうち回りながらタズリの名前を叫んでいた。そして殻が閉じられた。

 タズリは彼のもとへと辿り着くためにともかく戦うが、敵は多かった。多すぎた。にもかかわらず、さらに増え続けた。

 周囲の至る所で、勇敢な海門の戦士たちが圧倒されつつあった。

 タズリが殻に到達すると同時に、エレムの悲鳴が変化した。金属の牢獄の中で、友は笑い始めた。彼の声は金属的でゆがんだものへと変異していった。

「タズリさん!」リンヴァーラが叫んだ。「街は陥落しました。退却しなければ!」

「いいえ」とタズリは答えたが、自らのその声も恐怖と歪んだ笑い声に飲み込まれて聞こえなかった。それだけでなく、天使が彼女の体に腕を回して空高く舞い上がったため、タズリは戦いようもなくなった。

 上空からタズリは見つめた。故郷が、またも、別次元の怪物によって食い尽くされる様を。


 ナヒリは自らの次元が毒に侵されていると知っており、彼女の解毒剤を拒絶するであろうことも理解していた。そのため、乱動が彼女を襲ってきても驚きはしなかった。彼女は宙に石を並べて道を作り、空を飛ぶがごとく石から石へと駆け抜けていくが、はるか下の大地が鳴動しはじめて彼女の歩調を崩した。ナヒリはよろめき、罵りながらも近くの面晶体へと跳躍して体勢を整えた。

 乱動は常にナヒリを弱らせようとしてきた。それは常に予測不能で、御しにくく、破壊的だった。しかし今の自分はより賢く、より強力な存在なのだ。

 両腕を後方へ伸ばして足元の大地を刻みはじめると、ナヒリの身体を覆うシンボルが輝きだした。大地が揺れて彼女の体勢を崩そうとすると、ナヒリは非常に重く分厚い岩で大地を圧し潰し、激しい揺れはわずかな震えへと鎮まった。水とマグマの噴出による攻撃に対しては、噴出孔を塞ぎ、大地のはるか下の暴乱を封殺した。マグマが再び地上へと辿り着くには千年はかかるだろう。

 変動のたび、乱動が彼女を襲おうと仕掛けるたび、ナヒリは新たに得た力でそれらを完封していった。

 やがて大地は静まり返った。乱動は水から出た魚があえぐように身震いし、ついには停止した。何マイルにもわたって、あたりの風景は岩盤の灰色に統一されていた。

 ナヒリは意気揚々と両腕を掲げた。かつては両手であった燃える刃から、黒い油が滴り落ちた。彼女は喜びのあまり声をあげて笑った。

 なんて完璧なの! ファイレクシアに改宗する前は、これほどの偉業を成し遂げることは不可能だっただろう。

 そうして、喜びとともにナヒリはエメリアのスカイクレイブへと向かった。この正義の使命の遂行を止めることはない。

 誰にも、何にも止められはしない。


 アキリは何日もの間、あの堕ちたプレインズウォーカーを追跡してきた。彼女はスカイクレイブの壊れた石が修繕され、白い金属へと作り替えられる様を目撃した。面晶体が一列に並び、力強くうなり、不気味に輝き始めた。今や、再鍛された石の割れ目からは油がにじみ出ていた。上空でスカイクレイブが作り替えられるたびに、地上には更に多くの敵がやって来た。それらはポータルから弾け出るように現れた。侵略樹の枝はすさまじいほど長く巨大で、空を赤く染め、ファイレクシア人が進軍するたびに低くうなるエンジン音と足音が大気を満たした。それらの足元の大地はひび割れた白い金属へと変質し、太く赤い腱のような筋がそれらを裂いて走った。

 この距離からでも、アキリは自分の次元が死んでいく様を見て取れた。

「天使さんの姿は見えました?」彼女は下の足場にいるオラーに声をかけた。

「まだだ。カーザもまだリンヴァーラを見つけてはいない」

 アキリは顔をしかめたが、辛抱しろと自らを諫めた。海門からエメリアまでの道のりは、翼があっても長い。

 もしザレスがここにいたら、彼は待っている場合ではないと、ナヒリを追いかけて故郷のために戦うべきだと主張しただろう。

 しかしザレスはひとつの思い出であり、アキリの胸に開いた埋められない穴だ。アキリはナヒリという人物をとてもよく知っているので、一人で立ち向かうことは死を意味すると理解していた。

 したがってアキリは待ち続けているが、何もしてないわけではなかった。スカイクレイブでも腐敗していない領域は減少しつつある。だが足取りが軽く空中でも機敏な彼女はそこを綱投げで探索し、中に入る手段を探していた。

 そうして彼女は、腐敗した油の影響を受けないほどに奥まっていて小規模な入り口を西側で発見していた。

 ようやく、アキリは赤く染まる空にリンヴァーラの姿を認めた。

 天使はその腕に誰かを抱きかかえており、アキリはその人物の首周りに輝く光輪を認めた。タズリ。

 オラーとカーザも天使たちを見つけ、三人の冒険者は立ち上がり新たな到来者を歓迎した。リンヴァーラが足場に降り立ってタズリを下ろした。両者とも風に打ちつけられ、やつれて見えた。

「翼が許す限り急いで飛んできたのですが」とリンヴァーラ。

「わかっています」アキリは答え、天使とタズリの肩を抱きしめた。

「ナヒリが敵としてここにいるのは本当?」タズリは消えかけた希望と絶望が入り混じる声を抑えきれずに尋ねた。

「はい。あれらは彼女を変えてしまいました」とアキリは返答し、ためらいながらも付け加えた。「そして彼女の表情でわかりました。ナヒリはゼンディカーを作り替えようとしています」

「それは証拠にはならない」とタズリは主張した。

「確かに証拠とは言えません、ですがこれは!」アキリは鋭い口調でそう言いながら、目の前にそびえ立つスカイクレイブを、面晶体が鳴り響き、油が滴る様を指さした。続けて眼下の死した景観を。「数日前、大地には緑がありました。生命に満ちていました。面晶体が接続されていくほど、敵の襲来は素早くなります。ここで手をこまねいていれば、ナヒリは私たちの故郷を破壊するでしょう」

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アート:Thomas Stoop

 アキリとタズリ、冒険者ふたりはしばし見つめあった。

「この方の言う通りです、タズリさん」リンヴァーラは静かに言った。

 タズリは頷き、その脇で両こぶしを握り締めた。

「海門は……」とアキリは尋ねようとした。しかしタズリとリンヴァーラの表情が答えを物語っていた。

「ナヒリを止められるのはもう我々しかいない」ファイレクシアの侵略によって作り替えられ、悪臭を放つスカイクレイブをタズリは見渡した。

「故郷を救う最後の希望は私たちの行動の中にあります」とリンヴァーラも同意する。「失敗はできません。唯一の問題は、この後どのように行動するかという点です」

 しばらくの間、誰も何も言えなかった。

「俺たち、中に入る道を見つけたんだ」とカーザが申し出た。

「そこはまだ汚染されていません」とオラーは言い、スカイクレイブ側面の絶壁、その奥にある小さな入り口を指した。

「案内します」アキリはそう言いながら、タズリに一本のロープを渡した。「油には触れないようにしてください」

「わかっている」タズリは顎を引き締めた。

 アキリは仲間たちを先導し、岩の間を抜け空中を渡っていった。空気はもはや冷たく澄んだものではなく、妙に生ぬるくて油の臭いが充満していた。

 スカイクレイブへの入り口、その石のでこぼこした隙間には終わりの見えない暗闇へと連れていかれるような予感があった。アキリはロープを巻き取りながら言った。「どんな恐怖が私たちを待ち受けているかはわかりません。ナヒリが何を企んでいるかもわかりませんが、彼女は冷酷です。皆さんも死ぬかもしれませんし、作り替えられるかもしれません。先に進みたくなければ戻るべきです。それは恥ずべきことではありません」

 アキリは同行者たちを順に見つめた。リンヴァーラ、タズリ、オラー、そしてカーザ。皆彼女の視線をまっすぐ受け止め動かなかった。

「ここであの女に勝たせたら、ザレスは絶対に許してくれないよね」とカーザは静かに言った。オラーは頷き、アキリは失った友人の悪名高い頑固さを思い出して胸を痛めた。

 それでもなお、アキリは躊躇していた。

「これで滅ぶためにエルドラージを倒したわけじゃない」タズリは歯噛みしながらそう言い、闇の中へと歩を進めた。


 当初、タズリはなぜ通路が静まり返っているのか疑問に思った。酒場で冒険者から聞いた話によれば、スカイクレイブのトンネルは恐ろしい生物と古代コー文明の魅惑的な驚異で満たされているらしい。何せ、空に浮かぶ都市の破片の中ですべてが動いているのだ。何も当てにならず、どこに足を置いていても信用できないと。

 しかしここ、ナヒリが汚染しているスカイクレイブの闇の中では、何もかもがじっとしていた。

「何かがおかしい」とオラーは囁いた。一行が歩みを進める中、彼の灰色の瞳はあらゆる割れ目や隅を油断なく見つめた。

「うん。普通ならとっくに俺たちは攻撃されてる」カーザも同意した。

 自らの前方、アキリの背の高い影だけをタズリは見分けられた。コーの女性は静かに警戒しながら進み、タズリは経験豊かな味方がついていることに改めて感謝した。怒りや悲しみが募るばかりの状況ではあるが、幻視を見てアキリに遺跡の探索を要請したことは正解だった。

 下り通路のはるか先でちらつくものがあった。何かが一瞬だけ赤く光り、消えた。

「何か――」とリンヴァーラが言いかけた。だがアキリは身振りでそれを制すると、慎重に少しずつ前進を始めた。その後ろで、オラーとカーザが武器を構えた。タズリはこの時初めて、首周りの光輪がこの暗闇の中で強く輝かないことを願った。

 ちらつきが再びあった。そしてもう一度。今度はより長く、近くで。稲妻のごとき速さだが、タズリはかろうじて認識した。色は赤と黒、背を曲げた人型の影がひとつ。

 その後数秒は何も起こらない。誰も動かず、タズリはほとんど呼吸もできなかった。

「どこ行った?」こらえきれずカーザが囁いた。

 背後で何かが吼えた。

 五人の冒険者が振り返ると、そこには巨大な生物がいた。ねじれた巨木のような見た目で、貪り食おうと口を大きく広げ、その目には怒りが満ちている。残ったぼろぼろの葉は黒く、樹皮は鈍色の金属片に取って替わられていた。

 その金属の樹皮の間からは、樹液ではなく油がにじみ出ていた。

 堕ちたエレメンタルが大枝を振り上げた。タズリはとっさに転がり、その一撃はかろうじて外れた。彼女は片膝をついて身体を起こし、剣を抜き、低いうなり声を漏らした。

 長年の戦いの経験から、タズリはこのエレメンタルの攻撃がその巨躯に頼ったものであり、もし一撃を貰えば自分たちは小枝を踏み折られるかのように、その肢に圧砕されるであろうことを理解していた。太い枝がタズリのすぐ隣の石に叩きつけられ、破壊音を響かせた。

 これを受け流すことはできない。

 したがって彼女は戦術を変更し、攻撃しやすい場所を狙った――枝先の葉や、可能ならば顔、難しいときは根の部分を。仲間の冒険者たちはうまく敵の気をそらしてくれていた。そしてアキリが鉤をエレメンタルの身に引っ掛け、ロープを使ってその体勢を崩したことで、ようやくタズリは待っていた攻撃の機会を得た。彼女はエレメンタルの大きく開いた口に向かって剣を突き刺した。

 それは死にながらも、一切の音を発さなかった。そしてどういうわけか、それはどんな断末魔の叫びよりもタズリを動揺させた。

「倒しましたか」とリンヴァーラは言い、羽をたたんで目から髪を払った。「驚かされましたね」

「なんてことだ」オラーが絞り出すような声で言った。タズリが振り返ると、彼が右手を挙げているのが見えた。オラーの指先はねばつく黒い油で覆われていた。

「オラー……」アキリが一歩進み出たが、オラーは後ずさりした。

「まだ来るぞ」と彼は言いながら頷き、通路の先を顎で示した。

 遠くに、またも赤い点滅が見えた。そしてもう一度。

「ザレスのために」とオラーは言い、アキリの視線を受け止めた。「私たちのために」さらにそう言って、彼は杖を手にスカイクレイブの奥へと突撃した。

 五人の冒険者はデーモンのごとく戦った。遭遇するエレメンタルたちはどっしりとした姿で輝く苔に覆われ、強大だが奇妙な親しみもあった。しかしどれも、以前の己を否定するような姿に変えられていた。かつてはゼンディカーの守護者だったが、いまやファイレクシアの狂信者だ。タズリたちはファイレクシア化したエレメンタルを1体、2体、4体と倒していったが、ひとつのパーティーで対処できる数ではなかった。

「こちらへ!」アキリが叫び、敵のいない通路へと先導した。タズリの最近の記憶では、敵を前にして倒すのではなく逃げ出すのは二度目だった。嘆かわしさが彼女の内に燃えた。ナヒリを止められなければ元も子もない。そう自分に言い聞かせ、タズリは足を速めた。

 やがて通路は、古く、広大で、かつては美しかったであろう大部屋へと開けた。それは古代コー文明の様式で装飾されていた。しかしタズリが周囲の様子を把握しようとした瞬間、赤いちらつきが至る所から現れて辺りの光景をのみこんだ。すぐにタズリたちは何十体というエレメンタルの群れに取り囲まれた。それらはかつてゼンディカーの魂そのものだったが、今や赤と黒をまとって油に汚れていた。

 逃げ道はない。

「まだ誰も死ぬわけにはいかない」オラーは息を切らしながら左手で武器を構えた。その右手は脆そうに白く、血管はどす黒く変色していた。

「時間はかけたくないな」カーザも同意した。「俺はこの後予定があるんだから」

 エレメンタルはおぞましくも容赦なく迫った。タズリの剣が迷うことはないが、彼女は首元の光輪を握りしめ、聞き届けてくれる存在があるならと祈りを捧げた。エレメンタルの表面からにじみ出る油の刺激臭を感じた。

 逃げ道はない。

 そして、彼女の左側で、目が眩むほどの光が弾けた。

 エレメンタルが一斉に驚き、混乱と怖れの中でよろめきながら後退した。タズリが見ると、リンヴァーラが光を放ちながら前方へと突撃していった。

 詰め寄ってきていたエレメンタルの群れは、船の舳先に水が裂かれるようにリンヴァーラへと道をあけた。

 そうして初めて、タズリはこの部屋の奥にある扉に気づいた。

「こちらへ!」リンヴァーラが叫び、パーティーはそれに追随した。タズリは周囲で金属板が石を叩きつける音をわずかに認識しつつも、扉から目を離さず、速度を落とすこともなかった。

 彼女は扉の取っ手を掴み、まとまらない祈りと共に押した。

 扉は開き、タズリは安堵のあまり倒れ込みそうになった。

 素早く、五人の冒険者は辺りにあるもので入り口の防御を固めた。石、骨、木の破片。

「どのように……」扉の取っ手の下にさらに木片を詰め込みながら、タズリは天使に尋ねた。

「エレメンタルに囲まれるほんの少し前に、出口がわずかに見えたのです」リンヴァーラはどこか意味ありげな笑みを浮かべて答えた。だがタズリはそれを尋ねているのではなかった。天使のあの光は……

 後でまた聞けばいい。集中しなければ。今は生き延びなければ。

 敵が突破してこないと確信してようやく、タズリは作業を止めて新たなこの場の状況を確認しにかかった。

 彼女は鋭く息を飲んだ。

 周囲にはファイレクシアへの変質に耐えられなかった数多の生物の死体が転がっていた。変化しかけた金属と肉の死体は腐り、溶け落ち、腐食と腐敗の悪臭を放っていた。ビーストやエレメンタル、かつてこのスカイクレイブを故郷と呼んでいたすべてのものは、今や変質させられるか根絶させられていた。

 タズリは、なぜ通路が静まり返っているのかという疑問への答えを把握した。


 ナヒリはまた一体のエレメンタルを、境界を越えてすらこないうちに教化した。彼女が最初にこのスカイクレイブへと踏み入った時、通路はこれらエレメンタルが徘徊していた。ニッサはこれらを「ゼンディカーの心」と呼んでいた。しかしあの愚かなエルフが心の何を知っているというのか?

 彼女が最初に対峙したエレメンタルは巨躯で、葉と棘に覆われ、岩を持ち上げて武器としていた。

 ナヒリは敵を睨みつけ、声をあげて笑った。新たな力、両腕の刃、自分自身そのものが武器なのだ。数分の内に、柔らかな緑の物体はナヒリの足元に倒れ、黒く染まっていった。変化という祝福を授ける油がそれをファイレクシアの信奉者へと作り替えるのだ。

 彼女がスカイクレイブの中心で務めを果たす間、それを止めるためにエレメンタルや他の生物が無尽蔵に押し寄せてきた。彼女はそれを一体また一体と改宗させていった。

 あるいは、面倒に思えたときはそれらを殺して部屋の外に死骸を放置した。

 今度こそ止められはしない。今度こそゼンディカーを救う。ナヒリはスカイクレイブの核にさらなる力を注ぎながら考えた。自分は故郷の力になるために最善を尽くしているだけなのだ。常にそうだ。

 数日前に初めてこの中央制御室に到着したとき、新たな姿とともに得た新たな力を喜んで用い、面晶体を並び替えて次元間の裂け目を広げた。何千年も前、彼女はウギンやソリンと共に、面晶体の制御網を用いて久遠の闇からゼンディカーへとエルドラージを引き寄せた。今、彼女は同じように、次元を超えて次元壊しへと嬉々として呼びかけていた。

 新たな喜びは実に力強いものだったが、それでも十分ではない。

 二日目には、ナヒリは昔ながらの手段に頼った。スカイクレイブを作り替えるために怒りのすべてを注ぎ込み、ほぼ全体を再構築して面晶体の制御網をこの次元の広範囲にわたるよう拡大した。だが数日後、ナヒリは唖然とした。怒りが枯渇しても務めはまだ終わっていなかったのだ。そこで彼女は、痛み、裏切りによる悲しみ、喪失、千年以上にわたる孤独の感情を力の源とした。単に正しい事をしようとしていたのだ。常に正しい事をしようとしているのだ。

 ゼンディカーの至る所で、面晶体が再び繋がりはじめ、その力にうなりを上げていた。

 そして、ナヒリは悲嘆が怒りと同様に力になることを学んだ。しかしそれも無限ではない。

 ナヒリが最後の悲しみを吐き出したとき、務めはほぼ終了した。彼女の新たな制御網は海を越えて広がり、次元間の境界は脆く薄くなった。あともう少しだ。

 しかし長い生涯の中で初めて、古代のプレインズウォーカーは怒りを、悲嘆を、そして痛みを失った。与えられるものはもう何も残っていなかった。

 いや。一つだけ残っている。

 ナヒリは自分が構築した壮大で美しい制御網に足を踏み入れた。中心の石に自らを融合させ、その要石となるのだ。ここでの務めをひとつに繋ぐ心臓となるのだ。

 そこで、ナヒリは自身の存在そのものをこの輝かしい創造物へと注ぎ込み始めた。


 どんなに恐ろしくても、パーティーに残されている唯一の道は前進のみ。部屋の向こう側には両開きの扉がある。タズリは近づいた。その向こう側から石がうなり、動く音が聞こえていた。

「あのプレインズウォーカーはここにいる」と彼女は言い、扉を開けようと動いた。だが躊躇した。

 ナヒリは強すぎる。自分たちにどんな希望があるだろうか? タズリは、戦いは戦場と同じほどに心の中でも行われると知っていた。それでも、彼女はその考えを押しのけることができなかった。背後では、リンヴァーラとアキリもそれぞれの疑念と格闘するかのように躊躇していた。

 取っ手を握り締めたままのタズリに、カーザが進み出て自らの手を重ねた。

「俺たちの故郷はここだけだ」と彼女は言い、荘厳な石造りの扉を押し開けた。

 タズリは目の前の光景に息を飲んだ。幻視はある程度の予測と警告を与えてくれてはいたが、それを自身でようやく目にした――古代のコーの制御室は、ひびの入った白い金属、赤い腱、そして灰色の石からなる奇怪な混合物に作り替えられていた。ぎらつく油が川のように床に流れていた。これまでにも、誰もが怯えるであろう数多の恐怖を目の当たりにしてきたタズリだったが、完成化したナヒリがスカイクレイブの中心に融合した姿を見て血の気が引いた。

「小さなエレメンタルたち。かわいいものね」ナヒリはパーティーの姿に気づくと、唇を歪めてけだるい笑みを浮かべた。だがそして彼女の視線がアキリをとらえた。それが誰であるかを認識し、ナヒリは睨みつけた。「お前は」

 アキリは何も言わなかった。代わりに、綱投げとしての素早さと正確さで、プレインズウォーカーの喉元を狙ってナイフを投げつけた。

 ナイフは部屋の半分にも届かないところで石に叩き落された。

「お前たちに私は止められない」ナヒリは怒声を上げた。部屋が震え始めた。

 タズリは堕ちたプレインズウォーカーに向かって突進しながら剣を抜いた。彼女は滑る油、突き出す石、そしてひび割れた金属をかわしながら駆けた。花崗岩の一枚板が左方向から打ち出され、タズリは身を屈めて避けた。正面からも発射されたが、それを転がって避けると滑らかな動きで立ち上がった。彼女は動きを止めなかった。

 接近し、ナヒリの腕に燃える血管が目視できた。タズリは咆哮を上げながら剣を振り上げた。ゼンディカーのために、言葉無きその叫びと共に武器を振り下ろした。

 足元の石の動きに気づいたときには手遅れだった。

 突然、骨が折れるのではと思うほどの速度でタズリは天井へと弾き飛ばされた。だが激突する寸前に彼女は転がり、大きな衝撃音とともに床に墜落した。タズリは痛みよりもその不意打ちに毒づいた。少し離れたところに黒い油溜まりがあり、それは広がりながら彼女に迫っていた。タズリは立ち上がり、再び突撃した。

 床が傾き、触手のようにしなる石の鞭がタズリの膝裏を打ち付けた。彼女は絶叫し、床に強く叩きつけられた。それでも再び彼女は立ち上がり、再び攻撃した。

 タズリの視界の端では、飛来する破片や刃のように鋭い石をオラーとカーザが必死にかわしていた。カーザは炎爆の呪文を投げつけようとするが、それだけの隙は多くなかった。アキリとリンヴァーラは飛び回りながら攻撃を加えていた。前者は鉤とロープで、後者は翼で。だが二人も岩やナヒリの猛然たる攻撃に押し戻されていた。

 タズリの跳躍の途中で巨石が腰に叩きつけられ、彼女を打ち倒した。

 部屋の中央で、プレインズウォーカーがにやりと笑った。

 油に触れてはいけない。ナヒリにも届かない。プレインズウォーカーの力が放つ熱に、髪や肌が焦げる。戦い続けるが、内心それが無駄であるとも分かっている。目の前の光景はまさしく幻視の状況通り、けれどここに希望は無い。

 ゼンディカーは失われるのだ。

 タズリの首回りの光輪が燃え始めた。

 リンヴァーラが叫びを発した。天使とはわずか五歩ほどしか離れていないというのに、その声はまるで何千マイルも遠くからのように聞こえた。

 突然、すべてが光に包まれた。

 最初、タズリは何が起こっているのかわからなかった。制御室全体が虹色の光を帯びた。アキリが輝いた。カーザもまた。オラーは衝撃を受けた表情で、感染した右手を握りしめ、油が燃え尽きる様子を眺めていた。タズリは自分の身体を見下ろし、それもまた白熱の輝きを帯びていることに気づいて唖然とした。首周りの光輪がかつてないほど明るく輝いていた。

 一方で、リンヴァーラは光を放っていた。彼女からあふれる光はエレメンタルに囲まれた部屋で一瞬だけ放ったものと同じように思えた。だが今はもっと強く、自由に発せられていた。天使の姿はあまりにまばゆく、タズリはほとんど直視できなかった。

 石の墓所の中でナヒリは叫び、スカイクレイブは彼女の力を受けて揺れ動いた。

 しかし天使の光がファイレクシアの力を麻痺させていた。突然、岩石と白鋼の破片は宙に停止し、動かなくなった。足元の油は干上がりつつあった。体で燃えあがっていたルーンが薄れ、ナヒリは罵り声をあげた。

『行きなさい。今こそ攻撃すべき時』顎の下から声が囁いた。タズリは首周りの光輪に手で触れ、従った。

 最後の力で、彼女はファイレクシアのプレインズウォーカーに突撃した。

 仲間たちが――いや、友人たちが――隣で駆けた。アキリが鉤を投げて石術師の腕に絡め、カーザはナヒリの気をそらすために呪文を放った。タズリは相手の隙を見出したが、プレインズウォーカーを包み込む金属と石の防御に対して自身の剣は通用しないだろうと知っていた。

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アート:Artur Nakhodkin

『私を使うのです』と光輪が囁いた。『さあ!』

 タズリは首元から光輪を引き抜き、一か八か石に埋もれたプレインズウォーカーへとそのまま投げつけた。

 閃光が走った。悲鳴が上がった――ナヒリの、オラーの、リンヴァーラの、そしておそらく自分自身の。そして、まばゆい光は消え去った。

 ほんの一瞬、静寂だけがあった。

 部屋の中央の要石が壊れ、ナヒリは石と金属の山から崩れ落ちた。彼女はうめき声をあげ床に倒れこんだ。剣と化したナヒリの両手を見たその時、きっと自分の顔には恐怖の表情が広がったのだろう――タズリはそう思った。

 そして、そのプレインズウォーカーは気を取り直し、ゆっくりと立ち上がった。怒りが彼女の顔を歪ませていた。「まだよ」と言いながらナヒリは両腕を掲げた。

 しかし彼女はもはや、この歪曲したスカイクレイブを力と意志だけでまとめ上げる楔ではなくなっていた。

 ナヒリが攻撃を放とうとすると、スカイクレイブの深奥から耳をつんざくほどの轟音が響いた――石が割れる音。プレインズウォーカーの顔に驚きの表情が浮かび、ナヒリを含むその場の全員が足元をすくわれて転げた。


 アキリは完全な崩壊というものがどのように聞こえ、どのように感じるかを知っていた。混乱で息が止まり、一瞬ナヒリと共にあのスカイクレイブに、ザレスを失う数分前に戻ったかのように錯覚した。

 いや、そうではない、これは違う。自分はここにいて、故郷のために戦っていて、立っている床は崩壊しようとしている。動け。すぐに。

 よってアキリは走った。彼女は落ちていたタズリの光輪を掴み、それからタズリの腰を抱え、ロープを解いた。床が完全に崩れる寸前にアキリは鉤を飛ばして宙に放物線を描き、ふたりは部屋の外の足場へと衝突するように着地した。その頭上で、またも耳をつんざくような亀裂音が走り、天井が崩れ始めた。

 ふたりは先へと向かって全力疾走し、空隙を綱投げで渡り、避け、動き、反応した。

 アキリが左を一瞥すると、リンヴァーラが隣に上昇するのが見えた。彼女はまだ輝きを放っているが、先ほどよりは弱まっていた。右では、カーザはオラーと共に自身の魔法の杖に掴まって飛んでいた。その様子にアキリは安堵した。まるであのときのスカイクレイブの冒険のようだ。

 集中しなくては。アキリは思い出を振り払い、走る速度を上げた。過去を思い出している余裕は、動揺している余裕はない。何時間か前に通った通路はかろうじて安定しており、大きな衝突音が周囲で鳴り響いていた。

 そしてアキリには前方の空が見えた。

 彼女は再びタズリを掴んで叫んだ。「跳んで!」

 そうして、ふたりは落ちていった。風が彼女の髪と服を容赦なく叩き裂き、突如の無重力に胃が引き締まった。急降下。必死に腰を掴むタズリの力が強まるのを感じた。

 しかしアキリは綱投げの達人であり、自由落下の途中でロープを放った。それは回転する面晶体にひっかかり、危険な落下は即座に滑らかな放物線の動きへと移行した。

 二人は滑空し、浮遊する足場の中では今のところ安定している岩棚へと無事着地した。

 そしてようやく、アキリは振り返って見た。

 エメリアのスカイクレイブが地面へと落下していった。堕ちたプレインズウォーカーをその内に閉じ込めたままで。

「我々はナヒリを止められたのだろうか?」疲れてかすれた声でタズリが聞いた。

 アキリは眼下で繰り広げられている大規模な侵略を見つめた。機械兵はわずかにうごめいているが、もはや整然と行進してはいない。「おそらくは」

 綱投げは過去にもかの敵と対峙したことがあり、あの女性が石よりも頑なであることを知っていた。

 しかしアキリは空を見上げた。ゼンディカーの空はもはや赤くはなく、ねばついてもいない。今、空は柔らかな虹色の光を放っていた。勝算はいまだ低いが、彼女たちはわずかな希望を見いだした。

 そしてこの希望をもって、故郷を守るために自分たちは戦うのだ。


(Tr. Yuusuke Miwa / TSV Mayuko Wakatsuki)

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