MAGIC STORY

機械兵団の進軍

EPISODE 09

メインストーリー第9話 新ファイレクシアの古き罪

K. Arsenault Rivera
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2023年3月28日

 

 遠い昔、天使たちはニューカペナにて非生の油を食い止めた。それから数世紀の間、ニューカペナの人々は敵による侵食から守られていた。天使たちは敵についての知識を他の次元の姉妹たちへと授けた――そうして多元宇宙は来たる脅威に備え続ける。それは良いことだった。

 もはやそれは十分ではなかった。彼女たちの保護は衰えていた。

 今、多元宇宙は助けを求めて悲鳴をあげている。

 別の天使が――堕落した闇の天使が――人々の罪がまいた報いを刈り取るためにニューカペナを訪れた。彼女は農夫が小麦を脱穀するように、街の防衛を切り裂いた。何世代もの長きに渡って立っていた建築物が瞬時に崩れ、側溝にはガラスの破片と血が流れ、かつては車が行き交った街路を戦争機械が闊歩した。

 石たちが生命を得た。何世紀もの間、再びの奉仕の時を待っていた天使たちが、戦への高らかな呼び声を聞いた。まさにこの時を待っていたのだから。光り輝く武器が巨体の怪物の鎧を切り裂き、白磁をまとう敵の猛攻から逃げ惑う人々を翼が守った。何時間もの間、彼女たちは力を尽くした。ファイレクシアの兵器に砕かれた者は、最終的には非物質化した――光素、きらめく天使の精髄となって、その先も務めを果たすのだ。

 だがファイレクシアの軍勢は万を数え、ニューカペナの天使はかつてよりも遥かに少なかった。

 幸運なことに、守護者は彼女たちだけではない。

 天使たちが敵を退け、カペナ軍の盾となった。デーモンとデビルが攻勢に出た。熾天使が塔に光素を注ぎ、そこを登るものの首をデーモンが落とした。デーモンよりも忌まわしいものは少なく、この代価は後に払うことになるだろう――だが守るべきものを守るためなら、ニューカペナの天使たちは喜んでその代価を払おう。

 最年少の天使ジアーダも手を貸したいと願った。だが彼女は乱戦に加わるには小さく、前線に出るにはまだ新しすぎた。彼女にできるのは、塔の上から見つめて天使たちが最も必要とされる場所を姉たちへと伝えることだけ。にもかかわらず、彼女は何かを見落としているのではという疑念が拭えなかった。

 だが、それを見たならわかると確信していた。天使とは確信の存在、姉たちはそう言っていた。

 アトラクサはその背後に軍勢を引き連れ、街の奥深くへと進んでゆく。高街の複雑な構造も、彼女が振るう鎌の軌跡を妨げはしない。

 土建組たちが汗まみれになり、ありとあらゆる垂木の中に隠れていた。彼らの素早い手が先祖たちの作品を分解してゆく。接続を作り上げるための道具は、今や熱い炎の中で手荒くそれを切断するために使われていた。

 堕ちた天使は勤しむ彼らを見ていなかった――あまりに小さく、あまりに多く、あまりに統一されていない。注意を向けるに値しない存在。

 だが結局、それが彼女を破滅させた。

 ひとつの爆発、そして衝撃波が街を揺らした。メッツィオの構造奥深くにいた彼女は、それが傾きはじめていると気付いた時には手遅れだった。最終的に彼女を殺したのは天使の盾ではなく、デーモンの策謀でもなく、街そのものだった。頑丈な支柱と吊り下げ構造から切り離され、ニューカペナ、そのきらめくガラスと鋼の塔が彼女の真上に倒れた。高所から、天使たちは数世紀に渡る定命の作品が地へと崩れる様を見つめた。

 ジアーダの本質が興奮に熱くなった。だがまだ自分が介入する時ではない。誰かの声、それが耳に届く時を彼女は待っていた。

 他の天使たちは時間を無駄にしなかった。ニューカペナの防衛はこの街だけに限定して良いものではない。多元宇宙が生き延びるためには、天使たちは多元宇宙を見守り、全力をもってファイレクシアと戦わねばならない。

 アトラクサの死は新ファイレクシアを変えつつあった――そしてそれとともに、侵略樹も。足元の地面が震えるのを定命の存在が感じるように、天使たちはそれを感じた。棘が後退し、攻撃へと無防備になった。

 ポータルの先に見えていた新ファイレクシアの風景が、違うどこかへと変化した――赤黒い海の地、人々の信仰が空に揺らめく地。そしてテーロスに天使はいなくとも、必死に助けを求める次元を彼女たちは拒めない。自らの安全を顧みずに正しい行いを成す。少数の必要性の先にあるものを見る。それが多元宇宙を守るということ。

 ジアーダは歯を見せた。これが始まり――待ちわびていたものの始まり。彼女はただちに姉妹たちへと叫んだ。『あの場所こそ私たちが必要とされる場所、行くべき場所です! あの地の人たちを助けて!』

 天使たちは空高く舞い上がり、想像を絶する速度でポータルへと飛んだ。そしてポータルの向こう側、どこかの海の上空へと飛び出した。見知らぬ地であっても天使たちは恐怖も躊躇も、後悔もなかった――単純に、常に成してきたことを成すのみ。

 守るのだ。

 塵の粒ように、彼女たちは風に乗って目的地へ向かった。ある者はのたうち回る海の怪物の喉を押さえつけ、その間に現地の船乗りたちが怪物の首をはねた。またある者は神殿へと向かった。それを家と呼ぶ神々は問題ではない。庇護を求める嘆願者は速やかに庇護を得た。逃げまどう女性の腕を濡らす黒い油は、奇跡的に彼女の傷を避けた。槍投げの選手は自らが串刺しにされる寸前に振り向いて回避した。

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アート:Dominik Mayer

 一柱の神が彼女たちの到来に気付いた。汚れたヘリオッドは曙光のように眩しく、霊体の天使たちはその視線に燃やし尽くされそうだった。それでも彼女たちは勇敢にも距離を縮めていった。それには理由があった。神の背後をひとりの女性がよじ登っていた。助力を求めることを嫌いながらも、同じほどに助力を必要とする女性が。天使たちの姿に気を散らされ、神は気付いていなかった――その腐敗した抜け殻へと、紫色の光を身にまとうケイヤが這い上がった。そして彼女が神の喉元にダガーを突き刺した時、天使たちは黒い油の飛沫が迸るのを見たが、それが彼女に触れることはなかった。神が消え去ると、その女性は今一度神殿に降り立った。アジャニがそこで彼女に対峙した――だが神殺しがただの定命を恐れる必要があるだろうか?

 ジアーダの、形のない心臓が早鐘を打った。一歩進むごとに、かつての友達に一歩近づく。

 ニューカペナのポータルが今一度揺らいだ。この時は無数の次元へと。あるものは天使たちが初めて見る場所、あるものは見覚えのある場所――そのすべてが、自らの力だけでは勝てない戦いに苦しんでいる。だが、彼らはもう独りではない。

『突撃!』ジアーダが叫んだ。

 角笛がニューカペナに鳴り響き、天使たちは最も必要とされる地へと広がっていった。彼女たちが崇拝されている次元へ、憎まれている次元へ、あるいはまったく知られていない次元へ――そして常に成してきたことを成す。

 やがてポータルが新ファイレクシアへ転ずると、ジアーダは成すべきことをはっきりと悟った。その時がついに来た。そこに、エルズペス・ティレルの姿がはっきりと見えた。

『嬉しい、本当に会いたかった』彼女はそう呼びかけた。

 エルズペス・ティレルは戦いに忙殺されており、ポータルを肩越しに一瞥するのがやっとだった。彼女の前には数千というファイレクシア人が殺到しており、エルズペスの注意のほとんどは戦いに向けられていた。だが例えそうであっても、ポータルの表面をその視線がかすめると、彼女の唇に小さな笑みが浮かんだ。『ジアーダさん。私もお会いできて嬉しいです』

 天使として適切な話し方はもう学んでいたはず。エルズペスがこんなにも眩しく輝く姿を見て、ジアーダの心が温かくなった。『素晴らしい働きをして下さいましたね』

『ありがとうございます』エルズペスが返答した。彼女は翼をもつ刃蛇に剣を突き立て、それを真二つに裂いた。『ですが、やるべきことはまだあります』

『それを伝えたかったのです。私たちの同胞が助けに参ります』

 その蛇は地面に落ちたが、エルズペスは飛び続けていた。銅の蔓が彼女の利き腕に巻き付いたが、エルズペスは勢いのある手刀でそれを切断した。『どのような助力であろうと、大歓迎です』

 笑うというのはどういうことか、ジアーダは覚えていた。今の姿ではできないものの、心がそうするのを感じた。

 さあ、次の呼びかけを。

 新ファイレクシアに向かった者は戻って来られないだろう。だがそれは些細な代価。誰かがそれを見守らねばならない――誰かが血止めをしなければならない。

「突撃!」


 ドミナリアでは、ザルファー人は恐怖を知らないとしばしば言われる。だがザルファー人の言い分は異なる。曰く、自分たちは誰よりも恐怖をよく知っているのだと。夕暮れ時近くに炎のそばに座っている時、そこに恐怖がある。子供を戦争に送り込んだ親は、朝も夜も恐怖を口にする。畑に出て、来たる季節への備えは十分だろうかと思う時、そこに恐怖がある。つまりどういうことか――恐怖を知って恐怖を自分の家に迎え入れる時、誰かを相手にするように恐怖を相手にする時、恐怖はもはや恐怖ではなくなる。同胞がお前の恐怖の面倒をみてくれる。だからお前も、彼らの恐怖の面倒をみる。

 多元宇宙は新ファイレクシアを怖れている。

 いいだろう。ザルファーがその面倒をみてやろう。

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アート:Chris Rallis

 完全武装に身を包み、笑顔と熱意で敵に対峙する――ファイレクシア人を見た戦団はこの上なく幸せだった。コスの防壁が崩れると、ザルファー人が前方に突撃した。コスが困惑とともに彼らを見つめ、テフェリーはその様子に気付いた。「待て、どこから来たんだ? 何が起こっている?」

 テフェリーは彼へと微笑みかけた。誇りが彼の胸にうねった。「ザルファーからです。レンが私たちを見つけてくれました。皆さんを助けに来ました」そこかしこで天井が崩れはじめ、地面が震えた。テフェリーは気にしなかった。「ふたつの次元がその場所を入れ替わろうとしています――新ファイレクシアは奈落へ放り出され、ザルファーは……ようやく故郷へ帰ります。ザルファーは皆さん方を歓迎するでしょう、皆さんがザルファーにそうさせて下さるなら」

 コスは集まった軍勢を見つめた。その表情を読むのは困難だった――決意、安堵、悲しみ、すべてが鉄のようなその面持ちに刻まれていた。「ならばファイレクシアに、決して俺たちを忘れないようにしてやろう。ミラディン人よ、証を残せ!」

 残っているミラディン人は多くない――だが戦える者たちは、この上ない喜びとともにその突撃に加わった。

 軍隊がまとう鮮やかな装いを、色とりどりの光のヴェールが遠くからの神の祝福のように覆った。彼らの皮膚に力がうずいた。黒い油がもたらす危険性を彼らは知っており、それを防ぐ方法も知っていた。槍がファイレクシアの蛇を貫き、足場の表面に釘づけにした。投石がそれらを叩き潰した。炎の雨が敵をその場で融かした。氷の息吹が敵を脆くさせ、大鎚の一撃がそれらを粉々に砕いた。

 長年に渡って、ザルファーはこの銀屑たちへと気概を見せつける時を待ち望んでいた。彼らはようやく戦いの只中に身を置き、大気には誇らしい喜びが満ちていた。シダーが詠唱を始め、アスカーリとアキンジ、アルターリも口々に掛け合いの声を響かせた。

「より合わされたものは――

 ――決して破れぬ!」

 威勢の誇示は鎧と同じほどに効果をもたらす。戦場に出てからわずか数分でザルファー人たちはファイレクシア軍にくさびを打ち込み、その間に治療師たちが負傷したミラディン人を手当てした。前衛にて騎乗するテフェリーはその杖を輝かせ、魔法をうねらせた。槍が飛来し、刃の虫が群がり、死骸の破片が殺到する――そのすべては彼に近づくと速度を緩めた。仲間たちが宙で武器を掴み取り、持ち主へと投げ返した。そしてテフェリーはこのような技を用いる稀な人物として知られているが、感謝の心と長年の技術をもってその力を行使した。

 他のミラディン人たちが彼に追いつこうと急いだ――まだ戦える者たちが。チャンドラが指をさし、コスへとテフェリーを示した。「見た? あの人! あれがテフェリーよ! 言ったでしょ――」

 だがその時、法務官ヴォリンクレックスがテフェリーの前衛へと跳躍し、チャンドラの言葉は途切れた。一瞬の躊躇にチャンドラは呼吸を止め、だがヴォリンクレックスはまもなくテフェリーの魔法という壁に衝突した。誰であろうと――どれほど恐ろしいものであろうと――緩慢な動きの間は馬鹿らしく見える。

 コスですら、その光景に笑みを見せた。「なるほど。いい仲間がいたんだな」だが彼もまた忙しかった。コスは両の拳を地面に叩きつけた。二本の裂け目がザルファー人たちを挟むように伸びていった。「手を貸してくれ」

 具体的に何を求められているかチャンドラはわからず、だが炎が必要なのだろうと彼女は推測した。亀裂それぞれに彼女は数本を放った。炎が立ち昇ってファイレクシア軍の攻撃を払いのけ、その一方でアスカーリの燃え立つ武器を業火の刃に変えた。数秒と経たずにコスが両腕を振り上げた。白熱した金属の破片が、多元宇宙からの断罪のようにファイレクシア軍の背中に降り注いだ。

 だがすべてがたやすく進むわけではなかった。テフェリーの集中ですら揺らぐこともある。ヴォリンクレックスはもがき、やがて突破した。テフェリーの乗騎の顎が引き裂かれ、彼は地面に転げ落ちた。即座にその法務官は獲物へと乗り上げた。

 ヴォリンクレックスの咆哮は多くの戦士たちの死を予告し――だがテフェリーにとって恐怖とは古い友であり、彼は今その引力を感じてはいなかった。

「後ろを見るといい」

 法務官はうなり声とともに振り返った。

 炎をまとう剣がヴォリンクレックスの頭部を身体から切り落とした。アスカーリの一人、シェラが――しばしば同僚を飲み負かす女性だ――テフェリーへと手を差し出した。彼はそれを取り、礼を告げ、そして彼女は去っていった。戦場では常にやるべきことが沢山ある。

 そしてその時、前方の宙に浮かぶ天使を彼は見た。その表情は穏やかながら、彼女の瞳には懸念が浮かんでいた。

「もっと気をつけて下さいね」

「エルズペス……?」テフェリーは尋ねた。だが彼が表情に浮かべた困惑は納得へと変化し、そして戦場の只中で彼はエルズペスへと笑みを向けた。「貴女が来てくれてよかった」

 彼女がテフェリーを見つめ返す様子には、これまでとは異なる何かがあった。まるで、どう返答すれば良いのかが全くわからないような。そして、彼女は返答しなかった。

 テフェリーは理解していた。時に、人とは変わるもの。彼女はそれでも友であり、熟達の兵士なのだ。「戦略的な助言は何かあるかい?」

 銅の根が一本エルズペスへと飛来したが、彼女は苦もなく切断した。テフェリーを一瞥すらすることなく、彼女は言った。「ニッサさんは私に任せてください。皆さんの軍はジン=ギタクシアスとノーンを食い止める必要があります。姉妹たちが贈り物をくれました。彼女たちが共にいる限り、感染はしません。無駄にしないでください」

 エルズペスの口調は驚くほど普段通りだった。まるで全次元の生命がかかった作戦ではなく、遠出に何を着ていくかを話し合うように。

「わかった」彼はそう言い、だが既に彼女は去っていた。

 頭上で、聖所の天井にひびが入っていた。テフェリーにはわかった――これはレンの働き。ザルファーが多元宇宙における新ファイレクシアの位置へと移動し、新ファイレクシアはその圧力に屈しはじめていた。構造が裂け、壊れてゆく。金属の塊が降り注ぐ。ザルファーの魔術師たちが風を起こし、落下してきた幾つもの巨岩を敵へと向けた。ファイレクシアの鎧がどれほど厚くとも、質量と重力から身を守ることはできない――叩き潰されたものの残骸は黒い油の染みだけだった。遠くで塔が倒れ、記念碑が砕け、槽が割れて油が通路に流れた。テフェリーの足元で地面が鳴動した。

 それはファイレクシアが死に際に発する喘ぎだった。

 そして、鋭く泣き叫ぶような死の嘆きがあった。兵士たちをいとも簡単に投げ捨て、彼らを奈落へ送り込んでいるのは、エリシュ・ノーンだった。彼女がまとう白磁の鎧は所々に穴があき、あるものは完全に砕け、その下の裂けて弱弱しい腱を露わにしていた。軍勢の上に、戦争機械よりも大きくそびえ、彼女は化膿した傷を負う獅子のようにテフェリーを攻撃した。

「我らの行いは……私が築いたものは永遠となる!」彼女は叫び声をあげた。「ファイレクシアは決して死なぬ。其方らは必然の結末を遅らせているに過ぎぬ。何故それが理解できぬ? 何故其方らの運命を受け入れぬ?」

 テフェリーは兵士たちに命令を送り、巨大な法務官に砲火を集中させた。魔法の斉射が――稲妻、氷、炎が、新緑のエネルギーが、衰微の闇が――彼女の背中に叩きつけられた。ノーンはよろめき、体勢をぐらつかせた。驚きに、ノーンの油まみれの口が唖然と開かれた。彼女は胸にできた傷の塊に爪を立て、そして今一度軍勢を注視して別の叫び声をあげた。

「何故誰も私を守らぬ? 私こそがファイレクシアであるというのに!」

 軍勢は彼女の言葉を聞き、動きを止めた――だがそれは彼ら自身の将軍が声をあげるまでのことだった。ジン=ギタクシアスは巨大な戦争機械に乗っていた。細長いそれはあらゆる類の武器で飾られていた――刃、スパイク、先頭には巨大な破城槌。それらはすべて、貴重な積荷を守るためのものだった。彼自身の子供たちで満たされた槽を。イモリにも似たその生物は誕生間近であり、目鼻のない顔をガラスに押し付けていた。ジン=ギタクシアスが喋ると、その槽に光がちらついた。「お前がどんな才能を持っていたとしても、そのエゴは腫瘍だ。新ファイレクシアはお前を超えて進化した。だがお前の残骸にも使い道があるかもしれないな」

 彼らが反目し合う様子を見て、テフェリーは驚きとともに安堵を覚えた。

 そして聞き覚えのある爆発音がプレインズウォーカーの到着を告げたことも――だが驚きと安堵は、重傷を負ったアジャニが争いに加わる様を見て途切れた。「お前か?」ジン=ギタクシアスは嘲りを向けた。「邪魔をするな。お前の背後にいるものこそ、ファイレクシアの真の敵だ」

「違う」アジャニは声を轟かせた。「ファイレクシアはひとつ、さもなくば存在しない」

 何をすべきかテフェリーが決断を下すよりも早く、ジン=ギタクシアスの軍勢がノーンとアジャニに襲いかかった。

 ノーンが手あたり次第に相手を攻撃する中、百長たちは彼女の鎧を叩き切り、その金属板を剥がしていった。まるで彼女は甲虫の群れに襲われているかのよう――しかも、その一匹一匹が鋭い歯ともっと鋭い武器をもっている。アジャニはそれらに切りつけ、引き裂きいていった。当初は自らの斧で、そしてそれが手からもぎ取られてからは鉤爪と牙で。

 アジャニもそのすべてを止めることはできず、ノーンは少しずつ屈服させられていった。

 アジャニは彼女の前に飛び出たが、まごつかせるような魔法の一撃を受けて仰向けに倒れた。縄と網が彼めがけて放り投げられ、ザルファーの戦士たちが槍を構えて殺到した。言葉にできない直感からテフェリーは叫んだ。「待て! 生け捕りにしろ!」

 アジャニは拘束の中でもがき、血と油が縄に浸みこんだ。やがて別の呪文が彼を凍りつかせた。命令に従い、戦士たちは無力化したレオニンを戦いの外へ引きずり出した。

 その間、ノーンに多くの注意を向けていたジン=ギタクシアスは無防備だった。ザルファー人は内輪もめの危険性を誰よりも理解している。そのため彼らは敵の失敗に乗じて可能な限り友を救うという特異な立場に立つことができた。

 ジン=ギタクシアスは自軍がエリシュ・ノーンを攻撃する様子を見守っていたが、その隙にテフェリーと前衛たちはまっすぐにその法務官を目指した。鉤爪が鋼や鉄を裂き、剣や斧が頭蓋や胸骨を叩き切る。ザルファーの詠唱と太鼓の音が途切れることなく戦士たちに活力を与えていた。ファイレクシアが死ぬごとに、ザルファー人はかつてない生気を得ていった。

 振り返って敵の堂々たる勇気を目にし、法務官は声をあげて笑った。ジン=ギタクシアスは恐怖というものを知らなかった。「それがお前たちの出せる精一杯か? 有機体どもよ?」彼は鉤爪を振りかざした。彼が乗る戦争機械の側面からスパイクが発射され、それを壊そうとする獣たちを突き刺した。動物たちが吼え、血がガラスに散った。

「辺りをよく見ろ」テフェリーが声をあげた。「後れを取っているのは新ファイレクシアの方に見えるがな」

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アート:Chris Rallis

 ジン=ギタクシアスがもう一度身振りをすると、戦争機械の関節部分から刃が飛び出した。次の身振りで、それらは回転を始めた。テフェリーの心が沈んだ。乗騎の多くはこの戦いを切り抜けることはできないだろう。だがそれで皆が生き延びるのであれば、価値ある犠牲だ――古き友を悼む時間はいつかきっとある。

 百長が武器を振り、テフェリーはそれをくぐって避けた。彼は乱戦の只中を戦争機械へ向かい、すると刃、触手、棘、すべてが動きを緩めた。ザルファーの武勇は伝説にうたわれるものだが、これは彼だけができる技。息を吸いながら、テフェリーは回転する刃の腹に手を置いた。

 貴重な数秒間、それらは停止した。

 それで充分。

「お前などがテフェリー殿に傷を負わせられるものか!」女性の叫び声に、テフェリーは顔を上げて彼女の姿を見た。戦団だけが振るう巨大な戦鎚を頭上に掲げ、その女性はジン=ギタクシアスに飛びかかった。それが法務官めがけて振り下ろされ、戦争機械のガラスにひびが入り、悪臭のする液体が吹き出してテフェリーに浴びせられた。ジン=ギタクシアスが自身の創造物の中に叩き落される様子を見られるなら、新品の衣服など安いものだ。ましてや、その創造物が法務官を食らいはじめる光景が見られるとあっては。

 テフェリーは顔を拭った。

 侵略樹を振り返ると、コスがポータルを監視していた。彼らのほとんどは既にポータルを通ってザルファーに向かっていたが、数人が残っていた。コス、チャンドラ、そしてカーンも。更に、ポータルの縁が揺らぐ様子から、帰還できる時間はもう長くはないと思われた。

 撤退命令を出す時が来た。戦団はこの地でとても良くやってくれた。テフェリーは鼓手たちへと合図を送った。彼らの足元の活気溢れる律動は、はるかに不穏なものへと変化した。

 ザルファーはその意味を知っている。全体の繁栄のためには、個々の安全が保たれなければならない。新ファイレクシアは消えようとしている――だがそれは、ミラディン人が共に消えるという意味ではない。生きている限り、新たな故郷を築くことができるのだから。

「ミラディン人のために道をあけろ!」戦導者の叫びが届いた。

 ファイレクシアは彼らを簡単に逃がすつもりはなかった。軍の後衛がポータルを通って撤退する間、前衛のザルファー兵は可能な限りの攻撃を受け流した彼らが一歩後退するごとに、何十というファイレクシア人の死体が残された。その中にはザルファー人の死体もあった――だが彼らは敬意をもって扱われる。軍の中には、遺体を確かに故郷に帰すことを唯一の仕事とする者たちがいる――眩しい白色に身を包んだアルターリたちが、乱戦の中を素早く行き交った。その姿を目にしたザルファー人は道をあけ、彼らを通した。

 テフェリーが足場にようやく戻ってきた時には、既にほぼ全員が脱出していた。ポータルの先に、彼の帰りを待つ故郷の様子が見えた――そして樹の表面から突き出たレンの姿も。古き友は、灰でできた繊細な彫像と化していた。貴重な樹皮の部分が少しだけそのまま残っていた。テフェリーはその光景に息をのんだ。そして軍勢全体を今一度見渡した時、彼の心にひとつの思いが大声をあげた――彼女がいなければ、これは何ひとつ成し得なかった。何かしてやれることがあるはずだ。

 そして彼女を見つめると、そこにあった。灰の中に、ドングリがひとつ隠れていた。

 レンがザルファーを見つけ出してくれた。ドングリはその地で、きっと力強く成長するだろう。

 そのドングリを灰から注意深く拾い上げると、背後からコスの叫びが届いた。「俺があんただったら、もう立ち去っているところだ」

 テフェリーはそのドングリをポケットに入れ、振り返った。彼はかぶりを振った。「私はかつて、故郷の次元の安全を確保する前に逃げ出した。二度とそんなことはしない」彼の視線はカーンへと移った――ファイレクシアの実験によってばらばらにされながらも、生きている。コスを見つめながら、テフェリーはカーンの肩に手を置いた。「先に行ってくれ」

 だがその若者は、その皮膚に点在する金属と同じく頑固だった。コスは今すぐ立ち去るつもりはなかった。そしてその方が良いのかもしれない――銅の槍がチャンドラに向かって飛来した際、盾を掲げて彼女を守ったのはコスだった。だが奇妙だった。チャンドラは自分に向かってくる槍を放っておくようなことはしない。物を融かしていい理由があるなら喜んでそうするのが彼女だ。コスの盾が地面に退くと、その理由が明らかになった。

 ニッサがその先にいた。「よくも、何もかも駄目にしてくれたわね」

「あなたは本当のあなたじゃ――」チャンドラはそう言いかけた。

 だがコスが割って入った。「今はその時じゃない。ポータルを通って戻れ」

「嫌。ニッサを放っては帰らないわ。ニッサはまだそこいるの。私にはわかるのよ」ニッサは彼らに向けて巨岩を投げつけ、今回はチャンドラもそれを吹き飛ばさざるをえなかった。彼女はコスの前へ進み出ると、ニッサへと両腕を広げてみせた。「私を殺しいたいならここにいるわ。でもわかってる、あなたはそんなことはしないって」

 テフェリーは唇を噛んだ。チャンドラの楽観主義は底なしだ――ここで殺されてしまうかもしれない。

「彼女であれば大丈夫でしょう」テフェリーの隣で声を発したのはカーンだった。「エルズペスが面倒をみてくれます。ところでテフェリー、ひとつ頼み事があるのですが」

 その言葉を強調するかのように、閃光がエルズペスの到着を告げた。一瞬の後、彼女は黄金の剣の柄をニッサの後頭部に叩きつけた。そのエルフは石のように、空から無防備に落下した。

 そして言うまでもなく、チャンドラが彼女を受け止めた。

「旧友の頼み事だ、いいとも」テフェリーはそう答えた。「何をすればいい?」

「私に少し時間をください」カーンの声には、テフェリーが聞いたことのない震えがあった。「自分自身の力でこの場所から立ち去りたいのです」

 テフェリーにそれを拒むことは到底できなかった。彼が見つめる中、カーンは自身の新たな身体を一層また一層と作り上げていった。

 地平線を見ると、ノーンは自らの軍勢をほぼ抜けてきていた。他の新ファイレクシア人たちに両脚を奪われ、彼女はもはや誇らしく立ってはいなかった。テフェリーたちへと這い進む様は皮のない異形といえた。頭の白磁すら砕かれながら、それでも彼女は前進を続けていた。死者の野を這いながら、ポータルを目指していた。

「あまり長い時間は取れないが」テフェリーはそう言った。

「わかっています」カーンは頷き、できたばかりの手を動かした――彼が普段見せる芸術性など何もない、粗い作り。「離れていてください」

「君はどうするんだ?」

 カーンはノーンの姿を見つめた。「終わらせなければいけないことがあります。行ってください。すぐに追いつくと皆に伝えてください」


 重みをカーンは感じていた。

 真新しい感覚ではない。最も客観的な意味では、ゴーレムである彼はだいたいにおいて周囲の何よりも重い。主観的な意味では、状況はしばしばあまり宜しくないものとなる。ウルザが死んで以来、カーンは何らかの形の重みを毎日感じていた。ある時には、自分が感じる重みに比較したなら多元宇宙のそれなど小さなものに思えた。またある時には、自分が感じる重みこそが多元宇宙の重みなのだと思えた。

 今は後者だった。エリシュ・ノーンが這い進む姿を見つめながら、カーンは自身が背負うことを選択した重荷をかつてなく意識していた。ミラディンは彼の創造物であり、それに降りかかったすべてが彼の過ちだった。ぎらつく油をミラディンに持ち込んだ――自分自身の構成についての単純な無知として始まったそれは、自分の失敗に対する意図的な無視へと発展した。長いこと、彼はこの地を忘却に委ねていた。そしてヴェンセールが命を捧げてカーンを救うと、償いの中で生きることが最善のように思えた。当時は、ミラディンを修復する方法が何かしらあるに違いないと考えていた――自分自身の過ちを正す戻す何らかの方法が。

 今は、そうではないと理解していた。

 カーンはテフェリーを一瞥した。時間魔道士は魔法を赤熱させ、ポータルを開き続けていた。何世紀もの奮闘を経て、テフェリーはようやく若いころの過ちを正したのだ。

 それはエルズペスも同じだった。ファイレクシアから逃げ続け、どこかに新たな故郷を見出そうともがき続け、そしてここで、つい先ほどまで、新たな道という正義に輝いていた。

 過ちから逃れることはできない。それは正さなければならない。そのためには、まず自らの過ちに対峙することから始める。

 カーンは踏み出した。テフェリーが作り出す時の泡の膨らみの中、ノーンの金切り声は見えざる角笛が吹き鳴らされるように響いていた。彼女は哀れで小さな姿に成り果てていた。今彼が立ち去っても、その傷によってそのまま死ぬかもしれない。

 だがそれを確信することはできなかった。そしてもしノーンが生き延びるなら、彼女の野心もまた生き延びる。

 遠い昔、カーンは生者を決して傷つけないと誓った。戦争の恐怖を見てきた彼は、その一部になることを拒んだ。最初のファイレクシアの侵略がそれを変えたが、それらの決意は彼の内で完全に納得できるものではなかった。他者の命を終わらせる権利が自分にあるのだろうか? こんなにも人工的な命をもつ自分が。彼はそれを憎んだ。ずっと憎んでいた。可能な限り、彼は他の解決策を見つけ出そうとしてきた。

 これほどまでに有害な悪に、他の解決策はない。

 多くの命を救うためには、完全に滅さなくてはならない。

 その認識の何と重いことか。

 ノーンの成れの果ての頭部に、カーンは手を置いた。

 何かを組み立てることはひとつの喜び――彼を楽しませる数少ないパズル。組み合った伝動装置と車軸の相互作用は、彼にとっては歌のように絶妙なものだった。音楽というものは、ひとつの機械を組み立てるようなもの。オーケストラでは、すべての部分が互いを尊重し、協力し合うことで機能する。技術者がその製作物を監督するように、指揮者はその過程を監督する。音楽の中に、創造の中に、統一がある。

 破壊の中にあるのは孤独だけ。

 カーンはそれを憎んだ。彼の魔法がノーンの身体に働きかけ、白磁をワイヤーから引きちぎった。獣のような行いに、嫌悪が彼を満たした。顔をそむけたかった。止めたかった。

 暴力は、それが大いなる善のために行使されるものであろうと、決してたやすく用いるべきではない。

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アート:Scott Murphy

 カーンは見続けるよう自らに課した。金属が崩壊する様を見つめた。彼はノーンの屍の姿を記憶に焼き付けた。

 テフェリーに頼むこともできた。コスに頼むこともできた。もちろん、エルズペスに頼むこともできた。だが自分自身の問題を他者に正してもらうのはもう嫌だった。そして誰かに頼んでも、自分自身の手でノーンを殺しても、結果は同じ。これはカーンが責任をとるための最も小さな方法だった。

 それが終わると――エリシュ・ノーンが白い足場の単なる赤い染みと化すと――カーンはポータルへと向かった。

 テフェリーが力を抜き、時が再び動きだした。殺戮の様子を見て、彼の表情が心配に陰った。

「行きましょう」カーンは言った。

 それは彼にもうひとつ加わった重み。背負うべき重み。

 けれど、それはもっと軽やかな未来へ向かう最初の一歩。

 ザルファーは彼を温かく迎えた。

(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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