READING

開発秘話

Making Magic -マジック開発秘話-

『ダスクモーン:戦慄の館』展望デザイン提出文書 その1

Mark Rosewater, Annie Sardelis
authorpic_markrosewater.jpgAnnie_Sardelis_Author_Photo.jpg

2024年9月16日

 

 展望デザインからセット・デザインへの移行プロセスの一部に、「展望デザイン提出文書」と呼ばれるものの作成が含まれる。展望デザイン・リードが手掛けるその文書には、そのセットの大きな目標、テーマ、メカニズム、構造について書かれており、展望デザイン・チームが行った仕事をセット・デザイン・チームが把握する助けになるものになっている。私は定期的にその文書を公開しており、非常に好評なので公開を続けている。これまでに公開したものは以下の通り。

 他の展望デザイン提出文書の記事同様、これからお見せする内容のほとんどは実際の文書である。解説や文脈を添える私の注釈は、文章の横の枠の中に記している。この文書も非常に長いので、記事は2本に分けることにした。普段公開している文書は私が書いたものだが、『ダスクモーン:戦慄の館』では私は展望デザインのリードを担当しなかった。今回の展望デザインを率い、この提出文書を書き上げたのは、アニー・サルデリス/Annie Sardelisである。

『Swimming』展望デザイン提出文書

 いつものように、展望デザイン提出文書には先行デザイン、展望デザイン、世界構築に携わった者が列挙されている。今回の先行デザイン・チームの4人はそのまま展望デザイン・チームに入り、そこへジェレミー・ガイストとダン・マッサーが加わった。「展望デザイン・サミット」の後に1か月ほど、ブライアン・ホーレイ/Bryan Hawleyとジュール・ロビンス/Jules Robinsがチームに加わり、サミットで議論された内容に取り組む手伝いをしてくれた。ジュールは、今回のセット・デザイン・リードを務めた。

 新規次元が舞台となるセットでは、その次元のエッセンスをクリエイティブ面にもメカニズム面にも組み込まなければならないため、往々にして少々難しくなるものである。再訪にも新たなひねりが必要とされるものの、それらは以前のセットでの仕事を土台にできるのだ。『ダスクモーン:戦慄の館』ではクリエイティブ面の限界をいつも以上に押し広げようとしたため、特に難しいものになった。アニーは本流のセットの展望デザイン・リードに初挑戦ということで、多くのことに取り組むことになった。

先行デザイン・チーム
  • マーク・ローズウォーター/Mark Rosewater(先行デザイン・リード)
  • アニー・サルデリス
  • ダグ・ベイヤー/Doug Beyer
  • ジェイコブ・ムーニー/Jacob Mooney
展望デザイン・チーム
  • アニー・サルデリス(展望デザイン・リード)
  • マーク・ローズウォーター
  • ダグ・ベイヤー
  • ジェイコブ・ムーニー
  • ジェレミー・ガイスト/Jeremy Geist
  • ダン・マッサー/Dan Musser
  • ブライアン・ホーレイ
  • ジュール・ロビンス(セット・デザイン・リード)
世界構築チーム
  • オヴィディオ・カルタジェナ/Ovidio Cartagena(リード・アートディレクター)
  • ダグ・ベイヤー(展望世界構築リード)
  • エミリー・テン(セット世界構築リード)
  • グレイス・フォン/Grace Fong
  • ロイ・グラハム/Roy Graham
  • ミゲル・ロペス/Miguel Lopez
  • ディリオン・デヴェニー/Dillon Deveney
  • ローレン・ボンド/Lauren Bond

 

はじめに

 プレビュー第1週の記事で語った通り、このセットではモダンホラーのテーマと次元全体に広がる呪われた館というアイデアにゴーサインが出た。その2つがセットの核としてはじめに取り挙げられるのは、驚くことではないだろう。

 『Swimming』は、モダンホラー・テーマのマジックのセットである。

 『Swimming』では1970~80年代を中心に、現代のホラー作品に焦点を当てる。この時代のホラー映画の多くはポップカルチャーの中で独自の地位を築いており、それぞれの作品が持つ印象的なヴィジュアルやテーマは今日のメディアに大きな影響を与えている。それらの素材を探求するトップダウン・セットである『Swimming』は、ホラー好きを楽しませるものになるだろう。

 『Swimming』は、独特な新規次元を舞台にしたセットである。大陸や惑星寄りの世界が広がる多くのマジックの次元と異なり、1つの呪われた館を舞台とする。

 

セットの目標

サスペンスに満ちたものにすること

 私はよく、セットの感情面の共鳴について話をしている。セットをプレイするとき、特に使用するカードがすべてそのセットのものであるリミテッドにおいて、プレイヤーがどのように感じるかについてだ。このセットはメカニズム面でイニストラードから離れられるよう多くのことに取り組んだが、核となる感情面の共鳴は同じだった。『ダスクモーン:戦慄の館』では、平均的なマジックのゲームよりもサスペンスに満ちたものになることを目指した。アルフレッド・ヒッチコック/Alfred Hitchcock監督は、サスペンスとショックとサプライズの違いを次のように語った。サスペンスでは、悪いことが起こり得ることを知らせておく必要がある。その悪いことが起こるかもしれないという不安に心を悩ませるのだ。ショックやサプライズは対照的に、悪いことが来るのを予想していなかったからこその恐怖である。『ダスクモーン:戦慄の館』は、ショックよりもサスペンス寄りにしたかった。

 ホラー映画と同様に、怪物の真の姿が明らかになるまでには時間がかかるようにしたい。「扉の向こうには一体何が?」といった先が見えない感覚こそ、今回私たちが捉えた恐怖の種類である。カードには悪夢から飛び出してきた恐ろしい怪物が描かれるため、それらにミステリーやサスペンスの要素を加えるメカニズムが重要になる。裏向きのカードを用いるメカニズム「邪悪予示」は、そのためのアプローチである。

 

元素材との関連性に満ちたものにすること

 我々がセット制作のはじめに毎回行うことの1つが、我々が取り組もうとしている共鳴を精査することである。その元素材は何か? セットの構造はどのようなものか? このジャンルの形成に影響を与えているポップカルチャーは何か? それぞれの回答をリスト化し、カードに使える機会を探るのだ。『ダスクモーン:戦慄の館』では特に、過去のユニバースビヨンド製品やどんぐりシンボルのセットで扱った領域から引き出すことに目を向けた。

 モダンホラーは、マジックが初めて取り扱う領域である。私たちはポップカルチャーにおける映画やゲームを参照し、このジャンルのファンを満足させようとしている。また、同じくホラー・テーマの次元であるイニストラードがゴシックホラー寄りであるため、それとは一線を画すものにしたい。多彩なトップダウン・デザインや、生存者やナイトメア、ホラー、道化師などのフレイバーに富んだクリーチャー・タイプに重点が置かれることになるだろう。

 

雰囲気を捉えること

 アニーは、エンチャントでさまざまな重さの感情を呼び起こすというアイデアを思いついた。特定の感情に注力すれば、セット特有の雰囲気に合ったカードを集めた環境を作り出せる。『ダスクモーン:戦慄の館』では、見えないものも見えているものと同じくらいの恐怖を呼び起こすのである。

 イニストラードでは怪物に焦点を当て、両面クリーチャーやタイプ的メカニズムでホラーを表現したが、『Swimming』ではホラーの雰囲気に注目する。モダンホラーの映画は舞台とミステリー性の上に成り立っており、ときに怪物がわずかな間しか姿を見せなかったり、物語の最後に登場したりする。私たちは、その雰囲気を表現するのに最適なカード・タイプはエンチャントであると判断した。エンチャントは、盤面に漂うような存在感を残す。例えば《蟻走感》や《十三恐怖症》、《永遠の見守り》のように。

 

呪われた館という舞台を探検する

 プレビュー第1週の記事で語った通り、呪われた館というアイデアは館内を移動する感覚をともない、その感覚を捉えるために先行デザインと展望デザインで多くの時間を注ぎ込んだ。まずはカードからカードへと物理的に移動するコマでそれを表現したが、その方法は複雑すぎた。それでも展望デザイン・チームは館内の移動を表現する手段を模索し続けた。はじめは片方しか入れず、後でもう片方のドアを開けるという2つの部屋のアイデアは、移動する感覚を捉える上で欠かせないものになった。

 私たちが今回の舞台に定めたのは、「1つの呪われた館」という他にないものである(巨大でファンタジー満載のものではあるが)。私たちは、呪われた館の中で部屋から部屋へと移動する行為を表現しようとしている。つまりこのセットにおける対立は、より現代的な屋内を舞台に繰り広げられることになる。

 

『Swimming』のメカニズム

邪悪予示/manifest evil

 後者のデザインは印刷まで至ったものに近かった。《ホーントウッドの金切り魔》は、3マナ3/3でこのテキストを持っている。《裏の裏まで》は〈箱からの飛び出し〉を彷彿とさせるものになっている。

〈箱からの飛び出し〉

{R}
インスタント
クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは+2/+0の修整を受ける。このターンにそれが死亡したとき、邪悪予示を行う。(あなたのライブラリーの一番上にあるカード3枚を見る。それらのうち1枚を2/2のホラー・クリーチャーとして裏向きで戦場に出し、残りをあなたのライブラリーの一番下に置く。それがクリーチャー・カードなら、そのマナ・コストで、いつでも表向きにしてよい。)

〈森林の未確認生物〉

{4}{G}{G}
クリーチャー - ホラー
5/5
[カード名]が攻撃するたび、邪悪予示を行う。(あなたのライブラリーの一番上にあるカード3枚を見る。それらのうち1枚を2/2のホラー・クリーチャーとして裏向きで戦場に出し、残りをあなたのライブラリーの一番下に置く。それがクリーチャー・カードなら、そのマナ・コストで、いつでも表向きにしてよい。)

 

 展望デザイン提出文書では展望デザイン・チームが提案するすべてのメカニズムやテーマを提示する必要があるのだが、そのやり方には腕を見せる余地が少しある。例えばメカニズムを紹介する順番は、初めて文書を読んだ人のセットへの印象に影響を与えるのだ。展望デザイン・チームはのちに「戦慄予示」となる「邪悪予示」に最も高い信頼を寄せており、そのためアニーはそれを一番はじめに持ってきたのだろうと私は確信している。

 展望デザイン提出文書を振り返る際に私が楽しみにしていることの1つは、何が変更されたのかを見ることである。メカニズムをセットの他の部分と統合するために、微調整が多く行われる。例えば不気味な雰囲気のメカニズムはホラーのクリーチャー・タイプを取り扱っていたため、「邪悪予示」で戦場に出す裏向きのクリーチャーはホラーだった。そんなことがメカニズムでできるのかと疑問に思う諸君がいるかもしれない。裏向きのクリーチャーは単なる2/2のクリーチャーであると定義されているのではないか、と。「変異」が生み出された当時はそうだったのだが、実は違うのだ。裏向きのクリーチャーは、我々が定義したいように定義することができる。通常はゲームプレイ上わかりやすいようにセット内で1種類に留めるようにしているが、それは複雑になりすぎないように努めているだけであり、ルール上は問題ないのである。

 この文書ではもう1つ、セット・デザイン・チームが最終的に使わなかったアイデアに言及されている。裏向きのクリーチャーにカウンターを持たせるアイデアだ。我々は、クリーチャーを「予示」し、その後それの上に+1/+1カウンター2個を置いたり、飛行カウンター1個を置いたりするカードを提出した。これでクリーチャーが裏向きになる際のバリエーションを増やせると我々は感じたが、セット・デザイン・チームはその必要性を感じず、このセットから取り除かれることになったのだった。

〈潜在的超能力者〉

{1}{U}
クリーチャー - 人間・生存者
0/3
{T}:占術1を行う。
{3}{U}, {T}, [カード名]を生け贄に捧げる:邪悪予示を行う。(あなたのライブラリーの一番上にあるカード3枚を見る。それらのうち1枚を2/2のホラー・クリーチャーとして裏向きで戦場に出し、残りをあなたのライブラリーの一番下に置く。それがクリーチャー・カードなら、そのマナ・コストで、いつでも表向きにしてよい。)

 「邪悪予示」は、『運命再編』の「予示」の亜種である。予示の面白いところは裏向きのカードを表向きにしてサプライズでクリーチャーを繰り出すことにあるため、この亜種ではクリーチャーを引き当てやすいように、いくらか選択の余地をプレイヤーに与える。このメカニズムでは、次の部屋に潜む怪物(つまり戦場で裏向きになっているカード)が何なのか対戦相手は把握できず、私たちが目指すサスペンスの要素を表現する鍵となる。裏向きのクリーチャーは2/2のホラーであり、このセットで私たちが取り挙げるパーマネントのタイプと結びついているだけでなく、不気味な雰囲気を持っている。+1/+1カウンターやキーワード・カウンターのようなカウンターを持たせるのも良いかもしれない。邪悪予示のコストを上げて2/2より強いものにする場合に役立つだろう。

 

憑霊/Possess

 ここで言及されている「応援/boost」メカニズムは、のちに『機械兵団の進軍』で「賛助」になるメカニズムのことである。

 「憑霊」がたどった顛末は、興味深いものだった。我々は、死亡したクリーチャーが生きているクリーチャーに憑依するというアイデアを思いついた。フレイバー面はまさに会心の出来に見えた。さらに、これはクリーチャーとオーラの2枚を唱えても除去呪文1枚で両方対処され、カード・アドバンテージを失う問題を解消する助けにもなった。我々は勝利を確信した。

 第一の問題は、デザイン領域がやや狭いことだった。「憑霊」では、クリーチャーとオーラが結びついていることを感じられるようにしたかった。そのための最も簡単な方法はクリーチャーが持つ能力をオーラとして与えることだったが、キーワード能力はそう多くなく、すべてがオーラとして最適なものでもなかった。我々はまた、対戦相手のクリーチャーに与えるネガティブな能力も実験した。

 我々がメカニズムをプレイテストする理由の1つは、そのメカニズムの宣伝文句が現実的なものであるか確認するためである。例えば、クリーチャーが持つ常盤木キーワードは回避能力やブロックをためらわせる能力が多い。つまり憑霊を持つクリーチャーが死亡することはまれで、ほとんどフレンチ・バニラのクリーチャーとなってしまうのだ。

 セット・デザインは、エレガントな解決策を見つけ出した。クリーチャー・エンチャントに死亡するとオーラになる能力を持たせるのではなく、クリーチャーでないエンチャントになる常在型能力を持つクリーチャー・エンチャントを作ったのだ。憑依するフレイバーを捉えきったとは言えないが、我々が求めた雰囲気に合ったものに仕上がったのだった。

〈果てなく落ちるもの〉

{3}{U}
クリーチャー・エンチャント ― ナイトメア
3/3
憑霊(このクリーチャーが死亡したとき、あなたはそれをエンチャント(クリーチャー)を持つオーラとして戦場に戻してもよい。エンチャントしているクリーチャーは以下の能力を持つ。)
飛行

〈屋根裏のネズミ〉

{1}{B}
クリーチャー・エンチャント ― ネズミ
2/2
憑霊(このクリーチャーが死亡したとき、あなたはそれをエンチャント(クリーチャー)を持つオーラとして戦場に戻してもよい。エンチャントしているクリーチャーは以下の能力を持つ。)
接死

〈無為の悪鬼〉

{R}
クリーチャー・エンチャント ― デビル
2/1
憑霊(このクリーチャーが死亡したとき、あなたはそれをエンチャント(クリーチャー)を持つオーラとして戦場に戻してもよい。エンチャントしているクリーチャーは以下の能力を持つ。)
各戦闘で、このクリーチャーは可能なら攻撃する。

 モダンホラーでは、人々がたちの悪いものに憑依されるのが常である。何かの名残のようなものや、クリーチャーからクリーチャーへ移る感覚を特に良く捉えるのは、オーラだ。「憑霊」を持つクリーチャーはすべてクリーチャー・エンチャントであるため、除去されてもエンチャントの数は変わらない。憑霊のオーラには、対戦相手のクリーチャーにつけることを推奨するネガティブな能力も持たせてみた。現時点でのテンプレートは不確かなものであり、一部を『機械兵団の進軍』の「応援」メカニズムから拝借している。そのクリーチャーが死亡したときにオーラとして戦場に戻るのは、一度だけの想定だ。オーラの状態で除去された場合は墓地へ送られる。

「出口は必ずあるはずだ。あのドアを開けてみよう」

 本日はこれで以上だ。舞台裏を覗くのを楽しんでもらえたなら幸いである。いつもの通り、この文書や私のコメント、『ダスクモーン:戦慄の館』に関する意見を、メール、各ソーシャルメディア(X(旧Twitter)TumblrInstagramTikTok)で(英語で)聞かせてくれたまえ。

 それではまた次回、その2でお会いしよう。

 その日まで、剃刀族には気をつけたまえ。


 (Tr. Tetsuya Yabuki)

  • この記事をシェアする

RANKING

NEWEST

CATEGORY

BACK NUMBER

サイト内検索