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戦争だ!

Doug Beyer / Translated by Mayuko Wakatsuki

2011年1月17日

トロールは絶滅してしまったとほとんどの者が信じている。

わしが生きている限り、それは間違いだ。

―最後のトロール、スラーンの皮膚に刻まれた文字

開戦

 自らの死の予感とともに眼と眼―ただし片方は空の眼窩―が合ったとき、人が発する音が聞こえる。彼が骸骨の顔を直視するたび荒い息と、無知の囁きが漏れてゆく。

 ミラディンの全ての文明で、同じ音が鳴り響いているのが聞こえるだろう。


アート:Steven Belledin

 二つの文明がミラディンそのものを声高に呼ぼうとしている。ミラディン人にとって、ミラディンは全てこれまで知っているものだ―足元に広がる大地と空に輝く太陽。生まれ故郷たる次元。

 ファイレクシア人にとって、ミラディンは多元宇宙への足がかりだ。再覚醒のための基盤だ。増殖と成熟、そして可能ならば他の世界へと発展し遷移するための宿主だ。

 一方の勢力だけがミラディンを故郷と呼ぶことができる。そこには交渉による妥結も、捕虜収容所も賠償金もない。一方によるもう一方の徹底的な殲滅。戦争は新たな局面へと突入した。

戦争のための新種

 ファイレクシアは滲みのように少しずつ、血のように静かに世界へと行き渡った。その起源も定かではないファイレクシアのクリーチャー達は世界の暗部から這い出した。当初ミラディン人達が遭遇したのは粗暴で悪意に取りつかれた屍金属の獣や悪鬼だけだった。この第一波は人里離れた前哨地や孤立した集落を引き裂いた。


アート:Daniel Ljunggren

 僅かな数であったが死を逃れた勇敢な伝令が、カルドーサやタージ=ナール、ルーメングリッドへと不可解な知らせを持ち帰った。報告が入るにつれてその様相が浮かびあがった。黒い油。生体と機械の融合した怪物。感染力のある消耗性の病気。メフィドロスの境界の拡大と、新たに絡み森に生え始めた奇妙な植生......ファイレクシアはミラディンにやって来ていたのだ。

 いくつかの悲惨な初期の遭遇の後、ミラディン人達はその武勇と技能と注意深い封じ込めとによって、それら伝染的ミニオンを打ち負かせるかもしれないと学んだ。生来ミラディン人達は故郷の金属に熟達しており、それを戦闘において武器とした。メムナークの狂気の統治が終わって放置されていた自動人形マイアは対ファイレクシアの味方となった。大消失によって主を失った地ならし屋とゴーレムは次元の守り手として採用された。オーリオックの刃の達人やエルフの射手達は、シルヴォクのドルイドやゴブリンのシャーマンが粗暴なファイレクシア人達を破壊し灰にするように、彼等を切り裂き殺すことを学んだ。

 だが今、ファイレクシア人の軍勢が新たな波となって現れた。より高位で冷酷な眼識を持つ屍鬼達に統率された突撃隊だ。ファイレクシア人の攻撃は冷酷な蛮行だけでなく、熟慮や洞察、戦略をもって展開されるようになった。

 さらに、ファイレクシアのマナへの帰属意識が変化した。彼等の色属性はサディステックな黒から捕食の緑、狡猾の青、そして階級制の白へとさえ流れ出しているように見えた。それは純粋なマナからなるミラディンの五つの太陽にさらされた結果かもしれない。ファイレクシアには適応力があり、ミラディン人達はその直接の証人となったのだ。

 事態はより悪化する。ミラディン人の斥候達は大空洞、ミラディンの地殻深くへと貫通した巨大な穴の中にもっと恐ろしい何かを目撃した。ファイレクシア人の発生源が発見され、その推定規模は圧倒的なものであった。

腐敗した核

テル=ジラードの知恵は死なぬ、刻み込まれた文字が腐り落ちようと。

ミラディンの歴史は終わらぬ、その心臓が腐り果てようと。

―最後のトロール、スラーンの皮膚に刻まれた文字

 ミラディン次元は球形をしていており、数マイルの厚さに及ぶ金属の地殻の下の核は空洞となっている。次元を回るマナの太陽はこの巨大な空間から噴出した。メムナークはかつてこの核内にそびえ立つ監視塔、パノプティコンから次元を監視していた。

 そしてミラディンの核の奥深く、果てしなく続くマイコシンスの柱のかすかに輝くマナの下、ファイレクシアの油の一滴からその文明が完全復活しようとしている。ミラディンの創造主に染みついていた僅かな油が全ての種であり、それはマナと核に守られて育った。


滞留者ヴェンセール》 アート:Eric Deschamps

 コス、エルズペス、そしてヴェンセールらプレインズウォーカーは、ミラディンの核がファイレクシアに侵されているのを発見した。核は魔女エンジンや巨大な羽虫のような獣が闊歩する酷い様相の迷宮となっており、ファイレクシアの狂信者達がカルト的集会を開いていた。マイコシンスの枝状繊維は互いに癒合して安定した層状になりつつあった。そしてより深部のどこか、赤熱した有毒の死に満ちた鋳造所の下で、ファイレクシアの指導者達がその新たな支配の時代のために策謀を巡らしている。彼等は法務官。ファイレクシア人にとってその言葉は予言に等しい。

 ごく僅かなミラディン人が、ファイレクシアの存在という脅威に気付くほどの知恵を持っていた。そのうちの一人は、スラーンという名のトロールだ。

トロールの終焉

 昔、伝承の樹として知られる金属樹テル=ジラードのトロール達は賢者や守護者として崇敬されていた。彼等はミラディンの歴史を巨大な樹の銅色の樹皮に刻み込むことによって守り続け、ヴィリジアン・エルフ達はトロールの幅広い知識や洞察を尊重していた。だがトロール達がテル=ジラードを去って戦いに加わる時が来ると、彼等は種族の絶滅に直面した。


伝承の樹》 アート:John Avon

 狂気の守護者メムナークがミラディンを統治していた時代、エルフのグリッサ・サンシーカーはカルドラのアーティファクトを用いて強力なアバター、カルドラのチャンピオンを召還した。しかしメムナークは油断なくカルドラのチャンピオンを支配し、グリッサは結局カルドラのチャンピオンと戦うことになってしまった。テル=ジラードに残っていたトロール達はグリッサに協力し、彼女がラディックスへと辿り着いて緑の太陽を出現させるまでの時間を稼いだ。多くのトロールがその戦いの中で命を落としたが、絡み森へと戻ってきた者はエルフ達がトロールとその教えに疑いを持っていることを知った。

 エルフ達はラディックスの爆発で絡み森の広大な範囲が破壊されたことでグリッサを非難し、彼女を手助けしたトロールにも疑いの目を向けた。トロール達はグリッサの名誉を回復したがったが、エルフ達はトロール達との接触を絶ち、テル=ジラードの元で育ったそれまでの生き方をも拒否した(グリッサがどうなったかについては、別の機会に)。

 そしてメムナークの魂の檻が壊れ、ほぼ全てのトロールは消え去って彼等の故郷の次元へと帰った。この出来事は大消失として知られている。今日ほとんどのエルフ達とミラディンの他の住人は全員、トロールは死に絶えたと思っている。だが一人の孤独で、偏屈で、見たところ無感情なかつての誇り高き種族はまだ生き残っている。

最後のトロール、スラーン

かつてこの世界を救った者に与えられた烙印は、裏切り者。

かくして彼女は裏切り者となった。

―最後のトロール、スラーンの皮膚に刻まれた文字

 トロールのスラーンは故郷である絡み森がファイレクシアの侵入によって汚染され始めてもそこで隠者のように暮らしている。グリッサの無実とメムナークの不実をその心に大切に留めて、そして彼の皮膚にそれを刻みこんでいる―彼はその事実や多くの伝承をその銅で覆われた外皮に入れ墨として彫り込んでいる。彼はファイレクシアの脅威という本質を理解するようになり、その経験と知恵から、ファイレクシア人達がこの世界に何を成そうとしているかを正確に知っている。彼は破壊の先駆者となるか、暗い棲家で他人との接触を絶ち続けるかを決めねばならない。

 そして自身でその心を決めるまで、何も―そう何も―彼を動かすものはない。

カードプレビューの時間

 マジックにおけるトロールは常に、場から取り除くことが困難なクリーチャータイプだ―彼等の特色である再生能力によって、並の殴打くらいでは倒されたりしない。ミラディンの《トロールの苦行者》はこのテーマを拡大し、対戦相手が望むいかなる呪文や効果の対象にもならない。そしてミラディンの傷跡の《苦行主義》は《トロールの苦行者》の「トロール流被覆」を拡大して君の軍勢全てに与えてくれる。

 伝説のトロールであるスラーンはその両方を兼ね備えている。

 対処不可能という物差しで見ると、スラーンは対戦相手に深い絶望を刻んで椅子へと倒れ込ませるほどの根拠を持っている。どの対戦相手も如何にしてこいつに死を与えてやるかという発想に欠けている。打ち消して落とすことはできない。戦場にいる間は対象にとることができない(君以外は。よりよい戦いのために装備させたり強化することはできる)。君がトロールの伝統的な{1}{G}を立てている限り、通常の戦闘で殺すことも、対象をとらない一掃系の火力で殺すこともできない。それでも感染クリーチャーはいつか彼を墓地に追いやるが、スラーンを確実に消し去る唯一の方法はスラーンを唱え、レジェンド・ルールに彼の存在を消し去ってもらうことだ。


最後のトロール、スラーン》 アート:Jason Chan

 スラーンはその生存能力と「出口はあちら」の心構え以外にブロッカーを避ける特別な手段は持たない。だが彼の工場出荷時の標準である4/4サイズを回してみて十分だと感じなかったなら、彼はまたとても、それはもう上手に装備品を振り回してくれる。彼を《バジリスクの首輪》で武装させたなら6/6の跋扈する戦場も接死で駆け抜けるし、もしくは《執念の剣》を抜き放ったなら彼はアンタップ状態のパワー6トランプルでレッドゾーンに突入するだろう。スラーンは対コントロールの精密兵器で、たとえ火の中水の中、4点ダメージの塊を与える事に特化してデザインされた。そして彼はそれら全てを小奇麗な{2}{G}{G}でやってのける。

 環境に満ちる多くのカードに対してスラーンは免疫を持っている。除去の雨を雪合戦の中の戦車のように平然と通り抜けていく。《マナ漏出》や《破滅の刃》は彼の皮膚に跳ね返され、《精神を刻む者、ジェイス》も彼を手札に戻せずじっと見ていることしかできない。いよいよとなればスラーンは自身の《審判の日》からさえ再生することができる―できないかもしれないが。それら意味をなさなくなったカードのほとんどは永久に対戦相手の手札からスラーンを見つめては悲しそうに眉をひそめる。スラーンの痛みの用事をどうにか妨げようとする少しのブロッカーを君が除去するのを見ながら。

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戦争の時

 孤立した乱闘と躊躇しながらの突撃は終わった。次元は戦火に飲み込まれる。ミラディン人にとって悪い知らせは、二つの軍勢の強さは今や同格だということだ。ミラディン包囲戦は真っ二つに分かれている―このセットのミラディンとファイレクシアの透かし模様の数は同じだ。

 ミラディン人達は共に団結した―部族や種族の違いは一つの戦鬨の声の中に融けた。彼等は今や文明の存亡がかかっていることを理解している。ファイレクシア人達は外へと広がり続け―世界の核は悪性腫瘍のように破裂して、より高性能のファイレクシア人達を戦闘へと送り出している。法務官達は影のように隠れ潜む;かつてのプレインズウォーカーの崩れそうな心に汚れた助言を囁きながら、ミラディン侵攻を指揮している。

 それら全ての証人が、最後のトロール、スラーンだ。彼はグリッサの運命を知っている。彼はその心に伝承の樹を大切に持ち歩いている。彼はミラディンの核からファイレクシアの軍勢が現れるのを目撃し、その重大な危険性を知っている。また彼は保護された奇妙なシルヴォクの少女を発見した。彼女はミラディン世界では異常なことに―その身体に一切の金属を持っていなかった。スラーンは彼女を訓練し、戦闘と癒しの能力を鍛えた。来るべき紛争の中、彼女のその奇妙な才能はミラディン軍に重宝されるかもしれない。一方、彼は絡み森の枝の下から歩き出し、彼自身でファイレクシア人達を壊しながら進まなくてはいけないかもしれない。

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