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開発秘話

Making Magic -マジック開発秘話-

『ファイレクシア:完全なる統一』展望デザイン提出文書 その1

Mark Rosewater
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2023年2月13日

 

 セットが展望デザインからセットデザインに渡るとき、展望デザインのリードは、そのセットに関するチームの展望を説明する展望デザイン提出文書を作る。そこには、大目標、テーマ、メカニズム、構造が記されている。数年前からこれの公開を始め、大成功を収めているので、今は私が展望デザインのリードを務めたセットのたびに文書を共有することにしている。これまでに公開したものは以下の通り。

 この文書は長いので(そして語りたいことも多いので)、2本に分けるようになっている。私の展望デザイン提出文書記事の通例として、以下の文章のほとんどは実際に提出された当時の文書であり、そこに囲みとして詳細な説明や文脈を書き添えている。

『Lacrosse』展望デザイン提出文書

 私はいつも、まず展望デザイン・チームの紹介から入る。『ファイレクシア:完全なる統一』のデザイン記事の1本目で、彼らの紹介をしている。通常、先行デザイン・チームと世界構築チームも挙げている。なぜ今回載せなかったかはわからないが、それらのチームはこういう構成だった

 先行デザイン・チーム

  • ダグ・ベイアー/Doug Beyer(次席者)
  • グレアム・ホプキンス/Greame Hopkins
  • ケン・ネーグル/Ken Nagle
  • シドニー・アダムス/Sydney Adams
  • ザック・エルシック/Zak Elsik

 (彼らの紹介も上記のリンク内にある。)

 世界構築チーム

  • フォックス・アリソン/Fox Allison
  • ダグ・ベイヤー/Doug Beyer
  • グレイス・フォン/Grace Fong
  • ロイ・グラハム/Roy Graham
  • ジェンナ・ヘランド/Jenna Helland
  • ニール・ラフラント・ジョンソン/Neale Laplante-Johnson
  • ミゲル・ロペス/Miguel Lopez
  • リア・ミラー/Leah Miller
  • エミリー・テン/Emily Teng
展望デザイン・チーム
  • マーク・ローズウォーター/Mark Rosewater(リード)
  • ダグ・ベイアー/Doug Beyer(次席者、クリエイティブ・リード)
  • アリ・ニー/Ari Nieh
  • ブライアン・ホーレイ/Bryan Hawley
  • グレアム・ホプキンス/Greame Hopkins
  • ケン・ネーグル/Ken Nagle
  • オヴィディオ・カルタヘナ/Ovidio Cartagena

 

 ウィザーズ社内に、ファイレクシアの物語は2つの理由からユーザーの一部を落胆させるのではないかという大きな懸念があった。1つ目は、その心象が強烈すぎるかもしれないということ。2つ目は、マジックの生物なので馴染みがないユーザーがいるということ。アート部門の第一の心配として、これらの2つの懸念は『ファイレクシア:完全なる統一』を作る上での障壁となった。このことから、ファイレクシアンが大半を占めるセットは1つだけにするという決定につながった。他のどこでも、ファイレクシアンは存在するが、数は少ない。

 『Lacrosse』は、新ファイレクシアへの再訪である。ファイレクシア戦争の物語の最後から2番目の章となる。このセットの課題は、ファイレクシア人に非常に詳しい熱烈なファンと、ファイレクシアが何か把握していない一般的なファンの需要を満たす形で新ファイレクシア世界を提供することである。(ファイレクシアは一般的なホラーの作法には則っているが、マジック独特の生物であり、単体ではいくらか芳潤さに欠けるのだ。)このことから、このセットでは以下の目標が導かれた。

 

1)ファイレクシアンの本質をメカニズム的に再現するセットを作り上げる。

 最初のデザイン記事で語った通り、私はファイレクシアの大ファンであり、ファイレクシアを嫌っていたり知らなかったりするプレイヤーを憤慨させることなくファイレクシアのファンを満足させることがデザインにとって難しいことがわかっていたので私がリードを務めることにしたのだ。

 ファイレクシアンはマジック最古の敵(マジック史上2つ目のエキスパンションである『アンティキティー』で初登場している)であり、長年の間にいくつものセットで登場している。ファイレクシアンに関連する様々なメカニズムを作ってきたので、『Lacrosse』の展望デザインはどれが最適でプレイヤーの期待に応えるものになるかを判断しなければならなかった。我々の目標は、「ファイレクシアン・セット」への期待に応えることであった。

 

2)ファイレクシアに馴染みがないプレイヤーにもとっつきやすいセットをデザインする。

 初期には、我々は広いテーマだけを選ぶことがあった。『イニストラード』はあらゆるホラーの素材を扱いうるホラーのセットだった。世界を次々と作っていくうちに、ホラーなどの人気のジャンルではその一部分を見つける必要があるとわかった。これについて、デザインの初期に話し合った。どんなホラーならこのセットが『イニストラード』と被らないようにできるか。ファイレクシアがもとにしたアーキタイプを掘り下げることで、このセットを「SFホラー」と考えることにつながったのだ。

 この目標のために必要なのは、単体で一体感がありフレイバーに富んでいると感じられるセットをデザインすることである。そのためには、我々が扱う素材空間、言ってみれば他世界的で侵略的な脅威がいる「エイリアン・ホラー」を認識することも必要となる。「エイリアン」のエイリアンや「スタートレック」のボーグ、「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」のボディ・スナッチャーなどのクリーチャーを素にして、接触したものに感染するウィルスのように振る舞うエイリアンの脅威という(『イニストラード』セットで扱った伝統的ゴシックホラーとは対照的な)新しいタイプの恐怖を扱う。TV Tropesではこれを「Assimilator」と呼んでいる。

 

3)プレイヤーにファイレクシアンをプレイする楽しさを感じる機会を与える。

 私が『闇の隆盛』のデザインをリードしていたとき、私は人間らしさの表現に特に焦点を当てていた。物語的に、主役は人間だったからである。しかし、そのせっとのリード・デベロッパーだった〈まだ展望デザイン、セットデザイン、プレイデザインというモデルになる前である)トム・ラピル/Tom LaPilleが私に、このセットで一番クールなのは人間ではなく怪物たちだと思い出させてくれたのだ。この教訓から、私はそのセットで一番クールなものと、それをプレイヤーがして楽しいかどうかに焦点を当てることにしている。

 『ファイレクシア:完全なる統一』の中心がファイレクシアンになると決めて、私は、ファイレクシアンデあことの楽しい面を再現するデザインが必要だと考えた。つまり、カードを使う実装においてプレイの仕方や雰囲気を楽しいものにしなければならないということである。敵らしくあらねばならないが、楽しい形でそうしなければならない。これもデザイン・チームにとっての難題となったのだ。

 これまで、ファイレクシア人は必ず「相手方」、対峙する敵として設定されていた。このセットはファイレクシア人によって制圧された世界を表すものであり、ファイレクシアンにほぼ埋め尽くされている(セットのクリーチャーのおよそ8割を占める)ので、我々はこのセットでプレイヤーにファイレクシアンであるということがどのようなものか試してもらう機会を与えることにした。主にユーザーに馴染みのあるメカニズムを使う(1つ目の目標を果たすため)一方で、全体の環境を新しく新鮮なものだと感じられるようにすることは重要であった。このセットの新奇さは構成要素ではなく、それらをこれまでプレイヤーが体験したことのない環境を作る組み合わせ方にある。

 

 展望デザイン・チームがこのセットに入れたメカニズムは以下の通り。

有毒

 感染メカニズムはフレイバーに富んでいるが賛否両論であった。初期展望デザインで少しだけ時間をかけて感染を見たが、内心では感染が印刷に到ることは難しいとわかっていた。私の大目標は、毒を救済する方法を見つけることだった。私は勝利条件の大ファンで、毒にはナニカ特別だと感じさせるものがあるのだ。

 『ミラディンの傷跡』ブロックは、ファイレクシア人の疫病らしさを示すため、ファイレクシア人と毒による勝利(あなたが毒カウンター10個を得たとき、あなたはゲームに敗北する。)を強く結びつけていた。展望デザイン・チームは、ユーザーが毒を期待していると考え、セット内で毒を成立させる方法を探った。我々の目標は、『ミラディンの傷跡』ブロックで毒にあった問題を解決しながらそれを使う方法を見つけることだった。

 この2種類を組み合わせる方法としてもともと『ミラディンの傷跡』にはずっと多くの増殖があったが、プレイデザイン上の問題から減らさなければならなかったのだ。

 最大の問題は、「サイロ問題」だった。感染を持つクリーチャーがダメージの代わりに毒を与えるので、毒戦略とそうでない戦略を組み合わせるのは難しかった。どちらか一方の戦略を取り、もう一方を避けることになりがちがったのだ。我々は、毒と通常のダメージをデッキの戦略内で組み合わせる方法を見つけたかった。そして、3通りの方法を見つけたのだ。

 

1)感染でなく有毒を使う
〈堕落したティラナックス〉

{3}{G}
クリーチャー ― ファイレクシアン・ビースト
3/3
有毒2(このクリーチャーがプレイヤー1人に戦闘ダメージを与えるたび、そのプレイヤーは毒カウンター2個を得る。)
トランプル

 展望デザイン提出文書から印刷に到るまで、有毒がほとんど変わっていないのは興味深い。もちろん、デジタルやクリエイティブ的理由から毒性になったが、ゲームプレイ的にはほぼ同一だ。毒の色3色は、その基本的な戦略的枠組みもそのまま残った。ダニは完全に同じで、デザインも名前すらそのままだ。

 もう1つ指摘しておきたいのは、プレイデザインがバランスを取れるように意識することの重要性である。それだけ聞いたときにクールに思えるアイデアも、実際に成立させられないなら良い選択肢ではないのだ。

 有毒Nは、クリーチャーが戦闘ダメージを与えるたびにプレイヤーに毒カウンターN個を与えるクリーチャーのメカニズムである。感染と違い、有毒はダメージを置き換えるのではなくダメージに加えて毒をもたらす。つまり、プレイヤーは毒で相手を倒すことを狙いながらもダメージを与えることになる。また、有毒の値は変更できるツマミなので、セットデザインやプレイデザインはダメージと毒の比率を調整しやすい。

 我々は有毒を黒緑白に入れた。黒と緑を選んだのは毒が自然だからであり、白を選んだのはエリシュ・ノーンの指導力を表すためである。(そして白のクリーチャーが多いという性質ともよく合う。)「並べる」毒の戦略の白を助ける方法の1つとして、新しいクリーチャー・トークンである有毒1と「これではブロックできない。」を持つ1/1のファイレクシアン・ダニ・クリーチャー・トークンを作れるようにした。

 

2)堕落メカニズムの使用
〈ドロスの匪賊〉

{1}{B}
クリーチャー ― ファイレクシアン・戦士
2/1
有毒1(このクリーチャーがプレイヤー1人に戦闘ダメージを与えるたび、そのプレイヤーは毒カウンター1個を得る。)
堕落 ― 対戦相手1人が3個以上の毒カウンターを持っているなら、これは+1/+2の修整を受ける。

 堕落の基本は変わっていないが、セットデザイン・チームは堕落をどう使うのが最適化見つけるためにかなりの時間を費やした。(対戦相手が堕落状態になっているかどうかでの)差分がどうあるべきか、どんな効果が作られるべきか、他のテーマとどうか変わるかはかなり変遷した。これは展望デザインとセットデザインの違いを示す好例である。展望デザインでは、我々は大局観を決めようとする。セットデザインでは、チームは実装にもっと集中するのだ。そう、堕落の概念はセットを成立させるための鍵だったが、それがどのように使われる必要があるかには多くの反復工程が必要なのだ。

 堕落は「対戦相手1人が3個以上の毒カウンターを持つなら」そのパーマネントや呪文が強化されるという能力語である。これの目標は、毒を与えることが全か無かにならない環境を作ることである。対戦相手に毒を与えるが毒で殺すことを目標としないデッキが存在できるようになる。展望デザイン・チームは他の閾値を検討したが、3がちょうどいいと思われる。堕落メカニズムは5色全てに存在しているが、白と黒に集めている。白黒のドラフト・アーキタイプは堕落メカニズムを基柱としている。いくらか毒を与えることで勝利することが多いデッキになっている。

 

3)拡大効果の使用
〈祝福をもたらすもの〉

{4}{W}
クリーチャー ― ファイレクシアン・天使
3/3
飛行
これが戦場に出たとき、各対戦相手につきそれぞれ、あなたはそのプレイヤーが持つ毒カウンター1個につき2点のライフを得る。

 3つの中の2つは悪くなかった。毒ではいろいろなことをしていたので、セットデザイン・チームは毒による利益をほとんど堕落だけに絞ることにした。また、拡大効果は9まで対応でいなければならないので、バランスの取れた効果を作るのは難しい。私のお気に入りの実装は呪文のコスト低減で、これはより狭いパワー域の呪文を作ることができるからである。

 堕落の閾値に加え、特定の対戦相手1人が持つ毒カウンターの数にうじて単純に強化される呪文が存在する。これらの呪文は、対戦相手に毒カウンターがなくても使えるが、毒カウンターの数が増えると拡大される。特に興味深い変種は、対戦相手の持つ毒カウンター1つごとにコストが1点減る呪文である。

 

 これにはセットデザインやプレイデザインのかなりの作業があったが、『ファイレクシア:完全なる統一』のおかげで様々な毒デッキが存在できるようになっていると思う。

 これら3つを組み合わせることで、毒が『ミラディンの傷跡』よりも多くの役割を果たす環境につながっている。対戦相手に少し毒を与えるデッキや、10個与えるデッキや、その中間のデッキができるのだ。また、ここから、さらに毒と毒でないカードを組み合わせることも可能になる。

 これらはどれも採用されなかった。展望デザインはセットデザインの選択肢を増やすために行き過ぎることが多いのだ。有毒/毒性と堕落だけで必要な道具は充分なので、他の多くのアイデアは複雑さを減らすために取り除かれた。

 ここで、毒について我々が試したあと2つのことを紹介しておこう。1つ目が、呪文を使うコストとして一定量の毒カウンターを与えるカードを試した。これらは、毒をいくつ持っているかが環境的に意味を持つ環境では興味深いだろうと考えている。

 2つ目に、青で、毒の懲罰呪文、つまり対戦相手に毒カウンターを受けるかどうか選択させる呪文を作った。対戦相手に毒を強制的に得させるわけではないので、これらの呪文で死ぬことはありえないと考えたのだ。

〈集団への贈り物〉

{4}{W}
ソーサリー
アーティファクトやエンチャントやクリーチャーのうち1つを対象とする。それを追放する。あなたは毒カウンター1個を得る。

 
〈執拗な圧力〉

{3}{U}
エンチャント
各プレイヤーの終了ステップの開始時に、そのプレイヤーは自分がコントロールしているクリーチャー1体をオーナーの手札に戻してもよい。そうしないなら、そのプレイヤーは毒カウンター1個を得る。

 
増殖
〈実験室の増加者〉

{2}{U}
クリーチャー ― ファイレクシアン・ウィザード
2/3
あなたの終了ステップの開始時に、このターンにあなたがインスタントやソーサリーである呪文を唱えていた場合、増殖を行う。(望む数のパーマネントやプレイヤーを選び、その後、すでにそこにあるカウンター1種類につき、そのカウンター1個を与える。)

 プレイヤーがファイレクシアと関わりが深いと考えている3つのP(毒、増殖、ファイレクシア・マナ)のうち、もっとも安全だと考えられたものが増殖である。プレイデザインは『灯争大戦』当時にかなりの時間を費やしたので、このセットに増殖が入るのは確実視していた。

 『ミラディンの傷跡』ブロックでは、ファイレクシア人と増殖メカニズムも親密に関わっていた。毒同様、ここでもファイレクシア人を疫病のように扱っている。感染は賛否両論だったが、増殖はプレイヤーにほぼ愛されていた。『兄弟戦争』では大喝采の中、再登場している。毒同様、我々はファイレクシア中心のセットでは増殖が再登場することをユーザーが期待していると考えていた。

 +1/+1カウンターを使わないというアイデアは、我々が提出した時点では多少賛否両論だった。セットデザインはセットにそれを入れようとさえしたが、プレイテストの結果、このセットでは使わないほうがうまくいくと認識して取り除いたのだった。

 増殖をセットで成立させる鍵は、どのカウンターを使いたいかを決めることであった。『ミラディンの傷跡』では-1/-1カウンターと増殖を使い、『灯争大戦』では+1/+1カウンターや忠誠カウンターと増殖を使った。様々なものを試した後、今回は何もメカニズム的な意味を内包しない油カウンターに落ち着いた。これによって、『ミラディンの傷跡』とも『灯争大戦』とも大きく異なる増殖環境を作ることができるだろう。

 セットデザイン中に、増殖は青と緑には残ったが、赤から黒に変更された。これにはいくつかの要因があると思われる。その中でも大きい2つが、黒に必要であったこととカラー・パイの懸念だろう。

 提出文書の中で、このメカニズムの色の問題を指摘している。提出文書では、提出先のチームがすべての問題に気づけるようにすることが重要なのだ。我々が増殖を赤に残したのは、当時このセットにあった多くのことを達成していたからであるが、残したとしたら見つけるであろうことをセットデザインに把握してもらいたいと考えたのだ。

 増殖の1種色は青で、2種色は緑、3種色は赤である。青と緑は理念上もメカニズム的にも増殖の自然な色である。赤を3番目に選んだのは、有毒の色でないことと、油カウンターとの相互作用が多かったことからであった。色の評議会は新ファイレクシア世界においてはこの能力は筋が通っていると感じているが、理念上心底から赤だとは言えないので、より広いフォーマットで見たいものではないということを記しておくべきだろう。主にリミテッドのために増殖の3種色を赤にしたのは事実である。

 


 本日はここまで。いつもの通り、この文書や私のコメント、『ファイレクシア:完全なる統一』についての感想を楽しみにしている。メール、各ソーシャルメディア(TwitterTumblrInstagramTikTok)で(英語で)聞かせてくれたまえ。

 それではまた次回、この展望デザイン提出文書のその2でお会いしよう。

 その日まで、人々があなたの仕事の隅々を知ることを楽しめますように。

(Tr. YONEMURA "Pao" Kaoru)

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