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グランプリ・静岡2018(レガシー)

観戦記事

決勝:覚前 輝也(大阪) vs. 加賀 浩之(北海道)

Hiroshi Okubo

 覚前 輝也は追い込まれていた。誰かにではない。他でもない、自分自身に。

 プロツアー・チームシリーズの常勝集団・「武蔵」の一員としてその身に期待を寄せられるも、昨シーズンは成績が振るわず、いつしか肩を並べていたはずのチームメイトの背中を追うようになっていた。

 志も情熱も失ったわけではない。地道な練習はもちろん、「武蔵きっての理論派」と称される覚前はチームメンバーとの意見交換も活発に行ってきた。しかし、それでもなお思うように結果が出ない現状に嫌気が差していたというのも事実だった。もしかすると自分は近い将来プロマジックの舞台を去ることになるかもしれない。そんな暗い不安も募り、脳裏には引退の二文字もちらついた。

 マジックから離れるのは本意ではない。しかしなかなか結果が出ない日々に少しずつ疲れ始めている。ではどうすればいいか? 幸いにも長年勝負の世界で生きてきた覚前には、メンタルコントロールの心得があった。

 何かを変えなければならない。ならば環境を変えよう。プラチナレベルプロを目指すべく数年の月日を過ごした東京の住まいに別れを告げ、故郷である大阪へと戻り、心機一転を図った。

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 結果的にその判断は功を奏したようだった。「まさかレガシーでここまで来れるとは」と自らの戦績に驚きながら、今、決勝戦のフィーチャーマッチテーブルに着いているのだから。たしかにこの数週間にわたってはひたすらレガシーの練習に打ち込んだ。Magic Onlineでひたすらプレイ経験を積み、メタゲームを分析し、自分の手に取るべきデッキを最善の形に研ぎ澄ませた。十分な走り込みに覚前自身のプレイングスキルも併せて鑑みればそれは俄なことであるとは言えない。それでも覚前自身、ここまでの勝利は望外だったようだ。

 しかし、同時にここが最大の正念場でもある。

 覚前 輝也というプレイヤーはいったい何者なのか。彼がその答えを得るには、まだ一つ超えるべき大きな壁があった。

 決勝の相手、加賀 浩之だ。

 10年以上も前から競技マジックの世界でキャリアを積んできた覚前とは対照的に、加賀にはこれまで目立った戦績はない。いわゆるダークホースとも言える存在だが、それはこの戦いの行方を占う上で何の根拠にもならない。独特のプレイングを要求される場面も多い上に、使用されるカードパワーの高さから、デッキの回り方によっては一方的な試合が繰り広げられることもあるレガシーにおいては、ジャイアントキリングなど日常茶飯事だからだ。

 さらに言えば、加賀の使用デッキは「赤単プリズン」。強力な土地メタカードである《血染めの月》に加えて《月の大魔術師》までをもメインに搭載しているデッキであり、デッキの土地のほとんどが基本でない土地で構成されている覚前の「エルドラージ・ストンピィ」からしてみればいささか厄介な相手である。

 実質14枚の2マナランドで高速展開を行い素早くゲームを決めるのがエルドラージデッキの持ち味だが、《血染めの月》はそんな2マナランドの威力を封じ込めることができるし、エルドラージ側の主戦力である《難題の予見者》と《現実を砕くもの》に至っては唱えることさえ容易にはいかなくなる。マッチの趨勢は覚前側がこの妨害カードをいかにクリアすることができるかに委ねられることになるだろう。

 今回はダブルグランプリということもあって会場にはいつもより多くのプレイヤーが残っており、この決勝の行方を見守っていた。中には「武蔵」のメンバーである市川 ユウキはじめプロプレイヤーたちの姿も見られ、誰もが一様に、固唾を呑んで決勝の舞台を取り囲んでいる。

 さあ、今度は覚前がチームメイトに背中を見せる番だ。


覚前 輝也(大阪) vs. 加賀 浩之(北海道)

ゲーム1:月の光の下で

 グランプリの決勝ラウンドでは、事前に対戦相手のデッキリストを見ることができる。これまでの準々決勝、準決勝の中で互いに使用しているアーキタイプは分かっているが、細かいカードの枚数やサイドボードカードについてはここで初めて目にすることになるため、両者ともにデッキリストを隅々まで見渡して試合を開始した。

 先攻の加賀が第1ターンを土地を置くのみで終え、続くターンにさっそく2マナランドの加速を経て《血染めの月》を設置する。が、覚前もまた無色マナの供給源となる《厳かなモノリス》から《作り変えるもの》を戦線に投入し、何もできないままやりこまれる展開は阻止する。

 だが、次のターンからは加賀もクリーチャーを展開し始める。まずは《軍勢の戦親分》をプレイして《作り変えるもの》をブロッカーに回させると、続いて《月の大魔術師》2体を呼び出す。

 すでに《血染めの月》があるため3マナ2/2バニラに過ぎないが、2マナランドが封じられている上に《厳かなモノリス》をアンタップするためにターンを消費せざるを得ない覚前にとっては、1体でも多くのクリーチャーを並べられるのは十分にプレッシャーとなる。

 だが、逆に言えば《厳かなモノリス》さえアンタップできれば強烈な戦力を投入できる。満を持して8マナを捻出すると《果てしなきもの》を叩きつけ、続くターンからは8点クロックを刻み始めた。

 覚前が《血染めの月》の足止めから解き放たれてしまったとあれば、加賀も決着を急がざるを得ない。レッドゾーンに全軍を投入し、《軍勢の戦親分》と《作り変えるもの》を交換。これによって覚前にダメージを与えた加賀は、続く第2メイン・フェイズに《焦熱の合流点》でさらに4点のライフと《厳かなモノリス》を奪う。

 とはいえ《焦熱の合流点》のダメージを合わせても覚前がこのゲームで失ったライフは10点。対する加賀は続くターンの攻撃も合わせて8/8の《果てしなきもの》に2度に渡って猛打を受け、16点のライフを失っている。おまけに覚前の土地は無色マナの調達が可能な《荒地》を含め8枚まで伸びており、手札からはどんな脅威が飛び出してきてもおかしくない。加賀にとっては決して楽な展開とは言えないが、かといって決着を先延ばしにするのも厳しい状況だ。

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 しかし、加賀がトップデッキしたカードによって戦況は覆る。3枚の土地がタップされ、手札から解き放たれたのは《罠の橋》。これによって以降の覚前の攻撃は加賀に届くことはなくなり、逆に小粒なクリーチャーしかコントロールしていない加賀は全戦力を投入して覚前を玉砕することができるようになった形だ。

 ここまで《焦熱の合流点》やクリーチャーからのダメージが蓄積し、ライフに余裕もない覚前にこの状況を覆すことはできなかった。

覚前 0-1 加賀


 「エルドラージ・ストンピィ」に対する《血染めの月》はその爆発力を防ぐのに有効ではあるが、ゲームが長引いてしまった場合にはその限りではない。なぜなら一般的なエルドラージデッキには25枚程度の土地――すなわち平均的なレガシーデッキと比べて多くの土地が採用されているため、毎ターン土地を置き続けることも容易で、ゲームが長引けばそれだけ呪文を素で唱えることができるようになるからだ。

 よって、このマッチアップの肝は《血染めの月》がエルドラージのゲーム中盤までの動きを支配している間に仕留めることだ。まして今回覚前は《厳かなモノリス》を引いており、《絶え間ない飢餓、ウラモグ》のマナ域まで到達しようとしていたので加賀が攻撃に転じたタイミングはまさしく絶妙だったと言える。

 そして加賀はその絶妙なタイミングを咄嗟の判断で見出した。加賀の環境理解とプレイング、そしてゲームメイキングの勘は、この決勝の舞台に相応しい最高級の水準と言えるだろう。

 覚前の前に立ちはだかる高い障壁。加賀もまた、頂きを目指す者なのだ。


ゲーム2:勝負強さとは何か?

 色マナの出ない手札をライブラリーに戻し、6枚になった手札を1枚1枚丁寧に確認する加賀。だが今度は土地を引くことができず、再びのテイクマリガン。

 マジックというゲームの性質上、マナトラブルは仕方のないことだと割り切るほかない。これが青いデッキであれば《渦まく知識》や《思案》といったドロー呪文が使えることでキープに求められる基準も下がるのだが、加賀は今大会でそれらのカードを戒める側に回った。その代償が、グランプリ優勝に王手をかけたこのタイミングでのマリガンという形で重くのしかかることとなってしまった。

 ダブルマリガンを強いられることとなった加賀の前に、覚前が第1ターンと第2ターンにそれぞれ《エルドラージのミミック》を並べていく。対する加賀は《魔術遠眼鏡》で覚前の手札を覗くことしかできない。

 そこにあった4枚は《不毛の大地》2枚と《魔術遠眼鏡》、《漸増爆弾》というものだったが、現状の加賀にとって致命的なものはない。ゆえに《魔術遠眼鏡》をサイドインした意図の通り、《梅澤の十手》を指定し、あとは覚前が有効牌を引かないことを祈るのみとなった。その手札にクリーチャーがいない以上、《エルドラージのミミック》が急にサイズを変化させて攻撃してくる可能性はトップデッキ以外にないのだから。

 だが、運命の女神は加賀に微笑まなかった。覚前のドローは《果てしなきもの》! 《現実を砕くもの》よりはマシだが、X=5でこれが唱えられたこのエルドラージが着地すると、加賀の元に一挙10点の《エルドラージのミミック》が押し寄せることとなる。

 加賀の残るライフは8。返しに引いた《削剥》で《エルドラージのミミック》の1体を除去するも、覚前の盤面には7点分のクロックが残されている。ましてやクリーチャーカードを引かれればほぼ即死という状況だ。

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 返す覚前はドローステップに1枚のカードを手札に加え、続いて3マナで《作り変えるもの》。これによって《エルドラージのミミック》のサイズが変容し、ちょうど8点クロックとなる。加賀のダブルマリガンに加えて少しの猶予も持たせない2連続有効牌ドローが重なり、第2ゲームは覚前が勝利をつかみ取った。

覚前 1-1 加賀


 覚前 輝也を勝負強いと評す者がいる。

 これまでグランプリの決勝ラウンドに進出すること3回。そのうち優勝は2回。たしかにこのことから、大舞台でこそ強さを発揮するタイプであると解釈することもできる。しかし、覚前の持ち味は勝負強さとはまた少し異なっているようにも思える。

 覚前は対戦中一切の迷いを見せないし、ゲームを落としたといって気が逸ることもない。そしてグランプリの決勝であろうとも緊張や気負いでプレイングが鈍ることもなく、まるで機械のような精密さでいつも通りのパフォーマンスを発揮する。数多の勝負の経験によって培われたその冴えこそが、覚前の最大の強みと言えよう。

 ゆえに淡々と、優勝が鼻先に見えてきた今でも静かにカードを手繰る。


ゲーム3:運命だった

 1ターン目、《血染めの月》。

 《古えの墳墓》によって2マナを得ながら、《金属モックス》。刻印したのは《ゴブリンの熟練扇動者》。加賀が最速のスタートを切った。

 デッキに1マナ以下のカードなど入っていない覚前は当然1ターン目に動くことができない。2ターン目にかろうじて虎の子の《漸増爆弾》で加賀の《金属モックス》を破壊するが、厳しい展開を強いられることとなる。

 しかし、《ゴブリンの熟練扇動者》を追放するという選択を取ったことで加賀もまた能動的なアクションが取れずにおり、しばし覚前の行動を受ける側に回ることとなった。X=2でプレイされた《果てしなきもの》を《削剥》こそ除去することに成功するも、続いて覚前が《厳かなモノリス》をプレイして無色マナを得て《難題の予見者》を呼び出すと、手札に控えていた虎の子の《焦熱の合流点》が追放されることになってしまう。

 この4/4というサイズもまた厄介だった。加賀の手札に《難題の予見者》を除去できるカードはなく、仕方なしに《魔術遠眼鏡》でその手札を覗き見る。そこにあったのは《果てしなきもの》、《終末を招くもの》、《漸増爆弾》、《梅澤の十手》。幸いにも覚前の土地は3枚で止まってしまっているためすぐさまこれらのカードがすべて脅威となるわけではないが、《漸増爆弾》と《梅澤の十手》の二択を迫られるのは十分に厳しかった。

 取り急ぎしばらくの間戦場にいる《難題の予見者》を放置せざるを得ない状況を鑑みると、《魔術遠眼鏡》で指定するのは実質的に《梅澤の十手》の一択になるし、実際にそうしたのだが、そうなれば当然《漸増爆弾》と向き合わなければならない。

 加賀の身を《難題の予見者》の4点クロックが蝕んでいく中、加賀もまた何とか《月の大魔術師》と《猿人の指導霊》の2体を戦場に並べ、その攻撃を一度は止めることに成功する。だが、覚前がプレイした《漸増爆弾》がその上にカウンターを載せ始めると、覚前を押しとどめられるのも時間の問題となった。

 そうしていよいよ《漸増爆弾》にカウンターが3つ置かれるときが来た。それはすなわち、加賀の盤面を維持していた《月の大魔術師》と《猿人の指導霊》、《血染めの月》が一手に破壊されてしまうということだ。そうなれば《難題の予見者》の攻撃を遮るものはなくなり、さらに覚前の土地は本来の性能を取り戻す。2マナ土地と《厳かなモノリス》によって見た目だけで9マナを捻出できる状態なので、何が起こっても不思議ではない。

 つまるところ、加賀にはもう猶予がない。カードを引く手にも思わず力がこもる。せめて《難題の予見者》を除去するか無力化しなくてはならない。解答となりえるのはカードは決して多くはないが、しかしデッキは加賀に最大限の返答を返してくれた。

 ライブラリートップから駆け付けたのは《反逆の先導者、チャンドラ》。加賀はこれによって《難題の予見者》を除去することに成功する。

 さあ、やれるだけのことはやった。加賀は覚前にターンを譲り、そして《漸増爆弾》が起動され、予告されていた爆風が加賀の3枚のパーマネントを飲み込む。後のことは運命に身をゆだねるしかない。

 ターンを受けた覚前。彼がそのとき何を感じていたのか、あくまでも普段通りのその表情からは読み取れなかった。1分後に自分に訪れる自身の運命を感じていたのか、あるいはそんな感傷を抱くほどの精神的な余裕はなかっただろうか。

 セットランド。10マナ。《現実を砕くもの》。そして、さらにもう1枚の《現実を砕くもの》。

 覚前は2枚のエルドラージを並べ、攻撃の号令をかけた。

 月の光はもう届かない。

 覚前 輝也と2体の《現実を砕くもの》の三銃士が踊る。

覚前 2-1 加賀


 覚前 輝也は追い込まれていた。自分にではない。他でもない、加賀 浩之に。あるいは《血染めの月》に。《焦熱の合流点》に。《反逆の先導者、チャンドラ》に。

 そうして追い込まれながらも、決勝の舞台で集中力を途切れさせるどころかプレイにますますの冴えを見せ、勝利に向けて着実に詰めていく。覚前の持ち前の勝負強さが遺憾なく発揮され、グランプリ・静岡2018(レガシー)の決勝はまさしく全力のぶつかり合いとなった。

 覚前の攻撃宣言を聞き届けた加賀は、3度目のグランプリチャンピオンとなった対戦相手に――「武蔵」メンバーであり、プロプレイヤーの覚前 輝也に、最大限の敬意を持って右手を差し出した。

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 グランプリ参加者の大望である優勝の二文字を前に膝を屈するのは、最も悔しいであろう瞬間であろう。しかし固く覚前の右手を握り、笑顔で勝者を祝福する。そんな加賀をこそ、運命はこの舞台まで導いたのかもしれない。


 覚前が今日ここに至るまで、どれほどの苦悩があり、どれほどの努力を積み重ねてきたのかは想像を絶する。勝負の世界に身を置くということは、過酷な運命に翻弄されながらもそれを乗り越えていかねばならないということなのだから。

 同時に、「マジックから離れようとするとマジックの方が放してくれない」という有名なジョークがある。かつてプロツアー殿堂顕彰者である中村 修平が言い始めたのが最初だったと思うが、似たような事例は他のプロにも見られる。

 今回の覚前の勝利もその例に漏れないと感じるのは単なる認知バイアスなのか、あるいは本当に運命の女神なんてものがいて、女神が覚前を引き留めたのか。

 それは分からない。分からないが、そこに形而上的な意志のようなものを感じざるを得ない。それはつまり――

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 運命だった。

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