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木曜マジック・バラエティ

三田村和弥の「マジックスーパースター列伝」第2回:破竹の勢い! LSV&スターク

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2011.03.03

三田村和弥の「マジックスーパースター列伝」第2回:破竹の勢い! LSV&スターク

By 三田村 和弥


 グランプリが併催されるという新しい形で開催されたプロツアー・パリ。オタク文化に精通する国フランス、しかも交通の便が非常に良いパリとあって会場は人で溢れかえり、マジックの盛り上がりを再認識するイベントでした。

プロツアー・パリ イベントカバレージ

 マジック・ウィークエンドと称されたその週末には、前回のマジックスーパースター列伝で取り上げたブラッド・ネルソン/Brad Nelsonギヨーム・マティニョン/Guillaume Matignonの二人の間で争われた年間最優秀選手(PoY)決定プレーオフも行われ、見事ブラッドがPoYを獲得し、グランプリ・パリ(リンク先は英語)では帝王カイ・ブッディ/Kai Buddeの7年ぶりのグランプリトップ8など、プロマジックシーンを賑わすニュースがてんこ盛りでした。

Nelson

 プロツアー・パリ本戦のほうに目を移すと、ミラディン包囲戦発売直後のスタンダードの勝ち組デッキは何かという注目の中、《饗宴と飢餓の剣》を装備した《石鍛冶の神秘家》を従えた日本勢2人、中田 直樹石村 信太朗がトップ8に勝ち残り、久しく不調が囁かれていた日本勢が復調の兆しを見せ始めるという嬉しいニュースもありました。

 とはいえ、今回もまたトップ8止まりで、優勝には手が届かなかったというのは残念と言えば残念なところ。そんな日本勢を尻目に今回もその栄冠を手にしたのは、現在のプロマジックシーンを牽引しているマジック発祥の国アメリカからのプレイヤー、ベン・スターク/Ben Starkでした。

Stark

 比較的有名な方ではないという部類に入るベンですが、昨年のプロツアー・アムステルダムで優勝したポール・リエツル/Paul Rietzl、PoYのブラッドと近年のアメリカ勢の活躍は目覚ましいものがあります。それに加え、以前から活躍しているルイス・スコット=バルガス/Luis Scott-Vargasブライアン・キブラー/Brian Kiblerなどのベテラン達も控えています。

 このように毎回毎回当たり前のように快進撃を繰り返すアメリカ勢の層の厚さはどこから来るのでしょう。かつては最前線を張っていた日本勢にも、現在のアメリカと同じように次から次へと新しいタレントが出てきていた時期がありました。それが完全にアメリカに取って代わられてしまったというのは間違いないところなのでしょう。まあ、日本勢はなぜ勝てなかった話というか回顧話はまた別のテーマなので置いておくとして、アメリカ勢が充実の時を迎えているのは事実で、その要因についてはいくつも考えられるとは思います。これはそんなに簡単な話ではないし、この話を語っていくと紙幅がいくらあっても足りなくなってしまいますから、前置きとしてはこの辺りにしておくことにしましょう。

 第2回のスーパースター列伝は、そんなアメリカのスーパースター達の中から今のアメリカを象徴するプレイヤー、LSVことルイス・スコット=バルガスと、今最もホットな男、最新プロツアー王者ベン・スタークの二人を取り上げてお送りすることにしましょう。

ルイス・スコット=バルガス/Luis Scott-Vargas

LSV

主な戦績:


  • プロツアー・ベルリン2008 優勝
  • プロツアー・京都2009 準優勝
  • プロツアー・サンディエゴ2010 ベスト4
  • アメリカ選手権2007 優勝
  • グランプリ・ロサンゼルス2009 優勝
  • グランプリ・アトランタ2008 優勝
  • グランプリ・サンフランシスコ2007 優勝

 現在のプロマジックで最も有名なプレイヤーと言っても過言ではないルイス。彼の主な戦跡を見るだけでも分かるように、華々しい成功を収めているルイスがブレイクを果たしたのは割と最近のことです。

 筆者が彼の名前を初めてイベントカバレージで目にしたのは彼自身が優勝した2007年のアメリカ選手権の前年、アメリカ選手権2006の時でした。現在活躍している多くのアメリカ人プロと同じように、このころのルイスはまだマジック・オンラインで研鑽を積み、プロツアーでの活躍を夢見る若手の一人でしかありませんでした。そんなブレイク前のルイスにそのきっかけを与えたのはこのイベントの優勝者、ポール・チオン/Paul Cheonでした。

Paul Cheon
Paul Cheon

 ルイスと同様にプロツアーで成功する前の若手だったポールは、同じアメリカ西海岸(ポールはロスアンゼルス、ルイスはオークランド。サンフランシスコ湾をはさんだ対岸に位置します。)に住んでいたというよしみで調整チームを結成。そこで切磋琢磨し調整した結果、ポールが優勝、ルイスが3位と願ってもない好成績を残し、二人は揃って世界選手権国別代表チーム入りというプロツアーでの成功の足がかりを手にすることになりました。

 この最初の第一歩をきっかけにポールとルイスのタッグは次々と勝利を収めていきます。翌年のアメリカ選手権をルイスが制したのは前述の通りで、その他にも彼らの地元で行われたグランプリ・サンフランシスコ2007でルイスが優勝、ポールがベスト8。その他にもポールがグランプリを2度優勝するなど二人の存在はプロマジックシーンで大きなものになっていきました。

 ルイス・ポールコンビの集大成はなんと言ってもルイスのプロツアー・ベルリン2008優勝でしょう。大LSVコール(アメリカ人がよくやるUSAコールのLSV版ですね)でルイスを応援していたポールの姿は二人の絆の深さを知らしめる光景であったと思います。

 しかし、なにごとも始まりがあれば終わりがあるもの、破竹の勢いでプロマジックシーンを突き進むルイス・ポールコンビにも転機が訪れます。なんと調整のためにルームシェアをしていた二人に亀裂が生じてしまったのです。その理由というのはなんと、ルイスの足が臭すぎるというもの。こんなくだらないことであれだけの蜜月の関係にあったコンビが解散となってしまうのは残念なことですが、とりあえず二人は別々の道を歩むことにするのでした・・・

 ・・・というのはLSV本人から聞いたジョークで、本当の理由はポールが大学卒業したのを機に仕事を始めたかというのが真相のようです。2008シーズンを最後にしばらくマジックを休止していたポールも、直近のグランプリであるグランプリ・デンバー2011でトップ8に残る活躍でカムバックを果たしています。今後ポールが本格的に復帰してくるのかどうか、ルイスとの関係はどうなるのか気になるところです。


PT Kyoto
プロツアー・京都2009

 脱線しかけてますので元に戻りましょう。

 ポール離脱後もルイスは勝ち続けます。2009シーズン開幕戦のグランプリ・ロサンゼルス2009で優勝、続くプロツアー・京都2009ではガブリエル・ナシフ/Gabriel Nassifとの熱戦の末惜しくも準優勝。2010シーズンには記憶にも新しいプロツアースイスラウンド16戦全勝を記録したプロツアー・サンディエゴ2010でもベスト4入賞を記録するなど驚異的な勝ちっぷりを見せ付けてくれています。

 このように超人的な勝ち方をするルイスの原動力は一体何なんでしょうか? もちろんポールと調整していたころに身に付けた地力というのは大きいでしょうが、それも過去のもの。現在のアメリカ勢躍進とも時期がちょうど重なる、地元アメリカのカードショップによるサポートというトピックがこの答えになるのではないでしょうか。

 最近のイベントカバレージを見たり、プロツアーやグランプリに参加するとよく見られるのが、同じTシャツを着た一団の存在です。ルイスも2009シーズン以降、テレビのような枠から飛び出した火の玉が歯をむき出しにして口を開けているロゴのシャツを着るようになっています。グランプリやプロツアーでトップ8の残った時のプロフィールを見るとルイスは常に職業欄に「editor, channelfireball.com」と記載しています。

 グランプリの参加者が年々増加傾向にあることからも分かるように、現在のマジックは過去例がないほどのフィーバーぶりを見せています。海外のグランプリに参加するたびに目の当たりにする参加者数に、上位入賞狙ってわざわざ海外まで出向いている身としてはうんざりな反面、マジックの人気を嬉しく思うのが常になっています。カードの売り上げの方も好調で、マジックを取り扱っている販売店の規模も拡大傾向にあるようです。channelfireballもそうした販売店の一つで、現在のルイスはそのウェブサイトの管理者を任され、自身を含めたプロプレーヤーのコラムを掲載しています。コラムを依頼したプロプレーヤー達と情報を交換・共有することで優れたデッキを知る。先ほどのプロツアースイスラウンド16連勝の際に使用したデッキ・ボスナヤもThe Bossことトム・ロス/Tom Rossによって持ち込まれたもので、この環境なくしては達成できなかった偉業であるのは間違いないところです。

 現在の彼の試合に向けた調整はこのウェブサイトに投稿しているプロプレイヤー達との者がほとんどのようです。優れた調整チームと元々の地力、この二つが合わさりルイスの充実したプロ活動が可能になっているのだと思います。


 ところで、ルイス・スコット=バルガスは恐妻家である。新婚のルイス、どうも奥さんには頭が上がらないようです。

 前回のスーパースター列伝で、ブラッド・ネルソンを世界選手権翌週のLMCに招待したと言うトピックを覚えているでしょうか。実を言うと、ルイスが世界選手権後一週間ほど日本に滞在して観光をすると言う話を聞いていたので、この話をルイスのところに持っていったのをブラッドが聞きつけて「自分も行きたい」と言い出したのでOKした、というのがこのイキサツでした。

 ルイスも一度はOKしてくれたものの、日本まで一緒についてきた奥さんにどうやら「世界選手権後のシーズンオフはマジックしてはいけない。ちゃんと観光に付き合いなさい。」と叱られたようで、「やっぱり行けないよ。ごめん。」との回答が返ってきてしまいました。最強の男も家庭ではNo.2なんて話はよく聞く話は、このマジック界でも例外ではなかったようです。


ベン・スターク/Ben Stark

Stark

主な戦績:


  • プロツアー・パリ2011 優勝
  • プロツアー・サンディエゴ2004 ベスト8
  • プロツアー・神戸2004 ベスト8

 今シーズン絶好のスタートを切ったベン。2011シーズン開幕戦、グランプリ・アトランタでエクステンデッド版赤緑ヴァラクートを駆り準優勝の8点、続くプロツアー・パリで優勝の25点、計33点という圧倒的なポイントを手にし、PoYレースのトップを走ることになりました。昨年のPoYレースの決着が66点であったことを考えると、シーズン開幕2戦でその半分を稼ぎ出してしまったのは驚異的としか言いようがありません。

 カードショップのサイトで連載を持つなど比較的メディア露出の多いルイスに比べて、ベンのことは良く知らないという読者は多いのではないでしょうか、という前回も使ったようなフレーズが再利用できてしまうようにベンの知名度は正直イマイチと言えばイマイチですよね。今回の二人の人選に当たって、一人目はルイスにしようと初めから決めていたし、異論も出ないと思うので良かったのですが、もう一人はどうしようと思って決めかねていました。

 そこで思いついたのが、プロツアー・パリで好成績を残したプレイヤーを取り上げようということです。果たしてプロツアー・パリの決勝戦がベン・スターク対ポール・リエツルと決まった時、二人には「勝った方が次回の連載でスーパースターとして特集するからがんばれよ。」と声を掛けておき、これの連載に出演したいとの意欲が勝ったベンがプロツアー・パリ決勝戦兼スーパースター列伝出演者決定戦に勝利し、その座を射止めたのでした。

 筆者がベンを初めて知ったのはやはり、ギヨーム・マティニョンのときと同じようにルイスとチームドラフトをした時にベンと一緒に卓を囲むことになったことからでした。そのとき感じたのは確かな技術を持っていて、ミスプレイとは無縁の完璧なプレイをするプレイヤーだなという印象でした。

 それもそのはず、単に筆者が知らなかっただけで、ベンはプロツアーでのトップ8フィニッシュがプロツアー・パリ以前に2回あるという実績の持ち主だったのです。しかし、それは2004シーズンのことで、2006シーズンからプロツアーでのプレイを始めた筆者とは時期がずれていたので、そのことを知らなかった・・・というのが筆者としての言い訳で、マジックを休止していた大ベテラン選手が復帰してきたというだけのことだったのです。休止していた時期は詳しくは分からないのですが、2004シーズンを最後に目立った好成績を挙げる事がなくなり、次にその名前をイベントカバレージで見るようになるのはグランプリ・ボストン2009での準優勝のことでした。この間が休止期間だったようで、それ以降はグランプリ・トロント2010でのベスト4、前述のグランプリ・アトランタ2011準優勝と徐々に調子を取り戻し、最終的に今回のプロツアー・パリ2011優勝へと繋がっていくのでした。

 新鋭と思っていたら実はベテランだったベンも他のアメリカの若手と同じようにマジック・オンラインに没頭するのが日常であるようです。トップ8プロフィールによると週に40時間もプレイしているそうです。ベンはグランプリやプロツアーのスイスラウンドが終るや否や、すぐにチームドラフトを始めるほどのマジックジャンキーで、今回のプロツアー・パリでも筆者と卓を囲んでいました。最終ラウンドに勝った後に、9位か10位でトップ8に残るのは不可能だと自分で見積もり、いつものようにドラフトを始めていたらうっかりトップ8に残っていたので決勝ラウンドに戻ります、なんてこともありました。

Talk with Ben
渡辺雄也、Martin Juzaとマジック談義をするBen Stark(左)

 こんなお茶目なところもあるベン。マジックのプレイに関しては真剣そのもので、この手札はマリガンかなどの議論では、彼特有の早口でまくし立てながらチームメイトと言い争っているのを見ると、ベンは熱い情熱をマジックに捧げているのだなと思わされます。マジック・オンラインでの日々の研鑽とチームメイトとの意見交換。こういったことがベンをプロツアー・チャンピオンという頂まで導いたのでしょう。


 ベンはトーナメントに参加する時はいつでも本気だ、という話をしましょう。プロマジックシーンではそのプレイヤーがどのような気構えで試合に挑んでいるかを計るバロメーターとして服装で表現することがあります。その出典は古く、黎明期のアメリカのスーパースター、マーク・ジャスティス/Mark Justiceが世界選手権1996で、またジョン・フィンケル/Jon Finkelが世界選手権2000で「マジックはビジネス」という信念を持ち、スーツ姿で決勝戦に望んだのは有名な話です。今でも彼らの信念に共感し、決勝ラウンドでスーツを着込むプレイヤーを散見されます。

浅原晃
浅原晃(世界選手権2008にて)

 これとは別の概念なのでしょうか、日本の浅原 晃が掲げる信念も面白いところです。世界選手権2008でのこと、浅原は普段は本命デッキを避け、奇をてらったデッキ選択をすることが多いのにもかかわらず、本命中の本命デッキ青黒フェアリーデッキを持ち込み、トップ8まで勝ち残りました。そのとき真っ赤なジャージに身を包み、決勝ラウンドに挑んだ浅原はこのような言葉を残しています。「デッキはジャージ、心はタキシード」。あまり良く意味は分かませんが、ジャージと言うのは本気デッキのことを指していて、タキシードと言うのは遊び心も忘れないおしゃれなデッキということの表現なのでしょうか。それならば、ジャージデッキを選択してしまった自分の後ろめたさを表すタキシードを着てくるのが話の筋ではないかと当時は思ったものです。

 ここでベンの話に戻ります。ベンはトーナメントに参加する時はいつでもジャージなのです。心がと言うだけではなく、本当にジャージなのです。アメリカ勢の総力を挙げて作成しているchannelfireball製のデッキがジャージなのは当然とはいえ、それを見た目にも表現しているベン。浅原が持つ和の心を海の向こうの青い目のアメリカ人も持ち、そして実践していたと言うことなのでしょう。


 第二回のスーパースター列伝はルイス・スコット=バルガスとベン・スタークのアメリカ編でお送りしました。マジック発祥の国アメリカのスーパースターは彼らだけでは当然ありません。現在活躍しているスーパースターやこれから出てくるスーパースター。スーパースター列伝・アメリカ編はこれから何回あるか分かりませんね。

 次回はヨーロッパ編、と行くかどうかはまだ未定ですが、また期待していて待っていて下さい。それではまた。

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