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ストーリー

Magic Story -未踏世界の物語-

一族と軍勢

Nicky Drayden
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2018年10月24日

 

「ウォジェク兵ウェスリンに敬礼と祝辞を」 文字通り誇りに燃えながら、上官が言った。俺は過去十三年間、サンホーム第四分局にて戦争配備部次長のスコルマク軍曹のもとで従軍してきたが、面と向かって会話した経験はほとんどなかった。上官が片手を伸ばすと、俺は離れたい衝動をこらえた。ボロス軍には二種類の人々がいる。炎の血族に群れる者と、避ける者。俺は間違いなく後者だが、それでも上官の手を握り返した。魔法の防護手袋を通しても、その下に燃える炎を感じた。

「勿体ないお言葉であります」 俺はそう言った。「上官殿からの熱い推薦なくして、私の昇進は決してありえませんでした」

 スコルマク軍曹は笑みを浮かべてかぶりを振り、赤橙色の炎が頭皮から上った。「私はただ真実を言っているだけだ。君はやり遂げたのだ。試験に合格したのだ。君はこの栄誉を受けるに値する」

 上官は小さな箱と封筒を一つずつ、俺の机に置いた。「君がウォジェク分局に移動してしまうのは残念だ。私はその能率を失うということだからな」 その息もつかぬ声はまるでちらつく炎のように揺れ動いた。「だが君はきっと我々全員の誇りとなるだろう」

 そして今度は俺が燃え上がる番だった、これは少なくとも比喩的に。同期のうち、この八年間でウォジェクへと昇進したのは俺が初めてだった。確かに、誰もが公平かつ公正に評価され、誠実さと品位をもって働けばいずれ認められるということにはなっている。だが現実では、第四分局はボロス軍が落ちこぼれを送り込む場所だった――襲撃する宿営地を誤った速太刀、高所恐怖症に陥った空騎士、戦いが終わっても熱すぎて消すことのできない炎の血族、そして単に不幸にも生まれを誤った俺のようなミノタウルス。以前は倉庫として使われていたこの建物に丁度良い奴等だった。軍勢が、忘れてしまうのではなく全部詰め込んでおく場所には相応しい。

 指を震わせながら俺は箱を開けた。その中にあると思うものへと、あって欲しいと願うものへと目を向けるのは逆に困難だった。蓋が緩むと、かすかな赤色が見えた。心臓が跳ね上がり、皮膚が総毛立ち、気が付くと俺はそれを見つめていた。スコルマク軍曹へとわめき散らさないように、この溢れた涙で上官の炎を消してしまわないように唇を噛みながら。俺は感情を抑えこみ、誇りに胸を張り、そして箱から赤い紐を掴んで首にかけると片腕を通した。初めての栄誉の証。そこに下げられた銅製の徽章には縁に「ボロス軍ウォジェク連盟」と印字されていた。この地の平和を守り、不法と戦い、栄誉と正義を追求するに相応しいと俺は認められたのだ。

 
ボロスのロケット》 アート:Aaron Miller

 軍曹は言った。「よく似合っている。太陽がその赤を真に輝かせてくれることだろう」

「輝かせてくれることでしょう」 俺はそう返答し、次に封筒を開けようとした。

 スコルマク軍曹は咳払いをした。「それは私的な時間に読んでくれたまえ。ウォジェク兵ウェスリンよ、幸運を祈る」

 その肩書に俺は震えた。もしくは上官が去るとともに室温が低下したためか。目を近づけてその封筒を見ると、俺の名前が黄金色の文字で印字されていた。縁に指先を滑らせて注意深く開くと、中には一枚の厚紙があった――招待状だ。

これは君への案内である
今宵夕暮れ時、サンホーム日光室にて
新任ウォジェクを祝う歓迎会が催される
是非出席願いたい

軽食が提供される予定
官服と礼帯を着用のこと

不法の心での戦は塹壕にて死に至る。剛勇の心での戦は敵の骨を砕きその内にて永遠となる
――ボロス軍軍団兵クラティク

 俺はそれを見つめた。じっと見つめた。最初に気付いたのはその紙に印刷されたボロス軍の紋章だった……陽光を背負う拳、だが何かが違っていた。そして気付いた。本来ならば左手の拳であるはずがそれは右手だった。そして陽光の先端が九本ではなく十本。数か月前に受けた対敵情報活動の試験にすぐさま思い当たった。こんな課題だった、ごくありふれた日常の光景の中に隠された情報を見つけ出すというもの。外へ出て秘密のディミーアの暗号を探すこともした――集合住宅の塔の窓の影が描く模様、とある一方向を示すようによじれた下水の格子、そういったものを。俺はそのうち、同期の中でも一番多い八つを発見した。そしてまさしく今から、俺は常に油断なく警戒し、今この手に持っているような兆候と合図を探さなければならない。

 これは招待状じゃない。ウォジェクの対敵情報活動工作員としての最初の任務を告げるものだった。解読しなければ。

 俺は全ての単語を、文字をつぶさに見つめた。紙を裏返し、目を狭めて単語間の空白を調べた。次第にわかってきた――密告者との集合場所……ゲームのようなものだ。言葉遊びだ。軽食が提供される。食事。兵士は食事をグループで食べる。グルール。そして本当にクラティクの言葉だとしても、聞いたことはなかった。塹壕。砕いた骨。瓦礫。場所はグルール一族の瓦礫帯、その近くの地下壕に違いない。

 全てが一つにはまろうとしていた――

「ちょっと、日光室でパーティなんてやるの? 一緒に行かせてもらえない?」 アレッサンが肩越しに覗き込んできた。俺は招待状を小さく丸めて拳の中に隠し、肺を空にしてから、職場のこの宿敵へと振り返って対峙した。ラジアの生き写しは何度見ようとも溜息をついてしまう。こいつにそんな満足をさせたくはなかった。

「何を言っているかわからんが」 俺は言葉を探してそう告げ、輝くような赤毛が猛烈に俺を眩惑する中、そうでないふりを装った。この伝言は俺だけに送られてきたものだ。ウォジェクの対敵情報活動初日にして、俺は既に任務に失敗する危険に陥っていることになる。「パーティなんかじゃない」

 アレッサンは片眉をひそめた。「あっそう。オセット、私はただ君の昇進を祝いたかっただけなのになあ。君みたいな弱い信念の持ち主がすごいことじゃん?」

 俺は鼻息を荒くした。こいつはここにいる落ちこぼれ共の中でも最悪だった。三十年ほど前、こいつは戦導者だったが、戦場で選択を誤ったお陰で一万五千人のボロス兵が死んだ。懲罰として翼を縛られ、新兵募集活動に役立つ徴兵呪文幾つかを除いてほぼ全ての魔法を取り上げられた。追放されて長いこと経つが、こいつは今も反省の色を見せずいかにも天使っぽく出しゃばってくる。俺達みたいなはみだし者と同等だった。

「俺の信念は格別だ」 俺はそう言って頭を傾け、角でまっすぐ狙いをつけてやった。「俺はこれに相応しいって認められたんだ。文句があっても我慢して受け入れろ」


 俺は平和を知らずに育った。親父は戦争に行き来して、家族は前線での親父の安全を心配して時を過ごした。そして親父が帰ってきた時には自分達の安全を心配した。親父は長年、オルドルーンの仲間が自分を追い越して昇進していくのを見てきた。そいつらは親父よりも実力があったのかもしれないが、俺にはわからない。覚えているのは、戻ってくるたびに親父が癇癪を起こしやすくなっていたことだ。親父とお袋が頭突きをして、角を突き合わせて、二人の蹄が木の床や壁さえも何度となく壊した。両親が口論を始めると、俺はすぐに自分の部屋に籠って妹の赤いリボンを胸にかけて、平和を守るウォジェクの警官になったつもりでいた。ウォジェクの対敵情報活動は明敏に注意を払っていなければならない。俺は天井のしみ汚れに、床板に集まる塵の模様に、両親がようやく口論を止めた瞬間の沈黙に隠された伝言を探そうと集中した。俺は気付かれて欲しくない物事に気付くのが上手かった。

 そして今、俺は最初の任務に就き、第10地区郊外にて平和を守るための情報を追っている。あるグルールの宿営が着実にこの古風な界隈を侵食しており、緊張が高まっている。この地区についての噂を聞いたことがある。一万年かそのくらい昔にこの辺りでドラゴンが皆殺しにされたので、ここの塵はほとんどがドラゴンの骨が粉になったものなのだと。そして骨は完全に、わずかな余地もなく死んだわけではないのだと。

 こういった場所で動くには身を守るためにボロス軍の鎧が不可欠だろうが、隠蔽性も同様に重要だった。俺はここの土の色に近いくすんだ赤の外套をまとった。ドラゴンの骨かどうかはわからないが、あらゆるものに塵が入り込み、絶えず砂っぽい感じがした。だが居心地が悪くなったのは土だけのせいではなかった。俺達があれだけ苦心して築いてきたものを壊したくてたまらないグルールがそこかしこにいた。子供らは野生的で、骨と革を緩く縛って衣服にしていた。酔っ払ったオーガがよろめいて転び、香料を載せた荷車がその身体の下で粉々になった。奴等の内にまだましな所を探そうとしたが、認められるものはなかった。違反通告をしたくて手が疼いたが、俺は情報源を探すことに集中した。

 市場で、グルールの子供が荷車からメロンを盗むのを目撃した。声を上げたヴィーアシーノの商人は痩せて年老いて、そうしたくても追いかけることは叶わなかった。その子供が目の前を駆け抜けた時、俺にできたのはその腕を捕まえることだけだった。強く掴まれて、その女の子は罠にかかった猪のような瞳で俺を見上げた。

「盗みはいい事じゃない」 俺はその子を叱り付けた。「この街を、君の家族を、君自身を貶めることになる」 俺は厳しくあろうとしたが、その腕は、まるで俺の手の中で折れてしまいそうなほどに細かった。幾らか緩めるとその子は歯をむき出しにして俺を睨み付けてきた。そして失望か安堵か、何かがあった。だが俺の心に何かがうねり、この子から果物を取り上げることはできなかった。

 俺は溜息をつき、手を放した。その子は俺へと鼻を鳴らし、そして走り去った。戦利品を固く抱きかかえ、両目をあちこちへ走らせながら。俺は財布から数ジグを取り出して商人へ渡した。

 そのヴィーアシーノは俺を睨みつけ、そして舌で眼球を湿らせた。「知ってるか。『グルールと戦えば、困るのはその日だけ。グルールを食わせたなら、困るのは一生だ』」

 俺は頷いた。幸運なことに俺がここにいるのは今だけで、あの子が俺をこれ以上困らせることはない。俺は進んだ。その地下壕を探すのにさほど時間はかからなかった。伸び放題の雑草と野性の焦げ蔦の魔法にゆっくりと崩されつつある建物、その下に隠されていた。半ば忘れ去られたような場所で、ハイドラの幼生がはびこっていたが、それも俺の手を広げた幅にも満たない大きさだった。数本の頭が唾を吐きかけてきた。俺は避けたが、数発が靴に当たった。その酸は穴を開けるほどの強さは無かったものの、明るい色の斑が暗茶色の革に染みついた。このハイドラについて直ちに報告するのが正しいが、こいつらは何処へも行くことはない。俺の情報源もそうだろう。

 
グルールの芝地》 アート:John Avon

 俺はその地下壕に入った。背後で分厚い金属扉が軋んで閉じ、冷たく古臭い空気を俺は吸った。中は暗く、外からのわずかな明かりに目が慣れるまでにやや時間を要した。やがて目の前に階段が見え、緩い手すりに捕まって俺は下っていった。その階段は広い部屋に通じており、足元は固い土だった。既製品の机と椅子が幾つか、そして隅には簡易寝台が積み重なっていた。かつては備蓄品が満載されていたのだろう戸棚は開いて空になっていた。

 年月に摩耗したようなやつれた人間の男がその一つに座っていた。目の前の机には六面の『一族と軍勢』の遊戯盤が置かれていた。即座に喉が詰まるような感覚を覚えた。初めてやり方を教わったのは、親父が戦争から帰ってきた時のことだった。戦争は親父を冷たくしていったが、それでもこの遊びはずっと続けてくれた。わかり合うための良い手段だった。共に座して、多くの言葉を交わさずとも近づくことができる。

「俺に情報をくれたのはあんたか?」 俺はその言葉を、これまでずっと練習してきたかのように言った。この男がここに座っているというのは信じられなかった。俺は隠された伝言を解読してこいつを見つけたということで、この何かの陰謀は理解の範疇を越えていた。

「私だ」 その男は言った。かすれた声は明らかに弱々しかった。「だがまずは、一局どうだね」

「少々腕は鈍っているかもしれないが」 俺は平静を保って近づいた。今この男に怯えるわけにはいかない。向かい合わせに座ると俺はその表情を読んだ。ここは暗く、だが首から額に渡るかすかな傷跡のような変色の様子が確認できた。興味深い。ウォジェクの薬師はグルールの離脱者から刺青を除去することを副業にしている。そしてインクを除去する呪文はそれを入れるよりも痛むのだと。俺は対峙している相手について少々の知識を得ることができた。

 目の前には黒の駒、つまり俺が先手だった。

 その男が指を一本ひねると、兵士の駒が一つ盤上を滑った。魔道士か? 典型的な注目以上に、『一族と軍勢』をどう進めるかを観察することも、その相手について良く知る手段になる。俺が初めて親父を負かした時は――勝たせてくれたんじゃなく、本当に負かした――凄く誇っていた。次に負かした時は、心底悔しがっていた。司祭の駒を取り上げながら俺の指が震えた。手堅い、けれど予想できる動きだ。

 俺は尋ねた。「あんたの事はどう呼べばいい?」

「ブレイザー、必要ならばそう呼べばいい。ウォジェク兵ウェスリン」

「オセットでいい」 俺は信頼を築くべく距離を縮めた。俺が見つめる中、相手は指の一振りで天使の駒を動かし、全くの無防備な位置に進めた。罠か? 寄越された情報について尋ねたくてたまらなかったが、まだ早かった。俺はその大胆な動きを無視すると空騎士で仕返しをした。極めて落ち着いた、極めて退屈な手。そして代わりに尋ねた。「『一族と軍勢』はよくやるのか? 俺は若い頃、正式な大会にも出たことがある」

「私が育った所にそういうのは無くてね」

「それは不憫だな。どんな子供でもこの遊びから学べることがある」 そして相手の上唇が不機嫌に歪んだのを見て、適切でない事を言ってしまったと気付いた。だから俺は撤回した。「だが知っての通り、全ての混沌の中にもまた美しさがある。これは親父に聞いたことがあるんだが、四十手詰みの盤面組み合わせは、ラヴニカ全ての生き物の体毛を合わせた数よりも多いと」

「本当か?」 ブレイザーは目を見開いた。「そんなふうに考えたことはなかった」

 俺は天使を移動させ、捨て駒にした。これが無くとも続けられるが、俺が手詰まりにされるのは時間の問題になるだろう。ブレイザーは兵士の一体で俺の天使を倒したが、駒を取ることはせずに顔を上げて俺を見た。その弱々しい両目に隠された苦痛に、俺は体中が疼くようだった。話をする時が来た。

「ブレイザー、俺に伝えたいという事は何だ? 聞こう、秘密は固く守るつもりだ」

「ボロス軍の中にスパイが一人いる」

「なるほど。誰なのかは言えるか?」

 ブレイザーは頷いた。「だがその前に、戦争門から囚人を一人解放して欲しい。そうすれば明日の日没時に市場で情報を渡そう」そしてその名が書かれた紙切れを手渡してきた。バース・ソルヴァ。知らない名前だった。間違いなく有名な政治犯ではない。

「ブレイザー、力にはなるつもりだが、こういう物事には時間がかかる。公的手続きがいる。書類を提出して通してもらう必要がある」

「『一族と軍勢』の三手詰みは何通りあるか知っているかね?」 ブレイザーはそう尋ねてきた。

 俺は頷いた。誰でも知っていることだ。「一通り。『ラジアの愚行』と呼ばれるあれだ。けれど対戦相手がぐるでもなければ、やるのは無理だ」

「ううむ。ふむ。一手目は袖の下。二手目は強要。三手目は好意。オセット君、きみは良い指し手だ。とはいえこれは全くもって遊戯ではないのだよ」

 俺は頭を完全に動かさずにいた、今すぐにそれを振り払いたくて仕方がなかったために。腐敗した正義に栄誉など何もない。だがボロス軍内に裏切り者がいるというのは更に悪いことになる、特に今のように緊張が高まっている時は。ボロス軍においては、物事は黒か白のどちらかだ。グレーの余地はない。我々は、人々の「自由」を「犯罪をまだ起こしていない状態」と見なし、ラヴニカ全土の平和を守るために兵士一人の命を諦め、飢えて食べ物を盗んだ子供を処罰する。それこそが俺達の無二の力、だがそれは同時に最大の弱点でもあった。

「できる限りのことはしよう」


 俺は夕方遅くまで働き、囚人釈放許可証を用意した。バース・ソルヴァ、グルールの暴動にて逮捕。前科なし。ただ運の悪い時に運の悪い場所にいたのだろう。極めて単純な事例だった。スコルマク軍曹の補佐官に僅かな賄賂を渡しただけで、署名済み書類の山から囚人釈放許可証を手に入れることができた。元上官は気にすることはないだろう。あれほど俺の成功を願っていると、誇りだと言っていたのだから。俺とほとんど同じ年月、軍曹は第四分局に居座っている。そしてそこを出ることがどれほどの偉業かを知っている。明日の朝、俺は自分の脚で戦争門拘置所へ向かって、書類の誤記載から刑期がもう二日間を短縮されて、明日の昼食時にはバース・ソルヴァは釈放されて――

 釈放許可証で俺の目が止まった。悪い意味で心底驚いた。俺はそれを無視しようと努めた。この手続きを進めた奴のように気にしないでいようとした。だが俺が気付かずにいようとしたそれらは気付いてくれと叫んでいるようでもあった。バース・ソルヴァという名前には続きがあった。バース・ソルヴァ・ラドリー。ブリキ通りの市場に大規模混乱呪文を放った瓦礫帯の略奪者、ゴヴァン・ラドリーの係累であるのは明白だった。買物客らが突然の激怒と混乱に襲われ、食べ物や日用品を武器として大乱闘が発生した。二十四人が死亡、百七十六人が負傷。俺はその紙を裏にやったが、見ずにいることはできなかった。心臓が跳ねた。どちらが平和への大きな脅威だろうか? 名前と顔のわかる誰が市場の何処かから攻撃してくるというのと、この中にいる何者かが内から俺達を壊そうとしてくるのでは?

「夜遅くまで熱心だねえ、ウォジェクさん?」 アレッサンが俺の肩に手をかけた。「君はいっつも熱心に効率よく仕事をするミノタウルスだねえ、そう思ってるんだけどー」

 
軍勢の光》 アート:Alex Konstad

「タージク殿に免じて大目に見てやるが」 俺は顔をしかめてその手を振り払った。「お前の『電源』を入れてくれそうな新兵はいないのか?」 ほとんど本能的に肺を空にしてから、俺はアレッサンを見た。まるで防護も何もなしに太陽を見つめるようで、目が焼ける。こいつの態度は攻撃的で、腕を組み、口を堅く閉ざしていた。そんなふうに居座られるのは非常に困る。

「じゃあ教えてあげるけど、今日は二十七人のお馬鹿どもが契約してくれたよ。戦場で死体になりたくてたまらないってね」

「そりゃ凄い。ところで勧誘の仕事をする時は台本か何かがあるのか? その翼は仕舞うのにぴったりだろうしな」 アレッサンの顔から尊大さが消えると俺はにやりと笑った。革紐できつく縛られた翼が不意に動かされた。快適なわけはない。俺は溜息をついた。ここまでされる事もないだろう。もしくは、そうなのかもしれないが、俺は正義の道を歩む者になろう。「頼むから行ってくれ。俺は忙しいんだ」

「忙しいって何が?」

「お前には関係ない。お前がパルヘリオンから追い出された理由がわかりかけてきたよ」

「ちょっとー」 アレッサンは両手を広げて見せた。「追い出されたんじゃなくてさー……ただの配置変更だって。それに天使にとって五十年なんて一瞬だし。ちょっと指をいじりながら誰かが私より悪いことをしでかすのを待ってるだけ。オレリアがこの仕事をするのだって時間の問題だってば。あんたもさあ、ウォジェクでぶらぶらするんだろうけど、有名になりたいとか思ってるんだろうけど、どうせ見せかけだけだって思われて、そもそもなんで昇進してきたのかって目で見るようになるって。五年もしないうちにあんたはここへ戻ってくるよ、私が保証する」

「俺の将来性なんて糞みたいなお前の頭が知ったことじゃない」

「言葉に気をつけなよ、ウォジェクさん!」 アレッサンは叱り付けるように言うと、薄い笑みを唇に浮かべた。「汚い言葉に栄誉なんてないよ」

「俺の蹄を舐めやがれ、アレッサン」 構うのをやめると、ようやくそいつは諦めて去っていった。俺は事件簿を見つめた。今やとても重く感じた。もし最初の任務を達成できなかったら、俺の今後はどうなる? 難しくなんてない。嘘をつく必要すらない。ただ真実を無視して進めればいいだけのこと。


 バース・ソルヴァは釈放された。第一胃に穴があくような思いで、俺自らそいつが刑務所から歩き去るのを見届けた。そして今、俺は静かに市場で待っていた。日没まで数時間あるが、念の為早めに着いておいた。ブレイザーはきっと来る。疑念を持ちたくはなかった、今はまだ。ちょうど太陽の下から暗闇へ入って目が慣れるまでに数分かかるように、心が慣れて灰色の影が見えるようになるには時間がかかるものだ。

 昨日のあの子供がいるのに気が付いた。陳列台の端すれすれに置かれてたパンの塊に視線を送っている。俺はその子が盗みの決意をする前に近づき、財布を開き、その掌に五ジグを押し付けた。そして屈んでその子と目線の高さを合わせた。「そういう生き方をするもんじゃない、いけない事だってわかるだろう? 君には立派になってほしいと思う者だっている。けれど必要なのは君が正しい決断をすることだ、それが難しいことであっても。いいか? 必要な時には助けを呼ぶんだ。君の中には大きな善がある」

 その女の子は表情を明るくし、両目に何かをひらめかせると胸に手を当てた。「カーティ、いい子」 その声はかすれていて、まるでうなり声のようだった。

「ああ。そうだ、君はいい子だ。カーティはいい子だ」 その子が両腕を伸ばしてくると、俺は抱擁した。

「カーティ、いい子」 俺の耳へとその子は言った。「とってもいい子」 そして再び微笑み、離れると走り去って行った。

 俺もまた温かな感情に満たされた。そして財布が無くなっていることに気付いた。

 当惑と怒りの中、俺は情報源が姿を現すのを待った。その間ずっと、自らへの疑念が増大していった。俺は暴力的な略奪者を……ただ解き放っただけだったのか?

 日没から二時間して、俺は現実に目を向けた。これは変な夢みたいなもので、見つけられるとは半ば思わなくとも、再びあの地下壕へ向かった。だがそれはそこにあった。ハイドラもいた。今回は素早く目が慣れた。階段を駆け下りると足元のコンクリートがべたついたが、何かの手がかりか隠された伝言であると願った。

 そこで目にしたのはブレイザーの死体だった。俺が去った時そのままに座って、喉元を切り裂かれていた。遊戯盤は赤く、そいつの血に濡れて膨れていた。赤黒い足跡が一揃い、地下壕の外に続いていた。駒は全く動かされておらず、つまり俺が去った直後に殺されたに違いなかった。他にも手がかりがないかと探したが、集中できないほど震えていた。これを軍に報告しなければ。俺は一体どんな厄介事に巻き込まれたんだ。

 俺は出て行こうとして、いや……待て。

 引き返し、俺は遊戯盤をよく調べた。駒が一つ無くなっていた。俺が動かしていた天使。置いた場所にあるはずだった。俺は勇気を奮い立たせてブレイザーの倒れた死体を起こした。その下に駒は隠れていなかった。床にもなかった。俺はあらゆる場所を探した。犯人がその駒を持って行ったのだ。

 俺は全速力でサンホームへ駆け戻ったが、門に辿りつく直前で邪魔が入った。

「どー、どー、ウォジェクさんってば」 しつけのなっていない乗騎を止めようとするかのように、アレッサンが声を上げた。そして俺の両肩を掴み、上下に見つめると、俺の目に恐慌があるのを察した。「何があったのさ?」

「アレッサン、お前とふざけてる暇はない。殺人事件があった」

「まじで?」

「冗談を言っているように見えるか?」 俺は両手を掲げて見せた。血が既に毛皮に固まっていた。

「まじか、オセット。わかんなかった……」 そいつに背中を押され、俺は自分の蹄につまずきかけた。「あんた報告しないと駄目なんでしょ。私ら凄い仲良しってわけじゃないけど、もしだったら一緒に行ってあげても……」

 俺はうなった。こいつに来て欲しくはなかったが、一人で行きたくもなかった。俺はアレッサンの頭から爪先までを指差して言った。「助かる。だが……肝心な所はお前は喋るなよ」

 サンホームの前に立つと、その度に自分の小ささを感じた。まるで空に拳を突くような堅固な石の塔、だが今は更に自分が小さく思えた。正義の炎が薪から高く燃え、秩序と調和を脅かす策略と脅威に光を当てている。その光は街路を照らし出すかもしれないが、どれほど強くとも俺の心に住まう影に届く強さはなかった。俺達は銀で縁どられた門の正面に立つサンホームの衛兵隊に迎えられた。その多くは巨人だった――筋骨逞しく、上半身にはその巨体へと適切に設えられた飾り留め金だけをまとっている。そいつらに着せる服の金は明らかにその手が振るう巨大な鎚に回されていた。逃げ出したいと急かす心を俺は必死に無視した。そして衛兵二人が近づいてくると、そうしたくとも石になったように逃げられなくなった。

 
軍の要塞、サンホーム》 アート:Martina Pilcerova

「オセット・ウェスリンか? 君は重要参考人として手配されている」 巨人の衛兵が俺に言った。その親指と人差し指で作る輪は俺の上腕の太さほどもあるだろう。

「待て、何だ? バース・ソルヴァの事件簿の件か? 確かに疑わしいかもしれないって俺も思うが、よくわからない、それに本当に時間がないんだ。それに、それに……」

「君にはエンブレル・スコルマク軍曹とデヴィン・シディアン少尉、そしてギルド魔道士ルーク・エイタリーの毒殺の疑いがかけられている」

 俺の上官と、その上官と、更にその上官。「違う、俺じゃない。絶対違う、言ってくれ、アレッサン、俺にはそんなことは――」 俺は振り返ってアレッサンを探したが、どこにもいなかった。もっともな話だ。「アレッサン!」 俺は叫んだ。あいつは天使だから、何処にいたって自分の名前を呼ぶ声は聞こえる。その力を奪われていない限りは。

 別の衛兵、縁が金色の鎧を着た女ミノタウルスが俺の身体を叩くとポケットを裏返した。財布があった。それを開くと、夕食への招待状とあの無くなった天使の駒が中にあった。彼女はその駒の匂いをかぎ、ひねり、すると頭頂部がねじれて上下に外れた。中には液体が入っていた。「ええ、ゴルガリの何らかの毒です。たった数滴で巨人も倒れるものです」 彼女は腕を伸ばしてそれを自分から遠ざけ、栓を締め直した。

「俺のじゃない、断じて違う!」

「ここからあなたの指紋が見つからないとでも?」

「違う! ああ、確かに俺はそれに触った。『一族と軍勢』で遊んだ。けど中に毒が入っていたなど知るわけがない!」

「その雌牛は下手をしたら今死んでいた所だぞ」 巨人が吼え、俺の背中を押して進ませようとした。ミノタウルス兵の方はそいつを不機嫌そうな視線で見たが、巨人は気付かなかった。「良き指導者二人があなたのせいで死んだのです。昨日の式典の間に何処にいたのですか? アリバイはありますか? あなたの無実を保証してくれる者は? もしくは敵はいますか?」

「いや、そいつは……」 俺は唇を噛んだ。「見てくれ、俺は式典に呼ばれたが、招待状は招待状じゃなかった。わかるか? 実際にはとある情報源に会えっていう暗号文だった。紋章が裏返しで、太陽光が余計なのがわかるか?」

 ミノタウルス兵は招待状を掲げた。「私には正しい紋章に見えます。左手の拳。九本の陽光」

 
完全 // 間隙》アート:Ben Maier

 俺はかぶりを振った。「ありえない。俺は見たんだ!」 けれど目を狭めても、いくら見ても、秩序に混沌を持ち込んだ忘れもしないあの紋章ではなかった。ボロス軍の書簡、ごく標準的な招待状でしかなかった。「俺じゃない。中に裏切り者がいるんだ!」

 今や俺の思考は凄まじくよじれ、けれど判っていることはあった。上官の座が三つ空き、そしてボロス軍は常に内部から昇進する。つまり、本物の殺人犯がギルド内で昇進するということだ。

 そして出し抜けに俺は気付いた――アレッサン。あいつは俺が招待状でない招待状を読んでいた時にそこにいた。あいつならディミーアの精神魔道士の協力を得られたかもしれない、俺の精神を歪めて、そこにないものを見せるために。ゴルガリの薬を闇市場で買って、グルールの子供と共謀して俺の財布を盗ませて、そして……そして……俺に駆け寄ってきた時に戻せばいい。あいつの仲間がどこまで多岐に、どのギルドにまで渡っているのか、どれだけ長く続いているのかなんて誰もわからない。どれだけ前から計画していたのか、正しい時を待っていたのかなんて誰もわからない。最近のボロス軍は秩序に取り憑かれている、通常よりも遥かに。街路を一区画歩けば、毛皮と鎧で完全武装した兵士を見ない日はない。戦場を占拠した部隊の達成を称える行進を見ない週末はない。結束と力を示すことをひたすら厳しく追及する中、俺は考えずにはいられない、本当はどれだけ混沌に対して隙だらけかを――追い出された天使一人がパルヘリオンに戻るためにどれほど骨折ればいいか、それから、それから……

 それに、それに……いや、待て。

 『一族と軍勢』のゲームのあらゆる盤面組み合わせのように、可能性の網が心に広がった。遊戯は永遠に続き得るが、ほとんどは素早く、複雑化することなく決着がつく。混沌に目を向けるのではなく、秩序に目を向けなければ。三手詰みのゲームだ。一番簡単な説明。

 俺は巨人へと尋ねた。「待て、三人が毒を盛られたって言ったよな。なのに死んだのは二人なのか?」

 そいつは軽蔑するように俺を見下ろした。「幸運にもスコルマク軍曹は助かった。十人ものシャーマンが夜通し治療にあたったお陰だ」

「その毒はミノタウルスと巨人を殺すが、炎の血族は違うのか?」

「死の薬も炎の血族にはよく効かなかったのかもしれん。そんなことは知らん」

 ううむ。そもそも真に生きているとは言えない者にはあまり効かなかったということだろうか。炎から生まれるような存在には。とはいえそれで同情が消えるわけではなかった。問題ないと確信できるまで軍曹は休ませられるだろうが、やがて職場に戻る……同情心を受け、そして誰にも疑問を持たれることなく昇進する。烈光の地位にまでなれるだろう。程よく楽な立場だ。けれどこれを自分でやる術はない。戦場の外では炎の血族は目立ちすぎる。気付かれることなく街を歩ける誰かが必要だろう。街路で見られても何ということのない誰かが。

 
アート:Wesley Burt

 俺はミノタウルス兵を見た。その毛だらけの巨大な両手は重い棍棒を振るえるだけでなく、俺のポケットに財布を隠し入れるような繊細さも持ち合わせているように見えた。彼女の両足を見下ろすと、暗茶色の革にハイドラの唾の斑の汚れがあった。あの地下壕にいたのだろう。ブレイザーを殺したのだ。

「お前だろう!」 俺は言い放った。「スコルマクが背後にいて、罪を逃れるために自分に毒を盛った。お前が共犯だな!」

 巨人は同僚への告発に驚き、俺を更に手荒く掴んだ。「弁護士に会うまではその口を閉じておく方がいいと思うぞ」 そして俺を前進させようとした。

「信じてくれ、こいつが犯人だ」 俺は嘆願するように言った。こいつらが一緒に働いているかはわからなかったが、言ってみる価値はあると思った。「スコルマクは俺を捕まえることでサンホームへ異動できる。このお前の相棒もだ。あるいはお前自身も」

 ミノタウルス兵は蹄を踏み鳴らした。「私がそのような不名誉なことをするとでも!」

「証拠があるのなら、真実も発見されるだろう」 巨人はそう言った。

「戦争門に連れて行かれたらもう誰も俺の声を聞くことなんてない。見ろ! それだ、俺が情報源と会った地下壕の所にいたハイドラの唾の跡だ」 俺は自分の靴を示した。「こいつの靴にも同じのがある。それに制服にも同じ塵がな」

「塵なんてあなたの制服にも」 ミノタウルスが言った。「私のにも。彼のにも……」そして相棒を指差した。

「ああ。だがお前の塵は……瓦礫帯のものだ。第10管区に食い込む特徴的な区域のな」

「それを証明するのは困難」 ミノタウルスは自信ありげに眺めた。「戦争門に拘禁されてそれができると思いますか?」

「誰も何処にも行かないよ」 声がした。アレッサンだった。あいつが戻ってきたのだ、多分俺を見捨てたことに罪の意識を覚えて。むしろ、こんな素晴らしく劇的な状況で俺の将来が燃えて潰えるのを見逃すわけにはいかないということか。「オセット、あんたの言ってる事は間違いないの?」

「間違いない。こいつらが言ったことは俺は何もやってない、アレッサン。お前なら信じてくれるだろ」

「それなら、私が証明できるよ」 アレッサンはそう言って、両手を宙に波打たせ、掌に白い炎を集めた。そして炎の球をミノタウルスへと向けた。それは触れることなく彼女を取り囲んだ。堕ちた天使としてのアレッサンのお涙頂戴話は、全部が全部真実というわけではないのかもしれない。こいつの魔法は強力だった。治癒の魔術が吹き込まれており、ミノタウルス兵を灰へと帰すのではなく、制服の塵が一体のドラゴンの姿へと凝集した。埃っぽいその姿は亡霊のようにもだえた。「瓦礫帯の塵、高濃度の龍の骨」 確信とともにアレッサンは言った。

「釈明はあるか?」 俺はミノタウルス兵に言った。

「私はただ……それは――」 ミノタウルスは口ごもった。巨人が持つ鎚の鉄の頭部が彼女へ向けられた。今やそれは、まるで炉に二十分間も入れられていたかのように熱く燃え盛っていた。

 彼女は天使の駒を投げつけ、それは二つに砕けると死の毒が地面に散った。アレッサンがそれを炎呪文で吹き飛ばし、毒液は俺達に届くことなく蒸発した。平静を取り戻した時には、スパイの姿はなかった。

「逃がしたらいけないよ!」 アレッサンが叫んだ。

 俺は返答した。「追うべきはあいつじゃない、スコルマクだ。これの背後にいる」

 そして俺を見たアレッサンの内には、一片の疑いすらなかった。俺は天使の信頼を得たのだ。そして俺達は決して同等になることはなくとも、今や俺をそれに近いものとして見てくれていた。こいつは今までも美しく輝いていたが、俺のすぐ目の前で、何か違うものへと変わっていた。目を奪われるほどに恐ろしく美しいものへと。翼を動かすと、束縛していた剃刀の針金が塵と崩れ、そしてアレッサンは遂に翼を広げた――羽の一本一本の先端まで、まるで何十年もの眠りから目覚めた後の欠伸のように。白い羽は長く繊細で、だがその下に隠された力は疑いようもなかった。

「ウォジェクよ、貴方を侮っていました。共に来て下さい、そしてこれを終わらせましょう。ボロス軍の内にスパイがいるのであれば、正義を修復するのは我らの義務です」 天使の腕を掴むと、俺はその存在に包まれた。アレッサンは翼を羽ばたかせ、そして世界が高速で過ぎていった。両足が再び地についたと思うと、俺達は第四分局、スコルマクの机の隣に立っていた。そいつもそこにいて、自分の荷物をまとめていた。

「異動の準備ですか?」 俺は尋ねた。そいつは跳び上がるほどに驚き、頭の炎がちらついた。

「死にかけたにしては随分と具合が良いようですね」 俺の背後からアレッサンが言った。彼女はこの場の主導権を俺にくれていた。

 俺は続けた。「第四分局じゃ物足りなかったですか? 更に上を望んで、そのためにできることをしたと」

「サンホームに何人のエレメンタルが従軍しているかわかってるのか? 片手で数えられる程だ」 スコルマクは燃え上がる指を三本立てた。「数千人中のたった三人だ。これほど少ないのは、私達は産まれたのではなく唱えられた存在だからだ。そしてそれは、私達に高い地位は似合わないことを意味するものではない。上官達は私達の直観を否定し、名を与えることを渋る。だが決して私達は制御不能の盲信者ではない。戦いの先の人生を手に入れるのだ」

「二人も殺した。俺はそれを制御可能とは言いません」

「アレッサンは一万五千人を殺したんだぞ。そいつは手首を叩かれただけだ。不公平ではないか! オセット、周りを見てみろ。嘘に不実に不法、それがお前のボロス軍の礎だ」

「ウォジェク兵ウェスリンです」

「は?」

「私の肩書です。そう呼んで下さい」

 スコルマクは笑った。「私がいなければその肩書すら無かったのだぞ? 傲慢な間抜けが」

 試合は正当な決着に近づいていた。そして俺はその、初めて『一族と軍勢』の盤を一掃した時から喜びをくれてきた言葉を告げた。「もう目無しです、スコルマク殿」

 スコルマクはけぶる額に皺を寄せた。「ふん――」

 俺は頭を低くし、角で狙いをつけ、全力でそいつへと突進した。スコルマクは壁まで弾き飛ばされ、卓上の書類に火がついた。最後の決着まで考えていたわけではなかった。ぶつかった衝撃のためか、俺が身の程を思い知らせたためか、その炎は眩しさを失っていた。

「大丈夫です、ウォジェク」 アレッサンが言った。そして近くの壁から緊急用の水のエレメンタルを放出すると、それをスコルマクへと向けた。二体のエレメンタルが激突し、水蒸気が執務室を満たし、だがすぐに卓上の炎とスコルマクの皮膚の炎は消えた。元軍曹は縮んだ蝋燭のようにくすぶり、濡れた灰と焦げた鎧の塊となって散った。

 
反転 // 観点》 アート:Mathias Kollros

「感謝する、アレッサン」 俺は言った。「俺の方こそ侮っていた」

「いやいや。あんたが見たそのままだよ」 彼女は肩をすくめ、翼を背中にきつく畳んだ。輝きは普段通りへと戻っていた。

 こいつが何を計画しているのか、もしくは何を隠しているのかはわからない。けれど間違いなく、アレッサンには見た目以上のものがある。「思うに、あんたの姿を見ることは少なくなるかな、だってウォジェク分局へ向かうんだろ」 彼女は続けた。「おめでと、これは本心だよ。ウォジェク兵ウォスリン、あんたはその地位に相応しいってこと」

 俺は微笑み、紐を直し、徽章を掴んだ。ウォジェク兵ウェスリン。その名は決して色褪せないことだろう。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)


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