MAGIC STORY

カルロフ邸殺人事件

EPISODE 09

第9話 破壊の中の美

Seanan McGuire
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2024年1月17日

 

 沈黙が部屋を満たし、全員が揃って息を詰まらせたように思えた。エズリムはケイヤを見た。「君は知っていたのかね?」その質問は沈黙を打ち破り、もう少し扱いやすいものへと変えた。

「え? まさか! 私たちはしばらく黙って座っていたのよ。そうしたらその花が壁から生えてきて、プロフトがそれを瓶に入れて、事件が解決したって宣言したの。トロスターニを告発することについて私には何も言わなかったわ」

「トロスターニ様が犯人など、絶対にありえない」トルシミールが抗議した。「例えトロスターニ様がファイレクシアの影響を受けて何らかの形で堕落していたのだとしても、樹が治癒途中にある間はヴィトゥ=ガジーを離れることはできないのだ! このすべてにおいて完全に潔白である者がいるとすれば、それはトロスターニ様だ」

「彼女はその事実を数に入れていたのでしょう」プロフトが言った。三位一体のドライアドは彼に見つめられ、静かな困惑の中にうねっていた。先程と同様に彼女たちの表情は様々で、この状況に対してそれぞれの反応を見せていた。秩序のドライアド、セスは先程よりも更に憤慨し、自らの根元に投げかけられた言いがかりに激怒しているようだった。シィムは衝撃と恐怖を浮かべていた。調和のドライアドは周囲の不調和を受け入れることができずにいた。オーバの表情だけは変わっていなかった。

 この生命のドライアドは今なお穏やかに、孤立しているように、自らが作り出した障壁によって状況から切り離されているように見えた。ここで何が起こっていようともそれを自分のものとしては捉えず、人々が罪悪感や義務について議論する様をただ眺めていた。

 プロフトは続けた。「あの戦争の余波で、すべてをファイレクシアの責任にするのは簡単になっています。あらゆる穴は彼らが私たちの街路に与えた損害であり、私たちが維持管理を怠ったためではない。あらゆる噂の源はファイレクシアへと遡る。あらゆる嘘、あらゆる不平等、あらゆる過ちがファイレクシアのせいにされる。ですがそのずっと以前から、私たちに残虐な行為ができる素地はあったのです。罪を犯す、裏切る素地が」

 他のギルドの指導者たちは抗議の声をあげた。ある者は自分たちのギルドがこの事件の背後にいた可能性をほのめかされて心から狼狽し、またある者の狼狽は演技のようにも見えた。ジュディスですら顔をしかめ、言いがかりの冤罪やディミーアの手下の無罪を主張する無資格の探偵へとしきりに怒りを向けた。そしてその間にも彼女は部屋じゅうを念入りに見つめて出入口を確認し、いかにして逃げるのが最善かを考えていた。クレンコはますます部屋の隅へと縮こまり、武器として使えるものを探した。危険に対する彼の研ぎ澄まされた理解から、今にも暴力が弾けるだろうと察しているのだ。

 アイゾーニだけは平然として、珍しくも恐ろしい花が咲く様子を観察するかのようにこの展開を眺めていた。

 エトラータは立ち上がり、蛇のように滑らかに一同の間をすり抜けるとプロフトの隣に陣取った。プロフトは彼女を一瞥すると、口元に気取った笑みを浮かべた。「この重大発表に踏み出さずにはいられないだろうと思っていたよ」彼はまるでからかうように言った。

 エトラータは呆れた表情を向けた。「お願い。あなたを生かしておくために一生懸命働いたのに、これじゃあ今惨殺されたがってるみたいなものじゃないの。さ、その素敵な女性の恐るべき殺人計画の説明に戻って。ラヴニカ中が犯人を追い詰めようとしていた中で、どうやって犯行を成し遂げることができたのかを。お願いだから教えなさいよ」

「彼女自身から明かしてくれる方が好みなのだがね」そしてプロフトは続けた。「トロスターニ殿が犯人だということはわかっています。まだわからないのは、動機の大部分です。なぜ今この犯行を? ヴィトゥ=ガジーに歴史の保管庫という役割を委ね、ギルドパクトの原典を預けるほどのラヴニカの信頼をなぜ裏切るのでしょう? 復興の只中である今、首をはねたならそのギルドは簡単に、かつ完全に崩壊してしまうでしょう。私は必ずしもギルドの機構の最大の支持者ではありません。ギルドからは恩恵も、苦しみも受けてきました。とはいえ健全で安定した都市にはギルドが必要であると認識しています。そして侵略から立ち直るためには、この都市は真に健全で安定していなければなりません」

「私たちは決して――」シィムが言いかけた。

「そのような言い草を――」セスも同時に口を開いた。

 オーバは沈黙していた。恐ろしいほどにゆっくりと姉妹たちが振り向いても、やはり口を閉ざしたままでいた。ふたりの恐怖と憤怒の表情は困惑へと、そして衝撃へと変化した。その間もオーバは揺るがぬ表情でふたりを見つめていた。

「どうして――?」シィムが尋ねた。

「なぜ――?」そしてセスも。

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アート:Evyn Fong

「それが、当然の報いだからです」静穏の仮面を遂に砕き、オーバは言い放った。

 動こうと意識する以前にケイヤは立ち上がっていた。彼女は既に短剣を抜いて構えていた。鎮めるような視線をエトラータが投げかけると、ケイヤはゆっくりと席に戻った。だがトロスターニから目を離しはしなかった。

「あの者たちはラヴニカが最も苦しんでいる時に、ラヴニカへの義務を怠ったのです。私たちが最も苦しんでいる時に。金と発明で、娯楽と苦痛で遊ぶ。私たちこそがマット・セレズニアの意志なのです! 私たちこそがラヴニカ、単にこの世界を覆う都市ではなく、次元そのものなのです! 私たちはこの次元の緑と成長の中心であり、私たちがいなければラヴニカも、この都市も、ギルドも存在しなかったでしょう! マット・セレズニアは危うくあの者たちの行いに屈するところでした。そして私たちがぐらつく隙に、あの者たちは私たちを根から切り離そうと全力を尽くしたのです!」

 シィムとセスは、その性質が許す限り後ずさった。一方、プロフトはそのドライアドに一歩近づいた。

「私たちがどのようにマット・セレズニアに対して、ラヴニカ全体に対して義務を怠ったというのか、正確に説明して頂けますか。そうすれば全員が理解に近づけるかもしれません。これを乗り越えて、誰もこれ以上罰せられる必要のない道を見つけることができるかもしれません」

「私はそうは思いませんが」オレリアが低い声で言った。

 だがラヴィニアが視線を投げかけると彼女は黙った。

 一方のプロフトは、最も重要な授業を待つ男子生徒のような忍耐と注意力でオーバを見つめていた。そのドライアドは彼に身を寄せた。

「あの侵略がやって来た時、私は根を通して観察しました。ヴィトゥ=ガジーこそがラヴニカであり、私たちはヴィトゥ=ガジーです――この次元に、私たちのものではない土は一粒たりとて存在しません。私は感じました、穢れた油が私たちの大地に浸透する様を。私たちの街路を闊歩する異様な足音を。私は味わいました、根を浸した人々の血を。私にとっては……ひどい苦痛でした」オーバはシィムとセスを一瞥し、一瞬だけ表情を和らげた。「それが自由に広まることを許したなら、私たちにどのような影響が及ぶでしょうか。私はそれを怖れ、姉妹たちのためにその痛みを自分自身の内に引き込むことを選びました。私はただひとりで次元壊しの腐敗と戦ったのです」

「そのようなことをして欲しいとは決して――」セスが言った。

「どうして次元壊しの腐敗がラヴニカのすべてに、私たちに害を及ぼさないのか、尋ねることすらしなかったでしょう。あなたたちも同じ、その時が来たなら自分が一番大切というだけ。私は全部感じていました。病んだ恐怖の瞬間のひとつひとつを、毒の雫の一滴一滴を。私たちは次元壊しに屈する寸前でした。その恐怖の一部と化すかに思われました。そして、ラヴニカでもあるマット・セレズニアが屈したとしたら、誰がどれほどの努力をしたとしても、救うことはできなかったでしょう。私は暗闇の中でただ独り、力を貸してくれるものもなく戦い続けました。そして彼らの行いを見たのです」

「誰のどのような行いですか?」プロフトは会話を先導しようと尋ねた。

 オーバが彼に向けた視線には、ゴルガリの毒のように危険な憎悪が満ちていた。「この者は」オーバはクレンコへと指を突きつけた。「物資を溜め込んでいました。この者の手下たちは守り手が不在の店や倉庫を襲撃し、手に入るものは根こそぎ奪い取ったのです。その守り手たちは、ラヴニカ人の命を救うために戦っていたというのに。そしてこの者は、飲料水や食料や医薬品といった必要不可欠な物資を、オルゾフすら恥じるほどの高値でラヴニカの人々に売りつけました。既に血を流している人々に、更なる苦しみを与えたのです」

 オレリアとラヴィニアは冷たい疑問の表情を浮かべ、クレンコへと向き直った。クレンコは壁に背中をつけて縮こまり、ふたりと目を合わせるのを拒否したが、その告発を否定はしなかった。

 だがオーバの言葉はそれで終わりではなかった。「この者の行動がなければ、何千という市民があの侵略を生き延びていたかもしれません。この者のせいで、何千という市民にその機会は与えられなかった。そしてあなた!」彼女はヴァニファールへと敵意を向けた。「あなたは同輩のために偽りの涙を流していますが、密室であなたがたがどのような会話を交わしていたかは知っています。あなたがたの間に失われる愛などなかったと知っています。ゼガーナはファイレクシアの油に魅了されていました。そして実験を始めていたのです。自らの声を持たない、反抗する術を持たないラヴニカの獣たちを感染させて。侵略があれ以上続いていたら、ゼガーナの興味は知的生物へと移っていたでしょう。彼女は私たち全員を破滅させる道を進んでいたのです」

 ヴァニファールは怒り狂うオーバに反論せず、ただ深い悲しみの表情で自らの両手を見つめていた。オーバは他の者たちへと向き直り、相手の顔をひとりまたひとりと見つめてから、ケイヤに視線を定めた。

 ケイヤは背筋を伸ばして座り、オーバがどのような毒を吐いてくるのかと待った。卑怯者? 自分とは何だと尋ねられたなら、決して卑怯者ではないとは言える。脱走兵? 違う。非難されるかもしれないとわかっていながらも、ラヴニカへと戻ってきたのだ。落伍者?

 その一言を向けられたなら、我慢はできないとケイヤは思った。もしオーバがそう言い放つなら、彼女は望むと望まざるとに関わらず、恐らく久遠の闇へ入り、関わらねばならないさらなる悲劇から退散するだろう。耐えることのできないものはまだ存在する。

 だがオーバはそのようなことは何も言わなかった。代わりに、姉妹との繋がりが許す限りに彼女は身を乗り出して言った。「あなたはテイサを悼んでいます。この馬鹿げた調査の一部としてここにいるのは、テイサを心から悼んでいるから。ですが悼むなど値しません。あの女性は怪物でした。あの女性の行いは、行おうとしていた物事は、私が犯したかもしれない罪よりもはるかに重大です。テイサ・カルロフはファイレクシア人と同盟を結び、秘密裏に意思疎通を行っていました。ひとたび侵略が完了したなら、あの女性はファイレクシアの名のもとにラヴニカを支配するつもりだったのです。テイサ・カルロフはここにいる全員を裏切りました。私はあの女性に裁きを下したのです。そのような私にあなたがたは裁きを下すというのですか? 手段さえあれば、あなたがたも私と同じことをしたでしょう。あなたがたには明らかに動機があるのですから」

「オーバ、やめて」シィムがオーバへと手を伸ばした。その手は震えていた。「いけません。あなたは怒りと悲嘆に飲み込まれ、この都市そのものの苦しみに飲み込まれ、それがあなたの判断を蝕んでいるのです。私たちはセレズニアを象徴しますが、セレズニアは全ラヴニカの審判者でも処刑人でもありません。あなたの行いは、今もこれまでも……間違っています」

 ヴァニファールは鋭く息をついて立ち上がり、オーバを見据えた。「貴女の言う通りです。ゼガーナさんはファイレクシアの油を研究していました。ですが貴女は、私たちの口論を憎しみによるものだと信じて聞き逃していたのでしょう。ゼガーナさんは私の完全な同意を得て実験を行っていたという事実を。彼女はファイレクシア病の治療法を、拡大したファイレクシアの汚染の治癒法を探し求めていたのです。ファイレクシアに屈した市民を私たちのもとに取り戻すために。あの油を武器として用いるなどという意図はありませんでした。私がそれを知っています。すぐ近くで見ていましたから」

「根というものはその性質上、埋もれています」セスが言った。「私たちは根を通して聞くことはできますが、遠くからです。あなたが耳にした言葉は、あなたの前で繰り広げられた物語のすべてではなかったのかもしれません――なかったのです」

「テイサ・カルロフはあらゆる意味で英雄だった。あなたにそんなことを言う権利はない」

 ケイヤは一瞬、意図せずその言葉を口にしてしまったのではと思った。そしてその声が完全に耳に入り、振り向くとエトラータが険しい目でドライアドを睨みつけていた。

「その通り、テイサはあの侵略者と意志疎通していた」エトラータは言った。「彼女は死者からファイレクシアの言葉を学んでいた。でもそれは、ファイレクシアへと完全に改宗しないままラヴニカへと命を捧げた者たちから。そしてテイサは彼らの言葉で交信を始めた。その死者たちは彼女を有益で珍しいものとみなして返事をした。そしてひとたび確実な意思疎通ができるようになると、テイサは抵抗軍に情報を渡しはじめたの。オルゾフに仕える霊を使役して怪物たちのあらゆる動向を監視して、ファイレクシア病の危険にさらされながらも、自分の命よりも街の必要を優先していたわ。私もテイサの連絡先のひとりだった。彼女はずっとディミーアと協力してきた――そう、彼女とその死者たちとね。テイサは英雄だった。ラヴニカを裏切ってなんていない。けれど理解せずに見ていたあなたは……喜んでテイサを裏切った」

 一瞬、沈黙があった。クレンコが扉へとにじり寄った。エズリムは彼を睨みつけて翼を動かした。まるで飛びかかるべきかどうかを考えているかのように。「君はどうなのだね、犯罪者くん?」鋭い声でエズリムは尋ねた。「嘘はつかない方がいい。アゾリウス評議会の長がここにいるのだ。彼女の知るところとなるぞ」

「だから何だよ?」クレンコはそう尋ねた。「大勢のゴブリンが敵陣で物を手に入れようとして死んだんだよ。ファイレクシア人が物を分けてくれるわけないだろ! 旨味もないのに俺が命をかけるとでも思ってるのか?」

「私が言ったことをこの者は全て行っていました」オーバが言った。「私はこの者を観察していましたから。たとえ内密の英雄的行為と二枚舌を信用するとしても、この者は罪を犯し、私がそれを見ました」

「カイロックスは何をしてたんだ?」不意にラルが尋ねた。

 ケイヤはラルへと顔を向けた。そのイゼット団の発明家の死について、彼女はほとんど忘れていた――自分で目撃したのではなくプロフトから聞いただけだったのだ。オーバはラルへと嘲笑を向けた。

「通り道にいたというだけです。そのゴブリンへと暗殺者を送り込んだ時、貴方の発明家がそこに立っていました。そして彼がたまたまそこにいなかったとしても、イゼット団もまた他と同じく浄化されねばなりません! この街はプレインズウォーカーを頭に据えることの危険性を学んだとあなたは考えるかもしれません。賢明なことです、とはいえあなたは自分のギルド員を十分に注意深く観察していませんでした。あなたの部下であるカイロックスはファイレクシアの技術に魅了されていました。油はファイレクシア人を動かし、ファイレクシア人を変質させます。ですが彼らが築いたものを……カイロックスはファイレクシアの設計を盗んで自らのものとし、堕落した技術の力によってギルド内でのし上がろうとしたのです」

「つまり、産業スパイをしたからってあいつを殺したのか?」咎めるように尋ねながら、ラルの手の周りに電気が音を立てた。「だとしたら、お前のせいで俺のギルドの奴らが半分は死ぬことになるだろうな!」

「ならば、そうしましょうか!」オーバは言い放った。「あるいは、ラヴニカを侵略の汚染から浄化するということは、私たちを滅ぼそうとして到来した者たちの誘惑を、たとえ一瞬だけであったとしても受けた全員を殺すことなのかもしれません!」

「オーバ、どうかやめて」セスが言った。「あなたの苦しみを私たちに知らせてくれたなら」

「あなたが感じたことを私たちに共有してくれたなら」シィムも言った。「私たちでその重荷を分け合えたでしょうに」

「あなたは傷ついた。癒しが必要なのです」セスが続けた。

「お願いです」シィムもまた。

「どうか、私たちの差し伸べる手をとって下さい。これまではできなかったとしても」

 一瞬、オーバは耳を傾けるようなそぶりを見せた。だがふたりが手を伸ばすと、彼女は下がった。

「愚か者ばかりなのですね」オーバの声は他のあらゆる音を押しのけ、その部屋に響き渡った。「目を背け、耳を塞ぎ、目の前のものを理解しようとしない。そして何よりも悪いことに、あの戦争に善戦して勝利した自分たちを祝福している――更にはここに立って、私の計画を解明したと満足そうにうそぶく。私は何週間も殺し続けているというのに」

 沈黙が降りた。プロフトですら絶句したようだった。

 今や勝ち誇り、オーバは宣言した。「私は無数の残虐を、卑劣を、弱さを目の当たりにしてきました。そのすべてが自然による正義の裁きを必要としています。私がより大きな獲物を狩り始める前から、ラヴニカの街路には罪人たちの血が流れていました。そしてあなたがたは、自分たちが大切にする者が標的になってようやくそれに気づいた。深く悲しむに値するほどに重要だと考える者たちが。そして私は、まだ終わってなどいません」

「その通り、終わってはいません」オレリアが立ち上がって言った。「セレズニア議事会のオーバ。ボロス軍の長として与えられた権限により、あなたを正式に逮捕します」

「あら、そうですか?」オーバは仰々しく周囲を見渡した。まずは部屋全体を、そして姉妹たちを。「どのようになさるつもりでしょうか? 私たちはトロスターニ。私たちは三人でひとつ、そして姉妹たちは何の罪も犯していません、あの戦争の恐怖から隠れていたことを除いては。あなた自身の法が姉妹たちの逮捕を許さないはずです、私の正義を執行するために用いられた武器を逮捕できないのと同じように。その件については、耐えがたいほど詳細に記載されています。自由意志で行動しなかった者には、その手が犯した罪の責任を負わせることはできないと」

「手段は見つけてみせます」オレリアは言い放った。

「そこに座っていなさい」オーバがそう言うと、部屋が揺れた。激しくはなかったがオレリアを座席に戻すほどには強く、プロフトも転んだ。彼は尻をしたたかに打ち、両手を広げて上体を起こしたままオーバを睨みつけた。

「これは極めて無礼ではないかね」

「丁重な振る舞いは終わりです」オーバが言った。彼女はシィムとセスに向き直った。ふたりは今なおオーバを宥めるように語りかけ、落ち着かせようとしていた。オーバは手を叩いた。すると姉妹たちはまるで萎れた花のように幹の上でぐったりと力を失い、半ば閉じた目はもはや何も見ていなかった。

「これでよし。そして感謝を述べさせて下さいな、プロフト探偵さん。申し訳ありませんが、ここにいて頂きます。私が見た限り、あなたは無実に近いですから」

「いてもらうって、何のために?」ここに来て初めて、ジュディスの声は退屈というよりも不安を感じたように響いた。

 すると部屋が揺れ始めた。大樹を制御するただひとつの心の命令にヴィトゥ・ガジーが応えたのだ。部屋が揺れてねじれ、エズリムが咆哮をあげた。エトラータはシャツの中から物騒な長ナイフを取り出し、オーバへと狙いをつけた。

「私がヴィトゥ・ガジーなのです!」オーバは大声で吠え、沈黙して動けない姉妹たちがぶら下がる枝から身体を離していった。彼女はさらに離れ、やがて樹木そのものには付着したままでありながらも完全に独立した存在となった――もはやトロスターニではなくなった。マット・セレズニアに選ばれて以来初めて、彼女はただひとりのオーバとなった。「私がマット・セレズニアなのです! 私がラヴニカなのです!」

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アート:Lius Lasahido

 棘だらけの蔓が壁を突き破って弾け、この場に集合したラヴニカの指導者たちに掴みかかった。ケイヤは自分を捕えようとする輪を幽体化して通り抜け、ダガーを手にしてまずはケランを、次にラルを解放した。

「助かる」ラルは背中の蓄電機から稲妻を引き出し、両目を電気の炎で輝かせながらオーバを攻撃した。彼女はその一撃を吸収した。壊滅的な攻撃であるはずが、ほとんど気付いてすらいない様子だった。その代わりにオーバは片手を振り下ろすように動かすと、大枝が部屋を横切るように打ち付けられてラルの胸を叩き、彼は近くの本棚まで吹き飛ばされた。それは危険なほどに揺れ、あらゆる方向に大量の書物をまき散らした。

 このすべてが数秒のうちに起こった。ラヴィニアはすぐに立ち上がろうとしたが、節だらけの太い根が床から伸びて足首に巻きついていると気付くだけだった。その動きがあまりに穏やかだったため、察することができなかったのだ。オレリアも助けに入ろうとしたが同じ状況に陥っていた。さらなる蔓が彼女の翼に絡み着いて拘束した。虐殺少女を繋いでいた鎖が緩んだ――そして不意に、暗殺者の姿が消えた。

 アイゾーニは自らに蔓が巻き付く間も全く動かず、瞬きもせずにその様子を見つめていた。そして巻き付きが終わって初めて彼女は手を動かし、ポケットから一本の小瓶を取り出した。アイゾーニは中身を蔓に振りかけ、それらが萎れて落ちる様を冷静に見守った。

 ケイヤは掴みかかってくる蔓や根を通り抜けながら、部屋中を駆け回って切り続けた。彼女は次にエズリムを解放した。アルコンは咆哮をあげて近くの枝へと飛び移り、次にケイヤは拘束されてもがくエトラータを助けに向かった。オーバが振るう根や蔓や枝の猛攻撃は終わることなく、あたかも長年に渡って破壊をこうむってきたラヴニカの森そのものの怒りをこの戦いに持ち込んでいるかのようだった。

 部屋はまるで露天商が操る飴のように縦に伸び、天井は次第に遠ざかっていった。ケイヤは再生途中のヴィトゥ=ガジーに入るのは今回が初めてであり、この広大で生きたギルドの本拠地が何か新たなものに変化する可能性にもこれまでは全く思い当たらなかった。壁が揺れる様子に、彼女の内に次第に不安が募っていった。これ以上ここに留まったなら自分たちは生きていられるのだろうか?

 窓はなかった。この部屋を借りて欲しいと言ったのはプロフトだった――部外者が目撃者しないように、また締まっていない錠や壊れた封を利用して暗殺者が現れることのないようにと。その時は良いことのように思えたが、今ではこの部屋は脱出不可能な密室と化し、自分たちはそこに詰め込まれて殺されようとしている。

 だがそのような考えに浸っている余裕はなかった。ラルが再び稲妻を放つと、オーバはそれを巨大な枝の一振りで逸らし、稲妻はクレンコの頭の真上の壁に命中した。クレンコは悲鳴と罵り声をあげ、近くに生えた蔓へと拳を振りかざした。だが床から生えたさらなる根に拘束された。きつく縛られた状態からのその奮闘は無益だった。

 ヤラスは何も言わず、自分の所に来るようケイヤに身振りをした。彼女は跳び、襲いかかる枝を蹴り飛ばし、ヤラスのもとへと急いだ。彼はにやりとした。

 ケイヤはその表情に純粋な喜びを見て唖然としたが、すぐに目の前の相手が誰なのかを思い出した。グルールの分裂した指導者層の中でもこの会議に呼ばれるほど高い地位を持つ者にとっては、犯罪と政治についての退屈な集会が真っ向からの乱闘に変わるのは素晴らしいことであるに違いない、ケイヤは肩越しに振り返った。ケランは打ち付ける枝の間をかろうじてくぐり抜け、プロフトを守るエトラータに合流していた。それはありがたかった。ここにいる全員の中でも、プロフトは身を守る手段に最も欠けている――ますます分厚くなる根と蔓の牢獄に閉じ込められているクレンコを除いては。そちらはオーバが彼を絞め殺すつもりでもない限りは大丈夫だろう。

 ケイヤは再びヤラスへと注意を向けた。彼は言った。「俺の武器はここへ来る前にあの獣乗りに没収された、だが何とかなる。この蔓から解放してくれ。そうすれば見せてやろう」

「攻撃するつもり――?」

「俺が探偵社に呼ばれたのは、誰かがアンズラグを解放したからだ。解放は正しい行いだ。神は閉じ込めるべきではない。場所もふさわしくない。だがあの女は」ヤラスはオーバを睨みつけた。「俺の神をただの武器として利用した。それは我慢ならない」

 ケイヤはためらうことなく切りつけた。脚が解放され、ヤラスは満面の笑みを浮かべた。彼はケイヤから離れ、折れて落下した梁の塊を持ち上げると槍のように構えながらオーバへと突進した。オーバはラルに集中して稲妻を逸らしつつ、根でオレリアとエズリムの拘束を確保しようと奮闘していた。アイゾーニは拘束を逃れていた。彼女は混乱の中を軽々とした足取りで進み、掴みかかってきた根に毒を与え、時々立ち止まっては特に厄介な蔓にもそうしていた。ケランとエトラータは自分たちやプロフトを狙ってくる根を叩き切っていたが、防戦一方で前に進むことはできていなかった。

 挑戦を叫ぶというグルールの本能に屈しなければ、ヤラスは標的に辿り着いていたかもしれない。その声は恐ろしいほどの大音響で歪んだ部屋に轟いた。トルシミールがその声を聞いてヤラスに飛びかかり、オーバから相手を突き飛ばすと折れた梁をその胸で受けた。

 梁はそのままトルシミールを貫通した。ヤラスはその端を掴んだまま、エルフを睨みつけた。「何をしてくれた! お前がいなければ命中していたのに!」

 トルシミールは窒息するような息の音をたてて後方に倒れ、ヤラスの手から梁をもぎ取った。ヤラスは新たな武器をあさり始めたが、何かを掴んでも怒りにうねる根によって即座に奪い取られた。それでも彼はまだ武器を確保しようとしていたが、六本の手足すべてに根が絡みついて彼を持ち上げ、オーバへと突き出した。オーバはラルから目を離して身を乗り出した。その表情は怒りに強張っていた。

「私のトルシミールを!」オーバは威嚇するように言った。一本の根が床から立ち上がり、その先端がねじれて鋭利な槍の形となった。それは蛇のように頭をもたげ、ヤラスの胸に狙いを定めた。「よくも!」

「グルール一族のために!」ヤラスが叫んだ。「ラヴニカのために! お前は世界ではない。ただの庭師だ。俺は絶対にお前に屈したりはしない」そしてオーバへと唾を吐きかけた。

 彼女は根の槍をさらに後退させ、命中させようと構えた。だがその攻撃が完了する寸前にエトラータがその進路に飛び込み、ヤラスを押しのけた。槍は彼女の左胸を荒々しく貫通し、筋肉と骨を粉砕した。

 ケイヤは硬直し、そして最後の躊躇の一片が身体から消えていくのを感じた。ほんのわずかに残っていた躊躇が。オーバが犯行を認めた時、このドライアドは死に値するとケイヤは思った。だがその攻撃はテイサを殺したものと驚くほど似通っており、不意にひとつの物語が――あの戦争中に、誰の目にも留まらないところで明らかに多大な苦しみを受けたひとりの女性が紡いだものだとしても――殺人の自白となった。プロフトは事件を解決したのだ。オーバはずっと真実を話していたのだ。だがトロスターニはラヴニカにとって不可欠な存在であり、ケイヤはオーバがエトラータを襲うまでその言葉を完全に信じてはいなかった。

 ディミーアの暗殺者は動かず横たわり、流れ出る血が口の端を染めていた。プロフトは膝をつき、彼女がまだ生きているかどうかを確認しようとしていた。気取って冷静なこの探偵は、今にも泣き出しそうな様子だった。ヤラスは別の武器を掴もうとしたが、蔓が弾け出て彼を縛り付け、身代わりになって致命傷を受けたのかもしれない女性の隣に拘束した。

 だがそのすべては、まだやらなければいけない物事の前には邪魔でしかなかった。タイヴァーも感嘆するであろう咆哮をあげてケイヤは突進し、実体化し、打ちつける枝からケランを突き飛ばした。彼は床に叩きつけられたがすぐに立ち上がり、戦闘態勢をとった。

 ケイヤは両手の中で短剣を回転させながら駆けた。オーバが腰に根を巻きつけてきたが、幽体化を解いていたためそれを通り抜けることはできなかった。

「小さな脱走兵さん」オーバが言い放った。「逃げるのが下手ですよ」彼女はケイヤへと更に根を巻きつけていった。その動きはあまりに速く、ケイヤは脱出のための幽体化の持続時間が足りないほどで、ふたりは一見終わりのない主導権争いに熱中した。オーバが後ずさりをし、ケイヤは相手が何をしようとしているかを察した。彼女は幽体化を止め、投げ飛ばされる瞬間に備えて身構えた。

 部屋にいた者の半数は根と蔓で床に繋がれ、枝に押さえつけられていた。残りの半数は動かないエトラータの周囲で戦い、あるいは膝をついていた。アイゾーニはまだ自由に動き回っていたが、その小瓶は空になろうとしていた。そしてケイヤが見つめる中、オーバはアイゾーニへと一本の根を巻きつけて床へと引きずり倒した。

 ケランが何かを叫び、ケイヤへと飛びついた。短剣の一本を根の輪へと突き刺し、彼女はケランの手を掴んだ。オーバに宙へと持ち上げられながらも、ケイヤはそのまま手を離さずにいた。

 頭上で天井がアイリスの花のように開き、枝が分かれて楕円形の空が現れた。「掴まって!」ケイヤは叫んだ。

「掴まってます!」ケランが叫び返した。

 ケイヤが思った通り、オーバに高く持ち上げられるほど、眼下の部屋は次第に自然の樹木の一部のように見えてきた。オーバの怒りに歪められながらも、ヴィトゥ=ガジーは元の姿へと近づきつつあった。壁にいくつもの穴が現れた。それは窓ではなく木の割れ目で、成長した樹皮が剥がれ落ちた箇所にできていた。ジュディスが根の輪から抜け出すとその開口部のひとつへと駆け、荒々しく外へと脱出した。

「卑怯者」ケイヤはそう呟き、オーバに放り投げられると同時に短剣を木から引き抜いた。その威力に彼女はケランと分かれ、ケランは空中を回転しながら飛んでいった。ケイヤは彼へと手を伸ばしたが、すぐに足首に蔓が巻き付いて引き留められた。そして同時にふたつのことに気付いた。

 自分たちを放り投げたのは重要な攻撃ではない。そして、オーバはこれを自力で行ったのではない。たとえヴィトゥ=ガジーに繋がっていたとしても、この類の力はないはず。彼女はラヴニカの世界魂、マット・セレズニアの力を直接引き出し、次元そのものから力を奪ってそれを自分が敵と認めた相手に対して用いているのだ。ケイヤは確実に来る落下に備えて幽体化を試みた。

 世界魂の力は枷となってケイヤの皮膚に巻き付き、彼女は崩れかけた館に引き戻された。


 掴まるようなものは何もなく、ケランは不可避の衝撃から身を守るために両腕で顔を覆った。眼下にはまだヴィトゥ=ガジーが見えた。その姿はそれまでに見ていたような邸宅と、ねじれて不健康そうな樫の木の中間のようだった。ファイレクシア人が与えた損害は深刻だったが、オーバによるそれは更に深いものになるかもしれない。もちろん、このまま地面に激突するのだとしたら、オーバから自分が受けた損害など心配するに及ばないのだろうが。

 落下速度を遅らせられるかと思い、ケランは空中で身をよじろうとした。だが回転状態に陥ってしまい、自由落下に加えて眩暈を引き起こしただけだった。自分が地面に激突する様は見たくないので、彼は目をきつく閉じた。だが落下が次第に減速し、快適と言える程になり、回転も止まった。片目を少しだけ開いて振り返ると、あの剣の柄から発するものと同じ魔法が身体を包みこんでいた。純粋な、黄金色で縁取られたフェイの魔法が。

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アート:Durion

 ケランは両目を開け、予想だにしなかった光景にきょとんとした。「おーい! 僕は大丈夫です!」彼は両腕を振り回して空中で体勢を整えようとしたが、うまくはいかなかった。

 眼下の中庭をジュディスが駆けていた。地面を突き破って現れる根を避け、何度か転びそうになりながらも彼女は館の正面へと回った。外への道は近い。

 そして見覚えのある人物がもうひとりいた。赤と黒をまとう、顔に人形の笑みを描いた女性。虐殺少女は道化師の笑みの下に、悪意に満ちた自分自身の笑みを浮かべた。そして身体のどこかから棘だらけの凶悪なナイフを取り出した。

「自分だけ逃げる気なんだ」彼女はそう言った。「いーけないんだ、お子様たちが戦ってるのに。ラクドス様はいい顔しないよ?」

 虐殺少女は突撃し、ジュディスは後ずさった。

 中から次なる叫び声があがった。だがケランはまだ地上を目指すのに手一杯であり、そのため何が起こっているのかはわからなかった。


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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Murders at Karlov Manor

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