MAGIC STORY

カルロフ邸殺人事件

EPISODE 01

第1話 過去の幽霊

Seanan McGuire
seananmcguire_photo.jpg

2023年12月5日

 

 カルロフ邸の上空にはきらめく魔法の滝によって命が吹き込まれ、目も眩むような色彩が踊っていた。オルゾフ組は第 10 管区のイゼット団の花火装置を買い占め、権力と富を贅沢に、惜しげもなく誇示していた。見てごらんなさい、それはそう言っている――招待状を手に入れられるほど裕福でも恵まれてもない人々にも。見てごらんなさい、私たちの資産はとても豊富なのだから、こんな軽薄なことに使うこともできる。今のラヴニカは安全だ――戦時に備えて心配したり備蓄したりする必要はない。それは計算された出費であり、色彩や幻影の花々が空から降り注ぐたびに、オルゾフ組の影の中で暮らす人々に誰が自分たちの救い主であるかを思い出させるものだった。

 門は開かれており、礼儀正しい迅速さよりも粋な遅刻を選んだ客人たちを入場させる一方で、下位のギルド員たちは誰も中に忍び込まないよう招待状と身分証を確認していた。数人の給仕たちが辺りを行き来していた。彼らは内部で働く人々よりもやや地味な制服をまとい、同じくやや質素な前菜が乗った盆を持ち、滅多にないこのギルドの気前の良さをあまり恵まれない人々にも施していた。オルゾフ組の新たな長であるテイサは邸宅の最高部にあるバルコニーに立ち、バンバット入りの濃いコーヒーを飲みながら、集まりつつある群衆を眺めていた。

 いつものように音もなく、ケイヤが彼女の隣に進み出た。そして手すりの所で足を止めた。彼女が眼下に向ける視線は、テイサ独自の評価よりも慎重なものだった――テイサは下々の者たちの価値を測っているように見えたが、ケイヤは事態が悪化した場合に全員が逃げるための時間を見積もっているように見えた。そしてテイサとは異なり、ケイヤの両手は空いていた。

 テイサは彼女を横目で見つめ、かろうじて見苦しくないそのプレインズウォーカーの全身をくまなく眺めた。ケイヤは冒険用の服装から適切なラヴニカ人の衣装に着替えていた。白と黒の地に金のアクセント、右胸にはギルドの紋章が淡く添えられていた。その緊張感のある姿勢と、広場を眺めながらあちこちに視線を移す様子がなければ、今なおこの場所にふさわしい存在であるように見えたかもしれない。

「飲み物を持った方がいいでしょうね」テイサが言った。「手ぶらで立っているなんて、まるで私がけちな主催者みたいに見えますから」

2nsu82nsdy2K.jpg
アート:Chris Rallis

「けちな主催者でしょう」ケイヤは悪意をこめて主張した。「少なくとも、計算高い主催者か。このお祭り騒ぎに費やしたジブ銅貨は、残らずジノ金貨になってあなたに戻ってくる。そうでなければ、不在中の私を出し抜いて何もかもを掌握したような人物じゃないわよ」

 テイサは笑みを浮かべた。「それでこそ。貴女はいつだって私をよく見てくれるのだから」

「離れて見る方がはっきり見えるものよ」

「そう。そしてあの侵略がラヴニカに到来した時、貴女は離れていた」テイサの笑みはナイフのように鋭くなっていた。「今夜は借りを返してもらいますよ、ケイヤさん。どれほど遠くへ旅をしてきたとしても、貴女はオルゾフなのだから、負債は返してもらいます。ラヴニカが貴女を必要としていた時に、貴女はここにいなかったでしょう」

「多元宇宙を守るのじゃなくてここにいたら、今ごろ私たちはここに立っていないわよ!」ケイヤは鋭く言い返した。「ラヴニカが嫌いになったから私はここにいなかった、みたいな言い方しないで。私は――」ケイヤは口ごもった。言葉が喉に詰まり、彼女は足元に視線を落とした。「――力一杯やってたのよ」

「ええ。そして、今夜は私のために力一杯を発揮するのです」テイサが言った。「探偵社が手を貸してくれたのです、あの……不愉快な出来事に続いて起こった混乱を制御し、封じ込めるために。彼らがいなければ、私たちが持て余す役立たずのギルドは二つではすまなかったでしょうね。十のギルドすべてがあの侵略者に破壊し尽くされていたかもしれません。その場合私たちの次元はどうなっていたでしょうか。だから今夜は、私が笑いなさいと言ったら笑う。お辞儀をしなさいと言ったらお辞儀をする。そしてオルゾフへの負債を心に留めておくことです、もし私への負債を心に留めたくないのであれば」

 その言葉を聞いたケイヤの反応は怒りに近かった。実際に傷をつけられたかのように、彼女は顔をしかめて歯を食いしばった。だがケイヤは不承不承頷き、テイサが手首に触れても払いのけはしなかった。

「さあ、行きましょうか」テイサが言った。「他の客人の方々を対応しなければ、けちな主催者になってしまいます。それに貴女、今夜まだ何も食べていないでしょう」

「お腹はすいていないのよ。ここにいると胃が落ち着かないの」

「その強情を貫いて空腹で倒れたら負債は返せないままですよ。それに貴女が強情すぎて今夜を楽しめないとしても、私が献立を監修したのです。シュトルーデルを逃すつもりはありませんからね」テイサは歩行杖に重くよりかかりながら、ケイヤの隣を過ぎて扉へと向かった。素直に従うのが当然とばかりに、振り返りはせずに。

「負債は返すわよ」ケイヤは低く呟き、後に続いた。

 バルコニーの扉は設備の整った図書室に通じており、その壁には身代金である稀覯書や華美な写本の数々が並んでいた。下位のギルド員ふたりが扉の両側に配備され、パーティーの客人が避けるべき場所に「たまたま」入り込むのを防いでいた。テイサは小さく涼やかな笑みを浮かべ、ふたりへと頷いて通り過ぎた。ギルドの長に目を向けてもらえた栄誉に、彼らは更に背筋を伸ばした。

 一方、ケイヤには一度視線を向けたきりだった。左の人物が持つ皿へと彼女の象徴のコインを落としてもそうだった。ケイヤは歩調を速めてテイサに追いつくと彼らを振り返った。

「あの人たち、ずいぶんと忘れるのが早いのね?」

「貴女がいないうちにも、世界は動いているのですよ」テイサはそう言い、緩やかに湾曲した幅広の階段を一階に向かって下りはじめた。ゴブレットや小皿を手にした歓楽者たちが下方の段に点在していた。より高い身体的位置から得られるわずかな優位性を取り合っているのだ。テイサはその全員へと頷きながら通過し、その小さく涼やかな笑みは決して揺らがなかった。ケイヤはその笑みを知っていた――テイサ曰く「24番:私に気付いてもらえるという栄誉」。テイサの動じなさはケイヤにも感心するものがあった。そしてふたりは一階に下りて広間を横切り、混雑した中庭に通じる小さな通用口へと向かった。

 外に弾ける音と色彩がその瞬間を消し去り、代わりにラヴニカの精鋭たちのまばゆい姿が現れた。テイサの到着に声を上げたり、喜びを表現したりするほど生意気な者は誰もいなかった。彼女が受け取ったのは頷きや微笑み、そしてグラスを小さく掲げる様子だけだった。テイサは自分よりも背の高いケイヤの肩に独自の流儀で手を置き、夜の冷たい空気の中を導いていった。

 誰にも聞こえないほどの小声で、彼女は呟きかけた。「私に恥をかかせないこと。貴女が何故ここにいるのかを忘れないで」

 ふたりは揃って群衆の中へと移動した。


 中庭の人々はほぼ同心円状に配置され、それぞれの円はひとつ内側の円よりもわずかに重要度が低いと考えられる人々で構成されていた。扉に最も近い外側の円は下位のギルド員で、彼らのほとんどは自分たちが属する集団に固執しており、このような公共の場で同盟を築こうという考えに不安を抱いていた。次の円にはそのような障壁は存在せず、中堅のギルド員たちがぶらつき、社交に熟達した人々の優雅さを漂わせながら会話が繰り広げられていた。

 すべてのギルドがオルゾフやシミックのような社交的才覚を重視しているわけではない。だがイゼットやグルールにすら演説担当がおり、彼らは明らかにその季節の社交行事にてギルドを代表するために選ばれていた。イゼット団の代表者としてラル・ザレックが出席するとケイヤは予想していたが、その姿が見えないことに彼女はどこか驚いた。プレインズウォーカーを招待するのは野暮だと考えられたのかもしれない――きちんと紐に繋いでおかない限りは。

 そこには気まずさも不作法もなかった。ただラヴニカ社会のきらめく渦だけがあった。ラヴニカは存続する価値があると、彼らの存在自体がそのあらゆる理由を思い出させてくれる。見るがいい、彼らはそう言っているようだった。我々は今なおここにいる。こうして今なお壮麗に、そして我々は救われるべき存在なのだと。

 テイサはケイヤを離さず導き、社会の階層を難なく通り抜けて中心の円に到達した。それは中庭の中央を占拠する巨体のアルコン、エズリムの大きな姿を中心に形成されていた。そこで彼はどうやらアゾリウス評議会の現指導者であるラヴィニアとの会話に熱中しているようだった。

 ギルドの中でも最高位の参加者たちは敬意ある距離を置いてそれぞれの集団の中に立ち、両者を見つめながら雑談を交わしていた。ラヴィニアが口論と言えるほどまで議論を劇化させようとしているかどうか、利己的な興味を持っているのだ。

「エズリムはどのギルドにも所属したことはありません。ですがアゾリウスに著名な仲間を数名もつアルコンとして、彼がいつか自覚して評議会に加わるだろうとラヴィニアは常々思っているのです」テイサの呟きはケイヤ独りだけに向けられたものだった。「侵略の後、エズリムが主導権を握った時の彼女の不快感を想像してごらんなさい。更に追い打ちをかけるように、その仲間のほとんどは彼に従ったのです。私に言わせれば、街全体にとっては幸運なことでした――彼は優れた分析力を持っていて、非の打ちどころがなく、ギルドに束縛されていないのですから」

 ケイヤは眉をひそめた。「アゾリウス評議会に入れないなら、どうしてラヴィニアは固執しているわけ?」

「さあ? もしかしたらエズリムを取り戻そうとしているのかもしれませんね。あら! トルシミールさん!」テイサは振り返り、同時に満面の笑みを浮かべた。ケイヤの肩からその手が滑り落ちた。

 ケイヤはその機会を逃さずに離れ、給仕人のひとりへと向かった。小さな盆にはベーコンで巻かれたアスパラガスが並べられており、彼女はその一本を手際よくつまみ取った。オルゾフの制服をまとうその給仕人は、畏敬と少しの恐怖を浮かべてケイヤを見た。

「貴女様は。前ギルドマスターですよね。プレインズウォーカーの」

「そうよ」ケイヤは深呼吸をして気を落ち着かせた。「テイサに頼まれたの、これに参加してって」

「頼んでなんていませんよ。貴女は主賓の次に大切な人物なのですから」テイサがそう言ってケイヤの背後に迫り、給仕人が畏敬の念を飲み込んでそれ以上何も言えなくなる前に連れ去った。「貴女が挨拶すべき人物は多くありません――ここで私たちと過ごした時に会って、言うまでもなく全員知っているのですから。とはいえ顔を合わせるべき相手は沢山います」

 ケイヤはテイサに抵抗せず、トルシミールとオレリアの所に連行されていった。ふたりは不在のディミーアについて熱心な議論を交わしているようだった。ジュディスがその近くに立っており、細長いグラスから青白く輝く何かを口にしつつ、ひどく楽しそうに目を輝かせながら堂々と盗み聞きをしていた。彼女は普段通りに黒と赤の服をまとい、その姿はより優雅な服装の群衆の中でひときわ目立っていた。

 テイサが近づく間も、トルシミールはオレリアへと鋭い口調で言い続けていた。「あのラザーヴが死んだと考えるのは単純というものです。あの男は我々全員よりも長生きするでしょう。何を画策しているかはわかりませんが、何かを画策しているのです。テイサ殿、仰って下さい。ラザーヴは死んでなどいないと」

「ギルドの指導者同士として、私自身の好奇心以上の理由もなしに彼の魂を呼び出そうとするのは行き過ぎです」テイサは淀みなく言った。「死者の中にあの方の姿を見ていないことは断言します。とはいえ近ごろはとても忙しいのです。ここ最近の死者の霊は皆、個人的な問題を解決したがっておりまして。奉仕を受けるだけの余裕のある死者はほとんどおりません」

「返済期間を延長はできないのですか?」トルシミールが尋ねた。

「今回の危機の解決に向け、もう十分に延長しておりますよ」テイサが言った。「大衆のために破産しろと仰いますか?」

 植木を刈り込んでできた巨大な豹が、葉の尾をその頭上で揺らしながら緑の生い茂る道を歩き続けていた。ジュディスが笑い声をあげた。

KtnNh2uB95HD.jpg
アート:Xabi Gaztelua

「その通り。破産は本当に、すぐそこまで差し迫ってるでしょ」彼女は軽蔑するように手をひらめかせ、話題を脇に置きながら議論に加わった。「けど今夜の戦利品を見せにきてくれたみたいじゃない。ごきげんよう、ケイヤちゃん。何してたの? 侵略とか始めてたの? あなたが街にいる時には全部のギルドが危機管理部門を活動させてるってご存知かしら?」

 ケイヤは言った。「私たちはあの侵略を始めたんじゃない、止めたのよ。ラヴニカも多元宇宙の一部なの。ずっとそうだったわ、以前はそうじゃなかったみたいに振舞えたとしても。他の次元を揺るがす物事はこの次元にも及ぶのよ。私たちは力を尽くして、そしてできる限り迅速に戦った」

「ラヴニカ人は沢山死んだわ」ジュディスの軽率さは消えていた。

「プレインズウォーカーも。私はあの戦いで友達を何人も失った。あなたたちと同じようにね。そしてその全員が全員、死んで失われたわけじゃない。悲嘆にくれているのはラヴニカだけじゃないのよ」

 ジュディスは言い返そうと口を開いたが、自分を見つめるケイヤの前に止まった。そのプレインズウォーカーの瞳には、前回会った時にはなかった壁があった。ケイヤと外の世界とを隔てる、貫くことのできない障壁。まるであの侵略戦争のさなかに固く閉ざされ、今なお開け方を思い出せないような。落ち着かず、ジュディスは目をそらした。

 緩やかな集まりの中心で、エズリムの乗騎が立ち上がると大きな翼を揺らして羽根の位置を正し、歩き去った。エズリムはその背にしっかりと座していた。テイサは再びケイヤの肩に手を置いた。

「私たちはそろそろ失礼致します」彼女はそう言った。「間もなく今夜の要となる催しの時間です。私たちの英雄がその瞬間を逃してしまってはいけませんから」

 ケイヤは足元に視線をやった。

「テイサ様は本当に型通りに物事を進めるのですね」トミクが現れ、ケイヤと共にテイサを挟む形で立った。

 安心したように、ジュディスの笑みが戻った。「あらまあ。オルゾフ組のお偉方三人が一同に。誰の残高が一番かしらね? それとも――ちょっといいかしら、トミク。あなた今イゼットじゃないの?」

「旦那様のギルドは私のギルドではありませんので」トミクは毅然として言った。「テイサ様、大バルコニーに向かうお時間です」

「義務を果たすのよ」ケイヤを連れ、テイサは背を向けて歩き出した。

「今のは貸しですよ」他のギルドの指導者たちから十分に離れると、トミクはそう呟いた。

「助けは必要ありませんでした」テイサが言った。「そうだったとしても、ここに英雄がいましたから。ケイヤさんが助けてくれたでしょう」

 ケイヤは何も言わず、押されるままに歩いていった。すれ違う人々がどう反応するかを彼女は視界の隅にとらえていった。ある者は距離をとった――まるで彼女の灯が伝染して、ここで必要とされている時に他の次元に飛ばされるのではと思っているかのように。またある者は軽蔑とともに、あるいは強欲とともに見つめた。見慣れた感情はどこにもなかった。つまり反応しないことが、自分が見たと相手に知らせないのが最善だと彼女は判断した。

 機会が訪れるたび、テイサはケイヤを「オルゾフが誇る多元宇宙の英雄」と主張しつつ紹介した。群衆の中を連れ回されながら、テイサの手は慰めてくるようにも思えた。一方のトミクは、少なくともケイヤの不快さを理解してくれているようだった――当然だ。ラルもまた、ラヴニカが決して知ることのなかった損失、失われた命、消えた灯、そのすべてがファイレクシアの終わりなき飢えを満たすためにあったことを悲しんだひとりだったのだから。彼は黙って歩き、テイサの利己的な紹介には参加せず、だが止めることもしなかった。

 実際の少なくとも五倍に思えるような長い道程の後、三人は大バルコニーへと続く緩やかな階段へと辿り着いた。エズリムはすでにそこにおり、ケイヤは彼が群衆の間を易々と通り抜けて行ったことに羨望の念を抱いた。任務途中にあるアルコンの邪魔をしたいと思う者などいない。一方、ギルドの指導者でありいわゆる英雄であっても、誰もが何も構わず前に立ちはだかる。

 テイサは杖に更に強くもたれかかり、階段を上りはじめた。トミクは引き下がった。手助けをすることは、師の健康状態について言及することを意味する。ケイヤの肩に置かれた手には、他の何よりも安定を求めているかのように強く力が込められた。ケイヤは相手を一瞥した。

「痛むの?」

「いいえ、歳をとるごとに階段が辛くなっていくだけ。悩むほどのことではありません。さあ!」

 階段を上りきるとテイサはケイヤから離れ、立ち合いのために来ていたオルゾフの法魔道士と保険数理士たちの列に加わるよう指示した。トミクも同じくその列へと移動してケイヤの左につき、安心させるように彼女の手を握りしめた。ケイヤは彼に簡素な笑みを投げかけた。だがそのため、テイサがバルコニーへと踏み出して自身のあらゆる言葉を遠くまで届ける地味な魔法を唱えるところを見逃した。そしてその魔法は中庭全体を満たした。

「ラヴニカ市民の皆様、カルロフ邸へようこそいらっしゃいました!」

 群衆が拍手を送った。ある者は礼儀正しく、ある者はもっと熱狂的に――とはいえ派手な衣装に身を包んだとあるゴブリン以上に熱狂的な者はいなかった。彼は甘味のテーブル近くに陣取り、それを求めて近づく者は誰でも自身の人脈に加わるよう強制していた。その姿を見たテイサは即座に表情を硬くし、だが全くの汚れなき静穏をすぐさま取り戻した。

「私は皆様に大変なお願いを致しました。オルゾフの歓待の夜のために、皆様のギルドや職務から離れて欲しいと。そして私たちは、皆様の大いなるご期待に応えられたことを願っております。今夜の目的はふたつございます。まずは、このオルゾフの元指導者であるケイヤさんを讃えましょう。ファイレクシアの侵略において私たちと共に戦った、ラヴニカと多元宇宙の救済者として!」

 先程よりも控え目な拍手がその声明に応えた。合図を理解したケイヤは半歩前に踏み出して手を振った。その間ずっと、彼女は頬の内側を噛み続けていた。あの戦いは祝うべきものなどではない。生き延びたことはそうかもしれない、けれどあの戦いは。

 拍手が収まり、ケイヤは下がった。テイサは今一度群衆へと微笑みかけた。「ですがこちらの方が重要かもしれません。今夜私たちは、ラヴニカ魔法探偵社の皆様をご紹介する栄誉にあずかりました」

 この時起こった拍手は騒々しく鳴り響き、いつまでも続いて終わらないように思えた。テイサは脇によけ、エズリムに場所を譲った。すると彼はその堂々とした体格に似合わぬ軽やかさでその位置に移動した。半ば翼に包まれた姿で、エズリムは群衆を見ると声を轟かせた。「ありがたくも我々は、いかなる手段であろうともラヴニカの街に奉仕できる特権にあずかっている。ファイレクシア人がもたらした混乱を鎮め、秩序をもたらす。その行いに貢献することで、我々は市民に期待されるべき以上の成果を上げてきた。」

「だが我々がこの都市に奉仕してきたように、都市もまた我々に奉仕してくれている。我々は皆様の支援を光栄に思う――そして勿論、資金提供にも」

 群衆に笑い声が波打った。通りがかった給仕人からカサルダのグラスを手に入れたテイサはにやりとして敬礼し、上機嫌でその冗談を受け取った。エズリムは後に密室でその代金を支払うことになるだろう、ケイヤはそう思わずにはいられなかった。もし自身が正当であると思うならアルコンであろうと執拗に追及して返還を求める、テイサはそのような人物だ。

 だからこそ、テイサはオルゾフ組を率いるにふさわしいのだ。ケイヤ自身がこれまでやってきたよりもずっと。エズリムはまだ喋り続けていたが、彼が列挙する名前はケイヤにとって何の意味もなかった。最初の六人ほどは明らかにこの場にいない者たちで、その栄誉を受けるために同席してはいなかった。次の三人は群衆から踏み出してエズリムの隣に立ち、彼が左肩に大きな手を置いて捜査で果たした役割へと儀式的に感謝の言葉を述べる中、誇らしげに立っていた。

 彼らはその称賛に満足したようで、テイサから手渡された小袋にはさらに満足したようだった。金を与えるという行動にもかかわらず、テイサの態度は堂々としたものだった。現金報酬がこの成り行きの一部であるなら、明らかにオルゾフ組はケイヤが想定していたよりもこのショーから多くの利益を得る立場あるということだ。

 エズリムが咳払いをし、その音は嵐の始まりのように中庭に響き渡った。

「先月、グルールの神がギルドの管理を逃れて第9地区全域に大混乱をもたらした際、皆様の多くは現場に居合わせていたことと思う。即時支援をギルドに頼っていたなら、アンズラグは何日も暴れ続けていた可能性がある。だがケラン捜査官とその仲間たちの機敏な判断と行動によってその暴走は止まり、神は物証カプセルへと適切に収容された。さあケラン君、前へ」

 青いチュニックとコートをまとう、黒い髪の痩せた青年がエズリムへと歩み寄った。群衆は再び拍手を送った。彼は明らかに大勢に視線に戸惑っているようで、ケイヤは共感を覚えた。

「探偵社からの感謝を。ラヴニカからの感謝を。そして私からの感謝を」エズリムはそう言い、ケランの肩に手を置いた。ケランは緊張しながらもかろうじて笑みを浮かべた。エズリムが手を離し、テイサが小袋を手渡した。そして、かろうじて無礼ではない速度でケランはトミクとケイヤの隣を過ぎ、階段へと逃げ去っていった。

「私もああできたらいいのに」ケイヤが呟いた。トミクは面白くはなさそうに短く笑った。

「今夜はテイサ様が手綱をしっかり握っていらっしゃいますから」

「私はあの人の今夜の『英雄』なのよ」ケイヤは溜息をついた。「事あるごとにあの侵略を思い出させられるのは嫌。でもテイサは言うのよ、あの時私はここにいなかった、だからギルドに借りがあるって。そして実際、それは間違っていないわ」

「ラルさんは――」

「ラルは新ファイレクシアに行かなかったし、あれがどれほど悲惨なものだったかも見ていないわ。ジェイスは……」彼女は身を震わせ、かぶりを振った。「何週間もずっと、目を閉じるたびにジェイスの姿が浮かぶの。彼は力の限り戦った、けれど敗れた。そしてそのために、私たち全員が敗れた」

「あれは無理としか言えない戦いでした」

「そうかもね」一方のテイサは、声の増幅魔法を解いた後もエズリムとの会話に気を取られていた。ケイヤはふたりを見つめた。「どうやら今こそ逃げる時みたいね。ほんの短い時間でも。テイサに聞かれたら、私は料理を漁りに行ったって言ってくれる?」

「そうしましょう」

「ありがとう」彼女は踵を返し、群衆が退くにつれて自然にできた隙間に滑り込んだ。階段の途中で、彼女はケランとすれ違った。彼はゼガーナとヴァニファールからの見定めるような鋭い視線を受けながら、不安そうな笑みを浮かべていた。ふたりは気が立って不機嫌であるように見えた、まるでケランが近づきすぎて何かを邪魔してしまったかのように。

G927YDwnYErD.jpg
アート:Uriah Voth

 ヴァニファールが前任者の座を奪って以来、このふたりは険悪な仲だとケイヤは知っていた。それが共にいるというのは奇妙だった。

「本当に、あなたは皆が話題にしているあのプロフト探偵ではないのね?」ゼガーナが尋ねた。

「すみません、ちょっと誰のことだか」ケランは言い、その両目が大きく左右に動いてケイヤをとらえた。「けれど、今日の主役の英雄さんと話そうと思っていたんでした。失礼します」

 彼は返答を待たずにふたりの間を抜け、ケイヤの隣に駆けてきた。ぼんやりとケイヤは彼を見つめた。

「私に何か話があるの?」

「ここから出たいんです。すみません、けど僕には手がかりを探している相手がいるんです。それに貴女の表情でわかります、僕と同じく今なんだか困っているって」

 ケイヤは驚き、そして笑った。「皆があなたを称えるわけだわ。私は立食のテーブルへ行こうと思っていたの。付き添ってくれる?」

 ケランは明らかに安堵して彼女の腕をとり、ふたりは一階へと降りた。そこでは――ありえないことに――立食テーブルの隣でテイサが待っていた。そして猫が小鳥に狙いをつけるように、派手な服装のゴブリンへと真剣に向き合っていた。

「――支払いを」ふたりが近づく中、テイサはそう言った。

 そのゴブリンは怯えているようだった。「招待状は合法的に手に入れたんだよ」

「そうでないとは言っていません。ただ、自分に関係のない祝祭に無理をして入り込むよりも、自身の資産をもっと有効に活用する方法があるでしょうと言いたいのです。考えてごらんなさい、クレンコ。貴方はカルロフ家に借金をしているのですよ」

 オルゾフにではなく、カルロフ家に。興味深い。ケイヤはクレンコを見つめ、堂々と聞き耳を立てた。

「あんたの所には金が入るだろ、カルロフさんよ」クレンコの怯えは消えていた。「満額と、取り決められた儲けが。今の俺は招待客だろ、そんなもてなしをしていいのかい」

「貴方に必要なのは、集中することです」テイサが言った。「あるいは、娯楽を減らすことかもしれませんが」

 テイサは更に何かを言っていたが、頭上で勃発した騒ぎに全員の目が向けられた。それはバルコニーで起こっていた。エズリムが無感情に見つめる中、わめきたてるケンタウルスをテイサの警備兵が三人がかりで連行していった。グルール一族の装いをまとうそのケンタウルスは明らかに激怒しており、警備兵を振り払おうともがいていた。

「――不当だ!」彼は吼え声をあげた。「アンズラグは俺たちが担うものだ、俺たちの神だ、俺たちに返せ! 神はただその本質に従っただけだというのに!」

 ケイヤはその場面から顔をそむけ、動転しているケランを見つめた。「本質的には何も変わらないってことよね。新しい服を着て、作り変えられたって言ってもその表面の下は全く同じ」

「すみません、よくわからないです」ケランはそう答えた。

 小さく苦々しい笑い声とともに、ケイヤはかぶりを振った。「いいのよ、気付いただけ。本当に変わってしまったものは、もう見ることのできない顔なんだって。目の前から去っていった人たちなんだって」

「ヤラスのことですか? 僕たちがあの人の神様を閉じ込めてからずっと、解放しろって言ってるんです。調査が済んだらアゾリウスに引き渡すからそちらと話してくれって説明しようとしているんですが、聞いてくれなくて」

 バルコニーでのヤラスの叫びは沈黙に置き換わっていた。ケイヤが振り返ると、彼は門へと連行されていた。抵抗は続けているものの、もはや吼えてはいなかった。代わりに彼はエズリムを敵意の視線で睨みつけ、その巨体のアルコンから決して目を離さなかった。

 翼を半ば畳んで、オレリアが立食テーブルへと近づいてきた。ケイヤにとっては誰よりも避けたかった相手、だが苦々しい考えがよぎる前にオレリアはテイサに向かうと鋭い口調で言った。「この調査はボロス軍の手にお任せいただくべきです。私たちはギルド内に不安を引き起こすことなく平和を保つ方法を存じております」

 ケランが嘲りと解釈できるような声を発した。オレリアは翼を広げながら振り返った。そしてテイサが仲裁しようとし、ケイヤは今こそだと感じた。彼女はテーブルを迂回してその先の扉を通り抜け、新鮮なカナッペの盆を運ぶ給仕人たちとすれ違いつつ、大理石の柱に半ば隠れた階段へと逃走した。

 誰にも止められることなく階段の一番上に辿り着いてようやく彼女は立ち止まり、このパーティーが始まって以来初めて自由に息をつき、どこへ行くのかと自問した。テイサと一緒にいたあのバルコニー。混乱と喧騒から離れて、そこでなら考えることができる。彼女は足を速めて先ほどの歩みを辿り、立ち止まったのは扉の所で衛兵たちに賄賂を渡す時だけだった。そして夜の空気の中へと戻ってきた。

 花火が星々を遮っていたが、空は美しかった。星を見たかったのかもしれない。ラヴニカの星はずっと好きだった。ケイヤは壁に背を預け、目を閉じた。

 ここを離れたっていい。とても簡単なこと。ケイヤが大切に思う幾らかの人々とは異なり、彼女の灯は今も眩しく燃えていた。以前と変わらずに久遠の闇へと手を伸ばし、望む場所どこへでも行くことができる。カルドハイムへ戻って、タイヴァーが自身の新たな限界にどう適応しているか確かめるのもいいだろう。それともドミナリアへ向かうか、イニストラードか、アラーラか――行き先はいくらでもある。ここに留まり続ける必要はない。

 久遠の闇に届きかけるのを、願望が現実になるのを感じた。そして止めた。目を開き、バルコニーをしっかりと踏みしめた。テイサは最悪の形で自らの意見を主張してきたかもしれない、けれど同時にそれは正しくもあった――ラヴニカに最も必要とされていた時に、重要事は何かということを自分だけで判断してそれにかまけていた。ここに留まっていたなら、オルゾフ組をもっと善い姿へと変えることができたかもしれない。新ファイレクシア強襲のチームに入らなかったなら、他の誰かが自分の代わりに入ったかもしれない。そして作戦は成功していたかもしれない。それを知るすべはない、けれどもしここに留まっていたなら、すべてを変えていたかもしれない。

 ケイヤはバルコニーの端に向かい、手すりに両手を乗せて見下ろした。立食テーブルでの会話は激しさを増しており、腕や翼が大きく振られて声が上がっていた。だがテイサの姿はなかった。ジュディスもだった。ケイヤが群衆の中にどれほど目をこらしても、あの目を引く赤と黒は見えなかった。

 眼下に動く人々は遠く、ここに手は届かない。それを見つめるケイヤの呼吸が落ち着いていった。一階に戻ろうかと考え始めた頃、背後から足音が聞こえてきた。振り返るとテイサが近づいてきていた。

 今回、その女性は笑みを浮かべてはいなかった。テイサは珍しく真剣な表情を浮かべていた。「ケイヤさん、ここにいたのですね」

「息が詰まって。ちょっと深呼吸がしたかったの」

「ええ、わかります。これは私にとっても大事でした。そしてあの侵略と同じほどに貴女を傷つけたこともわかっています。ですが見つかって良かった」テイサは深い、奇妙なほどに動揺したような息をついた。「お伝えしなければならないことがあります。重要なことです。貴女と二人だけになる必要がありました」

「その機会ならあったでしょう」

「不十分でした」テイサは手を振った。「催しが始まる前は、私が何も必要としないことを確かめる者たちが潜んでいました。私たちの他に誰もいてはならなかったのです」

「わかったわ。それで何?」

 返答が告げられようとした瞬間、カルロフ邸の中で悲鳴が響き渡り、テイサの言葉をかき消すとともにその瞬間を打ち砕いた。

 一瞬のためらいすらなく、ケイヤはその音に向かって駆け出した。今回は、もしラヴニカが自分を必要とするなら、失望させはしない。


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

  • この記事をシェアする

Murders at Karlov Manor

OTHER STORY

マジックストーリートップ

サイト内検索