MAGIC STORY

カルロフ邸殺人事件

EPISODE 02

第2話 成れの果ての怪物

Seanan McGuire
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2024年1月8日

 

 ケイヤは全速力でカルロフ邸の中を駆け抜けた。テイサは今なお素早くついて来ていた。後で代償が降りかかるだろう。自身よりもはるかに若く健康なプレインズウォーカーと並走するには、結構な量の魔力の蓄えを消費しなければならない。そういったものには常に代償が伴うのだ。

 ふたりは華麗で背の高い扉の前で止まった。それは給仕や使用人たちに取り囲まれながらも、閉ざされたままだった。テイサとケイヤが廊下を突進してきた姿を見て、彼らは一様に安堵の表情を浮かべた。

「どうしたのです?」テイサが咎めるように尋ねた。「どうして何もせずに立っているのですか?」

「扉が施錠されております」使用人のひとりが言った。「ラリサが鍵を探しに向かいました」

「鍵の在処もわからないのですか?」

 テイサの癇癪が爆発しそうな様子を見て、ケイヤは相手の腕に手を触れた。「落ち着いて。私に鍵は要らないわ、たとえカルロフ邸でもね」だがテイサの目に何かちらつき、ケイヤは止まった。「幽霊避けでも施されていない限りは」

「邸宅の大部分がそうです、警戒措置として」テイサが言った。「ケイヤさんは下から床を通って入ることはできるかもしれませんが、それすらも可能かどうかは疑わしいところです」

「素晴らしいわね。誰かが困っていて、私たちはただ突っ立っているだけ」

 ケイヤはあからさまに不快感を放ち、今回テイサは返答しなかった。誰も口を開かなかった。


 数秒間は数分間へと伸び、全員が忍耐の限界に達しつつあった。テイサは不安げな視線を扉に投げかけた。彼女たちを引き寄せた悲鳴は大きく、耳をつんざくようで、何者かが本当に危険にさらされている音だった。にもかかわらず、閉ざされたその部屋は今は静まりかえり、中で誰かが動き回る気配すらなかった。

 彼女たちは今なおそこに立ってラリサの帰還を待っていたが、その時廊下を埋め尽くすような巨体のアルコンが疾走してきた。エズリム。通過の際、乗騎の長い羽根の先端が骨董品や調度品をテーブルから払い落とした。「バルコニーで悲鳴を聞いた」エズリムは言った。「だが私が入れるほどに大きな扉を見つけるまでに少々手間取ったのだ。何が起こっている?」

「エズリムさん、混乱を招いてしまい申し訳ございません」テイサが言った。「使用人のひとりが鍵を持ってくるのを待っております」

「誰かが怪我をした、あるいはここで犯罪が起こったのであれば、待っているのは最善の行動ではない」エズリムは片方の前脚を上げ、扉から意味ありげにテイサへと視線を移して同意を待った。

 テイサは躊躇しなかった。後で請求すればいいのだから。

 彼女は言った。「破って下さい」

 二度の強い打撃で扉は蝶番から外れ、真二つに割れながら内側に倒れた。テイサはもはや速度上昇の魔法を用いておらず、そのためケイヤは一足先に部屋の中へと飛び込んだ。使用人たちはじっとして事態が明らかになるのを待ち、一方のエズリムは外の廊下を歩き回っていた。身体さえ小さければケイヤと共に突入したかったに違いない。

 全員がケイヤの驚きの声を聞いた。それはすぐさま途切れ、凍り付くような沈黙が後に続いた。

 テイサはこの瞬間が長引くことに耐えられず、呼びかけた。「ケイヤさん? 大丈夫ですか?」

 ケイヤは血の気を失った顔で戸口に現れた。「私は大丈夫。テイサ、誰かにヴァニファールを呼びに行かせて」

 このような状況でなければ、もはやそのような指示ができる立場ではないとテイサはケイヤに思い出させたかもしれない――ギルドの元指導者からの命令を許してしまえば、危険なやり方で自身の権威を損なう可能性がある。だがケイヤの表情がその考えを断ち切った。

「行きなさい。全員です」テイサは使用人たちを見渡して言った。「シミック連合のヴァニファール議長を見つけて、立ち会いが必要であると伝えるのです。理由を尋ねられたら、今すぐ私から話があるとだけ言いなさい」

 ケイヤは満足したようだった。彼女は踵を返し、再び部屋の中へと消えた。

 テイサは溜息をつき、エズリムへと丁寧に会釈をした。「申し訳ありません、エズリムさん。この部屋は貴方が入れるほど広くはないようです」

「分かっている」エズリムはそう言い、まだ残っている使用人たちを見た。「わが社の探偵の誰かを見つけて頂きたい。探偵社も立ち会うべきであろう。私はここで待ち、厄介事が起こらないかどうか見張っていよう」そして彼は座した。警戒の姿勢なのだろう。

 アルコン以上に頼もしい警備は存在しない。テイサは踵を返し、深呼吸をし、ケイヤの後に続いて部屋に入った。


 その部屋はカルロフ邸のそこかしこに存在する客間のひとつで、来客のもてなしや商談を行うためのものだった。祝賀の間はそういった会合は難しく非現実的であるため、この部屋は一時預かり所のように用いられており、出席者のコートやマントが詰め込まれていた。ケイヤは部屋に入ってすぐの所で立ち止まり、その目は床に積まれたコートの山に釘付けになっていた。いや、コートではない。

 コートの上に飾られたもの。

 テイサは彼女の隣に進み出て愕然とした。そしてその指が折れるのではないかと思うほどに杖の柄を強く握りしめた。

 部屋の中央に積まれたコートの山の上に、シミック連合のゼガーナが巧妙に配置されていた。少し離れた場所には格闘の痕跡があったが、彼女の死体の周囲には何もなかった。その姿勢は人形のように上品だった――わずかに横を向いた顔、その高さに掲げられた左手。ヒレも髪の毛も可能な限り整えられていた。明らかに息をしていないという事実がなければ、落ち着いて自身の写真を撮ってもらっているように見えただろう。

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アート:Isis

「死んでいます」テイサのその言葉は不必要だったが、ケイヤは黙って頷いた。目に見える傷や犯罪行為の兆候はなかったが、ふたりはオルゾフだ――目の前に死が現れたならわかる。

 ゼガーナの死体を取り囲むコートは一見ちぐはぐだった。高価な布地と安物のリネンが無造作に重ねられ、ゼガーナの姿勢の正確さを考えると奇妙と言ってよかった。ケイヤは目をそらすことなく一歩下がった。ゼガーナはただ悲鳴を上げるだけの時間を残し、孤独に息を引き取ったのだ。そしてようやく、こうして目撃されている。

 その新たな位置から見えたものがあった、ゼガーナの指の間から、一枚の花弁の端が突き出ていた。ケイヤは顔をしかめながら再び近づき、屈みこんで見た。

「何ですか?」懸念に引きつった声でテイサが尋ねた。

「花……」ケイヤは更に屈みこんだ。「黒のアイリス。下の階の飾り花に黒のアイリスは使ってた?」もしゼガーナが倒れるときに花束を掴んでいたなら、実際に彼女がどこで殺されたのかがわかるかもしれない。

 だが違う。あの悲鳴はこの部屋から発せられていた。小さく何の変哲もない、密室。ゼガーナが邸宅の別の場所で殺され、その後で移されるような時間はなかった。ましてやこんなふうに配置されるような時間は。テイサが首を横に振るのを見るまでもなく、ケイヤは自分の質問がいかに愚かであるかに気付いていた。

「ギルド外の人々に葬儀を思わせるような、あるいは何らかの形でゴルガリを思い出させるようなものは避けるよう努めていました。それは私たちの象徴である色の片方を失うことを意味しますが、装飾への反応を見るにその価値はありました。百合も、黒のアイリスも、哀悼の星もありません」

「つまり、ゼガーナがどこかで見つけたってことね」ケイヤは立ち上がって更に何か言おうとしたが、廊下からのざわめきが彼女の注意を引いた。「きっとヴァニファールよ」彼女はそう言って踵を返し、テイサと屍を残して部屋から出た。

 ケイヤが廊下に踏み出すと、そこにいたのはヴァニファールではなく、エズリムとその配下の探偵たちだった。そのアルコンは翼を半ば閉じ、オレリアを睨みつけながら立っていた。オレリアはケイヤを見るとエズリムから顔をそむけ、軽蔑するように片手を振った。

「そこにおられましたか」オレリアは言った。「ヴァニファール議長はこちらに向かってきています。そしてエズリムさんの配下の方々がこの建物を封鎖しています。邸宅の敷地から誰も出てはならないとテイサさんが命じた、と彼らは言っています。何かが起こったのですね」

「ええ」ケイヤは答えた。嘘をつくことに意味はない。

「ただちに軍団兵を召喚しなかったのは不適切というものです」

 片眉を上げ、テイサがケイヤの隣に踏み出した。ケイヤは彼女を一瞥した。だが予想されたような激突はなかった。

「邸宅の者たちには、率先して行動しろと常々促してきました」テイサは言った。「この状況を見て、封鎖が適切であると判断した者がいるようです。それが誰であるかを突き止めねばなりません。優れた予測能力には褒賞が与えられてしかるべきですが、傲慢さには叱責が必要ですね」

「つまり、この建物を封鎖する理由があるということですね?」オレリアが尋ねた。「私の部下たちは封鎖に協力していますが、彼らは」そしてエズリムとその部下たちを払いのけるように手を振った。「無関係です。何が起こったのであろうと、専門家の対処が必要です。何が起こっているのですか、テイサさん?」

「ヴァニファール議長が到着したならお話しします。ご存知の通り、壁にも耳がありますので」テイサは杖の上で両手を組んだ。そしてケイヤは、この女性が背後の部屋への侵入を塞ぐ位置に移動していたことに気付いた。賢明な、そしてたやすい動き。

 原形質が床をこする柔らかい音とともに、足音が廊下を近づいてきた。全員が振り返ると、シミック連合のヴァニファールがやって来た。下位のギルド員三人が議長に同行していたが、彼らの長は明らかに面白くなさそうな様子で顔をしかめていた。

「テイサさん、これは一体どういうことですか?」彼女はそう尋ねた。「なぜ私をまるでありふれた犯罪者のように呼び出したのですか? なぜアゾリウスとボロスは私たちに出て行くなと言っているのですか?」

「内密にお伝えしたかったのです」テイサは答えた。「この書斎にお入りになる気はございますか?」

「いいえ。貴女は何の説明もなく私を呼び出し、さらにその説明を遅らせるようなことを申し出ています。申し訳ありませんが、言いたいことがあるのであれば、今ここで言って頂けますか」

 テイサは顔をしかめ、再び杖の上で手を強く握り締めた。「それではヴァニファールさん。誠に遺憾ながら、シミック連合のゼガーナさんが殺害されたことをお伝え致します」

 その言葉が与えた影響は、何か恐ろしいことが起こったと全員が知っていたにもかかわらず、まさに電撃的だった。ヴァニファールはよろめき、純粋な驚きの表情を浮かべた。エズリムは振り向いて部下たちに命令を発し始めたが、オレリアが翼を大きく広げて彼らが立ち去るのを防いだ。

「危険な殺人者が逃亡中なのです! 今は素人探偵が仕事をしている場合ではありません。ここからはボロス軍が引き継ぎます。私たちのギルドが処理します。常にそうしてきたように」

 探偵社の調査員たちはすぐさま文句を言いはじめた。ケイヤはテイサと視線を交わしたが、テイサはまるで口喧嘩を見ているかのように不快そうな様子だった。

「私は行かせてもらうわ」ケイヤは叫びたかったが、低く穏やかな声で言った。テイサは頷き、その場に留まった。ケイヤは背を向け、口論する関係者たちを廊下に残して去った。


 ケイヤが到着した時の舞踏場はほとんど無人だったが、壁の近くでまだ数人の給仕たちが働いていた。そこは集まりの中心としてではなく、むしろ祝賀に疲れて人ごみから少し離れたい者たちの避難場所として意図されていた。もし自分もあの会話からバルコニーへと逃げていなかったなら、ゼガーナの遺体が発見された時にはここにいたかもしれない。

 主賓たちがお披露目された大バルコニーは舞踏室の壁一面に沿って長く伸びており、ガラス製の背の高い扉は開いたままだった。外の空に色とりどりの花火はもはや輝いておらず、下方から漂ってくる音は、ケイヤが最初に屋内に入った時の奔放な祝賀とは大きく異なっていた。バルコニーの端まで歩いて見下ろすと、パーティーの参加者たちが輪を描く長い列を何本も作っており、各列はひとりのアゾリウス評議会員と真理の円で終わっていた。彼らがその呪文を唱えた速さは驚くべきものだった。今夜何か問題が起こるだろうと備えていたのだろうか。詠唱する魔道士の近くにはボロス軍の兵士たちが立ち、妨害から守っていた。

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アート:Borja Pindado

 アゾリウスとボロスは、オレリアが言ったような「素人探偵の仕事」を探偵社が行うのを阻止するという栄誉のためにこのパーティーに来ていたようにも思えた。明白な問題がなければアゾリウスが問題を起こすなどとはケイヤは信じていなかったが、機会を得た今、彼らは自分たちが依然としてラヴニカの法であることを証明したがっていた。本当に変化した物事など何もないということ。次元全体が崩壊する可能性もあったというのに、ギルドは今なお必死に権威を維持しようとしている。

 そして今夜の祝賀会の賓客一覧を見れば、問題がほぼ確実に発生するであろうことは天才でなくともわかった。10のギルドのうち8つが参列している――ディミーア家の出席者の姿は見えず、ゴルガリ団も同じく不在だ――粗削りな刃同士がこすれ合う可能性は途方もなく高かった。彼女は眉をひそめ、再び群衆を眺めた。10のうち 8……だが今夜見かけたラクドス教団員は少ないような。ジュディスだけだった。黒と赤の目立つ革をまとって。

 殺害前に姿を消したジュディスだけ。

 不安になったケイヤは群衆に背を向け、廊下に残してきた者のたちの所へ戻っていった。アゾリウスがこの件の中での自らの役割を画策していたかどうかはともかく、彼らが唱える真理の円はすぐに出席者たちの罪の有無を証明するだろう。法魔道士たちを手助けするボロス軍団兵の何人かは、公式の招待者一覧と思しき紙を持っていた。彼らは誰も見逃さないだろう。

 あの廊下にケイヤが辿り着くと、残っているのはエズリムだけだった。彼は身体の前に鉤爪を畳み、目を狭めてあの部屋の扉を見つめていた。ケイヤが戻ってきたことに気付くと、エズリムは苛立ちとともに面白がるような声を発した。

「みんなそこにいるの?」ケイヤは尋ねた。

「テイサ殿はヴァニファール殿を個室に案内し、カサルダを飲ませて気持ちを落ち着かせた。「彼女らが決して放っておかれないよう、私の部下をひとり同行させている。他の使用人たちは、敷地内の安全確保と客人の尋問を手伝うために出て行った。私の部下たちは現場を調査している」

「何が起こっているか後で教えてあげるわ」ケイヤはそう言い、部屋に滑り込んだ。

 現場には防壁が展開され、権限のある捜査官以外は侵入できない防御魔法の境界線が張られていた。既に入室していた探偵社の者たちは部屋の片隅に固まり、全員が不満と苛立ちの表情を浮かべていた。アゾリウス評議会員たちは部屋のそこかしこを引き裂き、ここで起こった出来事の手がかりを求めてあらゆる裂け目や隙間を調べていた。ケランは手伝いたいという欲求に、目に見えて震えているようにすら見えた。ケイヤはたじろいだ。壁紙を台無しにされたことで、テイサは彼らを殺しだってするだろう。

 ゼガーナの遺体だけは手つかずのまま、作り出された安息をコートの寝台の上で保っていた。黒のアイリスを手のひらに収め、髪は扇状に伸ばされたヒレのように頭の周りに広がっていた。

「協力したいという貴女の意志はありがたいですが、オルゾフの手助けは必要ありません」オレリアの言葉に、死体を軽く調べていたケイヤははっとした。「私たちが殺人者を見つけます」

「下の中庭で真理の円が光っていたわ」ケイヤは言った。「あの速度と効き目を考えるに、まるでアゾリウスがあらかじめ揉め事に対処しようとしていたみたいにも見えるかもね」

「探偵社とプレインズウォーカーを祝すために、すべてのギルドがカルロフ邸に招かれたパーティーですよ」オレリアは唇を歪めた。「招待状には『揉め事を保証致します』と書かれていた方がよかったかもしれませんね。アゾリウスとボロスはどちらも、私たちを必要とする物事に備えて出席しました」

 アゾリウスの紋章を袖につけた女性がケイヤの横を過ぎてオレリアの前へと進み、頭を下げて承認を待った。

「何がありました?」オレリアが尋ねた。

「戦導者様。この部屋の方々とギルドマスターのテイサ様、ヴァニファール様、エズリム社長を除いた全員が尋問を受けております」そのアゾリウス評議会員は不安そうに言った。「大判事ラヴィニア様ですら尋問を受けることに同意なさいました。そして皆様も同意して頂くよう、私を送られました。例外があってはならないのです」

「真理の円は唱えられますか?」 オレリアは尋ねた。

 緊張に耐えながら、若いアゾリウス評議会員は頷いた。

「結構です。それでは私たちを尋問し、それから調査を任せて下さい」

 その女性はよろめくように後ずさり、両手を挙げ、呪文を唱えて真理の円を張った。それはケイヤとオレリアのふたりを取り囲み、ケイヤは漠然とした感謝の念を抱いた。円の中にギルドマスターがいるなら、質問はこの状況に関連するものに限定されるかもしれない。あの侵略で個人的な喪失を被った法魔道士が、円を解く前にいくつかの……個人的な質問を付け加えるのはとても容易だっただろう。真理の円は話を強制することはできないが、不意を突かれたなら意図した以上のことを言ってしまう可能性はある。

 この若きギルド魔道士は、アゾリウス評議会が標榜する平等性と公明正大さを実証しようと決意しているようだった。その質問は素早く、正確で、冷静だった。お二方のどちらかがゼガーナ様へと直接的または間接的に危害を加えましたか? いいえ。お二方のどちらかがゼガーナ様を殺害しましたか? いいえ。誰がゼガーナ様を殺害したのかをご存知ですか? いいえ。ゼガーナ様を殺害したかもしれない者に心当たりはありますか?

 ケイヤはジュディスの名前をなんとか飲み込み、自分の好奇心は疑いの域に達していないと自身に言い聞かせた。

 ギルド魔道士は真理の円を解いた。「戦導者様。許可を頂けましたら、捜査員の方々にも行いますが」

「どうぞ、どうぞ」オレリアは追い払うように手を振った。ギルド魔道士は部屋の中にいる者たちへと真理の円を唱えはじめた。

 一方、ケイヤはオレリアを見つめた。「専門家に任せろって騒いでいるのに、何の疑いも持たないの?」

 オレリアは背を向けた。「捜査を担当しているのはボロスではなくアゾリウスです。私はラヴィニアさんの要請で秩序を保つためにここに来ているに過ぎません。彼女は同時にふたつの場所にいることができないので、他の誰かを監督するよりも答えを探したいのです」

「あなたのギルドが企んだのね」ケイヤは言った。オレリアがここでの役割をたやすく受け入れたこと、それが疑惑の裏付けだった。

「ラヴニカを長く離れすぎて、物事の仕組みを忘れてしまわれたのですか?」オレリアは振り返り、片眉を上げながら尋ねた。「確かに変化はありました。ですがこの街の核となるものはこれまで通り、そしてこれからも変わらないでしょう。アゾリウスが法を守り、ボロスがそれを執行する。保護をうそぶく素人集団が私たちに取って代わることは決してありません」

 ケイヤは睨みつけた。「ギルドがすべてじゃないでしょう」

「オルゾフを率いていた時もそう感じていたのですか? そうだとしたら、彼らが機会を見つけて貴女を廃したのも不思議ではありません。ギルドとはラヴニカなのです」

「あらそう。だったらラヴニカさん、ここで何があったのか知っているわけ? それと私たちと同じく何も知らないわけ?」

 オレリアが返答するよりも早く、ふたりの背後で何者かが咳払いをした。彼女たちが振り返ると、戸口に人間の男性がひとり立っていた。肌の色はケイヤよりも少し明るく、髪は黒いもののその側頭部は灰色で、空色の長いコートを羽織っていた。真理の円から解放されていたアゾリウス評議会員が数人、険しい視線をその男性に向けた。だが彼は気にも留めず、ケイヤとオレリアをじっと見つめていた。

「ここで何が起こったのか、幾つか私に見解があるかもしれない」まるで一杯の茶を頼むかのように、その男性は穏やかに言った。

「あなたがまさか……?」ケイヤが尋ねた。

「ああ、確かにそう聞こえたかもしれない」その男は部屋に踏み入り、ゼガーナの遺体を見つめた。「心配しなくていい。私は既に真理の円を通して質問を受けることに同意している。私は君たちが探している殺人犯ではない。だが、君たちの救い手にはなれるかもしれない」

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アート:Lie Setiawan

「この人は招待状を持っておりませんでした」真理の円を唱えていたアゾリウスの魔道士が、不満そうなきつい口調で言った。「招待者一覧から気付くべきでした」

「で、その名前って?」ケイヤは苛立ちつつあった。遊んでいる余裕はない。

「これは失礼、名乗っていなかったかな? 私はアルキスト・プロフト。『名探偵プロフト』と呼ぶ者もいるね。この分野ではちょっとした腕で知られているよ」彼はゼガーナの遺体に近づき、床に低くしゃがみ込み、ある角度から別の角度へと視点を素早く動かした。部屋にいるアゾリウス評議会員たちは明らかに不快感を示していたが、彼を咎めようとする者はいなかった。一方、手出しをする機会を待っていた探偵社の調査員たちは目に見えて安堵していた。その男を信頼しているのは明白だった。ケイヤは新たな興味とともにプロフトを見つめた。

「遺体やその周囲に手を触れた者はいるかね?」プロフトは尋ねた。

「いいえ」オレリアが答えた。

「であれば……手にした花弁は、今この場合はシミックを表していると解釈できるだろう。下に敷かれたコートに各ギルドの意匠が見えるように遺体が配置され、ひとつの型が作られている」

「どういう意味?」ケイヤが尋ねた。

「こちらに来たまえ」プロフトはその場を動かず、ケイヤへと手招きしながら言った。興味をそそられた彼女はその高圧的な呼び出しに従った。

 ケイヤが横にやって来るとプロフトは立ち上がって背筋を伸ばし、片手で遺体とその周囲を示した。「よく見たまえ。何が見えるかね?」

「ゼガーナとコートが」ケイヤは律儀にそう言い、プロフトが言及した模様を探した。そして彼女ははっとして、別の角度から見ようと移動した。だがどこに立とうとも、ディミーアの印は現れなかった。「ディミーアが見えないわ。でもディミーアからは誰も出席していないのだから当然よね」

「この図案には10のギルドすべての印が組み込まれている」プロフトはそう言い、数枚のコートに様々な折り重なりで現れているパターンを示した。「ゴルガリも同様に招待客一覧にないが、彼らの印は数度現れている――これらのバックルがあの下顎を形成しているのがわかるかね? 断言しよう、彼女の手を動かしたならディミーアの印によく似た折り畳み模様が現れるだろう。腕の位置に隠されているのだ」

 ケイヤはかぶりを振った。「こんなことをするのはとても大変よ。私がその現場を見なかったのが信じられないくらいに」

「そして君はディミーア家のひとりが出席しているのを見逃した」

 ケイヤは驚き、反論しようとした。だがプロフトが見つめてくるその目に批判は全くないと気付くだけだった。彼は非難しているのではなく、自分が見たままの状況を説明しているのだ。

「誰?」

 プロフトは微笑んだ。


 引っ込んでいるようにオレリアを説得するのはそう難しくはなかった。エズリムが立ち上がり、この場の主導権を握りたがっていたのは彼女であると思い出させてからはなおさらだった。少なくとも今、オレリアは探偵社の他の調査員たちが仕事をすることも許可していた。プロフトが明かした事実に彼女は不明を恥じ、渋々ではあるが彼らの有用性を受け入れたのだった。テイサとヴァニファールはまだ戻ってきておらず、この時点で何かが起こっていること客人全員が知っていたが、殺人事件が起こったのではと彼らが疑う理由はなかった。

 だがプロフトはともかく疑念を抱き、その疑念を追いかけて源に辿り着いたのだ。一階への階段を下りながら、ケイヤは探るようにプロフトを見つめた。彼は気付いていないようだったが、ケイヤは騙されなかった。どれほど些細なこと、取るに足らない物事でもこの男はすべてに気付く――ほんの数分間一緒にいただけで、彼女には十分それがわかっていた。

「真理の円は招待者一覧に従って唱えられ、確認された」プロフトは唐突に言った。「一覧に載っていない者が慎重に円を回避すれば、その者はたやすく尋問を逃れることができる。絶対的な真実のもとで尋問されたくない正当な理由のある人物であれば――例えばディミーアの密偵かつ知られた暗殺者であれば――門の封鎖が解除されるまで私たちの捜査の隙を突き続けるのは簡単だろう。正直に言って私が唯一理解できないのは、なぜ問題の人物が封鎖で閉じ込められるほど敷地内に長く留まっていたのかということだ。あの女性のような熟練者が」

「その女の人はどこ?」ケイヤは尋ねた。「ディミーアの色をまとう人は見かけなかったけれど」

「ディミーアの工作員がそのように自分たちの存在を明白にすると本当に思うかね? 彼女がセレズニア議事会の同僚たちとの交流を避けるために細心の注意を払っていなかったら、私も気付かなかったかもしれない。その装いを見るに相手は彼女にとって最も親しい仲間であるべきだ。距離をとる理由にはならない」

「ああ」ケイヤは新たな視点で群衆を眺めた。あまりにも早くラヴニカ的な考え方に戻ってしまっていた。揉め事を望んでいない限り、自分が所属していないギルドの色をまとう者はいない。セレズニア議事会のギルド員たちは群衆の中に散らばり、尋問されたものの解放はされなかった他の客人たちと同様に目的もなくうろついていた。

 階段を下りきるとプロフトは辺りを見渡して頷き、パーティーに向かって歩みを進め、最下位のギルド員たちが自然と集まる外縁部へと向かっていった。プロフトが見たもの、熱心に追いかけていた痕跡は何であれ見つけてやろうと、ケイヤは群衆を注視しながら彼のすぐ後に続いた。

 その群衆の端に辿り着くと、プロフトはケイヤへと下がるように合図した。そして自身は進み続け、やがてセレズニアの緑と白をまとう浅黒い肌の女性をケイヤとふたりで挟むような形になった。その女性のガウンは完璧に仕立てられて体型にぴったりと合っており、今季の装いの美しい模範となっていた。賞賛や羨望の他に、彼女が誰かの目に留まる理由は何もない……

 ……その身にギルドの印が全く見られないことを除けば。衣装の正確さを考えるに、それは不調和な省略だった。なるほど、とケイヤは思った。他のギルドの色をまとってはいけないという法はない。だが他のギルドの象徴を身に着けたなら、相応の結果を伴う可能性がある。

「エトラータさん」プロフトはその女性へと一歩踏み出しながら言った。「申し訳ありませんが、お話ししたいことがあります。今すぐ一緒に来て頂けますか」

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アート:Ryan Valle

 その女性ははっとしたように辺りを見て、息の音を立てて唇を歪め、その印象的な吸血鬼の牙を露わにした。そして同時にその物腰が一変した――退屈した社交界の淑女から、追い詰められた捕食者へと。彼女はケイヤを一瞥し、明らかにそのプレインズウォーカーの方をより大きな脅威であると認識した。プロフトに向かってまっすぐに突進し、その調査員を床に叩きつけると彼女は群衆の中を一直線に切り裂くように駆け、生け垣の迷路へと向かった。

「そこに入られたらもう見つからないわよ!」ケイヤは既に踵を返して追跡を始めていた。

「見失わないでくれ――私はここからできる限りのことをする」プロフトは身体を起こし、座り込んで言った。立ち上がりはしなかった。

 ケイヤは速かったがエトラータは更に速く、先んじて駆け出したこともあって迷路までもう少しという所までやって来た。一方でケイヤはパーティーの参加者たちを避けるのではなく幽体化して通り抜けながら駆けた。まっすぐに追跡できるというのは効率的だった。

 それでも、エトラータがケイヤを迷路に誘い込んで逃げようとしていたのは間違いない――少なくとも、世界が彼女の周囲で不意に反転し、灰色の敷石と祝祭を楽しむ群衆がそびえ立つ青い光の柱また柱に取って代わられるまでは。ふたりはもう生け垣の迷路へと急いではいなかった。代わりに、エトラータはオルゾフの縄張りの中心部の奥深く、ケイヤがよく知る路地を駆けていた。

 その魔法がどこから来たのかはわからなかったが、悪意があるもののようにも、彼女を騙そうとする手の込んだ試みのようにも感じられなかった。実際エトラータが速度を落として必死に周囲を見渡し、逃げ道を探す様は何よりもケイヤの助けになってくれた。彼女は更に速度を上げ、身体を限界へと追い込み、更に速度を上げた。突然の静寂の中、静かな水面に石を落とすようにその足音だけが響いた。エトラータは肩越しに一瞬だけ振り返った後、不意に左へと曲がった。その先は行き止まりの路地だとケイヤは知っていた。

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アート:Diego Gisbert

 吸血鬼まであと10フィートというところで白い風景がふたりの周囲で崩れ、エトラータはケランへと突っ込んだ。探偵社のこの若き調査員は、逃亡するディミーアのギルド員を両腕で抱え込みながらも驚いた様子だった。エトラータは牙をむき出しにしてもがいたが、ケランはかぶりを振って離さなかった。ケイヤがふたりに駆け寄った時も、ケランはまだ相手を確保したままでいた。

「あれは何だったの?」ケイヤはそう尋ねた。

「私だよ」息を切らした声が背後から聞こえた。振り返ると、明らかに消耗した様子のプロフトが、半ば散開した群衆の中をよろよろと近づいてきた。よく見ると彼に怪我はなく、ただ疲れ果てているだけだった。

「どんな魔法を使ったの?」

「私は内側のものを外側にし、これまで見てきたものは何でも再現することができる」彼は側頭部を軽く叩きながら言った。そして今なお抵抗を続けるエトラータを逃がすまいと奮闘するケランへと視線を移した。「大丈夫かね、若者くん?」

「もちろんです、先生」ケランは言った。「この悪党の逮捕にご協力いただき、ありがとうございます」

 アゾリウスのギルド員たちはすでに集合し始めており、最大の集団の先頭にはラヴィニアが立っていた。ケランはエトラータを拘束する腕に力を込め、頑固な決意を示すようにわずかに顎を突き出した。プロフトは前に踏み出してそっと彼の腕に手を置いた。

「今は私たちの立場に固執する時ではない。彼らは何も発見できなかったが、私たちは犯人候補を発見した。彼らは追跡に協力せず、君がその女性を捕まえた。私たちがいなければ、今のこの状況にはならなかった。その満足感さえ得られるならば、探偵社に栄光は必要ないのだよ」

 ケランは渋々頷いた。ラヴィニアは話ができるほど近くにやって来た。

「直ちに容疑者をアゾリウスの監視下に引き渡して下さい」彼女の声が中庭に響き渡った。

 ケランはエトラータを解放し、ケイヤとプロフトの隣に立った。エトラータは待ち構えていたアゾリウス評議会員によって速やかに再び確保された。三人はその場に留まり、エトラータが連行される様子を眺めていた。


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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