MAGIC STORY

カルロフ邸殺人事件

EPISODE 08

第8話 混沌の神々

Seanan McGuire
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2024年1月16日

 

 野の上に太陽が明るく美しく昇り、草の葉一枚一枚を通して輝き、露の一滴一滴をきらめかせていた。まるで約束と栄光に満ちた輝かしい日の朝。こちらを捕えて飲み込んでくるような影が辺りに潜む余地は全くなかった。ケイヤはヴィトゥ=ガジーのベランダに立ち、その完璧な空へと目を細めて思った――朝日のような単純なものの良さを味わう力を失ってしまったのはいつからだろう。それを素敵だと思わないわけではない。 もっと……

 それは、次元の大部分が――沢山の次元の大部分が――言葉では言い表せないほど、取返しのつかないほどに壊れてしまったからというよりも、朝日のような美しいものが、ひとつの約束ではなく嘘の上に重ねられた別の嘘のように感じられてしまうようになったから。

 翼の生えた二匹の怪物が引く車が縁石で止まり、ケイヤは出迎えのためにベランダから降りた。それは光沢のない黒に塗装され、血の赤で縁取られていた。たとえ扉にギルドの印がなかったとしても、そこにラクドス教団からの代表者が乗っていることは容易にわかっただろう。扉が勢いよく開き、ジュディスが降り立った。黒で縁取られた赤いベルベットのドレスと、磨かれた鋼鉄のように早朝の光の中で輝く黒い革の胴着。彼女は鼻に皺を寄せながらどこかを見つめ、次に異なるどこかを見つめ、そしてケイヤへと注目した。

「下僕みたいに呼び出された時は、もっと盛大で立派な歓迎を期待していたのだけれど」その声には冷笑があった。

 ケイヤはその餌にはかからなかった。「連続殺人事件に関する重要な情報を受け取りに来てくれ、って各ギルドの指導者に要請したはず。あなたはラクドス本人じゃない。だから出席する義理はないわよ」

「そうね。あのデーモン様はラヴニカとの戦争準備に少し忙しくて、貴女がたのちゃちな夜会には出席できないのよ」ジュディスはケイヤの言葉を払いのけるように言った。「とはいえこのつまらない劇がオルゾフの余興で始まって、オルゾフで終わるのはふさわしいのかもね。今日は誰を殺して私たちを楽しませてくれるのかしら?」

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アート:Aldo Dominguez

「誰も。あなたが私を挑発し続けるなら別だけど」ケイヤは上機嫌な口調を保ちながら言った。「オレリアとラヴィニアはもう中にいるわよ。仲間に加わったらどう?」

「貴女がここでお迎えごっこをしてるのに? ご立派だこと」ジュディスの笑顔は剃刀の刃のようで、肉を切り裂いてその下の骨が見えそうなほどに鋭かった。彼女はそれ以上何も言わずにケイヤの横を通り過ぎ、玄関にはケイヤだけが残された。不気味なほどに足並みを揃え、怪物たちが車を引いて走り去った。ケイヤは目を丸くした。あれこそがジュディス。彼女はきっと自分自身の臨終でも、最大限の劇的な効果をもたらす振付けをしてのけるのだろう。天井か何かに、血の入った袋を取り付けて。

 ケイヤはそこに立ったまま、ジュディスは最終的にどのような恐怖の死を綿密に仕組むのだろうかと考え込んでいたが、大きな影が彼女の上を通過した。ケイヤは見上げ、半歩後ずさった。エズリムが着陸に向けて滑空しつつ、ケイヤへと礼儀正しく会釈をした。 エズリムはグルールの色をまとうケンタウルスが乗った小さな戦車を引いていた。

 彼らが無事に着地すると、そのケンタウルスは落下防止の留め具を外して戦車から降りた。ケイヤは振り返り、エズリムへと小さく頭を下げた。

「社長さん」彼女はそう言い、そしてエズリムの同行者へと向き直った。「そちらはヤラス?」

「グルールの首領に来て欲しいという伝言を受け取った」ここまでの飛行にまだ落ち着かない様子でケンタウルスは言った。「俺たちに首領はいないが、俺にはここでグルールを代表できるだけの力がある。そして伝言が来た時、俺はこいつと一緒にいた」彼はエズリムを指さした。「だから俺を監視していられるのは良いことなんだそうだ」

「アンズラグを物証カプセルから解放したのはヤラスではない」エズリムが言った。

「方法を知っていたらそうしていただろうけどな」

「そして誰が解放したのかをこの者は知らないが、君が神を殺さずに再び捕らえたことについては感謝しているとのことだ」

「神が捕えられているというのは気に入らないが、死ぬよりはましだ。機会さえあればお前たち文明人はアンズラグを殺すだろうと思っていたが」ヤラスは不承不承、敬意に近いものを込めて言った。「だがお前たちはそうしなかった。そしてこの男から聞いた、神を俺たちのもとに無傷で、かつ解放した状態で返す前に何をしなければならないかを。ともかくお前たちはアンズラグを殺すことはできた、だがそうしなかった。その点で俺はお前たちに敬意を払おう」

「どういたしまして」ケイヤは驚きつつそう返答した。

 一方、エズリムはケイヤへと迫るように近づいた。「さて調査員くん。なぜ君に私を呼び出す権限があると思ったのか説明してくれるかね?」

「もうすぐ全部説明されるわよ、社長さん。中に入ってくれればすぐに始まるから」

 エズリムは彼女を見積もるような視線を向けた。「君らしくないな」

「そうかも。そうかしら?」

「誰が謎を解いたのだ?」

「中に入って、社長さん。すぐに教えてもらえるでしょうから」そして私にも。

 最後にもう一度だけ不可解な表情を浮かべ、エズリムは幅広の両開き扉をくぐった。そしてケイヤは再び疑問に思った――もっと人間向けに築かれた建物に直面した時、アルコンはどう立ち回るのだろうか。ほとんどの公共施設は様々な体格の人々を対象としているが、仕事の関係で個人の家へ行く機会も時々はあったのではないだろうか? 狭い地下道では? 羽毛の生えた巨大な馬が入ることを想定していない場所では?

 いつまでもそんなことを考えていても意味はない。ヴィトゥ=ガジーは広大で、まだ出迎えるべき人々がいる。ケイヤはエズリムを追うようヤラスに合図し、視線を道へと戻した。

 そう長くはかからないはずだ。


 最後に到着したギルドの指導者はヴァニファールだった。彼女の直前にやって来たラルは、中へ入る前に立ち止まってケイヤへと同情するような視線を投げかけた。ケイヤは一瞬、ひどく陰鬱なむかつきに襲われた。まるで、この街に来てから食べたものすべてを今この場で吐き出してしまいそうなほどに。テイサはラルにとっても友人だったのだ。彼はテイサが死ぬ前も死んだ後も、ケイヤがどれほど多くのものを失ったかをラヴニカの他の誰よりも理解していた。決して親しい関係ではなかったが、ラルはケイヤを根底から理解する人物だった。ここで話をする時間がないのは残念極まりなかった。

 だがすぐにラルは中へ入り、ヴァニファールが渋い表情で乗り物から降りた。そしてケイヤはここで演じると約束した役割へと戻らざるを得なかったのだった。

 プロフトは自分が何をやっているかをもっと理解した方がいい、ケイヤは渋いその思いを抱きながらヴァニファールへと挨拶に向かった。

 残る出席者はひとりだけとなった――クレンコ、あのパーティーでテイサと話をしていた敏腕のゴブリン。何故彼が招待客に含まれていたのかは、プロフトが明らかにしたがらない――あるいは明らかにできなかった――多くの物事のひとつだった。

 クレンコが到着すると、ケイヤは彼をヴィトゥ=ガジーの入り口へと案内し、大きな音を立てて背後で扉を閉めた。「こっちよ」彼女はそう言って手招きをし、トロスターニの聖域へと廊下を進みはじめた。

「他に、誰が来てんだよ?」クレンコは明らかに不安そうに尋ねた。

 プロフトはきっと理由があってこのゴブリンを呼びつけたのだろう。「結構な人数がいるわよ。ギルドの指導者がほとんど全員――ゴルガリとディミーアはいないけれど理由は多分わかるわよね。あとはあなたと探偵社のケラン、エズリム社長、それとトルシミールね」

「じゃあ、ギルドの指導者を狩ってる奴が急いで仕事を終わらせたくなったら、ヴィトゥ=ガジーを襲うだけでいいってことか?」

 ケイヤは厳しい表情でクレンコを見つめた。「聞きなさいよ。私が今ここであなたを拘束しないのは、あなたがそれを不満に思うからってだけ。オレリアが建物の中にいるのよ。あなたなんて数秒で逮捕されてしまうでしょうね」

「そんなふうに言わないでくれよ、勘弁してくれよ!」クレンコはケイヤを睨みつけた。「自分の身の安全を心配するのはそりゃそうだろ? なんで責めるんだよ?」

「今ここよりも安全な場所はラヴニカのどこにもないと思うけれど」ケイヤはそう言い、トロスターニの聖域へと通じる扉を開けた。そこは今日の集会のための場所として提供されていた。広さは十分だったがそれでもすべての椅子が埋まっており、不満の呟きで隅々までが満たされていたため、明らかに満員のように思えた。トロスターニ自身すら不機嫌そうだった。腕を組み、三人すべてが同一でないにせよそれぞれの気分を補足し合うかのように顔をしかめていた。

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アート:Evyn Fong

 扉が閉じられると、全員がケイヤとクレンコの方を向いた。真っ先に動いたのはオレリアだった。翼を羽ばたかせて革張りの椅子から立ち上がり、彼女は問い質した。「これはどういうことですか?」そして虐殺少女と自身を繋ぐ鎖を引き、その暗殺者を前に突き出した。おそらく他の出席者たちの顔面へと突きつけるためにこの捕虜を連れてきたのだろう。

「そっちは来なくても良かったのに」ケイヤが言った。

「聞いた? 家にいれば良かったのにねえ」虐殺少女はそう言ったが、鎖を強く引っ張られると黙った。ジュディスはあからさまに目をそらした。

「同僚の死について知らせたいことがある、そう聞いたなら出席するのは当然のことでした」ヴァニファールが言った。「探偵社は全くの役立たずであり、ボロスもいかなる理由でか悪化の一途を辿っています。従ってこれは茶番以外の何でもありません」

 オレリアが翼を広げ、口を開いて何かを言おうとした。それはこの部屋のはかない平穏を打ち砕くだろうとケイヤは確信していた。だが時間は引き伸ばされたように感じ、その一瞬は因果関係が説明できる以上に長く続いた。そして彼女の恐ろしい静止によって作り出された沈黙の中に、新たな音が現れた。

 拍手が。

 ケイヤが振り向くと、プロフト探偵が影の中から現れた。まさかずっとその中に隠れていたというのだろうか? 彼はゆっくりと、快い調子で拍手をしながらも、その目はオレリアを見据えていた。

「エトラータ君に言ったのですよ、全員が揃ってから口論が起こるまでは、卵が茹で上がるよりも早いだろうと。貴女のおかげで私は3ジノを儲けられそうです。彼女もこれでよくわかるでしょう」

「寝言は寝て言いなさい」部屋の反対側から声がした。エトラータもプロフトと同じように影の中から現れ、椅子の背もたれに寄りかかった。腕を組み、どこか楽しそうに彼女は続けた。「夢の中でなら好きなだけ賭けなさいよ。私が同意してない限りそれは不成立なんだから」

「う、うーむ。つまらない物事にこだわるのは心が狭い証ではないかね」

 一方、エズリムはエトラータの方を向いて睨みつけた。「今すぐ君を拘束してアゾリウスに引き渡さない正当な理由をひとつ教えて頂こうか。君が再び拘留されたならラヴィニア殿は喜ぶであろう」

「その通りです」ラヴィニアはその各音節を強調し、まるで宣告するように言った。

「ああ、ですがお二人とも、今に私たちの難題を作り上げた張本人の相手で手一杯になりますよ」プロフトは得意げに言った。「エトラータ君はアゾリウスから脱獄しました。厳密に言うならそれは犯罪とみなされる可能性があります。ですが彼女の拘束自体が不当なものだったため、ギルドパクトを参照すれば彼女の行動はいかなる罪にもあたらないとわかるはずです。恥をかかされたことで誰かを罰したいのであれば、もっと適切な言葉を選べとアゾールに頼むべきだったでしょう。もし彼が戻ってくることがあるなら、私はきっと話し合いますね」

「どういう意味だ?」「何を言っているのですか?」エズリムが尋ね、オレリアも問い質した。「冗談でしょう」そう言ったのはラヴィニアだった。

 三人の声はまるでトロスターニのそれのように重なり合った。トロスターニ自身は沈黙を保ち、すべての展開を当惑の目で見つめていた。

 プロフトが言った。「ああ。間もなくすべてが明らかになります。完全な状況を説明する前に、皆様がたにいくつか質問をする必要がありますが」

「どうして俺たちがそれを許可すると思った?」ラルが尋ねた。

「何故なら、皆様がたの回答がこの謎解きの最後の断片を提供し、多くのラヴニカ人の命を救うからです」プロフトは極めて冷静に言った。

「宜しい」エズリムが言った。「君は明らかに私の調査員たちを計画に巻き込み、君に代わってこの集会を開催するよう説得した。私たちも少し時間を与えてやれるだろう。もしもここにいる全員を納得させられなかったとしたら、君は喜んでその徽章を返却してくれるのだろうな」

「そのようなことにはなりませんよ」プロフトは自信たっぷりに言った。「皆様がた個人個人と話す必要があります。けれどこれだけは保証しましょう――殺人者は私たちと一緒に、まさにこの部屋にいるのだと」

 その宣言に、呟き声と不安の視線が続いた。最初に口を開いたのはクレンコだった。「じゃあ何で俺たち全員をここに呼んだんだよ? 何でこんな辺鄙な所に連れてきて、犯人と一緒に閉じ込められてるなんて言うんだよ? 俺はやってないってあんたは知ってんだろ、だったら何で俺はここにいるんだよ?」

「君にも関係することだからだ」プロフトは答えた。「ここにいる誰かが有罪であることは全員が知っている。つまり誰も、誰かがここから立ち去るのを許しはしないということだ。なぜ辺鄙な場所なのかというと、そうだな、私たちが追い求める殺人者は危険な人物だ。犯人であると明らかになったなら、どのような行動をとるかは誰にもわからない。ここは市民から、人々から遠く離れている。このところラヴニカでは多くの死傷者が出ている。それを更に増やすことはない」

 部屋のそこかしこで議論が弾けた。ラヴニカを導く立場にあるはずの者たちが子供のように口論し、不平を言い合う様を見て、ケイヤの内に疲労感が広がった。どこか静かな場所に行って、この件を終わりにしたかった。カルドハイム――すべてが終わったらカルドハイムへ向かって、タイヴァーが前々からしきりに言っていた釣り旅行へ連れて行ってもらおう。凍りそうなほど冷たい水に腿まで浸かりながら立って、虹色の光が空に絵を描く様を見つめるのだ。友が次々と死んでいく場所にいなくていいし、自分が尊敬する人々が、互いが迷惑だというだけの理由で繰り広げるような口論に耳を傾ける必要もない。

 やがてエズリムが鋭い音とともに翼を広げ、騒動へと叫んだ。「静かに!」沈黙が降り、全員が彼の方を見つめた。ほとんどの者が苛立っているようだった。ラルとジュディスは面白がっているようでもあり、トロスターニとオレリアには不服そうな諦めが漂っていた。

「何なのですか?」そう尋ねたのはヴァニファールだった。

 エズリムは答えた。「我々はこうして集まっている。ここにいて、この事態を終わらせたいと思っている。そしてこの者たちは捜査の任務と権限を与えられている。我が探偵が何と言うのか、私はそれを聞きたい」

「俺は生きているが、俺の所の発明家がひとり死んだ」ラルが言った。「イゼット団は許可する」

「アゾリウスは正義の道を塞ぎはしません」ラヴィニアが言った。「私たちも許可します」

 ひとりまたひとり、ギルドの指導者たちは承認を宣言していった。やがてエズリムの視線に気づき、ケイヤは両手を挙げた。「ちょっと、私はもうオルゾフ組の責任者じゃないのだけど」

「テイサさんは副官を指名しておらず、未だ後継者問題においてご自身の希望を表明するために戻られておりません。従って貴女が拒否したなら、オルゾフ組を代表する者はいないということになります」長い沈黙を破ってトロスターニが言った。「ギルドパクトによって、貴女はオルゾフの代表として同意することが認められています」

 ギルドパクトの体現者であるニヴ=ミゼットが現れてくれればよかったのに。その民が死につつあるのだから。ケイヤは溜息をつき、気難しく言った。「わかったわ、私ももう終わりにしたいし。オルゾフ組も同意します」

「それとディミーア家もね。念のため」エトラータが言った。

「ゴルガリ団は代表者を送り込んでいないため――」

「あら、実はいるんだけど」影の中からアイゾーニが溶け出るように現れた。「ゴルガリも承認するよ」

 プロフトは彼女の出現に驚いたのだとしても、それを見せないという見事な仕事をした。彼は穏やかな表情で言った。「それでは全員が同意したということですかね?」

「いーや」クレンコが言った。「あんたが他の誰かを尋問してる間、俺は得体の知れない暗殺者とここに置いてかれるってことだろ。やめてくれよ。俺に死んで欲しがってる奴はいっぱいいるんだ。そいつらの仕事を楽にしてやるだけだろ」

「ケラン調査員とエズリム社長もここにいる」プロフトが言った。「自分の家にいるよりも安全だよ」

「そいつの家が安全かどうかは一概には言えないけれどねえ」ジュディスは面白がるように、物憂げに言った。

「とにかく、続行の許可は得られました。こちらのプレインズウォーカーさんへの質問から始めましょう」プロフトはケイヤへと向き直った。「一緒に来てくれるかね?」

「自分がやりたくないことを他の人には頼めないわよね。行くわ。トルシミール、内密に話をできる場所はどこかある?」

「もちろんだ」トルシミールは答えた「セレズニアの客間を提供しよう」

 彼は扉へと歩くとそれを押し開け、自分について来るようケイヤとプロフトに手招きをした。そしてやや小さな別の扉の前へと向かった。

「完璧だ」プロフトが言った。「感謝するよ」

「セレズニア議事会は喜んで捜査に協力させて頂く」トルシミールはそう言って踵を返し、立ち去っていった。


 ふたりが案内された部屋は小さくどこか粗末で、恐らく邸宅の他の場所から移されてきた調度が沢山置かれていた。壊されるか再利用される前の最後の用途として押し付けられたのだろう。「ヴィトゥ・ガジーが、復興中に……素敵な建物になろうって決断したのは何だか奇妙じゃない?」ケイヤは座りながら尋ねた。「私だったらもっと大きな何かになりたいって思うかも」

 プロフトは彼女の向かい側に腰を下ろし、膝の上で手を組むと曖昧に返事をした。ケイヤは姿勢を崩して楽になり、彼が何か言うのを待った。プロフトは柄にもなく沈黙を保った。当惑しながら、ケイヤも黙っていた。

 沈黙は二人の間に広がり、ますます長くなり、答えを得られない質問のように空中に漂った。ケイヤは苛立ちに身をよじった。プロフトは動かず、屍のように絶妙に静止していた。

 屍のように。テイサの見開いた、けれど何も見ていない目が脳裏に浮かび上がり、ケイヤは身を強張らせた。「私たちは何をしているの?」彼女は鋭い声で尋ねた。

「待っているのだよ」

「待っているって何を?」

 プロフトが答える前に、ケイヤの左側の壁で何かが動いた。長い沈黙に張りつめていた彼女は壁から離れてそのまま戦闘態勢に入り、ベルトに挿した短剣の柄を握った。動いたのは白い、芋虫のような一本の根だった。それは壁紙の模様から解け、らせんを描いて太い基部へと繋がっていた。

 その基部は膨らみ、広がり、骨まで届く打撲傷のような色の蕾となった。蕾は開き始め、花弁が優美に大きく広がり、一瞬、その花が息をついたように見えた。

 そして黄灰色の粉塵を吐き出し始めた瞬間、プロフトは証拠収集用の透明なガラス瓶を花にかぶせた。花粉、あるいは何らかの胞子。

「お願いしていいかな?」プロフトは空いている方の手でケイヤの短剣を示しながら尋ねた。

 ケイヤははっとして立ち上がり、短剣を抜いてそれを瓶の下へと滑り込ませ、花全体を壁から切り取って瓶に入れた。プロフトは椅子へと戻り、音をたてて瓶の蓋を閉じた。青白いエネルギーの閃光が瓶の中を満たし、それは現場での証拠収集のための特別な容器であると明らかになった。その内容物は必要とされるまで停滞状態に保たれる。

 プロフトは立ち上がった。「願っていた通りだ。ここでの用事は終わりだ」彼はケイヤへと丁寧に頷きながら言った。「ご協力に感謝する。君の友人の復讐を手伝ってくれたことも」

 完全に当惑したまま、ケイヤは彼の後を追ってトロスターニの聖域へと戻った。「それが一体何のかは話してくれるの?」

「一体何なのか、それを全員に話す。誰がこの一連の恐ろしい犯罪の犯人なのか、何故ラヴニカの法の下ではエトラータや他の被告人たちは無罪なのか、そしてどうすれば私たちの街の歴史におけるこの恐ろしい一章に終止符を打つことができるのかをね」彼はケイヤへと引き締まった笑顔を閃かせた。「勤勉な探偵が悦に入る機会を奪う気はあるまいね?」

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アート:Quintin Gleim

「説明してくれるならね」

「ああ、信じて欲しいね。それ以上に私がやりたいことはない」プロフトはトロスターニの聖域に続く扉を開けながら言った。

 中はあまり変わってはいなかった。ケランはケイヤが空けた椅子に座っており、彼女が戻ってきたのを見るとすぐに立って、隣に来るよう身振りをした。

「私がいない間に何かあった?」ケイヤは尋ねた。

「ラヴィニアさんとクレンコさんがちょっと口論になりました。クレンコさんが言ったんです。アゾリウス評議会に比べたら自分の所のならず者たちは紳士みたいなものだ、何か役に立つことをしたければエトラータさんを逮捕したらいい、って。そこでオレリアさんが、エトラータさんは有名な暗殺者だって思い出させました。クレンコさんは黙って隅に引き下がりました」ケランは律儀にそう説明した。「ああ、それと虐殺少女さんがヤラスさんに噛みついたくらいです。それ以外は何もありませんでした。プロフトさんは?」

「もうすぐショーが始まるわよ」とケイヤは答えた。 「静かに。あの人が私たちに話していないことを聞きたいの」

 ケイヤが腰を下ろすとケランは黙り、プロフトが部屋の中央へと大股で向かう様を見つめた。プロフトはあの瓶を掲げ、全員が見えるように回転させてからそれを小さな丸机の上に仰々しい仕草で置いた。「皆様はまだ疑問に思われていることでしょう、ここにいる探偵社の優秀な代表者たちが、何故自分たちをここに呼びつけたのかと」プロフトがそう言い、だがオレリアが言い返した。「私はそれよりも、なぜあなたが逃亡者と一緒に街を駆け回っていたのかが気になります」

「それは私も疑問です」ラヴィニアも言った。「それに、彼女はいかにして私たちの拘留から抜け出したのですか? 鍵は万全であったはずです」

 プロフトはそれを無視して発表を続けた。「複数の殺人事件について複数の容疑者がいます。シミック連合のゼガーナ殿、オルゾフ組のテイサ殿、イゼット団のカイロックス殿」彼はラルをちらりと一瞥した。「皆様の仲間が失われたことを残念に思います。更に、ボロス軍の戦導者であるオレリア殿を標的としたさらなる試みもありました――ですが彼女への襲撃にはゼガーナ殿へのそれとの類似点がありました。ラヴニカの多くが警戒するギルドに所属する既知の暗殺者が下手人として特定され、しかも両者とも事件の記憶がないというものです」

「あるいは、記憶がないと私たちに思わせたがっているか」オレリアが言った。

「何故ディミーアの暗殺者ともあろうものがこれほどあからさまに、あるいはいとも簡単に捕まったのでしょうか? そして準備の時間もなしに、いかにして真理の円を騙すことができたのでしょうか?」プロフトは尋ねかけた。「彼女が真実を語っているか、それとも私たちの司法制度全体にどこか誤りがあるか。果たしてどちらの信憑性が高いでしょう?」

「俺がどっちを好むかは明白だ」ラルが言った。

「続けるがよい」エズリムが促した。

 プロフトは上司へと頷いた。「探偵社本部内でグルールの神が逃走したと私は知らされました――この逃走は、主要な捜査隊が一連の解答に近づきつつある中で……殺人者の痕跡に辿り着いた可能性がある中で起こりました。一方、ヤラス殿はアンズラグを解放する手段を持っていませんでした」

「持っていたら、早いとこ上手くやっただろうが」そのヤラス本人が言った。

「そうでしょう」プロフトは続けた。「グルールの神を解放するには、何者かが証拠保管棚に立ち入る必要があったはずです。許可を持ち、厳重に警備された錠を開ける能力を持つ何者かが。この謎を構成する断片を眺めていた時、重要なのは犯行現場ではないと私は気付きました――重要なのは、事件が起こる前に殺人者たちそれぞれが記憶している最後の場所です。クレンコ氏は殺人の動機などない相手に襲われました。その者は帰宅途中に花屋へ寄ろうとしていたといいます。エトラータ君は自宅にいました。彼女が警戒を解き安心できる場所です。ケイヤ君によれば、テイサ殿の殺害犯は何らかの用事で第8管区を歩いていたが、気付いたらギルドマスター・カルロフの血にまみれていた、その間の記憶はないとのことです。記憶の喪失は繋がりの糸です。頭を打ったとか酔っぱらったとか、そういった単純なものであるはずがありません。ディミーアの暗殺者ならば記憶を隠すために自らの心を操作することもできるでしょう。ですが訓練も受けていない市井の殺人者が何人もそれを? ありえません」

「本題に入るまでにいつもこんなに時間がかかるの?」ジュディスが尋ねた。

「ああ、ジュディス君」プロフトはくるりと彼女に向き直った。「長いこと君をこの議論から外していてすまない。君は捜査のあらゆる段階で、自分のパルンに罪をなすりつけようと必死だった。君の野心によって一連の首謀者が邪魔されることなく殺人を続けていた可能性がある、その件さえなければ立派だったよ。ラクドスは私以上にこの件については無罪だ」

「あら、つまり自分の罪を認めているってこと?」ジュディスは自身の爪を見つめた。

 プロフトは再びエズリムへと向き直った。「エトラータ君から記憶の欠如について説明されると、私は気付きました。彼女はラヴニカの法のもとでは罪に問われません。そのように精神制御を受けた者に対して法律は適用されないのです。私はエトラータ君を伴ってその私室に赴き、奇妙な粉を発見しました。ゴルガリ団のアイゾーニ殿が私のためにそれを調べてくれました。そしてその粉が自然由来であると、ただしラヴニカに本来生えている花や菌類のものではないと特定してもらいました。彼女はファイレクシアの関与を疑いました。それは私も考慮せざるを得ませんでした――多くの説明がつきます。ですがそれ以上は進みませんでした。私は更に考え、ひとつの仮説を立てました。そしてそれは、ケイヤ君とケラン調査員が集めて惜しみなく共有してくれた情報によって後押しされました。それでも証拠が必要でしたが、それはケイヤ君が入手に協力してくれました。この花です」彼は再びあの瓶を手に取り、全員に注目させるために掲げた。

「この花はファイレクシア起源ではありません。ファイレクシアの創造物の恐ろしい特性はまったく持ち合わせておりません。起源こそ自然由来ではないと私は信じていますが、こうして存在する今、これは完全に自然のものであり、根を張って広まることに成功したなら我々を長きに渡って悩ませるかもしれません。私がここに来て謎を明かすと宣言したなら、私自身が標的となることはわかっていました。殺人者には、私を即座に排除する以外に選択肢はなかったのです。その者は恐ろしい仕事を続けるために秘密を保たねばなりません。全員と面談を行うという私の意図を発表したのはひとつの作戦でした。最初の相手として有名な次元渡りの暗殺者を選ぶことで、私を攻撃する絶好の機会を殺人者に与えました。私を殺害して現場から逃走するのに、彼女以上に適した人物がいるでしょうか? 自らの行いを恥じて二度とラヴニカへ戻っては来ないでしょう」

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アート:Justyna Dura

 彼は言葉を切って息を整え、演出するように間をあけてから続けた。「単純な論理から、この物質には限界があるとわかっています。個人の意志を覆すために用いることができるのは一度だけなのです。そうでなければ、我らが殺人者は再びエトラータ君を用いていたでしょう。彼女は有名な暗殺者であり、すでに事件に関与しており、もしも私の身体の上にうずくまる姿が――」

「発見されたなら」エトラータが続けた。

「――疑問の余地なく有罪だったでしょう。ですが私は彼女の面前で襲撃され、それは至って普通の手段で雇われた別の殺し屋によるものでした。従って、一度利用されたエトラータ君は安全であり、私がケイヤ君を餌にして殺人者を待つ間に皆を守ってくれると確信していました」プロフトはトルシミールへと向き直り、敬意とともに頷いた。「このような性質のものを作り出すための植物学的な技術と、その影響範囲を限定して自然の均衡を尊重するギルドはただひとつです。これはセレズニア議事会の創造物であり、殺人者はその一員です。この単純な現実を受け入れさえすれば、すべてが組み合わさります」

「ヴィトゥ=ガジーの根は街全体に広がっています。どんな亀裂も隙間も陰も、この偉大なる樹からは隠れられません。花のように自然で目立たないものをラヴニカのどこへでも届けられる完璧な仕組みです。花は素早く成長し、黒幕の意志を遂行して殺人を行うに十分な時間に渡って対象を支配し、そして萎れて消える。証拠は残らない。我らが調査員のひとりを操ってアンズラグを解放させるため、探偵社本部で花を咲かせることすらできたのです。その区画に花粉の痕跡がないかと知人のひとりに調査を依頼し、それを確認できました。すべての指がセレズニアから逸れ、互いを指し示すようにしていました」

 トロスターニを見続けたまま、プロフトは言葉を切った。彼女は何も言わずただ見つめ返していたが、三人それぞれの表情は全く異なっていた。セスは怒りに目を狭めて睨みつけていた。シィムは対照的に目を見開き、恐怖していた。オーバはまるでこの状況から切り離されたかのように、穏やかとも言える表情を浮かべていた。

「本気で言っているのですか」オレリアが尋ねた。

「精神が制御されていたというのであれば、攻撃者の行動は放免されるでしょう。ですがゴルガリ団の指導者が正しい情報を提供したと本当に信用できるのでしょうか?」

「安全だと思ったからって、だからって暗殺者と一緒の部屋に俺たちを放置したのかよ!」クレンコが問いただした。「ヴィトゥ=ガジーは街のどこにでもその花を咲かせられるって言ったよな。それなのに俺たちをヴィトゥ=ガジーに連れて来た? あんたは本当に本物の天才だな」

「そうしなければならなかったのだ。殺人者を十分に油断させて誘い出すにはね」プロフトはラヴィニアへと向き直った。「エトラータ君は無実の罪で逮捕されました。よって私が手伝いのために彼女を釈放することは何の罪にもあたらない。それは宜しいでしょうか?」

「書類手続きを終えるには何か月もかかるでしょうし、私自身も満足はしていません。ですが良いでしょう」ラヴィニアが言った。

「それでは、残るは私たちの殺人者が名乗り出て罰を受けることだけですね」

「私がやった」寄りかかっていた壁から離れながら、トルシミールが言った。「ギルドパクトの閲覧に訪れた探偵社の者たちと対峙させるため、最も忠実な者たちを私が送り出した。ケイヤ殿がそのフェイを殺す以前に衝動を振り払うという危険は冒したくなかったのだ」

「罪の重みをかぶろうというその意志は高貴なものですが、貴方はやっていない」プロフトは言った。「残念ながら、貴方にはその能力はない。そしてその襲撃者たちは、大義への遵守を共有するという意味でのみ、貴方に最も忠実だった。彼らは植物を嚥下し、自らを苔へと変えた。そのようなものの創造は貴方の能力を超えている。上着のポケットから同じ植物の葉が突き出ているのが見えますよ。貴方は真犯人を守るため、究極の犠牲を払う覚悟でここに来た」

 プロフトは今度はトロスターニへと向き直り、恭しく頭を下げた。「皆に伝えたいですか、それとも私が伝えましょうか?」

「伝えるとは何をです?」ヴァニファールが尋ねた。

「ああ、もちろん、彼女こそが殺人犯だということですよ」プロフトは身体ごと振り向いて一同に顔を合わせ、満面の笑みを浮かべた。自分に満足をもたらすひとつの物事を行う、それを許された男の顔だった。「お聞きになりませんでしたかな? トロスターニ殿がやったのです、何もかも。彼女こそがずっと黒幕だったのですよ」


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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