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MAGIC STORY
カルロフ邸殺人事件
第3話 後悔の影
2024年1月9日
そしてパーティーはほぼお開きとなった。
カルロフ邸の敷地からのエトラータの連行は、全体から見たならごく短時間のことだった。それでも、何が起こったのかを誰もが把握できるほどには長かった。その間に数人のセレズニア議事会員たちは半狂乱になってテイサに詰め寄り、エトラータは自分たちと一緒ではなかったと、密かにこのパーティーに連れてきてもいないと、これは自分たちの仕業ではないと、自分たちは騙されたのだと訴えた。テイサも、探偵社も、すべての悪事に対して無実である他のすべての人々も騙される可能性があったのだと――恐らく、ゼガーナは二度と誰にも騙されないだろうが。
テイサは魔法で全員の退出を禁じることもできた。カルロフ邸はオルゾフの本拠地ではないが、彼女の権力の本拠地であり、ここでは彼女の言葉こそが絶対の法なのだから。だがアゾリウスの魔道士たちがエトラータを門まで連行して引きずり出した時、彼らを止めるものは何もなかった。同僚の釈放を要求するために他のディミーアのギルド員が現れることもなかった。
あの殺害現場へと駆けている時と同じように、テイサは近くにはいないような気もした。その女性が杖を中庭の石に叩きつける音だけが、それは間違いだとケイヤに警告していた。そしてケイヤがその音に敏感でなかったなら、高まる喧騒の中で聞き逃していたかもしれない。何が起こったのかを誰もが知りたがっていた。なぜディミーアの暗殺者とテイサの子飼いのプレインズウォーカーが、祝いの場であるはずだった会場で愉快な追跡劇を繰り広げたのか。その暗殺者がセレズニア議事会の衣装をまとっていたことも。そしてプロフトのあのとんでもない魔法! 以前にそれを目にしたことがあるのは探偵社の中でも少数であり、彼らがプロフトの優雅なその応用法へと無言で悦に入っている一方で、残るアゾリウス評議会員たちは他の誰よりも苛立っているように見えた。
それはさほど驚くべきことではないとケイヤは思った。探偵社で自らの才能を発揮することを選ぶ以前、プロフトはアゾリウス評議会の有用な人材だったのだ。そしてギルドについてケイヤが知っていることがひとつあるとすれば、それは彼らが資産の喪失を好まないということ。特に最近は、露骨なほどにそうなのだ。
テイサがケイヤの右に歩み寄り、杖に重くもたれかかった。ケイヤは視線を向けたいという衝動をこらえた。今夜のテイサは疲労困憊だった。
「帰らせて良かったの?」ケイヤは尋ねた。
「探偵社の方々に続いて操作技術の分野に入るのですか? 別のギルドとはいえ、殺人犯を逮捕している最中の方々を閉じ込めるのは礼を失するように思えました。私の警備魔法です。私が望む相手へと解いてあげることができます。貴女も従って下さるのであれば、解いてさしあげたのですが」
「私をここに引き留めておけはしないわよ、私が同意しない限りは」
「ええ、できるとは思っておりません。どうしてそう思うでしょうか。貴女こそ、今なお……いつでもここを立ち去ることができる人物のひとりなのですから」テイサの表情が落ち着きを帯びた。
ケイヤはかろうじて平静を保った。どういうわけか、名前を出すこともしなかったというのに、テイサはラヴニカから去っていったふたりの影を呼び起こしてのけた――ジェイスとヴラスカを。帰ってこないふたり。
決して帰ってこないであろうふたり。
自分は何をしているのだろう? もうここに所属してはいない。口に出しては何も言わなかったかもしれない。だがテイサはその瞳に悲痛な影を宿し、ケイヤをまっすぐに見つめた。「ここにいてくれて、本当に感謝しています」
「そうするって言ったから」ケイヤは目をそらしながら言った。「ヴァニファールの様子はどう?」
「動揺していますが、立ち直りつつあります。悲しみは終わり、怒りに向かいつつあります。私はあの殺人の犯人になりたくはありませんね。その者にはシミック連合の全重量が降り注ぐことになるでしょうし、ヴァニファールさんの怒りを免れることは決してできません。彼女とゼガーナさんはシミック連合の将来を巡って対立していましたが、それでもお二人は姉妹といっていい存在でした。深い忠誠心と愛情の絆があったのです。ヴァニファールさんはこの問題を未解決のまま放置するつもりはありません」
「放置するとは思えないわ。ところで私に言いたかったことって何?」
テイサはためらい、参加者たちが辺りをうろつく様子を一瞥した。彼らはそれぞれの集団に戻り、ゆっくりと出口へと流れつつあった。ある者は門に、またある者は持ち物を預けていたのか邸宅の中へと向かっていた。ゼガーナの遺体の下に敷かれていたコートを探偵社はどうするのだろう、ふとケイヤはそのようなことをどこか無益に考えた。
プロフトは近くに立ち、恐ろしいほど鋭い視線で一連のやり取りを観察していたが、どうやらケイヤと同じことを考えたらしかった。彼は背筋を伸ばして邸宅へと急いで戻り、散っていく群衆の中にテイサとケイヤだけが残された。
「朝にはこの件は至る所に広まるでしょうね」テイサは苦々しく言った。「『ギルドが自らの身を守れなかった様を見て、私たちを守るという大仕事を果たした彼らを祝おう』なんて書いて」
「あなたは悪くない、それは誰でもわかるはずよ」
テイサは鋭い視線を投げかけた。「貴女の方がよくわかっているはずです」
その通りだった。だとしても、ケイヤは希望を持っていた。戦争の傷が癒えつつあるという希望、同時にラヴニカの古傷も癒えつつあるのかもしれないという希望。かさぶたを剥がしたなら、条件さえ適切であれば、最初よりも綺麗な状態に治癒することがある。条件が適切だったのかもしれない、と。
「バルコニーにいた時、私に伝えたいことがあるって言ってたわよね」ケイヤはそう言った。「教えてくれる? 今言える?」
テイサはため息をついた。「この件が広まるまで、そしてその波紋に私たち全員が押し流されないことを見届けるまで、ラヴニカに滞在して頂けますか。お呼びします。お伝えしたいというのは本当です、ただ……今はその時ではありません」
ケイヤは慎重に相手を見つめた。嘘偽りない様子だった。テイサは生まれながらの政治家だが、政治家でも弱みを見せる時はある。
「三日」やがてケイヤは言った。「三日経って連絡がなかったら、私から訪ねるから」
テイサは答えた。「取引成立です」
三日が着実に過ぎていった。邸宅内に客室を用意するというテイサの申し出を断り、ケイヤは借りていた部屋に戻っていた。テイサは固執しなかった。そうしたならケイヤをこの次元から逃がしてしまう、そう理解していたのかもしれない。日中、ケイヤは街路をぶらつき、ラヴニカの屋台料理やクリームとラベンダーの蜂蜜を混ぜた濃いコーヒーといった馴染の味を楽しみ、自分のことを知っていたなら黙り込むであろう人々の話に耳を傾けた。
巷には噂が渦巻いていた。噛みついてくる歯のついた、苦々しい噂が。オルゾフのパーティーで盗難があったのだ。どこかのギルドが貴重な宝物を失い、それを取り戻そうと怒り狂っている。裏切りがあったのだ。スキャンダルが発覚したのだ。まるであらゆる種類の犯罪がカルロフ邸の敷地内で起こっていたかのようだった。そしてそんなパーティーに出席していたことから、探偵社とアゾリウス評議会の両方は異常なほどの軽蔑の目を向けられていた。
アート:Tony Foti |
出席していたと知られている人物は皆、お世辞と甘言を伴うさらなる情報要求の嵐の只中にいた。真のゴシップに飢えたほとんどの人々は、それを否定できる者が誰もいないことを知って、ますます突飛な物語をでっち上げた。ケイヤはそのすべてに耳を傾け、眉をひそめ、何も言わなかった。今は注目されないならばされないほど良い。
何故なら、彼らはパーティーの噂だけを話していたわけではなかったから――それが最新の素敵なスキャンダルであり、戦争の傷ほど生々しくはないものだったにもかかわらず。彼らはファイレクシアの侵略について、そしていかにプレインズウォーカーたちに期待を裏切られたかについて語った。一般的な人々はプレインズウォーカーが何であるかを知らず、したがって彼らに対する意見を持つこともない――その知識の中でケイヤは安全に長年を過ごしてきた。だが今は誰もが知っていて、そのほぼ全員が不満を抱いている世界に直面していた。
あまりにも居心地が悪かったので、三日目の朝に探偵社からの伝令が彼女を探しに来た時には安堵に近いものを覚えたほどだった。ケイヤは小さなコーヒー店で朝の報道を聞いていたが、ついに「殺人」という言葉が広まりはじめていた。この事実と、シミック連合員が異様なほどに姿を見せていないことが相まって注目が集まっており、ゴシップ好きたちはあの戦争についての議論から離れていた。
「あの、宜しいですか」その伝令は少し離れたところで立ち止まり、焦がれるようにケイヤの返答を待った。
コーヒーをもう一口だけすすって振り向き、相手の顔を見てケイヤは少し驚いた。「調査員の……ケラン? なぜあなたが?」
「探偵社から誰か来るって予想していたんですか?」まばたきとともに真剣に見つめ、ケランは尋ねた。
「そうかもしれないと思ったから、見つけやすい場所にいたのよ」飲みかけのコーヒーを惜しみながらも、彼女は立ち上がった。「何があったのか、プロフト探偵が私と話したがっているんじゃない?」
その言葉が何をもたらすかはよくわかっていた――探偵社に言及したことで多くの耳が活気を得て自分に向けられ、有益な情報の断片を手に入れようとしている。
「いえ、実のところ」ケランは答えた。「プロフトさんは必要のない時に他の人と自分の考えを共有したがらないんです。話をしたがってるのは社長です」
エズリムが? 思わずそう口走りそうになり、ケイヤは思いとどまった。ゴシップ好きな人々にはもう少し悩んでいてもらおう。代わりに彼女は頷き、ケランを手招きしつつ店を出た。
路上に出て、でしゃばりな人々の詮索から少し離れられたことが明白になると、ケイヤは尋ねた。「どうしてあなたが来たの? 探偵社はあなたの貢献を称えたばかりでしょう。使い走りじゃなくてもっといい地位を貰ってしかるべきよ」
「ああ、僕を使ってくれって自分で頼んだんです」
「え? どうして?」
「ケイヤさんと話がしたかったので」
どう答えてよいかわからず、ケイヤは瞬きをした。ケランは探偵社の本部に向かって歩き出し、彼女も思考を整理しようとしながら無意識に後を追った。
「どうして?」やがてケイヤはそう尋ねた。
「ケイヤさんの記録帳を読みました。ここの出身じゃないんですよね」ケランは手を振り、辺りの街を示した。「ラヴニカの、ってことです。もっとずっと遠いところから来たんですよね」
「『プレインズウォーカー』って言っていいのよ。悪い言葉じゃないんだから」
ケランは一瞬当惑した表情をした。「すみません、わかりました。ケイヤさんはプレインズウォーカーですよね。」
「僕の父さんもそうなんです。もしかしたら……どこにいるのかご存知なんじゃないかと思いまして」
ケイヤは歩みを止めた。ケランはさらに数歩進んだところで気付き、振り返った。
「どうしました?」
「お父さん――あなたのお父さんは、何ていう人?」お願い、私の知っている名前を言わせないで――彼女は無言でそう付け加えた。どうか、久遠の闇に少しでも慈悲が残っているなら、その人が死者でありませんように。
「オーコっていいます。フェイの仲間なんです」
それは聞いたことのない名前。「ごめんなさい、知らないわ」
ケイヤの内には安堵が流れたが、一方のケランの目には失望が見えた。
「そう言ってくれたプレインズウォーカーはケイヤさんで二人目です。僕は――その、探偵社にはどんな情報もあるって思いました。もし父さんがこの次元に寄ったことがあるなら、何かわかるんじゃないかって思ったんです」
「それで、運がなかった?」
ケランはかぶりを振るだけだった。「記録帳のシステムは……難しくて」
「ならとにかく探し続けるのよ。いい? もしその人に会ったら、あなたが見つけようとしているって伝えるわ」
ケランは横目で、かすかな笑みを浮かべた。「ありがとうございます。嬉しいです」
宙に浮かぶ探偵社の本部がふたりの目の前に迫っていた。その基部からは滝のように水が流れ、街路に水が溢れる前に受け止めるよう設計された水路へと落ちていた。探偵社の乗騎が待ち構えており、調査員たちを上下に運んでいた。ケランはケイヤを連れて列に並び、扉を抜けて警備を通過させ、廊下を通ってエズリムの執務室へと導いた。「ボスとの用件が終わったら会いましょう」彼はそう言い、ケイヤを残して去った。
ケイヤはためらい、閉ざされた扉を見つめた。待っていても何も起こりはしない。彼女はそっと手を挙げ、扉を叩いた。
「入りたまえ」エズリムが中から声を上げた。
ケイヤは深呼吸をし、わざわざ扉を開けるのではなくそれを通り抜けた。エズリムの執務室は、彼と常に共にある乗騎を念頭に置いて設計されていた。巨大な机ひとつと訪問者用の伝統的な椅子の数脚に加えて、部屋の後ろ三分の一ほどは馬小屋にも似た空間に変えられており、藁を敷いた上に枕が積み重ねられて一種の安楽椅子のような形を成していた。とはいえ今エズリムがくつろいでいたわけではない――この巨体のアルコンは乗騎の背に座し、机の方を向くように身をよじって書類の山をより分けていた。ラヴニカのアルコンは単一の結合した存在なのか、それとも何らかの理由で単に離れないことを選んだ一対の個体なのか、ケイヤはそれを知らなかったことに小さな驚きとともに気付いた。彼女はエズリムが乗騎から降りるところも、ラヴニカの他のアルコンが戦闘中に相棒から叩き落されるところも見たことはなかった。彼らがひとつの生き物なのだとしたら、この執務室は配慮ではなく現実的な必要性の象徴なのだ。
「社長さん、私を呼んだのよね?」ケイヤは背後で手を組み、用心とともに立った。
「呼んだとも」エズリムは言い、そして沈黙した。それはつまり何か言うよう促されているのだと認識し、ケイヤは少し背筋を伸ばしたが何も言わずにいた。呼ばれたので喜んでやって来はしたが、それはエズリムのために働いているという意味ではない。実際、相手への借りは何もないのだ。話して欲しければ質問すればいいだろう。
沈黙が不快になり始めた頃、エズリムが咳払いをして言った。「君は探偵社の一員ではない」
「そうね」
「だが君は問題解決が上手であると有名だ。オルゾフ組はいつも君の問題解決能力を高く評価してきた」
ケイヤはその言葉の「いつも」の部分にどこか疑問を抱いた。彼女は薄く微笑んで言った。「ありがとう、社長さん」
「君はもはやギルドの指導者ではない。従って各ギルドは君をこの状況においてほぼ中立の立場であると見なすであろう。君はシミック連合やディミーア家に対して何の恨みも持っていなかった」
「そうね、どちらのギルドとも結構仲良くやっているわよ」
「テイサ殿は我々両方をパーティーに招き、彼女が提供できる正当性を分け与えようと試みてくれた。探偵社社長としての私と、前ギルドマスターにして……プレインズウォーカーである君へと。気付いているであろうが、君たちの類は今のラヴニカにおいて良い目では見られていない。ギルドマスターのザレック殿ですら最近はその問題に遭遇しているやもしれぬ」
「ええ、それは気付いているわ」
「君にこの捜査の指揮を執って頂きたい。私の人員を含めて必要なものは何でも使って構わない。だがプロフト探偵をこの件から外すには何らかの手段が必要になるであろうな。あの者は一度興味を持った謎を決して手放しはしないのだ。暗殺者エトラータは既に拘留されているが、誰が殺害を命令したのか、なぜ殺害を指示したのかはまだわかっておらず、彼女はその行為については記憶がないと主張し続けている」
ケイヤは何も言わなかった。今回エズリムは間が伸びることを許さなかった。
「君の中立性は想定上のものだ。君が関与するなら、我々が最も必要としていた時に救いの手を差し伸べなかったプレインズウォーカーたちに対する世論を取り戻すのに役立つはずだ」
「お断りします」
「失礼、何と?」
「お断りします、って言ったの。それだけ。意味はわかるでしょう。この件を手伝う気はないわ。もう十分。私の評判を心配してくれてありがとう」彼女は踵を返し、またも扉を開けずに執務室から出て行った。エズリムは呼び止めなかった。
ケランの姿はなかった。おそらくこの建物のどこかで仕事をしているのだろう。だがケイヤが顔を上げて廊下を進む時には、社内の全員の視線が自身に注がれているように感じた。彼らの沈黙と欲してもいない頼みを置き去りに、彼女は扉へと向かった。
さっさとラヴニカを離れてしまおう。
探偵社は、ギルドに所属しているという偏見にその発見を汚されることなく犯罪を捜査するために設立された。犯罪者は、それが証明されているか極めて疑わしい段階かに関わらず、アゾリウスの管理下に適切な条件で拘留されていた。
プロフトは立ったまま、扉を守るアゾリウスの法魔道士が書類の確認を終えて通してくれるのを待っていた。彼自身も全く同じことをして何年も過ごしてきた、それを後悔せずにはいられなかった。
「すべて適切に記入されているようです」ようやくその法魔道士が言った。三層のセキュリティがプロフトの書類を調べたが、いずれも問題は見つからなかった。少なくともこの法魔道士はギルドのごく新参者であり、彼の任期とは重なっていない。このギルドの色をまとう自分を覚えている者は、その自分が頼み込む様を見たならもっと我慢ならない態度をとる傾向にある。「入って結構です」
法魔導士の言葉で扉の鍵が開き、プロフトは頷いて書類を回収した。「素晴らしい職務執行だ」目的地へと伸びる最後の廊下に足を踏み入れた時、プロフトは声を押さえようとしながらそう言った。
この区画はエトラータの独房だけに占有されていた。見張りを除いて彼女は完全に孤立しており、誰も会話をさせる気はないようだった。エトラータは壁を越えて進む一匹の蜘蛛を夢中で見つめているようだったが、プロフトが近づいてくるとそれを止めて顔を上げた。
「共感にふけっていたのかね?」彼は尋ねた。
「似てなんかいないよ、蜘蛛と私は。あっちは望むならいつでも逃げられる。その本性に従ったからって誰にも罰されはしない。誰も閉じ込めたりしない。自分の好きなようにするし、これからもそうする」
「誰かに叩き潰されるまでは」
「かもね。愉悦のために来たの? 勝者が征服を喜びに来たの?」
「そうしたいところだが」プロフトは認めた。「これまでは喜びをもたらしてくれた。愉悦。愉悦は魂が成功を遂げた時に消費する一杯のバンバットだ。だが今回は……私にもまだ説明できないことが多すぎる。小さな矛盾が多すぎる。答えの出ていない疑問が多すぎる。君の評判は知っている」
話の方向が不意に変わり、当惑してエトラータはプロフトを見つめた。「よく知られているよ。何が言いたいの?」
「君を知る者たちは、君の技術を非常に高く評価している。君はディミーア家が輩出してきた中でも最高のひとりだろう、いわば粒選り、精鋭だ。私のこの定まらない考えを落ち着かせるためにどうか教えて欲しい。何故あれほど公的な場であれほど著名な標的を殺害することにしたのかね? 死体を取り囲むあの演出は言うまでもなく。君には殺人を犯してから逃走する時間が十分にあった。それなのに逃走を阻止する防壁が張られる前から敷地内に留まり続けた。そんなのは専門家の仕事じゃない。なぜあのような重大な犯罪をそのような方法で犯し、可能だったというのに逃亡しなかった?」
アート:Anastasia Ovchinnikova |
エトラータは瞬きもせずに彼を見つめた。「本当に知りたいのはそういうことじゃないでしょ?」その口調は穏やかだったが、言葉は辛辣で容赦なかった。「本当の質問をしなさいよ、探偵さん」どういうわけか、その称号は侮辱のように響いた。
プロフトは動じなかった。「尋問中にどうやって真理の円を騙した? 真理の円が敗れたということであれば、各ギルドはそれを把握する必要がある」
「ああ、犯罪組織に対抗する道具をひとつ失うのが心配ってこと?」エトラータは涙をぬぐう仕草をした。「あなたたちの小技を失って、果たしてラヴニカは生き延びられるかしらね」
「お願いだ」
その真摯な声色に一瞬、エトラータははっとした。
プロフトは続けた。「君は捕えられた。私は君にディミーア家の秘密を明かすよう求めているのではない。君の裁判や判決には何も関与しない。だが街はもう十分に分裂している。個々のギルド間、またはギルドと市民の間で失われるような信頼はもう存在しない。私たちは真理の円が――この街にある何かが――信頼できると知らなければならないのだ」
エトラータは顔をそむけた。
ケイヤはうつむき、肩を引き締めながら部屋に戻ってきた。肌に感じる視線が嫌だった。長いこと自分のものだった街からの疎外感が嫌だった。もういい、さっさと出発しよう。この場所はもう自分の家などではない。もしかしたら、最初からそうではなかったのかもしれない。
オルゾフの色をまとう急使が借家の外に立っていた。まだ頬にわずかな無精髭が生えているだけの若者で、心配そうに辺りを見渡していた。そしてケイヤの姿を目にとめて表情を輝かせ、急いで近づいてきた。速足でぎこちなく、彼は自分の足につまずきそうになった。
「プレインズウォーカー様」叫ばずとも声が届くほど近づくと、彼はそう言った。
その呼びかけに内心ひるみながらも、ケイヤはそれが理にかなっていると思った。自分はもうギルドマスターではなく、オルゾフの前指導者に通常用いられるような敬称も当てはまらない――何せまだ死んでいないのだから。敬意を示すことなく話しかけたなら大いなる侮辱と受け取られる可能性があり、ラヴニカにおける他の役割もなく、そのため彼は自身が知る肩書きを用いたのだ。最も安全な選択。それを気に入る必要はない。
「ええ、何?」ケイヤは尋ねた。
「ギルドマスターのカルロフ様から、邸宅にお越し頂きたいとのことでした」
「ふうん。今日の私は人気者のようね」
その急使は明らかに困惑したようだった。「はい?」
「何でもないわ、気にしないで。ちょっと部屋で取ってくるものがあるから。他に私への伝言はある?」
「こちらです」若者は封のされたメモをポケットから取り出し、小さな満足の会釈とともに差し出した。仕事を終えたなら、すぐに立ち去っていいはずだ。
ケイヤは封を切らずにメモを受け取り、シャツの中に押し込んだ。「私に付き添ってはくれるの?」
「道はご存知だとお聞きしております」
「それは正しいわ」侮辱してしまうことを避けるもうひとつの方法。ラヴニカ人のマナーにはうんざりだ。ここでの用件が終わったら、カルドハイムへ行くのもいいだろう。相手の顔に拳を突きつけでもしない限り、これは無礼ではないかと心配する必要はない。あるいはイニストラードか。あそこのエチケットや礼儀はもっと単純だ。「わかったわ。私を素早く見つけてくれてありがとう」
ケイヤはポケットからコインを一枚取り出し、その急使に手渡した。彼はそれをしまい込む前にこっそりと価値を確認した。
「感謝致します」急使はそう言い、コインを熱心に見つめながら近くの路地へと消えていった。ケイヤはどこか慈しむように見てかぶりを振り、部屋の中へと戻った。邸宅へ向かう前にシャツを着替えなければ。またもマナー、けれど礼節は守らなければならない。自分の部屋でひとりきりになると、彼女はテイサからのメモの封を切って開いた。
---
パーティーの時にはできなかった話をする時が来ました。こんなにも長くかかってしまい申し訳ありません。何かを書き留めるのは安全ではありません。どうか、すぐに来て下さい。独りでです。
ラヴニカに留まって下さって本当にありがとうございます。ラヴニカのためではなく、私のためにそうしてくれていたのだと理解しています。そして私は、貴女が思うよりもずっとそのことに感謝しています。
色々なことがありましたが、私は今もあなたの友です。
テイサ
---
テイサの署名は乱暴な走り書きだった。ケイヤは眉をひそめてメモを枕の下に隠し、急ぎ着替えて部屋を出た。邸宅に向かう時が来た。
これを終わらせる時が来た。
カルロフ邸をめざして街路を急ぐ彼女を止める者はなかった。門はすでにケイヤのために開いており、警備魔法もケイヤが通れるよう調整されていると気付いた。その私道を歩いて進むのは、行程の中で最も耐えられない部分のように思えた。それは不必要に長く、感銘と威圧だけを目的として設計されている。この邸宅には邸宅自体の長所があるが、まるでそれでは十分ではないというかのように。装飾庭園を見ただけでもほとんどの泥棒は逃げ出すだろう。そびえる建物は彼女の一歩一歩を監視しているように見えた。
ケイヤは先に進んで建物に入った。到着した時から鍵はかかっていなかった。テイサが待っているのではと半ば期待して彼女は辺りを見渡したが、その女性や、それどころか使用人の気配すらなかった。邸宅は不気味なほど静かで、出迎える者も、彼女の到着を急いで知らせる者もなかった。
腹の内に奇妙な圧迫感を覚えながら、ケイヤは階段を上りはじめた。テイサはこの会合を共用部屋やバルコニーでは行いたくないのだろう――普段、書き留めなければいけないほど重要な物事はすべて彼女の私用区画に、つまり自分自身のためだけの部屋に持ち込まれていた。そしてそこには、まさにこの種の会合に適した小さく優雅な居室がある。テイサをよく知るケイヤは、そこで相手が見つかるだろうと確信していた。
廊下を進む間も、奇妙な沈黙と静けさが続いた。テイサはこの会合に備えて使用人たちを追い払ったに違いない。漏れ聞かれる危険をこれほどまで避けようとする内容とは一体何なのだろうか。
テイサのその居室の扉はわずかに開いていた。ケイヤはそこに向かって進み、だが空気中に血の匂いを感じて一瞬ためらった。そしてそのためらいを十分打ち消すかのように彼女は扉へと体当たりをし、その先の部屋に飛びこんだ。そこで彼女は立ち止まり、胸の内に高まる叫びを抑えようと口を手で押さえ、ただ見つめた。
テイサはそこにおり、訪問者を迎える机の傍らの床に四肢を投げ出していた。彼女はケイヤを待っていた――それだけは明白だった。両目はまだ開いたままで、空ろに天井を見つめていた。血に濡れた、折れた杖の軸が胸から突き出ていた。同じ血がテイサの両手にも付着していた。出血で死ぬ前にその間に合わせの槍を引き抜こうとしたのだろう。
テイサは死んだ。床に崩れ落ちそうになるほど膝を震わせながら、ケイヤはよろめきつつ部屋に入り、友人の遺体へと向かった。オルゾフにとって死は終わりを意味しない。だがテイサは、その死者たちとのあらゆる関わりがあってもなお、ケイヤが知る中で最も活気ある、生きた人物のひとりだった。そして、それはもう終わった。またひとり友が死んだ。またひとりが遺体となった。
アート:Jodie Muir |
足の下で何かが砕け、ケイヤははっとした。下を向くと、テイサがこの居室に飾っていた優雅な乙女像のひとつがここで起こった争いによって倒され、粉々になって散らばっていた。それはテイサの身体への冒涜に添えられた、テイサの空間への冒涜のようにも感じられた。そして友の屍を見るよりもそれを見る方が簡単に思えた。ケイヤは膝をつき、陶器の破片を集め始めた。
一枚の紙が破片の中に埋もれていた。ケイヤは眉をひそめ、破片を脇によけてそれを注意深く拾い上げ、そして再び凍り付いた。世界がその一点へと狭まり、胸が苦しく締め付けられた。自らの心臓の鼓動が耳に聞こえた。遠くの波音のように血が血管を流れる音が耳に聞こえた。もしテイサの警備魔法が張られていなかったなら、狼狽の表情のまま、幽体化の制御を失ってまっすぐに床へと落ちていたかもしれない。
その筆跡は明らかにテイサのものだった。線の下にある小さなにじみをケイヤは知っていた。だがその文字は……
ファイレクシアの文字だった。
ケイヤの呼吸はますます荒くなり、痙攣するように手が閉じられ、その紙が握り潰された。ラヴニカを離れるべきではない。テイサは死んだ。テイサはファイレクシアと協力していたのかもしれない。ラヴニカを離れるべきではない。エズリムの所に戻らなければ。結局のところ、自分もこの問題に関わっていたのだと伝えなければならなかった。
ずっとそうだったのだ。
「騙してなんていない」エトラータは言った。
プロフトは顔をしかめた。 「だが君が真理の円の中で尋問された時は、彼女を殺していないと言った」
「だからそんなことはしていないんだって」エトラータは壁に当たるまで頭を後方に傾けた。「ディミーア家の目になって欲しい人物が必要だったから、パーティーに潜り込んだの。楽しい夜みたいだったし。標的はなし。任務もなし。チーズを乗せた肉詰めパイを食べて。美味しかった」
プロフトは不満の声を発した。
「食べなかったの? それは残念」そしてエトラータは、彼を弄ぶのをやめようと決心したようだった。彼女は溜息をついた。「私が殺したのだとしても、覚えていないの。私は誰かを殺すために行ったわけじゃないし、無料で暗殺するわけでもない」
「君は……」プロフトは言葉を切った。思考がうねった。
ラヴニカの法は非常に明白だ。精神制御や何らかの魔法がエトラータの行動を強制したのだとしたら、彼女は一本のナイフ以上の罪には問われない。彼女は凶器だったかもしれないが、殺人者ではなかった。事件は未解決のままだった。謎は未解決のままだった。
「君の汚名を晴らしたい。手伝ってくれないか?」
エトラータは彼を見た。「私の汚名なんて晴らせないよ。沢山のギルドが責める相手を欲しがっているんだから」
「私を手助けすると言ってくれ」プロフトは引き下がらなかった。
「無理でしょ」
「私はアルキスト・プロフト。君の汚名を晴らすためならこの名前も危険にさらそう。さあ、言ってくれ」
エトラータは瞬きをし、眉をひそめた。「できる限りは。約束する」
「ならば来てくれ、やるべきことがある」プロフトは宙で指をひねり、幾つかの単純な動作を行った。カチリという音を立てて独房の鍵が開いた。「ふ。単なるクアドロアナーキー理論鍵? ずさんになったものだ」彼はカフスボタンを直した。「君は熟練の暗殺者だ。誰にも見られずにここから出られるだろう」
ゆっくりと、彼女のしかめ面が笑顔になった。「それで、私はどこへ行けばいいの?」
「私の家だ」プロフトはそう言い、住所を伝えた。「そこで会おう」
エトラータは頷き、独房から踏み出して影の中へと溶け込んだ。
プロフトは振り向き、苛立ちの表情を作った。「ここに囚人がいると聞いていたんだが」大股で扉へ向かいながら、彼は大声で言った。「空の独房しかないぞ」
その後の混乱の中でふたりは退散した。
(Tr. Mayuko Wakatsuki)
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