MAGIC STORY

兄弟戦争

EPISODE 06

サイドストーリー第2話:遺物(アンティキティー)

Reinhardt Suarez
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2022年10月24日

 

 クルーグは、その防衛軍のほとんどがウルザのもとにいた間に破壊された。これを知ったウルザは、今後はたとえ遠方の都市を包囲している間であっても、自分の同盟者たちに故郷の防衛は心配させないと誓った。

――カイラ・ビン・クルーグ著「アンティキティー戦争」フォリオ版、匿名の注釈より

 

 
ドミナリア、現在

 時空錨の試運転を一体何度繰り返したか、サヒーリは既に忘れてしまっていた。始めたのはほんの数週間前、ドミナリアに到着してすぐのこと。ジョダーに渡された青写真を大まかな元とした最初の試行数回は、全くの大失敗に終わった。どうやらその設計図はテフェリーの友人である昔の工匠のもののようで、その人物は自らのからくり装置を組み込んで作動させたらしかった。どのようにしてかはサヒーリにはわからなかった。五分にも満たない間に、彼女はその設計に明らかな欠陥を複数発見した。その多くは乗員の保護が驚くほど不足していることに関係していた。そのため彼女はその設計を捨ててやり直した。悲しいことに、自作に移行しても彼女の不運は変わらなかった。

 だが諦めることはできなかった。それは選択肢にはなかった。

 サヒーリは最新型の時空錨から下がった。カラデシュの空高くに舞う霊気の渦にも似た形状のコイル。彼女は操作盤のスイッチを入れ、パワーストーンからの回路を錨の中央接合点へと繋いだ。伝説の飛翔艦ウェザーライト号の動力源であったその石が、強烈な白光に脈打った。そのエネルギーがきつく巻かれた銅のコイルから各内部機構へと送られると、パワーストーンの光がちらついた。

 サヒーリは錨の中心をなす、この装置全体の鍵となる内部機構から目を離さずにいた。テフェリーが冗談交じりに「棺」と呼んだそのアーティファクトは、停止状態にある肉体の機能を維持する。ジョダーがくれた設計図に詳述されていた元の装置とは対照的に、サヒーリの時空錨は時間流へと物体を送り出すのではない。代わりに、時空錨は人の霊魂に時を遡らせる。これはテフェリーが求めた機能であり、過去の出来事に時間旅行者が――彼自身が――干渉することを防ぐためだった。

 肉体と魂を安全に切り離すのは困難な作業であり、サヒーリにその経験はなかった。ありがたいことに、仲間にはケイヤがいた。テフェリーを中に収めた棺の中に幽体化した腕を伸ばすことで、ケイヤは彼を完全に非実体化し、錨の機構へと完璧に適合させることができた。

「準備はいい?」 サヒーリが尋ねた。

 ケイヤは頷き、棺が吊るされた小空間へと踏み入った。プレインズウォーカーふたりは錨の頂点に立てられたアンテナに目を向け続けていた。それは時間のエネルギーをテフェリーが持ち込んだもうひとつのアーティファクト、月銀の鍵へと集中させるための装置。だがサヒーリにとってそれらの名前は問題ではなく、より大きな全体へと貢献する部品でしかなかった。

 エネルギーが錨へ流れこむと辺りの気温が上昇し、湿気がうねった。嵐と雷の後のように、甘くも刺々しい匂いが大気に満ちた。電気の小さな発散が錨を構成する金線の先端に踊り、ツチボタルの群れのようにアンテナへと少しずつ上昇していった。エネルギーの導管が、煙の中の光線のように、アンテナと月銀の鍵との間に形成され始めた。

 それがケイヤへの合図だった。紫色をした魔力の触手が彼女を包み、その姿がぼやけ、棺とその内部のものへと伸ばされた。一瞬の後、赤く細いエネルギーの光線が月銀の鍵から棺へと放たれ、それを深紅の発散物で満たした。

「安定してる!」 サヒーリは叫び、だが喜ぶのは早すぎた。パワーストーンのワイヤーと錨を接続する回路の端子群から火花が弾け出た。ああ、やめて! またなの!!

 サヒーリはスイッチを弾いて錨の電源を落としたが、連鎖反応を止めるには遅すぎた。ケイヤは錨から飛び出し、サヒーリが熱避けへと改造した古い瓦礫の破片の背後に隠れた。

「サヒーリ! 離れて!」

 だがサヒーリは聞いていなかった。この試運転を救う機会はまだある。何が間違っていたのかを今すぐ発見できたなら、それを直して錨の安定性を確保することができる。金属加工の力を用いて、彼女は機械の中のワイヤーに意識を乗せ、勇ましい突撃手のように流し、崩壊が始まった箇所を特定しようとした。

 一体何が……?

 エネルギーの結合は単純に破裂したわけではなかった。それらは引き裂かれていた。荒々しいエネルギーが回路から流出し、適切な流れを定める抵抗器を迂回していた。つまり、回路を直せばいい。サヒーリは損傷した箇所へと意識を急がせ、ワイヤーの修理に力を集中させた。

 突然、辺り一面を強烈な白光が包んだ。その瞬間、サヒーリは身体全体が氷のように冷たくなるのを感じた。呼吸ができず、だがその必要もないと気付いた。見下ろすと、ケイヤが自分の手を掴み、幽体化の力を伸ばして爆発から自分たちを守っていた。当初の狼狽が過ぎ去ると、サヒーリは何か別のものを感じた。ほんの数フィート先に浮かぶ、何かを。見える以上に感じた――深い憂鬱をもたらす存在を。

 そしてケイヤは手を放し、サヒーリはふらついて空気を求めた。彼女は錨の前の床に座りこみ、たった今経験したことを解釈しようとした。全くわけがわからなかった。スイッチを入れる前に、錨のあらゆる機構を確認していた。このような不具合が起こるなどありえないはずだった。そして、あの何かが。

「ケイヤさん、私はどうかしてるって思うかもしれないけど――」

「どうかしてなんかいないわよ。私も見たもの」

「あなたも? あれは何だと思います?」

「何なのかは知ってるわ。何がそれを起こしたのかも」 彼女はサヒーリを導き、先程まで錨の一部であった金属片を注意深く避けて進み、とある作業台の下に押し込まれた無害そうな箱を示した。「それよ」

 サヒーリが箱を開けると、銀の檻に包まれた黒い水晶球が現れた。彼女はますます混乱するばかりだった。「錨を作り出すために、他のアーティファクトと一緒にテフェリーさんがくれたものです。これは重要だと言っていたのだけど、何をするのか、そもそもこれは何なのかもわからなくて。ですので仕舞っておいたんです」

「テフェリーを探しましょう」 ケイヤが言った。「これがどうして幽霊を作り出すのか、私も知りたいから」

カラデシュ、数年前

 部屋の隅に座すシャンティ・マカムの作品をサヒーリは認識した。周囲の音に反応して形を変える、猫ほどの生きた金属の彫像。上質な黒檀のテーブルの中央にはジティヤ・レヤスの霊気るつぼの試作品が置かれ、その中心からは生の青い霊気が一定の感覚で泡立っていた。どちらも一点ものの作品であり、一か月前にギラプール芸術科学研究所から盗まれたもの。同様の豪華な玩具が、街じゅうの正当な所有者から解放されたという事実とともに幾つもこの部屋を飾っていた。

 あのごろつき達は、少なくとも彼らにとっては完璧な時に自分をさらった。この街のほとんどの住民と同じく、彼女は春祭りに参加していた。そこは流れるような模様の衣装をまとい、紫や桃色、橙色のモスリンをなびかせた踊り手で埋め尽くされていた。あらゆる社会階級の人々が公共広場に溢れかえって食べ物や噂話を求め、頭上には凧の編隊がはためいていた。誘拐者たちはただ騒々しい混沌の中、彼女が正しい路地の前へと踏み出すまで待っていれば良いだけだった。

 次に気が付いた時、彼女はこの場所にて椅子に拘束されていた。明かりはごくわずか――おそらく自分の家そのものよりも高価であろう豪華な幾つものソファ、それらに添えられたテーブルの上に小さなランタンが飾られているだけだった。ふたりの男が彼女を掴みながら両脇に立ち、テーブルを挟んで向かい側にはこの内密の夜会のかつての主催者が、精巧な金線の仮面と黒ずくめの衣服をまとって座していた。手の動きひとつで、その人物は男たちを下がらせた。彼らの行き先を確認しようとサヒーリは顔を向けたが、その主催者が彼女を止めた。

「おや、振り返らないで頂こう」 主催者は深く響くバリトンで言った。「どのような窮地にあろうとも、最も大切なものから目を背けてはならない」

「最も危険なものからも」

「サヒーリ・ライ。研究所に招かれた最年少の工匠。アーラヴとルビーの娘であり、きょうだいの名はシェーラ、アミカ、サヒル。礼と法を順守するギラプール市民であり、若者には珍しくない軽微な違反が幾つか存在する。正しいかね?」

「私について、よくご存知なのですね」

「よく、ではない。君についてはすべてを知っている」 主催者は言った。「とはいえ失礼した……そのような不公平は無礼というものだ。自己紹介させて頂こう。我が名は――」

「ゴンティ。夜市の王」

「ほう、我はこの仕事に相応しい人物を選んだということだな。とはいえ我が身元など、君の知性を試すものにはならぬ。もっと適切なものがここにある」 ゴンティは椅子に寄りかかると、自身のシャツのボタンを上から下まで外し、サヒーリに見えるよう胸を露出させた。彼女は以前に霊基体の皮膚を近くで見たことがあり、それは滑らかな白亜のような外見と感触だと知っていた。だがゴンティのシャツの下に見えたものは違っていた。その「肉体」はひび割れた石のように硬く強く、その胸には回転する歯車を組み合わせた金属製の装置が埋め込まれていた。「思うところはあるかね?」

 その通り、思うところはあった。ゴンティの正体については常に憶測が飛び交っていた。この人物がギラプールの裏社会を統治してきた年月は、ひとりの霊基体の寿命よりもずっと長い。今、彼女はその回答を知った。「私は、ぽかんとしていれば良いのですか?」

「まさか」 ゴンティはテーブルの下に手を入れて小さな鞄を取り出し、サヒーリへと滑らせた。覗き込むと、その中にはあらゆる工匠が熱望する上質な道具の一揃いがあった。先端にダイヤモンドを取り付けたピンセット、一連のルーペ、ペンチやカッター、繊細な作業用に最適化された万力。「我が心臓は」 ゴンティはそう言い、胸の機械を軽く叩いた。「不具合を起こし始めている。時間と共に自身が消耗して行くということをどう感じるか、十分に説明できるとは思えぬ。君にはこれを直して頂こう」

 ここにいるのはギラプールの犯罪王であり、窃盗や汚職、殺人の罪を負っている――その命を救うために自分はここに連れて来られた? とんでもない。そのような要望を受諾するなどありえない。領事府がその怠慢によってもたらしてきた以上の平和を、自分はギラプールにもたらすのだから。「私の知識ではお力になれるとは思えません。申し訳ございません」

「残念だ。君はこのような珍しい発明品に飛びつくと思っていたのだがな。とはいえ予想外の反応というわけでもない」 ゴンティはシャツの前ポケットに手を入れ、細い金の鎖を取り出すとそれをテーブルに滑らせた。サヒーリはそれを掴み、まじまじと見た。金の蔦に紫水晶の花が咲いている。これは母の腕輪、すぐにわかった。

「これはどういう意味ですか?」

「ふざけるのは止めたまえ。君も明白に理解しているであろう。我が部下たちは既に君の家族を住居内に集めている。所定の時間内に連絡がない場合、全員を処刑せよと指示してある。君の母親からだ」

 サヒーリは母の腕輪を握り締め、額に押し当てた。「この悪党」

「時間がないのだよ。君と同じだ」

ドミナリア、現在

 テフェリーの姿はどこにもなかった。だがサヒーリとケイヤは塔の内部、使われていない多くの部屋のひとつにジョダーを発見した。彼は足を組んで床に座し、宙に浮かぶ水銀の雲のようなものへと話しかけていた。

「母親のような心配ぶりだな」 彼はその雲の中の人物へと話した。日焼けした肌に暗めの赤毛の女性。「テフェリーは大丈夫だ。総合的に考えれば、大丈夫という表現でも足りないな」

「まだ遡行を諦めていないの?」 その女性が尋ねた。

 ジョダーは両腕を挙げてみせた。「選択肢は多くないんだ」

「時間旅行なんて」 彼女はかぶりを振った。「何をしようとしているか、わかっていると思うのに」

「もっと悪いことになるかもしれない。時間を遡って、話をするだとか――」

 ケイヤと共に部屋の入り口に立ち、サヒーリは大きめの咳払いをした。ジョダーは会話から顔を上げた。彼は不安そうな笑みを浮かべ、片手を挙げて「ちょっと待って」の仕草をした。

「ジョイラ、悪いが用事ができた」 彼はそう言って立ち上がった。「エイデリズにくれぐれもよろしく」

「自分で言えばいいのに」

「ああ、だがそうしたら今の計画について一通り説明する必要がある。必然的に何かが起こり、お喋りは中断され、それを再開する頃にはやり直さなければならない多くの物事が起こっているだろうな」

「似た者同士ねえ。厄介だこと」

「つまり可愛いということでいいのかな?」

「いいえ」 その言葉とともに雲が消えはじめた。「ジョダー、身体に気を付けてね」

「君も」 そしてジョダーは扉の所で待つプレインズウォーカーふたりへと向き直った。「済まなかった。私に何か用かな?」

 サヒーリは言葉を飾りはしなかった。「時空錨を幽霊が妨害しているようなんです。そしてそれはテフェリーさんがくれた、何なのかわからない黒い宝球が作り出しているようで」

「待て待て、ゆっくり喋ってくれ。幽霊はどうやって作られる? つまり、人を殺すという明白な方法以外で」

「『作り出している』は間違った表現かもしれないわね」 ケイヤが言った。「既にそこにいる霊を強化している、の方が近いかな。霊は物理的な次元に長くいればいるほど希薄になっていくの、風に吹かれる霧みたいに。何かがやって来て、再び完全な姿を成すために必要なエネルギーを与えない限りは。この球から銀色の紐がその霊に伸びているのを見たのよ。霊のエネルギーが直接供給されていたわ」

「おそらくそうなのだろうな。工房からその宝球を持ち出すだけでは駄目なのか? 別の次元に持って行くとか」

「もう何週間も経っているのよ。霊はその間ずっとエネルギーを食らっていた。私たちに干渉しないくらい薄くなるまでには何世紀もかかるでしょうね」

 ジョダーは自らの意見を述べるため、彼女たちに同行して現場へと向かった。到着すると、サヒーリは恐る恐るジョダーを先導し、尖った瓦礫を迂回してテフェリーが持ち込んだ謎の球体を見せた。彼は指でその銀の檻に触れ、内部の水晶球を杖の先端でつついた。球体内部の柔らかな光が瞬き、明滅した。彼はもう少しつついた後、それを手にとって逆さにし、裏面を調べた。彼は銀の小さな一片を繰り返し指で撫でた。

「ウルザ、あの野郎」 彼はうなだれた。「この期に及んで何をしてくれる?」

「誰?」 ケイヤが尋ねた。

「ウルザ。この塔を築いた男だ。千年ほど前にファイレクシア人がこの次元を侵略した時に打ち負かしたプレインズウォーカーであり、テフェリーの師であり、私の祖先でもある」

「そんな大切なこと、一言も言ってくれなかったでしょう?」

「家庭の事情というのは滅多に単純じゃない」 ジョダーはその球を机に置き、ひとつの呪文を唱えるとプレインズウォーカーたちを招き寄せた。宝球を取り囲む銀の檻の一部が赤く輝きだした。「銀の網に書き文字が隠されている。気付かなかっただろうが」

 サヒーリは気付いていなかった。だがジョダーの呪文の下、ぼんやりとした書き文字が見えた。だが以前に見ていたとしても、互いに重なり合う一連の幾何学的図形として無視していただろう。正方形、三角形、円形が何ら認識可能なパターンも無しに繰り返され、重なり合っている――まるで工匠の署名のように。

「これはスラン語で書かれている。この次元の古代文明の言葉だ。この言語を読める者はこの五千年で甚だしく減ってしまったが、私は読める。ウルザと彼が教えたトレイリアの生徒もだ。これがウルザの仕業であることに疑いの余地はほぼない」

「何と書いてあるのです?」

「『始まりへと戻り、私へと適切に挨拶せよ』だ」

「どういう意味でしょう?」 サヒーリは尋ねた。「ウルザが錨を妨害しているということですか?」

「理由は沢山あるが、問題の霊魂はウルザではないと私は断言できる」 ジョダーが返答した。「伝言の意味としては、ウルザが絡んでいるということは面倒事だろう。それだけは確かだ」

 またも曖昧な返答、サヒーリはそう気に留めた。テフェリーやゲートウォッチの正式な構成員ほど長くジョダーを知っているわけではないが、この数週間を共に過ごしたことで自分たちの間には何らかの関係が生じたと彼女は考えたかった。食事を友にし、お喋りと茶と楽しみ、物語を語り合った。表向き、自分たちはこのドミナリアにてファイレクシア人を阻止するという共通の目的に向かって動いている――自身の故郷を含む無数の次元への脅威を。そのような重要な情報を隠す余地はない。

「だからこそ、この件は早いとこ片付けないと」 ケイヤが言った。「それにきっぱりとね」

「待って」 サヒーリが声をかけた。「その霊は以前は生きていたんでしょう? それが何を望んでいるかがわかればもっと良いと思うのだけど」

 ケイヤは椅子に身体を沈めた。「物理的な世界に居残る霊が望むことは少なくて――ほとんどは悪いこと。けれど聞かせて。どんな提案があるの?」

「以前教えてくれましたよね――霊はエネルギー的な存在のようなものだと」

「ええ。意志によって突き動かされるエネルギー、それが魂?」

「その通り。お客さんの相手をするために役に立つもの、それについて心当たりがあります」

カラデシュ、数年前

「信じられない」 サヒーリは思わずそう口にしてしまった。自分がそう感じるだろうというゴンティの考えが正しいなどと証明してやりたくはなかった。だがこの状況にもかかわらず、これほどの技術的驚異を詳細に調べられることに彼女は心のどこかで興奮していた。霊気心臓はただゴンティの存在を引き延ばしているだけではなかった――それ自体も偉業だが、霊気心臓の構成要素が行っていることとは比較にもならなかった。霊気心臓の中心には、大気から霊気を直接抽出する蜂の巣状の部品が組み込まれていた。新鮮な霊気が継続してゴンティの身体を循環し、その身体を永遠に新しいものにしていた。

 つまり、ゴンティは不滅なのだ。

「どれほどかかる?」 高価な会議用テーブルの上、模範的患者のようにじっと横たわっているゴンティが尋ねた。サヒーリがその身体を調べ、突いてもゴンティはわずかに身体を引きつらせるだけだった。

「とても細かい作業なんです」 サヒーリはそう言い、心臓の中から羽根のように軽い半透明の膜をピンセットで取り出した。「全力の集中が必要です」

「全力ではあるまい。技術や家族に対する君の献身は確かだ。とはいえ君の反抗心もまた感じる。丁字草にも似た香りだ」 サヒーリは小さく罵った。これまでに出会ってきたあらゆる霊基体と同様、ゴンティは他者の感情を呼んでそれを様々な香りとして解釈する能力を持っている。ここでは自分たちの他に誰もおらず、最も深い思考ですら隠すことは不可能ということ。「だが理解できるというものだ。争いというものは物事の自然な状態だ。それが個人の内であっても」

「生きるために盗み、殺すあなたが言うのは簡単でしょうね」

「愉快なほどの純真さよ」

 純真? かつてゴンティとその取り巻きが犯した罪の身代わりを求める貴族を満足させるため、領事府はホームレスを一斉検挙した。その時ゴンティは何処にいた? ゴンティ配下の派閥同士が利益を求めて争う中、その巻き添えになった市民がどれだけいる? そしてゴンティの強欲によって住処や生計を失うのではと怖れている人々が、どれほど沢山いると思っている? 彼女は霊気心臓へと集中を戻したが、先程と同じく、思いを声に出すことは止められなかった。「あなたに生活を壊されることなく、平和に暮らせたらいいのにと思います」

 ゴンティの声色が苦々しさを帯びた。「かつて、我が同胞たちが獣のように狩られていた時代を覚えている。人々は我らが何であるかを知りながら、ただ我々が何であるかについて心から苛立った。それが意味するところを理解もせず、生活を壊すなどと語るな」

 サヒーリはゴンティへと反論したかったが、何も言えなかった。その通りだった。最初の霊基体たちは霊気精錬の副産物であるとして彼らを切り捨てた技術者たちによって狩られ、殺された。それはひとつの過ち。確かに物事はよりよく変化した、けれど過去は? 社会はそのような痛みをいかにして修復するのだろう?

 彼女はその回答を持たず、今それを追求するのは自分の役割ではなかった。できるのは、可能な限り自分の家族を守ることだけ。ゴンティの胸の奥深くへと入り込み、彼女は問題の箇所を特定した。霊気心臓の核部分は、手指の爪ほどの回転する銀のフィラメントで構成されている。このフィラメントの動きは、人間の心臓が規則正しく血液を送り出すように、歯車がエーテルを攪拌する律動を支配していた。だが時間の経過とともに、フィラメントがわずかに破損した――修理としては最も簡単な部類。サヒーリが指でフィラメントに触れると、その表面が水面のように波打ち、亀裂が塞がれた。

「破損個所は修復しました。何か変わりましたか?」

 当初、ゴンティは黙っていた。だがゆっくりと身体を起こし、彼女へと向き直った。「わかるとも。素晴らしい」

「では、部下の人たちに引き下がるよう伝えてください」

「既に伝えてある」 ゴンティはシャツのボタンをはめながら言った。「話を始める前に立ち去らせたふたりがそれだ。君の家族は決して危険にさらされてなどはいなかったのだよ。君への信頼の証と考えてくれたまえ」

 サヒーリの身体が身震いをした――憤怒からではなく、安堵の喜びから。

 ゴンティは会議机から飛び降り、そして立ち止まってその表面の擦り傷を嘆いた。そしてサヒーリへと片手を差し出し、彼女はそれを握り締めた。ゴンティを怒らせ、家族を再び危険にさらしたくはなかった。ゴンティは部屋の後方の窓へと彼女を導いた。そのカーテンを開き、ゴンティは息をのむようなギラプールの眺望をサヒーリへと見せた。背の高い尖塔の数々が春祭りの光で彩られていた。遥か眼下の街路では、何千という人々が祝祭に興じていた。「我が街だ。美しいであろう? 今や我らは仲間、だが勘違いしてはならない。この街は当初、我にその戦いを突きつけた。あらゆる霊基体にそうしたように。だが我は潰されるのではなく、その分厚く棘のある皮を受け入れた。戦いに勝つには、戦いそのものにならねばならない。それが物事の在り方というものだ」

ドミナリア、現在

 この日二度目の時空錨のスイッチをサヒーリは入れた。パワーストーンからのエネルギーが回路を通り、装置は正規の手順で起動された。ケイヤも自らの役割を果たすべく待機していた。工房を見渡し、サヒーリは訝しんだ。あの霊は不可視の姿でどこかに潜み、自分のあらゆる動きを監視しているのだろうか。

 彼女はそれを願った。

「ケイヤさん、いいですか?」

「ええ」 彼女は棺に両手を触れた。「上手くいくといいけれど」

 アンテナと月銀の鍵との間にエネルギーの導管が現れはじめた。サヒーリはじっと動かず、視線はケイヤへと定めていた。あえて行った唯一の動きは、操作盤のスイッチからスイッチへと指を滑らせることだけだった。ケイヤは幽体化し、紫色をした魔力のもやで錨内部の小空間を満たした。すべてが今一度の試運転であるように見えていた――これは寄せ餌。

 サヒーリは訝しんだ。あの霊はどこにいるのだろう?

「いた!」 ケイヤが叫んだ「今よ!」

 サヒーリは二番目のスイッチを弾き、錨の通常運転から新たに構築した内部機構へとエネルギーを転換した。アンテナからの信号を吸収して方向づけるのではなく、月銀の鍵は回転を始め、辺りの空気が密度を増したように感じた。緑がかった霧が床から立ち上り、サヒーリは突然の吐き気に襲われ、思わず作業台にもたれかかった。

 錨の正面に、ガラスに霜が張るように灰色の姿が形を成していった。四肢が固まり、頭が、そして上半身が。人間――ひとりの男の顔、やつれて疲弊し、髭は伸びて荒れ果てていた。その霊は獅子の頭部をあしらった重厚な甲冑をまとっていた。

「貴方はどなたですか?」 姿勢を正しつつ、サヒーリは声をあげた。

 霊の表情に驚きが走った。それは踵を返して逃げ出そうとしたが、できないと気付いた。錨からはほんの数歩しか離れられなかった。罠が機能したのだ! ゴンティの霊気心臓に脈動するエネルギーの律動を再現することによって、サヒーリはこの霊に実体のような堅固さを与えることに成功した。消える、あるいは固い障壁を通り抜ける能力がなければ、自分と意思疎通をする以外に選択肢はないだろう。

「傷つけるつもりはありません! 何を望むのかを教えてください!」

 霊は躊躇し、そのため彼女は友好の証として片手を差し出した。だがそれは彼女を床へと押しのけることで反応した。霊の接触は凍り付くような冷たさで、掘り返されたばかりの墓の土のようだった。ぼやけた刃をベルトから外し、その霊は武器を頭上へと掲げた。すぐさまケイヤが行動に移り、床へと跳んでその武器の軌跡からサヒーリを引き放した。だが霊の標的は決してサヒーリではなかった。刃は錨に当たり、その側面に深い傷をつけた。ケイヤが霊へと短剣を投げたが、相手は既に工房の扉をくぐって逃げ出していた。

「大丈夫?」 ケイヤはサヒーリへと尋ねた。その心配は彼女の憤慨を完全に隠してはいなかった。ケイヤは霊との意思疎通に関するサヒーリの試みに確信を持っておらず、そしてその懸念は正しかったと証明されてしまった。

「どこも怪我はありません」

「よかった。錨を確認して。あれは私が追うから」

 錨を調べるサヒーリを残し、ケイヤは工房から飛び出していった。損傷は深刻だった――エネルギーを安定化させる内部機構がばらばらに壊されていた。だが月銀の鍵と棺そのものは無傷だった。広範囲の修理が必要だろうが、修理は可能。サヒーリはほっと息をついたが、その安堵を長く続かせはしなかった。彼女は扉へと急ぎ、ケイヤを追いかけた。彼女があの霊を殺してしまう前に追いつきたかった。あの霊は自分を認識した。もっと平穏な状況であれば、会話は可能だろう。

 サヒーリは工房を繋ぐ通路を駆けて塔の本体へ向かい、大広間を取り囲む回廊に出た。途中、ジョダーの姿を彼女は見かけた。自分とケイヤが錨を改造している間、彼は可能な限りの答えを収集するために星原の宝球を持って引き籠っていた。

「ケイヤさんはどちらに?」 彼女はそう声をあげた。

「上へ向かっていった。ついて来い!」

 サヒーリとジョダーは飛行機械工廠の二階へと駆け、そこにケイヤがいた。彼女は手にダガーを握りしめ、部分的に実体化した霊と対峙していた。相手は分厚く角ばった剣を構えていた。

「こいつ、かなりの速さで崩れてきてる」 ケイヤが言った。「今すぐ対処しないと、押さえつけるのはずっと難しくなるわよ」 その霊を殺すのが目的であるなら、ケイヤの言うことは正しい。だがサヒーリは平和的解決に手が届く可能性にすがった。馬鹿げていると、貴重な時間の無駄だとわかっていた。それでも、不必要な危害を与えるという考えはしっくりこなかった。

「私はサヒーリ・ライといいます。貴方は?」

「シャラマン」 武器を掲げたまま、その霊は答えた。

「シャラマン将軍。ウルザ軍の指揮官だ」 ジョダーが割って入った。

「お前はあの冷酷な男の代わりか?」 シャラマンの姿が揺らいだ。

「貴方の戦争は五千年近く前に終わった」 ジョダーが言った。「もし復讐だというのであれば――」

「復讐ではない。食い止めるのだ。お前たちはウルザの戦争機械を再起動するのだろう」

 サヒーリが口を開いた。「貴方に起こったことはお気の毒に思います。ですが私たちが戦う敵は――ドミナリアのすべての人々と、その先の多くの次元にとっての脅威なんです」

「私は何十年も、忠実にウルザへと仕えた……私の甥たちも。いい子たちだった。ミシュラのドラゴン・エンジンに引き裂かれたあの子たちの遺体を、この腕に抱く羽目になった」 サヒーリの罠の効果が弱まるにつれ、その姿がぼやけていった。「資源を譲らないサルディアや他の州の略奪をウルザが命じる間、私は傍観していた。我々は正義の側であるため、歴史は許してくれるだろうと考えた」 彼はサヒーリをまっすぐに見つめた。「私と同じ過ちを他者には犯させない。それがお前を止めることを意味するなら、そうするつもりだ」

「私は……」 何をすべきか、サヒーリにはわからなかった。シャラマンはただの気まぐれな霊ではない。彼は多くのものを――家族を、人生を失ったのだ。自分たちの努力は必要なことであると納得させなければ。「シャラマンさん、きっと何か他の方法が――」

 ケイヤはサヒーリが言い終えるのを待たなかった。シャラマンが視界から消える中、彼女は自らを幽体化してその霊へと突進し、その希薄な姿は死のうねりとなった。彼女は短剣を振り回し、彼女にしか見えない攻撃を受け流し、そして旋回しながら後方へ突いた。サヒーリが見つめる中、ケイヤは武器を落として膝をついた。ケイヤの唇が動いたが、サヒーリには何も聞こえなかった。彼女はケイヤの側へと進み出て、彼女が実体化するのを待った。

 ケイヤは立ち上がり、大きく身震いをした。「ごめんなさい。こうするしかなかった」


 テフェリーは棺の中の枕に頭を預け、小さな丸窓から外へと微笑んでみせた。試運転のために訪れた彼は驚くほど元気で、朝の訪問での物思いにふける様子とはかけ離れていた。彼がいかにしてか見出した慰めを自分も得られたら、サヒーリはそう願った。塔の周囲を少し散歩するのが良いだろうか。ああ、きっと。

 サヒーリは時空錨の最終確認を行った。すべての内部機構は、古いものも新しいものも問題なし。彼女はケイヤへと頷きかけて錨の中へと促すとともに、試運転の成功を願った。シャラマンと対峙して以来、ケイヤの大胆不敵さは消えてしまっていた。

「今これを行って、本当に大丈夫ですか?」 サヒーリはそう尋ねた。

「遅らせるわけにはいかないでしょう」

「それを聞いてるのではなくて」

 ケイヤは微笑んだ。「私もあなたみたいだったら――善い人だったら良かったのに」

「ケイヤさんは善い人ですよ」

 だがケイヤはかぶりを振った。「シャラマンは絶対に引き下がる気はなかった。霊ってそういうものなのよ。その執念が彼らを物理的な世界に繋ぎ留めてる。私がこれまでに対処してきた霊は――暴君、悪人、最悪も最悪の奴らだった。そいつらに相応しい罰を与えているんだって正当化できた。けれど彼は」

「最期に、あの霊は何か言っていたんですか?」

「また家族に会えるかどうか、それを知りたがっていたわ。私は、きっと会えるって伝えた」 そう言い、ケイヤは錨へと踏み入って位置についた。「始めましょう」

 サヒーリがスイッチを入れ、錨はうなり声をあげて起動した。エネルギーがアンテナへと上昇し、月銀の鍵を通り、そしてケイヤが幽体化させたテフェリーが入った棺へと達した。

 錨は正常に作動している、サヒーリには既にわかっていた。一瞬、サヒーリは目の前から集中を放して思考をさまよわせた。数年前、あのカラデシュの夜を彼女は思い出した。ゴンティの邸宅を辞して自宅へと戻った時のこと。幾つものテーブルに温かな食べ物と冷たい飲み物が、霊気装置の構築物によって並べられていた。年若いいとこたちはその衣装から見るに、春祭りの踊りに初めて参加したのだろう。家族の抱擁に感じた温もりは――その温もりは、手の甲を指でそっと撫でたように、ラヴニカの舗装路に整然となる足音のように、ファートリの唇が――多元宇宙でも最も完璧な形――言葉を紡ぐように自分を包んでくれた。『一緒に踊りに来たよ』……と。

 ゴンティとは異なり、サヒーリは平和を諦めてはいなかった。けれど愛する者たちが自分の力を必要としているなら、戦争にだってなってみせる。

終幕

 かつてテフェリーはジョダーへと、星原の宝球について言及していた。それはファイレクシア侵略当時のどこかでウルザが隠し場所のひとつに収めたものであり、いかにして入手したのかを。だがテフェリーはその宝球の重要性を軽視していた。混乱させられたのだろうか? いや、恐らくテフェリーは賢いがゆえに、このオーブを弄ぶのは危険すぎるとみなしたのだろう。ジョダーも同じだっただろう、この宝球が魂のエネルギーを行使するするとわかった後であればなおさらだ。霊へとあのように影響を与えたのは不思議ではない。その最期の日々に、ウルザはまさしく闇の技に手をつけていた。

 宝球について、あるいはウルザとその塔について皆に率直に話さなかった件については、ジョダーは後悔していた。彼らを守るため、だがそれでも仲間に対して秘密を持つというのは好きではなかった……特にサヒーリに対しては。ジョダーが見るに、彼女はテフェリーが引き込んだ協力者として完璧だった。熟達の技と情け深い心を併せ持っていた。長い年月の間に接してきた多くのプレインズウォーカーとは異なって――(後にそうなった)フレイアリーズのように、大切に思った者たちともまた異なって――サヒーリの人間性はいつも輝いていた。

 自分やテフェリーの若いころよりも、彼女は善い人物だった。

 真夜中を過ぎ、ジョダーは外縁部の監視塔の底部に座し、星原の宝球を目の前の床に置いた。ウルザの多くの企みのひとつを調べるために身を危険にさらそうという者がいるなら、それは自分だろう。

 彼は呪文を唱えはじめた。

 それは子供にもできる魔法だった。ジョイラが初めてそれを見せてくれたのは、今のような疎遠な友人以上の関係だった頃だった。彼女はいつものように、トレイリア西部の教授やあれこれについてジョダーが述べる学者ぶった不平にうんざりしていた。そのため彼女はその呪文を唱え、彼を驚かせて黙らせた。そして大笑いしながら説明した――これは強い電撃で相手を驚かせる魔法であり、テフェリーから最初に習ったものなのだと。それはトレイリアのアカデミーの生徒たちや、教授にまでも悪名高いものとして広まり、やがて誰もがテフェリーとの握手を拒むようになった。そう、ウルザも含めて。

 始まりへと戻り、私へと適切に挨拶せよ。

 ジョダーは片手を掲げ、電撃を宝球に与えた。青い閃光がほとばしり、世界が消え、一瞬してそこは質素な小屋の内部に置き換わった。その部屋は明るかったが、光源は何も見当たらなかった。気が付くとジョダーは大きなテーブルを前に座していた。その上には、信じられないほど小さなおもちゃの歩兵と騎兵が、途方もない数で並べられていた。それらに機械のドラゴンの軍勢が対峙し、模擬戦が行われていた。

「ウルザ、ろくでなしの老いぼれが」 ジョダーは穏やかに言った。「小次元か」 ただの小次元ではない。千年以上も前にウルザが住んだ小屋を模して作られていた。ガルメニーの島、オーラン山脈の中に位置しており、ジョダーはかつて訪れたことがあるためそれを知っていた。

 彼は立ち上がり、分厚い写本がぎっしりと詰めこまれた背の高い本棚を見渡した。失われて久しいと思われる幾つかの書物の名があり、その中のひとつがジョダーの目にとまった。彼はそれを棚から取り出し、装丁を調べ、革がすり切れた溝に指先を沈めた。なめし革に飾られているのは獅子の頭部――アルガイヴの紋章。頁をめくり、彼はとある羽ばたき飛行機械の図解で手を止めた。その頁の隅には大文字のTが小さく記されていた。工匠タウノスが手がけた本物の図、その木版。そしてジョダーは本扉へと戻った。

「アンティキティー戦争、カイラ・ビン・クルーグ著」 背後で声があがった。ジョダーがすぐさま振り返ると、そこには布鎧をまとう女性が立っていた。角ばった顔、後ろでまとめた黒髪、「そのフォリオ版です。ミノラッドの賢者たちの最初の集会を祝して作られたもの。この棚には巻物から書物まで、すべて異なる版で幾つかが揃っています」

「貴女のことは知っている」 ジョダーはそう言った。「ザンチャだな。ウルザの相棒の」

「夢の中では、私はザンチャです。とはいえ私は彼女ではありません。彼女であった全てはあのゴーレム、カーンの中に込められておりますので」

「ならば貴女は何者だ?」

「ひとつの構築物です。ここであなたが見ている全てと同じく」

 短い時間ではあったが、ジョダーは本物のザンチャに会ったことがあった。彼女は子供のように好奇心旺盛で、ドミナリアの歴史や遠い土地について、あらゆる類の質問を投げかけてきた。彼女とウルザは何とも奇妙な組み合わせ、そう考えたことをジョダーは思い出した。だが彼女の存在が、ウルザの性格でも最もすり減った場所を宥めていたようでもあった。

 部屋の反対側の扉が開き、別の人物が入ってきた。今度は男性で、頑丈な体格に厳しい顔つき、黒髪としかめた眉。ジョダーは「アンティキティー戦争」を再びめくり、その男性に合致する肖像画に辿り着いた。

「ミシュラ。そちらも構築物なんだろうな」

「お前はテフェリーの人相とは一致しない」 ミシュラはそう言い、短剣を抜いてジョダーへと向けた。「侵入者か」

「待ちなさい」 ザンチャはそう指示し、そしてジョダーへと向き直った。「あなたは何者ですか。ここに来た目的は?」

「私の名はジョダー。テフェリーの友であり、ウルザの子孫でもある。そうでもなければ、ここに辿り着けるわけはないだろう?」

 ふたりは納得したようだった。そして脇によけ、ジョダーに本棚の捜索を続けることを許可した。彼は「アンティキティー戦争」を戻し、棚の最下部から粗末に閉じられた紙の束を取り出した。それは設計図や計画書、ウルザがヨーティアの兵と粘土像の軍隊を再建するために必要とした指示書の束だった。その中に挟まれていたより小さな書類入れには、家族の血統に関する更に難解な情報と、異なる個々の物品がすべて合わさってひとつ並外れた武器となる、壮大な設計が含まれていた。

「レガシー」 ジョダーは声に出して言った。「この場所は――対ファイレクシアの準備が整う前に死亡してしまった場合に備えて、ウルザが用意していた安全策だったのか」 彼は声をあげて笑い、あの宝球を手に入れた件についてのテフェリーの言葉を思い出した。『ウルザは私のあらゆる弱点を狙っていたかのようだった。だが私は打ち負かしたんだ!』それは違う、頭脳戦でウルザを打ち負かした者などいない。彼はあの宝球の前に、突破不可能と言っていい妨害を置いていた――テフェリーだけがそれらを克服する勇気と大胆さを持っている、そうウルザは知っていたために。

 ジョダーは束を閉じ、その表紙に手を置いた。その間ザンチャとミシュラはその無表情を変えることなく、彼の様子を見つめていた。

「テフェリーは今、手一杯だ」 ジョダーはふたりへと言った。「だがそのすべてが過ぎ、彼の覚悟が整ったなら、この場所を教えようと思う。そこでひとまず尋ねたい。君たちの主から何か最後の伝言はあるか?」

「ある」 ミシュラが言った。「『対立はもう終わりにしよう。もはや相違を気にしている場合ではない』――と」

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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The Brothers' War

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