MAGIC STORY

兄弟戦争

EPISODE 05

サイドストーリー第1話:拠点(ストロングホールド)

Reinhardt Suarez
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2022年10月21日

 

「人々を奮い立たせ、その人々に行動を要求するときというものがある。今がそのときだ。我々がその人々だ。これがその行動だ」

――葉の王、エラダムリー

 

 

 ウルザが立てた建造物の中をまた歩くことになるなど、テフェリーは決して思ってもみなかった。ましてや、定命であった頃の師が歩いた建物を。四千年という時は、どのような建物にとっても長すぎる年月だ。ましてや、ひとつの大陸を破壊した戦争にとって必須であった建物であれば。それでもテフェリーはその塔のらせん階段を上っていた。数千年前、ウルザが弟ミシュラとの苦々しい闘争のための機械を設計した場所。

 塔そのものは、見捨てられてはいたがそのままの形状を保っていた。石と金属は継ぎ目も亀裂もないように細心の注意を払って組み合わされていた。まるでこの塔は人の手で組み立てられたのではなく、自らの意志で存在を成したかのように。言い伝えによれば、ウルザはこの塔を兄弟戦争の恐怖から離れた自分の工房として建てたのだと。その気遣いは黄金の装飾、飛行機械工廠、組み立て式の武具に込められていた――その人生を取り巻いていた人々へと伸ばすことはなかった類の気遣い。

 この塔が何世紀にも渡って略奪を逃れてきた理由は謎だった。盗賊が宿営を設置した形跡も、日和見主義の魔術師が研究所を設置した形跡もなかった。どちらにとっても構造的には完璧だっただろうに。この塔が生き残ってきたのは霧に覆われた谷の中によく隠されていたため、テフェリーはそれで納得できたかもしれない。だが彼はそれ以上を知っていた。馬鹿げた幸運――ウルザのあらゆる策略が頼りにした(そして成功した)と思われる、それと同じ幸運。無謀な幸運。危険な幸運。究極の成功あるいは究極の失敗だけを約束し、どちらにしても痛みを伴うようなもの。

 テフェリーは階段を上りきると息を整え、腹部を押さえた。新アルガイヴで負った傷が今も痛んだ。確かに、空中浮遊の魔法を用いて上ることもできた。だがスビラはいつも、歩みを進めることで得られる静穏の大切さを教えてくれていた。一歩、一歩……、また一歩。もつれきった懸念の結び目をスビラが切り裂いてくれたなら――どれほどそう望んだだろうか。

『考えるのは止めなさい』 彼女はいつも言っていた。『自分の目で見るのよ』

 自室に入ると、まばらではあるが新たな調度品が揃えられていた。机、椅子、簡易寝台。多元宇宙を飛び回っていた一週間ほどの間にそれらは置かれていた。次に彼は、人里離れた谷の遥か上にそびえる霧に覆われた胸壁へと出た。そしてアルガイヴの冷涼な空気を呼吸して胸壁の先を見つめ、金属の戦士の密集隊がまさにこの胸壁の下に並び、その踵で雷鳴のように地面を踏み鳴らしている様を想像した。

 胸壁に背を向けると、直立した芋虫に似たずんぐりとした構築物が、扉からよたよたと歩いてくるのが見えた。それは湯気を立てる緑色の液体で満たされた杯と、ビスケットの小皿を危なっかしく運んでいた。テフェリーは困惑したまま、その簡素な構築物が部屋を横切る様を見ていることしかできなかった。サヒーリの作品だろうとは想像できたが、どう反応すべきかわからなかった。

「それは私のではないだろう?」 それが理解してくれると願い、彼は言った。「何せ到着したばかりだ」

「私からだよ」 扉の所にジョダーが立っていた。普段通り堂々と、生き生きとして。状況がどれほど悲惨であろうと、彼は常にドミナリアで最も評価の高い大魔道士として隙の無い姿を見せていた。ローブはしみひとつなく、その笑みは晴れた夜空の虚月のように眩しかった。「この塔には警報の魔法をかけてある。だから君が戻ってきたことがわかった。朝食を一緒に摂っても構わないだろう?」

「ああ。君はとても親切だな」 テフェリーはそう言い、ビスケットを噛んだ。ふむ、この珍しい味は何だろう? 甘くはなく塩味で、奇妙な匂いと歯の間に砂のような感触があった。「これは何だい?」

「キィエルドーの人々が食べる伝統的なビスケットだ。調理法をサヒーリに教えたところ、彼女は構築物の一体にこれを焼かせた。本当に優れた工匠だな」 彼は目を狭めた。「どうしてそんなことを聞く?」

「こういう味がするものなのか?」

 ジョダーは一枚を取り上げてじっと見つめた。「私は何千枚と食べてきたが、特に変なところは見当たらないな」 そして彼は一口かじった。「む、確かに少し変だ。油虫の粉が古くなっていたのかもしれない」

「油虫の粉」 テフェリーはそう反復し、ジョダーを睨みつけた。

「うむ」 ジョダーはそのビスケットを口に放り込んだ。

 テフェリーは自分が手にしていた破片を慎重に皿に置いた。「こちらの調子はどうだ?」

「期待通りに。計画の進み具合はサヒーリに尋ねる必要があるだろうが、我々の秘密は保たれていると言える。少なくとも今のところは」

 それは良い知らせだった。マナ・リグへの攻撃から数週間が過ぎ、テフェリーに残された仲間は少なく、頼みの綱はさらに少なかった。カーンはファイレクシア人にさらわれ、酒杯は破壊され、アジャニは潜伏工作員だと明らかになった。これ以上の詮索の目を防ぐため、ジョダーは新たな基地を見つけることを主張し、それはテフェリーも同意見だった。必ずしも同意見でなかったのは、ウルザの塔への移転だった――だが成すべきことは成された。

「レンを連れてきたよ」 テフェリーはそう言った。「会えたかい?」

「ああ、ここに来る途中に。必ずしも友好的にというわけではなかったが」

「少しすれば慣れてくれるさ。彼女の知恵は比類ないよ」

「そういえば、君が到着したすぐ後にプレインズウォーカーがもうふたりやって来た」

 テフェリーは片方の眉を上げた。この一か月というもの、彼は多元宇宙に散らばるあらゆる味方を熱心に追いかけていた。だが昔から知るプレインズウォーカーのほとんどは、彼の懇願を一笑した。その一方、共にニコル・ボーラスと戦った年若いプレインズウォーカーたちについては幸運だった。中でも最も重要な新入りは、並外れたアーティファクト技術を誇るサヒーリ・ライだった。ケイヤは鋭敏な戦略的思考と、彼方の次元に及ぶ情報提供者のネットワークで貢献してくれた。そしてレン。テフェリー自身の愚かな外面を見抜くその能力を彼は欲した。だが、他の誰かが自分を探しに来るとは思っていなかった。

「ケイヤはそのふたりを知っているようだ」 ジョダーは肩をすくめて言った。「そしてこの場所がまだ爆発していないということは、おそらく彼女たちは友好的だということだ」

「そのふたりが何を求めているか、確かめるべきだろうな」 テフェリーは茶をひと口すすった。レモンと蜂蜜のほのかな香りが彼の不安を宥め、シヴを離れてからずっと続いていた恐怖に向き合わせてくれた。「行く前に、君にひとつ頼みがある」

「不吉な予感がするな」

「サヒーリの時間遡行機械の準備ができたなら、私に他のことはできなくなるだろう。だから必要になる――私たち全員が必要とするはずだ、正しい決断を行って皆を率いる人物を」 彼はジョダーの肩に手を置いた。「君には、その人物になることを考えてほしい」

「考えてほしい?」 ジョダーはにやりとした。「そうなれ、と命令するんじゃなくてか?」

 テフェリーはかぶりを振った、「命令ではなく、頼む方がいいと学んできたのでね」

「たった六十年しかかからなかったな」 ジョダーはテフェリーに手を重ねた。「この場所が燃えてしまわないよう頑張るさ」


「アジャニは何処ですか?」

 テフェリーの返答に対してエルズペス・ティレルが浮かべた表情を、彼は見たことがあった。トレイリアのアカデミー、昔の校長であったバリンを訪れた時――あれは訪問というよりは、悔恨という行為だった。尊敬する魔道士は机から立ち上がり、表情は落ち込み、顎を震わせ、内なる嵐をただ礼節によって抑えつけていた。自分たちを隔てた名前はレイン――バリンの妻であり、テフェリーが先頭を務めた戦争で殺された。テフェリーが責任を負う戦争で。

 今日、彼が口にした名は異なっていた――レインではなくアジャニ。だがバリンが見せた表情とまさしく同じであり……。エルズペスが強張った手に錆びた古い短剣を握りしめ、テフェリーを切りつけたかのように思えた。

「すまない」 テフェリーは繰り返したが、その言葉は虚ろに聞こえた。「こんなことになるとは――」

 言葉を続けるよりも早く、エルズペスが片手を挙げて彼を止めた。彼女は拒むように腕を組み、全てに背を向けて部屋の隅へと向かった。テフェリーは追いかけようとしたが、ジョダーがその腕を掴んで引き留めた。

「そっとしておいてやれ」 ジョダーはそう言い、そしてケイヤへと向き直った。「続けよう」

 ケイヤが用意した間に合わせの作戦室にて。部屋の中央の水盤の上にかすかな輝きを放つ球体が浮いており、エルズペスを除く全員がそれを取り囲んだ。彼らの中には到着したばかりのもうひとりのプレインズウォーカー、ビビアン・リードがいた。ラヴニカでのニコル・ボーラスとの戦いにおいて、テフェリーは彼女に会っていた。

アート:Peter Polach

「新たな連合はドミナリアへの更なる攻撃に対して組織的な防衛を続けているわ」 ケイヤが切り出した。「けれどシヴで見たように、ファイレクシア人は容赦ない」

 テフェリーはその言葉にほとんど耳を傾けていなかった。彼の両目は度々、部屋の隅に独り立つエルズペスへと向けられた。ファイレクシア人から彼女によって救われたカーンが、その勇気を語ってくれていた。そしてアジャニが自分を脇に寄せ、テーロスで死の運命を被ったエルズペスが生きていたと興奮気味に語ってくれたことを思い出した。私たちが必要とする勇者だ、アジャニはそう言っていた。信頼できる人物だ――とも。

 果たしてそのアジャニはアジャニだったのだろうか? エルズペスは信頼できるのだろうか?

「カルドハイムとイクサランは動いてくれている」 ケイヤはそう言い、球体の周りを歩いてゲートウォッチの計画における重要地点を強調した。「ジェイスはラヴニカでギルドの助力を陳情しているし、チャンドラはニッサに接触するためにゼンディカーへ向かった。私たちがここでの仕事を終えたなら、サヒーリはカラデシュ防衛の先鋒を務めるって」 ケイヤはその球の一点で立ち止まった。「そうしたら、新ファイレクシアでコスが率いているミラディン人部隊に接触する」

 エルズペスが振り返った。その目が輝いていた。「コスが生きているって、どうして判ったんですか?」

「ジェイスから」 ケイヤは言った。「彼の情報源までは知らないけれど、コスとミラディン人たちはファイレクシアの核への攻撃を計画しているそうよ。準備を終えたら、私たちもそれに加わる。そしてファイレクシア人の指導者を斃して残りを片付ける。頭がなければ身体は死ぬわ」

「それは自分たちへの死刑宣告のようなものです」 エルズペスが言った。「コスはそれを誰よりも知っています」

 テフェリーは説明しようと口を開いた。「私たちの計画を聞いてくれないか――」

「いいえ、むしろ私の話を聞いてください。以前コスと私はまさに今提案されたことを試み、失敗に終わりました」 彼女の視線はその場のひとりひとりを辿り、そしてテフェリーに落ち着いた。あの表情。「皆さんの誰もあの場にはいませんでした」 そう言い放ち、彼女は部屋から出ていった。

 落ち着かない沈黙がその後に続いた。テフェリーも分かっていた――自分たちがどのような戦略を用いようとも、新ファイレクシアの防御を破ろうとする外部勢力の勝算は低い。この部屋にいる誰もがそれをわかっていた。とはいえ、今のエルズペスのような大声でその事実が発せられるのを聞くことは、勝ち目がいかに薄いかをまざまざと実感させられるものだった。

「私が彼女と話そう」 ジョダーはそう言い、テフェリーの背中に手をあてた。「指導者の責任、だろう?」 彼は扉をくぐり、エルズペスを追った。

 ビビアンはテフェリーへと手を差し出し、熟練の狩人の握手でテフェリーに挨拶した。「また会えて嬉しいわ、テフェリー。状況は前と同じくらい悲惨だけれど」

「君もエルズペスも、必要とあらばここに留まって休むといい」

 ビビアンはかぶりを振った。「私はラヴニカへ行って、ジェイスにきちんと状況を知らせるつもり。そうしたらイコリアに向かうわ。あそこに有意義な防衛ができるかどうか心配なのよ。人の居住地は喧嘩してばっかりで。だからきちんと協調するように言ってくる」

「エルズペスは?」

「アジャニの件を聞かされた後だもの。友達と一緒にいるのがいいと思う」

「彼女が私たちを友達と思ってくれるなら、だがな」

「大変な目に遭ってきたのよ。時間をあげないと」

 時間。それは贅沢品であり、わずかしかない貴重なものだとテフェリーは知っていた。

「私たちには目の前の仕事があって、そのためにここにいる」 ビビアンは続けた。「ファイレクシアの内通者からの情報があるのよ――ウラブラスク、静かなる焼炉の法務官。ケイヤの情報は私たちが聞かされた内容と一致している感じだけど、不完全ね」

 テフェリーは自分のしかめた顔の皺が深くなるのを感じた。彼がよく知るファイレクシア人は、異端を許しはしない軍国主義的狂信者たちだった。だが新ファイレクシア人は派閥に分かれている。その概念は彼らの性質上、忌むべきもののように思えた。

「ウラブラスクは何と?」

「ウラブラスクが張り合う法務官、エリシュ・ノーンが、新ファイレクシアのほとんどを自分の旗のもとに統一しているそうよ。ウラブラスクと彼の軍勢はノーンの野望に反対している。彼は革命を計画していて、ミラディン人とも通じているって」

「いずれにせよ、近いうちに現地に行くことになるのだろうな」 テフェリーは語調を強めて言った。

「すぐではないにしても」 ビビアンが言った。「ウラブラスクは詳しい内容を言わなかったけれど、エリシュ・ノーンが自身の『ひとつの特異性』を新ファイレクシアのすべてに強制するかもしれない……みたいな心配をしていたわ。もっと重要なのは、それを強制するのは新ファイレクシアだけじゃなくて多元宇宙全体に。ノーンは自分の領域を一気に拡大する計画よ」

「畜生、そういうこと」 ケイヤが呟いた。

「どういうことだ?」 テフェリーが尋ねた。

「前に話した怪物――私が殺すために雇われたあれ」 そう切り出し、彼女は作戦室の中をゆっくりと歩いた。「それまで、あんなものに遭遇したことはなかった。金属に肉が縫い付けられた獣なんて。話し合った結果、あれはファイレクシア人だって結論が出たのよね。けれどずっとわからなかったのは、そもそも、どうしてそれがカルドハイムにいたのかってこと。けれどビビアンの情報から察するに……」 ケイヤは具現の水盤を起動し、心中に思い描く姿を形にした。枝を沢山もつ一本の木の三次元映像が現れた。ヤヴィマヤの森に棲む巨大なマグニゴスのような樹幹をそれぞれの枝に抱き、だがそれらは多元宇宙自体の発散物でできているかのように、常に波打っていた。「これはカルドハイムの世界樹。この次元のあらゆる領界を瞬時に行き来させてくれるネットワークのようなもの。もしも……」

 言い終える必要はなかった。もしもファイレクシア人が何らかの方法でカルドハイムの世界樹を複製あるいは転用したなら、彼らは多元宇宙のあらゆる次元を繋ぐことができるかもしれない。それを手にしたなら、ファイレクシア人はいつでも、どこへでも、思考の速さで向かうことができる。ドミナリアのように密かに工作員を潜入させる必要はない――軍勢を直接送り込むことができるだろう。

「ウラブラスクの計画はもうほんの数日で実行に移される。動くなら、すぐに動かないといけないわ」

「数日?」 テフェリーは愕然とした。余裕がそんなにも少ないとは思ってもみなかった。

「気にくわないわね」とケイヤ。「同盟を提案してきたタイミングが完璧すぎるのよ」

 テフェリーも腹の底から同感だった。以前にも同じ遊戯を繰り広げ、そして学んでいた――敵の敵は、何よりも厄介な敵となりうる可能性がある。魅力的な情報の一片と抗しがたい誘惑で、たやすく罠にはまってしまう。その誠実さは、犠牲者を掴むために全ての中から選び抜かれた一片なのだ。

 ビビアンも言った。「私も疑ってる。けれどウラブラスクの言葉を受け入れる以外に多くの選択肢があるとも思えないわ。あいつと、ニューカペナであいつに合わせてくれた仲介者については私が保証する」

「その仲介者とは誰だ?」 テフェリーが尋ねた。

「テゼレットよ」

「それは!」 ケイヤは大声を発した。「絶対にありえない。あいつがラヴニカに何をしたかわかってるでしょう! それでいて今も次元橋を使えるのよ!」 彼女はテフェリーへと向き直った。「テゼレットを信用なんかしたら、またファイレクシアの罠にまっすぐ入り込むことになるに決まってる」

 今一度、ケイヤは真実を言っていた。だがそれでも、敵に対して優位に立つ可能性を無視するのは、どれほど愚かなことだろうか。内部からの革命は戦場を分断し、ファイレクシアが持つ地の利を無効化することができるかもしれないのだ。

「貴女の伝手から判明する内容を確かめよう」 テフェリーはケイヤへと言った。「今は、ここでやっていることに集中しなければいけない」

 ケイヤは身を引くように言った。「わかったわ。ラヴニカの金のなる木を揺すってみる。何が落ちてくるかを確かめましょう」

「二人とも、幸運を祈るわ」 ビビアンはそう言い、立ち去ろうと背を向けた。「私たち全員のために」


 ウルザの塔のいずこかにその創造主の面影があるとすれば、それは東側だった。兄弟戦争の最高潮に、機械の腕がウルザの構築物を組み上げる様を目撃することは、槍や剣や血だけで戦争を繰り広げていたコーリス人やアルガイヴ人にとっては奇跡と言えただろう。

 今やその機械の腕は鉄屑と化し、ウルザがこの塔を捨ててアルゴスへ向かった際に残していった予備の部品とともに山になっていた。そしてその屑山の中、サヒーリ・ライが脚を組んで床に座していた。彼女はテフェリーが最初に引き入れた仲間のひとりだった。ビビアンやケイヤと同じく、彼女と初めて出会ったのはラヴニカでのことだったが、サヒーリはその二者のような近寄りがたい雰囲気とはかけ離れていた。高く跳ね上がって床へと滑り降りる美しい金線の孔雀が示すように、彼女は工匠術の中に芸術を追い求めることに本能的な喜びを抱いていた。

「いらっしゃい!」 サヒーリは小さな杯に淹れた茶と、ジョダーが彼に差し出したものと同じビスケットを楽しんでいた。彼女は横に移動し、隣の床を軽く叩いた。「一緒にいかがです?」

「いや、結構だ。急いで確認したい。進捗はどうだ?」

「いい感じ……かなと」

 サヒーリは中央組み立てデッキの上に、幾つかの作業台を円形に配置していた。ウルザの壮大な陳列室であった瓦礫の只中にある、彼女自身の小さな仕事場。作業台のひとつの上にある物体が彼の目にとまった――銅を引き延ばし、ひねり、人間の手では決して作れない形状をしたひとつの鉢。精巧な芸術作品。だが、決してそれだけのものではなかった。

「素晴らしい」 その鉢に近づきながら、テフェリーは言った。「完璧だ」

「その言葉は使わないようにしているんです」

 だがテフェリーはそう言いたかった。サヒーリはあの酒杯の完璧な複製を作り上げていた――元の酒杯がもつ特徴的な要素に、サヒーリが得意とする金線の様式がわずかに混じり合っていた。彼女が作り上げたそれは両脇に同じ重い持ち手があり、鎌を持つ農民たちが武装した騎士の軍勢と対峙する浅浮き彫りも同じだった。そして同じルーン文字が――幾つかの古代言語の完璧な書き換えが――鉢の内側の端から最下部までらせん状に伸びていた。

「以前に見たり、持ったりしたことのあるものを作り上げるのはともかく、完全ではないかもしれない記録からそれを行うのは別ですから」

「貴女は最善を尽くしてくれたと信じるよ」

「私の最善が通用することを願います」

「新しい時間遡行機械はどうだ?」 彼はそう言い、サヒーリに割り当てていたもうひとつの大きな目標へと向かった。

「時空錨」 サヒーリはその名を改めて伝えた。「見ての通り、進行中です」彼女はその機械が座す組み立てデッキの端を示した。テフェリーは今もウルザの時間遡行機械を覚えていた――目障りなガラスのシリンダーと蛇行するチューブが、トレイリアのアカデミーの教室の半分を占拠していた。サヒーリの作品はそれとは対照的に、燃えるような橙色の金属でできた鋭い曲線の彫刻だった。彼女の酒杯と同じく、どのような美術館にも素晴らしく収まるだろう。

「貴女は謙遜のしすぎだ。最初期型よりも遥かに穏やかな見た目をしている」

「その誉め言葉は受け取っておきますね」 サヒーリは笑い声をあげて言った。「ですが、まだ幾つか問題点があるんです。エネルギー源としては霊気の方がとても操作が簡単です。ですが最も強力な霊気エンジンでさえ、これに関して言えば、超新星に対する蝋燭の炎のようなものです」

 彼女は台座に手を置いた。そこではウェザーライト号のパワーストーンが、銅のコイルでできた巣の中に収まっていた。テフェリーは顔をしかめた。あの力強い飛翔艦が、全ドミナリアの強さの象徴が、ファイレクシアの異形と化した。その記憶は彼の気分をひどく悪くした。

「乗員の安全を確保しつつ、負荷を管理するのはとても難しいです。これらの構成要素は連携することを意図されてはいないので」 最も温和な非難がふたりの間に漂った。サヒーリへと不可能に近い仕事を課しただけでなく、そこに誤りの余地はほとんどない――テフェリーはそれを判っていた。「解決はできると思いますが、もう何度か試行する必要があります」

 彼は言葉を探した。「あまり強く押し付けるつもりはないが――」

「わかっていますよ」 サヒーリは片手を床に置き、ぜんまい仕掛けの孔雀を指に乗せた。「これをどうぞ」

「私に?」

 笑みとともに彼女は手をひねり、するとその鳥はテフェリーの足元へと跳ねて彼の靴をつついた。「ギラプールでは、ダッカラ運河を横切る橋にこんな鳥がとまっています。その橋はギラプールの創設を体現しています。敵対する貴族同士が、戦争に支配されない未来を作るべきだと気付いて手をとり合ったんです。私たちにとって、この小さな鳥は協調を、目的のもとでの団結を体現しているんです」

 テフェリーは屈みこみ、その鳥を掌に乗せた。そして立ち上がり、鳥を顔に寄せた。その動きは肉と血をもつ鳥の気まぐれな性質をとても良くとらえており、何気なく見たなら本物の生きている鳥と勘違いするかもしれない。だが近くでよく見ると、その金色の羽の間には、紛れもない輝きとともに脈動する小さなパワーストーンと、それを動力とする機械仕掛けの心臓があった――崩れたマナ・リグから拾い集めたもののひとつ。その鳥は一度跳ねて彼にまっすぐ顔を向け、そして羽根を広げた。優美な弧を描く職人技。ウルザは数日どころか、百万年をかけても敵わないだろう。テフェリーはほくそ笑んだ。

「気に入って頂けました?」

「ああ、とても」 彼は頷いた。「私の師は偉大な工匠だった。この次元で史上最高の、かもしれない。そして機能よりも見た目を重視するという考えには仰天しただろうな。『馬鹿なことを! 資源の無駄だ!』などと言ってね」

「偶然が私たちに才能をくれました。その才能をどう使うかは、結局のところ私たち自身が決めることです。私は美を選びました。私はそのような人物だと皆に知ってほしいんです」 サヒーリは口笛を吹いた。それに応じて、アーティファクトの鳥が翼を広げてその場で旋回し、色とりどりの火花を四方八方に撒き散らした。テフェリーは笑みを抑えられなかった。一分ほどして鳥は元の状態に戻り、彼の掌から餌を食べる真似をした。「今夜には錨が使えるようになると思います。その頃にまた来てください」


 塔の狭い緑地帯にはわずかな木々が伸びている。テフェリーはその一本に身体を休めていた。プレインズウォーカーの灯を時の裂け目へと捧げる以前は、自分の体が加齢による痛みを経験するなどとは想像できなかった。それは他者のものであって決して自分には起こらない、そう思っていた。だがそれは、灯を取り戻してもなお、まさしく自分が必要とするものであると明らかになった。テフェリーはその中に皮肉的な面白さを見出した――この次元で最も名高い時間の魔道士が、時がもたらす損害に屈服しているどころか、それを喜んで受け入れている。

 太陽は何時間も前に天頂を通過していた。この谷を取り囲む高い峰は、真昼という短く区切られた時間にだけ、塔の外に直射日光を差し込ませる。彼は地平線の先にあるすべての土地に思いを馳せた。シヴではジョイラがドラゴンやヴィーアシーノ、ゴブリン、そしてギトゥ族を率いて自分たちの土地をファイレクシア人の攻撃から守っている。オルヴァーダでは大商人たちがベナリアとの対立関係を脇にやり、黎明をもたらす者レイヤが率いるセラ教会の軍勢へと食糧や物資を提供している。アーボーグでは、豹の戦士の姿をした霊が生者へと救いをもたらすために死から蘇ったという噂が上っている。この谷の外で、ドミナリアは過去に一度もなかったかのように団結している。だが自分たちの任務が失敗に終わったなら、それらの努力が何になる?

 背後から重々しい足音が聞こえた。そして風を受けた葉ずれの音と、樹皮や幹が重みで軋む音。顔を上げると、レンと七番が近づいてきていた。レンを追跡するにはしばしの時間を要し、やがて彼女をクリーデの次元にて発見した。彼女と七番はそこで、氏族の木からの鮮烈なマナを浴びていた。自分と一緒に来てくれるよう説得するには、更に長い時間を要した。

「お前の要求は果たした」 レンが言った。「あれらは強く成長するだろうが、お前が選んだ土地は問題がある。ここには歌も調和もない。孤立した和音があるだけだ。それも歪んでいるし断片的な。むしろもっと悪いか――腐った肢のように断ち切られている」

「貴女にはもっと多くを約束していたな。すまなかった」

「そう言うな。私たちをここに連れて来てくれたことは嬉しく思う。七番に悪意や破壊といったものを教えるのは気が進まなかったのだ。見せ、感じさせる方がいい」 七番が幹を曲げ、レンはテフェリーへと手を触れた。「この頃のお前自身の歌は調子外れだ。苛立つ旋律をしている」

 テフェリーは頷いた。「ずっと考えていてね」

「それは安心できることではないぞ、魔道士」

 その言葉に、一瞬ではあったがテフェリーは面白みを感じた。「貴女やケイヤ、サヒーリについて考えていた――私の呼びかけに応じてくれた全員を」 彼は目の前の石の地面に、サヒーリ製の孔雀を置いた。それは無頓着な様子で地面をつついた。「この道は――私の師、ウルザが辿ったものと同じ。そう思わずにはいられないんだ。彼もファイレクシアと戦うために英雄を集めた――プレインズウォーカーも、定命も。それでもなお、歴史は彼を、この次元を脅かす怪物を斃すために必要とした怪物として覚えている」

「その者は怪物だったのか?」 レンが尋ねた。

 テフェリーは考えこんだ、ドミナリアのほとんどの住民は肯定するだろう――ウルザを直接知る者は断言するだろう。だがテフェリーにとって、それは即答できるものではなかった。「覚えているだろうか。イニストラードでザルファーについて話したことを」

「お前の故郷だな。私に発見を手伝ってほしいとお前が願った」

「どのように失ったか、というのは話していなかったな。というのも、ウルザは私にタイタンズの一員に加わるよう要請してきた。そう、私に。偉大なるプレインズウォーカー・ウルザがその愉快な英雄たちの仲間に加わってくれと私に頼んだ。そしてもちろん、そのためにはまずこちらの手助けをして欲しいと私は告げた」

「理にかなった合意だな」

「彼もまさしくそう思った」 テフェリーは両手を組み、指の上に額を乗せた。「そしてウルザの力を借り、私はザルファー上空に開いたファイレクシアのポータルを閉じた。その務めが終わってウルザが私の助力を要求してきた時、私はただ笑って断ったんだ。『貴方は敵を倒したいだけだ。私はこうして民を守る。これが貴方と私の違いです』とね。そして私は閉じたポータルからエネルギーを吸い上げ、ザルファーを時間と空間から切り離す呪文につぎ込んだ。誰に断ることもなく、ザルファーの人々がどう思うかも気にせず。そこで聞きたい――怪物なのは誰だろうか?」

「お前のもつれは複雑に絡み過ぎているかもしれないな。私にとっても」

 テフェリーは乾いた笑い声を発した。「私に対するウルザの勝利をいとも簡単に盗んでのけた、それを私は馬鹿馬鹿しいほど誇りに思ったんだ……私自身の僅かな勝利のために。私たちは皆こうだ――ウルザの、憤怒の子供たちは全員がこうだ」

「子供たち?」

 テフェリーは説明した。「私たち、ウルザの行動が影響を及ぼした者だ。生徒、仲間……敵すらも。私たちは彼を軽蔑しつつも、不運な代役のようにその足跡をたどる。私は無慈悲に軍隊を粉砕した。自分自身の目的のために、悪とみなした者を打ち負かし、味方を死へと導いた。より大きな善のために――そう自身に言い聞かせて」 テフェリーは小石をひとつ拾い上げ、霧の中へと投げた。「ウルザの欺瞞を否定する嘘吐き、ウルザの思想の真の後継者だよ」

 レンの反応をテフェリーは待った。彼の告白に、ドライアドは黙って熟考した。自分の過ちがどれほどかを他者に話したことはなかった、少なくともここまで直接的には。レンの妥当な反応は、プレインズウォークで去るというものだっただろう。

 だがそうではなく、レンは彼へと向き直り、胸の内に宿した炎の熱を放ちながら言った。「私はお前に赦しを与えるためにここに来たのではないぞ、魔道士。お前の罪はお前自身のものであり、いつかお前はそれに応える。つまるところ、お前は重要などではない。私もだ。テフェリーとレンは別個の旋律だ。私は調和し響き合う歌の中での自らの役割を果たすためにここにいる」

 別の足音が届いた。金属の靴が地面を叩く甲高い音に、テフェリーとレンは会話を切った。エルズペスが鎧の一式に身を包み、決意を抱いて向かってきた。テフェリーは彼女を迎えるべく立ち上がった。

 レンが言った。「罰を欲するなら、喜んで与える者が他にきっといるだろう。ひとまず、私は行こう」 七番が背筋を伸ばし、レンを連れて歩き去った。

 テフェリーは片手を上げてエルズペスに挨拶をしようとした。だが話し始めるよりも早く、彼女がそれを止めた。

「明日には発ちます」 彼女の手はベルトに下げた剣の柄に置かれていた。「一晩の宿を貸して頂き、ありがとうございます」

「私の宿ではないよ。だがそれでも、どういたしまして」

「それと……すみませんでした。ビビアンさんは貴方を高く評価しています。彼女のことを思うなら、あのような発言は慎むべきでした」 満足し、彼女は訓練された兵士のように踵を返すと塔へ戻ろうとした。

「待ってくれ」 テフェリーは声をあげた。「私はアジャニのことは知らなかったんだ」

 エルズペスは立ち止まり、振り返った。

「私たちの誰も知らなかった。あれが起こった時――完成が明らかになった時、私もその場にいた。アジャニ自身も知らなかったようだった」

「それは慰めにはなりません」

 テフェリーは返答に時間をかけた。真実は真実、そう言うのは簡単だった。だがそれは偉大な指導者が、戦いに鍛えられた将軍が言うことだろうか? 誰もが自分にそれを欲しているだろうか? 真のテフェリーとは何だ? あらゆる犠牲を払ってでも故郷を守ると誓ったのは、ザルファーの魔道士テフェリーだろうか? 誰もが単純に列に並んで従うべきだと考えたのは、時間の支配者にしてエリート主義者、全知全能とも言えるプレインズウォーカーのテフェリーだろうか? それとも誰も自分を理解してくれないだろう、誰も自分を友達として見てくれないだろうという恐れを、残酷なユーモアで覆い隠した問題児のテフェリーだろうか?

『考えるのは止めなさい。自分の目で見るのよ』

「空腹ではないかい?」 テフェリーはそう尋ねた。

「空腹?」 当惑してエルズペスは尋ね返した。

「ああ。何か食べたかい?」 テフェリーは歩き出し、ついて来るように合図した。「私は今朝からパン屑しか食べていなかったことを思い出したんだ」

「ジョダーさんが、ビスケットを幾らかくれましたが」

「む、では急いだ方がいいな」

 冷たく湿った宵の空気をローブにまとわせながら、テフェリーはエルズペスを伴って緑地帯を出ると塔の本体へ向かい、壁沿いに進み、塔の土台から生え出た小さな草むらへと向かった。そこでは緑のエネルギーの球体に囲まれ、淡い緑色の丸い果実をつけた蔓が無秩序に伸びていた。テフェリーは果実をひとつ摘み取り、エルズペスへと差し出した。

「これはミタブといってね」 テフェリーはもうひとつを摘み取ってかぶりつき、口元から果汁が流れ出た。行儀の悪い見た目だとはわかっていた。古から生きる堂々としたプレインズウォーカーの振る舞いとしてはふさわしくない。「ここへ戻ってくる前に、レンと一緒にジャムーラに立ち寄ったんだ。私の故郷にね」

 エルズペスはその果物を受け取り、口へと運んだ。食べながらも彼女は作法を保とうとしたが、どれほど注意深く食べ進めようとも果汁や果肉が顔面に飛んだ。やがて彼女は諦め、落ち着きながらも食べる速度を上げた。

「思っていたより空腹だったみたいです」

 テフェリーはレンが織り上げた呪文を見つめた。この谷の過酷な気候の中、ミタブを生かしておくためのもの。その中に手を伸ばすと、指がうずきながら温まっていった。「嘘を言うつもりはない」彼はそう切り出した。「私たちの計画に対する貴方の意見は正しい――大嵐へと祈りを叫ぶようなものだ。けれどそれが私たちの最大限だ。私たちにはファイレクシア人を源から絶つことのできる武器がある。今は、その使い方を把握するために取り組んでいるところだ。完璧ではないが、十分だと信じねばならない。私にとってファイレクシア人との戦いは、勝利することが目的ではないんだ」

 自分は何を言おうとしているのだろう? 常に万端の準備をしてきた。悪ふざけですら、やり遂げるには広範な計画を必要とした。だが今は言葉が流れ出た。最初は少しずつ、そして制御できない激流となって。「私には娘がいる。ニアンビという名で、彼女は……そう、私がしようとしていることは全て、彼女を守るためだ。皆を守るために力を尽くす人物こそが彼女が知る人物、愛する父親であり続けるということだ。もし私が迷ったなら――何らかの疑いを持ったなら—その瞬間、私はニアンビを破滅させてしまう」

「でしたらご存知ですよね」 エルズペスが言った。「希望とともに訪れる恐怖を」

 返答は必要なかった。果肉を食べられ、芯と種だけが残るミタブが手の中にあった。果汁で汚れた指が星明りにぎらついた。彼は残骸を蔓の下の土に置き、ローブで両手を拭った。やがてレンの呪文の熱が芯を乾かし、ミミズが土の中へと引きこみ、新たな植物の栄養となるのだろう。

「私も行かなければ」 テフェリーはそう言った。「サヒーリが待っている。部屋まで送ろう」

 エルズペスはその申し出を固辞した。「しばらくここを散歩しようと思います。いい気候ですから」

「ならばどうか達者で、エルズペス。健康と幸せを、そして安全な旅を願うよ」

「ファイレクシア人が今もこの次元にいるのなら、ここが見つかるのは時間の問題です。その時には、貴方を守る者が必要となるでしょう――もしファイレクシア人が私たちを追跡するなら」

「私たち?」

「私を加えて頂けるなら」

「ああ、喜んで。いずれお互いをもっと知ることができれば良いな」

 テフェリーは背を向け、塔の入り口へ戻ろうとした。だがほんの数歩進んだところで、眩しい閃光に彼は振り返った。そこに、エルズペスがその剣を抜いて立っていた。球形をしたその柄から乳白色の光が触手のようにうねっていた。それはザルファーの太陽の下で過ごした幼少の頃のように、柔らかく温かだった。

 傷の痛みが鈍り、心が晴れ、長く忘れていた記憶が引き出された。ジャムーラの生家を毎年訪れていた鳥、ヒタキの群れ。父親いわく、かつて怪我をした一羽の鳥を助けた、その子孫たちなのだと。その鳥は放浪熱に屈するまで、住民のひとりであるように屋根の下に住んでいた。そして数年、数十年が過ぎても、その鳥は子供たちを連れて毎年、誠実にその家を訪れている。その家を愛しているから。だから私たちの住む土地の木々はいつも歌っているのだよ、と。

 やがてテフェリーは名高い魔道士となった。そしてプレインズウォーカーとなり、その伝説は他の国へ、他の大陸へ、他の世界にまで広まった。それでもなお、苦しい戦いを繰り広げ、途方もない魔法の偉業を成し遂げる間に、彼はその鳥の物語を思い出し、父の低く落ち着いた声を心に響かせることに安らぎを見出していた。

『愛しているから彼らはそうしているんだ』

 その物語は父の気まぐれであり、それ以上のものはない――昔の彼はそう片付けていた。すがりつく物語を必要とした子供たちにはぴったりの贅沢であると。

 だが今は違った。今、テフェリーは信じることを選んだ。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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The Brothers' War

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