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Magic Story -未踏世界の物語-

石殺し その1

読み物

Uncharted Realms

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石殺し その1

Jenna Helland / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2012年8月8日


 小石は濁った緑色をしていた、まるで死んだ魚の目のような。昨日、村で見た少女の目のような。

「できそこなーい」、その緑の目の少女は言った。最初、リアはその子が何を言っているのかわからなかった。そしてリアは、まっすぐに自分を見ている少女のその魚のような目を見た。「役立たずのできそこなーい」

 友達だと思っていた少女達でさえ、リアをあざ笑いに加わった。「こっちにこないで......変な指......ばーか、いーらーない」

 それは真実だった。彼女の指は鉤爪のように曲がっていた。試そうとも、リアはそれらを完全に伸ばすことはできなかった。村の癒し手である彼女の母親でさえ治すことはできなかった。リアは気にしたことはなかった、少なくとも昨日までは。彼女は小石をバランスよく拳の上に乗せた。あの緑の目の少女が誰なのかさえ知らなかった。彼女はただ、なわ飛び遊びに入れてほしいと頼んだだけだった。変な指。変なできそこない。

 リアは爪先を川岸の砂に突き刺し、ゆらめき光る川をじっと見つめた。今日、両親は初めて彼女を川の近くで遊ばせてくれた。父親と兄は平原の丘を越えていったばかりだが、彼らの姿は見えず、リアは孤独を感じた。リアは小石を凝視した。緑の目の子は消えちゃえ。代わりに、弾ける音がして小石が拳の上で崩れた。その願いは叶わなくとも、リアは緑色の塵が暖かい夏風に運ばれてゆくのを見て微笑んだ。

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 あいにく彼女にはその少女を消す力はなかった。彼女は石を崩すことができる、それだけだった。彼女の村では魔道士は稀な存在であり、他の子供達は誰一人としてどんな魔法の能力も持っていなかった。母は言った、それは贈り物だと。リアにはわからなかった。世界にこれ以上の塵が要るようには思えない。だが母は力説した、彼女は特別なのだと。どんなに凄い魔法使いもどこかから始めたの、小石から始めるのはいいことよ。

 その村はリア一家の農場から1マイル程の距離にあり、母は今日も人々を癒していた。普段リアはついて行くが、昨日の少女達とのことの後ではその気になれなかった。私、もうあそこには行かない。その村は城の廃墟の周囲に建てられた家々と店のみすぼらしい集まりだった。衝合以前、風景が作り変えらえる前、その城はバントに輝く宝石の一つだった。

 リアは幼すぎたために、アラーラの合体に続く苦痛と戦争からなる地獄の日々を覚えていないが、かつての壮観な城を見ることができたらとよく思っていた。残されているのは高い塔と外壁の四隅だけ。長老は言っていた、彼らは祝福されている。何故ならこの村は古えのバントの面影をよく残す地域にあるからだと。その激変の間に変化したのは南の地平線だけだった。不自然な山脈が大地にひっかかり、海へと続く道を永遠に塞いでしまった。

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 バントは広大な地域だった。空に浮かぶ城、瑞々しい草原、そして想像しうる最も青い空からなる美しい世界。リアは長老達が語ってくれる古のバントについての話が好きだった。特に、勇ましい騎士達が不死の怪物と戦う話が。不意にリアは、あの緑の目の少女について考えて時間を無駄にするのはやめようと決めた。代わりに彼女はさっと立ち上がり、棒きれを探した。それはグリクシスの軍勢だ。ひと掴みの小枝を使って、リアは心の中に物語を暗唱した。イーオス城が、想像だにできぬほど恐ろしいものたちに包囲されたのは、清々しい秋の日のことだった。

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 リアは砂の山を作って城とし、それを拳で叩き崩した。棒きれの軍勢が中庭に殺到した! やつらは城壁を破壊した! アランは馬上で勇敢に戦った! 川の向こう岸の木々の間に何かが動いた時、彼女はバリスタを放とうとしていた。陽光が水面をきらめかせて彼女は目を細めたが、誰かが木の枝に腰掛け、葉の間に隠れているのを見た。ちょうどその時、突風が枝を鳴らし、リアは彼女を見張る者を見た。その身体はまだらの毛皮に覆われていた。尖った耳が頭から生えており、その顔は人間というより獣だった。

「おかあさん!」 リアは叫んだ、母親は遠くにいるにもかかわらず。そしてリアが振りかえった時、そのクリーチャーの姿はなかった。

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 いつもならばリアの一家は食事を共にし、就寝まで昔話を語り合う。だが村の狩人が二人姿を消しており、彼女の父と兄は捜索隊に加わっていた。リアは母が狩人の一人の若い妻を慰める間、ひとり鉄のストーブの傍の小さな腰かけでシチューを食べた。

 リアは話に割って入るのはよくないと知っていた、だが彼女は、木の中に見たものについてぜひとも誰かに話したかった。

「......山への道に奇妙な跡が」 彼女の母は三つ編みの先を神経質にねじる若い女性、セレへと言った。

「彼らはその道を家畜を追って行ったんです」 セレは言った。彼女の瞳は涙で溢れそうになっていた。「もしかしたら、内陸へと向かったのかもしれません」

 母はリアが見つめていることに気付き、来るように手招きした。火明りが垂木の間に踊り、母は片方の腕でリアを抱え、ぎゅっと抱きしめた。

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「今日は川で遊んだの?」 母は尋ねた。「楽しかったでしょうね」

 リアは頷いた。「ねえ、人みたいに歩く猫っているの?」

 母は眉をひそめた。「他の土地ではね、リア。なぜそんなことを訊くの?」

「わたしたちみたいな身体の猫を見たの」 リアは、母は信じないだろうと思いながら言った。「川の向こうの木のところに」

 セレの目が大きく見開かれ、母は突然、もう遅いからとリアを寝台へと追いやった。そして朝ごはんには甘いパンを食べられる? リアは眠りにつき、小石の目をした少女達と空に浮かぶ砂の城の夢をみた。

 次の朝、父の目は疲労に沈んでいた。彼はリアを抱き寄せ、前日の話を聞きたがった。人々は普段通りに振舞おうとしていたが、リアは何かがおかしいと気付いた。皆の表情がとても張りつめているように見え、行方不明の狩人達について彼らが囁いているのを聞いた。

 日中、小屋の影の向こうに行かないよう約束させ、リアの母は彼女を外にやった。だが彼女は軒下での独り遊びに飽き、家の周りを走ってまわろうと決めた。イーオス城の上を鷲が飛ぶ......その腕を翼のように広げながら、リアは角を曲がった所で何かにぶつかった。彼女は後ろによろめいて逞しい手に受け止められた。黒い袋が彼女の顔を覆おうとした時、猫のような顔を垣間見た。彼らは小屋の背後で彼女を待っていた、そこには窓も扉もなく、そして彼女が姿を消すのを見た者は誰もいなかった。

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 その夜、デーモンが村へとやって来た。

 そいつは狩人達の妻が夫を思って泣いている所に現れた。そいつはリアの両親が半狂乱に娘を探している所に現れた。深紅の太陽が不自然な山々の背後に沈んだその時、デーモンは星空に姿を現したように見えた。そいつの存在はただちに村人達を苦しめた。彼らは体力を奪われ、病気にかかり、膝をついた。黒ずくめの下僕達が村を取り囲み、縄がかけられようとも、抵抗のために手を上げる力さえ誰にも残っていなかった。

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 朝になり、弱々しい風がリアの小屋の開いた扉から吹きこんだ。そこは村の他の家々と同じように空だった。


 彫刻家は鋭い目で彼の作品を見定めた。学のない者にとってそれは混沌にしか見えない。だが彼にとっては、骨が鳴りまた騒ぎ立てる音は全て、闘技場地下の穴に眠る主ネファロックスの息遣いへと完璧に調和するものだった。

 今は早朝で、召使い達はまだ檻の中にいた。日の出までは17分あり、それとともに管理人達は彼らを再び動かすだろう。だが貴重で僅かな間、この世界は素晴らしく平和だった。最も大きく響くのは、仕事場を取り巻く畔の木々に住む虫たちの歌だった。今だけは叫びも、泣き声も、骨から肉を削り取る音もない。

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 彼の仕事場は、かつてナヤの人間達が娯楽のために戦っていたマトカの巨大闘技場だった。アラーラの全てのものに、かつての生き方がある。彼さえもそうだった。彼はエスパーでエーテリウムから身体を作り出していた、その作品は邪道の嘘であると実感する前は。彫刻家は溜息をつき、無駄に過ごした青年時代に怒った。今や彼は老人となり、だが少なくとも主は彼へと目的を、生き続ける理由を与えていた。

 彼は深呼吸をして片足を梯子最下部の横木にかけた。兆候を数える時間だ。儀式は数が一致した時にのみ始めることができる。もし何かが一つでも違えば、計画は失敗するだろう。彫刻家は彼の主人を幻滅させることを考えて恐慌のさざ波を感じた。もし失敗したなら、罰に直面するよりは自ら喉をかき切る方がましだ。

 彫刻家は梯子を上りながら横木を数えた。76段、そして彼は頂上に着いた。この高い所から、彼は鳥の目でその偉大な作品がどのように発展しているのかを評価することができる。数ヶ月前、彫刻家は闘技場を囲む石のベンチを取り除いてきた――566脚のベンチを。召使い達は死体を固定するために穴を深く掘る、それらが皮をはがれる前に。142個の穴。ほとんどは今や捨てられた肉で一杯になっている。

 92本目のナイフが皮をはぐためにビヒモスに突き刺さった。

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 まるで王のような気分だと、彫刻家は通路の上で気を楽にした。それは彼の体重できしみ動いた。通路は主が高山の峰で殺したヘルカイトの骨からできていた。そのドラゴンの美しい屍を見た時、彫刻家は涙を流した。全くもって、それは計画全体にとっての霊感の源だった。エーテリムの内に生命は何もない。だが骨には? 骨には血と力が吹き込まれている、彼が主へと繋ぐであろうエネルギーが。

 危なっかしい山道を、召使い達がその骸骨を運んできた。ひとたび設置されたなら、その肋骨は広がって闘技場の床を囲む檻となった。背骨は今彼が立っている通路となった。かがんで骨に触れると、彼は今もヘルカイトの力が骨髄から脈動しているのを感じることができた。

 112。そのヘルカイトの屍を動かすために要した手の数。3本の指が失われた。

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 彫刻家は一陣の突風を楽しんだ。それは素晴らしい低地からスイカズラの匂いを運んできてくれる。温かい空気が彼の足の下、縄からぶら下がる骨を鳴らした。769本の絹の縄。769本の骨。時々彼は願う、自分は操り人形使いでこれらの骨を操り人形のように踊らせることができたらと。だがそれは主の楽しみとなろう。そして儀式から運ばれる力全ては? 主が得るものだ。

 甲高く不快な金属音が彫刻家を夢想から追いやった。よじれた金属の門が勢いよく開かれ、新入り達が闘技場へと送られてきた。草原から来たバントの人間達、恐らくはあの荒廃した城近隣のみずぼらしい村の。彼らは縄で共に縛られており、彫刻家は彼らがヘルカイトの肋骨を通過するのを注意深く数えた。

 47の身体。それに追加して以前捕えた狩人が二つ。49の身体。

 彫刻家の呼吸が速くなった。半狂乱に、彼は心の中で再び数えた。可能だろうか? そうだ、全ての数字が揃った。

 完璧だった。長く待ち焦がれ、そして今夜叶う。

 彫刻家はその指の爪をヘルカイトの肋骨に突き刺し、主が彼からの贈り物を気に入ってくれるよう祈った。


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