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『エルドレインの王権』物語ダイジェスト:第8回 めでたしめでたし

原著:Kate Elliott
作:若月 繭子

双子の真実

 氷よりも痺れる衝撃に、ウィルは動けませんでした。矢を受けた大鹿は震えながら後ずさり、白い息をひとつ吐いて、井戸へもたれかかるように倒れました。アヤーラ女王は勝ち誇って、全員に見せつけるように弓を掲げました。

 その時です。咆哮を響かせてガラクが現れ、アヤーラへ飛びかかりました。外すことなどありえない距離、そして女王は勝利に浸って油断しています。ですが斧が振り下ろされた瞬間、一羽の大鴉が空へ舞い、かろうじて刃を避けました。続けて一体のグリフィンが翼を広げて大鴉を追い、鉤爪で空から叩き落そうとしました。その瞬間に大鴉はドレイクへと変身し、グリフィンは宙でよろめいて小屋の屋根に落下しました。ドレイクは身体をよじり、稲妻と氷で動けない人だかりの中へ飛び込むと、尾を振ってエルフや騎士たちをなぎ倒し、近づこうとするガラクを妨害しました。

 ウィルは恐怖とともに見つめていました。父を助けるために魔法を唱えたはずが、オーコに協力することになってしまったのです。一方、ガラクはまだ負けていませんでした。何百羽もの鴉が殺到してドレイクに群がり、柔らかい両目や喉をつつきました。ガラクは瞳に死を宿し、オーコへ向かっていきました。ローアンは馬を降り、ドレイクへと駆けました。

「ガラクさん、そいつを殺さないで! アーデンベイルの騎士よ、あの悪党を捕らえて!」

 ローアンは包囲されたドレイクへたどり着くと、両手でその尾を掴みました。一撃で自分の頭を落としてしまえるような相手です。そしてガラクがやって来て、ローアンの隣に立ちました。斧の刃が最初の曙光を受け止めてきらめきました。ドレイクの尾を掴んだまま、ローアンは叫びました。

「止めて! オーコを殺さないで。アヤーラ女王やお母様が戦犯だって、僻境にも王国にも思わせるわけにはいかないの!」

 ドレイクは身をよじりましたが、ローアンは離しません。鴉もさらなる数が飛来して加わりました。ウィルが飛び込み、ドレイクの脚を掴みました。アーデンベイルの騎士たちもそれぞれが脚や尾や翼を掴み、もがく獣を抑えつけようとしました。ですがドレイクの輪郭が布のように破れ、ほぐれ、騎士たちはよろめきました。荒れ狂う闇が旋回し、やがてドレイクの姿が完全に崩れると、吠えるような音とともにオーコの姿へと戻りました。その顔は土に汚れ、鴉につつかれた多くの切り傷から血が流れています。ローアンはまだオーコの手首を、ウィルは足首を掴んでいました。向かってくるガラクを見て、ローアンはオーコの前に立ちました。

「どけ!」

 ガラクは吠えましたが、ローアンは動きませんでした。彼女は誰の威嚇にも屈したことはありません、例えそれが一撃で自分を殺してしまえる相手でも。ローアンは口を開き、その場の全員に聞こえるような大きくはっきりした声で言いました。

「この者に正義を。私達は、王国で常にそうしてきました」

 オーコは穏やかな笑みを向けました。

「ローアン・ケンリス、私の命を救ってくれたことは忘れないよ。借りを作るのは嫌いだが、今後会うこともないのだから、それを返す機会もないだろうね」

「命を救ったわけじゃない。お前は裁きにかけられて罪の償いをするのよ」

「それは今日ではないよ」

 オーコの両目に光がきらめきました。ウィルはオーコの足首を掴んでいましたが、次の瞬間、相手は消えました。ドレイクの鋭い歯が舞い、それは黒い羽根へと、鹿角へと変化し、その全てが火花へと消えました。オーコの姿は完全に消えました。ローアンは慌てて辺りを見渡しました。

「どこへ行ったの? 何に変身したの?」

 ガラクが頭を上げて空気を嗅ぎ、斧を下ろしました。

「あれはお前の手の届かない所へ行った。だが俺には追える」

 双子の呪文が解けるとともに、イルフラの角笛が空を震わせました。ウィルは即座に立ち上がり、剣を抜きました。ですがエルフたちは従うようにひざまずき、そして母の声が響きました。

「アーデンベイルの騎士たちよ、下がりなさい」

 女王は今も大鹿の隣にいました。双子が駆け寄ると、エルフの狩人ですら道をあけました。大鹿の血は女王の衣服に染み、銀と白の布地を汚しています。これほどの出血で生き延びられるとはとても思えません。大鹿の両目は開かれ、心からの信頼と共にリンデンを見つめていました。

 無言の猟団からアヤーラ女王が進み出て、リンデンは顔を上げました。ローアンとウィルはガラクを見ましたが、彼はかぶりを振りました。本物のアヤーラです。ウィルはその衣服を飾る黄金のブローチに気づきました。大鹿を射ったあのアヤーラにはなかったものです。カドーの目の傷と同じく、オーコは細かいところを見逃していたのでした。静かな口調でリンデンが言いました。

「冬至の狩りに参加されているとは知りませんでした、アヤーラさん」

「これは私の人生のうち、人間が知るところではありませんから」

「隠れていたのはそのためですか?」

「愛する伴侶が目の前で死につつある時にそれを気にするのですか? その大鹿が真にアルジェナス・ケンリスであれば、ですが。なぜそう思うのです?」

「よくぞ聞いてくれました!」

 そう叫んだのはエローウェンでした。興奮した笑顔で両腕を上げ、そのあまりの場違いさにウィルはひるみました。

「あいつ、オーコは、ただ変身できるだけじゃないんだよ。自分が変身する時に他の誰かに触っていれば、その相手も一緒に変身させられるんだ。で、そういう呪文はたぶん、死ねば解ける。だからその大鹿が死んで人間に戻ったならわかるだろうね」

 ローアンは衝撃に両手で口を覆いました。ウィルが声を抑えて言いました。

「母上は治療師ですよね。治せないのですか」

 アヤーラのよそよそしい態度が一瞬、かすかな心配に揺らぎました。

「リンデン女王の魔法は致命傷をも癒すものではなかったと思いますよ」

「そうです」

 母は厳かに頷きました。そして納得できない様子のローアンを、アヤーラ女王が見つめました。

「我々エルフは死の匂いを感じます、魂の要素が生ける身体から流れ出るのを。何にせよ、冬至の狩猟にて与えられた一撃は常に致命傷です。リンデンさん。アルジェナスが死んでしまうとしたら、私にとっても残念なことです。人間としては善き人物でした」

 その間にイルフラが近づいてきていました。そして堂々とした態度で、死に瀕した大鹿とそれを悲しむ者たちの前に立ちました。

「アヤーラの姿をとったあの余所者が二人の人間を動物にしたと。リンデン女王、あの者について何かご存じですか?」

「私もエローウェンから聞いた以上のものは知りません。王国にとっても、あの者は異邦人です」

「だとしたら、ここにいた目的とは?」

 ローアンが喧嘩腰で踏み出しました。ウィルがその腕を掴みましたが、言葉までは止められませんでした。

「オーコは知っていたんです、エルフが崇王を殺したなら戦争になるって」

「私も把握していました。あの者は何か月もの間、氏族の中でも無謀で愚かな者を刺激していました」

 王国と僻境はずっと対立してきましたが、敵ではないのです。その関係を余所者の好きなように乱されるというのは苦々しいことでした。

「イルフラさん、何をお望みなのですか」

 リンデン女王が変わらず冷静な口調で言いました。大鹿の息は荒く、まるで死に追われて逃走しているかのようでした。

「私たちは自然の摂理に従って生きています。死者は生者に道を譲り、最も短い日に死にゆく太陽は、来たる日の糧となります。その鹿の血を私たちに。そうすれば負傷者を連れて平和裏に立ち去ります。冬至の狩猟によって得る血がなければ、戦いは続き、来たる年にははるかに多くの血が流されるでしょう」

 リンデン女王は何も言わず、ですがその視線が一瞬、あの井戸へと揺らぎました。ウィルは無力に座ったままの母の姿を疑問に思わずにいられませんでした。ローアンは納得できませんでした。これではオーコに勝ち逃げをさせることになります。ですがリンデン女王は言いました。

「彼はもう死に瀕しています。それを望むでしょう。有徳とはそういうことです」

 リンデン女王は静かにイルフラを見上げ、少しして頷きました。イルフラは膝をつき、大鹿の血だまりに指を押し当て、それを自分の皮膚に撫でつけました。

「血は一年を終えるもの」

 沈黙の中、エルフたちがそれに続きました。不意に、大きな手がウィルの肩に置かれました。ガラクが隣にやって来て、曇った表情で大鹿を見つめていました。教養のある文明的な人間ではなくとも、その表情には知性と哀れみがありました。そしてエルフは一人また一人と去り、アヤーラが最後に膝をつき、その指で血に触れました。

「リンデン女王。思うに、明かしていないことがありますね」

 リンデン女王は顔を上げず、口元にわずかな笑みを浮かべました。アヤーラはそれ以上追及せず、ですがそこでふと立ち止まると、ガラクを見つめました。

「お会いしたことはありました? 貴方の内なるエネルギーは失われた大釜のそれを感じさせます」

 ガラクに視線を向けられ、ウィルは激しくかぶりを振りました。アヤーラ女王が真実を知ったなら、自分はロークスワインへ連れて行かれるのでは? 狩人は詮索するような女王の目を見つめました。

「会ったことはない」

 アヤーラ女王の唇が、気まぐれな興味に笑いました。

「良いでしょう、勇敢な狩人さん。いつでもロークスワイン城へいらっしゃい」

 そしてアヤーラは去り、続けてリンデン女王の命令で、グリフィンの騎士たちが空へと飛び立っていきました。太陽がようやく地平線を割り、眩しい光が大鹿の身体を照らしました。今際の息とともに大鹿は頭を落とし、身体が輝きはじめました。変身の呪文が解けたのです。そして、人間の姿のアルジェナス・ケンリスが命なく横たわっていました。胸には矢が刺さり、血が衣服に飛び散っています。ローアンは息を詰まらせ、膝から崩れ落ちました。ウィルは動けませんでした。リンデン女王がかすれた声を上げました。

「信じていませんでした。信じたくありませんでした」

「アルジェナスが死んだことを?」

 エローウェンのその呑気な物言いに、ウィルは悲鳴を上げたくなりました。

「信じたくありませんでした。ずっと行方不明になっていた彼は、僻境の小屋で女と子供とともに暮らしていたのです」

魔女の小屋

「ああ、自分の探索の話だね、若かった頃の。アルジェナスは長いこと行方不明になってた。誰もが、死んだと思ってた」

「ある魔女が惚れ薬を使って、彼の記憶と心を奪ったのです」

 女王は立ち上がり、井戸に揺れる桶へ向かうと頭蓋骨から剣を引き抜きました。頭蓋骨は落下し、女王は腕を伸ばしてその剣先で小屋を示しました。

「伝承魔道士さん、あれを燃やして頂けますか。あの日に自分でそうしようとしたのですが、魔女の呪いは死後ですらそれを許しませんでした。貴女の魔法であれば、それを越えて届くでしょう」

「いかにもその通り。私の骨には魔法が浸み通る呪いがかかってる。その代わりに大抵の呪いも魔法も長くは効かないんだ。そうでなきゃ一生を鷲の姿で過ごす所だったよ」

 そして小屋から猛烈な炎が上がりました。井戸から不気味な煙が立ち上り、見目麗しい女性の姿をとりました。それは悶えるように乱れ、必死に火を消そうとするかのように小屋を旋回しました。リンデンは暗い怒りとともに小屋から顔をそむけると、剣をアルジェナスの金髪の上に掲げ、そのまま双子へと語りかけました。

「あの日、あなたがたのお父様は桶を井戸へと運んでいました。私の顔も、名前もわかりませんでした。だから、口づけをしました。真に愛していたからです。玉座への探索を遅らせようとも、長く行方不明のケンリスを見つけたかったのです。ただ、何があったのかを知りたかったのです」

 記憶が追いかけてきてリンデン女王は口を閉じ、そして続けました。

「彼は正気を取り戻しました。そして一年間を魔女の下僕として過ごしていたことを思い出したのです。運んでいた桶には、彼自身の幼子の血が満たされていました。ローアン、ウィル、その魔女があなたがたを産んだのです。魔女は、延命の秘薬の材料にするためだけに子供を欲しがったのです。私が見つけた時には、あなたがたはもう出血で死んでいました。魔女はそれを井戸に溜めて、不死の泉のように飲むつもりだったのです」

「死んで……死んでいた、って……?」

 ウィルの額に汗が滲み、両手を見つめる視界が揺れました。目の前にあるのはまぎれもなく、生きた人間の手です。

「五つの騎士号を得るまでには、少なくとも一度は死に目に遭います。探索する獣はそれを知っていました。探索する獣だけが、それを振るう者を蘇生させる剣を鋳造できます。獣に選ばれた者には、一つの命が与えられるのです。私は自分の剣の命を用いて、あなたがたを蘇生しました」

 それはつまり、決して探索を完遂できないことを意味します。ローアンの頬をリンデンは優しく撫で、そして続けました。

「魔女は、彼の剣を暖炉の上に飾っていました。思うに嘲りと侮辱のためでしょう。彼は正気を取り戻すとその剣で魔女を殺し、井戸へと投げ込みました。そして恥辱と怒りで我を失ったまま、私の剣を手にして僻境へ分け入っていったのです。ただ名誉回復だけを願って。ですが私には、母親を必要とする弱った幼子がいました。そのため、私があなたがたを連れ帰りました」

 女王は息をつき、続けました。

「鹿へ変えられた王を見つけたとエローウェンが知らせてくれた時、すぐに察しました。彼は古い遺恨からここへ向かうだろうと。アヤーラが察した通り、秘密があります。彼は魔女の獲物となる前、探索の途中で死んではいませんでした。つまり、この剣の中には命があるのです。それを与えましょう」

 女王は刃の腹を王冠にあてました。すると小屋を燃やしていた炎が不意に揺れて消え、突風が煙を吹き飛ばしていきました。魔法の炉から取り出されたように、剣が熱く輝きはじめました。不意に、森の端に一つの影が現れました。三本の長い首の先に三つの顔。一つは怒り、一つは悲しみ、一つは笑っています。エローウェンが叫びました。

探索する獣

「探索する獣! この目で見られるなんて!」

 陽光が影を裂き、次の瞬間、獣の姿は消えていました。剣の輝きが膨れ、黄金の光が辺りに溢れました。横たわる身体が息をつき、目が開かれました。

「リンデン? ローアン? ウィル?」

 王は咳とともに身体を起こし、そして血で汚れた自分の服を見下ろしました。矢は抜けて地面に転がっていました。

「何があった? ここは?」

 ローアンは震えていました。弾けるように泣き出すのかとウィルは思いましたが、そうではなく、その怖れと悲嘆が嵐のような憤怒へ変わるのがわかりました。

「どうして私たちに嘘をついてたの? 言っても大丈夫って信頼してくれなかったの? それは子供たちに教えるべきことじゃないの? お前たちを産んだ母親というのは魔女で、その呪いがお前たちの骨身を縛っている。ああ、そしてお父さんはその魔女と一年間一緒に暮らした後に殺した。知りたかったんだろう? って!」

 王はリンデンの冷静かつ慎重な物腰、焼け落ちた小屋、エローウェンの興味津々の視線、魔法が解けた剣、そして子供たちを見て察しました。

「自分たちが関われる前に起こった、不愉快な真実の全てを知ることが常に良いとは限らないよ」

「それは私たちが知るべきことだって思わなかったんでしょ! 知ってて当然のことを!」

「お前が何もできなかった卑劣な出来事について教えたところで、良いことはないよ。それで私たちからお前たちへの気持ちが変わることはないが、その真実が明るみに出たなら、他の者たちからは大きく違ってくるかもしれないだろう。そして、そうさせたくはなかった。お前たちを守りたかったんだよ」

 父は悔やむような笑みでそう締め、両手を差し出しました。片方をローアンに、もう片方をウィルに向けて。ウィルの腕が震え、ですがローアンは両手を背中にやりました。

「私たちを守りたかった? 守りたかったのは自分たちでしょ!」

 崇王は、真実の棘に刺されたようにひるみました。

「私たちを信頼してくれなかっただけじゃなくて、恥ずかしくて私たちにすら話さなかったんでしょ! 皆に知られて、完璧な、誠実な崇王じゃないって思われるのが怖かったんでしょ! お母様は大きな代償を払って私たちを救ってくれたのに、お父様は自分の名誉だけを気にして行った! でもお母様も! お父様の名声を守るために共謀なんかして!」

 ローアンの両目が燃えていました。何か取返しのつかないことをしてしまうのではと、ウィルは慌ててその腕を掴みました。

「ローアン、落ち着け――」

 その時でした。きらめく稲妻の奔流がローアンの腕から走り、身体の奥深くへ織り込まれて眩しく輝きました。骨まで染みる冷気がウィルの身体にうねり、その稲妻に届いて交じり合いました。光と氷が弾け、覆い、貫き、強い嵐がウィルとローアンを運び去っていきました。まるで足元で、もしくは頭上で扉が開いたかのように、王国でも僻境でもない、全く見知らぬ場所へ引かれていきました。世界が消え去る寸前に聞こえたのは、ガラクの低い口笛と響く声でした。

「これは予想外だ」

多元宇宙へ

「二人はどこへ? それぞれの魔法を組み合わせて戦う技を習っていたのは知っています。ですが……消えるなんてことは」

 女王は剣を地面に置き、落ち着いた声に反して両手は震えていました。王は痛ましいような笑みでかぶりを振りました。

「もし二人があの魔法を学んでいたのなら、ローアンが落ち着いたならきっと戻ってくるだろう。あの子の気分は――」

「『君と同じく変わりやすいからな』、ですか」

「その通りだ」

 リンデンは溜息をつき、返答はしませんでした。

「あれは普通じゃない魔法だった、私も見たことがないよ」

 エローウェンがそう言い、大気の匂いを嗅ぎました。ガラクはそれを眺めながら、彼女は何も見つけられないだろうとわかっていました。オーコの次元渡りの軌跡は今も残っています。とはいえ、オーコの首をひねり潰してやりたいと思いながらも、心はもはや呪いに突き動かされてはいませんでした。そして、王と女王が我が子を心配する様子が、辛いほどに自らの父を思い出させるのでした。その崇王はガラクをまっすぐに、明敏な戦士の本能をもって見つめました。

「二人は何処へ行ったとお考えですか? 一緒におられたのでしょう」

「ああ。俺たちは猟団を追っていた」

 彼はウィルとあの大釜を、アヤーラ女王の訳知り顔の笑みを思い出しました。とはいえ自身の秘密を明かすつもりはありませんでした。

「名乗っておりませんでしたな。私がアルジェナス・ケンリスです」

「崇王か」

「その通り、ですが今重要なのは、ウィルとローアンの父だということです」

 王は優しい父親の笑みでそう付け加えました。自身の父が息子のために身を投げ出したことを思い出し、ガラクは目に熱いものを感じました。その日以来涙を流したことなく、けれど今その涙は当然かつ純粋なものに思えました。リンデン女王が、もどかしいように言いました。

「あの二人は多くの若者が望むように、自分たちの探索に出発したのでしょうね。心配せずにはいられませんが、私自身が十八になった日を思い出します。ケンリス、あなたもでしょう。いつもそう言っていましたよね、私の気を引きたいための嘘でないなら」

 王は思わせぶりに笑い、女王は少し顔を赤くしました。

「そんなことはない。あの退屈な街を早く出たくてたまらなかったよ。あの二人も私たちと何ら変わらないということだ」

「二人は何としてでもあなたを見つけ出そうと、真冬の、魔法の嵐の只中に出発したのですよ。つまり、私たちの若い頃とそっくり同じとは言えません。今やあの二人の人生を歩むことを認めなければいけないようです。二人が怒ったのも当然です。もっと正直であるべきでした。ケンリス、私たちも我が家へ帰りましょう。アーデンベイル城にあなたの帰還を知らせましょう。あの子たちにはあの子たちの道を行かせましょう。時が来たなら、帰ってくるでしょうから」

 ですが崇王は心配な様子で溜息をつきました。それを見て、エローウェンが声を響かせました。

「あの二人は私が思ったより、ずっと強くて賢いよ。それにここはもう僻境の中心からずっと離れた所だ。アーデンベイル城にも割と近い。何なら毎日グリフィンの騎士を送り込んで、二人が戻ってくるかどうか確認したっていい。けど今わかるのは、あの子たちはもう故郷を旅立ったってことだけだね。すごい技だよ!」

「エローウェン、君は変わっていないな」

「そのつもりだよ! で、そこの大男さん、ガラクだっけ? あの騙し屋に下僕にされてたんだってね。けどそれよりもさ、あのひどい呪いがすっかり無くなってるじゃないか」

 ウィル・ケンリスがあの川の中で手を放さなかったことを、ガラクは覚えていました。あの若者二人はたった今、多元宇宙へ飛び立っていったのです。何が起こったのか、自分たちが何処にいるのか、その全てが何を意味するのか、知るよしもないのでしょう。

王家の跡継ぎ

「俺の呪いは解けた。行きたい所へどこへでも行ける。だから約束しよう、アルジェナス・ケンリスとリンデン・ケンリス。俺が二人を追いかけて、見守ろう」

「なぜ、そのような?」

「あの二人が俺を助けてくれた。だから俺もそうするつもりだ」

 そして女王が角笛を鳴らすと、グリフィンの騎士たちが到来して心からの喜びとともに王を迎えました。やがてウィルとローアンがすぐには戻ってこないとわかると、彼らは帰還の準備を始めました。何人かはガラクがあの無謀な双子を追うことを称賛しました。騎士たちを見送ると、ガラクの内にこの僻境の地を探検してみたいという気持ちが沸き起こりました。手強く危険な怪物の気配もありました。

 ですが今は、恩返しをするのが先決です。ガラクは氷と稲妻が溶け合った軌跡を探り、掴みました。別れを惜しむように、近くの木で一羽の鴉が鳴きました。そして彼は、この世界を後にしました。

めでたしめでたし

(終)

※本連載はカードの情報および「Throne of Eldraine: The Wildered Quest」(amazon電子書籍版)の一部の抜粋や私訳をもとに、著者とウィザーズ・オブ・ザ・コースト日本支社との間で確認して作成した記事であり、一部固有名詞等の翻訳が正式なものと異なる可能性がございます。ご了承ください。


 
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