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コラム

企画記事

『エルドレインの王権』物語ダイジェスト:第6回 王冠泥棒、オーコ

原著:Kate Elliott
作:若月 繭子

思わぬ再会

 大鹿は黒曜石の橋を渡って行ってしまいました。父の唯一の手がかりを逃がすわけにはいきません。ローアンはそのまま翡翠の橋を渡ろうとしますが、エローウェンの叫びがそれを止めました。

「そっちじゃないよ! 大鹿が使った橋を渡らないと」

 ローアンは立ち止まりました。橋は同じ川に並んでかかっているのですから、この橋を進めば良いのでは? ぼやけた向こう岸へと目をこらしますが、余計見えなくなるだけでした。

「両方の橋が同じ岸に繋がってるって思うのかい?」

「同じ岸じゃないなら、どこへ続いているんですか?」

「さあね。私は僻境を旅している間、黒曜石の橋を渡ったことはないんだ。恐ろしい守り手がいるんだよ。トロールとか、四本腕と触手の怪物とか、角の生えた毒蛇とか――」

大食いトロール

「先に行きます。お父様を取り戻せないことに比べれば、死なんて怖くありません」

 ローアンは黒曜石の橋へと注意深く馬を進めました。川は不吉な波と渦に荒れています。水面のすぐ下で、棘の並んだ大蛇のような影が動きました。半ばまで来た所で、橋げたの下に白い人影が現れました。上半身は裸で、優雅に手招きをしています。そして剃刀のような歯をむき出しにして笑いました。闇のマーフォークです。背後で、エロ―ウェンが説明を始めました。

「僻境では物事のふるまいが王国とは違うんだよ。例えば、普通の石の橋は確固として動かない。けど僻境では橋が現れたり消えたりする。ある日ある場所にそれを見ても、次の日には無くなってて、別の場所に現れる」

「そういう橋は必ず、五つの異なる素材でできている。象牙、瑠璃、黒曜石、紅玉、翡翠ですね」

 そう言ったのは背後を進むウィルでした。更に後ろにはシーリスとカドーがついて来ています。

「その通り! 感心したよウィルくん。君はヴァントレスでよくやれそうだ、この冒険を生き延びたならね」

 やがて橋は下り勾配になり、ローアンは美しくも毒々しい花が咲き乱れる草地に乗り込みました。その中にあの大鹿が立って、頭を誇らしく上げてこちらを見つめています。その先、棘茨の間から巨大な斧を手にした大男が現れました。ローアンはまたもあの頭痛に襲われました。この男を知っているはずなのです。けれど思い出そうとすると、記憶を鎚で叩かれるようでした。

 笛の音が再び響きました。草地の先、森の中の廃墟からです。見えない紐に引かれたかのように大男は影の中へと引き、大鹿もそれを追って姿を消しました。ローアンは馬を走らせ、ウィルとシーリスがすぐに続きました。薄闇の道は見る限り曲がりくねって伸びています。左で動きがあり、顔を向けると、ユニコーンの角の淡い光が見えました。シーリスは別の道を? ここまで分かれ道はなかったはずです。そして前を見ると、先ほどまでまっすぐだった道が、すぐ先で二本に分かれていました。あの鹿はどちらへ向かったのでしょうか? ウィルが震える腕で右を指しました。その先には家ほどもあるドラゴンの頭蓋骨が、顎を大きく広げています。道はその口の中へ続いていました。

「あの幻視で見た頭蓋骨だ。あっちへ行けってことなんだと思う」

 道は頭蓋骨の中を通って、石畳の広場へ続いていました。そこでは石になったドラゴンの骨格が丸くうずくまり、内部に大きな空間を作っています。高く上げた翼の頂点に、ひとつの炎が明るく燃えていました。エローウェンが言っていた、石化したドラゴンの体でできた野外劇場です。その中から、言い争う声がしました。

 ローアンは馬を高い草むらに隠すと、ひび割れた壁を登りはじめました。冠毛の鷲が一羽、壁の上から眼下の議論を眺めています。中ではかがり火が燃え、エルフの一団がそれを取り囲んで議論していました。僻境のエルフたち、そしてアヤーラ女王とロークスワインの廷臣の姿もありました。女王は黒のガウンではなく乗馬服をまとい、杯の形をした黄金のブローチをつけています。そして熱弁を振るう若いエルフを、傍観者のように見つめていました。

「王国が混乱と不和に陥っている今こそ、攻撃の時だ。何世代もの間、私たちは僻境に閉じ込められていたのだ。この冬至の時、私たちを止められるものは何もない。かつてのように、望む獲物を狩るのだ!」

オークヘイムの敵対者

 美しく彫刻された弓を手にしたエルフがそう言うと、アヤーラも口を開きました。

「愚かな。お前はこの秋から僻境をうろついて攻撃を煽る一個人の言葉を繰り返しているだけです。使節からの報告によれば、あの者は由来の知れない余所者です。イリドン、何故その者を信用するのですか」

「正しいからだ。狩猟への出発は今夜だ。今年は、望む所へ向かうのだ」

 別のエルフが声を上げました。イリドンと呼ばれた若者と同じ程の年に見えながら、その声には年月を経た重みがありました。

「アヤーラの言う通りです」

「イルフラ、貴女はそう言うだろう。従姉妹同士なのだから」

「アヤーラは古の氏族と血の絆を敬うからこそ、毎年冬至の狩猟に同行するのです。王国では禁じられているにも関わらず。狩猟の終わりに共にする饗宴が、我々氏族をひとつに繋げます。それは大地と空を繋げます。あの余所者の身元を誰も知りません。それだけでなく、僻境を害する腐敗を持ち込んでいます。あれは私たちの友ではありません。崇王に魔法をかけたと言っていますが、連れて来ることはできずにいます。失ったものを取り戻すことには反対しませんが、あの者の言葉に従った結果、さらなる害悪がもたらされるような事があってはなりません」

 続けてアヤーラが口を開きました。

「私は、アーデンベイル城との親善を提案します。リンデン女王との理解を深めるには最良の時です。もしもアルジェナス・ケンリスを発見して玉座を復興すれば、あるいは私たちの民にも――」

「融和? 降伏? 誰がそんなことを!」

 不意に翼の羽ばたき音が聞こえ、ローアンは顔を上げました。あの冠毛の鷲が不穏かつ鋭い目で見つめています。あれが何かに使役される動物だったら? ローアンは後ずさって壁を降りました。広場から出る道は他になく、彼女はウィルに合流するとあの頭蓋骨まで戻り、分かれ道を右に進みました。やがてウィルが低い声で尋ねました。

「何を見た?」

「エルフの評議会。アヤーラ女王の姿も」

「え? どうやってここへ?」

「私たちのすぐ前に、ヨルヴォ王が送り出したのよ」

「アヤーラ女王が父上の失踪に何か関わっていると思うか? ギャレンブリグで聞いたように」

「聞いた感じそれは違いそう。冬至の狩猟について議論していたわ。村のお年寄りが話していたような。そしてエルフは今それを準備している。どうもアヤーラ女王は密かに毎年関わっているみたい。古の氏族の伝統なんだって。狩った獲物を皆で食べる。大地と空を繋げる魔法の儀式みたいなものみたい」

 ウィルは驚いた様子はなく、ただ頷きました。

「女王じゃないなら、この事件を起こしたのは誰なんだ?」

「部外者がいるらしいのよ。僻境をさまよいながら、エルフに王国への攻撃をけしかけているみたい。アヤーラ女王はお母様との公的な交渉を求めていたけど、できなそう」

 二人は森の中の廃墟にやってきました。円形の空き地の中、倒壊した細い塔とその屋根の破片が散らばっています。芳醇な風に草が揺れ、蔓の椅子の上に誰かが寛いでいました。双子が馬を止まらせると、その男は顔を上げて目を見開きました。

王冠泥棒、オーコ

「ローアンとウィル! どうやってここへ?」

 大げさに驚いたような声に、ローアンの目の奥に刺すような痛みが走りました。ですがそれは一瞬で消えました。隣では、ウィルが驚いたように顎を落としています。あの日の記憶が押し寄せてくるように蘇ってきました。

「オーコさん!」

 あの出会いを二人ともすっかり忘れてしまっていたというのは、本当に奇妙なことでした。今は、記憶から蜘蛛の巣が完全に晴れたように思えました。質問したいことはたくさんありましたが、その場合ではないとウィルはわかっていました。

「僕たちはある大鹿を追っているんです。急いでいます」

 ローアンは木々の間にユニコーンの角を見ました。タイタスが死んで、これ以上仲間を失うつもりはありませんでした。それなのに今、自分とウィルは不注意にも仲間とはぐれてしまっています。彼女もオーコへと尋ねました。

「私たちの仲間を見ませんでしたか?」

「私はずっとここで日光浴を楽しんでいたんだ。君たちの仲間や鹿を見たと思うかい?」

 オーコは二人へと近づいてきました。両手にはどこから出したのか、リンゴがありました。彼は微笑んでそれを馬へと差し出しました。

「こんなに素早くどうやってここへ? この場所を見つけるまで騎士たちは何年もかかるだろうに」

「まずヴァントレスへ向かったんです、鏡と話すために」

 ローアンは自分たちの武勇伝でオーコを感心させたい様子でした。ウィルはそんな彼女の脛を蹴り、警告するように顔をしかめました。

「大鹿を見ていないんですよね? 僕たちの仲間も。そうでしたら僕たちは捜索を続けなければなりません。そうだろう、ローアン?」

 オーコの凝視がウィルへと燃え、その目に怒りが閃きました。ですがそれはすぐに消え、滑らかな笑みが浮かびました。ローアンが振り返ると、自分たちが来た時にはなかった小道から、カドーとエローウェンが現れました。明らかに二人も自分たちを探していたようでした。エローウェンが声を上げました。

「急いで進むなって言っただろう。こういう廃墟は移り変わる小道の迷路だ。すぐにここを出て――」

 エローウェンは不意に言葉を切りました。その視線の先で、オーコが彼女の馬へとリンゴを差し出しています。反応しない様子に、オーコはヘイルへとネズミの死骸を差し出しました。グリフィンは優雅な動作でそれを咥えました。アーデンベイルでは、騎士の許可なくグリフィンに近づく者はいません。カドーは鞍の上から言葉を失って見つめました。一方エローウェンはそのような無礼は気にしませんでした。

「その男は何者?」

「ロークスワインのオーコさんです」

「ロークスワインの住人が僻境の中心で何を?」

 ローアンの説明に、カドーは待ち伏せを警戒するように周囲を見渡し、そして冷たい疑念の視線でオーコを見つめました。

「以前お会いしたことがあるような? 覚えがある気がするのだが、思い出せない」

 オーコは溜息をつき、無邪気に目を見開いて答えました。

「私はこの通り丸腰だし、極めて温和かつ協力的な人物のつもりなのだけどね。私はドルイド評議会が頼みを聞いてくれるのを待っているんだ」

「ドルイド評議会は遠い昔に解散したよ。大きな危機の時にだけ集まるって言われてる」

 エローウェンは空へと眉をひそめてみせました。オーコは両手を掲げて答えました。

「崇王の失踪というのは危機ではないのかな? 王国は混乱と不和にもがいているのでは? 宮廷内で争っているのでは? 王国が弱っている、つまり僻境の評議会がかつて奪われたものを取り戻す絶好の機会なのではないかな?」

 エローウェンは馬に乗ったまま、前のめりにオーコへと近づきました。

「そのためにアヤーラ女王はお前を送り込んだのかい? 同類と組んで、アルジェナスが不在の間に王国を攻撃するために」

「私、アヤーラ女王を野外劇場で見ました。エルフが王国への攻撃を議論していましたが、女王はそれに反対していました」

 ローアンがエローウェンの言葉を否定すると、カドーも頷きました。

「そうするだろう、リンデン女王がアーデンベイルの宮廷を掌握している限りは」

「リンデン女王? 彼女は崇王との婚姻でその地位を得た。自らの力でではない。王国を率いる十分な権限はないよ」

 オーコの言葉に、エローウェンは軽蔑の視線を向けました。

「若造、リンデンのことを何も知らないね! 私だってそんなに好きじゃないけど、王国をまとめるために誰よりも頑張っているんだ。それと、あんたはロークスワインの者じゃないね」

「疑うとは傷つくね」

 オーコの声色は軽いままで、とはいえ彼は拳を握り締めて肩を強張らせました。

「気づくのにちょっとかかったよ。あんたは何処にもロークスワインの杯の印を身に着けていない。オーコ、あんたの母の氏族は? 父はどの氏族の生まれだい?」

「何故それを尋ねるのかな」

「エルフは絶対にその質問に答える。そうしないことは恥辱だからさ。あんたはエルフじゃないね。思うに騙し屋か、魔女か」

「魔女だと!」

 カドーが叫び、剣を抜きました。オーコは蛇のように手を伸ばし、エローウェンの手首を掴みました。

「告発されるのは嫌いなんだよ」

 冷たいその声と共に光がひらめいたかと思うと、オーコとエローウェンが消えました。そしてその場所に、冠毛の鷲が二羽現れました。一羽は地面に、もう一羽は鞍の上に。馬がひるみ、二羽は飛び立ちました。そして一羽だけが舞い降りて、オーコの姿へと戻りました。続いて彼が耳をつくような口笛を吹くと、背後の木々からあの狩人が大鹿を連れて姿を現しました。その隣にはソフォスと、足を引きずるシーリスがいます。彼女の両手は棘の蔓で縛られ、一枚の葉がその口を塞いでいました。オーコは顔をしかめました。

「忠犬、大鹿を捕まえるのに時間をかけすぎだ。そしてユニコーンとは! 凶悪な獣だと聞いている。客人たちを護衛しろ、ここから出してはいけない」

 狩人は頷きました。そして地面から一本の茎が生え出て、驚くべき速度でよじれると緑の手綱となって大鹿の頭部を拘束しました。

「ここで失礼させてもらうよ」

 オーコは優雅にお辞儀をすると、大鹿の蔓の手綱をとって森の中へ消えました。すぐに、全員を取り囲むように植物が瞬く間に成長し、棘と茨の壁が張られました。蔓は背丈を越えて梢まで達し、空を格子状に覆いました。ローアンが稲妻を当てますが、生きた植物のそれはたやすく燃えません。ウィルの氷も全く効果がありませんでした。棘の檻に閉じ込められてしまったのです。そしてウィルはとある真実に気づき、顔色を失いました。同じ理解がローアンの目にもありました。

 あの大鹿が父なのです。オーコはエローウェンと同じように、父を変身させたのです。そしてエルフに狩らせて、王国と僻境の間に戦争を起こそうとしているのです。

ケンリスの変身

束縛からの解放

「シーリス!」

 ウィルはすぐに動きだしました。シーリスの隣にはあの危険な狩人がいますが、自分たちへと敵対的な行動を取ってはいません。尊敬を得るには、尊敬を捧げることが最良の方法です。ウィルはゆっくりとその男に近づき、手を広げて丸腰だと示しました。ここから脱出して父を探しに行けるなら、どのような危険も冒すつもりでした。

「僕を覚えていますか? 締めつけ尾根で、少しの間一緒に歩きました。話もしました。僕の好きな歌を少しうたったりもしました」

 ウィルはあの時の鼻歌をうたい、黙って待ちました。その男は長いこと見つめ、ですがやがて、低くかすれた声で言いました。

「覚えている。ウィル・ケンリス」

「あなたの本当の名前は忠犬ではないでしょう。オーコが、ただそう呼んでいるだけで」

「ウィル、そこをどくんだ」

 振り返ると、カドーとヘイルが攻撃を構えています。ですがウィルは従いませんでした。

「彼は僕たちに一切危害を加えてきていません。オーコの命令を実行しているだけです。ローアンと僕が初めて会った時、オーコは僕たちに危害を加えるなって命令しました。そして、その通りにしています」

 ローアンがウィルの言葉に頷いて言いました。

「そうです。私が一緒に行くことを怖がった時、オーコが特別に言ったんです。私たち二人を傷つけるなって」

「オーコがその命令を撤回した様子はありません。そしてこの狩人も、特別に命令されたこと以外何もしていません。彼はオーコと進んで組んでいるのではなく、下僕にされているんです。僕に試させてください」

 ウィルは振り返り、狩人に対峙しました。

「お名前は何というのですか?」

 狩人はゆっくりと考えるように瞬きをしました。

「思い出せない」

「友人のシーリスを解放してもいいですか? あの蔓はオーコの術であり、あなたのではありません。手首の蔓を解いても、この茨の檻から出ることにはなりません」

 狩人はシーリスの涙を浮かべた顔と、傷ついた両手首へと視線を向け、そして頷きました。ウィルはナイフを抜き、手首を束縛する蔓を注意深く切りました。すると口を塞いでいた葉も萎れて消えました。シーリスは泥と葉の破片を拭うと、不意にウィルへと抱きつきました。

「二人に何があったの?」

 もっと大胆だったらよかったのに、ウィルはそう思いました。

「君こそ! ソフォスなら振り切れただろうに」

「何かの魔法を使えるのよ。道を塞がれた時、ソフォスは……私ではなくあの狩人に従った。あの人、呪われているの。血も肉体も、心も何かの腐敗に汚されている。その人の右肩、首のすぐ下に石かクリスタルの破片が埋まっているわ。捕まらなかったらわからなかったと思う。ウィル、見える?」

 狩人は黙ったまま、ウィルが近づいてきても動じませんでした。とはいえ彼は狩人に直接触れないよう気をつけました。

「これ、何だ?」

「治療師の目から見て、その破片は血管の腐敗に繋がっているわ。何か、錨になっている。邪悪な魔法の要かもしれない」

 ローアンがゆっくりとにじり寄って、狩人に尋ねました。

「オーコが強い魔道士だというのは知っています。蔓を檻にしたり、私たちの出会いを忘れさせたり。忠犬さん、オーコが崇王を大鹿に変えた所を見ました?」

 狩人は顔を上げてローアンを見ましたが、黙ったままでした。ウィルが咎めるように言いました。

「そんなふうに呼ぶな。それは侮辱だ」

「あの鹿は人間だった。そうだ。最初は人間だった」

 そこでカドーが割って入りました。

「ウィル、尋ねてくれるか。あの夜、王の従者二人を殺したのは誰なのか」

「あなたが殺したのですか?」

 ウィルはそう尋ねましたが、既に返答はわかっていました。

「オーコが命令した、もう二人を殺せと」

「どうしてあなたがそれを? どうして従わなければいけないのですか?」

 狩人の内に怒りが宿るのがわかりました。ですが彼は額をこするだけで答えませんでした。その仕草に、ウィルは自分が被っていた頭痛を思い出しました。

「言えないんだ、魔法の束縛で」

 カドーはかぶりを振りました。

「そいつを信用はできない、ウィル。そいつは殺人者だ」

「殺した者が殺人者なのは確かです。けれど、他に何もできない状況で強いられたのであれば、責任は誰にありますか? 強いられた方か、強いる方か。カドーさん、獣たちを見て下さい!」

 そこで全員が狩人を見ました。ユニコーンは落ち着いてその隣に立っており、恐るべきグリフィンは信頼の瞳で狩人を見つめています。馬たちも傍にやって来ていました。これほど恐ろしい様相で、肉体に闇の腐敗が流れている男を、獣たちは怖れていないのです。ウィルが空を見ると、すでに暗くなり始めていました。

「時間はない。シーリスが言うに、オーコが彼の身体に石を埋め込んで呪いをかけて束縛したらしい。もしその石を取り出せたなら、その束縛と呪いから解放できるかもしれない。そうすれば、僕たちがここから出ていくのを止めることはないだろう。シーリス、できるか?」

「それを許してくれるなら」

 ウィルはその男のすぐ隣に立ち、視線を合わせました。

「その破片を取り出させてくれませんか。シーリスならできます。あなたの力になりたい。彼女を信頼してください。僕たちを信頼してください」

「見返りに何を求める、ウィル・ケンリス」

「何も求めません。誰も、あなたのような扱いを受けるべきではありません。名前も記憶も自由も奪われるなんて。ですがあなたの手助けがあれば、この檻から出て父を助けに行けます。嘘ではありません」

「言葉を話すものは嘘をつく」

「その通りです。けれど、僕は父について嘘はつきません。善き人物にして誠実な統治者です。僕がこれまで必要としてきたのは、父と母が教えてくれたことばかりでした」

「父親……」

 狩人は握り締めていた拳を緩め、その視線が揺れました。とある景色、もしくは記憶へと向けられるように。

「そうです。僕たちの父親が、オーコによって鹿に変えられてしまったんです。父を取り戻したいんです。このままでは、狩られて殺されてしまいます。そうやってオーコは大戦を起こそうとしているんです」

「大戦」

 狩人は自身の肩に触れ、熱を持つ体に指がかすめてひるみました。

「あれが言っていた、隠れていろと。大戦に連れて行かれないために」

「オーコが、隠れていろと?」

「オーコではない。思い出せない……思い出したい」

 ウィルは狩人の腕に触れる寸前にまで手を伸ばしました。

「その破片を取り出させて下さい、もし呪文が解けたなら、思い出せるはずです」

 狩人はウィルを見つめました。最悪の恐怖をその深みに隠すような視線、それでもウィルはこの男を怖れていませんでした。獣たちが怖れていないというだけでなく、ウィルは自分とこの狩人との間に、共通点のようなものを感じていました。それが何なのか、なぜそう感じるのかもわかりません。けれど理解しあえる友であり仲間として見つめました。やがてローアンがシーリスの隣にやって来て言いました。

「ウィルの言う通りよ。私たちの両親は、王国とその美徳のために人生を捧げてきた。オーコがあなたにしたことは間違っている。手助けをさせて」

 三人は揃って待ちました。カドーは黙っていました。やがて狩人は斧を地面に置いて膝をつき、頷きました。シーリスは不安そうに息を吸うと、治療鞄を開きました。魔法だけでは治療はできません。彼女には器用な手と、鋭い目と、熱い情熱があるのです。

「これから肩に触れます。手袋をはめていますので、皮膚が直接触れることはありません。これは私を貴方の肉体の呪いから守ると共に、貴方にとっても楽になることを願います。私の声が聞こえて同意していただけるなら、頷いてください」

 一瞬の後、男は頷きました。ローアンとウィルが手伝いに入りました。カドーが警戒して見つめる中、三人でその男の肩鎧と外套を取り除きました。皮膚に見える血管は黒い膿のような色で、まるで人間からそうでないものへと変質する途中のようです。シーリスが言いました。

「切開する場所に、痛みを和らげる油を塗って皮膚を清めます。これ自体は痛みません」

「痛みは怖くない」

 シーリスは皮膚の下の突起の周囲を調べ、注意深く拭い、メスと鉗子を取り出しました。そして確かな手つきで一つ切開を入れ、鉗子の先端を差し込み、広げ、破片を掴んで引き抜きました。狩人は身動きせず、息もつきませんでした。

 長く息を吐き、シーリスは手の上のくすんだ破片を見つめました。ですがそれもつかの間、狩人の腕の血管が大きく脈打ち、黒い触手が皮膚の下にうねって広がっていきました。男は頭を上げて吠え、振り回した腕がシーリスに直撃しました。彼女は弾き飛ばされ、悲鳴とともに地面に叩きつけられました。

 ヘイルが翼を広げ、狩人の背中へと飛びかかりました。男は腕を振り回し、手でその喉を掴みました。ですが握り潰しはせず、身体をよじらせました。肉体にうねる悪意の怒りと、獣を守るという本能が争っているようでした。その手から、黒い腐敗がヘイルへと流れ込みました。狼狽の悲鳴を上げ、男は手を放して後ずさりました。腐敗に冒され、ヘイルは毛を逆立てて叫びました。そして近くの馬へと飛びかかり、その腹部を鉤爪で切り裂いて内蔵を貪りはじめました。大男はその様子を見つめ、そしてグリフィンへと近づき、腕をその首に回しました。

「忠実なる獣よ、安らかに」

 一息に、男はヘイルの首を折りました。ローアンはシーリスへと駆け寄りました。右脚が不自然な方向にねじれています。狩人は目を見開き、くぐもった声で言いました。

「ガラク。親父は俺をガラクと呼んだ。かつて俺は怪物を狩っていた。今や、俺が怪物だ」

 ウィルは狩人とシーリスの間に入り、手のひらを広げて見せました。

「あなたの力になりたかったんです。知らなかったんです……」

「わかっている。だがあれは。あのプレインズウォーカーは」

「プレインズウォーカー?」

「俺を忠犬と呼んだ。だが手綱は切られた。あれを狩り、殺す」

 狩人はよろめき、棘の格子に手を触れました。蔓が萎れると、彼はそれを咆哮一つとともに引き裂き、隙間から抜け出して駆け出しました。

(第7回へ続く)

※本連載はカードの情報および「Throne of Eldraine: The Wildered Quest」(amazon電子書籍版)の一部の抜粋や私訳をもとに、著者とウィザーズ・オブ・ザ・コースト日本支社との間で確認して作成した記事であり、一部固有名詞等の翻訳が正式なものと異なる可能性がございます。ご了承ください。

 
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