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コラム

企画記事

『エルドレインの王権』物語ダイジェスト:第2回 むかしむかし

原著:Kate Elliott
作:若月 繭子

プレインズウォーカー狩人

 まだ名前も知らない次元、そのどこかの森にて。突然襲いかかってきた巨体の狩人を、オーコは魔法の茨で拘束しました。何という乱暴者でしょうか。顔は錆びた兜で上半分が隠され、しかめっ面と歯を際立たせています。よく観察すると、青ざめた皮膚には黒い血管が浮き出ています。棘の傷からにじみ出る血は黒く、腐敗に毒されているのがわかりました。汚れた外套と衣服は、乾いた血と泥でひどく臭いました。

 オーコはふと気づきました。この男の背骨と肩の間の皮膚に、魔力を放つ何かが埋まっています。驚いたことにそれはゼンディカー次元に見られる石、面晶体です。面晶体を知っている者は少なく、このようなことのできる魔法を使える者はもっと少ないはずです。どうして面晶体を? この狩人は一体何者なのでしょうか?

 茨の網はもう、男の血によって枯れはじめていました。触れただけで自分もその毒を受けてしまうかもしれません。とはいえ相手をよく知ることが、生き延びる秘訣です。オーコは男の目的を尋ねましたが、ただ「殺す」としか言いません。呆れてオーコはこの次元から去ろうとするも、男はそれでも追いかけると言いました。つまり、この狩人もプレインズウォーカーなのです。プレインズウォーカーを獲物とする狩人なのです。

 不意にオーコは興味を抱きました。とはいえ、茨がすっかり枯れるのは時間の問題でした。本当にプレインズウォーカーだとしたら、死ぬまで追いかけられてしまいます。オーコは溜息をつきました。知っている中でも、最も大変な魔法を使う以外にありませんでした。

 オーコは相手の目をじっと見つめると、全力でその心の奥へ潜っていきました。敵意、怒り、苦しみ。そしてこの男の心の奥深くに、悲嘆がありました。遠い昔に死んだ父親への悲嘆が。この男は確かに強いですが、それは肉体と意志の強さ。けれどその下にある心の乱れを手がかりにすれば。

「リリアナ・ヴェス……俺を呪った。闇……腐敗……」

 男がふと何かを呟き、一瞬、オーコは驚きました。怒りとともにまた毒が茨へと流れ込みます。オーコは息を詰まらせながらこの男の心へとさらに潜り、麻痺の檻でそれを包み込みました。男は諦めたように肩の力を抜きました。

「君の力になるよ。信じてくれ。私は君のただ一人の友達だ」

トリックスター、オーコ

 抵抗が止みました。何とか上手くいったのです。オーコは震えながら額の汗を拭いました。さて、この男をどうしたものでしょうか。弱っているうちに殺すか、それとも下僕にするか。森の中でまた危ない目に遭わないとも限りませんから、護衛はあった方が良さそうです。オーコは親切な笑みを向けました。

「過去を捨てて、新しい道を歩もう。私は護衛が欲しいし、君にはもっといい目的があった方がいい。そうだな……君のことは『忠犬』と呼ぼう、君は私を『御主人様』と呼ぶんだ。いいかい、忠犬?」

「わかった、御主人様」

 一瞬、狩人の両目に凶暴な光がひらめきました。

双子の失敗

アーデンベイル城

 アーデンベイル城の前庭で、ローアンはウィルの姿を探していました。まもなく崇王が大巡行へ出発するのです。五つの宮廷の、今年最初の収穫を祝う旅です。二人は今回、ただの使用人として振る舞うのであればと特別に同行を許されていました。

 辺りには騎士や貴族、魔道士や随員たちが、城門が開くのを待っています。ですがローアンが友人とお喋りをしている隙に、ウィルは飽きてどこかへ行ってしまったのでした。母である女王リンデンはとても規則に厳しい人、置いていかれたらそれで終わりです。けれどまだ王の姿はなく、そして行列が動き始めても全員が城門を出るには時間がかかります。間に合うかもしれません。

 階段を駆け上って胸壁に出ると、心地良い風に旗印がひるがえっていました。空は晴天、眼下にはアーデンベイルの農場や村が小奇麗なまだら模様に広がっています。所々には森が、銀色をした静穏の魔法のオーラを放っています。城門から伸びる道は濠を渡って白い敷石の道へ続いています。どこかへ続く道、知らないどこかへ続く道。ローアンの心に憧れが募りました。王国では、若者は十八歳になったら最初の探索行に出ることを許されます。けれど自分たちはまだ、この平和で退屈なアーデンベイルに閉じ込められているのです。他の四つの王国と、危険な僻境。早くそこに行きたくてたまりませんでした。

平地

 庭園の中に、ウィルの金髪が見えました。彼は小さな芝生の中に立っていました。ですがそこで、高らかに角笛が鳴り響くと、城の内部へ続く扉が開かれました。崇王アルジェナス・ケンリスと女王リンデンが揃って現れました。両親はいつも通り、互いの手を固く握っています。その仲睦まじさはローアンにとって少し気恥ずかしく、一方で安心をくれる光景でした――同時に息苦しさも。父と母はもう伝説にうたわれる冒険をこなしているというのに、自分はまだ出発すらできていないのです。

 ローアンは階段を駆け降り、ウィルのところへ急ぎました。彼は両手を石の水盤の脇にあてて、それをじっと見つめていました。こちらに気付いた様子はありません。ローアンはウィルの肩に手をかけて、同時にその浅い水盤を覗き込んで、息をのみました。

 水面には薄い氷が張っていました。ウィルの魔法、ですがその氷は鏡のように不思議にきらめいています。その表面から風景が伸びて、次の瞬間、二人はどこかの高い山頂に立っていました。辺りに見えるのは荒涼とした風景だけで、揺らめく砂丘の上にはむくんだ月が輝いていました。

 そして、さざ波が走るようにその風景が揺れると水面は再び静まりました。

 巨大なドラゴンの頭蓋骨。

 本の頁がめくれるように、また別の場所へ。太い木の枝の上に何かの人影が屈んでいます。

 きらめく鎧をまとう騎士たちが、輝く翼を広げました。

「ウィル!」

 ローアンははっとしてその幻視を振り払い、ウィルの両腕を強く掴みました。氷が消えました。

「ウィル、もう出発なの! 行かないと!」

「え? しまった! 何で言ってくれなかったんだよ!」

「黙って走って!」

 歓声と喝采が聞こえます。ローアンは来た道を急ぎ、ウィルが追いかけました。ですが塔への扉が見えてくると、困ったことになっていました。外への城門が開いている時は、内部へ続く門は全て閉じられるのです。大巡行の行列が待機している前庭から、二人は閉め出されてしまっていました。仕方なく庭園へ戻って蔦の格子を登り、穀物庫の通路を急ぎました。ですがまもなく最後の角笛が鳴り響きました。全員が出発し、外門が閉じられたのです。ローアンは膝に手をついて息を整えました。叫びたいと思いましたが、それで何が良くなるわけでもありません。一方、ウィルは呆れるほど能天気に立っていました。父親と同じく、ウィルは困った事態にも全く動じないのです。思わずローアンは怒りを向けました。

「あなたのせいでしょ! どうするつもりなの!」

「だって、いつもなら真昼まで出発しないだろ。ずっと待っていたくなくて、それと、何か奇妙なものを感じたんだ。だから鏡を作れば何か見えるかと思って。見ただろ、あの場所――」

「わかってるわよ! 見たこともないのは当然でしょう、私達はずっとここに閉じこもってるんだから」

「あの場所は……王国のどこかじゃないと思うんだ」

「僻境なのかもね、そんなことはいいの。あなたはアーデンベイルが好きで、ここにいるだけでいい。けど私はそうじゃない。わかってるでしょ、お母様は私一人だけじゃ行かせてくれない、いつもあなたと一緒。本当、あなたを置いていければいいのに。役立たずの鳥頭!」

「聞こえましたよ、二人とも。公衆の面前で口喧嘩はおやめなさい」

不動の女王、リンデン

 威厳のある声です。双子が揃って振り返ると、女王リンデンが堂々と立っていました。銀と白の豪華なローブ、その裾にはアーデンベイルの円環の炎、ヴァントレスの鍵穴、ロークスワインの杯、ギャレンブリグの鎚の紋様が縫い込まれています。女王が騎士号を得た各宮廷の象徴です。二人は作法に従い、右手を胸に当てて頭を下げました。女王は少しだけ眉をひそめ、けれどついて来るように言いました。

 階段を昇って広間へ入ると、すぐに国内のさまざまな知らせが入ってきました。レッドキャップの群れに畑が荒らされた。空から巨大な黄金の卵が降ってきてたくさんの怪我人が出た。捕えられた盗人が、自分ではなく妖精の仕業だと主張している。そして女王は広間を抜け、簡素な居住区域へ入りました。ローアンが窓の外を見ると、大巡行の最後尾はすでに過ぎて、その旗印の先端が小さくひらめいていました。一方で、物資を城へと運ぶ荷馬車の列がこちらへと向かってきていました。少しすれば城門が開けられるはずです。ローアンは母へと向き直りました。きちんと話をすれば、何とかなるかもしれません。ですが女王は双子へと話を始めました。

「私たちは五つの美徳に則って生きています。忠誠、知識、執念、勇気、強さによって平和と秩序が保たれるのです。崇王として、お父様はさらに厳格な規範を保っていらっしゃいます。だからこそ、私たちはあなたがたを相応しい作法の内に育ててきました。常に公衆の目を向けられるのですから」

 ローアンは反論しようと口を開きかけましたが、ウィルがローアンの足を踏みつけて黙らせました。

「あなたがたは私たちの子供なのですから、そのように生きねばなりません。私たちが王国に求めるすべては、平和と調和と正義です。かつて王国を統べていたエルフたちは、今も僻境にてあらゆる不道徳な魔法を野放しにしています、それが何に害を為すかを気にかけることもなく」

 その声が不意にかすれたことに気付き、ローアンの怒りが引いていきました。自分たちが生まれた時の悲劇について、母は遠回しにすら触れることは滅多にありません。ローアンが知る以上に、母は狼狽していたに違いないのです。かつて女王の探索行は恐ろしい事件によって中断され、そのため玉座への道を諦めざるを得なくなったと言われています。そして今、かつて競った男性の隣で、勝てたかもしれない相手の隣で、無私に国を統べているのです。母がその一連の事件を後悔しているとしても、その様子はごくわずかすら見せたことはありませんでした。

「贔屓と傲慢は、私達が掲げ保つべきものと相反します。だからこそお父様と私は子どもたちをより高い規範のもとに育てねばならないのです。だからこそ、あなたがたはまだ出発するには相応しくないと判断します」

 ローアンは声を上げました。昨年、大巡行への同行を願った時、母ははっきりと条件を課してきたのです。畑と馬小屋で働き、武器の訓練をして、学院に通う。そしてローアンとウィルはそのすべてをこなしてきました。一度の失敗に対して挽回の機会が与えられないのは不公平に思えました。

 その時、扉が叩く音がしました。そしてわずかに開くと、一人の女官が申し訳なさそうな顔を覗かせました。またレッドキャップが村を襲ったというのです。今月に入って三度目、明らかに何か悪意ある力が動いているように思えました。女王はすぐに行くと返答し、立ち上がって寝室へ向かいました。そして豪奢なローブを脱いで外出用の上着をまとい、黒髪をきつくまとめると乗馬用の手袋を腰のベルトにかけました。鎧は馬小屋に置いてあるはずでした。

 女王が去ると、ウィルはほっとしたように力を抜きました。一方で、ローアンはこれからどうするかをもう決めていました。母は夜遅くまで戻らないはずです。今すぐに大巡行を追いかけて、近道をして追い付くのです。それはいい考えだ、とウィルも頷きました。

締めつけ尾根へ

 アーデンベイル城から徒歩で一時間進んだところで、ウィルは後悔していました。ローアンの考えはいつも素晴らしいものに思えるのです、それが上手くいかないとわかるまでは。高い草むらに隠れながら、二人は踏み荒らされた畑を見つめていました。収穫を待つ麦は切られて地面にしおれ、乾いた血が斑になっています。レッドキャップに引きずり回された農夫を思い、ウィルは震えました。

 大巡行へ追いつくには、締めつけ尾根を越えていかなくてはなりません。木々が深く生い茂り、敵意が発せられているのをウィルは感じました。あの尾根には僻境のしぶとい名残が今も居座っているのです。ですがローアンは躊躇していませんでした。

「レッドキャップはひとつの場所に居座らないわよ。それに襲撃があったのはウェスリングの村だって。ここから馬で半日もかかるじゃない。向こう側の斜面は僻境の森じゃないから、頂上まで行けばあとは下るだけでしょ」

 ローアンは立ち上がり、早足で歩きだしました。こうなることはウィルも判っていました。両親に逆らって心配をかけたくはありません。とはいえウィルはいつの日か、ヴァントレス城の鏡と交換できる秘密を追い求め、その宮廷で騎士号を得たいと願っていました。ヴァントレスで学び、常に監視してくる両親から離れて探検するのです。今の状況は、とてもじれったいものでした。ただ自分たちは、自分たちの選択の余地が欲しいだけなのです。

 ……それなら、そうしない理由は? ローアンの言う通りです。レッドキャップが移動して二日は経っています。ウィルもまた、僻境に足を踏み入れたいとずっと思っていたのでした。その地を自分の目で見て、その秘密を学ぶのです。彼はローアンを追い、森に入るところで追いつきました。木々は薔薇の棘と固い蔓で絡めとられ、見通せない壁を作っていました。これを切り開いて進むしかないのでしょうか?

 その時、ローアンがはっと息をのみました。二人の目の前に、苔に覆われた階段が現れました。木々の枝が覆いかぶさってトンネルになっています。そして神々しい牡鹿に乗った人影が、その階段を下ってきました。乗り手の顔は白い外套に隠れています。牡鹿は霧でできているように、動いているというよりは流れているように、物質というより幽霊のように思えました。畏敬と恐怖の震えがウィルに走りました。アルコンです。それはそのまま影の中に消え、けれど階段は残っていました。

赦免のアルコン

 ローアンは何かを呟いて階段に足をかけました。五歩も進むと、その姿は木々の影に飲み込まれて見えなくなってしまいました。ウィルが急いで後を追うと、息が詰まるような湿気が襲いかかってきました。見えない冷たい手に押されるようでした。ローアンの名を呼ぶと、木々の中に声がこだまします。先の方に、ローアンがまとう緑色のケープが揺れました。それとも階段の上の枝を風が揺らしただけ? 光の閃き。ローアンが剣を抜いたのです。ウィルは駆け出しましたが、石段が終わってよろめきました。そこは薄暗い広場で、地面は蔓で分厚く覆われていました。まるで眠る蛇のように。ウィルは立ち止まりました。もしこれが本物の蛇だったら? 獲物を締めつけて殺す蛇だったら? だからここは締めつけ尾根と呼ばれているのだろうか? 鈍い息の音が聞こえた気がしました。蔓が動き出している?

 ですが気付くと、辺りは開けていました。太陽は頭上にありながら空は見えません。蔓は全く動いていませんでした。ただの目の錯覚です。不気味な蔓を踏まないように気をつけながら、ウィルはローアンの隣へ向かいました。森はしんと静まり返り、鳥の鳴き声すら聞こえません。不意に、鋭い匂いと、枝が折れる音がしました。ローアンが即座に背後へ剣を振るうと、腰ほどの背丈の何かが叫び、倒れました。新鮮な血の匂いが広がりました。灰色の分厚い皮、ぎらつく歯、赤い血で固まった髪。レッドキャップです。

レッドキャップの略奪者

 背丈は小さくとも、それは残忍に襲いかかってきました。ウィルは一歩下がりますが、蔓に足を引っかけてしまいました。金切り声を上げてレッドキャップがそこに飛びかかりますが、ウィルが蹴りで受けとめると、眩しい稲妻がそれを包みました。ローアンの魔法です。続けて彼女はもう一体の腹部を突き刺しました。ですがレッドキャップが二体しかいないということは決してありません。右で、影が動きました、もう四体がローアンへと襲いかかり、ですがウィルが氷の網を投げました。殺傷力はありませんが、その冷たさが動きを鈍らせます。そこにローアンが稲妻を放ちました。氷が稲妻の威力を増幅させ、レッドキャップたちは硬直し、震え、声にならない悲鳴を上げました。眩しい光が収まると、それらは地面に倒れました。

 レッドキャップの死体に囲まれ、二人は荒く息をつきました。すると蔓が動いて、その死体を包んで飲み込んでいきます。一吹きの強風に、ウィルは咄嗟に目を閉じました。風が止み、目を開けると、そこはありふれた薄暗い森の中でした。蔓に覆われた木々や血のように赤い花を、木漏れ日が点々と照らしていました。まるで、この戦いなど夢であったように――いえ。再びレッドキャップの囁き声が届きました。まだ来ます。もっとたくさん。

 そして深い藪の中、何かとても大きくて、奇妙なほど静かなものが動きました。木々の間に兜が見え、音もなく近づいてきます。巨大な身体、さらに巨大な斧。ローアンは驚き、ウィルは逃げろと叫びました。

(第3回へ続く)

※本連載はカードの情報および「Throne of Eldraine: The Wildered Quest」(amazon電子書籍版)の一部の抜粋や私訳をもとに、著者とウィザーズ・オブ・ザ・コースト日本支社との間で確認して作成した記事であり、一部固有名詞等の翻訳が正式なものと異なる可能性がございます。ご了承ください。

 
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