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『エルドレインの王権』物語ダイジェスト:第7回 野生語りの帰還

原著:Kate Elliott
作:若月 繭子

ウィルの執念

 全てがあっという間の出来事でした。ですがようやく脱出できるのです。カドーは馬に駆け寄り、青白い顔でその苦しみを終わらせてやりました。ローアンは呆然としたままのウィルに声をかけ、シーリスの手当てを急ぎました。骨折した肩と脚を固定されながら、シーリスは苦痛にかすれた声で言いました。

「私、完全に間違っていた。あの石は呪いを抑えていたのよ」

 とはいえあの狩人は自分の名を、ガラクという名を思い出しました。つまりオーコの支配からは解放されたのでしょう。ウィルとローアンはシーリスをユニコーンに乗せて付き添い、カドーは双子の馬を連れてその後に続きました。すでに地面からは芽が出始めて、新たな檻が作られはじめています。シーリスの体がぐらつき、その様子を見てカドーが言いました。

「お前たち子供はあの門からギャレンブリグに戻りなさい。私が馬を連れてあの大鹿を探す。お前たちだけで僻境を探索するには力不足だ」

 カドーはヘイルの屍を振り返りはしませんでしたが、愛するグリフィンの無残な死に自らを責めているのは明らかでした。ですがウィルは頷くわけにはいきませんでした。

「ローアンと僕は戻りません。カドーさんがシーリスを門まで連れて行ってあげて下さい」

「あの大鹿が本当に王だと?」

「ガラクさんが言っていました」

「あれは怪物だ。信頼してはいけない。あの者がヘイルを殺した」

「あの人は犠牲者です。そして怪物ではありません。人間です。呪われている、それは確かです。けれどそれでも人間なんです」

 ウィルがあの狩人の内にどんな善性を見たのか、ローアンにはわかりませんでした。ですがカドーに子供呼ばわりされたことには怒っていました。

「ウィルの言う通りです。私たちはエルフを追いかけます。アヤーラ女王が力を貸してくれると思います。お父様は常に仰っていました。真実とは最も強力な武器である、特に僻境では、って」

 カドーは空を見上げ、涙と血を拭い、矢筒とジャベリンを差し出しました。

「わかった。私は可能な限り速やかにリンデン女王へと伝える。もし手遅れでなければだが」

「手遅れにはさせません!」

 ローアンがあの石を受け取り、一行は出発しました。道は川岸までまっすぐに続き、対岸にあのオベリスクが見えました。カドーとシーリスは橋へ急ぎ、ウィルは手綱を握り締めながら見送りました。ですが最後まで見届ける時間はありません。二人は引き返し、森の中へ入りました。やがてあの分かれ道に到達し、ドラゴンの頭蓋骨が見えましたが、その顎は閉じられていました。通る道はありません。困っていたその時、動物が森の中を駆ける音が聞こえてきました。それは次第に大きくなり、近づいてきたかと思うとすぐ傍を駆け抜けていきました。あの大鹿が、命の危機から逃げていました。続いて、錆ついた蝶番がきしむような音とともに、頭蓋骨の顎がゆっくりと開いていきました。

 角笛の音が暗闇にうねり、そしてエルフの猟団が、凄まじい嵐のように頭蓋骨の中から飛び出しました。八本脚の馬、双頭の山羊、角の生えた猫……彼らの乗騎は見たこともないものばかりです。燃える瞳をした黒毛の猟犬が吠えました。アヤーラ女王は堂々とした栗毛の牡馬に乗り、隣には斑模様の鹿を駆るイルフラがいました。ローアンとウィルはアヤーラの名を呼びましたが、誰も気づいた様子はありませんでした。

 二人はその場に残され、ですが吠え声が川の方角から聞こえました。ガラクです。二人は急いで引き返しました。橋の近くまで戻る頃には、大きく膨れた月が明るい光を投げかけていました。ガラクは膝まで川に浸かり、両手で頭を抱えています。あの腐敗は彼自身を内から食らいつくすようでした。闇のマーフォークが近づき、水へ引きずり込む機会を伺っていました。

 ですが強い波が岸に届きました。マーフォークは水中へ退散し、代わりに馬車ほどもある獣が水飛沫を上げて現れました。背中は鎧のように分厚く、大きな口が少なくとも六つ開いています。その一つがガラクに食らいつき、流れへ引きずりこもうとしました。ガラクは必死で抵抗し、獣に組み付きました。ウィルは馬を降り、剣を抜きながら駆けました。何が自らをそこまで突き動かしているのか、彼にもわかりませんでした。

 ガラクは獣の背中に掴みかかり、大きな音を立ててその背骨を折ってのけました。そして斧を拾い上げると、黒曜石の橋に向かって投げつけました。その上ではローアンがジャベリンを手に、必死で馬を宥めています。彼女は、最悪の怪物に対峙していました。身体の色は黒に近い濃青で、鉤爪の腕と脚がそれぞれ四本、背骨からはのたうつ触手が生え、頭に目はなく、丸い大口には白く鋭い歯が並んでいました。ローアンはジャベリンへと稲妻を込めましたが、怪物の大口が開かれてその魔法を飲みこみました。触手が叩きつけられ、ローアンは馬から転げ落ちました。

 そこでガラクが迫り、怪物の脇腹に体当たりをしました。怪物はよろめき、ガラクはその隙に斧を掴むと怪物の腕を叩き切りました。怪物は触手を振るってガラクを欄干に叩きつけ、逃げ出しました。手から斧が滑り落ち、ガラクは欄干から前のめりに落下し、水飛沫が上がりました。マーフォークの尾がひるがえる様子が見えました。その男を追うつもりなのです。ウィルは岸へと駆けました。

「ウィル!」

 ローアンは悲鳴を上げましたが、彼は止まりませんでした。自分たちが無力でも他者を助ける。どんな状況でも、父であればそうするでしょう。彼は流れへ飛び込み、息を吸って潜りました。

 水はガラスのように透明で、真冬の月が光を注いでいます。マーフォークたちがガラクへ近づき、その水流に狩人はさらに深みへ引かれていきました。もし意識を取り戻しても、水面に出る前に溺れてしまうでしょう。ウィルの剣が水を切り、マーフォークの柔らかな皮膚を裂くと、思わぬ攻撃に彼女たちは退散していきました。ウィルが手袋越しにガラクの手首を掴むと、その重みに深みへ引かれました。空気を求める本能が急かします。離れた水中にマーフォークの姿が見えました。自分たちが溺れるのを待っているのです。

 ウィルは諦めませんでした。剣を手放し、両手でガラクを掴むと水を強く蹴り、身体の下に氷の魔法を唱えて浮力にしました。ですが浮上はとてもゆっくりで、視界に染みが広がりはじめました。手遅れとは思いたくありませんでした。頭上で、紫がかった光が誘っています。それは月にしては大きすぎました。光がウィルの身体に触れると、見えざる手のようにその輝きが彼を持ち上げました。諦められません。ウィルはもがき続けました。その光に、水面に届けば、助かるのです。

 そして手が冷たい金属を掴み、靴が固い物体に当たりました。ウィルは全力で水を蹴り、ガラクの身体を持ち上げました。狩人は何か固いふちのようなものを越え、その中に落ちました。ウィルは遂に水面に頭を出し、待ち望んだ空気を吸い、水を吐き出しました。あまりの疲労に、身体を引き上げることはできませんでした。彼はその器らしきものに掴まっていました。

 呼吸が落ち着くと、ウィルはようやく辺りを見ました。そこは川の中にできた砂州の上で――いえ、砂州ではありません。大釜です。水面のすぐ下、激しい流れの中にそれは立っていました。岸からその存在に気づくのは困難でしょう。少し先の流れが穏やかな場所で、数人のマーフォークが見つめていました。

 透明な紫の輝きが脈打ちました。大釜の中を見ると、ガラクがその中に目を閉じて体を丸まっています。大釜の魔法が脈動し、ガラクの肉体に浮かぶ腐敗の斑点を、ひとつ、またひとつと吸収していきました。闇の悲鳴が聞こえるようでした。どんな呪いであろうと、さらに強い力に、もしくはそれを吸収しようという力に触れたならばそうなります。一本また一本、ガラクの肉体から呪いが清められていき、やがて物言わぬ屍が残されました。屍、けれど解放されたのです。ウィルは泣きました。何故かはわかりませんでした。

 大釜から低い響きが放たれ、ウィルはそれを身体で感じました。川に飛び込んで逃げるべきか迷いました。ですがそうしたなら溺れるか、獰猛なマーフォークの餌食となってしまうでしょう。

『相応しき者よ』

 その声は空気を震わせるのではなく、心臓を掴みました。大釜の中の光が燃え上がり、ウィルの目が眩みました。世界が白くなりました。焼け付く痛みが脇腹を刺し、身体を通過し、そして見えない手に引かれたかのように消えました。ウィルの意識が途切れました。

 そして目覚めた時、ウィルは砂州の上に横たわっていました。脚が水に浸かっています。指が砂利をとらえると、巨大な大釜の縁が見えました。それは僻境の中心の川の中、魔法によって隠されていたのです。離れた岸からローアンが呼ぶ声が聞こえます。隣では、ガラクがうつぶせに倒れていました。うめき声一つとともに彼は体を起こしました。

「ここは? 俺は? いや、思い出した。お前はウィル・ケンリス」

 その声は不機嫌そうで張りつめて、けれど落ち着いて穏やかでした。あの腐敗の呪いは、跡形もありませんでした。

野生語りの帰還

追跡と対峙

 咳き込むウィルを川から引き上げながら、ローアンもガラクの変化に気づきました。ウィルの剣は、その狩人の巨大な手の中ではまるで玩具のようでした。

「ウィル・ケンリスが癒してくれた」

「僕ではありませんよ」

「ならば何が呪いを解いた?」

 その問いに答えたのはローアンでした。

「永遠の大釜よ。川から出てきて、そして消えて、あなたたち二人は岸へ泳いできた」

 ウィルは咳を落ち着かせ、川を振り返りました。ですが確かにあったはずの砂州はどこにもなく、激しい流れを月の光が照らしているだけです。ローアンは剣を拾い上げ、柄を向けてウィルに手渡しました。

「これでウィルはロークスワインの騎士になれるの?」

 二人の目が合いました。ウィルの視線の中には、この日に起こった過酷な現実の重みがありました。仲間の死と負傷、父は危険極まりない猟団に追われています。それでもこの、熟練の騎士も怖気づくような探索で、失踪した父に何があったのかを知りました。そしてガラクが、何世代にもわたって失われていた大釜に癒されたのです。どこか自暴自棄の冗談がローアンの心に浮かびました。

永遠の大釜

「つまり、ウィルはアヤーラ女王と結婚しなきゃいけないってこと?」

「ローアン!」

 二人は大声をあげて笑いだしました。何が可笑しいのかはわかりませんでしたが、笑うことは楽しいものでした。

「おしゃべりが多すぎるぞ。俺はオーコを狩る。来るか?」

 ガラクの言葉に二人は笑いを止めました。興奮した馬は草地の端へ逃げていましたが、ガラクが口笛を吹くとやって来ました。ローアンが言いました。

「猟団は足跡も折れた枝も残してないわ。どこへ行ったのか、手がかりは何もない」

「俺は簡単に追える。夜通し走れる。お前達はついて来られないだろうが、馬に力を与えよう」

 ローアンとウィルは今一度視線を交わしました。確実な死から父を救出できるなら、何にでも踏み込むつもりでした。二人は頷き合い、馬に乗るとガラクについて出発しました。狩人は橋を半ばまで渡り、空気の匂いを嗅ぎました。そして、木々の間に織られた銀の帯のような軌跡を示しました。

「魔法の軌跡が残っている。馬を俺と走らせる。落ちるな」

 そしてガラクは魔法の軌跡へと飛び込みました。馬は風に持ち上げられたように、蹄を地面に触れることなくそれを追いました。僻境の魔法がローアンの耳に歌い、骨に響き、舌に感じました。最初は塩辛く、そして甘く濃く、そして後悔のように苦く。景色が前方に現れては飛ぶように暗闇へと消えていきました。月がゆっくりと天頂に向かう中、彼らは鷲の速さで駆けました。普通の旅なら何日、何週間という距離です。果たしてそれでも追いつけるのでしょうか? 猟団が進む音すら聞こえてきません。月は地平線へ傾きはじめ、幽霊のような橙色に変化しました。

 やがて、角笛の音や猟犬の吠え声が耳に届きました。馬が岩場を越えると、眼下に広がる地面が見えました。そこは僻境の外縁、未開の森が草地や点在する池へと譲りつつあります。銀の道が消え、馬たちは地面に蹄をつきました。ガラクは森の中を進み、やがて開けた場所へ出ました。

 最初にローアンの目に入ったのは、猟団そのものでした。細身のエルフの若者三人が太鼓を鳴らし、乗り手たちは円を描くように獲物の退路を断っています。大鹿は荒れ果てた古井戸の隣に追い詰められていました。草の生えた敷石の道が、見捨てられた小屋へと続いています。その鎧戸と扉が黒く開いていました。イルフラが槍を掲げ、太鼓が最後の音を鳴らすと、静寂が訪れました。古井戸に取り付けられた滑車が軋みました。見えない手がクランクを回し、不気味な黒い煙が井戸の中から上がってきました。ゆっくりとロープが上がり、桶が現れました。それを満たしているのは水ではなく人間の頭蓋骨、その片目を一本の剣が突き刺していました。

 ウィルは言葉を詰まらせました。その剣は、アーデンベイル城の玉座の背後にかけられた探索の剣と同じものです。父は崇王の冠を抱いた日にそうしたのです。善い統治には人目を引く飾り立てと虚栄ではなく、熱心な働きと誠実な心なのだと言って。同じ剣、ですがひとつだけ違っていました。剣の柄と刃に刻まれた黄金の縁取りが、眩しく輝いています。探索する獣が祝福の武器へと込めた防護の魔法です。

 桶は振り子のように揺れ、エルフの狩人たちを惑わせました。イルフラですら槍を掲げたまま、不意の出現とそのおぞましい様子に動けませんでした。井戸から出た煙は女性の姿をとりました。頭はなく、ただ頭があるべき所に煙が渦巻いています。一羽の鴉が声を上げ、井戸の縁へと着地し、大鹿に対峙しました。そして恐ろしいしわがれ声で言いました。

「人殺し」

 大鹿は頭を下げて突進し、枝角を振るってその煙を散らしました。灰のような霧が渦巻き、黒い糸へよじれると鴉の嘴へ滑り込みました。鴉は一度鳴き、硬直したかと思うと、瞬く間にその羽根が干からびて粉々に砕け、肉に蛆がたかり、骨が崩れ、井戸へ落ちていきました。ローアンは息を押し殺し、骨が水面に当たる音を待ちましが、それはやって来ませんでした。ここは魔女の狩り場。それだけでも恐ろしいですが、探索する獣が候補者へと与えた剣が何故ここにあるのでしょうか?

 極めて不吉な何かが、この悪しき地に現れようとしていました。エルフですら、復讐に燃えた魔女の術に恐怖していました。ガラクだけが頭蓋骨にも煙にも、鴉の告発にも動じませんでした。その凝視が一本の樫へと向けられました。そこでは鴉の群れと、一羽の大鴉が枝にとまっていました。

「あれだ」

 ウィルは我に返ってローアンの腕を叩きました。父を守るのです。彼は影から進み出て井戸へ向かいました。大鹿と猟団の間に割って入るつもりでした。ローアンは急いで追い、全員に聞こえるような大声で呼びかけました。

「止まって! この大鹿は崇王アルジェナス・ケンリスが魔法によって変身した姿です! もし殺したなら、あなたがたは王国との戦争を始めることになります!」

「遠い昔に始めるべきだった戦争だ!」

 イリドンという名の若いエルフが進み出て、弓を構えました。ですがその矢は炎に包まれ、怒れる風に灰が消し飛びました。イルフラが叫びました。

「引きなさい、愚か者! この二人は崇王の子供たちです。彼らを害したなら、真に戦となります。気付いていないのですか、ここにいるのは私たちだけではないことを」

 ウィルがローアンの腕をつき、空を指さしました。月は沈み、太陽もまだ昇っていません。ぼやけた薔薇色の空からグリフィンの群れが降下し、小屋を取り囲むように着地しました。アーデンベイルのグリフィンが、騎士たちとそれを率いる女王を乗せてやって来たのです。一体だけがヴァントレスの、梟頭のグリフィンでした。乗っているのは何と、人の姿に戻ったエローウェンです。グリフィンが翼を畳むと、リンデンが声を上げました。

「イルフラさん、ごきげんよう。私たちは、平和裏に私たちのものを回収しに参りました」

「リンデン女王! 私たちの邪魔をしたらどうなるか、よくおわかりでしょう」

「争うために来たのではありません。とはいえ、あなたがたは私の子供たちを脅しているように見えるのですが」

「脅してなどいません」

 イルフラが指を鳴らすと、イリドンの矢が着火して一瞬にして燃え尽きました。

「その二人は私たちがここに到着した後に現れました。探索行の最中なのでしょう。逆にお尋ねします、リンデン女王。何故その危険を知りながら、冬至の夜に僻境に足を踏み入れたのですか? 冬至の狩猟はひとつの命が得られてその血が大地と天へ捧げられるまで終えてはなりません。お二人を連れてここから去るべきではありませんか」

「この大鹿はあなたがたが狩って良いものではありません。伝承魔道士いわく、それは崇王アルジェナス・ケンリスが魔法にて変身させられた姿です。もしあなたがたが彼を殺したなら、私は僻境の森すべてを焼き尽くすまで決して立ち止まらないことを約束します」

 イルフラは怒れる尊大さで女王を見つめ、そして視線を梟グリフィンの乗り手に移しました。

「伝承魔道士はいかにしてそれを?」

 断りもせず、エローウェンがこの重大な状況に不釣り合いな笑みとともに進み出ました。

「全く爽快な冒険だったよ!」

「どうやってここに?」

 ローアンが叫びました。それは母へ尋ねたつもりでしたが、伝承魔道士はイルフラへと向かいながら答えました。

「いい感じにアーデンベイルへ間に合って、女王に警告できたんだよ。だからグリフィンの騎士団を集めて僻境へ飛んで来られた。鷲があんなに速く飛べるなんて思わなかったよ。もう二度とできないのが残念だけどね! イルフラさん、お久しぶりだ。長いこといろいろ語り合ったよねえ。けど私が心から驚いたのは、冬至の狩猟の伝統とそれが何世代も続いてるってことだよ。どうしてそんな面白くて大がかりな儀式があるってことを隠してたんだよ!」

「伝承魔道士エローウェン、夜明けが来ます。獲物になりたくないのであれば、簡潔に話しなさい」

「せっかちは知識の敵だよ、けど言いたいことはわかる。あんたたちと評議会はある道化の餌食になったんだ。そいつは私たちの知らない理由で揉め事と不和を撒いていた。あんたたちの狩りについて言い争いはしない。その目的と、古の伝統には敬意を表するよ。けど私たち全員のために、その鹿を私たちに譲って平和裏に去ってくれないかな」

 再びイリドンが飛び出し、弓を引きました。ですが身構えていたローアンがジャベリンを投げました。警告の叫びが上がってイリドンは避け、そのためジャベリンはその胸ではなく尻に命中しました。イリドンは悲鳴を上げ、感電して土に倒れこみました。

 一瞬にして混乱が弾けました。アーデンベイルの騎士はエルフの乗り手へ切りかかり、エルフは槍で反撃しました。百目の蛇が騎士の脚に絡みついて乗騎から引きずり落とすと、近くの騎士が光の魔法を唱えてその蛇を解きました。リンデンはグリフィンの背から叫び、イルフラに近づこうとしました。イルフラは角笛を吹いて命令しました。そしてその全ての上で、一羽の鴉が耳障りな声で勝利の声を上げていました。ローアンの隣では、大鹿が混乱に突入しようとしていました。ウィルはそれを掴もうとしましたが、大鹿が枝角を振ると彼は後ずさりました。

「僕たちはどうすればいい? これこそオーコが企んだ争いだ」

「氷と稲妻よ!」

 ウィルは表情を引き締めました。この戦いを止めるチャンスは一度しかありません。彼がゆっくりと冷気を吸うと、大気が熱くなっていきました。その熱をローアンは両手に集めました。指にエネルギーがうねり、両腕がうずきました。唇の感覚がなくなりました。

 ウィルはかつてないほど大きな氷の網の魔法を放ちました。これほど多くの人と動物を凍らせる力はありませんが、氷の網とその強い冷気が動きを止めました。そしてローアンが稲妻を込めた剣を手に走り、それを氷の網に押し付けました。その衝撃は氷の網に触れた全てに伝わりました。リンデンとイルフラもよろめき、命令の途中で声を途切れさせました。

 ですがその時、静止した戦いから黒ずくめの人物が立ち上がりました。アヤーラ女王が弓を掲げ、大鹿へ狙いをつけ、放ちました。その矢はまっすぐに狙いを違えず飛び、大鹿の胸に深々と刺さりました。

(第8回へ続く)

※本連載はカードの情報および「Throne of Eldraine: The Wildered Quest」(amazon電子書籍版)の一部の抜粋や私訳をもとに、著者とウィザーズ・オブ・ザ・コースト日本支社との間で確認して作成した記事であり、一部固有名詞等の翻訳が正式なものと異なる可能性がございます。ご了承ください。


 
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