MAGIC STORY

サンダー・ジャンクションの無法者

EPISODE 05

第4話 ターネイション発見

Akemi Dawn Bowman
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2024年3月25日

 

 オーコの一味がスターリング社から逃亡して数時間が経過したが、ケランは今なお落ち着かなかった。彼は羊毛の裏地がついたポケットに手を入れ、不安に膝を動かしていた。目の前の焚火ではシチューの鍋が煮込まれており、その炎が近くの岩壁に影を投げかけていた。

 あの荒野無頼団はケアヴェクとラクドスに守られて遠くに座っていた。男の上着は毛皮や苔やサボテンの外皮を重ねて作られており、針金のような口ひげはあらゆる方向に巻いていた。両目は厚い布で隠され、両手は縄で縛られていたが、それも必要ではなかった。エリエットの魅惑によってノーランはほとんど陶酔状態になっており、また外部からの助けがなければ逃げ場などなかった。

 荒野無頼団は悪名高い隠者たちだ。何者かがノーランを探しに来るとしたら、それはコヨーテかハゲワシの群れ、あるいはとりわけ忠実なピューマである可能性が高い。だがアニーの視力とマルコムによる空からの監視があれば、何マイルも先の危険を察知することができる。心配する必要はない。

 それでも……

 ケランは掌に爪を食い込ませた。オーコはベルトラム・グレイウォーターから二度も盗みを働き、そのため自分たち全員が狙われることになった。スターリング社だけではない。自分たちの首にかけられる賞金を得ようとする無法者たちもいる。自分がお尋ね者になる、それを想像してケランは胃が痛くなった。

 木の匙がシチューの中に放り込まれ、ケランはびくりとした。ブリーチェスがブリキの椀にその中身をよそったが、背後のチビボネにポケットを漁られていることに気付いていなかった。チビボネは一本の小瓶を見つけ、蓋を開いて中身をあおった。琥珀色の液体がスケルトンの胸郭を通って流れ、ブリーチェスの足元に水たまりを作った。

 ブリーチェスはようやく気付いてうなり声をあげ、その過程でシチューをこぼした。そして鼻息を荒げ、怒りに鉤爪を振りかざした。チビボネは陽気に身体を震わせながら岩の上を跳ねて逃げ、ブリーチェスはそれを追いかけるべく駆け出した。

 梅澤の押し殺したうめき声が、風雨から守られた斜面に響き渡った。「何をそんなに手間取っている? 私の祖母はもっと早く縫物をしてのけるぞ!」

 ゲラルフは舌を鳴らし、だが集中していた。目に見えない針に糸を通すように、その指が梅澤の傷の上で踊った。「肉体を編み直すのはひとつの芸術なのです。さあ、じっとしていて頂けますか」

 梅澤は歯を食いしばった。「楽しんでいるのだろう」

 「仰る意味がわかりませんな」ゲラルフはそう答えたが、目には疑いようもない歓喜の色が浮かんでいた。

 ギサは嘆き悲しむふりをした。「あなたは哀れな男を痛めつけているのですよ。それも全くもって楽しくもない方法で!」彼女は梅澤へと身をのり出し、歌うような声で言った。「私であれば、あなたの痛みをすべて取り除いてあげられますわ」

 ゲラルフは呆れた目をすると、片手を振って姉を追い払った。「重要なのはこの男を殺すことではありません。癒すことなのです」

 更に一針が縫われ、梅澤は固く目を閉じた。「もし俺が気を失ったら、姉君を遠ざけておいてくれ」

 ギサはすねるように下唇を突き出した。

 風がひとつ丘を吹き抜け、炎を揺らした。ケランの背後に影がよどんだ。振り返ると、アショクがノーランに向かっていった。

 アショクが両手をノーランの頭上に揺らし、魔法で誘い出すように秘密を引き出した。その指はゆっくりと、慎重に動いた。ノーランの心から記憶が引き抜かれ、空中に銀の糸の筋が残った。ノーランは夢うつつであるのか、怖がっている様子は全くなかった。

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アート:Miranda Meeks

 ケランは不安から、刺すような痛みを皮膚に感じた。

 「心配しなくていいよ」オーコがそう言い、ケランの隣に座った。そして背をもたれると、焚火の明かりがその油断ない表情に揺れた。「アショクの腕は完璧だからね。相手を傷つけることなく、私たちが必要とする情報を得ることができる」

 ケランは踵を地面にめり込ませた。父はいつから自分を見つめていたのだろう?

 「僕はそうは思いません。父さんは約束しましたよね、罪のない人が傷つかないようにするって。それにノーランさんが魅了されているからといって、怖がっていないわけじゃありません。父さん、アショクを信用したら駄目です――父さんだけじゃなくて、誰だって」ケランはアショクを一瞥し、エルドレインでの対決を思い出して震えた。だがアショクの方は、ケランがそこにいることすらほとんど気付いていないようだった。

 「作戦が上手くいかなかったのは私の過ちではないよ。それにあの荒野無頼団は自分が何に巻き込まれるかをわかっていた。グレイウォーターを助けることに同意した時にね。揉め事を望んでいないなら、足を踏み入れるべきではなかったんだよ」

 「ノーランさんは武器を持った警備員に囲まれていました。それに僕たちが知る限り、脅迫されてあの列車に乗っていました。選択の余地があったのかどうかはわからないじゃないですか」

 オーコの両目が閃いた。「君はそう感じているのかい? 自分にも選択肢はなかったように、と?」

 ケランの頭に血が上り、頬が赤みを帯びた。「そんな――僕はそんなこと言ってません」

 オーコの視線に込められていた疑念が、まるで存在すらしなかったかのように消え去った。彼は微笑むとケランの肩に手を置いた。「全員があの列車から脱出することができた。私が乗客を置き去りにしたと思っているかもしれない。けれど君ならやれるとわかっていた。君は私の息子であり、私は君を信頼しているのだから」

 オーコが手を放しても、ケランの緊張は消えなかった。父親を信じたかった。認めて欲しかった。けれどあの列車の中で見たオーコの表情を覚えていた。父は自分を信じていなかった。自分を見捨てるつもりでいたのだ。

 もしかしたら、それもただの誤解かもしれない――ケランの心は希望を求めて揺れ動いた。オーコは自分の父親なのだ。乗客を見捨てようとしたとしても、自分を見捨てることはしなかっただろう。

 煙のような、リボンのようなものが砂の上を這い、ケランは驚いて立ち上がった。アショクが両手を組んで待っており、その角からは影がこぼれ落ちていた。

 オーコは情報を欲して立ち上がった。「何かわかったかい?」

 アショクは少しうつむき、唇をすぼめた。「私たちが考えていた通り、あのアーティファクトは鍵です。ただし、六つ存在する鍵のうちの一つなのです」

 オーコは一本の指で額を撫でた。それは不満を隠す仕草であるとケランは気付いた。「残りはどこに?」

 「アクルが残りの五つを所持しています。メダリオンとして首に飾っているのです」アショクの説明を聞き、近くの仲間たちが不満を呟いた。「ですがこの荒野無頼団の心から、もうひとつ見つけたものがあります。ターネイションへの地図は存在します――盗人の終着地に埋もれていると」

 焚火の向こうでギサが歓喜の声をあげた。

 「聞いたことがあるのかい?」オーコは当惑しながら尋ねた。

 消えゆく傷の上で、ゲラルフが鼻歌をうたいながら梅澤へと最後の一針を縫い終えた。「探鉱者の墓場なのです」

 ギサは歯をひらめかせ、悪意のある飢えに両目を輝かせた。「沢山の骨、沢山の美しい死体が掘り起こされるのを待っているのですよ」

 オーコは一味の顔色を探り、そして姉弟へと視線を定めた。「ふたりとも、ちょっとした別任務をこなす気はあるかい?」

 ギサは喜び願うように両手を組み、ゲラルフは素っ気なくうなずいた。

 「あの酒場に戻ったら話をしよう」オーコはチビボネへと向き直った。スケルトンは忙しく食事中で、その空洞の胸郭からシチューがこぼれ落ちていた。「アニーとマルコムに合図してもらえるかい? 出発は早ければ早いほどいい」

 他の者たちが荷物をまとめ始めた時、ケランの口から言葉が飛び出した。「ノーランさんはどうするんですか?」彼にとっては非常に重要なことであり、黙ってはいられなかった。

 「どうする、とは?」オーコはわずかに視線を合わせながら尋ねた。

 ケランは恥ずかしそうに肩を持ち上げた。「その……つまり……誰かが送っていくのかなって」

 数人が忍び笑いを漏らした。

 ケランの好奇心はおかしなものだというように、オーコは眉をひそめた。「彼は荒野無頼団の一員だよ。荒野で元気に生きていく者たちだ」

 「けど、ここに置いていくわけにもいきません」ケランは衝動的に言った。「ハードブリスルは何日も先ですし、ノーランさんには物資も水もありませんし――」

 アショクが一歩ケランに近づいた。その影が砂漠の地面に転がるように広がった。「この者の命が心配なのですか」それは質問ではなかった。

 ケランは口を開いたが、言葉がもつれすぎて筋道だった返答はできなかった。

 「心配はいりません」アショクは長い爪の指を動かしながら言った。「私もその者の死を望むわけではありませんので」

 「素晴らしいことだね、全員が同じ意見だというのは」オーコは少し苛立って言った。

 暗闇からアニーの声が届いた。「私とケランがそいつを一番近いオアシスまで連れて行く。そこから自力で帰れるだろ」

 感謝の気持ちを込め、ケランは弱々しく微笑んだ。

 オーコの口元が引きつるように動いた。「捕まらないこと、あるいは尾けられないことの重要性はおわかりだと思いますが」

 アニーは頷いた。「人目につかないようにするさ」

 ケランはアニーを追って焚火から離れた。他の仲間まで声が届かないと確信すると、彼は話しかけた。「二度も助けてくれましたよね。ありがとうございます」

 アニーは返事をしなかった。彼女は道を進み続け、口蓋に舌を鳴らして愛騎へと呼びかけた。フォーチュンが夜風の中から現れ、信頼を示すように身体の力を抜いた。

 「父と契約したのはどうしてなんですか?」ケランはそう尋ねた。

 「悪い奴がいて、もっと悪い奴もいる。ましな方だったというだけだ」

 それが冗談なのか否か、ケランにはわからなかった。「父さんを信用してはいないんですか?」

 アニーはたじろいだ。「信用ってのは好意を得るためにある。これは仕事だ。それに私は思うね、汚れ仕事をさせるために無法者を雇う奴は信用するべきじゃない」

 ケランは地面を見つめた。「アニーさんが無法者なのかどうか、僕は正直わかりません。けど、他の皆さんと似てはいないような。僕が思うに――いえ、わからないです」

 「私はむしろ君に似ていると?」

 ケランは返答しなかった。

 ひとつの記憶を追い払うように、アニーはかぶりを振った。「少し前だけど、私は自由放浪団にいた。そしてアクルと地獄拍車団相手に盗みを働くっていう間違いを犯した。あいつは何週間も私らを追跡した。いい奴を何人も、そのせいで失った。そして取引をして盗んだものを返そうとした時、私の甥がその交換の場で酷い怪我をさせられた。私らはなんとか逃げ延びたけれど、甥はもう前と同じじゃなくなった。あの子は少し前に回復して、私らが元々いた所に戻った」アニーは視線を強張らせた。「アクルに私たちを無傷で帰す気なんてなかった。盗まれたものを気にしていたかどうかすら怪しい。あいつはただ血が見たかっただけ――そのために私らの信用を利用した」

 「あの焚火に集まってる輩よりも私は善人だとか、そんなことを言うつもりはないよ。自分が何者で、何をしてきたかはよくわかってるからね。けどアクルは……あれは全く違う類の無法者だ。最悪の類の。誰かが私の甥みたいに傷つけられるのを見たくはない。その宝物庫の中に本当に力があって、アクルがそれを手に入れたとしたらどうなる?」アニーは表情を硬くして言った。「そんなことはさせない」

 ケランは遠くの焚火を振り返り、父がヴラスカやアショクとの会話に没頭している様を見つめた。

 最悪の類の無法者……

 彼の目はしばしオーコに釘付けとなり、やがてアニーがそれに気づいた。

 アニーは静かに言った。「家族ってのは難しい。血の繋がりがあろうとなかろうとね。誰かの心を知るのは必ずしも簡単なことじゃない。私の経験ではどうかって?」彼女は肩をすくめた。「時間は助けになってくれる。けれど決して直観を馬鹿にしてはいけないよ」

 きまりの悪さに、ケランは顔をそむけた。

 アニーはフォーチュンの手綱を握り締めた。「一日分の物語としては十分だろ。さ、あの荒野無頼団を連れてきて、送って行ってやろうじゃないか」

 ふたりはノーランの所へ向かい、彼を鞍の上に乗せ、丘陵を曲がりくねって進む道を下りはじめた。ケランは遅れないように気を付けながらその隣を飛んだ。最後にもう一度、焚火を振り返りたかった。けれどそうはしなかった。

 父が自分を見つめているかもしれない。そしてそこにあるのは疑いだけかもしれない――それを知りたくなかった。


 酒場の扉が叩きつけられるように開かれ、ギサとゲラルフが半ばよろめきながら入ってきた。ふたりとも狂乱に目を爛々とさせていた。中に数歩進むと、ブーツが床板に大きな軋み音を立てた。頭上から差し込む光が姉弟の顔にかかり、生々しい打撲傷や血まみれの切り傷を露わにした。

 ゲラルフは眼帯の革紐を引いて伸ばした。ギサは乱れてもつれた髪を手で撫でた。

 「おかえり」オーコはバーカウンターの端に寄りかかって言った。「盗人の終着地はいい場所だったようだね」

 ゲラルフは爪の中から血の塊をこそげ取った。「詳しい話はしたくありませんな」

 ギサは革の手甲を覆う砂へと息を吹きかけ、目の前に小さな砂煙が上がった。彼女は顔をしかめた。

 その弟は丸めた羊皮紙を上着から取り出し、オーコが受け取れるように掲げた。「求めていたものはこれだと思いますよ」

 オーコは地図をバーカウンターの上に広げ、見慣れない様々な印を楽しむように見つめた。

 ついに手に入れた――ターネイション、そしてマーグ・タラナウへの道。

 「それが例の地図かい?」ヴラスカがアショクの影から離れ、カウンターに身を乗り出した。 「それで――宝物庫は街の上に浮かんでるのか」

 既にオーコは真剣に考えを巡らせていた。「宝物庫の場所がわかっても、鍵を入手できなければ意味はない。そしてそのメダリオンを入手するにはアクルと同じ部屋に入る必要がある」彼は顔をあげて部屋の中にアニーを探し、彼女がケランと共に離れた卓に座しているのを見つけた。あの列車の事件以来、ふたりはほぼずっと一緒にいた。

 オーコの表情が苦々しくなった。仲間同士が仲良くなることには反対しない。だが各人の立場を知っていた方が、掌握は容易だ。芽生えつつあるケランの友情は問題になる可能性がある。彼はそれが気に入らなかった。それを信用していなかった。

 それでもオーコは作り笑いを浮かべた。「アニーさん。地獄拍車団でも幹部の立場にいる奴は見てわかりますか?」

 彼女はガラス瓶を爪で叩いた。「たぶんね」

 「ターネイションでそのひとりを尾行したなら、アクルの本拠地へ連れて行ってもらえますかね?」

 「ひょっとしたら。けど旅行先みたいにターネイションに入っていくことはできないよ。地獄拍車団だけが町の場所を知ってるのには理由がある。奴らは部外者を入れないし、もちろん出ていくことも許さない」

 「私たちには皆、自分たちの役割を果たす能力があります」オーコは言い返した。「地獄拍車団の格好をして目立たないようにしていれば、人前であろうと隠れることはできますよ」

 「目立たないように? まず巨体の悪魔とスケルトンがいるんだ。いくら地獄拍車団の服を来たって、そいつらが溶け込むことはありえないよ」

 「人員を分けて、四人からなる小集団で町に入りますよ」オーコは解決など簡単と言わんばかりだった。「私たちが宝物庫を開けられるようになるまで、他の者はターネイションの外で待っていてもらいます」

 「私を入れてくれよ」ヴラスカが言った。

 「最適だ」オーコは頷いた。「アニーさん。貴女も来て頂きます」

 彼女は承認のしるしに酒瓶の中身を飲み干した。

 四人目が誰であるべきかをオーコはわかっていた。屍術師の姉弟が地図を持ち帰る前から。

 それでも彼は時間をかけ、仲間から次の仲間へと視線を移していった。

 そしてようやく声に出した。「ケラン」

 息子の表情に衝撃がありありと浮かんだ。「僕の手伝いが要るんですか?」

 「私には君が必要だ。君にはターネイションで有用となるであろう技術がある。特に、アクルを見つけた後にきっと役に立ってくれるだろう」

 ケランは唇の端を噛んだ。だが良心の重荷がどれほどであれ、それは問題ではなかった。父が自分を必要な人員として指名した。だから父を失望させはしない。

 少年は頷いた。「わかりました。行きます」

 オーコは感謝の念を表すふりをしたが、全く驚きはしなかった。ケランは父親に注目して欲しがっている。受け入れてもらいたがっている。どうやら息子を味方につける鍵は、お世辞であるようだ。

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アート:Fariba Khamseh

 説明できる以上の様々な点で、彼は少年の助けを必要としていた。そしてケランは無償で、何の疑問もなく従ってくれている――家族だから、それだけの理由で。血の繋がりがあるというだけの、ほとんど何も知らない相手に。けれどケランにとってはそれで充分なのだ。一種の忠誠心? オーコはその存在に感謝した。それが持続することを確認さえすればいいのだ。


 鋸歯のように険しい巨岩がひとつ、空に浮かんでいた。軌道を巡るようにその先端の周囲に雲が渦巻き、縁からは溶岩がこぼれ落ちてターネイションを流れる曲がりくねった川に注いでいた。溶岩はあらゆるものの表面に怒れる色合いを残しながら、生まれたばかりの炎が放つ火花のように輝いていた。

 マーグ・タラナウ。宝物庫。

 円形の峡谷の中、歪んだ岩盤の迷路がその下の町をうねっていた。至る所にある建物は固化した溶岩と鋭く削られた木材で作られており、扉や窓の多くは動物の骨で縁取られ、中に隠された色とりどりのランタンに照らされていた。

 ケランは帽子を正し、通りを流れる溶岩の細い脈に近づかないように進んだ。至る所に煙が立ち込め、数え切れないほどの地獄拍車団員がいた。

 左の空き地で白昼の決闘が行われていた。山のような巨体の団員がふたり、一対の斧で切りつけあっていた。その先端は雷を帯びて燃え上がり、刃が衝突するたびに火花が散った。小さな群衆が野次と怒号をあげ、片方の斧がもう片方の胸に直撃した。見物人たちは腕を振り上げて勝利を祝した。彼らは敗者の死体を巨大な焚火に引きずり込み、熱い石炭の上に転がした。ケランは気分が悪くなるのを感じた。

 「この場所で揉め事を解決するための一般的な方法だよ。家族全員を殺すよりも文明的だと私は思うね」オーコはケランの視線に気付いて言った。そして屈託なく口笛を吹き、とある焼け焦げて輝く扉を示した。次の酒場。彼は大柄な人間の姿をとり、上半身には精巧な骨鎧をまとっていた。完璧にアクルの手下に見えた。

 彼らはすでに三軒の酒場を訪れていたが、これまでのところ地獄拍車団の幹部らしき人物の気配はなかった。近くで、アニーが顔の下半分を覆う黒いバンダナを直した。ケランは訝しんだ――アニーは素性を見破られるのを怖れているのだろうか、それともずっと前に甥を傷つけた人々と対峙することを怖れているのだろうか。

 アニー、オーコ、ヴラスカが扉をくぐった。ケランは静かに息をつき、五つ数えた後に同じことをした。

 天井は樽の内側のように湾曲していた。すべてが金属と腐った果物の匂いを放っており、ケランはひるんだ。彼はアニーの視線を追い、バーカウンターに座っている女性を見た。その人物は棘の付いた錬鉄製の肩鎧をまとい、そのあらゆる先端が真っ赤な残り火で染まっていた。衣服は深い赤色の布地であらゆる端がほつれており、小さなサンダーピストルと手斧がベルトに刺さっていた。皮膚からは煙が立ち上っており、今にも火がつくのではと思われた。

 アニーは身体を強張らせ、ごく小さな声で言った。「あれはツイスト・ファンダンゴ。アクルの仲間のひとりだ」

 オーコは短く頷きつつアニーの横を過ぎてバーカウンターへ向かい、ヴラスカもオーコの隣の席に座った。アニーは地獄拍車団の幹部からなるべく離れるように、酒場の隅へと引き下がった。

 ケランは外套の端を掴み、炎に触れないように気を付けた。自分がなりすましのように感じた。兵士たちの中の一体のカカシのように。だが心の大部分では、地獄拍車団の誰にも気付かれないことだけを願っていた。

 ケランは後方に空席を見つけて座り、卓の下で手をそわそわさせた。オーコは部屋の向こう側で、早くもバーテンダーとの会話を始めていた。まるで他人のふりをすることが、この世で最も簡単なことだというように。

 「ここはてめえの卓じゃねえぞ」不機嫌そうな声が吠えた。

 ケランが顔を上げると、三人の地獄拍車団員が彼を睨みつけていた。声をかけてきた者の皮膚は溶岩のように燃えていた。もうふたりは鉄の仮面で顔を完全に覆い隠し、燃え立つ髪だけが見えていた。

 「す、すみません」ケランは早口で言った。彼は立とうとしたが、溶岩の皮膚をした団員に突き飛ばされて椅子へと戻された。

 「すみません、だ?」その男は研ぎ澄まされた歯を光らせた。「ターネイションの礼儀作法を知らねえみたいだな。ここに来たのが間違いだったってことだ」彼は重々しいサンダーピストルを取り出し、ケランの胸に向けた。

 「ひっ、人を探して、来たんです!」ケランは一言一句をつかえながら早口で言った。「ある仕事について、僕が欲しい情報を持ってる人です」

 三人は甲高く笑った。

 「ガキが。火花ほどもてめえを信じる地獄拍車団はいねえよ」その男は吐き捨てた。「皮を剥ぐためにおびき出されたか、でっち上げを言ってるかのどっちかだ」

 ケランは両手を挙げた。「喧嘩はしたくありません!」

 三人は先程よりも騒々しい笑い声をあげた。ケランはその隙に席から離れようとしたが、三歩進んだところで団員のひとりに床へと突き飛ばされた。顔が床板に叩きつけられ、軋む音がした。唇を合わせると血の味がした。

 「立ちな、臆病者」その団員が低い声で告げた。「まだ始まったばっかりだ」

 オーコの拍車が音を鳴らした後に止まり、ケランの視線を遮った。「その子を放っておきたまえよ」

 安堵に胸を詰まらせながら、ケランは震える身体を起こした。

 その地獄拍車団員が睨みつけた。「こいつは団員じゃねえ――それとてめえには関係ねえ」

 オーコは動じなかった。「この子は仕事で来たと言ったんだろう? ひょっとしたらアクルの使いかもしれないよ」

 男は鼻息を荒くした。「こんなガキ、アクル様は簡単に真っ二つにしてのける。ネズミを雇った方が早いだろうよ」

 「私たちのうち、間違っているのはどっちだろうねえ。知りたいのかい?」オーコは口元を歪め、からかうように言った。

 躊躇しながら、三人の地獄拍車団員は顔を見合わせた。

 オーコはケランを脇に押しやり、団員から遠ざけた。「この子を来させたのが誰かは知らないが、放っておけばいいじゃないか、そうすれば私たちは落ち着いて酒を飲めるのだから」

 男の目に炎が燃え上がり、前へと一歩踏み出した。「てめえは何がしたいんだ?」

 鉄の仮面を被った二人が武器を抜いた。

 「三対一?」オーコは舌打ちをした。「臆病者なのはどっちかな?」

 その地獄拍車団員は低く深い声で笑い、そしてオーコの頭部へと巨大な拳を振り上げた。オーコは身を屈めてぎりぎりでそれを避け、男の首へと肘を叩き込んだ。

 酒場は瞬時に大混乱へと陥った。隅にいた楽士たちが狂ったように調子を上げた。ガラスが割れ、雷が鳴り響き、ケランは顔を覆った。唖然として動けなかった。彼の耳は鳴り、視線は父とヴラスカを見つめた。ふたりは周囲の団員たちへと手あたり次第に攻撃していた。

 ヴラスカは機敏で、長いサーベルを切りつけて団員を寄せ付けなかった。鉄仮面のひとりが突撃してくると、ヴラスカはサンダーピストルの後部をその顔に叩きつけ、相手を仮面ごと床に倒した。続けてブーツの足を敵の首に押し付けて動きを封じると、視線を用いて石に変えた。

 他の地獄拍車団員の数人は警戒して後ずさったが、そうでない者たちは更に大きな炎への更なる燃料としか考えていなかった。彼らは咆哮をあげ、サンダーブラスターをそこかしこに放ち、髑髏の形をしたバーカウンターを粉々に打ち砕いた。

 オーコは団員から団員へと続けざまに姿を変えながら拳を繰り出し、あるいは隣り合う団員に変身して混乱を引き起こした。近くの顎へと拳を振るう前に相手をよく観察する者はいなかった。

 ケランが魔力の剣を作り出そうとしたその時、アニーが彼の腕を掴んだ。

 「駄目だ!」アニーは叱りつけるように言った。「私らはツイストを追いかける。もし逃げられたら、アクルを見つけ出す機会はもうないかもしれないんだ」彼女は大きく開け放たれた酒場の窓へと身振りをした。

 「父さんを放っては行けません」

 アニーの両目が燃え上がった。「任務が第一だって言われたんじゃないのか?」

 「長い間ずっと父さんを探してたんです。今離れたくはありません!」ケランは黄金色の蔓を放った。それは気付いていないオーコの上へと斧を振り上げていた団員に命中し、遠くまで突き飛ばした。

 オーコが驚愕とともに振り返った瞬間、雷が酒場の扉を突き抜けて木材が四方八方に飛び散った。髪を燃え上がらせたツイスト・ファンダンゴが戸枠の残骸の中に立っていた。その背後には六人の武装した者たちがいた。ただの地獄拍車団員ではない――アクルの側近。

 ケランは反応する余裕すらなかった。彼らのひとりに掴まれ、鉄の手錠をはめられた。一瞬だけ息が詰まったように感じ、彼は自身の魔法が抑えられていると気付いた。酒場の中に父たち三人の姿を探すと、彼らも同じように確保されていた。

 ケランは気分が絶望に沈むのを感じた。残る仲間たちが助けに来るわけはない。救出任務のためにターネイションに押し入るのは賢明ではないとわかっているだろう。何せ友人同士ではなく、雇われた犯罪者同士なのだから。ツイストは前へと踏み出てあざ笑い、ナタをオーコの喉元に押し当てた。何かがその皮膚に当たって泡立つような音を立て、彼がまとう幻飾が消え去った。

 「あんたが例のフェイだね、話はよく聞いてるよ」ツイストは遅効性の毒のように言葉を紡ぎ出した。「知り合いが会いたがっててさ」

 「ファンの存在はありがたいことだね」地獄拍車団のふたりに掴まれながら、オーコは荒い息の間にかろうじて言った。

 ツイストは他の団員たちに向き直った。「こいつらを縛り上げな。一緒に来てもらう。アクル様が直々に対処したがっているんだよ」


 かろうじて平衡を保ちながら、ケランの爪先が床をかすめた。彼の両腕は頭上に伸ばされ、仲間たちとともに鎖で垂木に繋がれていた。

 「作戦の第二案があるって言ってくれよ」鎖の下で揺れながら、ヴラスカは歯の間で息を鳴らした。「少なくとも、安全策があるって」

 オーコは顔を上げ、高い天井からわずかに差し込む日の光に目を狭めた。牢獄は巨大なドーム状で、岩の破片が散乱していた。「ここは古い採石場みたいだね」

 「そうさ」アニーが冷淡言った。「つまり、考えられる限りの最下層にいるってことだ。例えこの手錠から抜け出すことができたとしても、ターネイション全体から這い出なきゃいけないよ」

 ヴラスカはかぶりを振った。「子供を連れてくるのはいい思い付きじゃないって言ったのにさ。ウサギだってもうちょっとましな地獄拍車団になれただろうに」

 ケランが謝罪しようと口を開いた時、部屋が揺れて壁から塵が舞い落ちた。開いた戸口から足音が響いた。暗い霧の中からアクルの姿が近づいてきた、頭を低くし、爪で岩の床をこすりながら。その背後には娯楽に飢えた手下たちが群れていた。

 アクルは吊るされた囚人をひとりひとり、金色の目で見つめていった。やがて彼は見知った顔を認識した。

 「アニー・フラッシュ」胸の奥から低い音が響いた。「互いの道が再び交わるこの時を楽しみにしていた。甥御くんはどうしている?」

 その顔に浮かんだ憤怒が、アニーが言い表せないすべてを物語っていた。

 アクルの喉から低い響きが届いた。「甥御くんにはこいつをくれてやろう――あれはしぶといガキだ。この針に一刺しされただけで、あのガキの倍ほども大きな輩が死ぬ様を何度も見てきたがな」アクルはオーコへと視線を向け、その鼻孔から熱い蒸気を噴き出した。「俺が持つべきものを持っているな」

 オーコは鎖を身振りで示した。「解放してくれないか。そうすれば渡してあげるからさ」

 アクルはしわがれたうなり声を発した。彼はオーコの首に鉤爪を向け、血が流れ出る寸前で止め、それをゆっくりと心臓まで下ろした。「真実を吐かせなければと思っていたが、はるばる鍵を持ってきてくれるとはな」そしてオーコがまとう骨のベストに手を入れ、あのアーティファクトを取り出した。

 オーコは歯を食いしばりながら、アクルがその首にかけた鎖に手を伸ばす様を見つめた。その中央にはひとつのメダリオンが下げられており、側面から不均一な長さの棘が五本突き出ていた。メダリオンの中心にはガラスのドームを六つ備えた奇妙な彫刻があり、ひとつを除いてすべて異なる色に照らされていた。

 アクルが六番目の鍵をメダリオンに差し込むと、その末端がまた別の棘へと変形した。最後に残っていたガラスのドームが紫色の光沢を帯びた。カチリという音を立ててメダリオンが動き、その場で回転し、やがて六本の棘がひとつの模様を描き出した。

 ケランは目を見開いた。それらは六つの鍵ではなく、一つの鍵を構成する六つの部品だったのだ。

 それが今、組み合わさった。

 アクルは吼えた。黒い嵐雲の中の稲妻のように、身体の奥底からの輝きがその胸の鱗を照らし出した。全身に火花が散り、アクルは鉤爪の手を大きく広げた。

 オーコはそのドラゴンから目を離さずにいた。「私たちを解放する気はないようだね?」

 アクルの声は殺意に満ちていた。「そのようなことをしたら、貴様らが苦しむ様を楽しめないだろうが――じっくりと時間をかけるのが良いな」

 ケランは半狂乱になって部屋中を見回した。アニーはひどく苦しそうに見えた。父は、そしてヴラスカは……

 いや。この状況は自分のせいなのに、このまま終わらせてはいけない。自分のせいで皆を苦しませるわけにはいかない。

 彼は路上で見た戦いを思い出した――この場所での、栄誉ある戦闘に最も近いものを。ケランは歯を食いしばり、血管に眠っている勇気を全力で振り絞り、早口の言葉を発した。「あなたに決闘を挑みます!」

 アクルは驚いて首を引き、陰気に笑った。その顔には明らかな軽蔑があった。背後の団員たちからどっと嘲笑が起こった。

 「どういうつもり?」恐怖しながら、アニーが口を開いた。

 ケランはアクルに視線を定めた。「僕が勝ったら、僕と仲間全員を解放してもらいます」

 ヴラスカの触手が興味に動いた。

 オーコは全く反応しなかった。ただ計算するような、物思いにふけるような視線で見つめていた。

 「囚人と決闘する必要はない」アクルは物憂げに言った。「貴様らは既に俺の慈悲を請うのみ――そしてそのようなものはない」

 ケランの心臓が高鳴った。「無法者にも掟があるんじゃないですか」

 アクルは答えた。「さっさと死にたいようだな。だがそうはさせん。とはいえ死体を炎に投げ込む時が来たなら、必ず貴様を最初にしてやろう。俺からの善意の表れだ」その目が輝いていた。「ひとりの無法者から別の無法者への、な」

 ケランは辺りを見回し、必死に考えを巡らせた。何か、とにかく――

 「あの悪名高きアクルがね、子供ひとりをこんなに怖がるとは思わなかったよ」瞬きもせずにオーコは呟いた。

 アクルはびくりとして、鋭い歯の間で空気を鳴らした。「怖がる、だと?」

 オーコは眉をひそめた。 「それとも、君が怖がっているのはこの子の魔法かな? もっと弱い標的がお好みってことかな?」

 辺りにエネルギーが高まり、部屋の圧力が変化していくようにケランは感じた。鋼のように硬いアクルの鱗の一枚一枚が、不気味な黄色に輝き始めた。まるで、エネルギーと雷でその身体が膨張しているかのようだった。

 ヴラスカが鎖の下で力を込めた。「なるほど。この子と真っ向から戦うのは嫌だ、手も足も出ないうちに私らを殺したいってことかい。弱い相手を苦しめる方が好きなんだな。宝物庫の中身が何かは知らないけれど、お前が欲しがるわけだよ。手下がいなけりゃ何の力もないってことだ」その言葉は痛烈だった。

 アニーは瞬きをし、他の者たちを観察した。「お前は卑怯者だよ」彼女は燃え立つ両目をアクルに向け、ゆっくりと言った。「お前が私の甥を狙った理由は、武器のない一般人や低級の無法者をお前が狙うのと同じ理由だよ。簡単な獲物だからだ。それにお前は揉め事を起こすのが好きだ――望まない揉め事の方からやって来られたら、さぞかし嬉しくないだろうね」

 「だからこの場所を秘密にしていたのかな?」オーコが更に攻めた。「自分が選びたくない戦いを避けるために?」

 アクルは内から燃え上がり、息をするたびに歯の隙間から煙が噴き出した。他の者たちは押し黙った。

 アクルのような悪党にとって、評判は何にも勝る。

 そしてオーコの仲間が挑戦を叩きつけたのだ。

 長い沈黙の後、アクルはケランへと頭を低くし、剃刀のように鋭い二列の歯を見せた。「こいつらを留置場に放り込んでおけ」彼は団員たちへと言った。「決闘は真夜中に開始だ」


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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