MAGIC STORY

サンダー・ジャンクションの無法者

EPISODE 01

第1話 復讐の誘い

Akemi Dawn Bowman
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2024年3月11日

 

 オーメンポートに夕日が沈む。琥珀色に弾ける光が三角屋根をすり抜け、街中を転がる刺々しい砂漠の草へと鋭い影を落とす。木造の家々の周囲にはサボテンの群生が点在し、広場の中央には噴水が座している。その水は魔法で湧き出し、広場を常に涼しく保っている。いつものように道端の鐘が鳴り響いて日没を告げ、それでもアーチー・ディクソンは懐中時計を何度も確認した。

 スターリング社の警備兵が二人、近くの馬車の横に立っていた。一人は物憂げにサトウキビの破片をかじっていた。もう一人は領界路から目を離さず、そのポータルの動きを監視していた。

 アーチーは懐中時計をベストのポケットに押し込むと、大袈裟なため息をついた。サンダー・ジャンクションをはるばる横断して物を運ぶためにスターリング社に雇われるのはこれが初めてではない。だがほとんどの配達屋は、時間厳守こそが最も重要だと信じている――そしてアーチーは噴水のそばで1時間以上も待っていた。

 別の雇い主からの別の仕事だったら、今頃はもう放棄していたかもしれない。だがスターリング社の払いは良かった。彼らはまた、砂漠を横断する護衛として二人の武装警備兵を提供し、更にはアーチーの沈黙を買うために追加料金を提示した。待ち合わせの相手が誰なのか、何を運ぶのかを尋ねることはできなかった。だが金は金であり、噂話で家族を養えるわけではない。

 それでも、遅刻されるのは嫌いだった。

 アーチーが再び懐中時計に手を伸ばしたその時、領界路に波紋が走った。アーチーはその場で身体を強張らせた。蛍光を帯びた青色が稲妻のように弾け、輝く人影が現れた。

 ひとりの男が領界路から踏み出したが、その顔立ちは黒いバンダナで隠されていた。それは問題ではないだろう――アーチーはその男の服が何処のものなのかわからないだけでなく、その男が何者かもわからなかった。

 こことは全く異なる次元から来たよそ者。

 男の視線はわずかに石畳が敷かれた広場を漂い、そしてスターリング社の警備兵たちを認めた。男は幅広い道を黙って進み、アーチーから数歩離れたところで立ち止まった。そして伸ばした拳には麻袋が握られていた。

 アーチーは一瞥しただけでその袋を受け取り、馬車に乗り込もうと急いだ。

 スターリング社の警備兵たちは素早く御者席へと登った。とび色の馬が二頭、耳を反らして出発を待っていた。警備兵の一人は噛んでいたサトウキビの破片を砂へと投げ捨てた。アーチーがかろうじて屋根を掴むと同時に、馬車は顔を隠した男とポータルを背後に残して出発した。

 馬たちは砂埃の道を何マイルも彼らを引きずっていった。前方を照らすのは馬車の前に下げられたランタンひとつだけ。それは果敢に光を放ち続けたが、やがて窓の外に見えるのは暗闇だけとなった。

 アーチーは袋を胸に抱えこみ、砂漠の山々が星空と出会う地平線を見つけようとした。静かなことは良い兆候だと思いたかったが、心の底ではよくわかっていた――雇い主は、危険を伴う仕事でない限り、スターリング社の警備兵を二人もつけることは決してしないだろう。

 彼は盗賊の襲撃を予想していた。だが砂漠で彼を見つけ出したのは、もっとひどいものだった。

 炎の壁が空から落とされるように弾けて広がり、馬車を隙間なく取り囲んだ。馬たちは恐怖に後ろ脚で立ち上がり、馬車はがたついて急停止し、アーチーは窓枠に頭を強打した。彼はひるんで瞬きをし、警備兵たちが砂の上に武器を抜く様子を恐怖とともに見つめた。

 「何があった?」ひどく恐れながらも、アーチーは急いで尋ねた。

 「地獄拍車団だ」警備兵の一人が呟いた。

 もう一人はそれに応じてサンダーライフルを握り締めた。

 音を立てて燃え盛る炎に全く動じることなく、幾つかの人影が炎の壁を通り抜けて現れた。彼らは警告することなく警備兵へと発砲し、砂の上にエネルギーが弾けた。馬車の側面に十個ほどの穴が開き、たちまちスターリング社の警備兵たちは倒れた。

 炎の弾ける音を残して砂漠が静まると、襲撃者たちは武器を下ろした。

 集団は中央で分かれ、鉤爪を鳴らしながら前方へと闊歩する大男に道を譲った。ゆっくりと迫りくるそのドラゴンへと炎の明かりが降り注ぎ、身体中の鱗が光をちらつかせたように見えた。地獄拍車団の首領に間違いない。砂漠で、この者以上に恐怖をもたらす名前はない。

 アクル。

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アート:Kekai Kotaki

 ドラゴンは奇妙な下顎を打ち鳴らし、尻尾を背後に引いて鞭のように馬車へと叩きつけ、その残骸を真二つに割いた。

 アーチーは袋を握りしめたまま、血の海の中に座り込んだ。恐怖に目を見開き、荒く息をするたびに生命が静かに流れ出していった。

 アクルは彼に気づいてすらいないようだった。

 ドラゴンは瀕死のアーチーの手から麻袋をもぎ取り、勝ち誇るように胸を張った。「遂に。最後の鍵が我が物となった」

 彼は一本の鉤爪で袋を切り裂き、すると開いた掌へと石炭の塊が数個転がり出た。アクルは息を鳴らし、金色の瞳が怒りに燃え上がった。

 アクルはうなり声を上げ、石炭を握り潰した。爪の間から細かい粉が落ちた。彼は振り返り、尻尾を打ちつけ、広大な砂漠へと咆哮を上げた。

 アクルは周囲に火を放ち、地獄拍車団は数歩下がった。アーチー・ディクソンは壊れた馬車の中でその様子を見つめていた。炎が迫るのを感じたが、心はすでに薄れつつあった。今わの際、不意に彼は懐中時計を確認したいという奇妙な衝動に駆られた。

 時間厳守には気を遣っていたが、こんなに早く自分の死に至るとは。

 アーチーは最後の瞬きをした――そして、砂漠の炎の遥か彼方のどこかで、本物の鍵はアクルの手の届かない場所へと遠ざかっていった。


 アニー・フラッシュは鍔広の帽子を直し、陽に焼かれた地形に目を細め、額に深い皺を寄せた。立ち昇る煙を夜明けから追い続けていたが、ようやくその出所を肉眼で見ることができた。

 彼女の下で、フォーチュン号がせっかちに息をひとつ鳴らした。

 アニーは手袋をはめた手で愛騎の首に触れ、鞍の上で身体を乗り出した。「心配しなくていいよ。家に帰ったらリンゴと美味しい麦をたくさんあげるからね。でもあそこの残骸を確かめに来たんだからさ」

 フォーチュンは明らかに不満らしく、渦巻いた角を振って答えた。アニーは笑みを浮かべた。そんなことは頻繁にはしない、けれど長旅においては警戒を緩めたくなる時もある。

 アニーは乗騎を踵でつつき、その煙へと走らせた。自由放浪団にいた若い頃、馬車の火災は何度も見ていた。だから事故と待ち伏せ攻撃の違いは見分けることができる――そしてこれは決して事故はなかった。

 だが馬車が砕かれた様子を見て、何者の仕業であるかも正しく彼女にはわかった。

 アクルがここにいたのだ。

 アニーは顔をしかめて焼けた風景へと金色の目を向け、辺りに幻飾がないかと探った。そして誰もいないと確信し、乗騎から降りて馬車の残骸へと向かった。広がった灰の山を蹴ると幾つかの骨が散らばった。

 それが誰の骨なのか、彼女は考えないよう努めた。好奇心は何もしない。自分がより大きな標的になってしまうだけ。

 残された座席を手で引くと、隠された荷物入れが現れた。中には鍵付きの箱がひとつ、そのまま放置されていた。ベルトから小さなナイフを取り出して蓋をこじ開けると、幾つかの札束が見つかった。

 こんな襲撃が行われる理由はふたつしかない――金か復讐か。けれど彼女の中で何かがしっくりこなかった。

 疑問になんて思わない方がいい、そう知っていながらもアニーは疑問を抱いた。

 地獄拍車団に関して言うなら、復讐行為として馬車に放火するというのはあまりにも大人しい。アクルは物事を見せびらかすのを好む、それもしばしば衆人環境で。けれど彼らは金を置いていった――つまり、別の何かを求めていたということ。家族全員を1か月食わせていける現金の入った箱よりも大きな何かを。

 アニーの思考が動悸のように脳内で鳴り響いた。あいつは何を狙っているのだろう? そしてそれを見つけるために、何台の馬車を燃やしたのだろう?

 恐怖の痛みがアニーの中を駆け巡った。アクルのような怪物がこの次元に惨害をもたらし、その途中で罪なき人々を傷つけ、それでも勝利を収める――彼女はそれを憎んでいた。一方で、ずっと昔に、アクルからはできるだけ身を遠ざけると決心してもいた。何故ならその罪なき人々が、自分が家族と呼ぶ人々でもない限りは気にしなかったから――気にすることはできなかったから。

 アクルはもう一度道を交えるべき相手ではない。だが彼が残した金を受け取るのはやぶさかではなかった。

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アート:Kieran Yanner

 アニーは鍵付きの箱を拾い上げ、鞍袋のひとつにしっかりと押し込み、輝くたてがみの切れ端をフォーチュンの目から払いのけた。

 「真昼までにサドルブラシに着ける?」アニーはそう尋ね、フォーチュン号が頭を下げて答える様を見つめた。彼女は鞍に登り、片手で手綱を握った。「じゃあ行こうか。夕食は私がおごるよ」

 アニーは次の谷のはるか先に視線を向け、左の虹彩を魔法で輝かせた。まだ何マイルも離れているにもかかわらず、荒野の中にある小さな町の輪郭が見えた――我が家と呼ぶ場所。サンダー・ジャンクションで最も綺麗な街とはとても言えないものの、サドルブラシには別の魅力があるとアニーは知っていた――主に、道路網からとても離れているということ。静かさとそれに伴う匿名性をアニーは大切にするようになっていた。

 町の雑貨店の外に水飲み場があり、アニーはフォーチュンをそこへ導いた。二本の足で地面に降り立つとすぐに彼女は鞍袋を肩にかけ、砂埃で摩耗して歪んだ階段を上った。

 「ごきげんよう、ミスター・タウニング」アニーは敬意を込めて帽子の先をつまみ、後ろ手で木製の扉を閉めた。

 野菜の入った木箱を両手でしっかりと持ちながら、灰色まだらの髪の男がカウンターの背後で立ち上がった。「今日会えるとはなあ! 明日の朝にあんたの牧場へ届けに行く予定だったんだが――予定変更かい?」男はうめき声とともに木箱を近くの棚の置き、一歩離れるとすぐに背中を手で撫でた。「歳をとると同じようには動けん」彼は顔をしかめながら言った。 「けどまあ生きてるだけいいってことだろうが」

 アニーは歪んだカウンターにあの鍵の箱を置いた。重い音がした。「あなたの年老いた骨には何もしてやれないけれど、これで元気になってよ」

 タウニングはその蓋を開け、すぐに表情を明るくした。「あんたは私にはもったいないくらいのいい奴だよ」

 アニーは彼が現金を二等分する様子を見つめた。タウニングは自分の分け前をカウンターに隠した金庫に入れ、アニーは腰に提げた鞄に詰め込んだ。

 「この金を探しに来る奴はいないんだろうな?」彼は金庫のダイヤルを回しながら尋ねた。

 あの焼け落ちた馬車がアニーの脳裏に浮かんだ。とはいえ戦利品の発見場所と方法を伝える際、彼女はひとつのルールを設けていた。

 「失くしたことすら気付かない箱を探すために、何時間も無駄に荒野を歩き回る奴はいないよ」彼女はそう指摘した。「それに私もフォーチュンも、あの砂漠に人影は見なかった。その金を置いていった奴はとっくにいないよ」

 タウニングは表情を和らげて頷いた。「あんたがいなかったら、私らの小さな町はこんなに長く続いてないだろうな。あんたには本当に感謝してるんだよ。これまでも、これからも」

 「一番高く買う奴へ売り飛ばされないために私は金を払ってるって思ってたんだけどね」アニーは眉をひそめた。 「私が町の英雄だっていうなら、折半の取り分を交渉し直そうかな」

 タウニングの笑い声が小さな店内に響いた。「まあ、皆が何ていうかはわかるだろうに。壊れてないなら直すな、だ」

 アニーはカウンターの先にある、野菜や果物の入った籠を身振りで示した。「だったら、そのリンゴでどう? 美味しいものを調達してくるってフォーチュンに約束したから」

 タウニングは一番鮮やかな赤いリンゴに手を伸ばし、それをカウンターの向こうに投げた。 アニーは両手を合わせてそれを宙で掴み取った。

 「店のおごりだってフォーチュンに伝えな。残りは朝に届けるよ」

 アニーは帽子を正して扉へと向かった。「いつもありがと」

 彼女はサドルブラシのはずれへと乗騎を走らせ、日没寸前に小さな牧場に到着した。そして家に向かう途中で野原の近くに立ち寄り、そこでフォーチュンは草を食むために他の動物たちと合流した。時に、フォーチュンは最後の陽光とともに消える――ある瞬間にはそこにいるのに、次の瞬間にはもういない。アニーは彼がどこへ行くのか、何をしているのかを全く知らなかったが、彼はいつも戻ってきた。自分たちの間には暗黙の了解があった。

 しばしアニーはフォーチュンを見つめた。模様こそ彼女が飼っている他のパロミノとよく似ているが、フォーチュンはアニーがよく知る生物ではなかった。その知性はこれまでに出会ってきたどんな人間にも劣らない、だが方向感覚は全く別だった。その意味では、自分たちはとてもお似合いといえた――アニーはフォーチュンへと砂漠を進む際の助力を提供し、フォーチュンはこれまでにないほど頼りになってくれた。

 アニーは門から離れ、袋の紐をしっかりと握り締め、未舗装の道を歩いて家へと向かった。フォーチュンや自身の過去の思い出に浸っていた彼女は、玄関に辿り着く直前になってようやく気が付いた。その階段の下に何者かが立っている。

 すぐさま彼女は腰に挿したナイフに触れた。指が震えた。目の前に立つ男は都会から来た者であるかのように着飾っていた。皺ひとつない仕立てのスーツ、あまりにも丁寧に磨き上げられたブーツ。うねる金髪はかき上げられ、その顔つきにはいやに気取ったところがあった。アニーは即座に嫌悪感を抱いた。

 「私の土地で何をしているの?」彼女は声を尖らせて問い質した。

 よそ者は歯を見せた。「貴女がアニー・フラッシュ……その名で知られる、かつての悪名高き無法者さんですか?」

 その言葉に彼女はひるんだ。犯罪者とつるんでいた日々のことは考えたくなかった。甥にあんなことが起こってからは。「そっちは何者?」

 男は笑みを浮かべたまま答えた。「直接会いたくて、はるばる都会から来ました。貴女の大ファンといいますか」

 「それは半分しか答えてないよ」アニーは冷たく言った。その左目がかすかな橙色にひらめき、幻飾の下にその男の本当の姿が見えた。彼女は眉間に皺を寄せた。「こんな荒野にフェイが何の用?」

 男の笑みが悪戯っぽく歪み、本来の姿が現れた――墨色の髪、尖った耳、銀をちりばめたような青白い顔。そして男は嘲るようなお辞儀をした。「お目にかかれて嬉しく思いますよ、アニー・フラッシュさん。オーコといいます。その幻飾を見抜く力こそ、貴女を探していた理由でしてね」彼はまるで絵画を鑑賞しているかのように見つめた。「その目は天使が与えてくれたものだそうですね。本当に珍しい賜物です」

 「幻飾を見破ったんじゃないよ」アニーは腕を組んで言った。「私を探しに砂漠を旅してきたって言うのに、その靴には泥汚れのひとつもついてないって事実だ」

 オーコは笑い声をあげた。「正確さと見た目のどちらかを選べと言われたら、私は後者が好みなので」

 「あんたがどんなゲームで遊んでいるのかは知らないけれど、興味ないよ。私は引退したんだ。さっさと帰りな」アニーは彼の前を通り過ぎようとしたが、オーコはその視線を彼女の袋に定めた。アニーは立ち止まった。

 「金に興味がないなら、復讐はどうでしょうか」危険な、喉を鳴らすような声でオーコは言った。「チームを作ったんですよ。アクルという無法者から何やら重要なものを盗むために」

 アニーは身体を強張らせた。その名前を聞いた時の本能的な反応を隠すことができなかった。

 オーコは喜んだようだった。「お二方の間には何かやり残したことがあるらしい、そんな噂を聞きまして」

 「聞き間違いだよ」アニーは吐き捨てた。そして目を向けた――畑、牧場、アクルが甥を殺しかけたあの日以来、自分のために築いてきたものすべてに。彼女は両手を拳へと握り締めた。「私は後戻りはしない。平和を見出すために復讐する必要はない」

 常に野心を追い求めるような打算とともに、オーコはアニーの様子を観察した。少しして彼はポケットに手を入れ、側面に酒場の名前が印刷された小さな紙マッチを取り出た。 「ここにいます――もしも気が変わったなら」

 アニーはそれを受け取った。そうすればこの男が早く去ってくれると願って。

 「私がこんなにも簡単に貴女を探し出したんです。地獄拍車団がそうしようと決めたなら、もっと簡単でしょうね」オーコはそう言った。「貴女は本当に熱心にこの町を守っている。心から愛しているのですよね」

 アニーは肩をすくめた。「それは脅迫?」

 オーコは片手を胸に当てた。誠実さを示す仕草。「違いますとも。明白な事実を指摘しているだけです」そして手を離すと笑顔が戻った。「気が変わったら、その酒場に会いに来てください。そうする価値はあると約束します」

 アニーは紙マッチを握り締めながら、オーコが道の先へと消えていくのを見つめた。

 長いこと同じ場所に留まったのは間違いだった。意図せずに根を下ろしていたのだ。

 過去に埋もれたままでいるものなど何もない。そして今、自身の古い幽霊が追いかけてきた――世界に残された唯一の、本当に大切だと思っているこの場所まで。


 ケランは最後の金属柱を昇降機のシャフトへ持ち上げ、一歩後ずさった。そして建設途中の中継塔、その上の階へと機器が運ばれる様子を見つめた。

 彼の周りでは、尖ったランタンが幾つもケーブルや縄から下げられていた。その光は星明りの滝のように、暗くなりつつある空に逆らって輝いていた。太陽が渓谷の向こうに隠れてからさほど時間は経っていなかったが、空気はまだ濃厚な熱を帯びていた。

 ケランは額の汗を手の甲でぬぐい、ここに来てまもなく大好きになった景色を肩越しに眺めた。巨大な岸壁に挟まれて領界路が座し、青色のエネルギーが音を立てていた。そのポータルをくぐってからまだ数週間しか経っていないという事実が信じられなかった。

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アート:Magali Villeneuve

 日の光の中でも、オーメンポートはエルドレインとは似ても似つかない。それでもケランは橙色と黄色の風景を見て郷愁を感じることはなかった。彼は希望を感じていた。

 「おい、新入り!」穴の中から声が響いた。ケランが下を見ると、監督官のひとりが空中へと手を振っていた。「このパレットは自動じゃ動かないよ!」

 ケランは気弱に謝り、次の部品の積み込みを手伝うために急いで梯子を降りた。ひとつまたひとつと運びながら、彼は他の街への旅へと思いを巡らせた。そしてその時、うめき声ひとつとともにケランを押しやり、通り過ぎていった者がいた。クロスボウを持った肩幅の広い男。

 間違いなくスターリング社の雇われ人だった。その警備兵は影のようにラル・ザレックについていた。ラル本人ではなく、建設現場を守るために雇われた可能性が高いにもかかわらず。

 ラルはラヴニカに残るニヴ=ミゼットと共に、領界路を介した通信手段を開発していた。そして未完成の中継塔は事実上、巨大できらめく標的といえた。その技術に興味を抱くであろう無法者集団はいくらでもある――サンダー・ジャンクションだけでなく、他の次元にも。この通信中枢を最初に掌握する者が途方もない富を得られることは想像に難くないのだ。

 スターリング社は既にラルの研究に投資しており、彼らはそれを守る必要があった。

 「こんばんは、ザレックさん」監督官が言った。「こんな遅くに現場でお会いできるとは」

 「光中継器の設置について話がしたい」ラルはそう言い、質問や詳細な事項をまくし立てたが、ケランは聞き取ることすら困難だった。

 ケランは金属の山へと戻った。中継塔や領界路に興味があってこの仕事に就いたわけではない。彼は建築資材の仕分けに集中した。それらを空のプラットフォームにひとつずつ積み込みながらも、彼の心は刻々とさまよっていた――途方もなく大きな衝撃音がその忘我を破るまでは。

 塔の基部で、ひとりの技師が怯えた表情を浮かべながら、位置のずれた機材の部品を巨大なコネクタから取り外そうと引っ張っていた。再び衝撃音があり、その金属から稲妻が弾けた。制御装置から火花が飛び散ったが、エネルギーの大部分は空に向かって飛んだ。それは中継塔の未完成の骨組みを伝い、少なくとも十数の異なる方向へと散った。

 高い足場で大きな火花のひとつがランタンに当たり、ガラスが弾け飛んだ。近くにいたひとりの作業員が顔を守ろうと両手を挙げ、プラットフォームの端へとよろめきながら後ずさった。身体がぐらついた。その男は体勢を立て直そうと慌て、だが鋭い叫び声を上げた。

 そして塔の高所から落下した。

 作業員の何人かが悲鳴をあげた。驚いて指をさす者もいた。

 ケランは躊躇しなかった。金色の塵を足にまとわせて彼は飛び、その男へと向かい、宙で相手を抱え込むと果物を摘み取るように空から離し、そっと地面に下ろした。

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アート:Raymond Bonilla

 その作業員が恐怖に歯を鳴らしながら感謝の言葉を口走る中、ラルがやって来た。彼の視線は塔からその男へと移り、そしてまた塔へと戻った。

 ラルは苛立ちを込め、スターリング社の雇われ人へと身振りをした。「こんな事故が発生したなら、進捗が数日遅れる可能性がある。こんな事業で優れた能力を期待するのは無茶なことか?」そして顔をしかめ、深く息を吸い込んだ。「いや、気にしなくていい。前にも言ったように、設置前に電気的変換についての完全な報告書が欲しいんだが……」彼は落下した作業員を一瞥もせずに立ち去った。

 次のエネルギー波が発生する前に障害を修復すべく、技師の一団が制御ユニットへと急いだ。ケランは今助けた男性に腕を回し、騒動から逃れて金属箱に寄りかかるように座らせた。

 そして革製の水筒を腰から外し、差し出した。「さあ、これを飲むといいですよ」

 「優しい奴だな、こんな仕事には似つかわしくないくらいに」男はそう指摘し、水をごくりと飲んだ。

 「見捨てなかったからですか?」

 「いや。上司に給料を減らされるってわかってんのに、まだこんなところで俺を気遣ってるからだ」

 ケランは穴の先、ラルとの会話に没頭する監督官を見つめた。「お金のためにこの仕事に就いたわけじゃありませんから」

 「変わった奴だな。フェイにしても変わってる」男は顎を上げた。 「なんでこの仕事に就いたんだ?」

 ケランは躊躇したが、隣の箱に腰を下ろした。「エズリム社長――前のボスが教えてくれたんです。僕の父さんがこの次元にいるって。ずっと……探しているんです」

 男は眉をひそめた。「親父さんが中継塔の仕事を?」

 濃い頭髪を手で梳き、ケランは怯えるように笑った。「いいえ。でもラルさんが僕を雇うって言ってくれたんです。あの人はオーメンポートの色々な人を知っていますから、そんな機会を逃したくはありませんでした」

 その作業員は顔をしかめ、頭をのけぞらせて水筒に残る水を一気に飲み干した。そして歯の間から息を鳴らした。「わかってると思うが、ここにいる輩のほとんどは何かから逃げて来た奴だ。親父さんが見つかってないのは、見つけて欲しくないってことかもしれないぞ」

 「父さんは何かから隠れているんじゃなくて、何かを探しているんだと僕は思います」ケランはそう認めた。

 「そうか。だったら、会えたなら知った顔を見て喜ぶだろうな」

 ケランは無理に笑顔を作って頷き、耳が熱くなった。重要な情報をひとつ胸の内に秘めていたために――父は自分がどんな外見なのかを知らないのだ。実際に会ったこともないのだから。

 男は水筒を返した。「俺はあそこに戻ったほうがいいな。もうすぐ仕事は終わりだ。助けてくれて感謝してないわけじゃないが、戻ったって構わんだろ? 今度は階段で行くさ」

 その男が角を曲がって姿を消す様を見て、ケランは最後に友人へと別れを告げた時のことを思い出した。胸が強く締め付けられる感覚。ケランはそれを押しのけようとした。知り合いが誰もいない新たな次元の寂しさを考えるよりも、金属柱を積み上げる作業を終える方がいい。父親ですら、厳密に言えば他人なのだから。

 それもあと少しの間だけ――ケランは自身にそう言い聞かせた。

 彼は立ち上がり、少し前に置いた金属柱へと戻ろうとしたとの時、背の高い人影が行く手を遮っていると気付いた。

 不完全に積み上げられた機器の山へと、監督官が片手を振った。「切り上げてくれ。明日の朝からは別の業務に就いてもらう」

 ケランは眉をひそめた。「別の業務?」

 「君のような技術を持つ者には、暑い中での肉体労働よりも警備任務がふさわしいとザレック氏はお考えだ。あの方は数日後にスターリング本社を訪問する予定だ――君も一緒に行くことになる」

 「プロスペリティへ?」ケランは胸を高鳴らせながら尋ねた。

 監督官は顔をしかめた。「これは遠足じゃない。ボスの面倒を見るんだ」

 「わかりました」ケランは即座に頷いた。胸の中で、風船のように希望が膨らみつつあった。

 監督官は昇降機へと鋭く向き直った。「急いでくれ。夜番が到着する前にこの混乱を片づけて欲しい」

 ケランは興奮を抑えきれなかった。プロスペリティはサンダー・ジャンクションで最も裕福な街だ――そして金のある場所には噂話が集まるものだ。少なくとも、街の誰かがオーコに関する情報を持っている可能性は高いはず。特に、尋ねて回るのをラルが手伝ってくれるならなおさらだ。

 ラル・ザレックはオーメンポートの重要人物だ。プロスペリティでも重要人物かもしれない。ケランの経験によれば、プレインズウォーカーはどこに行こうとも相当に重要な人物になる傾向にある。

 父に聞きたいことはとても沢山あった――フェイの血統について、力について、そして自分と同じくふたつの方向に引かれるように感じたことはあるのか。自分たちの間の失われた年月はとても長い。共有すべきだったのに共有できなかった沢山の思い出がある。けれど父は自分と同じようには感じないかもしれない、それもわかっていた。拒絶されるかもしれない。そもそも会ってすらくれないかもしれない。噂を耳にしていた――オーコは悪名高いトリックスターで、信用ならないという評判だと。

 けれどケランは決して噂を信じる性質ではなく、過去の失敗を理由に相手を遠ざけるよりもその人物の可能性を信じたかった。そうでなくとも、自分はオーコの息子であり、そこには何か意味がある。

 あるに違いない。

 父と対面する覚悟はできていた。

 そして、ラル・ザレックがそれを叶えてくれるだろう。


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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