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MAGIC STORY
サンダー・ジャンクションの無法者
第2話 脱獄作戦
2024年3月13日
開いたままの窓から風がざわめき、アニーの部屋のカーテンを揺らした。彼女は床板に波打つ影を見つめ、原野の孤独な獣が休むことなくあげる鳴き声に耳を傾け、寝台の端からもう片方の端へと寝返りをうった。
そのどれも、オーコの声を頭から遠ざけてはくれなかった。
自分を見つけ出した、それだけであの男はサドルブラシの町を脅かしたも同然だった。そしてもしアクルが探しに来たなら……
アニーは勢いよく起き上がり、解いたままの長い髪へと指を乱暴に通した。町の人々は自分にとって、家族に最も近い存在だ。自分が標的になるなら、彼らもそうなってしまうだろう。
あるいは、オーコの言葉は単なるはったりかもしれない。この荒野で自分を見つけ出したのは幸運だっただけかもしれない。歴史は繰り返される運命ではないかもしれない。
けれど、アニーはそうだとは思えなかった。
彼女は乗馬服と革のブーツを掴み、髪を編み込み、大急ぎで服を着た。かろうじてコートを肩にかけながら裏口を押し開け、アニーは畑へと向かった。立ち止まったのは一度、古びた物置小屋からシャベルを取り出す時だけだった。
そして柵から百歩、闇の中では灰色に見える黄色い草の中をまっすぐに進んだ。最後の一歩を踏み出すと、アニーは目の前にある小さな、何も刻まれていない墓石を見下ろした。歯を食いしばり、彼女は穴を掘り始めた。
しばらくの間、出てくるのは土だけだった。だがシャベルが衝撃とともに何かに当たり、アニーは動きを止めた。
それはまだそこにあった。何か月も前に埋めたその場所に。
アニーは周囲の土を掘り返し、やがて木箱の上部が見えた。彼女は膝をつき、箱の両脇の留め金を外し、蓋を開いた。サンダーライフルが露わになった。
懐旧の念が彼女の内に波紋を広げた。息が詰まる思いがした。
アニーはその武器を手に取り、馴染んだ金属の構造に指を這わせ、紐を肩にかけた。そして二本の指を使い、広い平原へと口笛を鳴らした。風はその音を遠くまで運ぶ――だがそれを友へと確かに届けてくれるのは魔法。
アート:Caroline Gariba |
絆に呼び出され、フォーチュンが空から駆け下りた。アニーのライフルを見ると彼は陽気ないななきを上げ、黒い両目を光らせた。
「わかってるよ」アニーは相棒の首を叩きながら言った。「けどね、この町は返しきれないくらいのものを私たちにくれたんだ。皆が無事でいられるようにするのが私たちの義務だよ」
フォーチュンが頭を低く下げ、アニーは鞍にひらりと飛び乗った。彼女は手綱を取り、口蓋に舌を鳴らしてフォーチュンを広大な砂漠へと駆り立てた。
ふたりは荒野を何マイルも疾走し、渓谷を越えた。太陽が地平線に顔を出すと、アニーはオーコから渡された紙マッチをポケットから取り出してその黒い文字を今一度見つめた。
ワイルドカード・サルーン
ラストウッド
その町を訪れたことはなかったが、名前は知っていた。人も金も少なすぎて、ほとんどの郊外共同体の例にもれず廃れた牧場町のひとつ。
遠くにラストウッドが見え、フォーチュンは歩みを緩めて慎重に進んだ。日が昇ると風が強まり、消えかけた小道に砂塵や回転草が舞った。
町はうち捨てられたように見えた。一瞬、アニーは疑った――これは自分を家から誘い出すための周到な罠だったのでは?
アニーは狼狽に襲われた。だが手綱を引こうとしたその時、ぎこちない足音が聞こえて彼女は止まった。顔をしかめ、アニーはライフルを掴むとフォーチュンから降り、酒場の階段を上って扉を押し開けた。
バーカウンターの向こうから金切り声が届いた。アニーがその音に向かってライフルを向けると、見えたのは小さなスケルトンだった。奇妙な方向にぐらついた骨、荒々しい喜びに歪んだ顎。その数歩後ろには毛むくじゃらの青いゴブリンが、胸と両目を怒りで満たしていた。
「トマレ!」ゴブリンは金切り声を上げたが、その脅しはスケルトンを興奮に震えさせただけだった。
小さなスケルトンはアニーの理解できない言語でわめき散らしながら、ゴブリンの手を逃れて飛び出した。そしてアニーの姿を認めると首をかしげ、彼女の足の間へとまっすぐに駆けてきた。アニーは足を滑らせて横によろめき、床へとしたたかに転んだ。それでも彼女の指は引き金に触れており、砲身は見知らぬふたりの間に向けられた。
腕から長い羽根を生やした男が現れ、ゴブリンの襟首を掴んで引き戻した。スケルトンは近くで頭を回しながら嘲笑していた。
「いい加減にしろ、ブリーチェス」羽根の男はもう一方の手をゴブリンの胸に押し当て、諭すように言った。「お前を怒らせたくてやってるんだから」
「チビドロボウ!」そのゴブリンが吼えた。
スケルトンは金の首飾りを掲げ、そしてすぐにそれを胸の中の空洞へと押し込んだ。ゴブリン――ブリーチェスは様々な侮辱の単語をわめき、スケルトンは嬉しそうに隣の部屋へと跳ねていった。
「飲み物はいかがですか?」オーコの声がバーカウンターの向こうから聞こえた。アニーが顔を向けると、その男は悪戯っぽい皺を目元に寄せて笑っていた。
アニーはサンダーライフルを下ろして肩にかけ直した。「お喋りに来たんじゃないってのはわかってるだろ」彼女はコートの砂埃を手で払い、酒場の中央で口喧嘩を続ける奇妙な者たちを顎で示した。「あんたの友達?」
秘密を明かすかのように、オーコは身を乗り出した。「貴女にもお話ししたチームの面々ですよ。ブリーチェス――あのゴブリンは爆発物専門。マルコムは見張り担当のセイレーン。あの小さいのはチビボネといいます」
アニーは表情を硬くした。「私を脅したように、そいつらの住む場所も脅したのかい? それともここで楽しい時間を過ごしているだけ?」
「私はただ観察して分かったことを述べたのであって、脅迫などしていません。それでも――来て下さるとわかっていました」
「あんたは実際よりも色々知ってるって思い込んでるだけかもね」
「アクルが甥御さんに何をしたかは知っています」オーコの目が閃いたのをアニーは見逃さなかった。「あんな仕打ちを許せる奴は滅多にいませんよ」
「報復がしたくて来たわけじゃない」アニーはそっけなく答えた。
オーコは肩をすくめた。明らかにそれ以上詮索する気はないらしい。「では、残りの面々を紹介しましょうか」
アニーはオーコの後に続いて裏口のひとつを通った。そこからは中二階の広い社交場が見渡せた。無人のカードテーブルがあちこちに散らばっており、いくつかの鍵盤が欠けた古いピアノも一台置かれていた。
チビボネは手すりの上でよろめきつつ、胸郭からぶら下げた金の鎖をいじっていた。そしてブリーチェスが下の部屋に現れた瞬間、彼は垂木を這い登ると一番高い梁の上に座った。
「ズルシテ! ヌスンデ! カクレンボ!」ブリーチェスが天井に向かって叫んだ。
チビボネは脚をぶらつかせ、大喜びにガタガタと音を立てた。
とあるテーブルには、そっくりな灰色の瞳をした一組の男女が向かい合って座していた。男の方は革とガラスの眼帯を左目にはめていた。ピアノの椅子に座っているのは、白髪が印象的で、美しさと恐ろしさを兼ね備えた気品を漂わせる女性。そして統一感のない丸椅子のひとつには、緑色の鱗に覆われ、髪ではなく蛇のような長い触手を乱雑に生やしたゴルゴンが腰かけていた。
オーコはまずテーブルを示した。「あちらは屍術師の姉弟、ギサとゲラルフ。ゲラルフは我らが衛生兵で、ギサは……まあ、治療は弟さんに任せておくのがいいとだけ言いましょう。ピアノの所にいるのは魔女のエリエット、魅了の専門家です。そしてヴラスカ。ラヴニカ出身の暗殺者で、私の副官です」そこまで言うと、オーコは部屋全体へと呼びかけた。「さあ皆、この方はアニー・フラッシュ。どんな幻飾も見破ることができる、サンダー・ジャンクション最高の狙撃手のひとりだよ」
囁きやうめき声が波のように届いた。アニーは細かい所を気にはしなかった。これは好意的に評価されるような集団ではない、何かが彼女にそう告げていた。
オーコは不意に真剣な声と態度で続けた。「ここにいる皆に与えたものと同じ機会を貴女にも与えましょう。今ならまだ立ち去って結構です。何故なら、ひとたび事情を聞いたなら終わりまでいてもらうことになりますので」
「ルールもわからないゲームをしろって言ってるようなものだよ」アニーはそう指摘した。
オーコの笑顔は揺るがなかった。「形式に過ぎません。貴女は扉をくぐる前からこのチームに加わる決心を固めていた。それはお互いわかっていることですから」
アニーは口を閉ざし、表情を硬くした。その通りだった。彼女は片手を挙げた。「私も加わるよ――けどアクルを止めるところまでだ。それ以上は私にも私の町にも関係ない。それでいい?」
オーコは満面の笑みを浮かべた。「その条件を受け入れましょう。では、仕事の内容をお聞かせしましょうか?」
アニーは顔をしかめ、待った。
「マーグ・タラナウを襲います」
アニーはきょとんとした。いや、聞いたことはある――サンダー・ジャンクションにおいて、領界路よりも前にあったとされる唯一の建築物。「おとぎ話のために私をここまで引きずり出したの?」
反応するように、ヴラスカの髪の触手が立ち上がった。エリエットは唇を尖らせた。
「その宝物庫を探しにオーメンポートに来た奴はごまんといるけど、結局全員が手ぶらで引き返した」アニーはかぶりを振った。「ただの神話だよ」
「マーグ・タラナウは確かに存在するのですよ。それは私が保証します」頭上から声が響いた。
アニーは驚いて顔を上げた。何者かが中二階から自分たちを見つめていた。とても人間とは思えない人物が。
その顔は内側に湾曲した二本の角に縁取られていた。顔の下半分は見えていたが、口から上は煙と影でできていた。その人物は幻のようにバルコニーから滑り降り、背後に闇をうねらせてオーコの隣にそっと着地した。
「こちらはアショク」オーコが言った。「悪夢を操り、他者の心から情報を抜き取ることができます。宝物庫に入り込むため、私たちを雇ったのがこの方でしてね」
アニーは胸のざわめきを抑えようとしたが、アショクがまとう影に身をよじらせたくなった。「それとアクルに何の関係があるんだい?」
アショクは冷静に答えた。「アクルと地獄拍車団は宝物庫を我が物にしようと、それを取り囲む町をそっくり築いたのです。彼らはそれをターネイションと呼んでいます」
アニーは顔をしかめた。「宝物庫の場所がわかってるなら、何でアクルは中にあるものを持って行かないんだ?」
「鍵を手に入れていないからです。最善を尽くしているにもかかわらず」オーコが簡素に言った。「ベルトラム・グレイウォーターという男がつい最近、それを手に入れました」
「グレイウォーター?」アニーはその名を繰り返した。「スターリング社を作ったあの?」
「まさにその男です」オーコは答えた。「これは私たちが手に入れた情報ですが、彼はそれをアクルに渡さないためだけに、砂漠の中へおとりの運び屋を送り出したのだそうです。そして私たちにとって幸運なことに、彼は私たちもそれを追っているとは気付いていません」
アニーの内にあの馬車事故の記憶が甦った。つまりアクルが追い求めているものはそれ。
「宝物庫……」アニーの声が小さく途切れ、オーコと視線が合った。「中には何が?」
「スゴイチカラ!」ブリーチェスが叫び、何人かがびくりとした。
「マーグ・タラナウの中に何があろうと、皆さんには関係ありませんよ」アショクが言い返した。「私のためにそこに入ってもらうのですから。その対価として十分な報酬が支払われます。貴女も同様。宝は私だけのものです」
それが本当にあるとして、そんなにも大きな魔法の力は個人が保持していいものなのか、アニーにはわからなかった。とはいえアクルがそれを手に入れるのでないのなら、疑問に思うのは自分の仕事ではない。
アニーは胸の前で腕を組んだ。「どこから始めるんだい?」
「最初の目的地はスターリング本社です」オーコが言った。「チームの仲間が何人か、無関係な事件で投獄されています。ですが都合のいいことに、鍵もまたその場所ある」
床が揺れ、壁がきしんで音を立て、天井の梁から埃が落ちた。アニーは一番近くの柱を掴んで立ち続けたが、他の者たちは驚きもせずにただ眉をひそめた。
裏口の扉が勢いよく開き、巨大な顔が中を覗き込んだ。四本の角と赤く硬い肌のデーモンが。うなり声とともに口が開かれ、剃刀のように鋭い二列の歯が見えた。
「ラクドス殿!」オーコが声をあげた。「貴方抜きで会議を始めてしまったことをお詫び致します。とはいえ言い訳をさせて頂きますと、貴方が通り抜けることのできる扉はないものですから」
ラクドスは不満を示すようにうなり、蝙蝠のような翼が背中で触れ合う音を立てた。
デーモン、屍術師、暗殺者、そして盗人たち……自分は理解を超えた状況にいるとアニーは感じた。けれどサンダーライフルを掘り出した時から、何が起こるかはわかっていた。アクルを止めるために必要なことは何でもする――たとえ、このような連中と手を組むことになったとしても。
自分で選択したのだ。後戻りはできない。
スターリング本社は、賑やかな大都市プロスペリティの端に座していた。背の高い灰色の岩がそびえ立って高層建築群を模倣し、飾り立てた列車が街の中心部を駆け、プロスペリティとサンダー・ジャンクション各地の駅とを結んでいる。滑らかな白い石で舗装された二本の長い道路が線路に沿って走り、十人ほどの警備員が巡回していた。
オーコはその道をぶらつきながら、わざわざ見つめてくるわずかな警備員へと丁寧に会釈をした。ほとんどの相手は彼を無視した――オーコは最も目立たない、最も記憶に残らないような顔へと姿を変えていた。それは苦痛でもあったが。
彼は配達人の制服の襟を引っぱり、腕の下に押し込んだ箱の重みを動かした。中から骨のがたつく音が聞こえた。
「遊ぶのはやめてくれないか」オーコは低い声で叱りつけた。「もうすぐ入口だ」
オーコは遠くの稜線を眺めた。そこではブリーチェスとマルコム、ヴラスカ、ラクドスが彼の合図を待っている。それが必要ないことを願っていた。すべてが順調に進めば、盗みに入られたとベルトラム・グレイウォーターが気付く前に仕事を終えられるだろう。
金属製の柵が本社を取り囲み、明るい青色のエネルギーをちらつかせていた。オーコは警備員が配置された小さな別棟の一つに近づき、箱を掲げて見せた。
「配達員の身分証を」警備員がガラス窓の向こうから尋ねた。
オーコは盗んだ身分証を取り出した。チビボネの器用な指と、プロスペリティの多くの酒場のひとつで夜を過ごしたおかげで手に入れたもの。
警備員はそれを手短に確認するとボタンを押した。門が横に動いて開き、青いエネルギーがかすかに弱まった。オーコはコンクリート製の広い階段へと向かい、指で荷物を叩いた。
入口をまたぐと同時にオーコは中を見渡した。何本もの巨大な白い柱が、驚くほど高いガラスの天井を支えていた。受付は純白の大理石でできており、綺麗に刈り込まれたサボテンの大きな鉢に囲まれていた。複数の階段が、建物のさまざまな階に通じていた――隠れるにはいいが、素早く逃げるにはあまり役に立たない。
オーコは受付に座す男性に近づいた。「ベルトラム・グレイウォーターさんに届け物です。至急だそうです」
「いつもそうでしてね」男は溜息をついて手を振った。「私が執務室まで持っていきます。お疲れさまでした」
オーコは一歩下がり、男が足を引きずりながら階段を上っていく様子を見つめた。そして誰にも見られていないと確信すると太い柱の一つを回り込み、道端ですれ違った警備員のひとりに姿を変えた。
制服に輝く銀色のボタンが素晴らしい。オーコは袖口を正し、安全な距離を保ちながらあの箱を運ぶ男を追いかけた。
アニーとエリエットはスターリング本社の裏手に向かった。そこには建物の下層部に通じる通気口が並んでいた。
アーチ付きの入り口の柱の間に隠れながら、エリエットはポーチから小瓶をひとつ取り出すと嫌悪感とともにそれを眺めた。「爆発しないってブリーチェスは言い切っていたけれど」彼女はきらめく液体を鉄格子に注いだ。すると焼けるような音を立て、飛沫を放ちながら金属が溶けていった。エリエットの眉間のわずかな皺もまた消えた。「どうやら、あの毛むくじゃらは本当に薬剤を調合できるみたいね」
「驚いたようだな」アニーはそう言った。
「海賊は信用しないようにしているのよ」エリエットはか細い声で言った。「けれど今のところ、全員の足並みは揃っているみたいね」
彼女たちは狭い地下道を下り、薄暗い階段を通って通路に辿り着いた。牢獄の見張りがふたり廊下を行き来し、湿った石の床にブーツが重々しい音を立てていた。
エリエットが踏み出して小声で呪文を囁くと、警備員たちは奇妙な幸福感に襲われたようだった。彼らはその場でふらつき、両目は濁り、両者ともに恋煩いの笑みを口に浮かべた。
「道を間違えちゃったみたいなの」エリエットは無邪気に言った。「助けて下さらない?」
警備員たちは彼女に魅了されて我先にと喋りはじめ、エリエットの唯一の救い主になろうとした。その隙にアニーは急いで彼らの隣を過ぎ、鉄の戸口をくぐってまた別の広い階段を下っていった。
これほどの地下深くでは、慣れた砂漠の熱は全く感じられなかった。冷たく澱んだ空気に身震いをすると、アニーは各独房へと金色の目を向けた。スターリング社は警備に幻飾を使用し、独房を無人に見せている。オーコがアニーの助力を必要とした理由のひとつがそれだった。
ほんの数秒でアニーは彼らを見つけ出した。隅の独房にケアヴェクがいた。別の独房には梅澤悟が。
独房の奥で梅澤が顔を上げた。乱れた髷から黒髪の一房が落ち、彼はそれを払いのけた。「警備員には見えないな。だが俺たちの姿が見えているのだろう」その声色には疑念があった。「理由を説明してもらえるのか?」
アニーはそれに応じた。「オーコに送り込まれたんだよ。この次元の外で交わした取引と、あんたにはまだやるべき仕事があることを思い出させろって」
ケアヴェクは革をまとう胸をそらし、部屋の向こう側に指を向けた。「わしは約束を破ってなどいない。わしらがこのような屈辱的なやり方で捕らえられているのは、そこの阿呆の責任だ!」
梅澤は鉄格子を掴み、その拳が白くなった。「お前が無能ゆえに俺たちはここにいるのだろうが!」
「貴様はどのような錠前も開けてのける盗人の長と自称していた」ケアヴェクは悪意を込めて言った。「そのように賢いのであれば、何故わしらはまだこの鉄の檻に閉じ込められておるのだ?」
梅澤も噛みついた。「同じ質問をさせてもらおうか。お前は強大な征服者だとよく自慢している。だが俺には捕まることしか知らないように見えるがな。牢獄で長い時を過ごしてきたのだろう? 脱獄の達人になっていてもおかしくはないだろうに!」
エリエットが銀の鍵を指からぶら下げ、階段を下りてきた。「これが必要になるかもと思って。警備員さんたちはとっても親切だったわよ」彼女の視線は一見して無人の独房をさまよった。「見つけたの?」
アニーはそれぞれの独房を指さした。「ずいぶんと仲良しなことで」
エリエットは胸元に鍵を胸に握りしめて笑った。「ああそうね、そのふたりはいがみ合っているの。考えてみればなかなか面白い話だわ」彼女はため息をつき、ケアヴェクの独房の鍵へと移動した。「喧嘩はまた今度にしてね」
鍵がはまって音をたて、ケアヴェクが幻飾から姿を現した。その両手は輝く拘束具に縛られていた。
エリエットは舌打ちをした。「あらまあ、そんなふうに魔法を使えなくさせられて。可哀相だこと」
「同情するふりはやめろ、魔女め」ケアヴェクが言った。
エリエットの両目が邪な輝きを放った。彼女は拘束具を外して床に放り投げ、そして梅澤も独房から解放した。
「感謝する」梅澤は短く会釈をした。
「とっても礼儀正しくて、とっても男前なのね」エリエットは喉を鳴らすように言った。
確信は持てなかったが、アニーは梅澤の頬がごくわすかな桃色を帯びたように見えた。
ケアヴェクは眩しい橙色の炎を掌で転がし、目を徐々に輝かせた。「これでいつでもこの地下牢から脱出できる。奴らの居城を灰と骨の荒野に変え、わしらを捕えた者共にいかなる混乱を与えてやろうか?」
エリエットが言った。「残念だけどそんな時間はないのよ。余計な注目を集めないで来た道を戻るわよ。梅澤以外は」彼女は口の端を歪めた。「オーコがあなたの助けを必要としているはず。この建物のどこかにいるけれど、具体的にどこなのかはわからないわ」
梅澤の首筋近くの刺青が皮膚の上で移動を始めた。「見つけてやろう」彼はそれだけを言うと影の中へと向かった。
アニーは最後にもう一度だけ独房を見ると、エリエットとケアヴェクを追って地下道を戻った。そして彼女は把握した――オーコの仲間たちが仲違いをせずにいられる唯一の理由は、共通の目標があるためだと。
彼らが敵対したならどうなるのか、それは決して考えたくなかった。運が良ければ決して知ることはないだろう。
アート:Cristi Balanescu |
オーコは身を潜めて待ち、箱を手にした男が廊下をさらに進む様を見つめていた。男はとある扉の前で立ち止まり、ポケットから鍵を取り出し、中に入った。そして少しして手ぶらで再び現れた。
足音が消えるとオーコは執務室の扉へと急ぎ、丸いガラス窓から中を覗いた。箱はグレイウォーターの机の上、整頓された書類やファイルに囲まれて置かれていた。
オーコは拳でガラスをゆっくりと叩いた。すると中からガサガサと音がして箱がその場で動き、傾いた。いくつかの骨が外れたチビボネが飛び出した。ひとつひとつ音を立て骨が元の位置にはまり、彼は古びた帽子を頭蓋骨にかぶせた。試すように腕をひと振りすると、チビボネは机から飛び降りて扉の鍵を開けた。
オーコは穏やかな称賛とともにチビボネを見つめた。「私を感心させてくれるものなんて滅多にないのだけれど、君は本当にすごいね」
その言葉にチビボネは歯を鳴らした。
チビボネが机を漁る間、オーコはさまざまな調度品に指を走らせ、隠し場所や鍵のかかった物入れを探した。誰かが部屋に入ってくる音は聞こえなかった――その人物が口を開くまでは。
「そのスケルトンには見覚えがある。だがお前は誰だ?」
オーコは急いで振り返った。チビボネはその場で頭部を回転させた。
ふたりの前で、亡霊のように梅澤が立っていた。
オーコは口元をにやりと歪め、耳の幻飾を解いて尖った先端を見せた。「わかるだろう?」
梅澤はほとんど動じなかった。「さほど苦労せず本社に侵入したようだな。その気になれば何日も前に俺とあの邪術師を解放できただろうに」
「時機が合わなくてね」オーコは短く答え、部屋全体へと手を振った。「いずれにせよもう過ぎたことだ。鍵を見つけないといけない。グレイウォーターが鍵を見える場所に置くとは思えないが――」
「あの肖像画だ」梅澤がその言葉を遮った。グレイウォーターに独創性が欠如しているのは明白だというように、彼は机の背後の壁を身振りで示した。「何かあれば肖像画だ」
オーコは慎重に額縁を調べ、そして引いた。それは簡単に壁から外れ、隠し金庫が露わになった。彼は梅澤のために場所をあけると、ポケットから小さな装置をひとつ取り出した。「持ち物を調べさせてもらったよ。これが必要になるかもと思ってね」
梅澤は顎に力を込め、オーコの手からその装置をひったくった。「常に二歩先を行きやがる」憤りを込めて彼は呟いた。
開いた掌の中で装置が蜘蛛の姿へと歪み、脚が外へと伸ばされた。それが飛び跳ねて金庫のダイヤルに貼りつくと、計器の画面に一連の数字が点滅した。蜘蛛型の装置が回転し、鍵が内側で外れるたびに金属製の脚が音を立てて所定の位置へと繊細に収まっていった。数分後、ガタンという大きな音とともに金庫の扉が勢いよく開いた。
小さな麻袋がひとつ、数冊の分厚い本に寄りかかっていた。
オーコの顔に笑みが広がった。彼は中に手を入れ、どこか異質な外見をした小さなアーティファクトを取り出した。金属の大部分は年月を経て黒ずんでいるように見えたが、その一部はぎらつく蛍光を放っていた。
六番目の鍵。
オーコはそれをシャツの内ポケットに押し込み、空の箱を机から拾い上げて床に下ろした。チビボネがその中に飛び込むと、衝撃とともに骨がばらばらになった。
「一緒に来るかい?」オーコは梅澤に尋ねた。「ご希望なら警備員に変装させてあげられるけれど」
「お前は信用ならない。お前の小細工の魔法もな」梅澤は短く答えた。「外で会おう」そして彼は廊下へと消えた。
オーコは勝ち誇ったように肩を持ち上げ、注目されないよう慎重に建物の外へ向かった。最後の曲がり角の直前で彼は配達人の姿に戻り、門に到着すると警備員が何も言わずにそれを開けた。
そして道を進んでいたその時、オーコはスターリング本社に向かう途中の小集団とすれ違った。中央の男は黒髪で、側頭部に銀色の筋が入っており、両脇に護衛をひとりずつ携えていた。
会ったことはなかったが、オーコはその男の顔を知っていた。サンダー・ジャンクションではよく知られている男。自分と同じ――プレインズウォーカー。
ラル・ザレック。
だがオーコの足を止めさせたのはラルではなく、戦いを渇望しているような逞しい武装の護衛でもなかった。
それは乱雑な黒髪と尖った耳をした少年だった。
互いの血管に流れるフェイの魔法……それは簡単に感じ取れた。少年の表情から察するに、彼もまたオーコの魔法に気付いたようだった。
オーコは硬直した。予期せぬフェイの存在に幻飾を維持できず、変身が解けた。瞬時に彼は顔も身体も何ひとつ偽りない、ただのオーコに戻っていた。
「誰だ――?」オーコが抱えた箱を目にとめ、ラルは警戒して立ち止まった。
チビボネが頭を出した。ラルの護衛がすぐさま前に出たが、オーコもまた機敏だった。彼は身をかがめ、素早くかつ鋭い一撃を護衛の喉元に叩き込み、膝をつかせた。チビボネは大腿骨を外して箱から飛び出し、ラルに襲いかかってその頭を打ちつけた。ラルは頭を押さえて呆然とした。
フェイの少年はその場に凍り付いていたが、オーコにその理由を探る余裕はなかった。彼は巨大な鷲へと変身し、チビボネがその背中をよじ登って命からがら羽根を掴んだ。スターリング社の衛兵たちが反応し始めると同時に、オーコは遠方の丘へと飛び立った。
「追いかけろ!」ラルの声が山腹に響き渡った。
空に雷が鳴り響き、オーコは直撃を避けるために何度かの急旋回を強いられた。チビボネの帽子が地面に落ち、彼はオーコの首を掴みながら苛立って骨を鳴らした。仲間たちのいる稜線は近づいていたが、そびえ立つ岩の向こうには遮蔽物がほとんどない。そしてスターリング社の衛兵は全員が武装している。開けた場所に出たら不利になるだろう。
オーコは低く飛び、地面からわずかの距離で元の姿に戻った。チビボネは予定外の飛行に身震いをしつつ、肩から飛び降りた。ふたりは高い岩の後ろに隠れて戦いに備えた。チームの残る面々が到着するまで相手を阻止できればそれでいい。
あのフェイの少年が、足元に金色の塵をたなびかせて空から現れた。そして緊張に両目を見開きながら、少し離れた場所に着地した。オーコは突進したが、少年は手を上げて懇願するだけだった。
本能とは裏腹に、オーコは立ち止まった。
「僕、戦うつもりはないんです!」少年は早口で言った。
「護衛としては奇妙な振る舞いだね」
少年は両腕を下ろした。「ずっと探してたんです。ここだけじゃなくて、他の次元でも」
「ほう?」オーコは眉をひそめた。「それは何故だい?」
「きっとそうだと思うんです……その、問題なのは……」
「こっちは時間がないんだけど」
少年の両手は震えていた。「僕の父さんですよね」
オーコは目を見開いた。少年の言葉を正しく聞き取れたかどうか、確信が持てなかった。
「母さんはアリスっていいます。僕はケランです」
オーコはこれまでの生涯で多くの嘘をついてきた。そして同じほど多くの嘘を聞いてきた――だからこそ、この少年が真実を言っているとわかった。アリスのことはよく覚えている。そしてケラン……
大勢の足音が近づいてきた。オーコは少年に背を向けたが遅かった。立ち止まったのが失敗だった。取り囲まれた。
スターリング社の兵たちは武器を掲げ、発砲へと身構えた。
肩にしがみつくチビボネをオーコは一瞥した。「こんなことは尋ねたくなかったんだけど、スケルトンとしての君はどのくらい丈夫なんだい? 正確にね」
オーコが拳を握り締めると、チビボネは呑気な様子で肩をすくめた。
黄金色をした、蔓のような触手の塊が不意に弾けた。衛兵のほとんどが塵と魔法の塊と化して丘の下へと放り出された。残った者もひとりまたひとりと金色の蔓に絡めとられ、投げ捨てられた。オーコの脳内に混乱がうねったが、やがてその魔法がケランのものだと彼は気付いた。
そして舞う砂塵の中からラルが踏み出し、驚きと失望が入り混じった視線でケランを観察した。「これはどういうことだ? 説明してもらっていいか?」
「すみません」ケランは顔をくしゃくしゃにして言った。「僕、その――こんなことになるなんて!」
ラルの指が青い電気をまとい、その頭上の空が暗くなったように思えた。ラルの瞳に嵐が沸き立ちつつあった。彼は両手を掲げ、指に魔法の火花を散らし、だが不意にそのエネルギーが立ち消えた。
ラルはぽかんとした。「ヴラスカ?」
オーコが肩越しに振り返ると、仲間たちがそこに立っていた。ヴラスカが前に進み出て、険しい顔立ちを更にしかめた。彼女の肌全体に広がる深い傷跡が、日光の下ではよりはっきりと見えた。
「わかってるよ」彼女はゆっくりと意図的に、最悪の類の毒のように言った。「私は死んだと思ってたんだろ」
ラクドスがラルの横に墜落するように着地し、翼を大きく広げた。砂漠の太陽がその背後で輝いた。ラルは相手を認識したが、何か言うよりも早くラクドスが岩のような巨大な拳を振り、雷の魔術師を砂埃の中へと叩き込んだ。
アート:Victor Maury |
チビボネはその隙を利用して衛兵全員の懐中時計を奪い取り、勝ち誇ったように光にかざした。彼は満足の笑い声をあげ、全身の骨を鳴らした。
「泥棒道化師から、帽子を取られた仕返しというわけだ!」ラクドスは低く轟く、だが驚くほど音楽的な声で述べた。
チビボネは感謝するように足を踏み鳴らし、ラクドスの首の凹部に腰を据えた。
マルコムが翼の腕を組んで言った。「増援が来る前にずらかる方がいい。あんたから盗まれたってグレイウォーターが気付くまで長くはかからないだろ」
「その通りだ」オーコはそう言い、少しだけケランを見つめた。黒髪に栗色の瞳。母親によく似ている。アリスも同じ、苔と蜂蜜が混じったような色だった。大好きな森が、そしてふたりでその森の中を歩きながら、幼い頃の話をして過ごした日々が思い出された。あの時は驚いたものだった――他人の秘密を聞くことができたのに、それを武器にしようとは思わなかったことが。彼女も同じように感じていたことは、さらに驚きだった。
オーコはその思い出を押しのけ、居心地の悪そうなケランへと笑顔を浮かべてみせた。「一緒に来てくれるようだね」
「それは本当にいい考えなのかい?」両目を毒々しい黄色に輝かせ、ヴラスカが口を挟んだ。「私らはそいつのことなんて何も知らないのに」
「放っておいたら、この子がスターリング社に返答する羽目になる」オーコは唇を歪め、再び控え目な笑みを浮かべた。 「それに聞こえなかったかい? この子は私の息子なんだ」
他の者たちは不安げな視線を交わしたが、議論している余裕はないとわかっていた。
「ススメ!」ブリーチェスが甲高く叫んだ。
彼らは尾根を越えて退散した。オーコは背後にケランの気配を感じた。明らかに自分を視界から離したくはない、けれど近づきすぎる勇気もないらしかった。
自分が父親だと思ったことはなかった――けれどこの少年は逃亡を手助けしてくれた。それも自身の雇い主に逆らってまで。強制されても、騙されもいないというのにケランは忠誠を示してくれた。無償でそうしてくれた。
酒場へと戻りながら、オーコは結論づけた。息子の存在は、とても役に立つかもしれない。
(Tr. Mayuko Wakatsuki)
Outlaws of Thunder Junction サンダー・ジャンクションの無法者
- EPISODE 01 第1話 復讐の誘い
- EPISODE 02 第2話 脱獄作戦
- EPISODE 03 第3話 プロスペリティ行き列車にて
- EPISODE 04 サイドストーリー 伝えない
- EPISODE 05 第4話 ターネイション発見
- EPISODE 06 第5話 月下の決闘
- EPISODE 07 第6話 盗人と雷撃ちのバラッド
- EPISODE 08 エピローグ第1話 結末を その1
- EPISODE 09 サイドストーリー 血は毒よりも濃く
- EPISODE 10 エピローグ第2話 結末を その2
- EPISODE 11 サイドストーリー 我が家は遠く
- EPISODE 12 サイドストーリー 姉と弟の楽しいピクニック
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