MAGIC STORY

カルドハイム

EPISODE 06

サイドストーリー第3話:傷頭

Roy Graham 協力:Jenna Helland
roy_graham_photo-small.jpg

2021年1月22日

 

 フェルトマークの草原。上空では銀貨のような太陽が、緑色の平原にゆるやかな起伏の影を灰色に投げかけていた――これから赤色の飛沫を浴びせられる、無地の画布。

 今日は戦いになるだろう。軍勢の凄まじい激突ではなく、英雄譚となるものでは全くない。事実、ただの小競り合い。片側には陰惨な戦利品で飾り立てたスケレの略奪者の一団がいた。黒い鎧には鋼の棘を突き立て、刃は醜い笑みのように鉤を作り、曲がっていた。明らかに数の少ないもう片側は、タスケーリだった。実際、かろうじて戦団と言えるほどの数。たった十人ほど、スケレの半数以下の戦士たちが見通しのよい草原を進んでいた。その全員が、雄鶏のように胸を張って堂々と闊歩していた。今日は戦いになる。そしてニアラが判断するに、短いものとなるだろう。それでも戦いであり、番人の彼女と死神のアラインは、監視と裁きのために訪れていた。

「あそこに」 アラインが細長い指で最も遠方の、先頭に立つタスケーリを示した。「あれが彼らの新しい長。傷頭のアーニと呼ばれています。偉大な戦士で、豪快な博打うちで、とてつもない大酒飲み。誰もがそう言います」

傷頭のアーニ》 アート:Dmitry Burmak

 ニアラは目を狭めた。その男は背後の戦士たちの誰よりも小柄で、肩も幅広くはなかった。彼を他の全員から際立たせているのは明るい赤毛と、額の脇から突き出た奇妙な骨の破片だった。一本の角のようなそれは、頭蓋骨に刺さる部分が細く尖り、伸びた先端で粗く折れていた。「長? タスケーリ全員の?」

「全員ですよ」

「でしたら、ここで何をしているのです?」

 アラインは肩をすくめた。「私の予想? 退屈だからでしょう」

 ニアラは眉をひそめた。戦乙女である彼女から見て、定命は暖かな午後のように短命な存在だが、大胆で無謀なタスケーリ氏族の魂は何よりもはかない。それどころか、彼らの長は武勇を求めて狂ったような作戦をとり、雑兵よりも更に速く死に向かう傾向にある。傷頭も例外ではないように見えた。彼も、前任者たちと同じシュタルンハイムの卓にすぐにでも加わりたがっているようだった。

 苦痛にも思えるほどじりじりと、二つの戦団は接近していった。スケレは三日月型に大きく広がり、タスケーリを取り囲もうとした。両軍の前列から探るように数本の矢が放たれたが、ほとんどは盾に命中し、数本は地面のそこかしこに刺さった。その時はまもなく訪れる。戦士たちの本性が明かされる瞬間が。背を向けて逃げ出し、敵に――あるいは十分遠くまで逃げ延びたなら、アラインに――切り捨てられるのか。それとも留まり、戦い、ニアラが称える栄誉の死を迎えるのか。

 なめらかな動きで、アーニは鞘から剣をするりと抜き、回転させて重さを確かめた。そしてにやりと笑った。事実、彼はニアラに向けて笑ったように見えた。

 ニアラは凍り付いた。ありえない、ただの偶然。最も賢明な定命でも戦乙女を見ることはできない、その戦乙女自身が姿を見せようとしない限りは。それでも、アーニは自分に何かを言おうとしていると感じずにはいられなかった。「見てろよ」、まるでそう言っているようだった。

 そしてついに、互いの距離が十歩にも満たなくなると、不意にタスケーリの戦士たちはスケレの戦列中央へとまっすぐに突撃した。傷頭のアーニはその先頭に立ち、目の前に剣を高く掲げ、怒れるというよりも喜びに聞こえる戦鬨を叫んだ。

「ふうん」 アラインが漆黒の肩眉を上げた。「あの男も間違いなくタスケーリらしい無謀さの持ち主ですね」

 ニアラは息を吐いた。傷頭とのあの一瞬は、本当にそんなものがあったとしても、過ぎ去っていた。「今日あなたの出番はないようですね」その戦乙女は思わず小さな笑みを浮かべた。

「そのうちわかります」と死神。「臆病者を叱りつける時間はまだ少しあります」

 タスケーリの突撃に敵は不意をつかれた。スケレの列は急いで槍を構えようとしたが、ニアラが見守る中、タスケーリの新たな長は宙へと跳び――槍先を、振るわれた斧を、掲げられた盾すらも跳び越え――そして最前列の、荒々しい見た目の男の兜めがけて剣を振り下ろした。一呼吸の後、耳をつんざく金属音とともに、戦列が激突した。刃と刃が鳴り、盾が猛烈な力で叩きつけられ、鎧は衝撃に震えた。

 ニアラの笑みが揺らいだ。一瞬にして、スケレが戦列を維持できないのは明白になった。彼らは敵を包囲するため薄く広がりすぎていた。そこをタスケーリはまっすぐに穴をあけ、略奪者たちの主要戦力を分断したのだ。そこからは長くかからなかった。すぐにスケレは戦意を失い、開けた草原を遁走した。アラインは無言で空から滑るように降下し、陰鬱な仕事に向かった。ニアラは言葉もない驚きの中、ただ見ているだけだった。まもなくアーニは背丈ほどに積み上げた死体の山にもたれかかり、自分の結婚式であるかのように笑った。

「どうやら」 アラインが再び彼女の隣に現れた。「今日仕事をせずに済むのはあなたの方みたいですよ、ニアラ」


 シュタルンハイム。その果てのない広間ではあらゆる時代の、あらゆる氏族の、カルドハイムの十の領域全ての英雄たちが、終わることのない饗宴を楽しんでいる。その卓は地上の法則を無視していた。それはこの広間の席を勝ち得た栄光ある、勇敢な、あらゆる種族と信条の人々を収容できる大きさとなる。それでもなお、それを知っていても、ニアラは感じずにはいられなかった。無限に続く、無比の構造の中の一箇所が、必要以上に空いているように。

 本来であれば、傷頭はこの日の早くに死んでいた。シュタルンハイムの戦乙女として、彼女はそれを察していた。けれど、あの男について自分は大して知らなかったと、幾らかの恥ずかしさと共にニアラは実感していた。そしてここでなら、少なくとも、そのような無知を改善するのはたやすい。

 彼女はホルムガートが鯨飲している様を見つけた――酒杯はその者が望むだけ満たされるので、難しいことではない。この卓に席を得たドワーフのスカルドたちの中でも、ニアラはずっと彼を気に入っていた。彼の語りは他のスカルドのように自慢げに芝居がかっておらず、いつも優しい祖父の昔語りのように響いた。ホルムガートは何世紀も前に灰色になった口ひげを片手で拭い、げっぷをした。「ニアラ! これは驚いた――いやはや、光栄の極み」

「ホルムガート。とある定命について知りたいのです、あなたなら教えてくれるかもしれないと思いまして」

「わしがどれほどのスカルドかを知らんかね」

「タスケーリの新しい長、傷頭のアーニについて。きっと何か聞いていますよね」

 酔いのもやを通して、石色をした瞳が炎の明かりにきらめいた。「ああ、傷頭か。そういえば――ひとつかふたつ、聞いたことがある気がするな」

 遥か先の卓で、ひとつの歌が上がった。戦士の列が揃って揺れ、古い曲をハミングした――あるベスキールの女戦士が、求婚者の群れを戦団へと変えて率いた物語。その女戦士自身が歌を先導し、指を伸ばして指揮をしていた。ホルムガートは気付いた様子はなく、身を引き締めるかのように、節くれ立ってざらついた両手を膝の上に置いた。ニアラは彼のこの小さな準備を何十回と見てきた――背筋を伸ばし、首をかしげ、咳払いをする。そして物語を語り始める。「知っているかと思うが、あれは最初から傷頭と呼ばれていたわけではなかった」

「え?」

「かつては山羊裂きと呼ばれておった」ホルムガートは鼻先を軽くつついた。「あの運命の日までは……」


 あの運命の日だ。牙の山の奥深くにトロールの群れが現れたという知らせが入った。奴らは赤の尾根に沿う村々を残忍に略奪していた。タスケーリは、タスケーリであるからこそ、その知らせにこの上なく喜んだ。何故ならトロールは危険を意味し、危険は勇敢さを見せつける機会を、つまり名を挙げる機会を意味するためだ。トロール狩りに名乗りを上げたタスケーリの戦士はとても多かったが、たまたま、他でもない山羊裂きのアーニが率いる小さな戦団が、トロールが棲処としていた山腹へ捜索に向かった。


 牙の山の先端、槍のように鋭く赤い岩に取り囲まれて、ニアラとアラインは見つめていた。傷頭のアーニという男が今一度死を招こうしていた。今回、それをもたらすと思われるのはスケレの略奪隊が振るう冷たい鋼ではなかった。一体のドラゴンだった。

「ヘルカイトですよ、厳密には」とアライン。

「そう」とニアラ。ならば、ヘルカイト。

 用語はさておき、それは巨大だった。牙も鉤爪も全てが鋭い棘で、湾曲した四本の角、宙にむち打つ尾は刈り取るように恐ろしい弧を振るっていた。アーニとタスケーリの戦団はそれを包囲していたが、あまり効果はなかった。彼らのひとりが勇敢にも槍か斧を向けようとするや否や、その恐ろしい尾の一振りが黙らせた。戦士たちが緩い輪を描くすぐ外では、その獣の尾やうなり声など意に介さない様子で、傷頭のアーニが一本の長縄を弄んでいた。

「あの男は何をしているのです?」 ニアラは唇を噛んだ。「あのようにただ結び目で遊んでいるだけでは、相応しい死は決して迎えられません」

 戦乙女たちの下方で一人の男が踏み出し、勇敢に叫び、重い両刃の剣をその獣の脇腹へと振るった。だがまるで岩を全力で叩いたかのように、それは鱗の皮膚に跳ね返った。ヘルカイトは蛇のように首を曲げて赤熱する両目で相手を見据え、その男は剣を落として全速力で逃げ出した。

「仕事をしなければいけないのでは?」 ニアラが片割れへと呟いた。

 アラインは、その男が腹から水へ飛び込むように獣の尾を避ける様子を見つめた。「この場合は、臆病者の行動というよりは常識的な反応ですね」

 アーニは一連の結び目を今一度引き、満足して立ち上がった。彼はその縄を輪にすると頭上で回しはじめ、速度を上げていった。そして慣れた手つきでその投げ縄をヘルカイトの頭部の動きに合わせて放り、角の一本に引っかけると強く引いた。本能的に、ヘルカイトはびくりと頭を引いた――アーニを連れて。

 ニアラは唖然とする中、タスケーリの長は宙に投げ出され、谷に並ぶ自然の尖塔へとまっすぐに飛んでいった。だが激突する直前、アーニは宙で身体をよじったようだった。彼は赤い岩に激突するのではなく、身体をばねのように縮めて両足で着地した。ニアラが見るに、どうやらそれを意図していたようだった。

 戦乙女ほどではないながらも、ヘルカイトも今何が起こったかを理解したらしかった――大気を切り裂く金切り声を上げ、ヘルカイトは後方に身体を振るった。それが岩からアーニを引き寄せる直前の刹那、ニアラはあれをまた見た。前と同じあの笑みを。見てろよ。

 今回、ヘルカイトは怒り狂ってまっすぐにアーニを引き寄せた。彼はその生物の後頭部に着地し、一瞬で体勢を整えた。まるで怒れる怪物ではなく揺れる船にでも乗っているかのように。ヘルカイトは頭を振り回したが、縄を固く掴んで身体を低くし、アーニは振り落とされなかった。

 アーニは鞘から剣を抜いて掲げ、それは陽光を受けて鏡のようにぎらついた。見つめるニアラだけでなく、タスケーリの全員が目を見開き唖然とした。彼らの長はその刃をヘルカイトの角の間に突き刺した。一瞬して、その巨大な身体が轟音とともに地面に倒れた。

「信じられません」 ニアラが小声で呟いた。「あの男、あんなことを――本当に――」

「あなたのお気に入りの人間はまだ戦い続けるようですね」 アラインがそう締めくくった。だがニアラはほとんど聞いていなかった。代わりに彼女は思い返していた。ホルムガートが語ってくれた物語を――アーニがその名を得た物語を。


 長く辛い登攀の後、アーニと勇敢な戦士の戦団は小休止をとった。その時だった。トロールの音が聞こえた――骨が折れ、獣が吠え、そしてうめくような、轟く言葉――すぐ近くの洞窟から漏れ出ていた。アーニが慎重に近寄ると、数体どころでない石食いたちがいた。群れひとつ分の悪臭が漂ってくるようだった。アーニと戦士たちは明らかに数に劣っていた。だが今、戦力を集めるためにここを離れたなら、その間に誰かがこの洞窟に偶然辿り着いてしまうかもしれない、自分たちの栄光を奪ってしまうかもしれない。

 さて、アーニは強大な戦士、それは間違いなかった。だが単純に強いだけではなかった。狡猾でもあった。戦士たちに小声で幾つか命令し、そして登攀に連れてきていた司祭から一つ二つの祝福を受けると、アーニは岩の影から踏み出した。

「おい!」 彼は声を上げた。トロールたちは牙の口を唖然と開け、突然現れたアーニを見つめた。「この山で好き勝手してたのはお前らか。狂戦士の軍団を連れてきた、お前らの首をかっ切るためにな。けど別の方法で解決してやってもいいぞ。頭突き勝負だ」 彼はそう宣言し、にやりとした。「負けた方は出てって金輪際この山に近づかない。どうだ」


 間違いなく、巨人生まれのトーバはニアラが見てきた中でも最大の人間だった。彼は他のカナーの戦士たちよりも頭一つと半分は長身で、木々の上にはみ出していた。むき出しの胸は他の者の倍は広く、白い息と共に刺青が踊った。アルダガルドの松の巨木ですらも、その下を彼が通過するとどこか縮んで見えた。アーニは必ずしも大柄ではないにしても、巨人生まれの前では少年と大差なかった。

「いよいよです」 ニアラは翼をはためかせて移動し、見やすい位置についた。「今回こそ、誉れ高い決闘です。死はついに――ついに――傷頭を捕らえるのです」 そしてどれほど誉れ高い死となるだろう! ニアラは早く彼の勇敢な人生を称えたくてたまらなかった。果てのない広間を見せ、永遠の時と酒と馳走と戦いに過ごす。もう、とても長いこと待ちわびていた。

 だがアラインは、確信してはいないようだった。ただ首をかしげ、口元には小さな笑みを浮かべていた。

「何?」とニアラ。

「ええ」と死神。「あなたの言葉ですが、これまで八度の戦いとは違うように聞こえますよ。まるでそう願ってやまないような。それだけです」

 ニアラは顔をしかめ、集まった戦士たちへと視線を戻した。今や彼らは円を描き、カナーとタスケーリの男ふたりから十二歩ほど距離をとっていた。巨人生まれは背中から斧を外した。それはオーガやトロールが振るうような武器だった。分厚い鉄の両刃、だがそれを軽々と持ち上げているように見えた。「傷頭!」その吠え声は近くの枝から雪を振り落とした。「悔い改める最後の機会をやろう。俺と祖先の前にひれ伏し、俺の家族が眠る場所を冒涜した許しを請い、我らの邪魔をせず失せろ」

 だがアーニは赤い髭をかいただけで、にやりと笑った。「トーバ、そのどこが楽しい? だが正直言って、その全部は大変だ。お前、何かあったな。大方道に迷って以前にはなんともなかったところでチビったんだろう」

 その言葉に巨人生まれは唇を歪め、岩板のような歯をむき出しにした。「剣を抜け、小僧」

 快く応じ、アーニは鞘から剣を抜いた。目の前の敵に対し、それはダガーほどにしか見えなかった――それでも、血空の季節の弱弱しい陽光に眩しくぎらついた。

 用心深く間合いを探ることも、互いの型を試すこともなかった。熊のような咆哮をひとつ上げて巨人生まれは突撃し、取り囲む仲間と同じほどの弧を描いて斧を振るった。アーニはその下をくぐって距離を縮めようとしたが、巨人生まれは瞬時にその巨大な斧頭を叩きつけてきた。アーニは跳びのき、取り囲む戦士たちの輪に沿って舞い、ニアラは幸せな興奮に拳を振り動かした。「そうです! 勇敢に戦いなさい!」 その呟きは、ほぼ自分自身に向けたものだった。「勇敢に、英雄として、そして今回こそ死ぬのです!」

 再び、その大男は斧を振るった。再び、アーニは巨人生まれが立て直す前に近づこうとした。だが彼は腹に蹴りを受け、後方を取り囲む戦士たちの中へと転がされた。ニアラはその衝撃に思わずひるんだ。一瞬の後、アーニは再び立ち上がった。

 それから何度も、恐るべき斧の攻撃はアーニを真っ二つにできずにいたが、彼もまた避け、くぐり、転がる以外の行動はほとんどできていなかった。巨人生まれは腕が長く、接近は難しい。それだけでなく、広範囲に及ぶ残忍な攻撃は止むことがないように思えた。平凡な戦士であれば既に息を切らしていただろう。だが巨人生まれのトーバは明らかに平凡な戦士ではなかった。

 巨人生まれはまたも斧を振るおうと踏み込み、アーニは回避のために身構えた。不意に、トーバは斧の柄を持ち上げて鋭く突き、アーニの顎を砕いて突き飛ばした。

「フェイントを」とアライン。「あの大男は見た目通りの脳なしの乱暴者ではありません」

 ニアラは返答しなかった。彼女の両目はアーニを見据えていた。彼は地面から身体を起こしつつ、雪の上に血を吐き出した。もはや笑ってはいなかった。今や集中した表情には、戦乙女がこの男に見たこともなかった真剣さがあった。ニアラの内に奇妙な感情が沸き上がり、渦巻いた。私は……不安になっている?

 巨人生まれが再び斧を振るった。これまでの無数の攻撃と同じく残忍で素早く、だがアーニは避けも屈みも転がりもしなかった。彼はその軌道の中へ踏み込み、斧頭の軌跡の内側へ向かい、自らの剣で斧の柄を叩き切った。木が割れる音が響き、斧頭が飛来して戦士たちは跳びのき、輪は一瞬乱れた。それは彼らを取り囲む松の大木の幹の一本に刺さった。

 アーニもまた、その攻撃の威力にふらついていた。一瞬、巨人生まれは唖然としたようだった。彼は手の中、今や歩行杖にしかならない柄を見つめた。だが傷頭がこの日三度目に地面から立ち上がると、カナーの戦士は突進した。アーニが剣を掲げるよりも早く、巨人生まれは彼を羽交い絞めにし、アーニの脇腹を両腕で固めて地面から持ち上げた。

 アーニは暴れ、悶えた。彼は蹴り、もがき、うめき、だがこれまでに彼が見せてきた賢い素早さと大胆さは今や何の役にも立たなかった。罠にかかった兎のように捕らえられていた。

 一瞬前まで吠え、叫んでいた戦士たちは沈黙した。ニアラに聞こえるのは、アーニが発する小さくくぐもった喘ぎだけだった。巨人生まれは更に拘束を強め、その奮闘に極太の腕で腱が浮き出た。タスケーリの長の手から剣が離れ、雪と泥のぬかるみの中に音もなく落ちた。

「ニアラ」 アラインがニアラの肩に手を置いた。その声は驚くほど優しかった。「あなたは――見ない方がいいかもしれません」

「いいえ」 ニアラはかぶりを振った。「私は見届けます、終わりを」

 もう数秒、もう数度の苦しい呼吸で、終わる。遂にアーニをシュタルンハイムへ連れて行けるのだ。遂に、彼に相応しい永遠の褒賞を与えられる。それを望んでいたのでは? それが自分の義務だった。栄誉だった。それでもニアラは悟った、アーニには、この熊のような男に潰されるという死を迎えてほしくはない。この苦境を抜け出す方法を見つけ出してほしかった、彼が常にそうしてきたように。彼に、勝利してほしかった。まだ、傷頭のアーニを伝説に列したくはなかった。事実、それを許すつもりはなかった。

 ニアラは翼を広げて向かおうとし、だが近づく前にアラインが立ち塞がった。「ニアラ、これは誉れ高い決闘です」

「ですが――」

「もしそうでなくとも、私たちは戦乙女です。定命の行いをとりなすのは私たちの役目ではありません。わかっているでしょう」

 それは全くもって真実だが、ニアラは気にしなかった。片割れを説得して道を譲らせることを考えようとした。だがその時、ニアラは見た。アラインの肩越しに。アーニは笑みを浮かべていた。これまでに何度も見てきた笑みを。

 見てろよ。

 巨人生まれは怪物的な力をいっそう活用し、今やアーニを完全に宙へと持ち上げていた。この戦いで初めて、二人は目を合わせた。アーニは頭をのけぞらせ、のけぞらせ、そして不意にニアラは思い出した。ホルムガートが話してくれた物語の結末を――傷頭のアーニがその名を得た出来事を。


 数時間が経った。太陽は牙の山の赤い頂に沈み、それでもなおアーニとトロールは続けていた。両者とも疲弊し、流血し、止まらない衝撃にふらついていた――だがアーニは今なお笑みを浮かべながら、踏み込んでは次の頭突きを食らわせた。一方のトロールは、目の前の状況がとても信じられないとようだった。この人間は事実、トロールと互角なのだ! それも頭突き勝負で! 彼は恥じ入り、だがそれ以上に恐ろしかった。この小さい、にやついた男が本当に自分を打ち負かすというのか? 恐怖と不安がよぎり、トロールはその種族に馴染みのないことをしようと決めた。反則技だ。

 時が来た。アーニとトロールは踏み込み、渾身の一撃を食らわそうと首をもたげた。だがアーニが頭を突き出した瞬間、トロールは顔を上げ、タスケーリの攻撃へと牙を突き立てた。それは、言うまでもなく、ひどい過ちだった。山羊裂きのアーニほど強い者は、アーニより強い者は、山ほどいる。同じほど狡猾な、もっと狡猾な者も沢山いる。だがアーニの強さや狡猾さに敵う者でも、その頭蓋骨の分厚さで敵う者はなかなかいない。

アーニ、トロールを制す》 アート:Simon Dominic

 洞窟に、落雷のような粉砕音が響き渡った。それが収まった時、トロールは仰向けに倒れており、その牙の一本は根元から折れていた。山羊裂きのアーニは血まみれで勝ち誇り、トロールの角を額に埋め込んで立っていた――ただひとつ、彼の名はもはや山羊裂きではなかった。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

  • この記事をシェアする

Kaldheim

OTHER STORY

マジックストーリートップ

サイト内検索