MAGIC STORY

カルドハイム

EPISODE 01

メインストーリー第1話:旅人たち

Roy Graham 協力:Jenna Helland
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2021年1月7日

 

 彼らはセヴァルグの村人たちがかつて見たこともなかったような船で訪れた。それは長くほっそりとして、壮麗な戦いや狡猾な勝利の物語が彫刻されており、船首に飾られたドレイクや海蛇のように波の上を滑ってやって来た。もはや森に入れない今、村に食料を供給する唯一の手段となっている貧弱な漁船とは似ても似つかなかった。

霧門の小道》 アート:Yeong-Hao Han

 船に乗る男女もまた、セヴァルグの人々のように飢えと恐怖に縮こまってはいなかった。彼らに同行する、肩に鴉をとまらせた老人すらも、歩行杖の助けをさほど必要としていなかった。彼らはフードと襟巻き、魚の皮の上着をまとっていた。鎧も、水に落ちたとしても海底にまで引きずり込まれないようなものだった。彼らの身体には航海図の刺青が刻まれていた。見間違えようもない。領界路探したち。

 戦闘隊長が彼らを広間へと向かえ、そこで旅人へと提供できる限りの食事をかき集めた。それはカルドハイムの伝統だった。戸口に訪れた異邦人は、変装した神の一柱かもしれないのだ。だが彼らの指導者は――盲目でありながら、狭くぬかるんだ街路を誰の助けもなく進む女性――その提供を辞退した。彼らは塩漬け魚と堅パンを求めて訪れたのではなかった。

「失踪はいつから始まりましたか」 その女性が尋ねた。村人の誰もこれまで会ったことはなかったが、その奇妙な白い凝視は、自分たちが話す相手の正体をはっきりと示していた。領界路探しの長、ルーン目のインガ。

「失踪したんじゃない、殺されたのよ」 集まった群衆、その前列近くの女性が言った。彼女はこの一か月の間に娘を二人失っていた。

「そんなこと、わからないだろ!」 別の男が叫んだ。その両目は窪み、泣きはらして赤く腫れていた。彼は夫を失っていた。

「死体は全く見つかっていないのですね」 インガが穏やかに尋ねた。

 両者とも、硬直して頷いた。

「死体は見つかっておりません。ですが狩人の一人が、あれを見たのだと」 戦闘隊長がそう言った。

「見たというのは何を?」とインガ。

「出なさい、フラス」 長老の一人が言った。「説明しなさい」

 若い男が進み出た。十六歳ほどだろうか。真鍮の火鉢のひとつで炭が火花とともに弾け、彼はその音にひるんだ。

「何を見たのですか?」 インガが尋ねた。ゆっくりと、その少年を怖がらせないように。「何があなたの街をこのようにしてしまったのです?」

 凍えるように、彼は両腕をこすった。インガへと顔を上げようとはしなかった。「怪物を。あれは怪物でした」

 インガは、驚いたとしてもそれを表には出さなかった。鴉を連れた老人へと彼女は合図した。「アーシ、一時間以内に出発できる戦団を準備しなさい。我々が戻るまで、船には必要最小限の乗員を。動ける者は全て、アルダガルドの森へ向かいます」

 老人は真剣に頷き、そしてふと尋ねた。「その、長の……客人殿は? あの女性も同行するのですか?」

 無論、村人たちも彼女の姿は見ていた。奇妙な衣服をまとうその女性は、領界路探したちが帆を畳んでセヴァルグの古びた船着き場に船をもやう間、その周囲をうろついていた。まるでそれらが、深海から引き上げられたものであるような好奇心をもって見つめながら。

「ケイヤ殿ですか? そもそも、全てはあの方の発案なのですよ」


ルーン目のインガ》 アート:Bram Sels

 その通り――これは自分の発案だった。荒野へ踏み入って、人々を食らう恐ろしい獣を殺す。英雄はそういうことをするものであり、彼女自身も今や英雄ということになっていた。そのために報酬を貰うのは別に構わなかったが、誰が払ってくれるのかは知りたかった。だが五つほどの異なる次元で鋳造された特徴のないコインに文句は言えず、加えてそれは魅力的かつ単純だった。ラヴニカの乱雑な取引とは全く異なっていた。

 全てが想定通りに進んだが、その荒野で彼女は想定していなかったのは……あまりに荒涼としていることだった。ケイヤは足が踏みしめる固い敷石に、混み合う群衆には慣れていた。喧騒には慣れていた。だがここ、アルダガルドは、雪を踏みしめる一歩一歩が、何マイルも続く松の森に響き渡るようだった。出発して以来ずっと彼女は落ち着かなかったが、それは寒さだけのせいではなかった。

「ここはいつもこんなに静かなんです? もっと賑やかな墓所だって知ってますよ」 大木の下で小休止した際、彼女はそう言った。

 アーシと名乗ったその老人は眉をひそめた。「霊を狩る者にとっては、賑やかな墓所というのもそう珍しくはないかもしれんな」

「それは一理あるかもしれません」 領界路探しの長インガは、ケイヤがこの次元で最初に出会った人物だった。そして善い類の人物に思えた。だが、その人物像を把握するのは困難だった――常に気が散っているように見え、まるで話しかけるのは、もっと切迫した何かから注意を引きはがそうとするようだった。この老人の方が心地よい仲間だと彼女は感じていた。

「アルダガルドは古く奇妙な場所だ。領界路探しは伝説にうたわれる探検家だが、森のここまで深くに入った者はそういない。海から、船からあまりに離れている。ルーン目のインガ様は、ほぼあらゆる定命を遥かに超えた視界の持ち主だ。氏族の者がかつて訪れたあらゆる場所の知識を保持しておられる。それでも、この場所についてはほとんど御存知ないのだ」

「奇妙で古い――それは私もわかります。でも、少しは動物がいてもいいんじゃ? 少なくともリスとか。見ませんでした?」

「うむ。実際、神々の伝令であるトスキはありふれたリスの大いなる従兄だ。世界樹の枝を跳ね回ってはカルドハイムの多くの領界へと知らせをもたらす、そのような物語が豊富に存在する」

 彼のその声は老いぼれた祖父を思い出させたが、それらの「物語」は真実からそう遠くないとケイヤは思い直した。彼女自身、ブレタガルドの空に世界樹の枝を見ていた――宙に浮いており、想像を絶する大きさで、流れる雲の背後に消えていった。巨大なリスが何故いないと言えるだろう? もっと奇妙なものを見たこともあるのだ。

「とはいえ確かに、ここまでずっと生き物の徴候が一切ないというのは不自然だ。鳥も獣もこの場所を避けているような……」とアーシ。

「私たちより鋭い感覚を持っているのかも」

「驚くほど沢山の獣が持っておるよ」

「村人は夜にさらわれている」 近くにいた一人の領界路探しが口を開いた。その声には率直な恐怖があった。「森の外れで、羊のように。あの狩人が言っていただろう、怪物を見たと。もしそれが、ただ成長しすぎた獣でなかったなら?」

「我々が追跡しているものは何だと考えているのだ?」とアーシ。

「サルーフ」 彼は声を囁きにまで落とした。まるで名を口にすることで、それが不意に現れるかもしれないとでもいうように。「領界喰らい、恐るべき狼だ」

「狼? まさかそれが怖くて雪の粒にもびくびくしてるの?」とケイヤ。

「サルーフはただの獣ではない」とアーシ。「星界の怪物の一体だ。世界の誕生とともに創造され、領界の間に住まうもの。対峙したなら強大な敵となるだろう――だが心配はしていない。そのような存在がアルダガルドの暗い片隅に潜むなどということはない。ブレタガルドに来るのであれば、密かになどということはない」

 頭上の枝で耳障りな鳴き声が響き、ケイヤはベルトに刺したダガーに片手を触れた。一羽の鴉が頭上を旋回しながら降下してきた。黒い翼が白い雪雲に際立っていた。

「おお、ハーカが戻ったぞ」とアーシ。

 それは彼の腕に着地し、肩へと飛び移った。まるで耳に身体を寄せるように。ケイヤには何も聞こえず、ただ鴉の嘴が開閉するのを見ただけだった。老人は考え込むように首を傾げた。

「うむ。行くべき先を我が友が見つけてくれたかもしれん」


情け無用のケイヤ》 アート:Tyler Jacobson

 ケイヤが見るに、そこはいかにも怪物の棲処だった。彼ら一団の前方に、洞窟の口が広く暗く開いていた。雲の覆いと森の梢から差し込むかすかな光は、洞窟の最初の数歩にしか届いていなかった。洞窟の前では、血と泥が長い跡となって雪が汚れていた。何かが中へ引きずり込まれたのだ。

 静かに、武器に触れながら、領界探したちは神々へと短い祈りを囁いた。ケイヤは彼らを咎められなかった。事実、彼女自身、祈る神がいればと思ったくらいだった。怪物狩り。そもそもこんな素晴らしいことを言い出したのは誰だっただろう?

 ああ、私だったわ。

「ケイヤ殿、宜しいですか?」 インガが尋ねた。この老女は自らの武器を持っていなかった。小さな青い炎が揺れる一つのランタンだけ。光源をこの人物が持っているというのは可笑しかった。「とても長いこと旅をされてここに来られたのですから」

「ええ、大丈夫です。進みましょう」 本心で感じている以上の自信とともに、ケイヤは洞窟へと踏み入った。

 中は外よりも暖かかった。少なくとも何かがあるということ。ここまでずっと身を包んでいた、分厚い毛皮をケイヤは少し緩めた。彼女と領界路探したちは共にゆっくりと前進した。岩をかすめる靴音や鋼をこする革の音すらも、洞窟の奥深くまで反響していくように思えた。すぐに外の弱弱しい光は途切れ、インガのランタンが放つ青い光線だけが闇を貫いた。それが洞窟の壁のとある箇所をかすめた際、何かがきらめいた。

「待って」 ケイヤが止めた。「明かりを戻して」

 ランタンの光線の中、ケイヤは確かにそれを見た――何らかの金属鉱脈が洞窟の壁と天井に走っていた。だが彼女が見たことのあるどのような鉱物にも似ていなかった。所々でそれは枝分かれして蜘蛛の巣状になっており、また根のように細かく枝分かれし、石の上に広い格子模様を形成していた。

「このあたりには鉱山が?」

「いや」 インガが呟いた。「この場所は不毛の岩であったはず」

「そうですか。明らかに違いますよ。少なくとも今は」

 彼女の隣で、領界路探しの一人が壁へと手を伸ばした。ケイヤはその手首を掴んで止めた。「触らない方が良さそう」

 その男は手を引っ込めた。「なぜ?」

「そんな気がするのよ」

 無言で彼らは動き続けた。ゆっくりと、そのままどれほどの間そうしていたのかは定かでなく、両脇から圧迫する闇に息が詰まるようだった。数分ではなく数時間にも及ぶ長い、とても長い時間に感じた――そのため道が遂に広い空間へと開け、土の天井が暗闇の頭上へ消えると、全員が安堵したかもしれない……その空間の中央にあるものを見ていなければ。

 ケイヤは当初、巨大な熊の死骸に覆いかぶさるその巨体は、単に食事をしているのだと考えた。肉が骨から引きちぎられる、湿ってむせるような音がそれを裏付けていた。だがインガのランタンが放つ光線がその生物に走り、顔がこちらへ向けられると、ケイヤは自分の考えが間違っていたとわかった――怪物の両腕は熊の脇腹に埋め込まれており、あろうことかその肉に融合していた。不快な弾ける音を立て、ケイヤが見つめる中、その怪物は自らを死骸から引きちぎった。

「あんなのは……狼じゃない」 ケイヤは低く囁いた。

 それは体高十二フィート、あるいはもっと高いだろうか。身体は生々しい肉色をしていた。両肩にはまだら模様の毛皮が生え、様々に異なる色がうねっていた。熊に埋もれていた腕は長く力強く、その先端には湾曲した恐ろしい鉤爪が生えていた。胸からは細長い腕がもう二本伸び、鉤爪の手が蜘蛛のように悶えていた。何もかもが異質、だが最も異質なのはその頭部だった。頭蓋骨のようなその顔面は剃刀のように鋭い牙と尖って広がる枝角で囲まれ、それらはインガのランタンの光を受けて、骨の色でありながら金属のように輝いていた。

 口を開くと顔面の装甲の下で赤い腱が動き、それが立てた音にケイヤは怯えた。かつてどのような霊にもできなかったことだった――熊の咆哮に似ているが、おかしかった。たちの悪い紛い物。そして怪物は彼女たちへ向かって、大股で突進した。

 ケイヤは飛びのき、洞窟の地面を転がるとダガーを手に立ち上がった。領界路探しのうち二人はそこまで素早くなかった。一人はその生物の下に押し付けられ、細長い腕が顔面に沈められると悲鳴を上げた、まるで肉がただの水になったかのようだった。もう一人は巨大な腕に持ち上げられ、もがいた。

 あまりに恐ろしいその様子は、力に劣る戦士であれば恐怖から逃げ出すほどだっただろう。そして領界路探したちは戦士の心を持つわけではなかった。共にキルダ石柱群から旅をし、彼らを本当に駆り立てるものは何なのかをケイヤは学んでいた。探検や発見の興奮なのだ。その一部としての戦いは厭わないが、決してそれを楽しみはしない。だが立派なことに、誰も背を向けて逃げはしなかった。けれど上手くやれるかどうかはわからない、ケイヤはそう思った。

 彼らは怪物を半円状に取り囲み、数人が槍で突き、もう数人は伸ばされた肢を剣や斧で叩き切った。一振りごとに血なまぐさい傷が開いた。

「それに触らないで!」 捕われて悲鳴を上げる男へとケイヤは叫んだが、湿ってくぐもった音とともに何かが彼を切り裂いた。

 彼女の目の前で、傷が塞がって閉じ、筋肉が自ら接合していくように見えた。とりわけ深い一つの傷からのたくる触手が生え出て、一人の剣士の腕に掴みかかり、その肩までを怪物の肉へと引き込んだ。捕われたまま、その剣士はベルトからナイフを抜いておぞましい生物へと何度も突き刺し、身体を引きはがした。彼女は地面に崩れ落ちるように倒れ、腕を掴んで苦痛の悲鳴を上げた。

 ケイヤは二本のナイフへとエネルギーを込めた。肉を切るだけじゃ足りない。もっと深く。

 怪物は再び飛びかかってきた。傷は既に塞がっていた。その筋肉と巨体にもかかわらず、恐るべき速度だった。だが次の攻撃が届くよりも早く、鉤爪が速度を失い、ひるむ斧使いの目の前で凍り付くように止まった。怪物の腕を青色のオーラが取り巻いていた。ケイヤの目の前でその光は次第に凝集し、クリスタルのような透明なものへと固まっていった。ケイヤはその光源を追った。インガのランタン。怪物が停滞呪文に抵抗すると、インガの表情がこわばった。

 悪くない、ケイヤはそう思った。今こそ好機だった。ケイヤは駆け出し、ダガーに魔力を響かせ、動かない腕へとまっすぐに切りつけ、肩から切り落とした。肉、骨、霊――それが切れるものであれば、切ってきたのだ。

 その腕は湿った音を立てて洞窟の地面に落ち、ケイヤが切った箇所から黒化して灰のように崩れていった。怪物は再び吠えた。熊の咆哮だが、その下に何かが混ざっている――金属がきしむような音だった。それが痛みに身をよじる一方、殺された領界路探しは今なお小さな前足に融合したまま、魚のように悶えていた。

 抱擁するような気味の悪い動きで、怪物は悶える男を自らの身体に押し付けた。男は生々しい肉の中へと消え、ゆっくりと吸収されていった。そして、腕があった切り口から、次の腕が生えはじめた。恐るべき速度でそれは起こった――筋肉がより合わされ、透明な鉤爪が生えるや否や固く黒い刃となった。その間わずか数秒、ケイヤは恐ろしい光景に目を奪われた。それが終わると怪物は一本の完全な腕を動かした。何かが静かにはまり、そして空の眼窩を彼女へと向けた。

 かなりまずいことになったわね。ケイヤが思うや否や、それは襲いかかってきた。

 彼女は最初の猛打を屈んで避け、胴体を幽体化させて次を通過させた。少なくとも、半永久的な傷を与えることはできるのだ。そうすれば。今必要なのは、攻撃すべき隙を見つけること、そしてこの絶え間ない攻撃を避けるためではなく刃に魔力を込めるための瞬間。彼女は敵と同じほどに素早く舞い、避けた。

 不意に、踵が岩に当たった。洞窟の壁。ちくしょう。これはやみくもに攻撃していたのではなかった――彼女を誘導し、その素早さが役に立たなくなる隅へと追い詰めていたのだ。

 怪物が恐ろしい鉤爪を振り上げた瞬間、またも青い光のプリズムがそれを封じ、宙に留めた。立て直した領界路探したちの中で、インガがランタンの光を用いてまたも束縛呪文を唱えたのだ。助かったわ、ルーン目さん。また別のプリズムが別の鉤爪をその場に固定した。それは持ちこたえていた、たとえわずかな間だとしても。

 だが次に怪物がとった行動にケイヤは唖然とした。それは自らの腕を引きちぎり、宙に浮いたまま放置し、そしてケイヤに向かって蹴りを放った。迫る筋肉が悶えていた。

 触ってはいけない。であれば、逃げ場は一つだけ。

 ケイヤは幽体化して洞窟の壁に入り込み、冷たい衝撃が全身に走った。ほんの一瞬、だがとても長く感じた。心臓が止まった。自らを生かしておく、ケイヤにしておく全てが灰色と化してかすんだ。

 そして彼女は洞窟の地面、怪物の数フィート左へと転がり出た。怪物は素早く旋回し、類人猿のような太い脚が向かってきた。ケイヤは呼吸を再開しようと奮闘した。起きて、起きて!

「そこまでだ!」 轟く声が洞窟の壁にこだました。怪物は実際に速度を緩め、一瞬その音へと注目が引き寄せられ、ケイヤは驚くとともに安堵した。それで十分だった。彼女は奮い起こせる限りの魔法力を刃に込めて突進し、低い位置で怪物の脚をまっすぐに切り落とした。

 今の声は……。彼女は考えつつ、吼える怪物の脇へと転がりこむと体勢を立て直した。聞き覚えのある声、けれど……

 そしてようやく彼女は、今や洞窟を満たしている虹色の輝きに気付いた。領界路探したちを振り返ると、アーシの姿があった。

星界の神、アールンド》 アート:Kieran Yanner

 違う、アーシではない。正確には違う。フードは脱がれ、その両目から迸る不思議な光は洞窟の壁を照らし、緑と青と紫の揺らめく模様を成していた。つまりこの男は、ただの素敵な老人ではない。それとも、老人ですらない。

「これほどの不浄が領界を汚そうなどとは! イマースタームの悪魔どもですら、ここまで堕落してはおらぬ」

 その言葉のどれほどが、自分たちの目の前の怪物に届いたのだろうか。一本の脚は失われて灰へと崩れ、残る三本の肢で自らを支えつつ、小型の手は胸の近くに畳まれていた。うずくまったそれは、これまでよりも更に狂暴に見えた。ケイヤは熟練の狩人ではないが、それでも、最も危険な獣は手負いの獣であるとは知っていた。

 それでもなお怪物は再び襲いかかってきたが、この時のケイヤは身構えていた。そして動きは今や鈍っていた。次に来たならとどめを刺せる。一筋の綺麗な動きで首を落としてやる。

 不意に、その怪物は無に激突した。それは後ずさり、そして再び前方へと体当たりをした。重い衝突音があり、その場所の大気が揺らいだ。魔法の障壁、それもとても丈夫なもの。ケイヤにすら、それを通り抜けるのは難しそうに思えた。

 ケイヤは振り返った。背後でアーシが腕を伸ばしており、その手を取り囲むようにきらめくエネルギーが波打っていた。ケイヤが不確かに認識する何かによって、怪物は彼女とアーシとの間に囚われたように見えた。そして、軋むような彷徨をひとつ上げ、それは逃げ出そうとした。

「いけない!」 ケイヤは叫んだ。「あれを止めて!」

 だが遅すぎた。怪物は三本足で大股で駆け、洞窟の壁の一画、菌類のような金属が広がる源となっている箇所へとまっすぐに向かった。速度を緩めることなく、それは銀色の壁面へと突進した。止まる、あるいは頭から激突するのではなく、それはその金属へと沈んだようだった。まるで壁が、濃くねばつく液体であるかのように。一瞬の後、肉と鉱石が混ざり合って膨れ、そして、消え去った。

 洞窟に静寂が訪れた。領界路探したちは輝きを放ち続けるアーシを怖れるように離れ、縮こまって目を覆っていた。インガですら震えているようだった。その見えない白色の両目は、かつての助言者を見据えていた。

「アールンド様」 インガは囁き声を発した。「む……無論、英雄譚は耳にしておりました。ですがまさか……」

「いかにも、ルーン目のインガよ。時に定命に扮して旅するというのは神にとって好都合なのだよ。詮索されることなくカルドハイムを詮索するために」 アーシの声は深く、自然のものではない響きで重なり合っていた。「そしてはなはだ懸念すべき事態である。領界の至る所に――」

「あなたが逃がしたんでしょ!」 ダガーを鞘に鋭く押し込みながら、ケイヤが言い放った。

 アーシは――あるいはアールンドはその声に言葉を切った。長い、とても長い年月の中、そのような物言いをしてきた者は明らかに誰もいなかった。

「追い詰めていたのよ」とケイヤ。「もう動きも鈍っていた。次には私たちが来ることを把握しているでしょうね。私たちを待ち構えている。あれは見た目ほど愚かじゃない」

「つまりそなたはあれを追跡しようというのか、あの力を見てもなお」とアールンド。

「仕事は終わってないし、もう金を受け取ってるのよ」 そして全員の前で認めたくはないが、プロとしての流儀に反していた。これは危険だ――そして、この次元由来のものではないと彼女は疑念を持ち始めていた。だが訳がわからなかった。この嫌な気配にプレインズウォーカーが関わっているのだろうか?

「あの獣は既にブレタガルドを去った。ありふれた手段で追跡は叶わぬ」とアールンド。「星界の怪物と同様、あれは領界の間を渡る。とはいえあの怪物がそれらの同胞ではないことは疑いない」

「わかったわ。じゃあ、どうすれば追えるの?」とケイヤ。「あなたには貸しがあるんだから。そもそもあれを逃がしてしまったっていう」

 神は再び言葉を失ったようだった。「同胞の意見を求めねばならぬ。解明すべき謎は多い。だがあの怪物の追跡に向かうのであれば、コシマの長艇が探索行の力になろう。我が取り計らおう」

 領界路探したちが驚きに息をのむ音が聞こえた。コシマ――それは彼らが海上で捧げていたあらゆる祈りに登場していた。

「戻る頃には、セヴァルグの船着き場に船が見つかろう。領界路探したちが確かに導くであろうが、ここからの帰路は自ら開かねばならぬ。船は……乗客を選ぶが、領界を渡る旅においてはそなたを守ってくれよう」

「で、どこへ行けばいいのかはどうやって判断すればいい? 私は経験ある船乗りでも何でもないのだけど」

「世界樹の最も高い枝の先、シュタルンハイムの光を追うのだ。向かう先が何であれ、それが導いてくれよう」

 その言葉にケイヤは溜息を押し殺した。神々とその謎かけ。今一度、簡単な答えが欲しかった。

「私は発たねばならぬ」 アールンドは洞窟の壁に向けて手を振った。石が波打ったように見え、揺らめく光の波へと溶けた。アールンドが放つもの同じ色の美しい閃光が、複雑に交差し合う編み細工となって扉の輪郭を描いた。そして石は消え、その場所には――何もなかった。星がゆっくりとまたたくように、遠くに幾つもの光が見えた。だがその間には広大な、無の闇以外には何もなかった。不意に、その湾を渡る魔法の船を持つことがとてもありがたく思えた。

 アールンドは自らが作り出した出口へ向かい、だがふと足を止めた。「ルーン目のインガ、彼方の旅人ケイヤよ。あの生物の到来は前兆かもしれぬ――なにか恐ろしいものの到来のな。我があらゆる占いが、カルドハイムの至る所での死と破壊を示しておる。ドゥームスカールが近づいておるのかもしれぬ――それも、人の記憶にかつて記されたことのないような」

 領界路探したちを静寂が支配した。後手に回った、ケイヤがそう感じたのは初めてではなかった。「ドゥームスカール。いい響きじゃないわね」

「領界同士の衝突です」とインガ。「そしてそれに伴い、必然的に争いと混沌が訪れます。大いなる苦しみの時が」

 完璧ね、ケイヤは苦々しく思った。怪物を狩る、村人を救う。立派で単純――ラヴニカの面倒事とは全然違っていた。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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