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Magic Story -未踏世界の物語-
プラーフの影 その2
読み物
Uncharted Realms
プラーフの影 その2
Jenna Helland / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2012年9月5日
ジェイヴィの謎めいた手紙がレロフをいかがわしい雑居建築へと導いた。その4階、東端。殺鼠剤の臭いが漂う薄暗い廊下でジェイヴィは彼を待っていた。周囲の汚さとは裏腹に、彼女はいつものように染み一つないほどに清純に見えた。彼女のボロス軍の制服は、仕立て屋通りの最高の店で縫われたようにぴったり合っていた。
「ジェイヴィ、会えて嬉しいよ」 レロフはそう言い、彼女の頬に口付けをした。彼女はかすかに微笑んで彼の肩を小突いた。覚えているよりも彼女は痩せて見えたが、数ヶ月に渡って治癒の魔法印内に入るほどの試練を受けたことを示すものは他には何もなかった。打ちのめされはしたが、彼女の顔が傷つけられなかったことに彼はほっとした。「処刑法令の文は何か変わった?」 ジェイヴィが尋ねた。
「いや、まだだ」 レロフは嘘をついた。ジェイヴィに頼まれて彼は死刑執行に厳格な制限を提案していたが、彼の提案は一年前、大判事レオノスによって退けられていた。それを彼女に伝える勇気はなかった。
アート:Scott Chou |
ジェイヴィは二人の背後にある部屋を指した。「見て、彼がわかると思うけれど」
窓のないその部屋は建物そのものよりもひどかった。灰色のかびが壁に走り、天井には割れ目が交差している。金ぴかの寝台の骨組みがその空間のほとんどを占めており、腐った芋のような匂いを発している。寝台の中央にあるこぶを屍と認識するのは難しすぎた。生前、彼は太った男だった。死後、彼はしぼんでしまった――独り置き去りにされた――ように見えた。まるで知らない海岸に打ち上げられた魚のように。でこぼこした床にはねばつく大きな血だまりが点々としていた。
「入りたくないんだが」 レロフは言い返した。ジェイヴィは手下げ灯を彼へと押しつけた。
「端からでいいから」 彼女は言った。「皮膚をよく気をつけて見て」
レロフは小声で悪態をつき、ぞっとするその小部屋へと入った。彼は爪先歩きで寝台の脇へと向かい、屍を凝視した。その皮膚には斑点があったが、奇妙に数学的な並びをしていた。気分が悪くなったが彼は近寄った。死んだ男の身体には文字がぎっしりと、魔法的に刻印されていた。文字は極小で、ほとんど解読が不能なほどだった。だがそれらは、開いた傷から血が空になるまで流れるほどに深く刻まれていた。犠牲者の皮膚は不気味にたるんでいたが、レロフはいくつかの単語を判別することができた。法、審判、証拠。
「確かに、桶一杯の血だな」 レロフは廊下に戻って言った。「なんて恐ろしい」
「彼はジーヴァン」 ジェイヴィは言った。「貴方のような判事、私はそう聞いた。彼について何か教えて欲しいんだけど」
ジーヴァンは伝説的な議員だが、レロフは彼を評判でしか知らなかった。かつて、ジーヴァンはただ難民支援のための要求を阻止するために、16時間に渡って途切れない演説を続けたことがあった。ジーヴァンは堕落したという噂をレロフは聞いていたが、これは、そうだ、卑しい噂だ。
《ギルド渡りの遊歩道》 アート:Noah Bradley |
その後、レロフはジェイヴィと共にギルド渡りの遊歩道にある長椅子に腰かけていた。厳かなアーチの隙間から光が降りそそぎ、歩道に沿う並木は涼やかな風に音を立てている。平日の午後、遊歩道の人出はまばらだった。アゾリウスの防音魔法によって都市の喧騒が静められているその遊歩道をレロフは愛していた。
ジェイヴィは判事ジーヴァンについて、彼が覚えている全てを詳細に渡って語るのを注意深く聞いていた、だがそれはあまり正直なものではなかった。
「彼はとても尊敬されていた」 レロフはそう言って終えた。「適正な論法だと思わせる、絶妙な弁論家だった。だが彼はラクドスの歓楽館で浪費をしていた。我々も誰一人、ずいぶん長いこと行っていない」
「どの店かは知らないの、ひょっとして?」 ジェイヴィが尋ねた。
レロフは笑った。「私の専門分野ではないよ」 彼はラクドスが提供するものに何の興味もなかった。
「ジーヴァンと一緒に働いたことは?」 再びジェイヴィが尋ねた。
「直接はないな」 レロフは彼女に答えた。
「本当に?」 彼女は書類入れを開き、色あせた文書を彼に手渡した。それは昔の大規模逮捕令で、レロフが判事へと昇進した頃のものだった。彼自身の署名が少数の同僚のものとともにあった、そしてジーヴァンの署名も含まれていた。
「私は一日に何百枚もの書類に署名するんだ」 彼は説明した。「だからって、彼を個人的に知っているわけじゃない」
「名前をよく読んで」 彼女は言った。「何か気が付かない?」
「いや。どういうことだ?」 レロフは苛立って尋ねた。自分の知らない何かを誰かが知っている、彼はその感覚が嫌いだった。
「皆、死んだ」 彼女は言った。「貴方以外は」
レロフは書類を凝視して、彼女が正しいことに気が付いた。彼らは全員死亡していた。昨年だけでそのうち二人が死んでいた。
アート:Johannes Voss |
「何人かはかなりの老齢で......」
「この書類はゴルガリ地下都市の一掃を認可した時のもの」 ジェイヴィが彼を遮って言った。「アゾリウスが試みた最大のものよ。暴動になって、百人近くが殺された。その多くは拘留中だった」
レロフは冷静に考えた。「覚えている。ひと組の衛兵では止められないほどの市民からの抗議があった。彼らは虐殺や何かそんな意味のない罪で逮捕された」
彼はジェイヴィが拳を握りしめていることに気付いた。陽光の下、彼女の手の甲には蜘蛛の糸のように細く白い傷跡が見えた。彼女は目を閉じると太陽へと顔を上げた。彼は少しの間待ったが、彼女は動かなかった。
「ジェイヴィ。その攻撃の間、君はどうしていたんだ?」 レロフは無遠慮に尋ねた。「犯人は技術的に釈放されたと聞いたが」
ジェイヴィは彼へと素早く顔を向けると歯をむき出しにした、まるで子犬が彼の脚の肉を裂こうとするように。「『技術的に』が『賄賂で』って意味なら、その通り。あいつはそうした」
「なあ、ジェイヴィ......」 レロフは彼女をなだめるように言った。
「誰かがアゾリウスの者を殺してる」 彼女は落ちついて言った。その表情は再び専門家の仮面をまとった。「誰かが貴方を恨んでいる、間違いなく」
《神聖なる泉》 アート:Jung Park |
「何故そう考える?」 レロフは尋ねた。「この文書からか? これをどうやって見つけた?」
ジェイヴィは肩をすくめた。「手に入れたのは私じゃない。これは提供されたもの。私は一連の殺人事件を追っていて」
「殺人事件?」 レロフは不安を感じて尋ねた。
「誰かが...... 人々を殺している、その生き方そのままに」 彼女は答えた。
レロフは憤慨しながら彼女を見た。「曖昧にもほどがあるな、どういう意味だ?」
「利己的な者だったら、その衝動で死ぬ。悪意のある者は、死の審判に直面する。私の言っている意味はわかる?」
「いや」 レロフは正直に答えた。「本当にわからない」
「いい、先週、法廷の柱にある男が吊るされていた。彼は大衆の目に触れることが好きだったと聞いた。その前の週、ある判官の心臓が抜き取られて、彼が、貴方のジーヴァン氏が無罪を否定した犠牲者の所へと送られていた。彼は言葉の力によって生きていた、そして同じように死んだ」
「そうなのか」 レロフは言った。彼はその件については何も聞いておらず、少し混乱した。「君の警告に感謝する」
「気をつけて」 彼女はそう言って、レロフの腕を手の甲で軽く触れた。
新プラーフへと戻るやいなや、レロフは恒常的防護魔法の申請書を埋めた。
片耳のブランコはあの急襲の後、アゾリウスを離れた。彼の父親の助けで、彼は鍵穴市場近くの古ぼけた借家を買った。何年もの間、その建物はラクドスの縄張りの一部となっていた。そこに住むのは他のどこに金を払う余裕もない人々だけだった。ラクドスが移動した後も、ブランコは壊れたイゼット製蒸気管を修理したり階段のごみを掃除したりすることに何の興味も示さなかった、
ある借用者が、汚れた路地にある彼の借家の礎石によりかかる彼を発見した。その頭頂部は魔法的な切り口で綺麗に切除されていた。彼の脳は取り除かれて膝の上に置かれ、彼は愛玩犬のようにそこに座っていた。空の頭蓋骨には価値のないコインが一杯に詰め込まれていた。
「相応しい死、ね」 ジェイヴィは熟考し、レロフの書斎を素早く眺めた。大きなガラス窓の外は暗く、見えるのは彼が最近セレズニアから注文した新たな庭園だけだった。
「ひどいな」 それがレロフの返答だった。「だがどうして私にこれを?」
「わからない?」 ジェイヴィは静かに言った。「全部、貴方に関係している」
彼女の返答にレロフはいらいらしたが、黙っていた。時刻は深夜近く、そしてどういうわけか彼女はレロフ邸の玄関係が通してくれることを確信していた。この夜、彼女は制服姿ではなかった。彼女はまるで一人の庶民のように、黒色のゆったりとしたズボンと上着をまとっていた。彼女は様々な感情が奇妙に混ざった様子で訪れ、彼にはそれは完全に解読できなかった。そのため彼は巨大なマホガニー製の机の後ろに座り、待った。
アート:Svetlin Velinov |
「彼はゴルガリの暴動の時の守衛の一人だった。彼は裁判にかけられていて、説明責任があったはず」
「つまり、彼は君が追っている殺人事件の被害者だと?」 レロフはそう推測した。
「その暴動のことを教えて」 ジェイヴィが言った。
「それについては全く知らないんだ」 レロフは彼女に答えた。
「貴方が命令した」 ジェイヴィは思い出させた。
「正確には違う」 レロフは反論した。「私は書類に署名しただけだ。そこにもいなかった。拘留区域内に入ったことすらない」
「貴方がその命令に小さく記した時、それが意味するものを考えたことはある?」 ジェイヴィは問いただした。「そこには相手がいるの、レロフ。貴方の署名によって人生を酷いことにされる人々がいる」
「勿論、考えているよ」 レロフは言い返した。だがそう言いながらも、それは本心ではないとわかっていた。
アート:Karl Kopinski |
「以前はそうだった」 ジェイヴィは頷いた。「だけど今は違う。私達が助け出した人々を覚えている? 彼らについて考えたことはある? 貴方はその代わりに今彼らを殺している、違う?」
「彼らが何をどうするというんだ?」 レロフは尋ねた。「我々には法がある。ボロスにも法がある。ゴルガリにさえあるだろう。法は問題ではない」
「じゃあ、問題は何?」 ジェイヴィは尋ねた。
「問題などない」 レロフは辛辣に言った。だが彼は法の問題を知っていた。そしてそれは夜半に彼の邸宅へと押しかけて口出ししていた。「駄目、貴方の綺麗なお屋敷から出ることはできない」 ジェイヴィは残念そうに言った。「貴方についてあの人が言っていたことは正しかった。最初私は反対したけれど、彼女は正しかった」
「誰だ、君のギルドマスターか?」 レロフは尋ねた。彼はボロスのギルドマスター、オレリアが彼女のボロス兵を急進化しているという噂を聞いていた。もしそうであったら、アゾリウスはそのままではいられない。
「私は新しい師に出会った。彼女に会って、ボロスでの仕事なんて霞んでしまった」 ジェイヴィは彼に語った。「彼女は真実を知っていた。生から死へ、死から生へ。永遠の連環、それを野望からかき乱す者には意味深い死を」
レロフはジェイヴィを凝視し、彼女は正気を失ったに違いないと判断した。
「ある者の存在の連環は、彼らの生き方によって終えられるべき」 ジェイヴィは真剣に続けた。「真に暗き根の中、それのみが反復を駆り立てるだろう」
「私を脅しているのか、ジェイヴィ」 レロフは言った。彼は哲学的な戯言は嫌いだった。そして最も昔からの友人の一人の言葉としてそれを聞くのは、率直に言って大嫌いだった。
「私が?」 彼女は熟考した。「初めて、私は怖れを感じていない。貴方は署名で人々の命を処分する、まるで根絶すべき鼠のように。貴方は......私を傷つけたような輩に取り入る。それでも貴方は果てしない言葉の壁の後ろで安全に。少なくとも、自分は安全だと考えている」
外、広間で何かが倒れる大きな音がした。彼は飛び上がった。ジェイヴィは動かなかった。
「今のは、貴方の玄関係が死んで倒れる音。次に、その扉が開くから。貴方の裁きに直面なさい」
朝になると、新たな彫像が正門近くに既に据え付けられていた。設備係が驚いたことに、それが届くのはもう一週間後の筈だった。だがまるでレオノス大判事のようには見えないと、判事達の間にいくらかの騒動が起こった。口が不愉快にぽかんと開けられているとは何事か? そして髪が明らかに多すぎる。だがその熟練の技は強烈なほどで、不平不満はすぐに止んだ。
行方不明のレロフとの不自然なほどの類似や、彼の開かれた目に宿る恐怖に気付くほどその彫像を長く見る者は誰もいなかった。
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