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多人数戦向けデベロップ

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多人数戦向けデベロップ

Zac Hill / Tr. Tetsuya Yabuki / TSV YONEMURA "Pao" Kaoru

2012年6月1日

原文はこちら


 先週私は、どのように、そしてなぜプレインチェイスをデザインし、プレインチェイス用の新しいカードを作るのか、ということについて少しだけ語った。今日は一歩下がって、私たちが普段どのように多人数向けの製品をデベロップしているのか、ということについて語ろうと思う。多人数戦と一対一のマジックの違いは? 根本的に異なるものなのか、それとも全体としては同じマジックの一部分なのか? どんなカードが多人数用のデザインで大成功を収めるのか、そしていつもうまくいかないものは?


窯尖塔地域》 アート:John Avon

 今ここで、この記事はより理論構築的な記事になるだろうということをお伝えしておく――すべてのセットに多人数戦向けに作られたカードがあるので、これはリード・デベロッパー全員がその本質を理解する必要があるものとして意義深い。マジックを発達させるには非常に多くの芸術性が伴い、リード・デベロッパーたちはその手腕を振るってどんなプレイヤーも楽しめるカードを作ることが求められる。私たちは数量を割り当てることはしない――そう、「オーライ、デイブ、皇帝双頭巨人福袋をいっぱいにするものが足りないんだ。だから今回は少なくとも3つ確実にウケるやつを入れなくちゃならない」とかそういうのはない。私たちが挑戦し、成さなければならないことは、様々なタイプのプレイヤーたちの様々なニーズを理解することだ。そしてその方法はゲームがどのようにプレイされるのか分析することなのだ。そこから、デベロッパーとしての私たちがどのように多人数戦環境のためのツールを作るのか、ということが見つけ出せる。

 もちろん、私の例は超単純化されたものであることを心に留めておいて欲しい。こういった練習の意味は、最初の動機が「そうだな、私の《聖トラフトの霊》は早い段階に現れてその真価を判断するのが難しいので、『脅威を繰り出すのは悪いことだ』という状態を実験的には回避しているな」とかそういうものではないということを理解しなければならないということだ。すべての、あるいはそのほとんどのゲームが私たちが思い描く想定した通りの状況では終わらない理由は、プレイグループが基準を越えて進歩するからであり、マジックはその機微を理解している人に多くのツールを与えるからである。しかし、私たちがセットをデベロップしているときは、そういうツールを作っている。さらに、それらを生み出す前に世界中の人が取るであろう方法を考慮に入れなければならない。だから私が「壁に額縁を押し付けてもすぐに落ちちゃうんだ」と言う場合、「......壁に釘を打つ金づちの使い方がわからなかったんだもの」とは続かない。続きはこうだ。「これは釘がない世界の人が取る方法だ――そしてこれが、私たちが金づちを使う人たちのために釘を作る方法なのだ」

 たとえ話に付き合ってくれてありがとう。まだまったく笑いどころを見つけ出せていないけれど、たぶんこの記事が金曜日に載るまでには見つかるんじゃないかな。

惰性でだらだら

 一対一のゲームと多人数戦のもっとも根本的な違いは、一対一の戦いでは、すべてがゼロ・サム的であるということだ。君たちにとって良いことは、対戦相手にとって悪いことだ。君たちが対戦相手のクリーチャーを1体破壊すると、それだけ有利になる。普通は問題となるカードに最小限の損失で対処したいと思うので、脅威に対する解答は素早く、効果的なものになる傾向がある。その解答による全体の戦略への阻害が少なければ少ないほど、再びゲーム・プランを展開できるのが早くなるのだ。


破滅の刃》 アート:Chippy

 多人数戦はこのようには進まない。一対一の戦いで君たちが《ケンタウルスの狩猟者》をプレイし、私がそれに《破滅の刃》を打つ場合、私たちは互いに1枚のカードを失い、私には1マナ残る。全体的には、私にとって良い結果だ。だがしかし、これが5人戦で、まったく同じ状況の場合、私にとって実に悪いことが起こる。君たちと私はカードを1枚失う、つまり他の3人のプレイヤーより不利になるのだ。さらに、私はそのとき必ずしも私に影響を与えていなかった脅威に除去を投げたことになる。私の側からすると、このゲームでは脅威の数が4倍になるので、除去には一対一の場合の4倍の働きが必要なのだ。ああ! 恐ろしい! まあ、実際にはゲーム全体では(全てが互角なら)その解答に比較して同じくらいの脅威があるのだが、他のプレイヤーだって私の利益を望んでいるわけではない。みんなナンバー・ワンを目指しているのだ。

 《破滅の刃》が私の手札にある場合、それは行く先にあるどんなものにも解答となり得る。それによって私は自分から手を出さず、誰かが、そうだな、疑惑の目とかそういうのを向けるまでその状態を維持しようとする。あるいは巨大な悪漢が私に向かってレッド・ゾーンに入るまではね。除去を投げたその瞬間、私は(a)他のプレイヤーたちに遅れをとり、(b)突然かなりの無防備になるのだ。

 こういった傾向がどのような意味を持つのかというと、多人数戦においては何をするにも犠牲が大きい、ということだ。君たちは普通、あからさまなアドバンテージ源を生み出し始めることを良しとする。非常に多くのデッキがカードを引き、マナを増やし、強いインパクトのあるクリーチャーや呪文を唱えることに集中しがちなのはそのためだ。では、盤面に手を出すことは? やなこった。脅威に対策するのは絶対にいやだ――誰か他の人にやって欲しい。同様にして、一対一の戦いにおいてアドバンテージは攻撃側が手にしがちな傾向にある(防御側に有利なルールにも関わらず、大抵はより多くのマナやカードを持っているものだ)が、多人数戦では攻撃には多大な対価が伴うのだ。手札にある《破滅の刃》が行く先にあるどんな脅威にも解答となり得――そう、その脅威が黒でない限りね――るのと同様、アンタップ状態のクリーチャーは卓全体の抑止力として役に立つ。当然、そこで対戦相手が《破滅の刃》を君のブロッカーに使うこともあるけれど、それはまさに先ほど述べた状況に陥ることになるのだ。

 このように、卓全体を維持し全員が誰かに核兵器を発射し始めるまで何もしない、という巨大な流れがある。この影響は、膨大なライフで始まり基本的にいつでもアクセス可能なカードが(少なくとも)1枚ある統率者戦のようなフォーマットにおいて大きくなる。しかし、それは統率者戦に限ったことではない。一方で双頭巨人戦やアーチエネミー戦のようなフォーマットは、大きく分けるなら実際にはゼロ・サム的なのだ。それゆえ、ここまで話してきたことの多くが当てはまらない。

オーケー、それで?

 マジック・プレイヤーも人間なので、張り合いというものに反応する。それでは、私が述べてきたたような世界では何が行われるのか、そしてどのようにプレイ様式に影響を与えるのか?


審判の日》 アート:Vincent Proce

 第一に、多人数戦においては大量除去が本当に良いものである。本当に。私がゼロ・サムについて、何もしないということについて、あからさまなアドバンテージ源について、その他諸々について語ったことを憶えているかな? 《審判の日》のようなカードはそれら全てに関わっている。それは君たちが最初の数ターンをアドバンテージの創出に費やすことを可能にするだけでなく、卓の他の人に比べて自分の首を締めることなく問題となる脅威を除去することを可能にする。

 それが何を意味するかというと、君たちのいつも純粋なアグロ・デッキがかなり厳しいものになる、ということだ。全体除去を詰め込むことが全員に対して非常に強いので、早いターンに誰かが1つは持っている可能性が驚くほど高い。それでも、君たちは毎ターン盤面に脅威を投下しなければならないので、全体除去の被害を卓の他の人よりはるかに強く受けてしまうのだ。そのうえ、たとえ奇跡的に君たちの持つ脅威を生き延びさせられたとしても、他の4人のプレイヤーを倒す必要がある、という新たな問題がある。一対一ならば、アグレッシブなデッキは後半のトップデッキを序盤のアドバンテージで賄う。だが、普段勝利している方法といえば対戦相手のライフ総量を十分におびやかすほどに速く動き、それから少量の除去や妨害呪文を遅いデッキから繰り出される1体か2体の脅威に対処するために使う、というものだ。多人数戦に必然的に伴うものとは、ある一人のプレイヤーの防御に対処でき得るとしても、それがその卓の勝者になるということではないとう現実なのだ。

 ここで、君たちが起きて欲しいと思っていることは、プレイヤーたちがゲームの早い段階でアグロ・デッキの防御に向かう必要を感じていない、ということで、そのため全体除去をプレイする頻度がますます少なくなることだ。その結果、アグロ・デッキに対する防御を下げさせ、損害を与えることが可能になるだろう。全てのデッキの問題は、遅かれ早かれ脅威に対して適切な解答を与えなくてはならない、ということだ。もし全員がアグロ・デッキを使っているなら、《審判の日》は私たちが思い描いてきたすべての理由において良いものだ。仮に全員がビッグ・パパなデッキを使っても、それでも《審判の日》は6マナの脅威に4マナで対処できるので良いものだ――大抵は卓の他の人から抜きん出るというおまけもついてくるので、「2枚くらいカードを引く」という効果が付加されるようなものだ。

 こうして最終的に、あからさまなアドバンテージ源を蓄積させ、それから飛び抜けて強いインパクトのある脅威を唱えたり一息に多くの対戦相手を仕留めるようなコンボを揃えたりする、ということになる。

つっ立ってないで、何かしろ!

 それじゃあ、このことは私たちにとってどんな意味があるのだろう?

 まず初めに削るものは、アグレッシブなカードを良くしようとする場合、盤面に山ほどの脅威を投下することによって失われるアドバンテージをすべて取り戻さなければならない、ということだ。その方法のひとつは、対戦相手の第一波の除去に対処しながら君たちの軍団を戻すことのできる、そう、《生ける屍》を印刷することだ。しかしもちろん、それはごくたまに現れるカードに過ぎない。だから私たちは、盤面を埋めることによってゲームの早い段階で失うアドバンテージの多くを取り戻せる《トレストの密偵の統率者、エドリック》のようなカード、あるいはどの段階でも非常に強力な《漁る軟泥》のようなカード、またそいつ自身が兵隊を呼べる《断片無き工作員》(先週私がプレビューしたカードだ)を収録することを好んだ。クリーチャー2体と装備品ひとつを組み合わせ、全体除去を喰らうことなくゲームを素早く終わらせればいい。


耕作》 アート:Anthony Palumbo

 だがしかし、ほとんどの場合で君たちは惰性で戦っている訳ではない。ほとんどの多人数戦が大がかりな呪文や効果をめぐる戦いで、ほとんどのプレイヤーが大がかりな効果を楽しむために綿密にプレイする、というのが実際のところだ。ゆえに私たちの仕事は、君たち全員が新しいおもちゃを得られ続けるようにすることなのだ! その新しいおもちゃが、統率者やプレインチェイスのような多人数戦向けの製品、あるいは法務官やアヴァシンの帰還の伝説の天使たちそして(そう)タイタンのような、サイクルを含んだエキスパンション・セット、ということになる。今年これから見ることになるであろう多くの製作中のものと同様にね。私たちはまた、スタンダード環境を破壊しないようにマナ加速と得られるアドバンテージを促進することもできるが、それはみんなが多人数戦でやりたいことそのものだ。その典型的な例として、私たちは《木霊の手の内》の人気ゆえに基本セット2011に《耕作》を収録した。君たち全員があることをしたいと思うなら、私たちは、少なくとも確実にそれを行うための基本的な設備を君たちが持つようにしたいのだ。

 最後に――間を埋めることを書き添えなければならない。マジックは相互作用のゲームだ。私たちは公開されている場で、私たちがどれだけクリーチャーが好きで、戦闘フェイズが好きで、ビッグ・マナが好きで、ゲームを動かす効果が好きか話すのに多くの時間を費やした。何度も何度も同じ話をしているので、それを聞かされるのはフラストレーションが溜まることは分かっている。でも私たちが言いたいのは、マジックの歴史の大半が、呪文やドロー・ステップ、効率的な利益、そしてごくわずかなアドバンテージに報いることへ傾倒したものだったということだ。だから私たちはそれらの均衡状態を保つことに多くの労力をかけなければならず、それこそが私たちの努力のほとんどを集中させる場所なのだ。だがもしその努力がどこかへ去ってしまったら、マジックはつまらないゲームになるだろう。私たちはそのことを理解している。《定業》や《流刑への道》を強いものにするために、私たちの側がそんなに労力をかける必要はないのだ。

 すべてを繰り返して言おう。そう、多人数戦向けのデベロップに必要不可欠な要素とは、プレイヤーたちがただ座ってショットガンの銃撃を受けないように保証することだ。確かに動くことが《破滅の刃》に有利とは言えないが、その一方で多くのプレイヤーがピンチの際に問題に対処できるよう《化膿》や《屈辱》、《大渦の脈動》、《雲散霧消》、《邪魔》、《糾弾》といったカードを使用している。用途の広さは多人数戦において貴重なものだ。一対一の戦いでできるようには施術できないからだ。まさにそれが理由で、私は《否認》のようなカードが大好きだ――それで全てを止めることはないが、(例えば)立ち向かうのが最も恐いコンボを止める。すると、多くの攻撃的志向のカードに内在する不均衡を取り除くために、可能ならば、私たちはたくさんの「対戦相手1人を対象とする」効果を「各対戦相手」に仕向け始めることになるのだ。これはまたマジック・オンラインにおけるクリックを大切にする、という重要な側面がある――つまり、オンラインでの遊びが広まるにつれて、私たちにとってより重大なものになるのだ。

パラッパラッパー

 よーし。とにかく、私に分かっていることは、多人数戦がどのような傾向をもって動くのか、ということについて考えることはマジックのデベロップの縮図のようなものであるということだ。私たちはある困難があるフォーマットに何を示すのかを考え、それをめぐってどのように動くのかについて考えている。こういった内容は難解なものだ、ということは分かっているけれど、これが私たちの仕事の過程とその成果と、それから私たちがどれだけ世界中の多人数戦マニアに向けて愛を届けたいと思っているのかについて、君たちに良き理解を与えてくれると願っているよ。

 もちろん、私たちは全てを知っている訳じゃない。他に見たいものは? もっとやって欲しいことは? 私たちが多人数戦にたくさん手を掛けていることをどう思う? ぜひ教えてくれ、オーケー?

 それじゃあ、ありがとう。

Zac (@zdch)

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