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戦略記事

岩SHOWの「デイリー・デッキ」

構築譚 その3:ポール・スライの「オークの司書」デッキ

岩SHOW

 今日は最近マジックを始めた人にはなじみがなく、長くプレイしている人には聞かなくなって久しい、あるマジック用語を掘り下げたいと思う。それは……「スライ」だ。

 かつては赤の速攻系デッキをこう呼んだものである。今ではどの色でも早いデッキは「アグロ」という言葉でまとめられるようになってしまったが、赤けりゃ「スライ」、白か黒なら「ウィニー」、緑なら「ストンピィ」と呼び分けていたものである。

 ではなぜ、赤いアグロデッキを「スライ」と呼んだのか? その語源は何なのかという話が今日のメインである。1996年、アメリカはアトランタにて高いデッキ構築能力で当時のスタンダードで勝ち星を挙げていたプレイヤーがいた。その名はポール・スライ/Paul Sligh。

 つまりこの人が「スライ」デッキの生みの親であるわけだが、赤いアグロデッキなんてもっと昔から、マジックが発売された1993年の時点であっても良さそうなのにと思った方も少なくないだろう。1996年以前にもそういうデッキはあるにはあっただろうが、スライ氏が世に放ったそれは「毎ターン、マナをしっかりと使い切ってベストなパフォーマンスを目指す」という、今で言うマナ・カーブ理論を体現した初めてのデッキであるという点が、他と一線を画すものであったのだ。

 事の始まりは1994年、マジック黎明期の伝説的デッキビルダーであるジェイ・シュナイダー/Jay Schneiderが、当時から強かった青の打ち消しを用いるコントロール・デッキを倒すためのデッキを模索し、この赤単の原型を作成、それを彼の調整仲間であるスライ氏が仕上げて1996年のプロツアー予選シーンで活躍。当時世に浸透し始めたインターネット上にて、この奇妙で独創的な赤単のリストは公開され、それにより「スライのデッキ」は爆発的に広まったという。

 1ターン目は1マナのクリーチャーを、2ターン目は2マナクリーチャーか1マナクリーチャー2体を、と毎ターンきっちりと使えるマナを戦力として用いていく。早いターンから徹底してこの動きを行いたいため、3~4マナのパワーカードよりも1~2マナの1枚でのカードパワーが低いものを優先して採用する。この、速攻デッキを構築する際の常識が世に浸透する前の黎明期において、それを意識して組まれた唯一の赤単……

 お待たせしました、初代「スライ」の登場でござ~い!

Paul Sligh - 「オークの司書」デッキ
プロツアー予選 準優勝 / スタンダード (1996年)[MO]
13 《
2 《ドワーフ都市の廃墟
4 《ミシュラの工廠
4 《露天鉱床
-土地(23)-

4 《真鍮人間
2 《Dwarven Trader
2 《フラーグのゴブリン
4 《鉄爪のオーク
3 《Dwarven Lieutenant
2 《オークの司書
2 《火の兄弟
2 《オーク弩弓隊
2 《Orcish Cannoneers
2 《チビ・ドラゴン
-クリーチャー(25)-
4 《稲妻
1 《黒の万力
1 《炎の供犠
4 《火葬
1 《粉砕
1 《爆破
1 《火の玉
-呪文(13)-
1 《Zuran Orb
3 《活火山
1 《弱者の石
1 《粉砕
4 《魔力のとげ
2 《鋸刃の矢
1 《An-Zerrin Ruins
1 《爆破
1 《火の玉
-サイドボード(15)-
 

 このデッキには大変に特徴的なカードが採用されている。誰も使い道があると思っていなかった《オークの司書》だ。

 マナを払って、やることはライブラリーの上にあるカードを並べ替えるだけ……しかも8枚見てそのうち無作為に選ばれた4枚は追放されてしまう! なんか損してる! 当時はそう思われていたのだが、マナを遊ばせるくらいならしっかりとそれを使って以降のターンのドローの質を高めた方が勝利に近づく、追放されたカードはそもそも引かなかったものと思って割り切ればよい……という理論に基づいて、このデッキの重要なポジションを担っているのだ。

 最序盤からクリーチャーを展開して殴る、そのために1マナクリーチャーが8枚採用されている。《真鍮人間》に《フラーグのゴブリン》、そして能力なしの《Dwarven Trader》だ。

 《フラーグのゴブリン》はドワーフが横にいると死んでしまうのだが、このデッキには《Dwarven Trader》と《Dwarven Lieutenant》が採用されている……なぜ、こんなアンチシナジーがデッキ内にあるのか? これは、当時のスタンダードならではの現象。当時のスタンダードはカードプールに含まれるすべてのセットから最低5枚はカードをデッキに入れなければならない、という構築ルールがあった。そしてこのころのスタンダードには、カードパワーがとても低い(でも雰囲気は最高)であることで知られる『ホームランド』が含まれており、このセットから使える赤いカードをなんとか探し出した結果、少々噛み合わないカードを採用するという苦渋の決断に至ったというわけだ。

 今見ると、弱いものばかりの赤い低コストクリーチャーたち、当時としても白や黒からは見劣りするスペックである。これらの攻撃をサポートするのが、こちらはオールタイムで見ても見劣りすることのない各種火力だ。何せ、ダメージ効率が最高クラスな《稲妻》と、こちらも使い勝手抜群の《火葬》があるからね。

 バーンデッキほど火力に頼ってはいないが、最後の数点はこれらを投げつけて削りきることができるというのはこのデッキの強みである。《黒の万力》という1マナで6~7点くらいダメージを与えることができる火力的な古えの制限カードもあり、見た目以上にライフを削る能力には長けている。

 がっしり守られても《オーク弩弓隊》《Orcish Cannoneers》でバンバン本体を焼いたり、《火の兄弟》《チビ・ドラゴン》にマナを注いだりして攻めの姿勢を継続できる。

 このライフを狙えるという強みで、当時隆盛を極めつつあった《ネクロポーテンス》をエンジンとしたデッキを蹴散らしていたようである。

 カード1枚1枚のパワーよりも、安定して毎回同じような動きができることを重視した構築。マジックの新たな常識を世に広めたこの《オークの司書》デッキに敬意を示したプレイヤーたちは、このデッキに続く、赤単の小型クリーチャーで殴り火力で締めるデッキを「スライ」と呼ぶようになった。

 時代を重ねるにつれ、赤にはゴブリンなどを中心に優秀な1~2マナ圏が揃うようになる。ピークには天下を取り、弱体化し、また復活し……を繰り返して現在に至る。《オークの司書》から《熱烈の神ハゾレト》まで、約20年にわたる長い長い旅がそこにはあったんだね。

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