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週刊デッキ構築劇場
第87回:高橋純也のデッキ構築劇場・王権復古
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週刊デッキ構築劇場
2012.11.19
第87回:高橋純也のデッキ構築劇場・王権復古
演者紹介:高橋 純也
2005年のグランプリ・松山にて、《狩猟の神》を重用した鮮烈なドラフトコンセプト「赤緑ラッシュ」を披露して一躍名を轟かせる。
その『ほとばしる奔能(ラッシング・ラッシュ)』はリミテッドにとどまらず、グランプリ・京都2007で見るものを驚かせた「発掘」(スタンダード)、プロツアー・バレンシア2007で小池貴之をトップ8に導いた「アグロドメイン」(エクステンデッド)など、環境を問わず状況を分析し、既存のコンセプトの潜在能力を最大限に引き出す構築手腕を見せている。
近年では、雑誌への寄稿などライティングでも存在感を発揮している、才覚あふれるプレイヤー・ライター。
0. 『王者』の苦悩
Q:あなたがデッキを構築する際に最も重視することはなんですか?
唐突な質問ではあるが、みなさんはどう答えるだろうか。幾人かの友人にも同様の質問を投げかけたところ、十人十色の回答が戻ってきた。
A1:勝てるかどうか。勝てなきゃつまらないでしょ。
A2:楽しいかどうか。勝ててもつまらなければ意味が無いもん。
A3:美しいかどうか。一貫性がない構築など冷めた肉まん以下でしかない。
なるほど。どれも納得がいく。勝負事である以上は勝利を追求することは自然で、娯楽のひとつである以上は楽しいことは重要、そして表現する手段として美しさは軽視できない要素だ。まるでそれぞれのプレイヤーとMTGの付き合い方、あるいはMTG観ともいうべきスタンスが垣間見えたようで各々興味深い回答の数々だったが、その中でも一際目立つ回答はこれだった。
A4:王者かどうか。王者であり『人類の英知』を目指すことこそがMTGの真髄なのは周知の事実。
どうにもきな臭い単語が現れたので先に人物紹介をしてしまうと、この発言者は日本が誇る青白コントロールフリークで知られる板東 "JB2002" 潤一郎(茨城)である。
彼が構築するデッキの数々は、何時いかなる環境においても青白を主軸にしたボードコントロールで、その徹底して受けきる横綱スタイルを彼は『王者』や『人類の英知』だと自称している。時折赤単などの愚直なビートダウンを使用する姿も見えるが、その理由は「民草の心を知るため」と常に『王者』たる姿勢は忘れていない。
こうした人物紹介だとただの変な人でしかないのだが、あらゆる環境において『王者』であることを貫き通し、なおかつトーナメントプレイヤーとして結果を残している点こそが彼の素晴らしいところだ。国内外のプロプレイヤーからの信頼も厚く、大きなトーナメントの直前には彼のもとに「デッキレシピをシェアしてくれ」という依頼が飛び交っている。
楽しさや美しさを手に入れるために勝利を放棄するのではなく、また、それらの組み合わせのいずれでもない。彼のいう『王者』とは、MTGを通じて得られる、美しさ、楽しさ、強さの全てを余さず手に入れるためのスタイルだといえよう。
このようにすべてを手に入れた『王者』であったはずの彼だが、数日前に不穏なツイートを残したことが話題に上がった。これが件のものである。
『勝てないなー。深刻に勝てない。スタンダードでこれ程までに絶望感というか、勝てない印象を持った事はかつてないかもしれない。いや、勝ってない時期は過去にもあっただろうけど、心は戦っていた(笑)今は勝つビジョン、勝てるようになるイメージがない。やばい。主に練習不足のせいなんだろうけど。』
『これは引退の危機だね(笑)ってかまぁ、今の練習量は既に引退したも同然なんだけど。しかし、勝てないのに遊びで続けるのは辛いというか、楽しくないね。全盛期ほどでなくてもいいから、少しは勝ちたい。』
なんと『王者』の心が折れ始めていたのだ。
現在勝てないという結果自体は大した問題ではない。改善案が見いだせればすぐにでも解決できるからだ。しかし、絶望感という単語が気を引く。とにかく改善への糸口がつかめていないのだろう。
楽しくない。勝てない。絶望感。
そんな言葉は『王者』からは聞きたくなかった。なので今回の構築劇場では、楽しさと勝利を兼ね備えた『王者のMTG』を探求しようと思う。
1. 『王者のMTG』とは?
何とはなしに連呼してきた『王者』という単語だが、ニュアンスは掴めてもそれが何であるかはいまいち伝わっていないと思う。なぜなら僕もあやふやな認識しか持っていなから当然である。そこで定義づけよろしく、本人に『王者』あるいは『王者』のマジックとは何かを聞いてみた。
曰く、『王者のMTG』とは対戦相手の行動を完封して勝利することだという。僅かな差で差しきることは『王者』ではなく、堂々と受けきり、真っ向勝負で上を行くことこそが王道なのだと。
具体的なイメージが掴みにくかったこともあり、たとえばを求めたところ、一つのデッキリストが送られてきた。
8 《島》 6 《平地》 4 《金属海の沿岸》 4 《氷河の城砦》 3 《幽霊街》 2 《埋没した廃墟》 -土地(27)- 2 《瞬唱の魔道士》 -クリーチャー(2)- |
4 《思案》 4 《マナ漏出》 4 《熟慮》 3 《漸増爆弾》 2 《否認》 3 《雲散霧消》 2 《青の太陽の頂点》 4 《審判の日》 2 《ギデオン・ジュラ》 1 《エルズペス・ティレル》 2 《解放された者、カーン》 -呪文(31)- |
1 《不死の霊薬》 3 《天界の粛清》 1 《漸増爆弾》 1 《瞬間凍結》 1 《否認》 1 《幻影の像》 3 《機を見た援軍》 1 《白の太陽の頂点》 1 《四肢切断》 1 《魔女封じの宝珠》 1 《大修道士、エリシュ・ノーン》 -サイドボード(15)- |
これは少し時代をさかのぼって、2011年の世界選手権でAndrew "Gainsay" Cuneoが使用した『Cuneo Blue』なる青白コントロールだ。極端にクリーチャーが少ない構成が目立ち、勝利手段となる数枚のプレインズウォーカー以外はドロー呪文と除去呪文で構築されている。昔懐かしい古典的な青白コントロールとも言えるが、近年の強力な低マナカード群を前に超長期戦を想定したデッキ構築は、この当時としては物珍しく映った。(リンク先は英語)
ここで注目すべくはデッキの勝利条件の薄さだろう。デッキを構成するほとんどが防御的なカードであり、攻防一体を務めるプレインズウォーカーが唯一の勝利手段であるのだから、対戦相手のライフなどの通常のゲームを左右する要素には無頓着で実質対戦相手のギブアップ待ちといってもいいくらいだ。
この徹底した防御姿勢こそが『王者』のスタイルである。ドロー呪文で対戦相手よりも多くの呪文へとアクセスし、その物量をもって攻撃を全てせき止めた末に、数枚の勝利手段で疲労困憊の対戦相手を介錯する。そもそも長期戦を想定していない対戦相手であれば息切れを待つだけで勝手に勝利が転がり込んでくるため、この戦略は他のデッキとは明確にゲームの速度を異なるという意味において有利である。
ただ、戦略のもつストーリーは合理的かつ強力なのだが、その分デメリットもあり、デッキの構成に与える負担は大きく、どこか歪んだ並びになりやすいのだ。
その歪みとは2つの点で見られる。ひとつは序盤戦と超長期戦で活躍するカードが入り交じっていること、もうひとつは防御的なカードで統一されているにもかかわらず代用の利かないキーカードが採用されていることだ。
前者は、Cuneoのレシピでいうと初手を開いた際に《思案》と《マナ漏出》の横に7マナ以上のカードが混じっていることでの機能不全である。全てのカードが使用可能になればデッキは本領を発揮するものの、軽重様々な用途のカードが採用されているため、最序盤に引かなくてはならないカードと最終盤以外は機能しないカードが混在してちぐはぐな動きを見せてしまう。
後者は、ドロー呪文との兼ね合いによって生じる質の差が原因だ。ドロー呪文は他のカードにアクセスする機会を得ることができるものの、ドローすること自体は盤面になんの影響も及ぼさないため、ドローすればするほどに自分のゲーム展開が遅れていくという側面がある。
防御に徹しているこのようなデッキの場合、そのゲームの遅れは致命的であるため、遅れた盤上を強引に引き戻すカードや逆転できるほどのインパクトがあるカードが求められる。例えば《審判の日》、現環境で言うなら《スラーグ牙》や《至高の評決》がそうだろうか。このようなカードは多く存在しないうえに、これらに巡り合えなければその時点でゲームが終了しかねない。引けば勝てる呪文は、引かなければ負けてしまうのだ。
この2点は最も大きな問題だろう。理想的なプランの裏には、その理想を守るための強引な論理が存在している。これは戦略自体が抱えている問題であるため、完璧に解決することはかなわないだろうが、意識することで少なからず緩和することはできるだろう。
2. 現環境で『王者』が追い詰められている理由
それでは冒頭の発言へと戻るが、現状のスタンダード環境において『王者』の戦略は追い詰められているらしい。すなわち防御に徹するだけでは勝てなくなってしまったということなのだろうが、それはなぜなのだろう。ここではその理由について考えてみる。
簡単にそれらしい理由をピックアップしてみたところ、以下の4つが思い当たった。
- 1) 対戦相手の攻撃手段が強力で受け切れない
- 2) 数枚で勝利できるカードが存在しない
- 3) 対戦相手よりも多くのカードにアクセスする手段がない
- 4) 遅れた盤上を引き戻すカードがない
とりあえず列挙してみたのは、主に『王者』系のコンセプトに抵触する内容である。そもそも『王者』という戦略が機能しないからこそ、追い詰められているのではないか、という展開をしてみた。それぞれに関して掘り下げてみよう。
1) 対戦相手の攻撃手段が強力で受け切れない
防御に徹してみるものの、その防御が意味を成さないのであれば、そもそも防御に徹する意味は薄い。そこで環境の主なる攻撃手段に注目してみると、《スラーグ牙》や《静穏の天使》はもちろん、多くのパワー2の1マナ圏、《聖トラフトの霊》、《原初の狩人、ガラク》とこれまでの歴代スタンダード環境でも指折りのグッドスタッフが揃っていることがわかった。たしかにこれらを前にゲーム終了まで受けに徹することは難しい。
2) 数枚で勝利できるカードが存在しない
デッキ全体で防御し、わずか数枚で勝利をもぎとる『王者』の戦略だが、その鍵となる数枚がなければ勝利できないとも言える。その決定的なフィニッシャー不足ではないかと考えたが、1) で取りあげたグッドスタッフの数々は十分にそれ1枚でゲームを決定づける力を持っていることから、ゲームを終わらせる手段自体は不足していないと思われる。ただ、その強力なフィニッシャーは環境にあふれているため、それらの叩きつけ合いにならないような工夫が必要だろう。
3) 対戦相手よりも多くのカードにアクセスする手段がない
これに関しては対戦相手の構造に依存するため、はっきりと答えを出すことはできないが、《スフィンクスの啓示》という1枚が存在する以上は杞憂だろう。カウンターを持たない対戦相手には悪夢としか言いようのないインパクトを持ったドロー呪文だ。
4) 遅れた盤上を引き戻すカードがない
一応、全体除去として《至高の評決》が環境にあり、それは十分に強力ではあるものの、それが決定的であるかというとそうでもないところが現スタンダード環境の面白い点だ。
《ファルケンラスの貴種》や《スラーグ牙》、《ウルフィーの報復者》は生き残る上に、瞬速を持ったクリーチャーも少なくない。《至高の評決》を挟まないとゲームにならないが、それをプレイできたからといって一安心とはいえないのが辛いところだ。ただ、それに加えて《スラーグ牙》を繰り出せば、顔をしかめないデッキは多くない。通常は1工程で済む作業が2工程かかるくらいの認識は必要だろう。
以上を整理すると、1) 以外はそこまで致命的な状況でないことが分かった。1) と4) には関連する内容があり、とにかく攻撃手段が強力であるため、通常の『王者』スタイルであるドローの遅れをリセットで帳尻合わせる戦略は比較的難しいことが分かった。常に何かしらの防御行動を取りながらゲームを遅らせ、その途中で均衡した際に大量ドローで突き放す。この繰り返しのなかでいつしか攻守逆転を狙う。これこそが新しい『王者』スタイルだろう。
それでは実際に構築してみよう。
3. ニューエイジ『王者』の構築
前節で説明した内容ではあるものの、改めて新しい『王者』の構築の肝について確認する。
- 細かいドローは盤上の遅れにつながるため採用しない
- 戦略として1枚のカードで遅れを取り戻すのではなく、常に防御的な行動をとれるようにする
- 対戦相手の息切れは起こりにくいため、ゲームの途中にある1~2ターン程度の停滞で逆転勝利する
これくらいだろうか。足りない要素は継ぎ足すとして、現状見えている問題点はこれらを達成することで解決できそうだ。
ただ、この達成は容易なことではない。なぜなら、旧『王者』にあった「軽いカードと重いカードをつなぎ合わせるカード」が足りていないからである。以前はこの役割を軽量ドローが担っていたものの、それを廃することが今回の試みのひとつである。そうなってしまうと、軽量ドローでの調整以外の方法でつなぎの役割を生み出さなければならない。
これを解決する手段として思いついた方法は、マナ加速だった。
つまり、重いカードを軽くしてしまおうという算段だ。3ターン目に4マナ、4ターン目に5マナを捻出することで対戦相手よりも少し重いカードで対応できる作りにすれば防御への負担も軽減されるだろう。また、今回の逆転の一手となる1枚は《スフィンクスの啓示》となる予定であったため、マナが少しでも多く出る構造にすることは悪くない。
マナ加速もドロー呪文と同様に盤上の遅れにつながるのではないか、という指摘があるかも知れないが、その指摘は至って正しい。それでも、マナ加速がコンセプトに合致していることや、不確定な引きましに頼るよりは健全な行動という理由で強行することにした。よりよい手段があるかも知れないが、今回はそれに思い当たらなかった。
2 《島》 1 《森》 4 《氷河の城砦》 4 《神聖なる泉》 4 《陽花弁の木立ち》 4 《寺院の庭》 4 《内陸の湾港》 2 《魂の洞窟》 -土地(25)- 4 《スラーグ牙》 -クリーチャー(4)- |
4 《遥か見》 2 《マナの花》 1 《不死の霊薬》 4 《アゾリウスの魔除け》 2 《拘留の宝球》 4 《至高の評決》 4 《巻き直し》 1 《終末》 4 《スフィンクスの啓示》 1 《記憶の熟達者、ジェイス》 4 《思考を築く者、ジェイス》 -呪文(31)- |
3 《ケンタウルスの癒し手》 2 《ロウクスの信仰癒し人》 1 《墓場の浄化》 1 《真髄の針》 3 《否認》 1 《天啓の光》 1 《地の封印》 1 《拘留の宝球》 1 《終末》 1 《記憶の熟達者、ジェイス》 -サイドボード(15)- |
これが新環境の『王者』である。
調整過程で見つかった思わぬ収穫と弱点としては、見かけどおりに《スレイベンの守護者、サリア》や《ムーアランドの憑依地》が厳しいこと、《マナの花》が想像以上に強かったことだ。
《スレイベンの守護者、サリア》はデッキのほぼすべてが呪文であるこのデッキには厳しく、なおかつ除去する手段が限られているため、先手2ターン目に飛び出されると頭を抱えるレベルだった。《ムーアランドの憑依地》は受けきるというデッキの目標を大きく邪魔してくれる1枚だった。除去しても除去しても溢れでてくるスピリットトークンに対抗する策は限られていたため、最後までデッキのガンとして残ってしまった。
《マナの花》に関しては説明が難しいのだが、当初は劣化の《遥か見》として採用していたため、その思わぬ使い勝手には驚いた。要するに自分のターンで行動した後に、対戦相手のターンで行動する際にマナに余裕が生まれることが強みである。
《否認》や《アゾリウスの魔除け》は2マナの呪文で十分に軽いカードの部類に入るのだが、これらを「構える」ために1ターン待たなければならないこともあり、その際のマナのやりくりにおいて《マナの花》はピタリとハマる1枚だったのだ。
絶望的。こんな言葉で始まった今回だったが、調整過程においてそういったマイナスの印象は全く受けなかったことがやや拍子抜けだった。たしかに周囲には優秀なクリーチャーが蔓延しているものの、所詮はクリーチャーであり、コントロール系統のカードやコンセプトとの相性は悪い。
やはり構造的に「速攻」能力を持ったカード群が辛かったのが印象的だったが、《雷口のヘルカイト》、《ファルケンラスの貴種》、《地獄乗り》と大部分が赤に偏っていたため、サイドボード後のゲームと合わせると悲観するほどの内容でもない。
やはり最序盤の動きに左右されるものの、対戦相手の攻撃を受け止め、その後に思い通りのゲーム展開を繰り広げて勝利する。そんな古き良き『王者のMTG』は健在だ。
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