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マジックフェスト・名古屋2019
ドクター井川のスタンダード解説 ~『エルドレインの王権』環境の変遷~
マジックがうまい人は、何らかの才能に秀でている人が多い。
私がカバレージライターとして活動するようになってしばらくになるが、これまでのさまざまなプロプレイヤーのインタビューを通じて実感したことのひとつだ。
例えば市川 ユウキはそのキレのあるユーモアと視聴者を魅了するプレイの数々、そしてそれらの魅せ方を含めてストリーマーとしての素養、つまりカリスマがあると言えるだろう。実際、「日本一有名なMTGストリーマー」として2019ミシックチャンピオンシップⅤ(MTGアリーナ)に特別招待を受けている。
他にも八十岡 翔太や瀧村 和幸などは、マジックのみならずゲーム全般がうまい。「ゲーム全般がうまい」という言葉にピンと来ない人もいるかもしれないが、ゲームというものは本質的に「持続性を持った問題解決」だ。すなわちゲームがうまいということは、その課題の意図や問われている技能を瞬時に見抜き、高い精度でそれを実現する能力があると言い換えることができる。要するに、地頭がいいのだ。
そして、井川 良彦という人と話しているといつも思うことがある。
この人は、言語化の天才であると。
井川にインタビューをすると、その話の密度の高さに毎度感銘を受ける。それでいてなお、彼はいつも明瞭かつシンプルな「答え」を出してくれる。
言語化の能力と言ったが、それは決して語彙力や表現力が優れているといった受け手次第の感覚的なものではない。話が分かりやすい。教えるのがうまい。それはつまり、事象を細かく品詞分解し、その知見を共有する技術――言葉によって繋ぎ合わせる技能が高いということに他ならない。もしも井川が教師だったら、その教え子たちは優秀な成績を収めることだろう。
ゆえに井川こそ、この大青緑時代となったスタンダード環境を紐解く解説役として最も相応しい人物であり、その話に耳を傾けることで、いわゆる「環境」というものを理解する足がかりを得ることができるはずだ。
なぜ青緑が強いのか。そこにある因果関係を、時系列に沿って追っていこう。
井川 良彦 |
スタンダード今昔物語
「まず、『エルドレインの王権』発売0週目――プレリリースのタイミングだね。MTGアリーナやMagic Onlineで、『バント・フード(食物)』や『エスパー・スタックス』のようなデッキ、そしてそれ以外の雑多なデッキが一気に出てきた。それからしばらくして、雑多なデッキに対してめっぽう強い《不屈の巡礼者、ゴロス》と《死者の原野》を使ったランプデッキが出てきたんだ」
「『ゴロス・ランプ』が出てくると、環境はゴロス vs. フードという構図になった……『シミック・フード』と『バント・フード』だけは地力が高かったから生き残って、他のデッキがこれらに勝てないから全滅した形だね。なんと言っても、《金のガチョウ》と《王冠泥棒、オーコ》のパッケージが強いし、それに加えて脇を固める《意地悪な狼》などでかなり早いターンからマウントを取れるから、唯一ゴロス系デッキに対して勝ちの目があったアグロ系のデッキもフードデッキにほとんど駆逐されてしまったんだよね。最初期は《探索する獣》が注目されていたけど、結果的に『エルドレインの王権』環境の最大の出世頭は《意地悪な狼》と言っていいと思う」
「強いて言うなら、環境初期から少数ながら存在した『ゴルガリ・アドベンチャー(出来事)』のようなデッキもいることにはいたけど、やっぱり環境の2番手か3番手というポジションで、しばらくこの二強環境だった。このあたりは、ミシックチャンピオンシップⅤのメタゲーム・ブレイクダウンを見ても明らかだね。何しろ『ゴロス・ランプ』と『シミック・フード』を合わせただけで50%もシェアがあったんだから、まさしく環境のトップメタは『ゴロス・ランプ』と『シミック・フード』だったと言っても過言ではなかったよ」
環境初期のことを、井川は即席の図や具体例を挙げながら説明してくれる。そしてそれは私にも覚えのある光景だった。
ゴロス系デッキと、シミックないしバント・フードのニ大巨頭の対決。しかし、その只中に繰り広げられたミシックチャンピオンシップⅤでは、いわば第三勢力とでも呼ぶべきデッキが勝っていたはずだった。
「でも、このミシックチャンピオンシップで優勝したのは、みんなご存知の通りハビエル・ドミンゲスの《エンバレスの宝剣》入りのグルールアグロだった。これはなぜかというと、しばらくフードとゴロスが潰し合っていたせいで、これら2つのデッキの構築が歪み始めていたんだよ。特に当時のシミック・フードはメインから《軽蔑的な一撃》を入れていたり、完全にゴロスをメタった構築にシフトしていた。その間隙を縫う形でグルールが勝ったんだよね」
10 《森》 9 《山》 4 《踏み鳴らされる地》 -土地(23)- 4 《生皮収集家》 4 《ザル=ターのゴブリン》 3 《楽園のドルイド》 2 《クロールの銛撃ち》 4 《砕骨の巨人》 4 《グルールの呪文砕き》 4 《探索する獣》 3 《スカルガンのヘルカイト》 -クリーチャー(28)- |
4 《むかしむかし》 3 《争闘 // 壮大》 2 《エンバレスの宝剣》 -呪文(9)- |
3 《恋煩いの野獣》 2 《打ち壊すブロントドン》 1 《変容するケラトプス》 2 《レッドキャップの乱闘》 2 《ショック》 2 《夏の帳》 3 《ドムリの待ち伏せ》 -サイドボード(15)- |
「ただ、さっきも言ったとおり、アグロデッキは構造上『シミック・フード』に勝ちにくいデッキなんだ。速い段階でマウントを取られる上に、最終的には食物・トークンでライフも回復されてしまうしね。実際、ハビエルも予選ラウンドではフードデッキに結構な頻度で負けていたんだよ。ただ、もうひとつのトップメタであるゴロス系のデッキに対しては強かった。図にするとこういう感じかな」
「この図を見ると分かるけど、これはこれで三すくみの環境ではあったんだ。でもこのミシックチャンピオンシップⅤの後に、禁止改定が行われて三すくみが崩れることになる……みんなもご存知の通り、《死者の原野》が禁止されたよね。すると『シミック・フード』は天敵と言える存在もいなくなるわけで、それが今の強い環境に繋がっていくわけだね」
「天敵がいないということは『シミック・フード』の天下になるわけだけど、そうなると『シミック・フード』の敵は『シミック・フード』に……つまりミラーマッチが多発することになるよね。だから、メインから《害悪な掌握》を入れた『スゥルタイ・フード』も見られるようになった。構造的にはほとんど同じで、相手の使うカードだけを除去しよう、という発想だね。《害悪な掌握》は色メタカードではあるけど、環境のデッキが緑に寄っていることもあって、完全に腐るタイミングが少ないんだ」
「ただ、もちろん色を足すことにもリスクはあって、12枚のギルドランドを採用していることからライフを失うスピードが速い。そこで、『シミック・フード』側は《厚かましい借り手》を採用して、テンポ戦略を取るようになった。バウンスの能力も強くて、盤面を押し返す力も高まっているのがポイントだね」
禁止改定を経て訪れたのは、シミック・フード同士が互いの尾を喰らい合う環境。しかし、すでにこれだけメタゲームがはっきりしているなら、なぜ『シミック・フード』を打倒するデッキが出てこないのだろうか? 特にシミック・フードのようなミッドレンジ系のデッキは、より重い構成のコントロールデッキを苦手としているはずだ。環境には単体・全体除去も、打ち消しも、ドロ―呪文も、手札破壊も、フィニッシャーも数多くいるはずである。
井川はこの質問にも的確な答えを返してくれた。
「《夏の帳》の存在が大きいね。あれによって『プレインズウォーカーを定着させて勝つ』というコンセプトがより強固なものになっていて、シミックの強さのもとになっている。この《夏の帳》によって、《王冠泥棒、オーコ》、《世界を揺るがす者、ニッサ》、《ハイドロイド混成体》、《金のガチョウ》、《意地悪な狼》のパッケージが支えられてるんだ」
「で、こうして禁止改定の前から頭一つ抜けていた『シミック・フード』が二大勢力に分かれて環境の中心になったわけだけど、実は《死者の原野》が禁止されたことでゴロスに抑圧されていたデッキも日の目を見るようになってるんだ。具体的には『ゴルガリ・アドベンチャー』のようなミッドレンジが復権したんだよ。『ゴルガリ・アドベンチャー』はメインに無理なく《害悪な掌握》を取れるしね」
「ゴルガリ・アドベンチャー」。環境初期からにわかに注目されていたミッドレンジデッキだったが、ゴロスランプが一大勢力を築いていたミシックチャンピオンシップⅤでは完全に負け組だった。
もともと「ゴルガリ・アドベンチャー」はミッドレンジ系に大別されるデッキであり、たしかに「ゴロス・ラン」プのようなアンフェアな勝ち筋を持ったデッキには弱い傾向にあるため、その結果は納得の行くものだが、ゴロスなき今、「シミック・フード」への対抗馬として台頭し始めたという。
「フード・デッキは完全無欠に見えるけど、実はアドバンテージ源が意外と少ない上に、ゴルガリ側にはさっき言った《害悪な掌握》に加えて《残忍な騎士》もあるから、これらで1対1交換を繰り返されると地味にキツいんだ。《ハイドロイド混成体》は大量にカードが引けるけど、『ゴルガリ・アドベンチャー』相手に引きたい当たり牌はそこまで多くない」
「対して『ゴルガリ・アドベンチャー』側は《エッジウォールの亭主》や《採取 // 最終》などアドバンテージ源も豊富だし、《王冠泥棒、オーコ》や《世界を揺るがす者、ニッサ》の置き土産(食物トークンやクリーチャー化した土地)もそこまで脅威じゃないからね」
「今の勢力図としては、トップに『シミック・フード』系がいて、その一段下に『ゴルガリ・アドベンチャー』がいる感じ。それに、今回のグランプリでは『ジャンド・アリストクラッツ』系の動向も気になるところだね。《害悪な掌握》が刺さりにくいのは分かるけど、個人的にはまだちょっとパワー不足な印象も受ける。この大会で真価が問われるときだね。他にもゴロスに抑え込まれていた白青コントロールが先週のMCQW(リンク先は英語)で結果を残していたけど、ああいった盤面を無視するデッキが出てくるかもしれない」
そこまで聞いたところで、時間の都合もあって今回のインタビューはお開きとなった。時間にしてわずかに10分か15分ほどの時間だったはずだが、井川はこの1か月の出来事を事細かに説明してくれた。
程度の差はあれ、誰もが「とりあえず《王冠泥棒、オーコ》を使ったデッキが強い」というところまで行き着いている。しかし、なぜそうした環境になっているのかまで考えを進めるのは、実体験に基づく経験値と、それをさらに俯瞰する客観性が必要とされるだろう。そのいずれをも併せ持ち、なおかつ言語化して他人に教示できるというのは井川の常人離れした能力の為せる業と言える。
彼自身も、人に物を教えたり、自分の考えを記事にまとめるといった行為が好きなのだそうだ。たしかに彼の記事などはたびたびコミュニティで大きな話題を呼んできたが、納得である。
さて。今回のグランプリでは、王冠泥棒の王位簒奪が成るか、あるいはその王冠を奪い返す勢力が現れるかが争点となりそうだ。今後の動向についても注意深く観察していきたい。
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