MAGIC STORY

ストリクスヘイヴン:魔法学院

EPISODE 08

メインストーリー第5話:最終試験

Adana Washington
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2021年4月21日

 

 交錯の下にいるものは、ウィルが聞いたことのないような吠え声を上げた。その咆哮は彼の心臓にまで届き、あらゆる類の暴力と死を約束していた。一秒ごとに、その生物は魔力の渦から身体を少しずつ引きずり出していった。ウィルとローアンの頭上から一本の垂木が落下し、すぐ目の前で凄まじい音とともに砕け散った。

血の化身の目覚め》 アート:Kekai Kotaki

「私は自ら何も成し得ていないと奴らは思っている――自分たち、高尚なる神託者の列に加わるにはふさわしくないと」 エクスタスは笑みを漏らした。そして旋回し、自分を取り巻く彫像へと大仰な身振りをした。「だが今。お前たちは何処にいる? 火急のこの時に誰が助けてくれる?」

 血の化身の斧が彫像のひとつを叩き、かつての神託者の似姿を真二つにすると、エクスタスは更に狂った笑い声を上げた。彫像の頭部と挙げた腕が折れて落下し、床で砕けた。

 ウィルはローアンが立ち上がるのを助けた。ふたりのローブは今や部屋を満たす血に濡れていた――百もの戦いで流されるよりも沢山の血。「あれは学校を破壊しようとしているんだ」ウィルは声の震えを抑えようと努めた。

 だが何故か、ローアンは怯えたように見えなかった。その両目には、教室や自習室や寮では決して見せなかった集中があった。そしてウィルは自分の片割れについて、たった今知った――ここでこそ、彼女の才能が生きるのだと。嵐の中へ飛び込んでいってこそ。

「私たちが何とかしない限り」 その言葉に、ウィルは頷いた。


 外では、キャンパスの至る所で恐ろしい咆哮が響いていた。それは見た――ユヴィルダ学部長が、避難してきたプリズマリの生徒たちを非常時用の空間に封じていた。彼女はその音に気付き、身震いをし、そして呪文の完成を急いだ。それは見た――プリンクとオーベルニンが根と土の暗い地下トンネルを這い進み、二人の頭上ではドラゴンの炎が地表の全てを灰へと焼き尽くしていた。それは見た――ルーカが、集中砲火を通しても、全ての魔道士狩りを複数の前線で戦わせていた。つまり、終わったか。彼はそう思った。

 ルーカはミラへと歯を見せて笑った。「エクスタスは欲しいものを手に入れたようだな」

 だがミラは彼を見ていなかった。ただ空を見上げ、目を見開き、毛皮を逆立てていた。一瞬の後、彼女は崩れた天幕の下に飛び込んだ。ミラの行動の意味はルーカにはわからなかった。だが相棒を信じ、彼はすぐ後に続いた。でなければ、手遅れになるかもしれないのだ。

 一瞬前に彼が立っていた敷石をドラゴンの炎が洗い、歩道を黒く焦がした。近くの魔道士狩りの群れがほぼ一瞬で炎上し、悲鳴と息の音を立てて死んでいった。焼け付く痛みが閃くように心へ押し寄せ、ルーカは圧倒される前に接続を切った。

ドラゴンの介入》 アート:Johan Grenier

 ドラゴンの攻撃をかろうじて逃れた魔道士狩りたちは、再び自らの精神を取り戻した。彼らは震え、身をよじった。多くの歯を打ち鳴らし、輝く触手を伸ばし、そして最も近くの魔法的な滋養源へと向き直った――オリークの工作員。それらが飛びかかると、新たな悲鳴が大気を満たした。

 その殺戮の様子に、ルーカは目を見開いた。ミラが一歩踏み出し、だがルーカは心で素早く命令して相棒を止めた。

 これはもう自分の戦いではない。

 隣にミラを呼び寄せると、ルーカは踵を返して暗闇へと走り去った。


 瓦礫が更に降り注ぎ、ウィルは身を屈めてかわした。また一体の彫像が床に倒れて崩れた瞬間、混沌の中での打開策を彼は見た。そして震える呼吸を整え、反復凝固呪文の詳細を思い出そうとした。必死に集中し、彼は剃刀のように鋭い氷の破片で渦を作り上げ、それを放ってエクスタスを切り裂こうとした。オリークの首領は今も血の化身の前に立ち、両腕を広げ、自らの勝利以外には何も意に介していないようだった。

 だがその氷が相手に達する前に一本の稲妻が破片を砕いて消滅させ、四方八方に電気が散った。ローアンも打開策を見つけたらしかった。「下がっててよ!」 彼女はそう叫んだ。

「力を合わせないと!」 ウィルは叫び返した。「やらなきゃいけないのは――」

 その言葉は巨大な瓦礫の落下に遮られた。塊が肩を引っかき、彼は床に投げ出された。

「ウィル!」 ローアンは叫び、駆け寄った。

 片割れが負傷したかどうかはわからなかった――辺り一面が血にまみれていた。床やふたりのローブを覆い、壁や彫像に飛び散っていた。

 ウィルに手が届こうというその時、血の化身が持つ巨大な剣が彼女の目の前の石を叩き割った。永遠にも思えるほど昔の戦いで凸凹になった鉄と、その錆が見えるほど近かった。自らの憤怒の叫びを上げ、ローアンは両手を突き上げるとその剣に稲妻を通し、怪物の手へと送り込んだ。血の化身は剣を手放しただけで、ローアンは後方に跳ね返された。

 壁に背を預けつつ、ローアンの視線はエクスタス、その男が召喚した生物、そして微動だにせず横たわるウィルの間を揺れた。もう十分すぎた。こみ上げる涙をこらえつつ、ローアンは冷たい怒りが内のどこかから沸き上がるのを感じた――恐怖と苦痛を圧倒する怒りが。勝てないとしても、こんなことをしてくれた相手に、傷だけでも与えてやる。

 だがオリークの首領へと稲妻を叩きつけようとした時、彼女の視線が動いた。宙に浮かぶ交錯。この一面の真紅の中でなお眩しく、力に脈打っている。

 ローアンは深呼吸をし、目を閉じ、それに呼びかけた。


 建物が揺れ、古の世界の血の化身は並ぶもののない怒りとともに咆哮した。そしてエクスタスにとって、世界はようやく正しい姿になろうとしていた。彼はゆっくりと振り返り、神託者の広間が崩れゆく光景を満喫した。自分を神託者の座に加えなかった愚か者たち。それを証明するために長い年月を要したが、また次の彫像が倒れて何千もの破片に砕けると、待つ価値はあったと彼は独りごちた。

 だが血の化身の声が途切れ、憤怒の咆哮が断ち切られると、エクスタスの笑みも揺らいだ。彼は振り返り、そして凍り付いた。荒々しく明滅する交錯の赤い光を背後に、血の化身はひきつり身悶えしながら動いていた。このような様子は、これまでの多くの失敗の中で見ていた。ありえない。

 計算は確認していた。上手くいくはずだった――この世に知られる呪文は何であれ、アルケヴィオスの交錯のひとつで十分な魔法エネルギーが確保できる。これでも足りなったというのか? そして彼は目撃した。まるで吸い取られているように、ぼやけた真紅の渦が交錯から揺れ出ていた。魔力の触手が一本、逸脱していた。

 それを目で追うと、金髪の女生徒が広間の端に立っていた。今や目を見開き、憎悪の目で彼を睨みつけていた。交錯のエネルギーが流れ込むと、少女の髪や皮膚に稲妻が駆けて弾けた。

 少女と視線が合い、エクスタスは衝撃のあまりに動けなかった。

 貧弱な一年生が自分の計画全てを台無しにするなど、有り得ない。

 有り得るとでも言うのか?

弾ける力》 アート:Micah Epstein

 周囲の大気がエネルギーで弾け、囁くと、呼吸すら難しくなった。ローアンは自分に力が流れ込むのを感じた、夢見たこともなかったような力が。その瞬間、自分には何でもできるように感じた。山を崩し、都市を燃やし、海を沸騰させる。彼女は両目を開き、赤い視界で広間の様子を見て息をのんだ。その視線が、横たわって動かないウィルの姿へと降りた。エクスタスへと振り返りながら、怒りと悲嘆の新たな波が押し寄せた。

 オリークの首領は身悶えする血の化身の前に立ち、ローアンを見つめていた。待っていた。

 ローアンは身体に交錯のエネルギーを流し、あらゆる血管が力に活気づいた。両足が地面を離れたことにほとんど気付かなかった。大気そのものが彼女を怖れたかのように、風がうねった。怖れて当然、そう思った。全てが私を怖れて当然。彼女は深呼吸をし、肺の中の空気を白熱の炎に変え、そして口を開いて叫んだ。炎が星のように、天からの稲妻のようにエクスタスへと殺到した。彼は片手を掲げて数語を呟き、だが何をしようとも十分ではなかった。呪文は彼に激突し、宙を舞わせ、ローブがくすぶった。そして遠くの壁に叩きつけられて滑り落ち、静かに動きを止めた。

 続いて、ローアンは血の化身へと集中を向けた。その怪物は今もその場で引きつりながら、蹂躙を中断されて怒り狂っていた。ほんの少しずつ、その剣の一本が彼女の頭上へと持ち上げられていたが、問題ではなかった。今この力で倒してしまえる。そしてエクスタスも一緒に。それに続く者がいたとしても。自分を傷つけようとするものを、ウィルを傷つけたものを――全部、燃やしてやる。

 彼女は交錯の力を再び引き出した。新鮮で澄んだ水を飲むようだった。電弧が腕と顔を焦がし、身体に鋭い痛みを送ったが気にしなかった。どうして気にする必要があるだろう? 自分はこの広間で、この学校で、もしかしたらこの次元で最も強大な存在なのだ。ローアンは血の化身へと片手を伸ばし、馴染み深い稲妻を呼び出したところで不意に、苦痛の波に叩きつけられた。

 ローアンの視線を笑い声が受け止めた。苦痛の中で目を開けると、エクスタスがどうにか立ち上がっていた。

「その力全てを手にできるほど自分は強いなどと考えたのか?」 エクスタスは嘲った。「お前はそれほどの存在だと思ったか?」

 ローアンは無視した。実のところ、ほとんど聞こえていなかった――今、身体の内にうねる力を制御することに全力を尽くしていた。周囲の大気が囁き、毒蛇の巣のようにねじれた。

「私は生涯をかけて秘儀の術を鍛えてきたのだ」 エクスタスが呟いた。「お前はただの子供だ。傲慢な愚か者だ。そして今は、炎に飛び込む一匹の蛾だ」

 交錯から引き出した力が再び波打ち、ローアンの視界が苦痛に白くぼやけた。不意に四肢から力が失われ、身体が傾き、血まみれの石の床に音を立てて倒れた。

 エクスタスは笑い声を上げた。「その野心は称賛に値する。だがお前のような者に止められるような私ではない」 とどめを刺すのも面倒だというように、彼は背を向けた。そしてそれまで持っていた分厚い秘本を拾い上げた。

 ローアンを取り囲む時が間延びした。自分がひび割れて砕け、虚ろになったように感じた。交錯の力は今も彼女の内に波打っており、横たわりながらも四肢は引きつっていた。意識が身体のすぐ外に浮かび上がったようだった――血まみれの床を這い進んでくる片割れの傍に。ウィルは生きている。

「ローアン」 苦痛をこらえて彼は囁いた。「起きろ」

 彼女は話し方を思い出そうとし、だがわずかな息を吐いただけだった。

「頼む」 ウィルは手を伸ばして触れようとした。はぐれた火花が彼女の皮膚に立ち、彼はひるんだ。「起きてくれ」

 ローアンは咳き込み、目を開けた。「ごめんね」

「僕は大丈夫だ。ローアン、頼むから起きてくれ」 ウィルはにじり寄り、ローアンの片腕を自分の首にかけた。火花が散って彼はびくりとしたが、放しはしなかった。「一緒に助かるんだ」

「ごめんね。喧嘩のこと。メイジタワーの。虹の端の。本当に、ごめんね」

「僕の方こそ。ごめん」 ウィルはうめき、ローアンを引き上げて立たせ、扉へと向かっていった。片割れの背後に、オリークの首領が血まみれの重い書物を持ち上げ、詠唱を始める様子が見えた。

 二人は揃ってよろめきながら扉へと進み、だがウィルは歩みを止めた。はっとしたように、彼はローアンへと顔を向けた。「マスコットと同じだ」

「どういうこと?」 ローアンは更に顔をしかめた。

 だがウィルはローアンを見たままかぶりを振った。「あれは、マスコットと同じだ! 奪い取ってやればいい――それだけだ」

「メイジタワーみたいに?」 今も交錯が脳で暴れているのかもしれないが、彼が何を言っているのかわからなかった。

「メイジタワーみたいに。とにかく僕を信じてくれ」

 ローアンは返答しようとした。だがガラクの顔が心をよぎり、言葉が出て来なくなった。あの時ウィルが何をしようとしたのか、彼女は予想できなかった。そしてガラクを解放する手段を最終的に見つけたのは、仲間としての信頼を勝ち取ったのはウィルだった。ウィル、私のウィル――物静かで、頭が良くて、気難し屋の片割れ。いつも正しかった。今回も、きっと正しい。

「ローアン?」

 鋭く突き刺すような苦痛に顔をしかめながら、ローアンは内なる魔力の最後の火花を引き出した。「そうね、わかったわ。勉強の成果を教えて」

 ウィルはにやりとして、エクスタスと血の化身へと向き直り、両手に赤い光をうねらせた。それは彼が用いる氷の魔法ではなかった――少なくとも、彼女がよく知るそれではなかった――それでも周囲の気温が少し降下した。ウィルが手に浮かべた赤い光は形を変え、魔力に震える円となった。そして残る力を振り絞り、彼はその呪文を放った。

 不意に、血の化身の兜の頭を取り囲んで、赤い光輪がはまった。

研究の集大成》 アート:Bryan Sola

「確かにあれは大きいかもしれない」 ウィルは歯を食いしばり、両手を震わせて呪文を維持した。「けれど召喚された生物だ。つまりこの呪文があれば、支配できる!」

 だがその生物は完全に支配されたようには見えなかった。それは再び吠え、ローアンは思わず耳を覆った。血の化身の下ではエクスタスが両手をねじ曲がった鉤爪へと変え、黒い霧のような自らの魔法を放っていた。血の化身の頭部、赤い光輪は明滅しているように見えた。これはウィルとエクスタスの戦い、ローアンはそう気づいた。両者とも呪文へ魔力を注ぎ合っており、ウィルは負けそうだった。けれど、片割れは独りではない。

 ローアンはウィルの肩に手を置いた。彼は驚いて顔を上げた。「ローアン、何を――」

「呪文に集中して。全部きちんと正しく。他のところは私がやるから」

 今や自分たちの魔法は異なるものになりすぎて、かつてのように滑らかに融合させるのは難しいかもしれない。けれどウィルが正確性を、制御力を高めてきたというなら――そう、自分は大いに強くなった。ローアンは火花を手にまとわせ、魔法エネルギーを最後の一滴まで片割れへと注いだ。ウィルは息をのんだが、それは一瞬だけだった。そしてエクスタスがくぐもった叫びを上げたかと思うと、赤い光輪が血の化身の頭部にはまり、完全な円を成した。

「ガキが! 一体どうやって――」

 血の化身が巨大な手を伸ばして彼を掴むと、その言葉は途切れた。無残な粉砕音が弾け、エクスタスは黙った。

「やった!」 ウィルが叫んだ。「ローアン、上手くいったよ!」

 だがローアンはその場でふらついていた。立ち続けるのも困難だった。広間全体が回転しているように思えた。力は尽き、すっかり空になっていた。それから、全てが緩慢に進んだように見えた――赤い光輪が瞬いて消えた。血の化身は片手を交錯へと引かれ、怒れる咆哮を上げた。召喚呪文が暴力的な終わりを迎え、血まみれの身体は不自然に伸びて膨れた。恐るべき叫びをもう一度上げ、血の化身は巨大な鉄の剣を振るった。ウィルは両目を見開き、ローアンを突き飛ばした。その直前に彼女は片割れを止めようとしたが、力が出せなかった。

 その剣は恐るべき威力で床に叩きつけられ、広間全体を震わせた。雷鳴のような音とともに、血の化身は身をよじらせて交錯へ吸い込まれていった。剣を石の床に引きずりながら――そしてその先には、片割れが気絶して力なく横たわっていた。ウィルは生きている、潰されても真二つに切り裂かれてもいない――だがその喜びは、不意の衝撃に揺れて立ち消えた。彼の右脚、その膝から下は失われていた。

 まるでその怪物の存在が広間の形を保っていたかのように、全てが崩壊を始めていた。垂木が棍棒のように床に振り下ろされ、それらが高く持ち上げていた石の天井は尖った塊となって床に砕けた。衝撃に床が震え、荒々しく揺れる中、ローアンは片割れに手を伸ばそうとした。あと少し――彼の生気のない、空ろな目が見えた――その時、床全体が一気に崩れた。ローアンとウィルは転げて投げ出され、空間を落下し、だが不意に光が優しく二人を包み込んで受け止めた。ローアンは必死に辺りを見た。どういうわけか、霧の雲が自分たちを宙に留めているようだった。

「あれだ」 ウィルが弱弱しい声で言い、広間の入り口を指さした。ローアンがその魔法の源を探すと、破壊された入り口に、ナサーリ学部長とリセッテ学部長が立っていた。集中に顔を歪めながら、ふたりは魔法を放ち、落下する岩と瓦礫を吹き飛ばしていた。霧は二人を持ち上げ、リセッテ学部長が伸ばした腕へと連れていった。ローアンは片腕でウィルを抱きかかえながら、学部長へともう片方の手を伸ばした。だが本当に届くことはなかった――リセッテの袖から一本の蔓が伸びて、ローアンの手首を固く掴んだ。

 うめきながら、学部長は二人を入り口まで持ち上げた。四人全員が何とか脱出したその時、広間は完全に崩落し、石と塵と瓦礫の雲で満たされた。

「やったよ」 ウィルが呟いた。「ロー、やったよ」 その瞼が震えて閉じた。顔からはひどく血の気が失われていた。

「動かないで」 リセッテがウィルへと屈みこんだ。「ショックを受けているから」

「ウィルは助かりますか?」

 学部長は聞いていないようだった。根らしきものの欠片を噛みちぎり、それを小さな貝殻の中に吐き出すと親指で潰した。すぐに、それは不思議な緑色に輝きだした。

「彼はきっと助かる」 ナサーリがローアンの肩に手を置いた。「これだけいろいろなことがあったのだ。不幸中の幸いといったところだな」

 いろいろなことがあった。ローアンは振り返ったが、今や瓦礫の壁が神託者の聖堂の扉を塞いでいた。交錯の輝きは見えず、だが今もその呼びかけは確かに感じられた。


 五週間後。一時限目の終了をキャンパスに告げる鐘の音を聞き、物事はほぼ平常に戻ったようだとウィルは感じた。衣服の下の膝当てからは、氷と鋼の格子細工が伸びていた。それと杖を用いて、以前よりも少しだけゆっくりと校内を進むことに慣れつつあった。リセッテ学部長が生きた木の義足を提供すると言ってくれたが、彼は辞退していた。右脚は二度と戻らず、そしてこちらの方がより自分の一部のように感じられた。良い訓練にもなっていた。絶えず心の一部で集中し、金属の枠に氷を形作って再凍結させる。今なお切断面に這うちくちくする感触からの、良い気晴らしでもあった。

 自分たちがエクスタスと血の化身と戦ったという噂はキャンパス中に広まっており、突然にウィルは以前よりもずっと多くの注目を浴びることになった。他の生徒たちは彼が通りがかると遠巻きに見つめ、囁きと視線が追いかけた。故郷の城を思い出すようだった――気が付くとしばしば、無名であった入学当時を懐かしく思っていた。

 ようやく、彼は寮の自室に到着した。ノブに手を伸ばしたところで扉が勢いよく開き、ローアンが飛び出してきて彼に衝突しかけた。彼女は下がり、ウィルを部屋に迎えた。

 ウィルは咳払いをした。「具合はどうだい?」

 ローアンは肩をすくめた。「完全じゃないけれど、わりといいかな。そっちは?」

 ウィルは杖の柄を指で叩いた。一瞬、クイントが刻んでくれたルーンが命を得たように閃き、はるばる脚を下って足まで流れた。友人はもっと様々に手の込んだ機能を勧めてくれたが、彼は反対して安定性と力をくれる基本的なものを頼んでいた。「慣れてきたよ」 ウィルは微笑んで言った。

「痛みはどう?」

「だんだん良くなってる」とはいえもはや存在しない筋肉から来る幻肢痛は、まだ不気味に続いていた。

「うちに帰ったら何て言われるかしらね。想像できる?」

「いや、あまり。けれど、学期が終わったら顔を見せに帰った方がいいかもしれないね」

「それまで待つの? 今すぐ行けるのに」

「まだ授業があるよ」

「私たち、血の化身を倒したのよ。ここで他に何を教えてもらうの?」

「ここで学んだ呪文で、血の化身を倒したんだろ」 ウィルが言い返した。「それに、僕たちの呪文が同調しない理由もまだわからない。どうして一緒でないとプレインズウォークできないのかも。教えてもらうことはまだまだあるよ」

 ローアンはやれやれという顔をし、そして笑みを浮かべた。「そうよね、一生あなたを引き連れて歩かなくて済むなら、その方がいいわよね。で、そろそろ悪いんだけど……」

「わかった、わかった。プリンクとオーベルニンに挨拶に行ってきてくれ、僕の分も」

 彼女は部屋を滑り出て、だが廊下の途中で立ち止まり、振り返って彼を見た。そしてその時、ウィルははっとした。ローアンはひどく痩せて見え、頬はこけ、顔色もずっと悪かった。まるで生命力のようなものがすっかり吸い取られてしまったかのように。だが向けてくれた笑みは温かく、心からのものだった。「あなたのこと、大好きよ。わかってる?」

「ああ。僕も大好きだよ」

 彼女が急ぎ立ち去ると、ウィルは扉を閉めて寝台に腰を下ろした。疲れていた。長いこと、ぐっすり眠れていなかった。ここでもう一学期を過ごす? もう一年を? その先に何が待っているのだろう? 彼は目を閉じて魔法的な感覚を伸ばし、氷の義足に浮かびつつある水滴を追った。第一原理――熱力学的な経路の再変更。熱を見つけて、再分配を……


 カズミナの梟が窓から飛び立ち、ストリクスヘイヴンの上空へと向かった。あの襲撃の跡はほとんど消えていた。敷石は直され、生垣は再び伸びていた。その出来事を伝えるのは未だ荒廃したままの神託者の聖堂と、大図書棟の踊り場に置かれた小さな記念碑だけだった。それは一時間ごとに表情を変える石像で、その前にはひとつの銘刻があった。「ストリクスヘイヴンにて、伝承が失われることはない。忘れ去られはしない。」 過去にこの場所はもっと酷い出来事に耐えてきた。この先も耐えていくのだろう。カズミナはそれを疑っていなかった。

 キャンパスの隅で、梟は彼女を見つけた。カズミナはその先に広がる荒野を見つめ、心はルーカを追うその鳥に流れ込んだ。その眷者はミラとオリークの残党数人とともにさまよっていた。食料と隠れ場所を探しながら、何かを企んでいるのは間違いなかった。

 だがあの男を監視する価値はもうない。今、カズミナが注目しているのはローアンの方だった――あるいは双子の両方か。


 執務室でリリアナは身支度を終えた。エクスタスの魔法によって飛ばされた先は大陸の果てに近い森と判明し、ストリクスヘイヴンへ戻るには何日も要した。だが帰り着くと、学部長たちは彼女の警告に耳を傾けるべきだったと認めた。そしてこれからも、無期限で大学に教授として残らないかと提示された――大学の忌まわしい会議にはもう出席せずとも良いから、と。

 ひとつの小さな但し書きをつけ、彼女は承諾した。

 今、鏡を見つめて衣服を正しながら、ふと気づいた――今のこの状況は、到底信じられないものだった。試験。生徒たち。もう悪魔も、暗い策略も、死もないのだ。彼女の視線が、机の上に開かれた調査日誌へと移った。「長い付き合いだったけれど、ついにお別れね」

 リリアナは調査日誌を閉じ、壁の本棚に置いた。今の私を、あの男は誇らしく思うのかしらね。その考えに、不本意ながら彼女は微笑んだ。

 ようやく講義室までやって来ると、中に入る前にリリアナは一瞬だけ立ち止まり、集中した。その姿を見て生徒たちは席へ急ぎ、紙のこすれ音や怠惰なお喋りは静まり、視線が集まった。

 リリアナは教壇に立った。「生徒の皆さん、屍術入門へようこそ」 教室にその声が響き渡った。「リリアナ・ヴェス教授です、よろしく」

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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