MAGIC STORY

ストリクスヘイヴン:魔法学院

EPISODE 04

メインストーリー第3話:課外授業

Adana Washington
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2021年4月7日

 

 机から窓の外を眺めると、庭園のそこかしこで秋の落葉が風に舞っていた。青と赤をまとうプリズマリの生徒たちが行き交い、笑い、歓談し、温かい飲み物を口にしている。そしてウィルの両目はようやく「霊気的改竄倫理学」の宿題に揺れ戻った。この問題自体、完全に解明されてはいない。溜息をついて再び鉛筆を手にしたところで、寮の部屋の扉が軋んで開き、ローアンが入ってきた。その髪は風に吹かれて乱れ、得体のしれない何かを思って笑みを浮かべていた。

爆発的歓迎》 アート:Mathias Kollros

「やあ」 早くもうんざりだというように、ウィルは反応した。

「あら! いたのね」

「どこへ行ってたんだ?」

「オーベルニンとプリンクと一緒に」 ローアンはその笑みをそむけた。

「ウィザーブルームの友達か?」

「そうよ」 彼女は部屋を横切ってクローゼットへ向かい、を探った。二人はそれを共有しているが、ローアンの側は集めた衣服で作った鳥の巣よりは少しましという程度だった。

 ウィルは勉強机から立ち上がった。「霊気的改竄倫理学の宿題は終わったのか?」

「ん」 ローアンは冬服の部品を放り投げた。

「今週末の準備はいいのか? オニキス教授の試験はとんでもなく難しいって噂だ」

 ローアンはバックルをいじった。「教授の何?」

「その試験だよ。わかってるだろ、あと二日だぞ?」

「ん、そうね」

 ウィルはやれやれというように両手を挙げた。「ローアン、全然真面目に受け取ってないだろ! 僕たちがここにいるのは光栄なことなんだ、忘れたのか?」

 ローアンはさっと振り返った。その両目には明らかに怒りが宿っていた。「あら、私がこの大いなる重要性を理解できないくらい鈍いって思ってるの?」

「ローアン、僕が言いたいのは――」

「あなたに言われるまでもなく、ストリクスヘイヴンにはうるさがたが沢山いるのだけど!」

 ウィルは後ずさったが、それはその言葉からでも、不意の怒りからでもなかった――片割れの顔にかかる髪の間を、稲妻が跳ねていたためだった。

「ローアン」 彼に言えたのはそれだけだった。

 その怒りが困惑へ、そして気まずさと変わる様子をウィルは見つめた。ローアンは顔に皺を寄せ、そして火花は無かったかのように消えた。

「大丈夫か?」

「うん」 苦々しい返答だった。ウィルが言葉を続けるよりも先に、ローアンは冬服の外套を掴むと部屋を飛び出していった。


 それから二日が経ち、自室から大図書棟の共有自習室へ移ったにもかかわらず、オニキス教授からの宿題は終わりには程遠かった。ウィルは椅子に倒れ込み、掌を両目に押し付けた。「今すぐ僕をイモリか何かに変えてくれ、そうすれば誰も何も悩むことなんてなくなるのに」

 机の向かいで、クイントが本から顔を上げた。両手で茶の杯を包み、立ち上る蒸気の香りを長い鼻で堪能していた。「霊気的拘束についてですか?」

 ウィルは弱弱しく頷いた。「霊気とか嫌いだ。拘束も嫌いだ。全部嫌いだよ」

「手強い概念です」 クイントは頷いた。「イル=サマール先生に相談は――」

 ウィルは読んでいた本を持ち上げ、友人にその題名を見せることで返答した。

「……形而学的改竄論。ふむ」

「助言をありがとう」

「そうですか。でしたらきっと何か閃きますよ」 クイントは朗らかに言った。

 それからしばし、二人の間にはページをめくる音と時折の茶をすする音だけがあった。「え、待って」 幾らかの時間が過ぎ、クイントが声を上げた。「これは……いや、前に見たことがある」 彼は別の本を掴み、求めるページまでめくり、そして文章をなぞり、目の前の二冊を比較した。「やっぱりそうだ! 崇高なるアルセラスと地平探求者ベイロドは……同一人物だったんだ」

 ウィルはぼんやりと頷いた。彼は今もオニキス教授からの解けない謎に立ち往生していた。

 クイントは息を切らして笑い声をあげた。「この秘儀的印鑑は見間違えようがないよ! 驚きだ――後期諸王国の歴史が書き直されることになる、あるいは少なくとも順序を――あっ!」

 ウィルはびくりとした。クイントの杯から茶がこぼれて目の前の本を浸し、その古書に飛沫が散った。彼は目を見開いた。「どうするんだよ? イサボウさんに居残り沼へひと月放り込まれるぞ!」

「見られなければいいのです」クイントは濡れたページの隣に杯を置いた。

「持ち上げたら駄目だ」とウィル。「インクまで流れてしまうよ」

「確かに。ですが同種交換の呪文で――」

 クイントの指が輝きを帯びた。彼はそれを杯に浸し、そして本に触れた。零れた茶の雫が浮かび上がり、幾つもの小さな水滴がページから離れるとクイントの杯に戻っていった。彼は得意げな笑みとともに顔を上げた。「発掘の際に壊れてしまった破片を元に戻す時に使う呪文のひとつです」

 集めた茶をクイントはもうひと口すすり、ウィルはくすりと笑ってページを手で撫でた。滑らかで、乾いていた。「凄いね」

 クイントは肩をすくめただけだった。「使える呪文は常にあるものです」


 「虹の端」でオーベルニンとプリンクの二人と卓を囲みつつ、ローアンは辺りを見た。かれこれ一週間、放課後になると彼女はこのウィザーブルームの魔女たちに会っていた。今やここは、キャンパスでもお気に入りの場所となっていた。彼女は泡立つ飲料をひと口すすり、鋭く甘美な味を楽しんだ。

「聞いた? 昨日の決闘の話。ディンスリーが提出する作品を壊されたって」 プリンクは食べながら言った。「そのシルバークイルの魔道士もさ、本人にも火をつけてやればよかったのに。その方がむしろ傷は浅かったんじゃない?」

「正しくやらないとね」 ローアンはにやりとした。

 オーベルニンも口を開いた。「なんでメイジタワーまで待てないかなあ。そうすればプリズマリもシルバークイルも、好き勝手に魔法をぶつけ合えるのに。あんな決闘なんて、意味もなく目立ちたがってるだけでしょ」

 もうひとりは笑って頷き、だがローアンの笑みは消えた。決闘、それはまさに息抜きそのもののように響いた。ストリクスヘイヴンを訪れた初日、自分とウィルが遭遇した決闘は学部長たちに解散させられていた。以来、彼女は気分を発散したくてたまらなかった。今のところ、ここで得た唯一の有意義な物事に思えた――いや、ウィザーブルームの友人たちも。ウィルは、言うまでもなく、彼自身の人生を満喫しているようだった。

 その考えが彼を召喚したかのように、ウィルが扉から入ってきた。彼は店内を見渡し、やがてローアンと目が合うと、まっすぐに向かってきた。ローアンは溜息をついて飲み物を置いた。「やれやれ」

「どうしたの?」 プリンクが顔を上げたその時、ウィルが卓にやって来た。「あら、片割れくんじゃない。こんばんは、ウィルくん」

 ウィルは頷くと、ローアンへと向き直った。「オニキス教授が試験結果を張り出したよ」

 ローアンは肩をすくめた。「で?」

「ローアンはぎりぎりで合格だ」 ウィルの声は厳しかった。「手助けは要らないとか言ってたよな?」

「合格したんでしょ?」 ローアンはかぶりを振った。「それなら、もう何か言われる筋合いはないんだけど」

 ウィルは眉をひそめた。「試験まで何週間もあっただろ。そろそろ自覚した方がいい。友達と遊び回っていなければ、残りも僕が手伝えたのに。二人とも知ってるのか、君の力が――」

「表に出なさい。今すぐ」 ローアンが彼を遮った。

 ウィルはウィザーブルームの魔女たちを一瞥し、そして踵を返して店を出た。ローアンは彼に追いつくと、その腕を掴んだ。「友達の前でやめてよ、恥ずかしい」

「つまりあの二人は知らないんだな、君は怒るとすぐに魔法の火花を飛ばすのを」 ウィルはかぶりを振った。「ローアン、僕たちは力をきちんと使う方法を学ぶためにここにいるんだ。暴走させるためじゃない! それに、決して遊ぶためにここにいるんじゃない。僕たちはケンリスの一族なんだ! ここでも、何かしら意味のあることだ」

「ウィル、実際意味なんてないわよ。ここの誰も、エルドレインの名前すら知らないんだもの。私はエルドレインの代表でも何でもない。私は私、それだけ」

 ウィルは鼻を鳴らした。「それでまた母親みたいにはならないって言うわけだ?」

 ローアンの視線が強張った。「今なんて言ったの?」

 辺りの大気が帯電し、腕の毛が逆立つのをウィルは感じた。彼は注意深く口を開いた。「落ち着けよ。僕が言いたいのは――」

 ローアンは片割れへと迫った。「ウィル、もう一度言ってみなさいよ。私が実の母にどれだけ似てるって?」

 店の扉が開き、オーベルニンとプリンクが大きな笑みを浮かべて駆け寄ってきた。「あの転換がわかったわよ! 逆回り講堂へ材料取りにいかないと」

 ローアンは二人に視線をやり、友好的な笑みを顔に浮かべてみせた。「ちょっと待ってて。一緒に行くから」

 ウィザーブルームの魔女たちは頷き、興奮した会話を交わしながら立ち去った。二人が十分に離れると、ローアンはウィルへと向き直った。「放っといて、ウィル。私にあれこれ言わないで」

 ウィルは顔をしかめた。「僕は――」

 だが彼が言い終える前に、ローアンは彼を押しやって友人たちのもとへ駆けていった。


 それからというもの、同部屋にもかかわらず、ローアンの姿を見ることはほとんどなかった。毎朝、ウィルが目覚めた時には、ローアンは既に勉学以外の何かのために部屋を出た後だった。プリズマリとシルバークイルの注目試合の頃にもなると、ローアンと口をきかない期間は数週間にも及んでいた。選手たちが競技場を駆け、魔法をぶつけあう様子を観戦しながらも、気が付くとウィルはローアンが何をしているのかを心配していた。

 彼の隣で、クイントが驚いて席で跳び上がった。「信じられない! ウィッケルは大地の第四概念を使っています、あんな混乱の只中で! あんなに簡単そうに!」

 ウィルはクイントとともに見つめた。プリズマリの選手が土と草の大きな塊を円形に配置し、相手へと押しやって呪文を妨害した。防御側では、シルバークイルの選手が不意に踵を返して宙へ跳び、黒い炎の弧に乗って舞い上がり、浮遊する自軍のマスコットを捕まえた。液体の塊のような、姿を自在に変える墨獣。周囲の観客席で歓声が上がった。ウィルはクイントへ向き直った。「今のは?」

 クイントは顔をしかめた。「よくわかりません。アルノーの燃焼の応用でしょうか?」

 競技場のそこかしこでシルバークイルの選手が次々と呪文を放ち、観衆は熱狂した。初日に目撃したあの決闘がウィルの記憶に浮かび、必然的にローアンについての考えが続いた。「虹の端」で喧嘩して以来、彼女がキャンパスで数度の決闘に加わっていたと耳にしていた。

 不意に、隣のクイントが緊張し、座席から身をのり出した。

「いけない――」 クイントは更に背筋を伸ばし、両目は競技場にくぎ付けになった。「上手くいくはずがない――」

 ウィルは友の視線を追った。あるプリズマリの選手が相手チームへ、マスコットを掴む選手へと一直線に向かっていた。

 観衆が見守る中、プリズマリの選手は真紅の光をまとった片手を突き出した。墨獣は輝きだし、赤い光輪がその揺らめく黒い頭の上に現れた。不意にそれは身をのり出して液体でできた二本の長い牙をシルバークイルの選手の手につき立てた。

「痛ぁ!」 選手は悲鳴を上げ、墨獣を落とした――即座にプリズマリの選手がそれを拾い上げた。

 競技場に大歓声が弾けた。

チームのペナント》 アート:Anna Fehr

「マスコット強奪! 素晴らしいです!」 クイントはウィルを掴んで抱きしめた、二人もまた群衆と同じく歓声を上げた。

「あの選手は墨獣に催眠を?」 ウィルは喜んでいたが、混乱してもいた。

「墨獣を完全に支配したんです。見ての通り、単純な技です――召喚された生物にだけ機能する。ですが凄い!」

 ウィルは振り向いた。観客席には生徒や教授だけでなく、近隣の住人たちの姿すらあった。彼らの興奮が伝わってきて、ウィルの顔に微笑みがよぎった――だが通路の先でこちらをじっと見つめるローアンの姿に、それは萎れてしまった。


「外へ出るわよ」

「でも試合はまだ終わって――」

 オーベルニンが肘で突くと、プリンクはうめいて黙った。通路の先を顎で示され、プリンクは視線を追った。「あら」

「挨拶くらいしたら」 オーベルニンがローアンへと言った。

「えー」

 プリンクは腕を撫でた。「片割れくんでしょ。そんな家族がいるって、当たり前のことじゃないんだから」

 ローアンは顔をしかめ、だが友人二人の視線にその意地は屈した。「わかったわよ」

 彼女は他の生徒たちが座る列の前を過ぎ、通路に踏み出した。少しして、ウィルがやって来た。しばし二人はそこに立ち尽くしていた。気まずく、何を言えばいいか定かでなかった。

「や。調子はどうだい?」

「見てわかるでしょ、何事も順調よ」

「ウィザーブルームの友達とまだ飲み歩いているのか?」 ウィルは彼女の背後を示した。

 ローアンは唇を強張らせた。「だから何?」

「いや。君は学校選びを間違えたんじゃないかってさ」

「どういう意味よ?」

「ああ、ローアンは明らかに本気で学ぶ気はないだろ。それにその二人は自然魔道士だ――君が自分の力を制御できなくたって気にしない」

「制御できるわよ」 ローアンは顔をしかめ、低い声で言った。「その証拠に、今、あなたを稲妻で打ちのめしていないでしょ」

「ふうん。この数週間、学内で暴れ回ってまだ足りないのか? だったら何をしていたんだよ。『勉強』じゃないのは確かだろうけどさ!」 このように彼女を刺激しない方が良いとはわかっていたが、我慢ならなかった――この数週間、自分を遠ざけていた彼女に怒っていた。「戦いたいだけなら、ケイレムに残っていれば良かったじゃないか!」

 ここまで言うつもりはなかったが、気づいた時には遅かった。ローアンの髪が逆立ち、エネルギーが満ちて音を立てた。明らかに言い過ぎたと彼は悟った。「あらそう。じゃあ、私が何を学んでたかを見せてあげる」

 ローアンが突き出した手から火花が走り、一瞬で彼の身体を駆け抜けていった。筋肉が引きつって燃え、彼は硬直したまま横向きに倒れた。

「私はケイレムにいれば良かったって? そう……あなたはここで死んでいればいいのよ!」

「ちょっと!」 クイントの叫びが背後のどこかから届いた。

 ウィルは腕を動かすこともままならなかった――だが別の感覚は生きていた。不意に両足を霜が多い、ローアンは驚いた。その場から動けなかった。

 ウィルは小声で呟き、息が白くなった。ローアンは片手を伸ばし、エネルギーをまとわせ、だがそれを放つ前に氷の層が彼女の拳を固めた。不意の冷たさと痛みに彼女は悲鳴を上げた。

「やめなさい!」

 一瞬にして、群衆は静まった。ローアンは周囲の生徒たちに視線をやったが、オーベルニンとプリンクが後ずさるのを見ただけだった。他の生徒たちも動き、道ができ、ウィルに影がかかった。目を狭めながら見上げると、オニキス教授と視線が合った。

「皆さん、座席に戻って大丈夫です」 威厳のある声で教授は言った。「ですが、あなたたち二人は一緒に来なさい」


 ウィルとローアンはオニキス教授を追い、ウィザーブルームの暗い廊下を進んでいった。暗すぎて詳細な様子はわからず、だが何か生物的な輝きが廊下の石材から輝いていた。そして花のような、腐敗のような香りが辺りに漂っていた。

 オニキス教授の機嫌を損ねない方がいい、誰もがそう言っていた。プリズマリの寮ではこの女性に関するあらゆる類の怪談が噂されていた。ウィルも、さすがに肉食性の亡者茸の苗床にされるなどとは思っていなかったが、その可能性を完全に除外もできなかった。なお悪いことに、もし放校処分になってしまったら?

 二人は教授に続いて執務室に入った。身振り一つでオニキス教授は数本の蝋燭を点し、それらは紫色の炎を上げた。「先程は何が起こっていたのですか?」

教授の警告》 アート:Kieran Yanner

「何でもありません」 ローアンは何気ない声色を装った。「ただの、双子の間の憂さ晴らしです」

「私が見る限り、稲妻を浴びせるというのは喧嘩の度を過ぎていますね」 教授は厳しい目でローアンを見つめた。「血を分けた者同士の争いというのは非常に辛いものです。そしてそれを煽るのは非常に愚かという他ありません」

 その侮辱に、ローアンが気色ばったのがわかった。ウィルは咳払いをした。「悪いのは僕の方です。喧嘩を始めたのは僕なんです」

 彼はローアンの視線を感じたが、視線は前から動かさなかった。

 オニキス教授は二人を交互に見て、かぶりを振った。そして椅子に腰を下ろした。一瞬、教授は心の底から疲れているように見えた――ウィルにはそう言えた。「この場所に――そしてここを我が家とする者全員に――大いなる危害を加えようと目論む者たちがいます。自分たち同士で争っていたら、彼らの仕事を容易にするだけです」

「教授……」 ウィルが尋ねた。「何について仰っているのですか?」

 彼女はしばしウィルを見つめ、紫色の瞳でその視線を受け止めた。「オリークの噂を聞いたことはありますか?」

「入学試験に落ちた負け犬」 ウィルよりも早く、ローアンが返答した。「あるいは落第して退学した人たち、でしょ?」

 オニキス教授はくすりと笑ったが、それは決して楽しそうには聞こえなかった。「ある意味そうです。とはいえ彼らを見くびるのは愚かなことかもしれません。そうではないと考えるかもしれませんが、ストリクスヘイヴンはこの次元で唯一の力というわけではないのですから」

 その言葉に、ウィルは座ったまま背筋を正した。この次元? つまり、オニキス教授は……

 だが、教授は微笑んだだけだった。

 ローアンがそれを聞き逃したのは明らかだった。彼女は今も、オリークについての意見を考えていた。「ですがその人たちが本当に何か攻撃の類を計画しているなら、先生がたにも何か対抗策はありますよね?」

「そうかもしれません」 教授は頷いた。「そして、そうではないかもしれません。それでは問題です……あなたがたは、この件に対して何をしますか?」


 ローアンを追ってウィザーブルームの建物から出ると、冷たく清らかな空気がウィルの肺を刺激した。冷たく清らか。彼女は既に道を半ば進み、カフェへと向かっていた。「後でね」

「何だよ? たった今教授に言われたことを聞いてなかったのか? やることがあるだろ!」

「何をしろっていうの?」 ローアンは振り返って尋ねた。「ここはあの人たちの学校なんだから、任せておけばいいじゃない」

 ウィルはかぶりを振った。「それで充分じゃなかったら? ローアン、教授たちの人数だってそんな多いわけじゃない。僕たち全員を守れるかどうかはわからないよ。自分たちの身を――それと他の生徒を守る方法があるはずだ」

「ウィル、何度言えばいいの? ここはエルドレインじゃないのよ。私たちはここの王族じゃない」 彼女は両手を振って見せた。「困り事は消え去れ! なんて命令はできない」

「王族だからって、殺されかけて帰る羽目になるのを防げるわけじゃない。少なくともここには大図書棟がある。そこの知識には――使えるものがあるはずだ。僕はもう無力でいたくはない」

 ローアンに震えが走ったのをウィルは見逃さなかった。彼女は肩を強張らせ、歯を食いしばった。オーコと父の事件を思い出したのだ。今だに二人とも、あの出来事を完全に忘れ去ることはできずにいた。

 ローアンは肩越しにウィルを振り返った。「あなたは好きなだけ古本を掘り返していればいいわ。私は自分なりに来たるものに備えるから」

 彼女は踵を返して立ち去り、ウィルは溜息をついた。僕は僕自身で、か。


 カズミナは今もキャンパス外の森の中に座し、フクロウを経由して大図書棟すぐ外の庭園を見ていた。眼下では、ケンリスの少女が芝生の上で二又の稲妻を放っていた。その近くでウィザーブルームの生徒二人がそれを見つめていた。一人は拍手をし、もう一人は何かを言ったが内容はわからなかった。

 庭園の映像の端がかすみ、消え、広大で全く異なった風景へと変化した。カズミナは別のフクロウへと焦点を映した。双子の姿は消え、代わりに影と赤い岩が視界を満たした。

 ルーカが仮面をまとうオリークの工作員とともに立っていた。工作員は身動きをし、外套の下から何かを取り出してそのプレインズウォーカーへと差し出した。カズミナのフクロウはそれをよく見ようと顔を向けた。

 それは人間の頭蓋骨を模した、銀の仮面だった。

 ルーカは首を横に振った。その顔面が変化し、皮膚の色が暗くなり、耳の先端が伸び、狐の相棒の特徴をまとった。彼はオリークの工作員が立ち去るのを見つめ、そして――不意に、フクロウへとまっすぐに顔を向けた。カズミナは反射的に後ずさった。

 彼女は鳥へと命令を送った。フクロウは飛び立ち、オリークの洞窟から逃げ出した。ここまで見れば、もう十分だった。


 ローアンはオーベルニンの部屋に座り、その少女が輝く薬品を注いでかき混ぜる様をぼんやりと見つめていた。彼女は疲れきっていた。この数週間、訓練を続けていた。日夜休みなく身体に力が流れ続けているようで、それを上手く使う最良の方法を見つけ出そうとしていた。だがどれほど努力しても、進歩はほとんどなかった。

 甲高い鳴き声に、ローアンは我に返った。オーベルニンが、身悶えする芋虫のような生物をガラス瓶から取り出していた。彼女は眉をひそめた。「何、それ?」

 オーベルニンはその生物から目を離さず、金属の皿に置いた。「よくいる塩食らいよ。けれどこの大きさのを探すのに一時間かかったわね」

「何を――」

 オーベルニンが詠唱をはじめ、その害獣を高く掲げると、ローアンの言葉は途切れた。

 その生物は身悶えを止め、黒く丸い沢山の瞳が見開かれた。オーベルニンの声が部屋に満ちる中、その芋虫は皿から浮かび上がり、丸々とした身体から輝くエネルギーが立ち上ると、身をよじって震えた。

 ローアンは口を手で覆い、見つめた。害獣の生命力が宙を流れ、友人が作る薬品の中へと注がれた。その液体は光を発して泡立ち、色は深い紫色から鮮やかな赤へと変わった。オーベルニンが呪文を終えると、塩食らいは皿に落ち、苦しく呼吸をしていた。ローアンは顔をしかめた。「けっこう……気持ち悪いのね」

「ちょっとね」 オーベルニンは頷き、薬品を取り上げて見つめた。「この薬を作るには、純粋に薬草から私が引き出せる以上の力が必要なの。けれど正しく取り出せれば、沢山の人の役に立つかもしれない。より善いことのためには少しの犠牲が必要、そう思わない?」

 ローアンは肩をすくめただけで、視線はその害獣へと戻った。生みの母の不愉快な記憶が沸き上がり、彼女は即座にそれを沈めた。犠牲。そう。


 ローアンは大図書棟でウィルの姿を見つけた。彼は秘本と巻物の山に埋もれていた。そしてまた別の本へと手を伸ばし、その頁をめくりながら何か小声で呟いていた。

「これはとても訓練とは言えないわね」

 ウィルは明らかに驚き、顔を上げた。少しの後、彼は目の前の文章へと視線を戻した。「皆が言う通りオリークが危険な存在なら、僕たちが知っている呪文じゃ敵わないかもしれない」 ウィルはかぶりを振った。「もっと呪文の種類を増やすことに集中するべきだ」

「それとも、今持ってる力からもっと引き出す方法を見つけるか」

 だがウィルは次のページをめくり、その記述を追うだけだった。

 無視には無視で応え、ローアンは辺りを見た。少し遠くで、熱心に勉強するプリズマリ生徒の隣に、クラゲに似た生物が浮遊していた――エレメンタル。魔法をかけられた水の構築物が、純粋な秘儀エネルギーの脈を輝かせていた。オーベルニンがあの薬品を作った時の不快感を少し思い出し、ローアンはそれを飲み込んだ。あれはただの呪文。よくあること。

「ローアン、何をしているんだ?」 やがて本から顔を上げ、ウィルが尋ねた。

 彼女は肩をすくめ、そのエレメンタルに注目した。ローアンが水の皮膚から力の脈を引き出して吸い寄せると、電気が指先に弾けた。やがてエレメンタルは崩れ、石の床に水たまりとなった。エネルギーが掌に集まり、音を立ててうねり、そして不意に稲妻が弾けてローアンの髪が逆立った。プリズマリの生徒は椅子から落ちかけ、慌てて本を拾い上げるとローアンを睨みつけて逃げ出した。

「ローアン!」 ウィルは小声で咎めた。「そんなことをしたら――好き勝手に魔力を引き出すとか駄目だ。そうでなくても、吸収理論はまだ何も習っていないのに! 自分が、他の誰かが傷つくぞ」

「ウィル、オリークは時間割やキャンパスの規則に従うなんてことはしない」 ローアンは冷静かつ穏やかに話していた。まるで、永遠とも思える中で初めてかのように。「そいつらは何だってするつもりなんでしょう。それなら、私たちもそうするだけ」

「ローアン、力には責任が伴う。それを心していなきゃいけない。そうでなければ、僕たちはそれを――」 ウィルはためらいながらも、自らの怖れを言葉に出した。「身勝手な目的のために使うかもしれない。邪な目的のために。僕たちの産みの母やオーコから、何も習わなかったのか?」

「そうね」 彼女は言い返した。「規則を破ることを気にしないなら、もっと色々できるってことを学んだわ。あなたは本と仲良くね」 彼女はウィルをその場に残して立ち去った。数分してロアホールドの司書が訪れ、本棚を照らす稲妻について尋ねてきた。ウィルは上手い返答を思いつかなかった。


 杖にフクロウが着地したのを感じたが、カズミナの視線は地平線に定められていた。沈みつつある太陽を背に、人影がひとつ庭園の端に現れた。両肩の輪郭がわかった――精密な、軍人らしい身の運び。その足元に立つ狐にも見覚えがあった。「残念だわ、あなたほどの男がここまで堕ちてしまうなんて。かつての指揮官が何者かの策略の手駒になっているのを見たら、あなたの部隊はどう思うでしょうね」

 ルーカは返答した。「そう大したことは考えないだろうな。思うに半分はもう土の中だし、もう半分は俺の死を願ってる。ところで、お前とその小癪な鳥は一体いつから俺を監視していた?」

「この道は更なる苦しみしかもたらさない、それがわかるくらいには。あなただけの為じゃない。ルーカ、あなたを放っておくわけにはかないのよ」 この時のカズミナの声は、思慮深くも寛大でもなかった――氷のように冷たかった。

「こう生きろとか命令されるのはうんざりだ」 ルーカは怒鳴った。「そして俺は誰の手駒でもない。この学校を動かす魔道士どもは、自分たちは他の誰よりも優れていると思い込んでいる――そしてそれに頷いて従うこの世界もうんざりだ。そんなものは間違いだと俺が示してやろう」

「あなたはまだ仲間になれるかもしれないって思っていた。あなたの才能を共通の善のために役立てられるかもしれないって」 カズミナは溜息をついた。「けれど、過大評価だったみたいね」

 ルーカが返答するよりも早く、カズミナのフクロウが彼女の肩から飛び立った。それが翼を羽ばたかせると、不意にルーカの狐を球形の嵐が取り囲んだ。風が猛烈にうなってその獣を翻弄する一方で、カズミナは圧縮した空気の刃をルーカの胸へとまっすぐに放った。

 彼はかろうじてその不可視の刃の下をくぐった。風の刃はそのまま過ぎ去り、背後の並木の一本を切り裂いた。ルーカはミラを一瞥した。相棒の狐と繋がろうと試みたことで、彼の風貌は鋭く細く変化した。だがその獣のような特徴は一瞬現れただけで消えた。

 腕を一振りし、カズミナは再び風の刃をルーカへ放った。今回は槍のように細く、尖っていた。ルーカは転がって避け、そして剣を抜きながら立ち上がった。

 彼は獣のような速度でカズミナへと迫った。彼女はかろうじて杖を掲げ、木の柄で剣を受け止めた。彼女の両目が銀色に輝き、だが次の呪文を放つ前にルーカはさっと引き下がり、剣を離してカズミナを前によろめかせた。

「ドラゴンもだ」 ルーカの声は咆哮のようだった。「あの龍護りもだ。あいつらは長く力を持ち過ぎた。だから誰もがあらゆる影を、あらゆる余所者の顔を怖れている。あいつらがオリーク以外を狩りだしたらどうなる――気に入らない魔法を使うような奴全員を」

 カズミナははっとして、ルーカの剣が迫ると腕を振り上げた。青い光の壁が二人の間に立ち、彼女を包んだ。「ルーカ、あなたは自分の痛みの先が見えていない。エクスタスがその全てを変えるつもりだと思っているの? あなたと力を分け合うとでも? 彼は自分のために戦っているだけなのよ」

 ルーカは憤怒に表情を歪め、光の壁に武器を叩きつけた。「言っていいか? あいつが全てを焼き尽くしたとしても、俺は何もと思わないね」

才能の試験》 アート:Lie Setiawan

 彼女は壁とともに一歩前進し、ルーカを後ずさらせた。彼は力任せに刃を繰り返し叩きつけ、やがてカズミナは手をひねった。光が揺らぎ、光線が放たれてルーカの腹部を直撃した。その勢いに彼は吹き飛ばされ、風に拘束された狐の隣に落下した。そして立ち上がろうとしたが、カズミナが杖の先端をルーカの顎の下にあてた。

「終わりよ。降伏しなさい」

 ルーカのうなり声は獰猛な笑い声へと弾けた。「終わり? 違うな――始まったばかりだ」

 カズミナは動きを止めた。戦いに集中するあまり、フクロウの追跡を止めていた。学校の外れに忍び寄るものを見て、冷たい衝撃が彼女に走った。

「俺はお前を倒すために来たんじゃない」 ルーカはにやりとした。「それができると思うほど馬鹿じゃない。けれどあいつらなら」

 足元の地面が震えた。地平線に這うような動きがあり、囁き合うキチン質の群れが木々の間を駆けた。それらの多節の身体からは病的な紫色の輝きが立ち上っていた――まるで森全体が不自然な炎で燃えているかのように。

「魔道士狩り」 カズミナが呟いた。「あなた、何をしたの?」

「何をしたかって? 言っただろう」 ルーカは顔を上げ、血を吐き捨てた。そして汚れた歯を見せて笑みを浮かべた。「始めたばかりだって」

 近づきながら、魔道士狩りは輝きを増していった。カズミナは目を閉じて別の次元へ、別の場所へと集中した。白い羽根の雲が舞い、彼女は消えた。


 ルーカは立ち上がって埃を払った。軽快な足音が近づき、エクスタスが隣に立った。

「支配に問題はないか?」 オリークの長はそう尋ねた。「これほど多くの魔道士狩りを一度に操ろうとしたオリークはいない」

 ルーカは頷いた。「俺はお前が抱える魔道士どもとは違う」

 背後で動きがあった。他のオリークたちが、庭園の端に揃っていた。工作員たちは身構えて立ち、エクスタスの命令を待っていた。エクスタスは肩を正し、頷いた。「攻撃を開始せよ」

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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