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MAGIC STORY
ストリクスヘイヴン:魔法学院
メインストーリー第2話:それぞれの教訓
2021年3月31日
大図書棟の窮屈な地下道にうずくまり、タヴァーは待っていた。どれほどの時間が経ったのだろうか――間違いなく数時間、だが遥かに長く感じられた。明るい間に動くのは安全とは言えない。やがては地下道から這い出て、学校と周囲の森林地帯とを隔てる谷を横切らねばならない。その後はほぼずっと木々の中に隠れられるが、それでも目撃される危険はある。ここは魔道士だらけの学校なのだ――畜生! 他のオリークはここの小僧どもを好き勝手に言うが、アルケヴィオス全土でも最高の魔道士たちなのだ。そしてもしも、創始ドラゴンの一体がたまたま頭上を飛んだりしたら? ドラゴンの炎に燃やし尽くされる気はなかった。タヴァーは常に実用主義者だった。そのため、これ以上なく実用的に、彼は夜の訪れを待った。
エクスタスのもとに向かうのは気が進まなかった――任務に失敗して向かうのは。だがそれは、生きて戻れてから心配すればいい。あの時遭遇した教授の紫色の瞳には、真の闇があった。こちらを殺す気だった――何のために? あの女さえいなければ、エクスタスは本を手に入れられたというのに――たまたま思い出した、埃まみれの古い本だとしても。
やがて夜が訪れ、彼は森と岩山を抜ける困難な帰路についた。長い夜になりそうだった。
ルーカがオリークの魔道士たちに遭遇する三週間前――正確には、彼らに連れ去られる三週間前のこと。彼は光に目を狭めた。次元渡りの後で、まだ胃袋が揺れていた。決して心地よくはない感覚。目の前には草原が広がり、その先には小さな村があった。何人かが動き回っているのが見えた。一人の女性は耕した土の列の上で手を揺らし、小声で成長の呪文を唱えていた。一方では泥の構築物らしきものに命令し、畑に鋤を引かせている人物がいた。
彼は未舗装の道をしばしさまよい、やがて食べ物の匂いに引き寄せられて一件の宿に入った。低い木の卓から見つめて囁く人々を無視し、ルーカは木製のカウンターに座った。
「お客さん、何をお求めですか?」 宿の主人がそう尋ねた。きつい巻き毛の太った男だった。
「温かい食事をくれ」とルーカ。主人は何か言おうとしたが、頷いて調理場へと向かっていった。
「見たことのない服だ」 ルーカの背後で声がした。「ここらの奴じゃないな」
彼は振り返った。他の町人たちと同じような粗末な衣服の、長身の男が卓から立ち上がって近づいてきた。
「ああ」 ルーカは再び前を向いた。「そうだろうな」
「変な服を着て変な動きをする奴の正体くらいわかる。こんな辺鄙な街まで勧誘か? オリークが」 そのさらに背後の男が言った。その声色は友好的とはとても言えなかった。
「意味がわからないんだが」
「かもしれないな。じゃあ、どこから来た?」
ルーカは視線を前方に定め、その騒がしい男を見ないように努めた。「お前の知らない所だ」
その男が歯の間で息を鳴らす男が聞こえた。主人は調理場から戻ってきていなかった。そもそも戻ってくるのかどうか、ルーカは疑問に思い始めた。
「いいだろう、オリーク。話をする必要もないってことだ。ここはちょっかいを出してきたり、平和を乱そうとする奴には優しくない。多少でかい街なら、仕事熱心な手近の龍護りに解決してもらうんだが。ここはただのちっぽけな農村だ――だから自分たちで余所者を追い払ってきた」
その男が呪文を唱え始めると、ルーカは魔力のうねりを目で見るよりもむしろ感じた。この次元では誰もが魔法を使うのか? 彼は振り返り、流れるような動きで男の顎に拳を叩きこんだ。相手は力なく倒れ、片手にまとっていた希薄なエネルギーの渦も消えた。ルーカは息をついたが、直後に別の男が店の扉から飛び込んできた。伸ばしたその手の上には、火球が浮いていた。ルーカはかろうじて数歩避けたものの、上着の背中に炎が命中し、その勢いで彼は近くの窓を破って道へと叩き出された。
焦げた革の匂いが鼻をつき、肩の焼け付く痛みと混じり合った。ルーカは獣のようにうなると村の隅々にまで感覚を伸ばし、利用できるような精神を探した。彼はそれらへ呼びかけながら、急ぎ立ち上がった。
火球を投げつけた男は店を出て、もう二人の頑丈そうな男に加わっていた。「仲間はどこにいる? オリークのような屑は群れてるものだろう?」
「ふん、今にも来るだろう」とルーカ。
その男は片手を挙げて今一度それを炎で満たそうとした。それが終わるよりも早く、一匹の犬が宙へと跳ね、鋭い歯が閃いて男の腕に食い込んだ。男は悲鳴を上げ、炎を散らしながら犬を振り払おうとした。どうにか腕を解放できたその時、一頭の馬が突進してきた。男とその仲間はかろうじて避けたが、馬はルーカの怒りに駆られて彼らを追いかけた。それは後ろ脚で立つと、蹄を勢いよく振り下ろした。
ルーカは勝ち誇った笑みを浮かべたが、空腹が胃袋を刺した。彼はかろうじて心で獣たちの戦いを追いながら、ふらふらと道を進んだ。やがて、その騒音も背後に消えた。
リリアナが思うに、通常、ドラゴンの巣に喜んで踏み込む者はいない――自殺願望か、とても鋭い刃を持っていない限りは。ベレドロス・ウィザーブルームが居を構える深い木立へと近づく彼女は、どちらも持っていなかった。持ってきたのは、回答を求める疑問だけだった。
低く垂れこめた枝を払いのけ、可能な限り物音を立てた。不意打ちをしようとしていると思われるよりは、堂々と訪問する方がずっといい。だが巣は空で、ただ地面に敷かれた葉が広く押し潰されているだけだった。にもかかわらず、リリアナは安堵した。ニコル・ボーラスはもういない。私は一体何に対して怯えているのだろう?
その棲処は宣誓者のように土へと身を傾ける、暗い色の葉をつけた木々に取り囲まれていた。腐敗の匂いが新鮮な土のそれに混じり合い、だがベレドロスは途方もない量の秘儀的書物を所蔵しているとリリアナは知っていた。様々な大きさの輝く球が巨大な根の中に隠れ、内容物を湿気から守っていた。ギデオンを現世に呼び戻すために、この書物と巻物の中のどれかが力になってくれるかもしれない。深い泥に足をとられないよう気を付けながら、リリアナは球の一つを覗き見た。
五つ目の球を覗き見たところで、翼の音が聞こえて空を見上げた。ベレドロス・ウィザーブルームの影がかかるとリリアナは深呼吸をし、思い出したように教授服を整えた。
アート:Raymond Swanland |
ベレドロスは空で二度旋回し、地面を揺るがして着地した。不気味に輝く瞳でリリアナを見つめながら、ドラゴンは黒い羽根の翼を畳んだ。「教授よ、タイヴァ校長は時に辛辣かもしれぬ。だが遥々ここを訪れるよりもあの者に頼る方が面倒事は少ないであろうに」
「私が必要としているのは、あの監督官が力になれるような物事ではないのです」
ベレドロスは興味深いように自分を見た、リリアナはそう思った。
「霊気的再構成について、幾つか研究をしておられますよね」 リリアナは尖った一つの金属片をポケットから取り出した。それは彼女が持つギデオンのただひとつの形見、スーラの刃の先端だった。「そういった手法を人間相手に用いる際には、何が必要になるのでしょうか?」
ベレドロスはうなり声を轟かせ、その音は足元の地面を震わせた。「その問いには危険な悪戯の匂いを感じる。答えるべきでない疑問というものもあるのだ」
「小言を聞きに来たのではありません。ただ、単純な回答が欲しいのです」
「霊気が関わるとあっては、単純な回答などない」 ベレドロスは歩いてリリアナの横を通過し、巣の中でも深い窪みに向かった。そして振り返って身体を横たえ、巨体の周囲に尾を打ち鳴らした。「そなたが言及するものは、命のまさに精髄だ。愛玩動物のように命令できるものではない。理解しているだろうが、蘇生術はその基礎となる屍術とは異なり、極めて難しいものだ。例え私であろうとも」
リリアナは顎を引き締めた。「では、グレードフェル教授のお子さんについては?」
ドラゴンは黙った。巨大な黒い目は底なしの穴のようだった。「ならぬ。あれが……繰り返される様を目にするつもりはない。我ら全てのために」
「ベレドロス様、私は気まぐれな生徒などではありません」 リリアナはドラゴンへと踏み出した。ギデオンの刃が手の中に冷たく感じた。「過保護な扱いをされる必要はありません。庇護も必要ありません」
「そうかもしれぬ」とベレドロス。「だが私が守ることになるものは、そなたではない」
「それでは、人間について、どのように思っておられるのですか? 私たちのことは、虫と同程度にしか見えないのではありませんか。創始ドラゴンは全員、長いこと大学に顔を出していないのですから」
ドラゴンは首を曲げ、重い瞼の巨大な目を閉じた。「秩序と平和の維持については、学部長たちの方が有能だ。龍護りと神託者たちも」 ドラゴンは小さな笑い声を漏らし、身動きとともに分厚い腐葉土とその下の根が動いた。「アルカイックも同様に、役割を果たしてくれている」
リリアナの爪が掌に食い込んだ。このドラゴンにはもっと明かさなければならない。これが最後の希望なのだ。ギデオンの最後の希望。「どうか。私の身代わりになって死んだあの人を。その命を取り戻すための力をお貸しください」
ベレドロスは片目をわずかに開け、しばし彼女を見据えた。巣を取り巻く黒い木々を風が揺らし、そして吹き抜けた。やがて、ドラゴンは再び目を閉じた。「私にはできぬ」
鋭い痛みが手に走り、スーラの破片を強く握りすぎていたと気づいた。彼女は流血した掌を見下ろし、感情の嵐を落ち着かせようとした。これは力や純粋な意志で勝てる戦いではない。リリアナは刃の破片をポケットにしまい直し、踵を返した。巣を半分登ったところで、ベレドロスが口を開いた。
「時に、その痛みは耐えがたかろう。だが結局のところ、我々が命を取り扱う態度に、死者への敬意もまた映し出されるのだ」
リリアナは振り返った。だがドラゴンは巣の中にうずくまり、ゆっくりと眠りにつこうとしていた。
岩の峰を、ルーカはよろめきながら進んでいた。急な崖の端で、足元には細心の注意を払っていた。遥か下方で、短い草と痩せた木々が生にしがみついていた。空腹は悪化するばかりで、不安定な一歩ごとに胃袋がきしんだ。狩りで手に入れたわずかな食料はとうに尽き、水も数時間前に飲み干してしまっていた。
アート:Kieran Yanner |
不意に、足元の緩い石が崩れた。足首をひねり、ルーカは悲鳴を上げた。彼は長い落下を食い止めようと手を伸ばし、鋭く平らな石の端を指がとらえた。歯を食いしばって彼は崖際から身体を持ち上げ、両足をばたつかせて足がかりを探し、やがて岩棚の上へ身を放り投げた。それから永遠とも思える間、彼は横たわっていた。肺が燃えるように苦しく、必死に息を吸いこんだ。
死にかけたという恐怖は、だが自分を救ってくれた岩に目をとめて消えた。それは宙に浮いており、滑らかに湾曲した側面を彼に向けていた。立ち上がると、崖際に浮遊する岩が他にも見えた。それらは半円を描いて並んでいた。まるで残り半分が崖そのものと一緒に消えてしまったかのように。
小さな物音に、ルーカははっと身構えた――だが再び届いたその音は、彼の耳へと哀れに響いた。柔らかく、弱弱しかった。
ルーカはそれを追い、崩れて積み重なった石に辿り着いた。彼は膝をつき、石をひとつ取り除いた。黄金色の瞳が一対、彼を見つめ返した。その生物は痛ましい鳴き声を上げ、光に瞬きをした。残る石をルーカは除けてやった。汚れた灰色の毛皮に、保護色の斑点模様が背に沿って浮いていた。鼻面には長い切り傷が走り、先端が黒く尖った耳も片方が欠けていた。
解放され、狐に似たその生物はルーカが動かした岩の上をよろよろと進み、離れていった。ルーカは脚が限界に達し、勢いよく座り込んだ。意識が遠くなるのを感じた。「じゃあ、行け。取ってこい」
その狐は背を向け、崖の向こうへと駆けていった。その直後、ルーカの意識は途切れた。
目覚めた時、最初に意識したのはその存在だった。彼は身動きをしないように、片目をゆっくりと開けた。あの狐は数歩離れて座り、こちらを見つめていた。そして彼の隣の地面へとその視線がひらめいた。
その視線を追うと、自分の足のそばに果実と種子が積まれていた。「ありがとう」
狐は身体を強張らせ、立ち上がった。
ルーカは片手を挙げようとして止め、その狐を見つめた。沈黙の中、遠くで太陽が昇ってきた。やがてルーカは深呼吸をすると、眷者としての感覚を放った。
互いの繋がりが確保されると、暖かな毛皮が彼の心を撫でた。この優しい魔法を使ったのは久しぶりだった――下僕ではなく、相棒とするための魔法。この心地良さを求める感情すら忘れてしまっていたと気づいた。
アート:Kieran Yanner |
そびえ立つ金属の松明の壁に手を押しつけ、リリアナはストリクスヘイヴンへの手ぶらでの帰路を進み続けた。既に何日も留守にしていた――何日も授業を行っておらず、会議も参加せず、教授としての用務も終えていない。ベレドロスに拒否された後、彼女はアルカイックの噂を頼りにセイアドゥーンの遺跡へ向かった。だが秘術的知識で一杯の巨大な、神秘的な建造物は見つからなかった。それどころか、何も見つけていなかった。何も――そして他の教授たちからは問いただされるだろう。もしくはもっと悪いことに、ヴァレンティン学部長とリセッテ学部長からも。
遠くで動物の甲高い声が響いた。その押し殺した悲鳴は道を外れた前方のどこかから届き、とはいえ木々の深い梢は見通せなかった。彼女は身を低くしたまま、下生えの中へと踏み入った。
道からそう離れていない空き地で、人影が七つ、円を描いて立っていた。伸ばされた彼らの手から、紫色の魔力が流れ出た。それは彼らの仮面に煙のようにまとわりつく光と同じ色をしていた。リリアナは古木の節くれだった幹に身体を押し付け、見つめた。オリークの工作員の一団が、白い大鹿を取り囲んでいた。
その獣は激しく声を上げながら後脚で立ち、蹄で工作員の一人を薙ぎ払った。一人が後ずさり、だが他の者たちは前進を続け、大鹿の背後に開かれた金属の箱へと誘導していった。少しずつ、大鹿は箱の中へと追い詰められ、悲鳴が宙に漏れ出た――そして箱の蓋が勢いよく閉じられると、鋭く途切れた。
リリアナは身動きせず、無言で見つめていた。彼らは捕らえた鹿を近くに待つ荷車に乗せた。やがて、車輪の軋み音は遠くへと消えていった。
遠くに、森のどこか先の煙突から煙が上がる様子がルーカには見えた。別の世界でなら、別の次元でなら、安堵したかもしれない。ようやく、柔らかい場所で横になれる。兎の心を支配して首を差し出させなくてもいい、きちんとした食事ができる。だがここアルケヴィオスでは、どこへ行こうとも同じような疑念の視線を向けられていた。この次元の人々は目新しいものを、理解できないものを心底憎んでいる。彼らが言うには、「ストリクスヘイヴンの学校で禁じられている」魔法を用いるあの仮面のオリークどものようなものを。村人は全員、自分たちの寝台の下にオリークの工作員が隠れていると思い込んでいるようだった。ある意味、それは故郷を思い出させた。ルーカが初めて眷者の魔法を見せた時にクードロ将軍が自分を見たその目を。恐怖に支配される場所。
大声に、ルーカの意識が引き戻された。彼はそれを追いかけ、向かい側の峰に辿り着いた。下方で、染みひとつないローブをまとった女性が仮面の一団に対峙していた。正体を隠す姿の間に、紫色の、薄い煙が踊った。全員がフードをかぶり、異質な影はまるで人でないもののように見えた。
女性は劣勢を心配しているようには見えなかった。そのローブに、ドラゴンを様式化した刺繍があるのをルーカは認めた。ああ、あれが話に聞く龍護りか。その鱗の爬虫類に学び仕える精鋭の魔道士。
「これが最後の警告です」 女性はそう言った。「姿を見せなさい、そして――」
仮面の者たちは言い終わるのを待ちはしなかった。一人が片手を伸ばし、滴る紫色のエネルギーを鋭く放った。龍護りの女性は難なく手首をひねった。眩しい閃光が走り、そして不意にその暗黒魔法のうねりは――
ルーカへと一直線に飛んできた。
彼はかろうじて避けたが、その呪文は頭上を通過してすぐ隣の木に命中し、焼けるような音が上がった。すぐさまその箇所から腐敗が広がり、幹が黒化していった。枯葉の破片が降り注ぎ、木が砕ける音が続いた。倒壊する。ルーカが跳びのいた直後、木は先端から割れて一瞬前に彼が立っていた所へと倒れた。
命中したら死んでいたかもしれない。誰を責めるべきだろう――そもそもあの呪文を唱えた者か、それを方向転換した者か。両方だ。
ルーカは森の中へと意識を伸ばし、果実の低木に鉤爪を立てる熊をとらえた。もっと遠くへ。彼の感覚はまどろみながら夜を待つ狼たちを掴み、目を覚ますよう刺激した。更に遠くへ。既に戦いの現場へ這うように向かっている生物の、奇妙な熱意を感じた。引き寄せられている……魔法に? ルーカは顔をしかめ、だが集中を続けた。近隣の獣たちと繋がり、彼はその全てに呼びかけ、空き地へと向かわせた。
一方でオリークの工作員たちは散開し、龍護りを取り囲んでいた。弾ける黒い炎の球を一人が放った。身振りひとつで龍護りの女性はそれを石に変え、魔法は無害に地面に落ちた。別の工作員が、きらめく銀色の液体でできた蛇を呼び出した。一言の命令で、龍護りは泥と草の巨大な塊を起こした。驚くほどマングースによく似たそれは、直ちに地面を駆けて秘術の蛇を叩いた。工作員たちが放つ呪文をいとも容易く対処するその姿に、気づけばルーカまでも感嘆していた。
龍護りの背後から、獰猛に牙をむき出しにした狼が飛び出した。その女性は不意をつかれたようだった――だが喉に届く前に、緑色の泡がその獣を封じた。狼は宙に浮き、その掌握の中で無力に怒り狂った。
「つまり本当だったのね」 その龍護りは峰の上のルーカへと顔を向けた。「獣を操るオリークがいるという噂は」
「何度でも言うが、俺はそのオリークなんかじゃない!」
それを示すように、仮面の人々へと熊が襲いかかった。巨大で物騒な鉤爪が大きく振るわれ、彼らは慌てふためいた。一人が逃げながら肩越しに呪いの魔術を放ち、熊の腕を萎びさせて苦痛の咆哮が轟いた。
そこに、全く聞き覚えのない音が加わった。ルーカが見ると、先程彼が感覚を繋げた奇妙な生物が森から飛び出した。不安になるほど素早く、それは六本の脚で空き地を駆けた。頭には赤熱する触手が、まるで水中にいるようにうねっていた。他には何も目にくれず、それは龍護りへとまっすぐに向かった。
これは強敵だと龍護りは受け取ったようだった。彼女は身構え、両手を曲げて秘術の構えを作った。一語の呪文、するとルーカの腕ほども太い根が地面から何本も弾け出て、その生物のキチン質の脚に絡みついた。地面に引きずり倒され、脚が折れる音が聞こえた。やがて恐ろしい断末魔とともに、昆虫に似たその獣は横たわった。
ルーカはその光景に熱中し、根が足元へと這う様子に気づかなかった。不意に、彼は腰まで土に引きずり込まれた。両腕で抵抗し、身体を持ち上げようとしたが効果はなかった。あの龍護りは急がず、ゆっくりと近づいてきた。
「いい技ね。けれど結局のところ、あなたも未熟で低俗な魔道士ってこと。他のオリークと同じく」 彼女は掌を広げて突きつけてきた。
ルーカの視界の端で何かがかすんだ。一瞬の後、その龍護りは悲鳴を上げた。熱が弾けて眩しい炎が広がり、彼は顔をそむけ、片手で顔を覆った。やがて振り向くと、龍護りは倒れて動かず、その隣には見覚えのある姿があった。息絶えた敵の匂いをかぎ、炎の尾が激しく振るわれた。やがて満足したように、狐に似たその生物はルーカに顔を向け、見つめた。その大きな目は奇妙なほど、理解していた。
その獣の視線をルーカはしばし受け止め、そして空き地を見た。オリークの工作員らは消えていた。もしいたとしても、数分すらもたなかっただろう。戦意も作戦もない、ただの怯えた仮装集団だ。
ルーカは苦労して土から足を抜き、近くの地面を見た。明らかに、オリークの工作員らは足跡を残しながら遁走していた。仮面の魔道士たちが残していった痕跡がたやすく見えた。結局のところ、ここの法に従って動かない者は全てオリークだというなら、俺もその一人なのかもしれない。
足跡を追おうとした所で、小さな鳴き声が彼を呼び止めた。振り返ると、あの狐に似た生物がそこに座っていた。獣は瞬きをし、首を傾げた。
ルーカは向きなおり、かぶりを振った。「わかったよ」
彼は目を閉じ、心を伸ばした。狐自身の心は彼を見て飛び込んできたようで、その絆は柔らかくゆっくりと定まった。この狐が龍護りへと飛びかかるのを見た時の安堵と喜びが、蘇ってきた。
目を開けると、狐は血で汚れた口元を舐めながら、彼を見つめていた。そしてゆっくりとオリークの足跡へ向かい、道の匂いをかいだ。
「そうだな。ついて来たいなら、名前が必要になるな。ミラはどうだ?」 ルーカはその心に喜ばしい同意の響きを感じ、そして頷いた。「よし。じゃあ、お前の名前はミラだ」
エクスタスは息を止めながら、揺らめく赤色の液体を浅い鉢へと注いだ。それは自ら渦巻いて輝く水薬となり、秘術の光が奇妙な泡となって湧き出して、洞窟の壁に異様な影を投げかけた。光は熱を帯びて白くなるほどに輝いた――そして中から紫色が弾け、液体の光は消え、やがて不活性な黒色のヘドロと化した。彼はその鉢を投げた。それは壁に当たって砕け、中身が石を汚した。四度目の失敗。
何かの動きが目にとまり、エクスタスは洞窟の入り口へと視線を向けた。オリークの工作員が一人そこに立っていた。暗黒の魔術が仮面を取り囲んで燃え、喜ばしくない感情を示していた。
「そこに立って何をしている? 鹿の精髄をもっと持ってこい!」
その工作員はまるで殴られたように跳ね、引き下がり、大洞窟に続くトンネルへと消えた。
独り、エクスタスは作業台に倒れ込んだ。目の前に広げられた何冊もの本を眺めた。どれも全く役に立たなかった。必要とする力をくれる方法を示してはいなかった。視線が卓の脇から床へさまようと、そこではまた別の儀式の残骸が無言で横たわっていた。魔道士狩りの脚は繋ぎ止められたまま、今や命なく横たわるオリークの工作員を掴んでいた。どれも有用な道具、だが無のために捧げられた――生命の最後の一滴まで吸い上げられ、それでも足りなかった。
背後の小部屋に誰かが入ってきた。エクスタスは背筋を伸ばした。「物資は届いたのか?」
「遅れています。彼らは龍護りに遭遇しました」 工作員はそう返答した。
仮面の下で、エクスタスは歯を食いしばった。龍護りには特別の憎悪を抱いていた。あらゆるお節介な邪魔者の中でも、あの者たちは最悪という表現すら生ぬるい。あまりに傲慢、あまりに自信過剰。彼は何としても示したかった、その驕りの全てがいかに的外れかを――龍護り、そしてストリクスヘイヴンの精鋭、一人残らず全員へ。
あの場所について考えない日は一日もない。神託者の広間を歩いた時のことをまだ思い出せた。自分の彫像が立つはずだった場所が見えた。そのすぐ隣には……
交錯。
今や壁に貼り付いたヘドロをエクスタスは見た。必要なのは更なる力だというなら、学校の下に複雑にもつれて隠された力で十分足りるだろう。だがそれに手を伸ばすのは簡単なことではない。古のエネルギーの連結点は、大図書棟の本棚に置かれた埃まみれの本のような類のものではない。それはストリクスヘイヴンが呼び集める最も手強い力によって守られているだろう。構築物、エレメンタル、教授たち――そして龍護り。
「それだけでなく、余所者がいるとのことです」 工作員の声に、エクスタスは我に返った。「我々を妨害していると」
その男は、森の獣を呼んで命令に従わせるらしい。工作員の説明を聞き終える頃には、エクスタスは非常に興味をかき立てられていた。
「尾行されている、と言っています。追い払うように命令しますか?」
「いや」 エクスタスは咳払いをした。彼は卓の隣の死体を一瞥し、そして視線を頭上の影へと向けた。松明の光は、岩の天井にぶら下がって休眠中の魔道士狩りたちの外骨格を照らしていた。「ここへ連れて来い」
仮面の下で、エクスタスは笑みを浮かべた。
リリアナは調べていた秘本を置き、目をこすった。また無益な調査で一日を無駄にしてしまった。考えられる全てを行い、そのどれも役に立たなかった。ギデオンを呼び戻せるような本も巻物も呪文も、ストリクスヘイヴンには存在しなかった。そうでなくとも、もっと差し迫った物事が手の届く所にあった。オリークが動いている。けれど誰一人として、真面目に受け取ってはいないようだった。
《過去対面法》 アート:Kieran Yanner |
彼女は机の背後、窓の外を一瞥した。遠くで、二つの太陽がゆっくりと地平線に沈もうとしていた。キャンパスにかかる巨大なアーチ、暁の虹の浮遊石に光がきらめいた。リリアナはその見事なアーチを見つめ、曲線をたどり、中央キャンパスの建物群へと視線を下ろした。
ここにやって来たのは、ギデオンを蘇生させる手段を見つけるためだった。それ以上でもそれ以下でもない。だが自分がここにいなければ、大図書棟の中にオリークの工作員を見つけることもなかったのだ。運命という考えをリリアナは嫌っていた。そんなのは、他者に命令されるようなものだとずっと思っていた。ただの、無慈悲な主。けれどギデオンは、巡り合わせというものを強く信じていた。ひょっとしたら、彼から教訓を学ぶ機会なのかもしれない。遅すぎなければの話だが。
けれど、ひとりでできることは限られている。魔道生徒たちは自由時間にキャンパスのそこかしこで小競り合いを繰り広げているとしても、来たるものに備えてはいない。助けが必要だった。力が必要だった。
窓の外で黄金色の光が閃き、リリアナの目にとまった。彼女は身をのり出した。
若年の生徒の一団が、執務室の外をゆっくりと過ぎていった。その中のひとりがとても目立っていた。プリズマリの制服の肩にかかる金髪が、夕闇の中でも輝いていた。ローアン・ケンリスは大きく身振りをし、ウィザーブルームの友人たちが注目していた。剣を脚に弾ませながら、彼女は一団を率いて道を下り、やがてリリアナの視界から消えた。
リリアナは席へと座り込んだ。教授としての役割を、もう少し真面目にこなすべき時かもしれない。
(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)
Strixhaven: School of Mages ストリクスヘイヴン:魔法学院
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