MAGIC STORY

ストリクスヘイヴン:魔法学院

EPISODE 01

メインストーリー第1話:新学期、到来

Adana Washington
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2021年3月25日

 

 大図書棟は、果てなどないかのように広い。ここには無数の世界から収集された、そして幾つもの帝国の隆盛と滅亡を経た秘儀的知識が収められた棚が並んでいる。今、ここアルケヴィオス次元に響くのは、靴の踵が石の床に当たる音だけのように思えた。この地では「オニキス教授」として知られる彼女は歩きながら深呼吸をし、古い紙の匂いと、魔法につきものの馴染みあるオゾンを吸い込んだ。まだ続く我慢ならない会議からの息抜きが必要だった。この場所は知識と学びで知られる一方、驚くほど頭の鈍い輩が何人も居座っている。

オニキス教授》 アート:Kieran Yanner

 例えば、多元宇宙に知れ渡るかなりの名声にも関わらず、ストリクスヘイヴンの教授たちはリリアナ・ヴェスが全く異なる名を名乗ってもその正体に気付かなかった。それは驚くことではなかった。この学校はいつもそうだった。遠い昔、彼女が一介の生徒であった頃も。ここはいつも各々の些細な問題で頭がいっぱいなのだ。

 取り囲む書物、秘本、巻物の重みはどこか落ち着きをくれた。それらはこの場所を静寂の類で包んでいた。生徒たちがやって来ると、キャンパスはかなり静かではなくなる――けれど今しばらくは、本の山の中をさまよいながら、孤独でいる感覚を満喫できていた。

 前方から物音が聞こえてきた。ちくりと苛立ち、リリアナは写本だろうと判断した。あれらはどんな時もお喋りを止めないのだ。角を曲がってすぐ先にいるようだった。だがそこで彼女が目にしたのは、この学校でよく本の山の中に見かける、魔法で動く書物ではなかった。

「そこで何をしているの?」

 手を次の本へと伸ばしたまま、その人物は凍り付いた。足元に積み重なっている山に加えるつもりのようだった。

 リリアナは前へ踏み出した。「生徒はまだ――」

 だがその人物の手から紫色の光の筋が流れ出て、リリアナの言葉は途切れた。それが彼女の腕をかすめると、ふらつく感覚が身体中に広がった。辺りは不意に歪み、揺れたように思えた。だが意志を用いて彼女はその呪文の効果を断ち切り、鎮めた。素人の技――けれどストリクスヘイヴンの五つの大学はどこも、この系統の魔法を教えてはいない。

「つまり」 彼女はそう言い、自らの魔法を呼び起こして死のエネルギーを手にうねらせた。「夏期講習に来たわけじゃない、そういうことね」

 その人物は仮面を被っているのがわかった――両目があるべき所は、滑らかで平坦な金属に覆われていた。無論、オリークの噂は耳にしていた。学校はそれを懸念する噂で満ちていた。いかなる犠牲を払ってでも禁忌の魔術と力を追い求める、魔道士の秘密結社。だが早速その一員に会うとは思っていなかった。「何者かはわかっているのよ」

 その侵入者は建物内へ顔を向け、そしてリリアナへと向き直った。「ならば知るがいい、お前はそう長く生きられないと」

「オニキス教授?」 近い区画の一つから、聞き覚えのあるかすかな声が呼びかけた。リリアナは呪文を構えた手を掲げ、音の方角へと旋回した。その先でシャイル・タロンルーク学部長が顔をしかめていた。「どうかしましたかな?」

 振り返ると、侵入者の姿は消えていた。ただ床の書物の山と巻物だけが、その人物がそこにいたと示していた。

 リリアナは姿勢を正し、魔法を消し去った。自分に注目を向けられるわけにはいかない。「ええ、ちょっと――本の山の間に何かを見たような気がしまして。ところで皆さんは次の議題に移りました?」

 タロンルーク学部長はくちばしを鳴らし、大きな黒い瞳は苛立ちに満ちていた。「ナサーリ学部長が、今年のメイジタワーのシーズン延長を要求しているのですよ」

 あの呪文がかすった腕に触れ、リリアナは眉をひそめた。タロンルーク学部長に続いて神託者の広間へと向かいつつ、彼女は本の山へと肩越しに振り返った。「メイジタワーよりもずっと大きな問題があるというのに」

「いかにも、いかにも!」 学部長は小さく口ずさんだ。その先はほとんど聞き取れなかった。


 ケイレムの自室にて、ウィル・ケンリスは寝台の上に積まれた本の山を無力に見つめていた。どの一冊を持って行くか決めあぐねていた。当初は「溶鉄の予言」を記す秘本が間違いないと思ったが、そこに至って彼は最もお気に入りの歴史書、「癒し手のタダスの答弁」を思い出した。それから一時間が過ぎたが、決定にはほど遠かった。彼は短い金髪を手ですき、部屋の中を見つめた。卓に置かれた輝くフクロウ型のカードに目がとまり、彼はかぶりを振った。自分たちがケイレムに戻ってくるまで、どれほどかかるかはわからない。そもそも戻ってくるのかどうかも。

 扉が勢いよく開かれ、ウィルはひるんだ。仰々しい足取りで、ローアン・ケンリスが入ってきた。

 片割れはウィルと同じ程の身長で、肩にかけた赤いケープに金髪を流していた。彼女はウィルへと眉をひそめ、そしてその凝視は未だ彼の前に広げられている本へと移った。「まだ準備できてないの?」

「もうちょっと……ほんの一分だけ待ってくれ」 彼はそう返答した。溶鉄の予言。溶鉄の予言に決めよう。

 ローアンは部屋を横切り、招待状を取り上げた。そこから黄金色の火花が浮かび上がり、フクロウ型のカードは彼女の手の中でわずかに輝いた。「ウィル、もう二週間になるんだけど。出発しなきゃ」

「ストリクスヘイヴンは千年前から存在してるっていうよ。もう数分くらい待ってくれるさ」 彼は本の山を再び一瞥した。タダスの答弁を持っていかないなんてありえない。「もう何時間かは」

 ローアンはうめいた。「カズミナさんはきっと今も待ってるわよ」

 ウィルは溜息をついた。カズミナさん。あの女性はストリクスヘイヴンが差し出せるものについて何もかも、たっぷりと語ってくれていた。だが彼女の招待状はどこからともなく届いたのだった。自分たち二人だけで十分にやっていけるとガラクが認めてくれた、ほんの数日後のことだった。カズミナとはここケイレムでそれほど長く一緒にいたわけではない。そしてその言葉だけで、全く新しい世界へ赴く? ウィルは本の山へと向き直った。「あの人なら気にしないと思うよ」

「行・く・の!」

「わかってるさ。今日のうちには。僕はただもうちょっと――」

「駄目、ウィル」 ローアンは招待状を握り潰した。「今すぐ」

 ウィルは口を開きかけ、だが部屋に光が弾け、影の触手が大気にうねった。それが広がって片割れを包み込むと、ウィルは目を狭めた。彼女の背後で、鮮やかな青空が瑞々しい緑の枝葉の中で転々と輝いた。

 ローアンは笑みを浮かべて手招きをしながら、その光の中へと踏み入って消えた。

 ウィルは歯を食いしばり、自らの核を引く力に逆らった。だが片割れとの繋がりはあまりに強かった。すぐに同じ光と影の触手が彼を包み、希薄な輝きで寝台を覆った。その光に新たな次元へと連れて行かれる寸前、彼は半ば自棄に「癒し手タダスの回想録」を掴んだ。次の瞬間、周囲の全ては光も色も音も、ケイレムの何とも異なっていた。彼は無の中へ、全の中へと放り出された。

 ローアンに連れてこられた先で、ウィルが最初に耳にしたのは、高い金切り声だった。羽と鉤爪のぼやけた塊がひとつ、まっすぐに向かってきていた。ウィルは小さく悲鳴を上げ、「回想録」を盾のように掲げた。その鳥は衝突の直前で上昇し、頭上で大きな輪を描いて飛んだ。

 二人は背の低い、穏やかな見た目の木々に囲まれた空き地にいた。その隅には曲がった杖を手にした、見覚えのある人影があった。一瞬の後、あの鳥が空から降下してその女性の肩にとまった。

「ようこそ、ウィルくん。ローアンちゃん」 差し込む陽光がその女性を照らし、赤毛を眩しく輝かせた。カズミナは小さく笑みを浮かべ、ウィルへと頷いてみせた。「ちゃんと来られてよかった。それも丁度いい時に。もうすぐ新学期が始まるのよ」

 ウィルは辺りを見渡したが、草木の他には何も見えなかった。「その、つまり、その学校は近くにあるってことですか?」

「その通り」 カズミナは背を向け、空き地から出ていこうと歩き出した。「森を抜けたすぐ先。すぐに最初の松明が見えるわよ」

 最初の松明? その意味をウィルは訝しんだ。

「どんな所なんですか?」 ウィルの隣から駆け出してカズミナを追いかけながら、ローアンが尋ねた。「私たちみたいな人たちもいるんですか? 世界の間を渡れるような」

「とても大きなキャンパスだから、他の次元から来た生徒もきっといるわよ。ウィルくん、どうするの?」

 ウィルは歯を食いしばり、そして二人を追いかけた。


 カズミナが言っていた通り、そこには松明があった。ただその松明はとても巨大で、むしろ塔と表現すべきものだった。銀色の柱が木々の遥か上にまでそびえ、眩しい青空を貫いていた。地面からも、構造の頂上に踊る炎が見えた。その光は頭上に輝く二つの太陽にも劣らなかった。基礎部に近づき、ウィルは滑らかな金属に手を走らせた。「どうやって炎を点し続けているんですか?」

「魔法でね。アルケヴィオスのほとんどのものと同じように」

 ウィルは苛立ったように、その女性を一瞥した。「カズミナさんはここの出身なんですか?」

「ここの大学には長くいるけど、故郷ではないのよ」 カズミナは地平線へと視線をやった。「次の松明はあっち」

 ウィルは同じ方角に目を向けたが、見えるのは前方に広がる緑の野原と、足跡ですり減った道だけだった。

「松明がもっとあるなら、後からじっくり楽しめるでしょ、ウィル。来なさいよ」 前方を駆けるローアンが言った。

「ローアン、待てよ。誰がいるかも、何があるかもわからないのに」

「全くね!」 彼女はそう言い、声をあげて笑った。

 それから数マイル歩いて、三人は次の松明に到着した。この次元に一体いくつの松明があるのだろう、ウィルはそう訝しんだ――そして松明がそびえ立つ、この先のもっと不思議な世界には何があるのだろうと。

「嵐大工の文書はもっと綿密よ」 ぼんやりとカズミナが言った。

 ウィルはすぐ隣を歩くカズミナを見つめた。彼は眉をひそめ、そしてカズミナの視線を追って自らが脇に抱えた本に辿り着いた。手でそれを撫でると、すり減った表紙の感触は安心をくれた。「聞いたことのない題名です」

「ええ。大図書棟でいつでも調べられるわよ、ストリクスヘイヴンに着いたらね」

「だい……何です?」 ローアンが尋ねた。

「大図書棟。あらゆる次元、あらゆる世界の魔法知識が膨大な蔵書として収められているわ」

「へえ」 ローアンは失望を隠さなかった。「本ねえ。それがどうしたの」

「冗談いうなよ?」 ウィルが声を上げた。「あらゆることを学べるんだ! 全てを! 早く行かないと!」

 ローアンは目を丸くした。「ゆっくり行かないといけないんじゃ? この先に危険なものがあるかもって言ってたのは誰だっけ?」

「何か危険が近づいてきたらフクロウが知らせてくれるわ」とカズミナ。「あなたたちは何も怖がることはない」

 ウィルはその鳥を一瞥した。フクロウは白い翼を伸ばし、丸い両目に陽光が弾んでいた。ゆっくりとした動きで、それは首を回してまっすぐにウィルを見つめた。彼は顔をしかめた。「どうしたんだい?」

 カズミナは前方を見た。「何もないわよ。この子はもう結構長生きしていてね」

 それから三人は黙って歩き続け、ウィルは時にフクロウと飼い主を密かに見つめた。だがその鳥は彼の視線を常に把握しているようで、見ていると見つめ返し、やがてウィルは顔をそむけずにいられなくなるのだった。進みながら、彼は風景の変化に目をとめた。遠くに山脈がぼんやりと赤く見えた。

 やがて、次の松明を通過するとカズミナが沈黙を破った。「ようこそ、ストリクスヘイヴンへ」

 丘を越えて目の前に広がった光景に、ウィルはそのまま倒れこんでしまいそうだった。輝く塔と平らな屋根が細かく入り組んだキャンパスは、地平線の果てまで伸びていた。施設の中央らしき場所には長細い石が浮遊して巨大なアーチを成し、石それぞれの先端はまるで一本の巨大な刃が底で断ち切られたかのように、地面に向かって平たく滑らかになっていた。

 ウィルはローアンの隣へと踏み出した。「これは……」

「アーデンベイルのお城よりも大きいなんて」 ローアンは低い声で呟いた。

 それどころか、ストリクスヘイヴンはエルドレインの五つの王城を合わせたよりも広かった。中心には一つの巨大な建物が他の全てを圧倒するようにそびえていた。陽光がその尖ったアーチをぎらつかせ、比較的小さな建物の屋根の上には巨大な宝珠が浮いていた。

「あれが大図書棟」 カズミナがウィルの隣にやって来て言った。彼はぼんやりと頷き、言葉を失ったままキャンパスを見つめていた。

 ローアンは短く笑い声を上げ、彼を夢想から目覚めさせた。「良さそうじゃない」

 ウィルは片割れへと微笑み、そびえ立つ門へと急ぐ彼女を追いかけた。あまりに巨大なため近くに見えたが、それでも到着までにはもう数時間歩く必要がありそうだった。

 数歩進んだ所で、ウィルは不意に気づいた。カズミナは自分たちを追ってきていない。彼とローアンは振り返り、不思議そうに見つめた。「来ないんですか?」

アート:Brian Valeza

「ええ、そうなのよ」 カズミナはかぶりを振った。そしてフクロウを見るとその鳥は飛び立ち、大図書棟へと向かっていった。「他の用事があってね。マビンダ・シャープビークっていうオーリンを探して。落ち着くまでその人が色々と助けてくれるから」

「あら」 ローアンは咳払いをした。「そうなんですか。その、ありがとうございました」

 ウィルは頭を下げた。「ローアンの言う通りです。ここで連れてきていただいて、ありがとうございました」

「いいのよ、そんなのは」 カズミナは笑って言った。「でも、どういたしまして」

 ウィルは背筋を伸ばし、もう一度だけその女性を一瞥すると再び片割れと共に歩き出した。「なあローアン、『オーリン』って何かな」


 門をくぐると、石造りの幅広い道を人々が行き交い、キャンパスは活気に満ちていた。若年の生徒たちは同一の制服をまとい、灰色の外套をはためかせて急ぎ駆けていた。年長の生徒たちはそれぞれ独自の服装ひと揃いをまとって集団で移動しており、その様子はひとつになって動く色彩のようだった。

 赤と青のひだ飾りが波打ち、その一方で白黒の上着とスパッツが鋭い角度と渦を描いていた。緑と青の外套と重厚なブーツが、優雅で繊細な赤と白のベストやカラーと完璧な対称を成していた。ウィルはくるりと向きを変え、動き続ける色と形の万華鏡を見つめた。

「不思議な人じゃない?」 ローアンがぼんやりと言った。彼女は周囲のめざましい光景に夢中になっているようには見えなかった――むしろ、何か考えにふけっているようだった。

「誰が?」

「カズミナさん。それとあのフクロウ」 彼女は肩をすくめた。「まあ、気にすることはないと思うけど。ここに連れてきてくれたんだし」

 ウィルが返答を形にするよりも早く、キャンパス内の遠くから叫び声が響いた。一瞬でローアンは我に返り、その声へと駆け出した。

「ちょっと!」 ウィルは声を上げ、彼女を追った。「待てよ!」

アート:Manuel Castañón

 二人は急いで角を曲がり、だが比較的小さな中庭の入口で立ち止まらざるを得なかった。その先では生徒の集団ふたつが呪文をぶつけ合い、その様子を群衆が見つめていた。芝生の上で光と色彩の稲妻が宙を飛び、旋回し、目標をわずかにそれた。赤と青をまとう少女に呪文が命中するとその少女は宙へ浮かび上がり、無力に手足を振り回した。群衆から笑い声と歓声が上がった。

 ウィルは恐怖とともに見つめた。「ここは学校なんじゃないのか。これは――」

「すっごい!」 ローアンが笑みとともにそう言い終えた。彼女は近くの生徒の袖を引っ張った。黒と緑をまとった若いドライアド。「どっちが勝ってるの?」

「今のところ、プリズマリが有利みたい」 その生徒はそう言った。「けど安心はしてられないかな。シルバークイルの意地悪さはこんなものじゃないから」

「キャンパスの中で、血なまぐさい戦いをしているんですか?」 ウィルが非難するように言い放った。

 そのドライアドは顔をしかめた。「ただの決闘よ。誰も実際に怪我なんてしない。ひどい怪我はね」

「そうか、もういい」 ウィルは力強く聞こえるように言った。「ローアン、行こう。話をしないと、その――偉い人か誰かに。教員の人かな。クラスに入らないといけないし、必要な本とか、それと――」

 ウィルを完全に無視し、ローアンは踏み出した。芝生の上で、ある生徒が赤と青のプリズマリの一人に狙いを定めていた。その両手が掲げられ、唇が動いて低く集中した声が漏れた。その指の間から黒いインクがうねり、形を成していった。

「危ない!」 ローアンが叫び、インクの呪文を構えていた生徒へと稲妻を放った。相手は稲妻に打たれて小さく悲鳴を上げ、繰り出そうとしていた黒インクを制服にぶちまけた。群衆から更なる笑い声と歓声が上がった。プリズマリの生徒は驚き、振り返ってローアンを見た。「ありがとう!」

 ローアンはにやりと笑い、返答しようとした。だがウィルが警告するよりも早く、生きたインクの渦が足元にうねった。彼女はあおむけに転ばされ、背中を打ちつけて一瞬喘ぎ、そして攻撃してきた相手を見上げた――稲妻を当てた生徒と同じ、黒と白のローブをまとっていた。「新入生は下がっていろ」 その生徒は不機嫌な声でそう囁いた。

 次の攻撃を放とうと、ローアンを取り巻く大気が電気を帯びた。「またやる気?」

 観衆の中で、あのドライアドがウィルに近寄った。「もしかして双子さん?」

「残念ながら、そうです」 ウィルは顔をしかめた。彼は静かな、学びの場を望んでいた――だが今のところそれには向いていない、ケイレムと同じように。

「あの人、もう所属を選んだみたい」

 その通りだった――ローアンは今やプリズマリの生徒たちの側に立ち、対戦相手へと火花を放っていた。不承不承、ウィルは戦場へ踏み出し、飛び交う炎の奔流と光の矢を避けて戦いの間を通り抜けた。ようやくローアンの所へ辿り着くと、彼は片割れの腕を掴んだ。「ローアン、これは僕たちの戦いじゃない。行こう」

 彼女は笑っただけだった。「ウィル、試してみると楽しいわよ!」

「ローアン、楽しみに来たんじゃないだろ! もっと素晴らしい魔道士になるためだろ!」

「避けろ、新入生!」 背後から叫びが上がった。ウィルが振り返ったその瞬間、その胸にインクの球が衝突し、それは弾けた勢いで彼はローアンに激突した。二人は揃って咳き込み、立ち上がろうとした。そしてウィルは恐怖とともに見下ろした。旅用の鞄に入れていた「癒し手タダスの回想録」が落ち、黒いインクに浸っていた。もう読めないのは明白だった。「わかったよ」 彼はうめき、歯を食いしばった。「これも僕たちの戦いかもしれないね」

 ローアンは彼を引いて立たせた。「ビルタズとゴルムとの戦いを思い出すわ」

 ウィルは頷き、魔法を唱えるためのエネルギーを呼び起こした。瞬時に、彼を取り巻く大気が少し冷えた。吐く息が白くなった。「やってやるよ」

 ローアンは振り返って片手を挙げ、稲妻の球を作り出した、それは宙で張りつめ、激しい音を立てた。

 ウィルは冷気の波と氷をローアンの稲妻へと送りながら、数えた。「いち、に……さん!」

 ウィルとローアンはひとつとなって動き、魔法は組み合わさって相手の生徒たちへと向かった。彼らも、いやに気取った笑みをもはや浮かべてはいないように見えた――だがシルバークイルたちに当たる寸前、ローアンの稲妻が激しく閃き、ウィルの氷の魔法の帯を切り裂いた。ウィルは顔をしかめ、だが修正するには遅すぎた。それでも、ローアンの攻撃は強力だった。それはシルバークイルの上級生が張った光の盾を貫き、その娘を後ろへよろめかせた。

 ローアンは彼の隣で興奮に声を上げた。だがすぐにそれを止め、稲妻の鞭を回転させて別の魔道士が放った棘を叩き落した。

 ウィルは自分たちの合体魔法が、何度となく繰り出してきた呪文の織り合わせが失敗した場所を見つめた。何かがおかしかった。


 リリアナは大図書棟の外に立ち、行き交う生徒たちの眩い行列を見つめていた。ウィザーブルームの古い制服を思い出すようだった。彼女はぼんやりと、教授のコートの襟を引き上げた。

 前方で、ナサーリ学部長が大図書棟の扉からもったいぶって現れた、その隣にはリセッテ学部長の姿があった。リリアナは学部長たちの隣に進み出ると歩調を合わせた。

「オニキス教授」 その姿を認め、リセッテ学部長が頷いた。「クラスには慣れましたか?」

「ええ、何とか」とリリアナ。「ですが、生徒たちから不穏な噂を耳にしまして」

 ナサーリ学部長は声をあげて笑った。イフリートの笑い声というのは奇妙な音で、まるで水晶の上を流れる水のようだった。「なあに、若者の心は仰々しい物語を作り出すものだ。良い兆候ではないかね、活発な想像力というものだ」

 リリアナは笑みを作り、声色を軽く保とうと努めた。「ですが仮装をして建物内に隠れ潜むのは、純粋な悪戯と言うには度を過ぎていますね」

「隠れ潜む?」 リセッテ学部長は眉を上げた。「それを見たのですか?」

 リリアナは黙った。どう答えればいい?「仮面をかぶった奇妙な人物をキャンパスで見ました。あのオリークの一員だとしたら……」

「またですか。どうも大げさに捉えすぎてはいませんか。その噂が無害な悪戯以上のものなのかどうかもわかりませんのに」とリセッテ学部長。

 あの仮面の余所者が放った魔法は、無害な悪戯とはかけ離れていた。「何にせよ、侮るべきでありません。他の学部長や教授たちにも伝えるべきです。学校として備えるべきです」

「アリボー以外に、と?」 ナサーリ学部長は腹を立てたようだった。「彼は物事を変化させたがっているだろうがな。それで私への遺恨を捨ててくれるというのなら良いのだが」

「一体のゴーレムでは足りないと考えていました」

「もしもその、貴女が言うそれが何らかの危険を示すとしても――我らが生徒たちは決して無力な子羊ではありませんよ」とリセッテ。「自分の身は守れる者たちです」

「とはいえ、生徒から生徒を守ることは必要ですな」 ナサーリはそう言い、近くの中庭を示した。大気に歓声と叫びが満ち、はぐれた魔法が空へ向かうのが見えた。また決闘が行われている。リセッテは溜息をついたが、ナサーリは笑っていた。「見たかね? あれほどの才能があれば、彼らはオリークなど全く怖れないだろう」

「ナサーリ学部長、我々は本気で――」 リリアナはそう言いかけた。

「なあに、大丈夫ですとも」

 彼女たちは揃って、その戦いを解散させに向かった。ナサーリは観衆の先へと幅広の放水魔法を送り出し、プリズマリの生徒たちを隔離した。蔓と根がリセッテの命令で地面から弾け、子供たちを引き離すと同時に更なる魔法を放たぬよう手を拘束した。

 金髪の少女を追いかけて立ち去りながら、一人の少年が不満そうにうめいた。「ローアン、ここはケイレムじゃないんだ」

 リリアナは眉をひそめ、視線を二人の衣服に走らせた。制服を着てはおらず、ベルトには剣を下げていた。少年の短い髪は少女のそれと同じように眩しく、目鼻立ちも鏡映しのように同じだった。

 ケイレムと言っていた。ケイレムという地については知っている――だがアルケヴィオスの地名ではない。

 少女は顔をしかめた。「わかってるわよ、ウィル。けどエルドレインでもないんだから。何をしろとか言わないでよね」

「ただ目的地に行くってことはできないのか? 揉め事に首を突っ込む前にさ」

 双子が通り過ぎる様子をリリアナは見つめ、一瞬、少年と彼女の目が合った。彼は心配そうな笑みを向けると、片割れを引っ張りながら急ぎ足で去った。

 あの二人はオリークの工作員ではないだろう。だがプレインズウォーカーだとしたら、役に立つかもしれない――もしも、揉め事がストリクスヘイヴンに訪れたならの話だが。


 学生寮の内部の様子にウィルは驚嘆した。石材には柔らかな光に輝く繊細な線が走っていた。そのひとつに手を触れると、指先に魔法のうずきを感じた。

「こっちよ」 ローアンが廊下の先から声をかけた。彼女はウィルへと手を振り、扉を押し開けた。

 彼女に続いて入ると、頑丈な壁とガラス窓が見えた。陽光が差し込み、暖かな輝きで空間を満たしていた。二つの寝台が部屋の両脇に座しており、それらは交差する金色の刺繍で覆われた灰色の毛布がかけられ、小奇麗にまとめられていた。扉の脇の壁には棚があり、二着の制服がかけられ、その下には揃いの靴が置かれていた。

 ローアンは扉に近い側の寝台に腰を下ろした。「いいじゃない。ケイレムでベッドと呼んでた岩よりもずっと」

 ウィルは小さく笑い、別の寝台に本を置いた。腰を下ろすと厚いマットレスに身体が沈み、彼は両手を輝く刺繍に這わせた。輝く同じ線が石壁にも流れていた。その隅には文様が刻まれ、天井の石材には炎と木々と星が並んでいた。彼はその炎に目をとめた――あの中庭での熱烈な決闘。彼は自身の両手を見下ろした。「一緒に唱えたあの呪文……いつもと違わなかったか?」

 ローアンが別の寝台から見つめた。「どういう意味?」

「わからない。ケイレムと同じじゃなかった」

「そうね、ここはケイレムじゃないんだし?」 ローアンは肩をすくめ、両足を毛布に潜り込ませた。「でも上手くいったじゃない。何か問題あるの?」

 ウィルはかぶりを振った。「ああ、確かに上手くいった。けど……もっと滑らかでなきゃおかしい。もっと固く組み合わさってさ。何十回も一緒に呪文を唱えてきたけど、今回は、お互いの魔法がかみ合わないみたいだった。大図書棟に何か答えがあるのかな」

「ま、ウィルは読書を楽しめるんじゃないの」 ローアンは身体を起こし、扉へと向かった。

「ローアン、僕だけの問題じゃない。この世界の何かが僕らの魔法に関与してるとしたら」

「私の魔法は大丈夫よ」

「大丈夫じゃないよ」 ウィルは片割れへと踏み出した。「けどここでなら、理由を解明できる。カズミナさんが言ってただろ――ここは多元宇宙でも最大の魔法知識が収められてるって! 学校同士の馬鹿みたいな争いに首を突っ込むためにここに来たんじゃないんだから」

 ローアンは目を丸くした。「そう? じゃあウィルは何をしに来たの?」

「学ぶために。強くなるために。ストリクスヘイヴンの知識と知恵を役立てるために」 ウィルは両手の力を抜いた。「それをエルドレインへ持ち帰って、王国の人々の力になるんだろ」

 ローアンはかぶりを振っただけだった。「あなたはそのために来たのかもしれないけど、ウィル、私はあなたじゃない。双子であっても、私は私の人生を歩むのよ」

「そうだろうね」 ウィルは溜息をついた。「止めるつもりはないさ」

 一瞬の後、ローアンは踵を返して部屋を出ていった。ウィルは本を掴むと急いで彼女を追った。だがローアンが廊下の先へ向かう中、彼の足取りは遅くなっていった。もしかしたら、自分で答えを見つけるべきなのかもしれない。


アート:Piotr Dura

 眺めのよいキャンパスの庭園、そこに並ぶ長椅子のひとつで、カズミナは寮からフクロウが戻ってくる様子を見つめた。今もあの双子を心の目で見ていた。二人の映像は鳥の目を通して、少々歪んでいた。ストリクスヘイヴンはあの二人に多くの可能性をもたらすだろう。ただ、彼らはその中のどれを選ぶのだろうか。

 何かが注意を引き、カズミナは目を閉じた。だが彼女の心は闇ではなく、赤色に満たされた。

 別のフクロウが空を飛び、岩がちの砂漠の上を舞っていた。眼下の動きが彼女の視線をとらえた。

 男が一人、岩を登っていた。風景に溶け込む、赤と茶色の衣服。狐に似た生物が身軽に跳んでその隣に並び、だが不意に止まって身体を低くし、警戒の体勢をとった。

 大気がうねり、影の中から幾つかの人影がまるで滑り出たように、周囲を不可能な角度で取り巻く台地へと踏み出した。全員が黒い衣服をまとい、顔のあるべき所には金属の仮面が浮いていた。掲げた手を病的な紫色の光が包み、その全てが狐と同行する男に向けられていた。ゆっくりと、その男は両手を掲げて降伏を示した。

 カズミナは心で命令を送った。上空からフクロウが見つめる中、魔道士たちはその男の両腕を拘束し、前方に口を開く洞窟へと連れ込んだ。


 魔道士たちに洞窟へと連れ込まれ、ルーカはうめいた。相棒のミラは隣を進みながら、歯をむき出しにして首周りの毛を逆立てていた。黙ったまま、彼は互いの繋がりを用いて相棒を宥めた。この子が攻撃したなら、魔道士たちは自分を敵とみなすだろう。そしてその戦いに勝てるとは思っていたが、そのためにここに来たのではなかった。ミラは彼を見上げ、そしてゆっくりと警戒の体勢に戻った。そしてルーカと歩調を合わせ、壁に並ぶ棚から溢れ出た古く朽ちた本をまたいで進んだ。

 魔道士たちは彼を広い空間へと連れてきた。石筍と鍾乳石が尖った歯のようにその場所を貫き、天井は影の中で見えなかった。ルーカは外れやすい石につまずき、背後の坂で小石が流れ落ちた。

「静かにしろ」 仮面の魔道士の一人が囁き、ルーカの肩を押した。「進め」

 ルーカは深呼吸をし、自らの不安を宥めようとした。そして石筍のひとつが動いた。

 当初、彼はそれを目の錯覚だと考えた。暗闇が心に悪戯を仕掛けていると。だが感覚を広げ、ルーカは凍り付いた――その石のようなでこぼこの表面は、石ではなくなにかの殻だった。その何かはゆっくりと広がるように、細長い脚を暗闇へと伸ばした。彼の背後で別の鍾乳石が身動きし、同時に低い囁き声を出した。取り囲まれている。

「進み続けろ」 仮面の魔道士が言った。

 その空間を注意深く進む中、囁く石の全てが天井へと視線を送っていた。ルーカはその生物が動いた姿を予想しようとした。生きたその一体と対峙する、その考えはイコリアの地下洞窟網に這い潜む多くのナイトメアを思い起こさせた。だがその恐怖に伴って、奇妙な親しみも沸き上がった――以前にも彼らの仲間に遭ったことがある、そう感じずにはいられなかった。

 魔道士たちはルーカを引いて立ち止まらせ、膝をつかせた。ミラは洞窟の先へ顔を向け、身体を低くしてうなった。ルーカは相棒を見下ろした。「静かにするんだ」

 骨を砕く音が沈黙を破った。足音が近づき、闇の中から長身の細い人影が現れた。まるで鳥のような仮面で顔を隠し、暗くきらめくエネルギーの流れがそれを取り囲んでうねっていた。

 その人物は天井からぶら下がる生物の一体に近づき、立ち止まって殻を撫でた。ルーカは表情を平静に保とうと努めた。「アルケヴィオスへようこそ、イコリアのルーカ殿」

「俺を知ってるのか?」

「多くの物事を知っている。君に教えられる物事を」 仮面の人物はその奇妙な生物から離れ、ルーカへと向かってきた。「対価として、君にしてもらえる事もあると思うのだが、どうかね」

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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