MAGIC STORY

団結のドミナリア

EPISODE 07

サイドストーリー:死と救済

Dan Sheehan
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2022年8月16日 / 8月18日翻訳一部改訂

 

 つまるところ、あらゆる定命がやがて終わりに直面する。人間にとって、死とは地平線に漂う陰鬱な雲。エルフにとって、死とは遠い彼方の約束。ゴブリンにとって、死とは生の代価でしかない。様々な社会がこの結末に関する慣用句を作り上げてきた。古ベナリアの市民たちはかつて、悪しき選択の結果が不意かつ必然的に訪れることを「ゴブリンの死のように訪れる」と表現した。ドワーフの喜劇はしばしば、ゴブリンの脇役の突然の死によって第二幕の終わりを告げる。

 対照的に、死に関係するゴブリンの決まり文句はひとつしか存在しない。喪失に引き続いて口にされる言葉であり、多くの解釈をもつそれは大まかに訳すなら「自分じゃないし、今日じゃない」となる。

 ゴブリンは死にたいと思っているのではない。彼らが欲する行動は、不意の事故死の確率が他の種族よりもずっと高いというだけなのだ。ゴブリンは爆発を、直火を、高所からの落下を何よりも愛している。危険を冒すことなく生きているゴブリンは、生きているとは言い難い。そのような生き方をしているため、ドミナリアのゴブリンの個体数は純粋な幸運に依存して上下している。そしてスクイーよりも幸運なゴブリンはいない。

 船室係として飛翔艦ウェザーライト号に乗り込んでいた間に不死を得たスクイーは、四百年ほど前にドミナリアでも最高の英雄たちを助けてファイレクシアの侵略を退けた。以来、彼はドミナリアの歴史上最も長命かつ最も頻繁に殺されたゴブリンとして過ごしてきた。毎日彼は息をし、他者の期待を裏切り、そのため今や王の座についているのは自然と言えた。

 一世紀ほど前、旅の間にスクイーは深い洞窟網に棲む解散しかけたゴブリンの一族に遭遇した。彼らは苦しい時を過ごしており、故郷から引き離されて悪しき将軍の支配下に置かれていた。同胞たちがそのような残忍な者の下で生きることに我慢がならず、スクイーはその暴君へと挑んだ。数十年前、彼は短い間であったがオタリアのピット・ファイターとして過ごしており、その際に習得した古い戦士の策略があった――相手が疲れきって動けなくなるまで殺され続ける。同じゴブリンを二時間に渡って鎚で叩き続けたその将軍の心臓は限界に達し、スクイーは新たな王となった。それからの年月は、ゴブリンの標準から考えるに計り知れない平和と進歩の時代となった。

 スクイーの玉座はその山の頂上に座し、騒がしい眼下を一望できた。彼は左手に古い思い出の品を手にしていた――汚れのない象牙色の表面に緻密な赤い模様が描かれた、いびつな形状の球。ウェザーライト号に乗っていた時代の、唯一の思い出の品。これを取り戻すために長い旅をし(そして何度となく死に)、今も温かさを感じると断言できた。この品がもたらす幸運を、彼は昔以上に必要としていた。

アート:Zoltan Boros

 この十年ほどで初めて、一族はスクイー自身も含めてひとりの死者も出すことなく一週間を終えようとしていた。その期間が過ぎたなら、祝いの宴を催すと彼は臣民に約束していた。死者を出さずに一週間を過ごすだけでもゴブリンの巣穴にとっては祝うべきことだが、スクイーにとって一週間に一度も死なずにいるというのはそれ以上に稀だった。不死を得てからというもの、死はスクイーにとってほぼ日常の一部と化していた。

 不意に、背後から騒音が聞こえた。バルプが階段を上り切り、謝罪のために立ち止まった。彼は子供の頃からスクイーの被後見人であったが、少々ちぐはぐな人物だった――戦士のような大柄な体格の一方で、学者の好奇心を有していた。スクイーはかつて彼がいじめられている様子を見て、その若きゴブリンの内に自分と同じものを感じ取り、保護しようと決めたのだった。バルプは聡明であり、正しい導きさえあればスクイー自身に次ぐ賢いゴブリンへと成長するかもしれない。

 バルプは階段の頂上へと嘔吐した。

「あ、お、王様。バルプ悪いことした。朝飯たくさん食べた後に、この階段走って上ってきた。王様に大切な知らせ伝えるために」

「バルプ、飯のことは前にも話したよ?」

 バルプは気まずそうに頷いた。ゴブリンの食事は大部分がナメクジや地虫やカタツムリだ。無論彼らの胃袋はそういった素材によく適応しているが、生きのいい食べ物で満腹になった直後にかなりの運動を行うというのは決して推奨されるものではない。

「次は一杯だけにする。バルプは何にでも備えてなきゃいけない」

「そうかい? 一週間はいけそうかい?」

 バルプは不意に怖がるような様子を見せた。

「バルプ、何があったんだい?」

「何も! 何も潰れてない、絶対!」 バルプの両目に焦りが走った。スクイーは降りていこうとしたが、バルプはそれを止めた。

「バルプ、だれかが潰れたなら知らせろって言ったよね」

 バルプはうつむいた。

「王様、ごめん、けどラープが……」

「連れてってよ、バルプ」

 階段を下りながら、バルプは状況を説明した。ラープは一族の石乗りのひとりであり、山の入り口近くで働いている。石筍にロープを固定し、その先に幾つかの巨岩を結んで洞窟の入り口近くの頭上に吊るすという案があった。突然の侵入者があればそのロープが切れ、入り口は閉ざされる。ゴブリンの技術としては途方もない芸当だった、そのロープの一本がちぎれてしまうまでは。

 ほとんどのゴブリンがそうであるように、ラープは最もまずい時に最もまずい場所に立っており、潰された。バルプとスクイーが事故現場に近づくと、もう三人のゴブリンが哀れなラープの上からどうにか岩を取り除いたところだった。二次災害に他の者をさらさぬよう、スクイー自身がラープの身体を運び出した。

「王様、ラープ大丈夫?」 バルプが尋ねた。

 ラープの状態を素早く見るに、巨岩に潰されたのは明らかだった。だがスクイーが大いに驚いたことに、ラープはまだ息をしているようだった。更に彼が困惑したのは、ラープを跡形もなく潰したであろう重量にもかかわらず、その身体はほとんど無傷だということだった。スクイーはラープの両目を見つめ、それらは閉じられた緑色の瞼の下で盛んに動いていた。彼は慎重に手を伸ばした。するとラープの両目が勢いよく見開かれ、ねばつく黒い油が滲み出てスクイーはぎょっとした。不自然なほどねばつくその油はラープの骨ばった頬を流れ、頭の下に溜まっていった。負傷したゴブリンの目がスクイーを見つめ、そして突然ラープは悲鳴を上げた。そしてスクイーも悲鳴を上げた。バルプも悲鳴を上げた。


 スクイーとバルプはラープの死体を布でくるみ、階段を上った先にあるスクイーの私室へと運んだ。死体の頭から染み出た油に触れないよう注意しながら、ふたりは詳細に調べるためラープを床に降ろした。岩が残した切り傷のそれぞれからは更なる黒い油が滲んできていた。特に大きなひとつの傷の下には、ぎらつく黒い金属のケーブルが突き出ていた。

 遠い昔、スクイーは同じものを見たことがあった。ラープは潜伏工作員だったのだ。ファイレクシア人に誘拐され、金属と魔法で改造された生物。これはファイレクシア人が「完成」と呼ぶものの最初の段階。完成に至るとファイレクシア人はかつての自身の名残を全て失い、肉体を拒否することで完全な生を受け入れる。不死にされた後、スクイーはアーテイの手に委ねられた。完成させられたかつての乗組員仲間であり、その人格は高い知性と同等にひどく歪んでしまっていた。アーテイはただ悪意と好奇心のためだけにスクイーを殺し続けた。やがてスクイーは上手いこと彼を焼き尽くしたが、それは幸運な事故によるものだった。アーテイを倒せたとはいえ、スクイーはその記憶を好んで思い出しはしなかった。

「王様、なんでラープ生きてた? 王様と同じだった?」

 スクイーはかぶりを振った。「違うよ、バルプ。ラープはおいらとは違う。何か悪いことがこいつに起こったんだ。前にファイレクシアのこと話したの、覚えてるかい?」

「覚えてる! 王様すごい怪物の軍隊と戦った! そしてそいつらが来た所へ追い返した!」

 ドミナリアで語り継がれる多くの伝説において、スクイーの存在はだいたい省略されている。彼はそのお返しに、物語を多少自由に語っていた。

「ああ、どうやらあいつらはまたこの世界を手に入れたがってるみたいだ」

 バルプの両目に怖れが広がるのを見て、スクイーは罪悪感を覚えた。

「でも……王様またそいつらをやっつけてくれる、違う?」

「やってみるよ、バルプ。けどお前の助けがいる」

 王様が自分を必要としている、不意にそれを理解しバルプは姿勢を正した。彼は胸を張り、全力で恐怖など感じたこともないというふりをした。

「バルプ、やらなきゃいけないこと何でもやる!」

「ありがたいよ。バルプは地上に出て助けになる人を見つけて欲しいんだ」

「外へ行く?」 バルプは驚きの悲鳴をあげた。その顔に広がる興奮に、スクイーは懐かしさを覚えた。まだ自分の住処の外の世界を何も知らなかった頃の。

「やるんだ、バルプ。けど急いで。街を見つけて、何が起こったかを伝えるんだよ」

「ラープが潰れた?」

「違うよ、バルプ。ファイレクシア人が戻ってきたってことを伝えて」

「わかった! 王様はどうする?」

「おいらは奴らがここにどれだけ入り込んでるのかを確かめて、追い出さなきゃいけない」

「どうやって?」

 スクイーは今も動き続けるラープの眼球を見た。それは彼を見据え、そして大きく揺れ動いた。まるでその身体が今も動けばと願うかのように。松明の光がその湿った眼球にちらつき、その背後の虹色を帯びた構造をかすかに照らし出した。

「おいらは何とかする。けどバルプは早く行かないといけない。おいらたちに気付かれたってファイレクシア人の工作員がわかる前に」

 バルプは頷いた。スクイーは私室の奥を示した。棚らしきものを押しのけると、壁の中に隠された梯子が現れた。以前スクイーは掘削部隊を徴兵し、臣民に不在を感づかれることなく時々外の世界へ出るための抜け道を作らせていた。それからずっと、この抜け道の存在はスクイーだけの秘密だった。今やバルプも知った。バルプを決して死に追いやりたくなどなかった。スクイーは別れの抱擁をした。バルプもそれを返し、王をわずかに床から持ち上げた。

「街に伝えたなら、すぐ戻ってくること! 探検はなし! 何か怖いものを見たら走ること!」

 バルプは頷いた。「王様、バルプきっと戻ってくる。バルプやり遂げる、王様みたいに」

 バルプが身体を縮めて上っていくと、梯子は抗議するようにきしんだ。心配と戦いながら、スクイーは棚を元の位置に戻すと壁の松明を手にとった。彼はそれをラープの死体へと近づけ、やがてそれは燃えだした。仕事を始める時が来た。


 自室で起こしてしまったぼやを消火すると、スクイーは臣民の前で演説をするために玉座の間へと戻った。演壇の上に立って口笛を目いっぱい吹くと、辺りは次第に静かになっていった。

「ゴブリンたちよ、老いも若きも聞くがよい! 王様からのお触れであるぞ!」 臣民へと語りかける時、彼は常に王らしい口調を心がけていた。

「ラープがひどく潰されたという知らせを聞いた者もおろう。その通り、ラープはひどかった。けど生きているぞ!」

 その言葉にお喋りが弾けた。

「ラープについての質問はしないこと! 今夜は、一週間誰も死ななかったお祝いだ!」

 期待の沈黙が広がった。

「そしてもちろん、アツアツナメクジ粥を作るのである!」

 ゴブリンたちの歓声が爆発した。


 燃えさし魔道士の親分、スプルナをスクイーは呼び出した。彼女らの仕事は山の中に明かりを供給するマナのランプの維持管理だった。お祭りの間はそれらを消して松明の光だけにする、スクイーは彼女をそう説得しようとしていた。通常であれば、これはとんでもない案だった。暗闇で何も見えなくなると、ゴブリンは普段以上に危険な振る舞いをしがちになる。しかしながらスクイーには作戦があった。あの時私室にて松明をラープの身体に近づけた時、彼はラープの瞳孔を取り囲むごくわずかな黄金色の輪郭に気付いた。不意に松明の光にさらされたなら、黄金色の瞳をした潜伏工作員がどれほどいるのかがわかるかもしれない。どこまで潜入されているかが把握できたなら、信頼できるゴブリンの力を借りよう。

 スプルナはスクイーのいる玉座の間に入った。彼女は無愛想に、最初から要点に入った。

「王様、お祭りの間にマナのランプを消したがってるって聞いた。どうして?」

 スクイーは反対を見越していた。

「マナのランプは本当にすごい功績だよ、けどあの明かりは眩しすぎる。ゴブリンたちは楽しい時間を過ごしたがってる。踊りたがってる」

「ゴブリンは眩しい部屋でも踊れる。その方がいい。暗かったらよくないことをする」

「駄目かい、スプルナ?」

「聞いて、王様。ランプを消したらつけなきゃいけない。全ランプに沢山すぎるマナが通されたら、それか通すの急ぎすぎたらランプは爆発する。山が爆発する。それはすごく危ない」

 スクイーはそれを心に刻んだ。もしこの件を乗り切ったなら、山全体が強力な爆発物に照らされているという事実を再検討すべきかもしれない。

「わかった! 山が爆発するのはみんな嫌だよね! けど王様として、ランプを消すようお前に命令しないといけないんだ」

 スプルナはかぶりを振った。

「わかった、王様。王様の命令だから」

 彼女は両手を伸ばして目を閉じ、集中した。明かりが消えたかとスクイーは吹き抜けを見たが、変化はなかった。困惑してスプルナへと振り返ったその時、彼は腹部に熱く鋭い痛みを感じた。スプルナの片腕がねじれ、熱い金属の大釘へと変化していた。彼女は不自然な筋力でスクイーを宙へと放り投げた。血が流れ出るのを感じながら、スプルナが玉座の間を向かってくるのが見えた。彼女は異様な笑みを浮かべてスクイーを押しやり、彼を山の岩肌へと落とした。


 死の広間をスクイーは我が物顔で進んだ。死ぬたびに彼はこの場所にやって来ていた。広く華麗な、無人の宮殿。床は黒い花崗岩、あまりに黒すぎてまるで夜空の中を歩いているかのような。この場所全体が柔らかな赤い光に輝いていた。広間を駆けると、生き返る寸前にいつも見るものがあった――彼の大好物ばかりが並んだ、息をのむほど豪華な饗宴の卓。スクイーは何千回とここに来たが、一度たりとてその虫を味わえたことはなかった。今回も同じ。卓に近づくと透明な指が優しく肩を撫で、そして物理的な肉体へと無情に引き戻される。彼は目を勢いよく開いた。

 彼は自身の血にまみれていた。ゴブリンたちがお祭りのために集まっているのが見えた。スクイーの公衆の面前での突然の死を彼らは気にしていないようで、だが彼は咎めなかった。不死の存在である自分は頻繁に死ぬ。階段を使いたくない時には飛び降りることもあった。通常彼は墜落の衝撃に弾け、そして皆は蹴りを入れて楽しむのだった。

 スクイーは精一杯彼らの注意を惹こうとした。スプルナはどこへ逃げたのだろう? 彼は叫んだ。「王様を助けよ! 戦いに備えよ!」 だがまさにその瞬間、スプルナが金属の落下音とともに隣に着地した。彼女はスクイーの後頭部に大釘を突き立てた。

 再びスクイーは目覚めた。癒えたばかりの目と再生したばかりの脳から得た視界はぼやけていた。それがはっきりするに従い、彼は見た。一族全員がひとつの完全な円を描いて自分たちふたりを取り囲み、スプルナが獲物を狙うように自分へと迫る様を黙って見守っていた。観客の存在を楽しむように、彼女はゆっくりと大釘の腕をスクイーの胸に押し当て、床に突き刺した。病的かつ不自然な笑みを浮かべ、彼女は指を鳴らした。マナのランプが消えた。今や遠くに松明の光が揺れるだけで、スクイーは恐怖とともに見た。自分たちを取り囲む全員の両目が淡い黄金色に縁取られていた。彼はむせながらも悲鳴をあげた。スプルナは再び彼を突き刺そうとし、だが突然大きくよろけた。彼女は身体を翻して着地し、憤激とともに攻撃者を見た――バルプ。

「バルプ!」 スクイーは叫んだ。命令に背かれてこれほど嬉しかったことはなかった。バルプは振り返って手を差し出し、スクイーが立ち上がるのを助けた。

「バルプ、逃げないと! ここは安全じゃない、見えるだろ――」

 ぞっとする、燃え上がるような感覚があった。スクイーが自らの手を見ると、その肉は腐っていた。腐敗は指から手首へと広がっていった。腕が床に腐り落ち、彼はたじろいで転げた。肉を喰らう屍術呪文が不愉快に広がる中、彼はバルプの身体が揺らめく様を恐怖とともに見つめた。真の姿を隠す偽装呪文が消えた時、バルプの場所には長身の男がひとり立っていた。不自然なほど青白い肌に淡い金髪。両目からは油を滴らせ、顔面には黒いケーブルが複雑に組み込まれていた。両腕は肘の所で分かれ、三本指の余分な上腕が生えていた。腐敗がスクイーの胸に達する中、アーテイがまとう棘だらけのファイレクシア製の鎧が松明の光にぎらついた。スクイーは声をあげようとしたが、自らの腐敗から生じた苦味を感じただけで、再び暗闇が彼を包んだ。

 身体が再生されると、アーテイが目の前で待っていた。スクイーはかつての臣民に取り囲まれていた。彼らは満足の沈黙とともに、完全に静止して座していた。アーテイはスクイーへと近づいた。

「久しぶりだね、スクイー」

「殺したはずだよ」

 アーテイは声をあげて笑った。

「死は一時的な状態に過ぎない、お前がそれを誰よりもわかっているはずだろう。けれどまあ、私が死んだのは事実だ。お前が私に飛びかかり、それから数百年の間、私の意識は途切れていた。シェオルドレッド様が見つけて下さらなかったなら、それで終わりだったかもしれないな」

「しぇおる誰ッド?」

 アーテイはにやりとしてかぶりを振った。

「知っての通り、ドミナリアは完成に近づいている。だからお前の愚かさに対しては寛大に接しよう。加えてお前は最後に話した時よりもずっと雄弁になったな。ひとりの子供と言っても通用するだろう」

 状況の全体像をスクイーは理解し始めていた。一族は失われた。臣民は今や大いに増強された抜け殻であり、ただ自分を苦しめるために作られたものに過ぎなかった。アーテイがバルプに何をしたのか、考え始めることすらできなかった。

「何でこんなことを? わけがわからないよ」

 アーテイは屈み、氷のように冷たい視線をスクイーと合わせた。

「単にお前が嫌いだから、かもしれない。ウェザーライト号の馬鹿者どもがお前の間抜けな仕草をちやほやするのが気にくわなかったのかもしれない。あるいは、お前が私を殺したからかもしれない」

 アーテイは再び笑みを浮かべた。

「あるいは、死なないゴブリンが死を請う様を見るため、かもしれないな。本物の苦痛というものを教え、そこから私が解放してやる時、お前は崇敬の目で私を見るのだよ」

 アーテイはスクイーのローブに手を入れた。「だが公的に記録されている以上、私はこれを回収して安全に隠しておかねばならない」 アーテイがあの玩具を取り出し、スクイーは信じられないというようにローブを叩いた。

「お前はそのガラクタが大のお気に入りだが、その正体についてはほとんど知らないだろう。救済の宝球に関する記録は驚くほど少ない。私がかろうじてわかったのは、次元そのものよりも古い存在というだけだった。とはいえ二つのことは確かだ。まず、それはレガシーの兵器の一部であり、すなわち処分しなければならない。そして、それは常にお前のもとへと帰る。すなわちお前を処分しなければならない」

 スクイーは溜息をついた。

「あんたにおいらは殺せない、それはあんたが言ったことだよ」

 アーテイは楽しそうにその玩具をひとつの手から別の手へと投げた。彼はゴブリンの潜伏工作員たちへと合図をし、そしてスクイーを指さした。彼らはスクイーへと前進を開始した。

「違うよ、スクイー。お前を殺す必要はない。お前の肉体に可能性を思い出させたいだけだ」

 ゴブリンたちがスクイーの両腕を掴んで拘束した。それらの身体が分かれ、金属と黒いケーブルを露出させた。そして変形が始まり、荒々しく歪んでいった。数人は互いに繋がり、スクイーが見たこともないようなひとつの機械を作り上げた。ひとりの手が開いて一本の針が現れた。スクイーが悲鳴を上げる前にそれは彼の皮膚に突き刺され、スクイーは四肢が次第に重くなるのを感じた。ゴブリンのひとりが机へと変化し、スクイーはその上に乗せられた。眠気に襲われる中、彼は自分も机にされないことを願った。


 スクイーが目を開けた時、彼はこの数年で最も身軽であると感じた。まるで疲労という概念が身体と心から取り除かれたかのように。筋肉組織にこれまでにない力を感じた。両目は部屋の全てを、どれほど遠くともくっきりと視認した。彼は橙色の真新しい王様のローブを着せられ、机に寝かされていた。身体を起こすと、彼は両腕から針を抜いた。すると近くの机で何かの機械が心地の悪い音を立てた。スクイーが不快感を覚えるや否や、その音は静まったようだった。

 全ては意識を失う前と変わらず、だが彼が気にかけていた全ては突如ちっぽけなもののように見えた。彼の臣民が山の中を移動していたが、あるものはゴブリンのように、あるものは肉と金属の美しい融合のように見えた。スクイーの目の前、瞬間移動の円にアーテイが現れ、あの音を気にとめた。

アート:Ryan Pancoast

「おや、目覚めたか。気分はどうだい?」

「力を感じるよ」

「完成の効果だ。最初はその身体に違和感を覚えるかもしれないな。マナ・リグへ向かう前に時間をとって新機能を確認することをお勧めするよ」

 スクイーは立ち上がって自分の身体を見つめた。両腕に沿ってかすかな白い線があった。それらについて考えるや否や、両腕が裂けてその下の機械部品が露わになった。彼はそれらを再び閉じた。全てが彼自身の思考に従って動いた。自分に何ができるのかを確認したくてたまらず、スクイーはローブを脱ぎ捨てた。アーテイは懸念の表情を浮かべた。

「なあスクイー、完成された身体であっても服を着た方が――」

「鎧をくれたのかと思ったんだよ」

「想定ではお前には――」

 素裸になり、スクイーは自身の胸を見つめた。かすかな傷跡が幾つかあった。思考ひとつで一枚のパネルが開き、胸郭の中が見えた。心臓のあった場所には、救済の宝球が回転し続けていた。部屋の隅に置かれた桶には肉が溢れそうに入っていた。きっと自分の肉だろう。その上には彼の王冠が鎮座していた。

「お前は新ファイレクシアの王にはなれない。思うに、お前を引き渡したなら相当大がかりな外科的研究をされるだろうな」 自分の言葉をあからさまに楽しみながらも、アーテイが見せる自己満足はもはやスクイーを苛立たせるものではなかった。自分たちはファイレクシアに仕えるのだ。スクイーの不死性はその目的にとって有益であり、理解するための研究は理にかなっている。

 素裸のスクイーから目をそらしながら、アーテイは続けた。「だがお前も認めざるを得ないだろう、こちら側は良いものだと。違うかい?」

 スクイーは今一度腕を開かせた。片方には湾曲した刃が、もう片方には小さな火炎砲が収納されていた。そして彼は刃を見つめ、長く伸ばそうとした。だが刃は回転しながら発射され、石の壁に直撃した。彼はアーテイへと振り返った。

「おいら……」 スクイーはもう片方の腕を開き、火炎砲を充填した。刃に戻るよう指示すると、腕の中の磁石がそれを壁から引きはがした。「……完成されてる感じ」

 その刃はかなりの速度でスクイーへと飛び、その前に張られた一本のロープをたやすく切断した――朝の事故の後、岩乗りたちが山の入り口頭上へと吊るし直した巨岩を支えていたロープを。ゴブリンがしばしばそうであるように、スクイーは最もまずい時に最もまずい場所に立っていた。ロープは切れて緩み、直後に巨岩が落下した。スクイーは言葉の途中で潰され、臓物とファイレクシアの油を洞窟の地面に飛び散らせた。岩が彼を潰したその時、火炎砲が宙へと放たれ、それは壁に並ぶ過充填されたマナのランプに命中した。続く爆発は太陽のように眩しく、山の住人たちが反応する暇もなくランプは直ちに誘爆を開始した。アーテイだけは反射的に身を守った。オタリア大陸に再建されたわずかな都市の住民たちは、その夜に山で何が起こったのかを長く訝しむことになる。直前まではひとつの山があったように見えていたものが、次の瞬間には岩のくすぶるクレーターと化していたのだから。


 今回の死は、これまでとは違っていた。何度となく過ごしたあの宮殿は消え、スクイーは白い光の海に浮いていた。夢だろうか? 死んだのであれば、あの宮殿はどこに? あのご馳走はどこに?

『スクイー、話をすべき時が来ました』

 その声は周囲の至る所から聞こえてきた。不意に、彼の胸から星のような形がひとつ離れて、顔面のすぐ前で光の中に浮遊した。それは彼のオモチャ、だがこれまでとは異なっていた。まず、それは自分と同じように光の中に浮かんでいたが、光そのものと同じほど綺麗な白い表面は消えてあの装飾だけが残っていた。それらは輝き、宙に浮かび、わけがわからないままのスクイーを圧倒するように空間を満たしていった。あのオモチャの模様はいつも顔を思わせるものだった。フクロウやインプに似ていないこともなく、だが今この超次元的空間を満たすそれは、彼に恐怖だけをもたらした。

『あなたは古き友人です、怖がることはありません。どうか落ち着いてください』

 浮遊する模様は不意に歪み、スクイーを取り囲んで回転し、やがて彼にはそのぼやけた動きが見えるのみとなった。それが消滅すると、スクイーは再びあの宮殿に立っていた。饗宴はこれまでと同様に美味しそうで、だがこの時、卓にはひとりの客人がいた。彼のすぐ近くの椅子にはザルファー人の女性がひとり座っていた。黒髪を一本の三つ編みにしたその姿を、スクイーは瞬時に認識した。大切な友にしてウェザーライト号の艦長、シッセイ。スクイーを興奮が圧倒し、だがよく見るにつれ彼の内に疑念が湧いた。このシッセイには何か重要なものが欠けていた。天性の指導者としての、皮肉を帯びた自信が。

『あなたが心地よく感じるような姿をとらせて頂きました。あなたはいつもシッセイに安心と権威を見ていましたね』

 やがて、スクイーは口を開いた。「つまり……艦長じゃない?」

『違います、スクイー。シッセイは亡くなって久しい人物。その魂は霊気へと還りました』

『私は「救済」。かつてはこの世界以前に存在した原初の力でした。私は――』

 スクイーは退屈した。ここまで長時間死んでいたことはなかった。「何でおいらはここにいるんだい?」

『複雑な話になります。ヨーグモスの呪文はあなたの身体を永久に再生することを意図していましたが、それが魂にもたらす影響にはほぼ無頓着でした。しかしながら、私はあなたが不死を得るずっと以前からあなたを選んでいたのです、私の祝福を得るにふさわしい者として。あなたの魂の純粋さを脅かすあらゆるものからあなたを守りました。結果として、あなたは逃れられない円環の中にはまり込んだのです。死ぬたびに、あなたの身体はヨーグモスが意図したように修復されます。あなたの魂は次元を超えたこの空間に囚われ、進歩することなく新たな身体へと戻る。さらには――』

「ごめん、もっとはっきり質問しないとだめだったね。おいらは今、何でここにいるんだい?」

 「救済」は微笑んだ。

『純粋であるからです。ファイレクシアの堕落はあなたの生きた身体から魂を取り除き、円環から解き放ったのです』

「つまり……終わったんだ。おいらはついに本当に殺された?」

 部屋の向こうに、金で飾られた木製の扉があった。それは見えざる手に押され、軋みながら開いた。敷居を越えた先は眩しく、何も見えなかった。

『それはあなたの選択にかかっています、スクイー。あなたの予期せぬ運命の中における私の役割として、最後にひとつの祝福を与えましょう。選択を。今この瞬間、生者の世界においてあなたの身体は破壊された直後にあります。身体を再生する呪文は普段通り、あなたの魂へも伸びつつあります。ですが魂が見つからず、立ち消えるでしょう。あなたの魂を円環へと戻すことができます。貴方は新たな身体で再び目覚めるでしょう、不死のまま、ファイレクシアの悪戯から解き放たれて……』

 扉がもう一つ、反対側の壁に勢いよく開いた。

『あるいはこの敷居を越えたなら、あなたの魂はようやく霊気へと還るでしょう。あなたが失った者たちに再会し、安らぎを得るのです』

 スクイーはふたつの扉を神経質に見つめた。彼は饗宴へと近づいて椅子に上り、ひときわ美味しそうな蛆虫の菓子へと手を伸ばした。そして座り直して一口かじり、笑みを浮かべた。彼は口いっぱいに頬張りながら言った。「三番目の扉について話すってのはどうかな、救さん?」


 バルプは全てを正しくこなした。王様の秘密の抜け道を用いて、誰にも見られることなく山から離れた。素早くかつ静かに旅をし、ファイレクシアが戻ってきたという知らせを最初に見つけた人間の街に伝えた。ああ、それは数か月前から知っていたと彼らは言ったが、人はゴブリンを馬鹿にするためならどんなことでも言うものだ。何にせよ、知らせるという任務は終わったので、彼は帰路についた。

 あの夜の爆発をバルプは目撃したが、近づいて見るまで信じることはできずにいた。王様がきっとどこかにいる、彼は自身にそう言い聞かせた。

 彼は瓦礫の中に開けた奇妙な空間にたどり着いた。それは一帯を空高く吹き飛ばした爆発の中心地らしかった。そこには小石すら落ちていない、小さく綺麗な輪がひとつあった。近づくと、バルプは馴染みのない魔法の匂いを大気に察し、そのため距離をとった。王様が心配だった。そうだ、王様が死ぬはずない。けど王様がすごく深い所に埋まって、岩の下で動けなくなってたら?

 地面を掘りはじめようとしたその時、頭上からとても嬉しそうな声が聞こえた。

「バルプ! 生きてた!」

 少し上、砕けた岩の上に王様が、スクイーが座っていた。


『何を考えているのですか?』 「救済」はスクイーへと尋ねた。

 スクイーは蛆虫のパイをもう一口かじった。

「恩知らずに聞こえたらごめんよ。けどおいらは不死になる前、一度も死んだことはなかったんだ。けどそうなってからは、死んでばっかりになった。不死になる前、おいらは世界でも一番賢いゴブリンのひとりだった。すごい冒険をしてみんなを救った。誰が何と言おうと、おいらは重要だったんだ。みんな、おいらが不死だってことを気にしてるけど、それはおいらのほんの一部で、たまたま手に入れただけだ。そんなの嫌だ。おいらはおいらだ」

 スクイーは口の中のものを飲みこんだ。

「救さん、おいらは戻りたい。けどあと一回だけでいい。あと一回だけがんばって長く生きて、その生きたので何かぶっとばして、おいら死んだって思って、けど死んでないってわかって、泣いて笑いたい」

 「救済」は頷いた。


 王様の姿を見て、バルプがこれほど嬉しく思うのは初めてだった。

「王様! 王様! 大丈夫だった!」

「お前もよかった! お前も改造されたのかと思ってた!」

「じゃあ、他のみんな……」 喪失の大きさを口にできず、バルプの声は途切れた。

「わかってる。けどおいらたちじゃない! 今日じゃない!」

「けど王様、これからどうする? どこへ行く?」

「ファイレクシアが戻ってきたなら、そいつらの尻を蹴って仕返しをするのはおいらたちみたいな賢いゴブリンの役目だよ」

 バルプは両目を見開いた。

「できるの?」

 スクイーはバルプの肩に手を置いた。バルプが頭ひとつ長身でなければ、それは父親のような仕草に見えたかもしれない。

「おいらとお前とでだよ、バルプ? 長生きのスクイーは、いつもうまくいく方法を知ってるんだからさ」

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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