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開発秘話

Making Magic -マジック開発秘話-

私とトレックの歩み

Mark Rosewater
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2026年10月21日

 

 『マジック:ザ・ギャザリング | スター・トレック』のプレビュー第1週へようこそ。今回の記事は、これまでのMaking Magicのプレビュー記事とは少し趣が異なる。私はこのセットのデザイン・チームをリードしていない。それどころか、デザイン・チームに所属すらしていなかったのだ(プレイテストには少し参加したが、それについては後述する)。そのため、今回はセットのデザインの舞台裏を語ったり、デザイン・チームのメンバーを紹介したりするつもりはない。

 今回は、私と「スター・トレック」との個人的な歴史を振り返り、このセットのおかげで初めてファンの立場から「ユニバースビヨンド」を体験できたことについて語ろう。また、このセットの新カードも1枚お披露目する。それでは始めよう。


私の終わりなきミッション

 私は子供の頃からSFの大ファンで、読書にも貪欲だったので、SFの短編小説や長編小説をたくさん読んでいた。映画館でも、できる限り多くのSF映画を観た。SFのテレビ番組も、観られるものは片っ端から観ていた。ただし、当時は1970年代であり、SFのテレビ番組や映画はそれほど多くなかった。

 我が家がケーブルテレビを契約し、初めてビデオデッキを購入したのは1980年代初頭だった。そのため、私が幼い頃は、テレビ番組を観るには放送されている時間に観るしかなかった。我が家のテレビはアンテナで電波を受信していた。丘のふもとに住んでいたため、私が10代になるまでは3つのテレビ局しか映らなかった。各局は新しい番組を放送していない時間帯(朝はゲーム番組、午後は昼ドラ、夜はニュースや娯楽番組を放送していた)には、昔のテレビ番組を再放送していた。

 1975年、私が8歳くらいの頃、その3局のうちの1局でスター・トレックが再放送されていた(確か土曜日の午後3時だったと思う)。私は退屈するとテレビをつけ、3つのチャンネルを切り替えながら、どれが一番面白そうかを探す習慣があった。初めてスター・トレックを観たのも、まったくの偶然だった。普段は「Bowling for Dollars(ボウリングで賞金獲得を狙う番組)」のような番組を観ていたので、宇宙船に乗った人々を描くテレビ番組との出会いは、川で砂金を見つけたようなものだった。

 これは動画配信サービスが登場するはるか前のことであり、番組を録画する手段もなかった。スター・トレックを観たければ、土曜日の午後3時にテレビの前に座るしかなかった。そして私はそうした。何度も何度も! 1970年代に「宇宙大作戦」全79話のうち何話を観たのかは覚えていないが、相当な数を観たはずだ。どのエピソードが放送されるかは自分では選べず、そもそも全部で何話あるのかも知らなかった。インターネットが一般家庭に普及するのは1990年代になってからのことである。当時、私が一番好きだったエピソードは「トリブル騒動」だった。

 1979年、スター・トレックの劇場版第1作「スター・トレック」が公開された。父も私と一緒にテレビシリーズを何話も観ていたので、2人で映画を観に行った。その後も数年おきにスター・トレックの新作映画が公開され、そのたびに父と一緒に観に行った。ケーブルテレビを契約してからは、オリジナルのテレビシリーズもずっと観やすくなった。

 大学3年生の頃、私はまだ学生寮の同じ階に住む人々と交流を深めている最中だった。ある日、ドアの開いている部屋に入ると、同じ階の住人の半分ほどがスター・トレックの新しいテレビシリーズ「新スター・トレック」を観ていた。2時間のエピソードで、私は最初から最後まで観た。とても面白かった。しかし、当時の私は大学生だった。テレビは持っていたがビデオデッキはなかったので、番組を録画することができなかった。大学生活で忙しかったこともあり、そのシリーズを観続けることはなかった。

 テレビ脚本家として成功することを目指してロサンゼルスに引っ越すまでは、である。新スター・トレックはまだ放送中だったが、過去のエピソードも番組販売による再放送で、週5日、毎晩午後7時に放送されていた。ある日、その番組をつけてみると、すぐに学生寮で観た番組だと気づいた。1話観ただけで、全エピソードを観なければならないと確信した。

 今度はビデオデッキを持っていたので、エピソードを録画し始めた。全エピソードの一覧も何とか入手できたので、それを表にまとめ、観終わったエピソードにチェックを入れていった。最後のエピソードにチェックを入れたときのことは、今でも覚えている。確かシーズン4が始まる前に追いついたはずだ。動画配信サービスがある今の時代では、昔のテレビ番組を最初から追いかけることがどれほど大変だったか想像しにくいかもしれないが、本当に大変な作業だったのだ。

 ここで話は1991年に移る。この年、私は「ロザンヌ」の仕事を始めた(その経緯についてはこちらの記事を参照してほしい)。この先の話をするには、1990年代のテレビ脚本家の仕事について少し説明する必要がある。当時は、新進の脚本家に仕事の機会を与えるため、各テレビ番組でスタッフ以外の脚本家が執筆したエピソードを3話用意しなければならなかった。これは、テレビや映画の脚本執筆を管轄する全米脚本家組合が定めた制度だった。

 各番組は脚本家を招いてアイデアを売り込んでもらい、気に入ったものがあれば購入するという仕組みだった。私はこの企画の売り込みを通じて「ロザンヌ」の仕事を得た(企画の売り込みから制作スタッフとして採用されるのは非常に珍しいことだった)。ロザンヌを離れた後、私はさまざまな番組に企画を売り込んだ。そのうちの1つが新スター・トレックだった。私は3回にわたって企画を売り込む機会を得た。何度も呼んでもらえたということは、私の企画を気に入ってくれていたのだろう。ただし、企画段階を通過できたアイデアは1つだけだった。

 興味のある人のために説明すると、企画段階を通過したのは、エンタープライズ号が重要な情報を運ぶことになり、その情報をデータの頭脳に保存するという物語だった。データが攻撃を受けたことで、彼の電子頭脳の「検索機能」が故障し、情報を区別できなくなってしまう。その結果、彼の頭脳に保存されていた他の人々の記憶が大量によみがえるのだ(これはテレビシリーズの過去のエピソードに由来する長い話である)。企画を売り込んだ相手の脚本家はこのアイデアをとても気に入ってくれたが、最終的に脚本責任者が不採用とした。

 私が売り込んだ中で一番気に入っていたストーリーは「テーマたち/Themata」というものだった(私はいつも企画にタイトルをつけていた)。これはウェスリー・クラッシャーのために書いた物語である(ウィル・ウィートンはシーズンごとに1回出演していたので、ウェスリーを登場させる物語を求められていた)。ウェスリーは未来に飛ばされ、エンタープライズ号のさまざまな乗組員たちと出会う。しかし、彼らはそれぞれ異なる時点から連れてこられていた。この物語の大きなどんでん返しは、彼ら全員がかつてウェスリーに重要な教訓を教えていたということだった。それらの教訓を組み合わせることが、ウェスリーが転送前に直面する問題を解決する鍵となるのだ。

 この話にどこか聞き覚えがあるとしたら、それは私が何年も前にこの物語の中心となるアイデアを使って、Making Magicに「テーマたち」という同名の短編小説を書いたからだろう。

 1993年には、スター・トレックの新シリーズ「スター・トレック:ディープ・スペース・ナイン」が登場した。私はすっかり夢中になった。このシリーズは、宇宙船でさまざまな場所を旅するのではなく、さまざまなものが訪れる宇宙ステーションを舞台にしていた。今回の記事では、このシリーズが特に重要となる。なぜなら、私がプレビューするカードは《ディープ・スペース・ナイン》だからだ。

クリックして「ディープ・スペース・ナイン」を表示

 そして1995年には、さらに別のスター・トレック・シリーズ「スター・トレック:ヴォイジャー」が始まった。私はこれも観始めた。しかし同年、私はスター・トレックのテレビシリーズを一切観なくなった。なぜだろうか? 何が起きていたのか、少し想像してみてほしい。

 そう、1995年10月に私はウィザーズ・オブ・ザ・コーストに正社員として採用されたのだ。私は新しい仕事に全力を注いだ。長時間働き、仕事をしていないときは開発部の仲間たちと夜遅くまでゲームをしていた(これはまた別の記事で語るべき話だが、リチャード・ガーフィールド/Richard Garfieldが世界中のゲームを教えてくれたあの夜更かしの数々は、ゲーム・デザイナーとしての私に非常に大きな影響を与えた)。私はほとんどアパートにおらず、帰るのは寝るためだけという生活だったので、テレビ番組の視聴は大幅に遅れてしまった。さらに翌年、ウィザーズで出会ったローラという素敵な女性と交際を始めたことも、普段のテレビ視聴から遠ざかる理由となった。

 その後もスター・トレックの映画は公開されるたびにすべて観ていたので、シリーズの動向は追い続けていた。しかし、テレビシリーズを再び観ることはなかった。今でも観たい作品のリストにはいくつか入っている。ただ、オタク心をくすぐる面白い番組はあまりにも多く、それらを観る時間には限りがあるのだ。

 ここで時間を5年ほど前まで進めよう。ウィザーズの社員は時折、ユニバースビヨンドで扱うことを検討しているさまざまな作品について、どの程度詳しいかを申告するアンケートに回答する機会がある。評価は5段階で行う。1はその作品についてまったく知らないことを意味する。2は少しだけ知っていること、3は表面的な知識があること、4はファンであり、一般的な人よりも詳しいこと、5は熱狂的なファンであることを意味する。

 私はスター・トレックについて、自分を4と評価した。オリジナルのシリーズと新スター・トレックについては非常に詳しく、おそらく5に近いだろう。ほかに観ていた2つのシリーズについても、特に初期のシーズンならある程度知っている。映画についても知識がある。しかし、ヴォイジャー以降のテレビシリーズについては知らないのだ。

 開発部はこの評価を参考に、あるシリーズを題材とした製品を作るのに十分なデザイナーがいるかどうかを判断し、制作することになった場合に誰をデザイン・チームに加えるかを決めている。

 開発部にはスター・トレックに詳しい人が十分にいたうえ、私自身もほかに取り組まなければならない仕事が多かったため、スター・トレック・セットの展望デザイン・チームには加わらなかった。私は通常、『マジック』の多元宇宙を舞台とするすべてのセットの展望デザインに携わっており、ユニバースビヨンドの展望デザインにも約半数に参加している。このセットは私にぴったりだったはずだが、ほかの仕事との兼ね合いで実現しなかったのである。

 我々はデザインの過程で多くの仕事を同時進行させているため、直接関わっていないものについては、状況を把握できなくなることも珍しくない。私の席は『マジック:ザ・ギャザリング | スター・トレック』の展望デザインを率いたイーサン・フライシャー/Ethan Fleischerの近くにあるので、彼がこのセットについて話しているのを時折耳にしていたが、実際にはそれほど詳しく知らなかった。名前のついたメカニズムについては自分の仕事に関係するので把握していたものの、個々のカードがどのように実現されているかについては、ほとんど何も知らなかった。

 私がこのセットを初めてプレイしたのは、実は「プレイ・デー」でのドラフトだった。プレイ・デーを知らない人のために説明すると、通常、これはセット・デザインの期間中に全員の予定を空けて丸1日そのセットをプレイする日である。ドラフトやシールドをプレイする機会があり、セットに含まれる製品によってはコマンダー・デッキを試すこともできる。開発部のほぼ全員が参加し、ウィザーズのほかの部署からも参加できる。これはセットについて開発チームの外部から情報や意見を得る最大の機会であり、非常に重要なものである。ほとんどのセットでは、セット・デザインの前半と後半に1回ずつ、計2回のプレイ・デーが設けられている。

 このプレイ・デーが、私にとってこのセットとの最初の出会いだった。普段の私はセットの制作に深く関わっているため、開発の経緯をあまりにも詳しく知っており、外部の人間の視点でセットを見るのが難しい。しかし、今回は違った。私はこのセットを一度もプレイしたことがなかった。しかも、自己評価で4をつけたほど好きな作品が題材だった。すべてを知っているわけではないが、多くのことは知っている。そして、私にとって思い入れのあるキャラクターや物語、宇宙船に出会えるのだ。これは、新しいユニバースビヨンドのセットをファンの視点から体験するという点で、これまでで最も近い経験だった。

 セット・デザインのリードを務めたガヴィンは、10種類の2色のアーキタイプをホワイトボードに書き出した。それを読んだのが、私がドラフトのアーキタイプを初めて知った瞬間だった。白黒はボーグを中心とし、緑青はドクターというサブタイプと医療チームを扱い、白青は技術者を中心としていた。どれも面白そうだったが、特に目を引いたのはボーグだった。新スター・トレックで私が特に好きなエピソードの1つは、前後編の「浮遊機械都市ボーグ」である。おそらく、あのシリーズ史上最高のシーズン最終回の引きを見せてくれたエピソードだろう。初めてのドラフトでボーグをプレイするというのは、実に素晴らしいアイデアに思えた。私は白黒をドラフトしてみることにした。

 最初のブースターパックを開けると、神話レアの《ジェイムズ・T・カーク船長》が目に飛び込んできた。私だって感情のない人間ではない。それまでの計画はすべて吹き飛んだ。カーク船長を引いたのだ。しかも、ただのカーク船長ではない。神話レアのカーク船長である。一応、パックの残りのカードにも目を通したが、それは形だけの行為にすぎなかった。私は神話レアを取るつもりだった。それ以外の選択肢などあり得なかった。

 2パック目には、神話レアの《科学技官、ミスター・スポック》が入っていた。何しろ、私はすでに船長を手に入れているのだ。2手目に何を取るべきか、宇宙がはっきりと示してくれたわけである。今回もパックの残りのカードに目を通したが、スポックを取ることは明白だった。そこへガヴィンが近づいてきて(おそらく私が満面の笑みを浮かべているのに気づいたのだろう)、こう尋ねた。「何か作戦があるのかい?」

 私は彼に最初の2枚のピックを見せ、こう答えた。「まだ何をするのかはよく分かっていないけど、この2枚をデッキに入れることだけは決まっているよ」。私はそのまま青赤のデッキをドラフトした。データやウォーフをはじめ、かつて観たシリーズで懐かしく思い出せるキャラクターを次々とピックした。知らないキャラクターが出てきたときは、どの作品の登場人物なのかを調べた。

 そのプレイ・デーは本当に楽しかった。もちろん、『マジック』をたくさんプレイできたこと自体が楽しかったのだが、それ以上に、自分の頭の中にどれほど多くのスター・トレックの知識が眠っていたのかを忘れていたことに気づかされた。スター・トレックは長年、私の人生で大きな位置を占めるものではなくなっていた。しかし、かつては日常的に触れていた時期があったのだ。そのときの感覚や記憶、感情はすべて心の奥にしまわれ、再び火がつくのを待っていたのである。

 これこそがユニバースビヨンドの力である。人は成長する中で、さまざまな時期に異なる物語や世界に夢中になり、それらが人生の一部として織り込まれていく。やがて別のものに関心が移っても、それらと過ごした時間は心に残り続ける。その物語は、自分という人間の一部になるのだ。スター・トレックは素晴らしい物語の集まりであり、私は人生の多くの時間をそれに費やしてきた。そうしたキャラクターや名場面を使ってゲームをプレイすることで、記憶が一気によみがえり、なぜ自分があれほどスター・トレックに時間を費やしていたのかを思い出した。あのプレイ・デーの後、まだ観ていないスター・トレックの新しいテレビシリーズは、私の視聴予定リストで少し順位を上げた。

 以上が、たった1日のプレイ・デーによって、長年の記憶が一気によみがえった私の物語である。これまで私は、今でも積極的に触れている作品を題材としたユニバースビヨンドについて書いたことがある。また、まったく知らない作品を題材としたユニバースビヨンドをプレイした経験についても語ってきた。しかし、かつて熱中していた作品を題材とするユニバースビヨンドのセットに触れたのは、今回が初めてだった。私は過去に愛したものを再発見し、なぜそれほど好きだったのかを改めて知る喜びを体験することができたのだ。


 本日はここまで。いつもより少し個人的な内容の記事を楽しんでもらえたなら幸いだ。いつものように、今回の記事についてでも、「スター・トレック」セットについてでも、スター・トレックというシリーズそのものについてでも、皆さんからの感想やフィードバックを楽しみにしている。メールやソーシャル・メディア(Bluesky、Tumblr、Instagram、TikTok、X)を通じて送ってもらえると幸いだ。

 来週も『マジック:ザ・ギャザリング | スター・トレック』について、さらに詳しくお届けしよう。

 それまで、あなたがかつて愛したものを再発見できることを願っている。


(Tr. Ryuki Matsushita)

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