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戦略記事

岩SHOWの「デイリー・デッキ」

ピッチ・ドレッジ:マナなど不要(ヴィンテージ)

岩SHOW

 マジックの根源はマナだ、マジックというゲームはマナで出来ている。土地を置いてマナを得る。マナを支払いクリーチャーを呼び出し、マナを支払い呪文を詠唱し、マナを支払って機械を動かし、マナを支払ってプレインズウォーカーに助太刀してもらう。使えるマナは土地を置くと増える、ターンを重ねると増える。より強力なカードはマナを必要とし、すなわちゲームが進まなければゲームにインパクトを与えるカードを使えない。勝利するためにはマナが必須だ。マナなしではマジックはプレイできない。

 この常識を裏切る者たちがいる。マナを支払わずしてクリーチャーの軍勢を築き上げ、マナを支払わずして対戦相手の行動を妨害し、マナを支払わずしてアドバンテージを得る。マナの縛りから解かれた存在。

 夢のような存在であるが、それらは同時に対価を求める。例えば《意志の力》。

 マナを支払わずともライフ1点と青い手札を1枚失うことで唱えられる打ち消し呪文だ。カード1枚に対処するのにカードを2枚要するというわけで、自らハンデを背負うことになる。それぐらい、マナを支払わずに何かをするという行為は重い。

 このような、マナの代わりに別の方法でコストを支払って唱えることができる呪文を「ピッチスペル」と呼ぶ。ピッチスペルの代表である《意志の力》は、その重い損失を補う強力なカードなのでエターナル・フォーマットにおいて引っ張りだこだ(エターナルとは何か?については前回を参照)。

 エターナル・ウィークエンド・アジア2019のヴィンテージ選手権でも、マナを支払わずして何かするというカードが多数飛び交っていた。ヴィンテージはマナという法を潜り抜けた修羅たちが集う場所だ。

 このトーナメントで優勝し、アジア最強の称号を獲得したデッキは……対価上等! 1マナも支払う気はないッッ! そんな反抗心の象徴とも言えるデッキだった。

 そいつの名は「ピッチ・ドレッジ」という。

谷川 風太 - 「ピッチ・ドレッジ」
エターナル・ウィークエンド・アジア2019 ヴィンテージ選手権 優勝 / ヴィンテージ (2019年8月18日)[MO] [ARENA]
4 《Bazaar of Baghdad
1 《石化した原野
1 《露天鉱床

-土地(6)-

4 《ナルコメーバ
4 《秘蔵の縫合体
4 《臭い草のインプ
2 《よろめく殻
2 《イチョリッド
4 《ゴルガリの墓トロール
4 《虚ろな者
1 《大修道士、エリシュ・ノーン
1 《灰燼の乗り手

-クリーチャー(26)-
4 《陰謀団式療法
4 《精神的つまづき
1 《ギタクシア派の調査
4 《黄泉からの橋
4 《血清の粉末
2 《否定の力
2 《戦慄の復活
2 《活性の力
4 《意志の力
1 《虚空の杯

-呪文(28)-
1 《進歩の災い
4 《トーモッドの墓所
4 《貪欲な罠
2 《活性の力
1 《精神壊しの罠
3 《不快な群れ

-サイドボード(15)-

 

 誇張表現なしで、このデッキはゲームに勝利するためにマナを一切必要としない。すべてのカードはマナの支払いなしにプレイされる。

 《意志の力》《否定の力》《精神的つまづき》といったピッチスペル、X=0で唱える《虚空の杯》が0マナで唱えられるのは当然かもしれないが、他のカードはどうやって?という疑問に答えよう。このデッキは、マナという枷から解かれる出口を見つけた。墓地である。

 墓地にある状態なら、《イチョリッド》はマナを支払わずに戦場に這い出てくる。《ナルコメーバ》もライブラリーから直接墓地に落ちれば戦場に出る。こうした墓地から出てくるクリーチャーが他にいると《秘蔵の縫合体》も目を覚ます。

 これらのクリーチャーをコストに《陰謀団式療法》と《戦慄の復活》もフラッシュバックで唱えられる。

 《黄泉からの橋》に至っては墓地にある時のみ能力が発揮され、クリーチャーが死亡すればゾンビが沸いてくる。

 マナがなくてもクリーチャーを戦場に出して、手札を捨てさせ、呪文を打ち消すことができるのだ。

 だが肝心なのは、それらのカードをどうやって墓地に落とすのかということ。それには「発掘」という能力を用いる。カードを引くという行為を、発掘を持つカードを墓地から手札に戻すという行為に置き換えることのできる能力だ。その際に、ライブラリーから既定の枚数分、カードを墓地に落とす必要がある。これを利用するわけ。

 《ゴルガリの墓トロール》だったら6枚ものカードを墓地に落とせる。これで《イチョリッド》やら《陰謀団式療法》やら他の発掘持ちやらを墓地へと招致するのだ。

 ……そもそも墓トロールなどの発掘持ちをどうやって墓地に置くのかって? そう、そこが肝心。他のフォーマットであればそれを真面目にマナを払って行うわけだが、ヴィンテージではそんな生ぬるいことはしない。このフォーマットでのみ4枚使用可能な古の土地カード《Bazaar of Baghdad》を用いるのだ。

 このマナが出ない土地は、タップすることでカードを2枚引いて3枚捨てるという能力を持つ。これで発掘持ちを捨て、このカードのドローを発掘に置換する。これにより、一度の起動で10枚以上のカードを墓地に落とすことだって可能だ。墓地にあるカードが増えれば増えるほどやれることが拡がるこのデッキにとって、それはカードを10枚ドローしているようなものである。

 このBazaarによる爆発力はおよそ他のデッキには真似できるものではないが、それはこれに頼り切って戦うというリスクを背負ったからこそ許されたものだ。

 たった4枚のBazaarに頼って、初手に来なかったらどうするの?というのは自然な疑問だ。ルール変更により何度マリガンしようと7枚カードが引けるようになったので、この手の特定のカードに依存したデッキは以前よりも安定して動けるようになった。Bazaarさえあれば手札は7枚なくてもなんとかなる!

 とはいえ、マリガン・ルールにのみ甘えているわけではない。ゲーム中には一切何の役にも立たない《血清の粉末》を採用し、Bazaarがなくても粉末があるならばもう一度マリガン回数は増やさずに引き直せるという裏技的な能力でなんとしてでもBazaarにたどり着くのだ。

 そこまでやって、何度マリガンしてもBazaarが引けなかったら? その時はそれまでだ。割り切ることも大事。低い可能性をうじうじ考えてもしょうがないのだ。

 一切マナを支払わずに動いてくる「ピッチ・ドレッジ」は、軸が違いすぎてメイン戦は無敵と言っても良いほど暴れ狂うとんでもないデッキだ。しかしながら墓地やBazaarへの依存度が高いため、サイドボード後は《トーモッドの墓所》《血染めの月》といった墓地対策・土地対策カードが突き刺さる。

 以前まではこういったエンチャントやアーティファクト、特に打ち消しや《陰謀団式療法》でもどうにもならないゲーム開始時に飛び出してくる《虚空の力線》に苦しめられた。しかし、この2019年に誕生した新たなピッチスペル《活性の力》はそれさえも乗り越える。

 このエンチャント&アーティファクト2枚破壊をマナを支払わずに唱えるため、「ピッチ・ドレッジ」は《よろめく殻》を採用して緑のカウントを増やしている。

 また、墓地が対策されても無視して殴り勝つ《虚ろな者》にも注目だ。Bazaarでカードを3枚捨てればこの4/4も唱えるコストはゼロ。これを展開しながらピッチスペルで相手を妨害して殴り勝つ、というゲーム展開も実際にフィーチャーマッチにおいて目の当たりにした。

 「ピッチ・ドレッジ」に死角は、ない。《不快な群れ》も要所で仕事を果たしていたなぁ。

 ここまで読んで、このデッキが天下無敵の存在に思えたかもしれない。実際にそういうゲームも多々あるが、対策もされやすいデッキでもある。安定して勝ち星を重ねるということは、難易度の高いことだ。

 このデッキでアジア最強の座に輝いたチャンピオンは、スリーブもプレイマットも《ゴルガリの墓トロール》のイラストが施されたものを使用し、ヴィンテージのデッキはこの「ドレッジ」のみをプレイ、他のフォーマットでも「ドレッジ」デッキを構築しているという、並々ならぬ強い愛情を持っているプレイヤーだった。激闘を制しての優勝は、その愛情にデッキが応えたゆえのものだと思う。

 通常のマジックから脱して、マナへの反逆児となる。これもまたマジック愛の究極形なんだな。

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