EVENT COVERAGE

日本選手権2022 -Tabletop Returns-

観戦記事

決勝:棚橋 雅康 vs. 亀崎 頌 ~テーブルトップ復活の日~

伊藤 敦

 

 

 テーブルトップで行う競技イベントの存在意義とは、一体どこにあるのだろうか?

 少なくともプロシーンに関しては、この2年の間にもさまざまな制度変更はあったものの、最終的にはMTGアリーナによるデジタル・マジックだけでこの約2年間におけるイベントをほぼ支障なくまるまる代替することができた。それが客観的な事実だ。

 ならば、思うはずだ。実はテーブルトップの大会は、もしかすると既にその役割を終えつつあるのではないか……と。

 だが、テーブルトップでできることはデジタルでも完璧に再現できるというのなら、あえて会う必要はないはずである。行く必要もないはずである。

 それでも、このマイドームおおさかには273名もの参加者が集まった。遠征してまで何度も店舗予選に挑戦し、権利を勝ち取ったプレイヤーもいる。

 そしてこんなにも、テーブルトップの復活を喜ぶ声がある。

 だから、おそらく私たちはこの2年間、「足りない、物足りない」といった具合に、知らず知らずのうちに飢え、乾いていたのだろう。そのことがこの2日間を経験して、はっきりとわかった。

 身体の動静。相手の挙措。

 デッキやカードのシャッフルをお願いするやりとりや、サイドボード15枚を提示する懐かしい慣習も。

 あるいは両面土地をわざわざスリーブから出して表裏を入れ替えてからセットしたり、トークンを生成する段になってデッキケースから引っ張り出したりする、テーブルトップならではの数多の不合理さえ。

 私たちが考える「マジック」を構成する、重要な一部分だったのだ。

 会場で会った原根健太は言っていた。「相手とする細かいやり取り、コミュニケーションがどのマッチも違うので、体験としての記憶の残り方が全然違う」と。

 2年前、MTGアリーナでのイベントが中心になることが決まった時、八十岡翔太は大要以下のようなことを言っていた。「俺たちがプロレベルでやってきたテーブルトップのゲームは、相手の反応や並んだ土地の分け方、判断に至る言外の経緯を観察して手札内容を推測したり、むしろあえて反応して見せることで自分の手札内容を誤認させたりするような、盤外の要素も当然含むものだったからね」と。

 デジタルになることでこぼれ落ちてしまう、目の前に座っていても掬いきれないほどに対戦相手の一挙手一投足から毎分毎秒発される、雑多な情報の奔流。それこそが現実(リアル)である証なのだ。

 確かにデジタルはテーブルトップを再現できる。ただしそれは、あくまで盤上のものだけだ。

 同じルールで、同じゲームだけれども。そこに優劣などもないけれども。

 つまるところ、テーブルトップのマジックからでしか摂取できない栄養がある。そういうことなのだろう。

 そして同時に、決勝戦に臨むことでしか摂取できない栄養もある。

 たとえば、棚橋が自分のデッキをシャッフルしている最中、カードが1枚デッキから抜けて地面に落ち、フィーチャーテーブル付きのジャッジに拾ってもらって申し訳なさそうに会釈しているこの一幕も。

 たとえば、大舞台に慣れていない亀崎の、緊張した様子がマスク越しにも伝わってくるのも。

 テーブルトップの決勝戦でしか味わえない、真剣勝負の一部を構成する大事な要素なのだ。

 二人はデジタルなら一秒とかからなかったであろう互いのデッキのシャッフルを数十秒かけて入念にこなし、マリガン判断まで終えて合図を待つ。

「『日本選手権2022 -Tabletop Returns-』決勝戦。始めてください」

 やがてジャッジの宣言とともに、最後の対戦が始まった。

「日本選手権2022 -Tabletop Returns-」決勝:棚橋 雅康 vs. 亀崎 頌
(撮影時のみマスクを外しています)

 

ゲーム1

 《》セットでスタートした棚橋は、先手2ターン目にドローした《棘平原の危険》をそのまま《棘平原の洞窟》として置いてターンエンド……たとえばこの一連からでも読み取れる情報がある。棚橋は赤マナ源のない手札をキープしていたのだ。棚橋は些事と判断して行わなかったが、俗に「シャカパチ」とも呼ばれ忌避されがちな、競技プレイヤーがよく行う手札を頻繁に入れ替える手癖も、もとは「いま引いたばかりのカードかどうか」を対戦相手に悟らせないようにするためのテーブルトップならではの工夫が習慣化したものだ。

 そんな棚橋を尻目に亀崎は後手2ターン目に《シルバークイルの口封じ》を送りだし、《鏡割りの寓話》を指定する。

回転

 赤マナ源なしでキープした以上、残る手札にはキープするに足る十分な理由があるはずである。たとえばそれは、先手3ターン目に最もプレイしたいカードがある、といったような……テーブルトップでなくてもわかる亀崎のそんな洞察は実際に正解で、続くターンに3点アタック後に《婚礼の発表》をプレイしてターンを終えた亀崎に対し、棚橋はエンド前の《ドラゴンの火》で《シルバークイルの口封じ》を対処してから1ターン遅れで《鏡割りの寓話》を着地させる。

 4ターン目、亀崎は手札内容と相談する。ここが重要な分岐点になると判断しているであろうことは、傍目から見ても手に取るようにわかった……ここまで棚橋も亀崎も、ゲームを進行するにあたって努めて冷静かつ最小限の所作にとどめてきたが、それでも人間である以上無意識に出てしまう動作はあるからだ。

 とりうる選択肢に悩む時、亀崎は右の手のひらを頬から顎にかけて当てて支えにする仕草をとる。

fn_kamezaki_1.jpg

 出した結論は、《永岩城の修繕》だった。棚橋がライブラリーをシャッフルして返した後、探してきた《平地》を置いてターンエンド。

 一方、返す棚橋はまずはドロー後に《鏡割りの寓話》のⅡ章で手札の《記憶の氾濫》1枚のみを入れ替えると、さらにゴブリン・トークンのアタックがスルーされたところで、第2メイン・フェイズに《表現の反復》を唱えて5枚目の土地を探しにいく……が、見えたのは《黄金架のドラゴン》《ドラゴンの火》《鏡割りの寓話》で土地がない。

 棚橋は自分の手札を一度見直し、悩ましそうに右手を一瞬マスクに近づける仕草をする。まさかこのターン見たライブラリーの上5枚に土地がないとは……5枚目の土地が見つかる前提だったプランが崩れたことで、わずかだが動揺が透けている。が、それでも意を決して2枚目の《鏡割りの寓話》を追放し、宝物・トークンを消費しながらそのままプレイしてターンエンド。

 ここで亀崎は《永岩城の修繕》のⅡ章により、《食肉鉤虐殺事件》を捨てつつ《シルバークイルの口封じ》を戦場に戻す。

亀崎「手札何枚ですか?」

棚橋「5枚です」

亀崎「《表現の反復》で」

回転

 5枚目の土地を探しながらの複数アクションになる可能性でありつつ、最軽量のアドバンテージ確保手段を咎める玄人の指定。さらに亀崎は2/2のゴブリン・トークンが立っているところに1/1の人間・トークン2体でアタックしにいく。ゴブリン・トークン2体が並んでいるにもかかわらず《食肉鉤虐殺事件》を捨てるということは、2枚目の《食肉鉤虐殺事件》を持っていることがほぼ確定していると正確に読みきった棚橋がこれをスルーすると、カードを引きながら《婚礼の祭典》へと変身だけさせて5マナオープンでターンを終える。

 ターンが返ってきた棚橋は2枚目の《鏡割りの寓話》のⅡ章により、指定されてしまった《表現の反復》と今引いたばかりの《》を捨てながら2枚ドロー。将来の複数アクションの可能性を高めるため、赤マナが出る土地を探しにいく……が引き込めず、ゴブリン・トークン2体でアタックしてライフを棚橋15対亀崎14とすると、代わりに赤マナ源《セレスタス》を設置してターンエンド。亀崎はエンド前に《見捨てられたぬかるみ、竹沼》を「魂力」するが、クリーチャーは墓地に落ちず回収はできない。

fn_tanahashi_1.jpg

 ここで自分のターンに入り亀崎がドロー後にプレイを考えているところで、棚橋が《永岩城の修繕》を指して確認をする一幕が。

棚橋「ドローしました?」

 テーブルトップでは《永岩城の修繕》のⅢ章の誘発すら自動で処理してくれない。それでも互いにできる限りゲームの正常な進行に努めるべきことを棚橋の紳士的な対応が思い出させてくれる。

 ともあれ、プランを決めた亀崎はまずは4/3、2/2、2/2による3体アタック。4/3の《シルバークイルの口封じ》は《ドラゴンの火》されるものの4点が通り、さらに第二メインに《食肉鉤虐殺事件》「X=2」で、棚橋9対亀崎17とライフ面で有利に立つ。

 それでも、ここで棚橋はエンド前にこのターンに変身していた《修繕する建築家》に《炎恵みの稲妻》を打ち込んで除去しにかかる。

回転

 が、亀崎は一瞬止まっただけでなぜか《修繕する建築家》を墓地に送ろうとしない!?

亀崎「2点ですよね?」

棚橋「? このターン《食肉鉤虐殺事件》の-2/-2修整を受けてるので……」

回転

 だが、亀崎が《婚礼の祭典》を指差すと、棚橋は思わず「あっ」という表情。もちろんこんなミスも、ダメージや強化を受けているクリーチャーの現状のタフネスと受けているダメージの計算結果が数字として一目で見えるデジタルでは起こりえないことだ。

 それでもどうにか切り替えて平静を装った棚橋はアクションなしでターンエンドし、エンド前に《キキジキの鏡像》が《消失の詩句》されながらも、除去を使わせたばかりのこの絶好のタイミングで今度は亀崎のエンド前に虎の子の《船砕きの怪物》を送りだす!

回転

 しかし、これは亀崎がちょうどトップで引き込んでいた《ハグラの噛み殺し》で対処されてしまい、4/5の《修繕する建築家》を止める手段がない。返ってきたターンも、やむなく《鏡割りの寓話》だけ設置してターンを返すほかない。

亀崎「ハンドが1枚?」

棚橋「2枚です」

 そして《目玉の暴君の住処》を起動しようかどうか悩んだ亀崎が、ひとまず引き込んだ《光輝王の野心家》を着地させようとしたところで、棚橋の声がそれを制止したのだった。

棚橋「負けです」

棚橋 0-1 亀崎

 

 多方向からの照明にライトアップされ、何台ものビデオカメラに囲まれたフィーチャーマッチエリアで、カメラマンに写真を撮られながらの対戦。緊張感は、家からパソコンで行う対戦とは大違いだろう。

 だが、逆向きの《根絶》を提示する北山雅也も、《大貂皮鹿》で意気揚々と殴りだした中村修平も、《チャンドラの敗北》をケアして《栄光をもたらすもの》をすべてサイドアウトした原根健太も。歴代のチャンピオンたちは、皆この緊張感を乗り越えて日本王者となったのだ。

 お互いゲームに必要な会話以外はしていないし、マスクで表情も隠されている。だが悩んでいる間に彷徨わせる手は、少しでも多くの情報を取り込もうと素早く焦点を左右に移す視線は、マスクに遮られ深く吸い吐きする呼吸は、何よりも雄弁に思考を物語る。

 そうだ。そうだった。これが、テーブルトップの決勝戦。

棚橋「お願いします」

 追い込まれた棚橋はサイドボーディングを終えたデッキをアクリル板の向こう側に押し出すと、自身を鼓舞するかのように息を深く吐いてから、同じようにして差し出された亀崎のデッキをシャッフルしにかかる。

 そしてシャッフルを終えると、再びゲームを開始するための必要最低限の言葉だけを発した。

棚橋「先攻」

亀崎「はい」

 

ゲーム 2

棚橋「マリガンです」

亀崎「キープします」

 そしてシャッフルの後に再び開いた7枚を見た棚橋は、簡潔に宣言する。

棚橋「はい、やります」

 1枚をライブラリーの一番下に送ってゲーム開始。2マナオープンでターンを返した棚橋に対し、開戦の口火を切ったのは亀崎の後手2ターン目、サイドボードに1枚差しの《侮辱》だった。

回転

 《勢団の銀行破り》《鏡割りの寓話》《ドラゴンの火》《表現の反復》と土地というラインナップから、当然のように《鏡割りの寓話》が落とされる。「《鏡割りの寓話》を指定するであろう2ターン目の《シルバークイルの口封じ》をエンド前に《ドラゴンの火》で除去して3ターン目の《鏡割りの寓話》につなげよう」というプランを描いていた棚橋の目論見が完全に崩された格好となってしまう。

 ならば《シルバークイルの口封じ》は持っていないのかと思いきや、続くターンに亀崎は今度こそ《シルバークイルの口封じ》で、手札を見てからの後出しジャンケン、確実に当たる《ドラゴンの火》を指定。棚橋の「はい」という言い方に、噛み合われた展開に対するほんの少し不機嫌そうなニュアンスが混じった気がしたのは気のせいか。

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 それでも棚橋は《表現の反復》でマリガン分の手札を補充し、返すターンの《婚礼の発表》は見せていない《否認》でキャッチ。ここは棚橋がお返しにやりこめた形となる。

 さらに続くターンには《ジュワー島の遺跡》をセットしながら《勢団の銀行破り》。このままスローダウンしたゲーム展開なら、テンポを犠牲にしながらの手札補充が効いてくる……そう思われた。

亀崎「すみません、いま手札何枚ですか?」

棚橋「3枚」

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 だが、当然亀崎はそんな猶予を与えない。3点アタックの後に召喚したのは2体目の《シルバークイルの口封じ》!

亀崎「宣言は……《家の焼き払い》で」

 しかも返すターン、棚橋が召喚した《黄金架のドラゴン》に対しても、攻撃時の宝物・トークンの生成に対応して《皇国の地、永岩城》の「魂力」で対処と手玉に取る。

 そしてターンが回ってきた亀崎が6点アタックを叩きこむと、棚橋のライフは既に残り8点。亀崎の土地には《目玉の暴君の住処》もあり、いよいよ猶予がない。

 さらに5マナフルオープンでターンを返した亀崎に対し、棚橋は2体目の《黄金架のドラゴン》を今度はブロッカーに立たせるのだが、亀崎はなおもエンド前の《放浪皇》で畳みかける。

 亀崎にとっては打ち消し呪文でマナを使わせる前提の《放浪皇》だったが、これが無事着地してしまったことで、[-1]能力起動からターンをもらって土地を起こす亀崎の動きが、決着の予感に急き立てられて目に見えて早くなる。

 あと一手、何か一手でもダメ押しができれば、棚橋の手札にかかわらず勝てるという状況。

 そんな状況で亀崎が召喚したのは……ヘンリカ・ダムナティ》!

回転

棚橋「負けですね。ありがとうございました」

亀崎「ありがとうございました」

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棚橋 0-2 亀崎

 

棚橋「《シルバークイルの口封じ》の指定にうまくやられましたね……」

亀崎「トップ8以降はリスト公開だったので、指定しやすかったです」

 勝者側からは声をかけづらいために敗者側の心の整理ののちに行われることが多い、明暗分かれた後ゆえに少し気まずい部分もあるこうした感想戦も、テーブルトップならではのものと言える。

棚橋「やっぱりリアルの方が良いですね。MTGアリーナだと相手が悩んでいるのとかあまりわからないじゃないですか。自分は今までそういうのを読み取って勝ってきたので……これを皮切りに、リアルのいろんなイベントが復活していってくれればと思います」

 そう、私たちは忘れていたのだ。コロナ禍以前は当たり前のように行われていたテーブルトップのイベント。その試合のひとつひとつに、どれだけの機微があったのかを。

 席を立った亀崎は、熊本のコミュニティから一緒に遠征し、決勝戦を見守って応援してくれていた仲間たちとハイタッチを交わす。仲間内にしか見せないであろう、亀崎のその屈託のない歓喜の表情も、最後まで会場に残っていた観客しか見ることができないテーブルトップならではの醍醐味の一つだ。

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 思えば、私たちはどうしてマジックを始めたのか。ここ2年の間にMTGアリーナから始めた人には当てはまらないかもしれないが……それはきっと、テーブルトップのイベントが作り上げるこうした光景の一部に飛び込んでみたかったからという理由が多分にあるに違いない。

 この光景こそ、Tabletop Returns。今日はまさしく、復活の日と呼ぶに相応しい。

 帰ってきたテーブルトップ・マジック。その復活を高らかに告げる日本王者が、今ここに誕生したからだ。

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 日本選手権2022、優勝は亀崎 頌! おめでとう!!

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