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ストーリー

Magic Story -未踏世界の物語-

塩路

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塩路

Jeremiah Isgur / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2014年11月12日


 二色を共有していながら、マルドゥとアブザンは性質を異にすることこの上ない。マルドゥは敏捷性を重んじ、素早く移動しては猛烈に攻撃し、戦利品を奪う。アブザンは忍耐を信条とし、その敵よりも長く持ちこたえ、最後の一人となるべく戦う。

 今日、私達はマルドゥとアブザンの巡察指揮官の心を垣間見る。彼らがそれぞれの軍にて戦いの準備をする様を......


「隊長」 副官が彼の隣へと早足で駆けてきた。彼が蹴り上げた埃混じりの砂は、岩がちの砂草原に吹く暑い午後の微風に流されていった。「人形岩の東の地平に煙が見えます。マルドゥの宿営かもしれません」 彼は腕を上げ、手袋をはめた手で方角を指し示した。彼が人差し指を伸ばした拍子に、指の節々を覆う金属装甲がガチャリと音を立てた。

「目が良いな」 リザは返答し、その方角を凝視した。「だがあれはマルドゥの宿営ではない。奴らは数を誇示し、敵を混乱させるために多くの火を灯す。私達が見るのはそれだ。そしてもしそれがマルドゥの斥候ならば、私達が見る唯一の証拠は、泥に残された蹄の跡だけだろう」 リザは副官が見たものが誤りであったことに、そっと安堵の溜息をついた。祈ろう、彼は思った。この巡察の残りの間に、敵と接触しないことを。彼は肩越しに振り返ると部下達を見た。五十人が力強く、二列縦隊になって訓練された行軍を維持していた。だが歩きながらも小さな会話と笑い声が上がっていた。

「かみさんの所に帰ったら」 クルーマの鱗の隊長が豪語した。「葡萄酒を一本飲み干して、山羊の腰から下を全部平らげて、二日は寝床から出てこないからな!」

「では私は」 リザが応えた。「子供達に子守唄を歌おう」 彼は息をついた。「それから葡萄酒を一杯飲んで、山羊を食べて、寝室に引っ込むとしよう」 部下達は笑った。彼らは塩路と平行に伸びる羊飼いの小路を、アブザン領土の安全で文明化された地からかつてないほど遠く離れて行軍していた。


砂草原の城塞》 アート:Sam Burley

 午後の日が赤みを帯びてきた頃、その副官が再び司令官の横へと慌ただしくやって来た。

「司令官殿、あの煙が見えますか?」 彼は靄のかかった彼方を指差した。「多くの野営の火のように見えますが」

「ああ」 リザはゆっくりと返答した。彼の笑みはかき消えた。「確かに見える」 彼は立ち止まり、背後の部下達にも停止するように示した。「あれは何と判断する?」

「閣下」 戦僧侶が言った。「あれは野営の火だとは思えません。何か、全く異なるものを感じます」

 今、遠く離れた煙へと次第に近づいていくにつれ、行軍の足音は更に静かなものとなった。そして彼らが見ていたのは野営の火ではなく燃える建物だったと明らかになった。黒く濃い煙が立ち上り、しばしば方向を変える砂漠の風に翻弄されていた。部下達は沈黙し、あらゆる方角へと油断なく鋭い視線を保った。巡察隊の鷹匠はその猛禽を飛ばした。鷹は翼を羽ばたかせて甲高く鳴き、後にははぐれた羽根だけが弧を描いて地面に残された。


平地》 アート:Noah Bradley

 ついに彼らは煙の源へと到達した。近隣の山腹にて群れに草を食べさせるための、羊飼いたちの夏の宿営地だった。その現場の恐ろしさに、彼らも衝撃を隠せなかった。彼らは以前にもマルドゥの軍勢に略奪された村を見ていたが、ここまで暴力的ではなかった。小さな村は完全に破壊し尽くされていた。生存者はいなかった。男も女も、子供までも殺されたそのままの姿で倒れており、手足や頭部を失ったものも多かった。差し掛け小屋は未だ燻り、どれもこれも木の梁と柱だけとなっていて無傷で残っているものは一軒としてなかった。

 巡察隊は生存者を探すも無益だった。斥候達は蹄の跡を数え、少なくとも百人からなる軍が北へ向かったと見積もった。

 この軍と顔を合わせたくはないものだ、司令官は死体を埋葬するように命じながら思った。


 軍族長は肉を剥ぎ取ったばかりの山羊の骨を投げ捨てた。そして音を立てて葡萄酒を飲み干すと、その器を地面に落として割れるに任せた。

「俺達の労働の成果だ!」 彼は背もたれの枕にもたれかかり、戦士達へと声を上げた。彼の目の前、戦場に並んだその小さな軍勢は肉と酒から顔を上げ、その怖れ知らずの統率者を讃えた。


略奪者の戦利品》 アート:Wayne Reynolds

「陰口、俺達の新たな物資の備蓄を確認し、次の略奪までどの程度持つかを調べろ」

「陰口」の戦名を持つその兵は最後の一口を食べると、奪った山羊とチーズを数えるべく静かに去った。

「夜乗り、次の標的について話し合わねばならん」 彼は助言者に近寄るよう動作した。「羊飼いどもは家畜を冬に向けて北へと移動させるだろう。容易く手に入るうちにそれを奪う」 ああ、そしてアブザンの要塞からはできる限り距離を保つとしよう、彼はそう考えた。

 彼は自分の軍を見渡した――オーク、人間、ゴブリン、馬、全てが彼を頼りにしていた。奴らには俺が必要だ、自己満足ではあったが真剣に彼は思った。こいつらの生死は俺の揺るぎない確信にかかっている。俺の体面にひびが入れば、それがどんなに小さくとも、他の者が軍族長となる機会になってしまう。それは俺がこの地位を得たやり方だ。俺達のやり方だ。そしてこれほど長い世代に渡って、俺達が生き続けてきたやり方だ。

 密偵の一人が帰還し、彼は内省から呼び戻された。その小柄なゴブリンは彼に忍び寄り、耳打ちをした。

「知らせがあるっす。南に半日駆けたくらいの所で、アブザンの見回りが一つ俺らを尾けてるっす。奴らの数は俺らの半分、だいたい徒歩で武器は一杯で重い鎧着てて、俺らがここにいることも知ってるっす。奴らは羊飼いの住処も見てました」 彼は指導者を見上げ、反応を待った。

 軍族長はゆっくりと息を吐き、近くの細口瓶を手に取ると、心ゆくまで飲んだ。


「私達の数は奴らの半分でしかない」 巡察隊長のリザは首席補佐官達へと言った。彼らはこの地域の地図を囲んで立っていた。「正面からの対決が賢明とは思えない」

「閣下」 彼の戦僧侶が言った。「我々は塩路の秩序です。我々が行動せねば、更に多くの無辜の民が確実に死ぬでしょう」

「そこへ進軍し、マルドゥと対峙すれば」 リザは返答した。「包囲され、圧倒され、奴らの恐るべき射手達へと完全に無防備となるだろう。私達が殺戮されたなら、砂草原の門を養う羊飼い達を守る者はいなくなってしまう」

 部下達も同意に頷いた。私は怖れている、彼は思った。だが私は不動でなければならない。マルドゥの攻撃は青天の霹靂。私達ははぐれた犬のように殺戮され、そして家族とは二度と会えなくなってしまうだろう。

「峡谷滝のオアシスまで退却し、私達よりも大規模の塩路巡察隊を待つ。合流すれば、軍族を奴らの土地まで追い返す力と支援を得られるだろう。補佐官、その巡察隊を見つけるために走り手を送り、彼らに私達の状況を伝えろ。それと、密偵に軍族を監視させるように」


休息地の見張り》 アート:Jack Wang

 死者の埋葬と弔いを終わらせると、アブザンの巡察隊は僅かな休息をとって荷物をまとめ、オアシスへと引き返した。


 軍族長は立ち上がり、パン屑と軟骨を腹部からはたき落とした。

「飯は終わりだ」 不意に彼は叫んだ。周囲数百ヤードに渡って並んだ戦士達は動きを止めた。「俺達を尾けてくる馬鹿なアブザンどもの兵力はたったの半分だ。奴らを殺戮してしまえば、この土地の略奪は思うがままだ。アブザン一人を殺した者は身体を戦利品にしていいぞ!」


マルドゥの戦叫び》 アート:Yefim Kligerman

 軍族長の助言者達は予期せぬ命令に驚き、固まった。補給部隊長のみが口を開いた。

「それには賛成しかねます」 彼女は言った。「我々は糧食で重く、戦士達には休息を与えることが報いと考えます。その巡察隊がその通りに弱いのであれば、我々の脅威ではありません。一夜の饗宴と、勝利を祝わせて頂けませんか」

 軍族長の瞳に怒りが走った。「お前がこの軍を率いるつもりか? お前の両肩に責任を背負いたいのか? 俺達が立ち止まれば、アブザンは戦力を集め、防御を築くだろう。補給線は奴らの巡察隊から遠くない所に常にある。俺の命令に口を挟むな」

 補給部隊長の口が腹立たしげに歪んだ。そして彼女は服従を示すように軍族長から両眼をそらした。

「これは警告だ。俺の部下の前で、俺の権威に口を挟むことのないように。手を出せ」

 その補給部隊長は躊躇いがちに片手を差し出した。軍族長はそれを素早く掴み、ナイフを抜くと彼女が反応するよりも速くその小指を切り落とした。他の助言者達は後ずさり、軍族長の命令を待った。彼女の傷は俺の痛みだ、彼は思った。だが俺の絶対的な権限に問題があってはならない。

「すぐに騎乗しろ!」 彼は部下へと叫んだ。彼らは一斉に行動に移り、黄金の太陽が地平線に最後の一滴を赤く残す中、宿営の荷をまとめて乗騎を集めた。


谷を駆ける者》 アート:Matt Stewart

 翌日の早朝。並みの人間の視界の彼方から、猛禽の密偵が輪を描いて巡察隊へと帰還した。太陽は東の山脈にまだ顔を出しておらず、砂漠にはもろい土に露がびっしりと下りていた。月もまた沈んでおらず、巡察隊は平らな地面の水の反射に導かれて進んでいた。

「軍は我々と交戦すべく南に向きを変えています」 鷹匠が報告した。「奴らは一晩中馬を走らせています。本日の正午前には追いつかれると思われます」

 隊長は副官達を周囲に集め、だが行軍を止めはしなかった。彼らは協議のために兵達に声が届かない位置までそっと列から離れた。

「奴らの乗騎よりも速くは退却できない」 彼は切り出した。「追いつかれる前に大規模の巡察隊と合流できる希望は僅かだ。唯一の希望は、正面対決の準備をすることかもしれない」

「閣下。ですがもし急げば、オアシスに辿り着けるかもしれません。あの峡谷であれば奴らの騎馬兵の優位性は無くなるでしょう。地形とオアシスの木を利用し、頑丈な防衛を築くこともできるかもしれません。奴らを押し留められれば、増援が来てくれるまで持ち堪えられるかと思います。私達は水と防御手段を手に入れられますが、奴らは開けた砂漠から襲い来るでしょう」

 その隊長補佐は満足そうに他の副官達を見た。


鱗の隊長》 アート:David Palumbo

 隊長は部下達それぞれへと視線を返した。誰もその行動の方向性に異は唱えなかった。

「退却中に追いつかれたなら、確実に死ぬ。だがここで踏み留まり戦っても、どちらにせよ殺戮されるだろう。最良の勝算に賭けよう」 彼は部下達の中で背筋を伸ばした。

「駆け足ッ」 隊長は命令し、兵達の最前列へと駆け出した。


 軍族長は軍馬の上でわずかに意識を失いかけた。夜通し騎乗するのは堪えるものだった。だがアブザンほどではない。彼らは間違いなく行軍している。彼は闇の中でアブザンへと襲いかかり、不注意の彼らを出し抜きたかった。だが明らかにアブザンは彼の計画を警戒していた。燃やし尽くした羊飼いの宿営地からずっと、軍は巡察隊が退却する足跡を追い続けていた。

 アブザンが防御的立場を築く時間を得たなら、奴らと正面きって戦うのは愚かというものだ。彼の乗り手達は素早いが軽装だ。もっと小規模のアブザンの巡察隊でさえ、戦いへと備えたなら恐ろしい相手だとわかる。だが今、彼の計画は動き出しており、主導権を維持しなければならなかった。進路を変えれば不安の兆候となりうる。軍族長としての地位を維持したいのであれば、弱みを見せるわけにはいかなかった。その点において、彼はアブザンが増援を集めるもしくは防御を固める余裕を得る前に追いつきたかった。まだ可能だった、とはいえ彼が望むよりも大きな賭けへと変化していた。

 だがこれがマルドゥのやり方だった。強きものが生き残る。そしてこの氏族は強かった。何世代にも渡って、弱き者達を切り捨てて生きてきた。この戦士達は生き残るために、確固とした統率力を備えた彼を頼りにしている。彼らをこれほど長く生かし、繁栄させてきた氏族の伝統は、維持しなければならない。


マルドゥの隆盛》 アート:Jason Chan

 もしかしたら、今日は彼らが死ぬ日となるのかもしれない。だがそうでないのであれば、彼は今一度指導者としての地位に留まることができるだろう。


 部隊長は巨岩の影に副官達を集め、水袋を手渡して回した。その日は既に暑かった。五十人からなるアブザンの巡察隊はオアシスの池で水袋を満たし、数体のアイベクスにも水を飲ませた。

「盾直しのオーガン、こちらへ」 リザはマルドゥ出身のクルーマである鱗の隊長へと声をかけた。彼は近くに立ち、軍族が現れる兆候があるかと地平線を監視していた。「峡谷の入り口に君の兵達を集め、盾の壁を築いてくれ。槍と水を十分に、確実に与えるように」

 そのクルーマは隊長の命令を遂行すべく駆けた。


武器を手に》 アート:Craig J Spearing

「峡谷の西端の巨岩の間に射手を隠せ。その側から軍を遠ざけ、谷底の兵と物資を守るためだ。残りの兵は泉が流れ出している峡谷の北端へ。奴らが背後から来たならそこで待ち伏せる。装備をした兵を四人、補給と命令伝達のために残しておくように」

 副官達は頷いた。泉の周囲に育つ椰子の木陰では、戦僧侶が祖先へと嘆願し、兵士達へと祝福を与えていた。

「巡察に出たなら、皆は私の家族だ」 リザは兵士達へと言った。「私達に強さをくれるのは、絆だ。私はこの部隊の手腕を信じている。共に我らのアブザンの遺産に値する防御を築いてみせよう」

 部隊はアブザン流の組み合わさった握手を交わすと、すぐに持ち場へと駆けた。


 オアシスが視界に入ると、マルドゥ軍は速度を上げた。両軍を隔てるのは僅か数マイルの硬い、岩がちの砂漠だけだった。夜を通して駆けてきたとはいえ、軍族は疲れてはいなかった。戦いの誘惑と勝利への期待が彼らを駆り立てていた。軍族長は平らな砂草原に数百ヤードの長さに伸びる砂埃を振り返った。彼は目を閉じ、騎馬兵の蹄の轟きへと耳を澄ました。砂漠の熱い風が彼の髪を通っていった。勝利はもはやこの手にはない。それは今や龍の手中にある。龍翼の敏捷が、この日勝利する。


戦場での猛進》 アート:Dan Scott

「軍が接近!」 峡谷の入り口に構えた兵士達を素早く通り過ぎながら、走り手が叫んだ。重装備の龍鱗歩兵が二十五人、槍を構え、盾を組み合わせてその狭い入り口に頑健な壁を形成していた。今や龍の背のように難攻不落に立つこの壁を貫ける矢は存在しない。軍族は素早いが、龍の鱗のように耐えられはしないと彼らは知っていた。

 大気に矢の風切り音が響いた。アブザンは木々と岩を背に、盾を上にして防御態勢をとった。不自然な風が彼らの顔を撫で、驚いた者は僅かであったが、矢弾からの防御は無意味となった。龍鱗歩兵は仲間が倒れた隙間を恐る恐る埋めた。


 マルドゥの軍勢は流れるように二軍に分かれ、オアシスの峡谷の両端へと馬を進めた。

「勝って奪い取れ!」 軍族長が金切り声を上げた。彼は剣を抜き、その声の力はまるで魔術のように馬を速めた。

 彼は鞍から立ち上がったまさにその時。彼方の霞の向こうに突き出た、アブザンの包囲象が見えた......


象牙牙の城塞》 アート:Jasper Sandner
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