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Magic Story -未踏世界の物語-

追跡 その1

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Uncharted Realms

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追跡 その1

Ari Levitch / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2013年5月1日


 積み重ねられた緊張が実験室に立ちこめ、イゼットの象徴である蒸気音と無数の部品の稼働音は遠くにあるかのようだった。年経たギルド魔道士のマダーラックにとって、その瞬間あったのは期待だけだった。

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 期待、そしてもちろん、実験。実験は常に行われている。今回の実験は部屋の中央に立ちはだかる、巨大な機械仕掛けの構築物であり、オーガのためにしつらえられた鎧一式に似ていた。だがその頭もしくは兜の場所には操縦レバーや圧力計がずらりと並んでおり、座席には不安そうなゴブリンが座っていた。彼はそのゴブリンが、取っ手を回しスイッチを切り替える一連の動作を進めるのを見た。マダーラックに必要なのは躍進だけだった。

 かすかなヒューという音が沈黙を破った。小さな機械音から始まり、次第に強さを増した、音が聞こえるというよりは轟きを感じる程に。空気は著しく乾いた。「来ます!」マダーラックの隣にいたヴィダルケンの随員カスタンが、騒音に身を強張らせながら言った。ゴブリンの操縦士から危なっかしいほど近く、構築物の肩から伝導コイルが二つ突き出しており、その間に鮮やかな青の稲妻が音をたてて走った。カスタンは急いで額のゴーグルを両眼へと下ろした。電流の糸は熱狂的なダンスを踊り、そしてすぐに他の稲妻が実験室を走った。マダーラックと彼の随員は重い木製テーブルの背後から実験を観察することを強いられた。

 そのゴブリンは操縦桿を倒した。巨人は前方へと足を踏み出し、その重々しい足音はマダーラックの耳に成功そのものの音として響いた。それはもう一歩を踏み出した。更にもう一歩。それは歩いていた、しっかりと、彼がそう動くよう設計したその通りに。

 そして何か意図していない事が起こった。その構築物は速度を上げ、一瞬にして実験室を横切るのをマダーラックは見た。座席から放り出される前に、ゴブリンの操縦士は扉に向けて操縦桿を切った。構築物は速度を上げながら実験室を飛び出し、石造りの回廊を音を立てて駆け、視界から消え去った。マダーラックはその破壊的な一歩一歩にたじろいでいた。カスタンは開いた戸口へと速やかに駆け、回廊の行き止まりでその構築物が石壁に真っ直ぐ激突して床へと倒れ、自身が作り出した瓦礫の山の上で動かなくなったのを見た。その脚部に、電気エネルギーの気まぐれな一束が時たま音を立てていた。

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 イゼットの実験施設において破壊は日常的なものであるため、清掃は手際よく行われた。ゴブリン数十人とマダーラックに仕えるサイクロプス、イザックの力によってその構築物は実験室と引き揚げられた。

「完成はもうすぐですね、先生」 実験室に散らばった破片を拾い上げながら、カスタンが言った。「二足歩行運搬機械はきっとイズマグナス様方のご興味を引く筈です」

「イズマグナスはどうでもいい。重要なのはニヴ=ミゼット様にお気に召して頂く事だけだ。だけど完成は近い。解決すべきことは単純に、ん......?」 マダーラックの声は次第に小さくなって消えた。瓦礫の中の何かが彼の目にとまった。崩れた石壁の残骸二つの隙間に、何かが光っていた。

 カスタンは師の考えを補完しようとした。「はい、修理できるでしょう。問題はいかにしてマナの吸入量を調節するかにあるかと思われます。システムの方での制御が不可能なのは明らかです。とはいえ改善案がいくつかあります。先生?」 マダーラックは両手で木の厚板を掴み、それを梃子のように使用して石の一つを脇に除けた。光は掌ほどの大きさの円盤から、規則正しい感覚で発せられていた。マダーラックは壁の崩壊でばらばらに壊された、小さな木箱の細かい残骸からそれをすくい上げた。「それは何ですか?」

「これは見たことないぞ」 マダーラックは言った。

 師と随員は立ったまま、その規則正しい脈動に、何度も何度も循環する単純なパターンがあることを見つけるまで、閃く光を観察していた。

 マダーラックは掌の上でその物体をひっくり返すと、イゼット団のドラゴンの紋章が彫られているのが見えた。ドラゴンの下には小さな円が三つ彫られており、それぞれが逆三角形の頂点を成していた。その意味を見抜くべく、もしくは関連のある情報を何か少しでも思い出せないかと、彼がその形を真剣に調べていると、その物体が手から跳ね上がり、彼の額を直撃した。

「先生!」

 老齢の魔術師はよろめき、物体はというと自身の力で壁にできた穴へするりと入って行こうとした。だがどこかへと行ってしまう前に、カスタンがそれを踏みつけて押さえた。


 マダーラックは背を曲げて両手を膝の上に置き、腰掛けに座っていた。長年仕えてきたイゼット団のそびえ立つ本拠地ニヴィックス、ここは彼がかつて訪れることのできた最高地点だった。火想者にして竜英傑ニヴ=ミゼットはマダーラックが発見した物体について議論していた。ことによると彼と議論さえするかもしれない。待っている間、老人は指で膝を叩いていた。

 彼は扉が軋んで開き、そして閉じる音を聞いた。立ち上がると、イゼットの証である青と赤の縞で着飾り、ミジウムの杖に寄りかかるヴィダルケン男性を見た。ヴィダルケンはマダーラックとの距離を縮めながら口を開いた。「超過マナ焦点レンズについて聞いたことはおありですか?」

「申し訳ございません、寡聞にして存じません。執事ペリナー様」

「お気になさらずに。御存知ないだろうと思っておりましたので」 そのヴィダルケン、ニヴ=ミゼットの首席随員はマダーラックへと近寄った。「ですが薬術師エルノ・ズロドについては聞き及んでいらっしゃるかと思います。いかがですか?」

「勿論です」 マダーラックは言った。「その方が実験の指揮中に消滅した時、私はまだイゼット団に加入したばかりでした。とても有能な方であったと聞いております」

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「全くもってその通りです。彼は超過マナ焦点レンズの試験中に姿を消しました。それから少しの間、明らかに何かがひどく間違っていたと推測されました」 執事はポケットに手を入れ、明滅する物体を取り出した。「結果的に、それは間違っていませんでした。ですが意図せぬ成功だったのです。おわかりでしょうが、ニヴ=ミゼット様はこれを認識しておられました。竜英傑様はそれを、帰巣のメカニズムであろうと説明なさいました。広大な距離を置こうとも、何かを追跡すべく創造された受信機。貴方はこの、まるで自分の意志を持つような動きを見た。そうですね?」

 マダーラックは打撲傷の残る額に触れ、頷いた。「おわかりでしょう」 執事は続けた。「これはエルノ・ズロドが所有していた物です」 彼はその物体の三つの円を指し示した。「見たところこれは彼の随員達によって、多くの備品とともに封じられていたようです。そして貴方の爆発という恩恵がなければ、隠され続けたままだったでしょう。ニヴ=ミゼット様はしばしの間注目しておられました、マダーラック。これが機能し続けることのできる理由はただ一つ、何かが今も存在し続け、発見されるのを待っているためであるとギルド長様は仰せられました。エルノ・ズロドは消えたのではなく、いずこかへと瞬間移動した。ニヴ=ミゼット様はエルノ・ズロドの発見、そして一体何が彼を運んだのかを解明し、取り戻すことを貴方へとお望みです」 執事ペリナーは脈動する物体をマダーラックへと返した。


 マダーラックは実験室へと戻ると、ギルドマスター直々の任務へと出発する準備に時間を無駄にはしなかった。「カスタン」 彼は言った、「私の荷物を準備してくれ」

 カスタンは巨大な本の向こうから頭を突きだした。「え? あ、ニヴ=ミゼット様とお話されていた間に、私は修理の――」

「ギルド長様と直接お話はしなかった。だが我々は今や直接の用事を賜り、すぐさま出発せねばならん。急げ、今すぐだ!」


 不協和音が響き渡るニヴィックスの外は静かだが、ラヴニカの地底街の暗黒のトンネルと相互に繋がった下水道では、その静けさは手にとるように明白だった。壁を覆うなめらかな藻類はあらゆる音を吸収し、大気を濃密にしている。大いなる目的意識とともに、マダーラックは大股で暗黒へと踏み出していった。ひょろ長いヴィダルケンのカスタン、サイクロプスのイザックはなんとか後に続いた。

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 下水道は何マイルにも渡ってひたすら下方へと伸びており、三人の歩調はマダーラックの手から逃れようともがく受信機の脈動に導かれていた。彼らは暗闇がのしかかる、巨大な洞窟に時たま開いたトンネルを通過して進んだ。ランプの光が暗黒を貫くと、よじれたオルゾフの聖堂のような影を建築物が投げかけた。

 見えざる天井から水滴がしたたり落ちていた。一滴がカスタンの頭に落ち、首を伝って背中に入った。彼女は震えた。「先生、ずっと黙っていらっしゃいますね」

「正当な理由があってだ!」 マダーラックは囁き声でまくしたてた。「我々は近づいている。黙り続ける理由がそれ以上にあるか」 突然の力の爆発とともに、受信機がギルド魔道士の手から飛び出して、床に音を立てた。「ああ!」 彼は慌てて追ったが、それは彼の手を逃れ、断続的な動きで石を越えていった。イザックはその巨体でカスタンを脇に突き飛ばし、主を守るべく前へと飛び出した。彼女はつまずいてよろめき、背負い荷物の重みにバランスを崩して床に転び、何かが潰れる柔らかい音がした。そして立ち上がろうと素早く床に手をつくが、汚れたゼラチン質の粘体がじくじくと指の間に滲み出て、彼女の手を覆った。カスタンは目を見開き、悲鳴を上げようと息を吸ったが、その空気は腐敗した毒気だった。彼女は吐き気を催し、不潔な床の上に身体をよじった。

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「立て!」 マダーラックが苛立って言った。「早くしろ!」 彼は受信機を取り戻し、両手で掴んでいた。すっくと立ち、暗闇を凝視する師をカスタンは見上げた。「行くぞ」 彼女の目は師の灯りが投じる一線の光を追った。その終点で、一対の眼が見つめ返していた。カスタンは立ち上がった。

「腐敗農夫だ。我々を気にはしまい。行くぞ」 マダーラックは再び受信機を追い始めた。サイクロプスは後に続いた。カスタンは一瞬立ち止まり、暗闇の中の一対の瞳を見た。彼女は足を速めた。

 自己主張する受信機は彼らを石造りのアーチ道へと導いた。それまでの道とは異なり、その要石にはゴルガリ団の昆虫じみたシンボルが彫られていた。マダーラックはサイクロプスの肩に手を置いた。それは以前から何度も繰り返してきた疑いようもない習慣で、言葉で命令されずともイザックは身をかがめ、目線の高さを師と同じくした。「イザック」 マダーラックは言った。「ここで待て。危険がないよう見張っていろ」

「先生?」 カスタンが尋ねた。「この先に何があるかわかりません。イザックも共にいた方が賢明ではありませんか?」

「無意味だ。先に何があるかはわかっている。我々はそのために来たのだ、そして今や近づいている。ゴルガリの屑どもに追ってこられたくはない」 マダーラックはアーチの下へと歩き、彼の体を照らす受信機の脈動する光がなければ完全に飲み込まれてしまうであろう、未知の暗闇へと入っていった。「それ以上に、我々はイゼット団の魔道士だ、臆病な犬ころではない」 彼はカスタンを呼んだ。彼女は顎を引き締め、深呼吸をすると、イザックを残して明りを手に師を追った。

 道は狭まり、だが天井は見えないほど高く続いていた。地面にはいくつもの裂け目が開いており、その中には灰がかった緑の厚い蒸気が渦巻いていた。割れ目の間に狭い道が続き、マダーラックとカスタンは凹凸のある地面に、注意深く足取りを確保していった。

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 突きあたりで道は正反対の方向に分岐していた。受信機の光が突然激しさを増し、ほとんど目がくらむほどの輝きを帯びた。そしてそれはマダーラックの掌握を突破し、左手の道を下っていった。老齢のギルド魔道士は直ちに駆け出した。「急げ、カスタン!」 彼らは壁や床や天井にやみくもに衝突しながら進む、輝く円盤を追いかけた。マダーラックの呼吸が苦しくなり、受信機を視界内に保ち続けるのがやっとだったが歩みを止めることはなかった。カスタンは彼のすぐ後ろにつき、そして彼らは多種多様によじれ、曲がりくねった追跡を続けた。道を記録する余裕はなかった。

 広い空間の石壁に切り取られたへこみの中、岩と泥の山の上で受信機が静止し、追跡は不意に終わった。追跡者達はそれを捕まえた。膝に手をつき、カスタンはしばし息を整えた。だが彼女の師は泥の山へと近寄り、その下の物を発掘すべく猛然と掘り始めた。

「先生」 カスタンはマダーラックの肩に手を置いた。その言葉は老人にとって遠い呟きのようでしかなかった。「マダーラック先生!」 苛立ち、夢のさなかから醒めたかのように、マダーラックはカスタンへと振り向いた。彼女は一連の雑な印が殴り書かれている壁を指した。マダーラックは興味を持たず、泥にまみれた手で彼女を払いのけた。その時彼にあったのは償いだけ、イズマグナスへと戻る赦し以外の何も存在しなかった。それは汚濁の底に埋められていた。彼はひたすら掘るだけだった。やがて指が金属をひっかいた。彼の目が熱狂に見開かれ、泥を除けるとヘルメットの輪郭が現れた。イザックのそれに似た、一つ目のゴーグルを彼はその袖でぬぐった。眩惑されたように、彼はガラスに映った自身を凝視した。

 しばらくして、そのゴーグルから赤い輝きが膨らみ始めた。次第にそれは苦悶に歪む人間の顔の形をとった。

 その顔は口を開いた。ガラス越しの鈍い声ではあったが、言葉ははっきりとしていた。「お前達は来るべきではなかった」

「エルノ・ズロド?」

「来るべきではなかったのだ」

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