MAGIC STORY

ドラゴンの迷路

EPISODE 04

遺産

読み物

Uncharted Realms

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遺産

Nik Davidson / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2013年4月24日


 オーナは巻物を両腕一杯にしっかりと抱えながら、足音が反響する新プラーフの広間を駆け下りていた。遅刻だった。既定の時間になろうとしていた。分刻みの予定が組まれた多忙な日々だが、一つの仕事からその次への移動時間は全く考慮されていなかった。太陽が頂をなす頃には、彼女は日常となった遅れが出始めていた。時間の無常な行軍に追われながら、時間は押しに押していっていた。


アゾリウスのギルド門》 アート:Drew Baker

 これは報奨なのよ、彼女はそう考えたが、同時に複雑かつ無益に入り混じった感情が心を駆け抜けていった。オーナは相続法について記した論文が評価され、ソーヴァ隊の調査団へと「昇進」していた。だが彼女の新たな地位は報奨などではなかった。彼女は今や弁護人であり、アゾリウスの法を不可解に通りぬけた被疑者を支え、彼らの正当性は確かであり守られていると保証する役割を課せられていた。彼女はようやく法廷へと飛び込み、事前によく練習した謝罪を今一度口にしようとした。

 高座の上から、ジョーヴァン三世判事が物憂げに話していた。オーナの遅刻に、もしくは彼女がそもそも不在だったことに気付いていない様子で。オーナは依頼人、二週間前に逮捕された神経質な野菜商人の隣に座った。そしていくつかの巻物を机に広げながら、どれほど遅れたかを確認しようとした。幸いなことに彼女は僅か数分遅れただけで、審理の前の公的な序文が終わるまでもう少しかかるようだった。

 ジョーヴァン判事の平坦で単調な語調が、彼の絶対的な無関心を表していた。

「......過去に判例によって確立され、常に情報と理解の公正さを保つ買い手と売り手の双方において取引を促進すべく、そういった商業従事者達の役割は法のもとに増大している。ある集団の理論的知識もしくはその欠如が確認できない場合(知識の有無に関する魔法的占術に関する法令のもとに魔法的手段によって保護される)、どのような集団であっても物品や奉仕、もしくは将来の見込みや目前の奉仕の真実と事実関係と価値を偽るべく、口頭もしくは物理的手段による係合は禁止されている」 ジョーヴァンは一呼吸し、感情なくうなだれる野菜商人をじっと見た。

「拘引者ペトリ、貴方が事件に関して記録し、被告人の逮捕に繋がった証言を述べて下さい」


不可侵議員》 アート:Zoltan Boros

 リーヴ隊の年若い兵が立ち上がった。「十七日前、ナナカマド通りの市場の西端にて、被告人は次に述べる公的声明をその野菜店から発しました。引用します、『新鮮な野菜だよ』」

 その兵は腰を下ろした。ジョーヴァンは顎をこすり熟慮を始めた。

 オーナはすっかり混乱し、異議を唱えるべく立ち上がった。「判事、私の依頼人の記録から、売り物は全て九日以内に収穫されており、『新鮮』の基準を満たしていることは明らかです。そしてあらゆる場合において、依頼人は陳列したあらゆる物品の各々を進んで販売もしくは交換していました。およそ犯罪に関わると考えられるような依頼人の行為もしくは宣言は何も存在しません」

 ジョーヴァンはその疲れた空虚な視線をオーナへと向け、掌を振って示した。すると彼の高座の前、空中に輝く魔法文字が渦巻き始めた。「法的用途、名称、及び治療薬原材料の取引に関する最新の布告によれば、貴女の依頼人が売りに出していた食料品のうち数点を含む、複数種の植物の公的売買呼称が『野菜』から『薬効品』へと変更されている。貴女の依頼人は薬効品を売る適切な許可を受けていなかった。それらを『野菜』と表示して販売することは誤解を招き、同時に公共の健康を害する可能性がある」

「だけど私は同じ野菜をずっと何年も売ってきたんですよ!」 その商人はオーナを見た。彼の表情は訴えかけるようで、怖れに満ちていた。

「それは誤りだ。去る五十七日間、あなたは薬効品を売ってきた。続いて判決の要綱を記す。あなたは無許可にて薬効品を売った罪に問われる。在庫は没収及び破棄され、あらゆる市場的許可証が直ちに無効となる。あなたはこれより一年間、さらなる市場的許可証の申請を禁じられる。そして薬効品の販売許可証は最低三年間交付されない。この期間が経過した後、あなたは許可証取り消しへの異議を申請することができる。そして異議が承諾された場合、新たな野菜販売仮許可証を交付される可能性がある」

 ジョーヴァンの魔法文字が閉じられ、オーナの依頼人は引き渡された。


 オーナは酒場のカウンターに拳を打ちつけ、ほぼ空になったグラスが音を立てた。カウンター向こうのヴィダルケンがその礼儀正しい顔をしかめた。

「私はそこにただ座っていただけだったの、木偶人形みたいに! 準備できる時間がもっとあったら、種別変更について議論できたかもしれないのに!」 オーナは特に誰に怒鳴っているというわけではなかった。バーテンダーは配慮する様子を見せ、他の常連客達は彼女から距離をとっていた。「過去に遡って許可証を変更する先例は十分あるし、公衆衛生免税制度だってある! だけど私は準備できてなかった。制度の問題じゃない。制度は機能してるの。問題なのは私。私は間に合わなかった。何でもない人が私のせいで仕事を失ってしまったの」

 オーナがその杯を飲み終わると、同じグラスがカウンターを横切りながら滑ってきて、空のグラスに当たって音を立てた。彼女は贅沢な衣服を穏やかに着こなす若い男性を見た。彼の瞳と微笑みは鋭く、冴えていた。

「貴女は最善を尽くしたのでしょう? きっと、それには何かの価値がありますよ」 その男の声にはどこか彼女を落ち着けようとするような、かつ心配するような響きがあった。オーナは肩をこわばらせたが、彼に向き直った。

「貴女の時間内に、貴女の手段でできる事をした。力を尽くすというのはそういう事です」 その青年は黒い手袋をはめた手を差し出した。「タレムと申します。貴女へと一つご提案があります」

 オーナはためらった。彼女の内にある何かが、この場所からできるだけ速く離れたいと求めていた。だがこの男の言葉を聞かない合理的な理由もなかった。彼女は手を取った。「オーナです」

 タレムは頷いた。「オーナ・ヴィテリウス。著名な判事オットー・ヴィテリウス二世のお孫さんでいらっしゃいますね。祖父殿の情熱と能力を受け継いでおられると聞き及んでおります」

 オーナはたじろいだ。「情熱、そうかもしれません。ですが能力は。御祖父様はあんな簡単な事件を無様に扱ってしまう事は決してありませんでした」 再び、彼女の本能が揺らめいた。彼は言葉の罠を仕掛けていた、そして彼女はそこに真っ直ぐ入って行ったのだった。

「能力はそうではない? ご謙遜を。貴女に良い知らせがあります。私の同僚に、非常に特殊化された専門の魔法を操ることができる者がおります。記憶を移し替え、死者が生者へと訓練できるというものです。提供者と受領者とが近しければ近しい程、手続きの成功確率は高まります。専門職を共有する祖父と孫という組み合わせの場合、驚くべき効果が得られるはずです」


特質改竄》 アート:Clint Cearley

 オーナは突然、自身の心臓の鼓動を大いに意識した。今耳にしていることは間違っているとわかっていたが、彼女はそれを求めているのだった。彼女はしばしの間、瞳を閉じていた。

「ディミーア」 全ての断片が正しい位置に収まり、彼女はできる限り不機嫌そうにその単語を発した。「あんな偉大な方を汚そうなんて、一体どういうつもり? 御祖父様はあなた達のような罰当たりに確実に裁きを下すことに生涯を捧げていたの。あなた私を陥れる毒の贈り物を差し出しすためにここに来た? 私は清廉潔白でいたいの。私は御祖父様の仕事を続けます、そしてあなたを滅ぼす権利を得るわ。もし再び私の前に現れたら、残りの人生を鎖に繋がれて過ごすことになるわよ!」

 タレムの微笑みは揺らぐことはなかった。「お許し下さい、弁護士殿。貴女が受けるに値する幸運があることを」 ディミーアの工作員は礼儀正しく一礼し、ゆっくりと退出していった。

 腹の底で彼女はわかっていた、何かが間違っていると。だが彼女はそれを脇にやり、清算をして家路についた。


 その夜、オーナは今までにないほどよく眠れた。続く日々、彼女の新たに生まれた意欲に駆り立てられ、四人の無罪判決を勝ち取り、五人目の判決を保護観察と些細な罰金にするよう説き伏せた。

 全部で五つの審理、三つの会合、そして二つの事前打ち合わせ。彼女はそのただ一つにも遅刻はしなかった。


 オーナ・ヴィテリウス一世判事はその白髪がまじった髪を古風な判事頭巾に押し込み、鏡へと笑ってみせた。目にしているものが誇らしかった。彼女の判事室には三十年に渡るアゾリウス評議会への奉仕を記念した数々の品が陳列されていた。弁護人としての精励さを称えたもの、判事の地位を任命されたことを詳述する文書、そして多種多様な賞品と賞状。だが彼女にとってもっと重要なのは、かつての依頼人達や長年育ててきた弁護人達から届いた、額に飾られた手紙と思い出の品だった。彼女の判事室は法廷に隣接しており、人々が席を埋めるさざめきを聞くことができた。彼女が常に開始時刻より十五分遅く審理を開始することは周知の事実であった。そのことには常に少しの罪悪感があり、反抗的であると感じもしたが、どうにか時間内に急いで彼女の部屋へとやって来る弁護人達の感謝に満ちた表情に、それは価値あるものだと思うのだった。

 彼女は判事向けの標準的な朝食を――一皿の新鮮な果物を美味しく頂いた。その果物はかつての彼女の依頼人から、新プラーフへと(市場を経由することなく)正しい価格で提供されたものだった。それは毎朝甘い味わいをくれた。


 各月の最初の日、仕事が終わった後、オーナは祖父の墓所へと詣でていた。そこで彼女は祖父へと、前回の訪問の後に彼女が定めた法令、そして評議会からの最新の布告について全てを伝えた。オーナはここで心を落ち着けることは決してできなかった。彼女はとても早口で、とちりながら話した――オットー・ヴィテリウス二世の彫像の厳格な視線の下、彼女は自身が取るに足らない子供のようだと感じていた。今や彼女は六十歳にもなろうというのに、そして彼女の偉業は祖父のそれへと届きつつあるというのに。その夜、彼女はその訪問の大半を無言で過ごした。家路へとつく時、街路はほぼ無人だった。

 オーナは家の扉を開け、馴染み深い空気を呼吸した。彼女の家はその地位を考えると質素なものだった。彼女は富や快適さを追い求めたことはなかった。家具は全てそのままで、あらゆる物が正しい位置にあった。静寂とくつろぎの場所、だが今夜は何かが間違っていた。誰かがいる。

 素早く彼女は居間の灯りをつけた。そこに、彼女のお気に入りの椅子に、四十年ぶりに見る顔の男が座っていた。タレム。彼は歳を経ていなかった。

 怒りが燃え上がった。「約束をお忘れですか、ディミーア? 私はしっかりと覚えていますよ。霊気へと送ってあげましょう!」

 その吸血鬼は偽りの謝罪に頭を下げた。「覚えておりますよ、判事様。詳細に渡ってね。そして私は徴収しにここへ来ました。明日、貴女はイゼット団からの窃盗に関する事件についてお聞きになるでしょう。被疑者は貴女にとって何の重要性もありません、そして貴女は彼が全くの無罪であるとわかるでしょう。それが、我々の取引の終わりとなるものです」


鍵達人のならず者》 アート:Winona Nelson

 冷たく、鋭い感覚がオーナの脊髄を走り降りた。何がが決定的に間違っている。「戯言はやめなさい。アゾリウス評議会の権限において、器物破損と不法侵入、そして判事へと強要を試みた罪であなたを逮捕します!」

 タレムは立ったまま、両手首を素直に差しだした。「勿論です、判事様。ですがまず質問に答えて頂けますでしょうか?」 彼の笑みはかつてよりも鋭かった。「お孫さんの姿を最後に見たのはいつになりますか?」

 その質問の的外れさにオーナは一瞬思案した。彼女は結婚したことはなく、子供もいない、孫など一人もいない。それは全くの見当違いだ......そして一つのイメージが、不意に彼女の記憶へと入り込んだ。

 彼女は少女を見下ろしていた、7歳ほどだろうか。よく知った瞳だった。自分の瞳だった。子供の自分が自分自身を見ていた、それが意味するものは......

 まるで頭蓋骨を大きな手で掴まれたように感じ、そしてそれは彼女を極寒の暗黒へと引き上げた。


 オーナはたじろいだ。「情熱、そうかもしれません。ですが能力は。御祖父様はあんな簡単な事件を無様に扱ってしまう事は決してありませんでした」 再び、彼女の本能が揺らめいた。彼は言葉の罠を仕掛けていた、そして彼女はそこに真っ直ぐ入って行ったのだった。

「能力はそうではない? ご謙遜を。貴女に良い知らせがあります。私の同僚に、非常に特殊化された専門の魔法を操ることができる者がおります。記憶を移し替え、死者が生者へと訓練できるというものです。提供者と受領者とが近しければ近しい程、手続きの成功確率は高まります。専門職を共有する祖父と孫という組み合わせの場合、驚くべき効果が得られるはずです」

 オーナは突然、自身の心臓の鼓動を大いに意識した。今耳にしていることは間違っているとわかっていたが、彼女はそれを求めているのだった。彼女はしばしの間、瞳を閉じていた。

「このようなものに対応する明確な判例はありません。ですが、相続法は極めて広範囲に定義されています」 オーナは興奮と緊張を感じた。そして彼女は早口で話した、主に自分自身へと。「記憶の修正に関する魔法は厳しく取り締まられていますが、このような取引による被害者はいないと思われます。御祖父様は既に死亡しています。御祖父様の判事としてのその経験が、非物理的取引製品であると主張できます。そして私は子孫としてそれを受け取る正当な権利があります。不愉快ですが、合法です。合法であると信じます」

 タレムは笑みを広げた。「お受けして頂けるかどうか不安でしたよ。もしお選びいただくなら、今夜その呪文を実行しましょう。お気をつけ下さい、貴女の記憶を少々変更をする必要があります。新たな記憶が確実に、潤滑に統合するために。それと、お支払いですが」


概念泥棒》 アート:Clint Cearley

 世界が渦を巻き、彼女の居間の光景が戻ってきた。

 オーナは床に崩れ落ちていた。頬が涙に濡れていた。「支払いはご好意を後程、そして私は頷いた」

「そうです、その通りでした。おやすみなさい、判事様。私も去ることにしますよ」


 心を決めるまで長くはかからなかった。全て、祖父の業績だったのだ。オーナは翌朝を、辞職願いと自白の公式声明を書くために費やした。そして今後利害関係が争われるであろう事例全てに向けて、自身に証言能力がないことを示すために書類事務を整理した。そして数年に渡って育ててきた若き弁護人、その一人を訪問した。

 今何を信じればよいのか、彼女が正しかったのか間違っていたのか、それが決まるまでには長い時間がかかるだろう。だがどちらにせよ、彼女は優れた弁護士を必要としそうだった。

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