MAGIC STORY

ドラゴンの迷路

EPISODE 07

追跡 その2

読み物

Uncharted Realms

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追跡 その2

Ari Levitch / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2013年5月15日


(その1はこちら

「来るべきではなかったのだ」

 その言葉はしばしの間、湿った下水道の小部屋、その黴くさい空気に漂っていた。

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 マダーラックは泥土の中で発見したミジウム製全身防護服と向かい合って跪いた。ヴィダルケンの随員カスタンは師の肩越しに、その落ち着かない言葉を発した全身防護服の釣鐘球形ヘルメットの奥を凝視していた。彼女は赤く輝く人間の顔、その燃える瞳をじっと見つめた。そしてそれは防護服の視界レンズの分厚いガラスの向こうから彼女へと視線を返した。

 マダーラックは人差し指でそのガラスを軽く叩いた。「エルノ・ズロド、でしょうか?」 年老いたイゼットの魔道士は尋ねた、その声にはかすかな切望があった。

 その顔はエネルギーの渦巻く雲となって消え、そして突然再び現れた。「私はもうだめだ」

 マダーラックは受信機をガラスへと掲げた。「これが貴方の所へ私達を導いてくれました。エルノ・ズロドを捜しています、三十年以上も前、実験室から姿を消したイゼットの薬術師を」

「私が皆を破滅させた」

 マダーラックは失望して素早く立ち上がり、泥を蹴った。カスタンは師に代わって、防護服の住人と顔を合わせた。彼女は両手でヘルメットを掴み、口を開いた。「貴方を助けに来ました」 一瞬の後、カスタンはそのミジウムが暖かくなるのを感じた。

「助けなど望めない」

「何があったのです?」 彼女は迫った。

 そしてカスタンの質問が何十年分もの圧力弁を開いたかのように、声が溢れだした。「私が設計した超過マナ焦点レンズは機能した。確かに。だが奴等と話した後、私はそれをいじくり回した」 瞬時にヘルメットの金属がひどく熱くなり、カスタンは手を放さざるを得なかった。「私は設計を変更した。何かが私をそうさせた。そして装置を起動した時、それは我々をこの場所へと連れてきた。私はどういうわけか、そうなるだろうと知っていた。だがどうやって? どうやって私はそれを知った? 奴等は私の精神を掴んでいた! そうに決まっている。私は病気だった。咳をして粘液を吐いていた! 奴等のせいだ。そして私達は見捨てられた。全員がだ!」

「奴等とは誰ですか? イズマグナス? それともディミーアですか?」 カスタンは周囲を見回した。「ゴルガリ? いったい誰が?」

「ゴルガリの奴等はもうここには来ない。あいつらは利口だ」

「では誰が? 誰が貴方を病気にしたのです?」

「生術師だ」

 カスタンは訝しげな表情をした。「シミックの?」

「私達がここに現れた時、私は、今の私の姿へと変身させられた」

「そのミジウム製全身防護服と反応する装置」 マダーラックが言った。「装置はどこに――」

「その変身は私の精神を明晰にし、私を癒した。そして私達は暗闇の中に放っておかれた。奴等は私を気にもしなくなった。私の新たな姿が理由だろうとしか思えない。だが奴等は私の随員のジョーラムを連れて行った。彼は既に変身を始めていた」

「何に変身を?」

「今はそんな事はいい」 マダーラックがぴしゃりと言った。「装置を見つけねばならん。貴方をここに連れてきたものは何処です?」 マダーラックは更に泥を選りわけた。大型の、ミジウム製の円筒が、下水の地面と全身防護服との間に刺さっているのが見えた。「これだ!」

「先生」 カスタンが言った。「今のは?」

 マダーラックは彼女を手招きした。「装置があったぞ」

「違います、先生。あれを」

 マダーラックは顔を上げた。小部屋の隅、影の中から、人影が立ってこちらをじっと見ていた。その人物は前へと踏み出した。その脚は人のものではなく、昆虫のそれだった。そしてもう二本の脚が。腰から上は人型をしていたが、甲殻に守られていた。そして恐るべき斧を携えていた。

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「もうだめだ!」 ヘルメットの中から声がした。

 影から同じ生物がもう一体、続いて三体目が現れた。彼らは一連の鋭い鳴き声で会話をした。その言葉はイゼットの魔道士達が知らないものだったが、彼らの知性が失われていないということはわかった。そして先頭の一体がマダーラック達へと斧を掲げると、彼らは突撃してきた。

 カスタンの手が、青みがかって弾けるエネルギーを帯びた。「先生?」 彼女は尋ねた。

「やれ」

 カスタンが両手を掲げると、電気が彼女の周囲に弧を描いた。彼女はそれを襲撃者へと放った。稲妻はその的を見つけ、外骨格に当たって三つの爆発音を発した。目標へと辿り着く前にその生物達は三つの生命なき殻となって地面に倒れた。カスタンは口を開けたままその場に立って、自身の破壊的な力に唖然としていた。

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 マダーラックは円筒を掘り出すべく悪戦苦闘していた。「急げ、手伝え」 カスタンは助けに向かい、彼らは協力してそれを取り出した。

 無数のカサカサ言う足音と区別不能のカチカチ言う声の合唱が小部屋に染み渡り、次第に大きくなり、見えざる重さとなって反響した。

「先生! まだ来ます!」

 マダーラックはその円筒を紐で背負い、一瞬、差し迫る贖罪という自分の世界にふけった。カスタンの声はどこか遠くから聞こえるようだった。何か重いものが肩に当たり、彼を現実へと引き戻した。「んっ?」 彼は本能的に何かが当たった所に手をやると、分厚いゼラチン質の塊に触れた。彼は目を見開き、上方へと伸びている影を凝視した。

 上方で何かが動いた。マダーラックが考えを巡らせる前に、それは彼の上にいた。イゼットの魔道士は突然、地面に押さえつけられた。形は人間であったが、がっしりとした不格好なものに。

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 カスタンは師を助けるべく動いたが、クロールの戦士達が何十体も小部屋になだれ込んできて彼女の前を塞いだ。彼女は囲まれていた。戻ることもできなかった。その両手から枝状にはじけるエネルギーの無常な光だけが、暗黒を切り裂いていた。

「もうおしまいだ!」 ヘルメットの中の声が、今一度宣言した。

 マダーラックは両手を解放しようともがいた、何かを、どうにか唱えようと。だがその変異体の身体はあまりに大きかった。それはマダーラックの顔を覗きこむと、口から半透明の青緑色をした球体を吐き出した。それは一瞬留まった後、ねばつく唾液の糸とともに滴り落ちた。マダーラックはその汚物を避けようと首をねじったが、それは彼の横顔に当たり、鼻孔と口をめがけて動き出した。

「ジョーラム!」 マダーラックは覚えのある声を聞いた。そして視界の片隅で炎が筋を描くのが見えた。それはミュータントを強打し、老人を解放させた。そして炎は人のような姿をとり、渦巻きつつミュータントに向き直った。

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 動揺することなく、マダーラックは手で顔に触れた。粘液が、鼻孔と口の端に達しようとしているのを感じた。彼が指から電撃を放つと、その一撃で粘液は縮こまって落下した。

 カスタンが無事だという唯一の手掛かりは、小部屋の向こう側で放たれる電弧だけだった。師と随員との間には無数のクロールがいた。ミュータントはエルノ・ズロドであったものを二つに引きちぎった。一瞬たりとも無駄にはできなかった。マダーラックは両腕を伸ばし、その両手から煮えたぎる熱い蒸気を噴出させると、それはミュータントを完璧に飲み込んだ。火ぶくれが表面に泡立ち、ぞっとする金切り声とともにそれは地面に崩れ落ちた。クロールは踵を返し、マダーラックへと向かってきた。そして彼がやるべきと考えたことは一つだけだった。

「イザック! イザック、来てくれ!」 巨体のサイクロプスを目指して走るマダーラックの声はかすれていた。彼は藻類に覆われた壁にもたれて座っていた。イザックがマダーラックの声に気付いていないようだったが、老人はサイクロプスを目にすると安心した。イザックの所へと辿り着いた時、彼はようやく一息つくことができた。呼吸を整えながらも、全速力で駆けたことと背負ったエルノの装置の重みで膝が震えていた。「来い、イザック」 マダーラックはイザックの手甲をはめた腕に掴まった。「ここから出るぞ」

 サイクロプスは動かなかった。

 マダーラックがイザックの腕を揺すると、その手の下でイザックの手甲は崩れ、赤褐色の塵の雲となった。彼は恐怖に飛びすさり、その様子を照らそうと明りを掲げた。光に照らされ、分解されつつあるサイクロプスの姿が見えた。ミジウム添加が腐食していた。肉体が露出していた場所は腐敗が始まっており、菌類が発生して芽吹いていた。

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 彼は後ずさって膝をつき、叫ぶ、もしくは吐くのをこらえた。ゴルガリはこの場所を接収していた、そして彼は暗闇の中の目を思い出した。彼らは腐敗農夫ではなく、監視者だったのだ。ゆっくりと、マダーラックは通路の暗闇にへと向けて明りを掲げた。

 暗闇の中の多くの目。その輝きは次第に大きくなってきていた。

 マダーラックはただ一人だった。彼といるのはただ、イザックの腐りゆく屍とエルノの――

 彼は慌てて背中の装置を下ろした。マダーラックは暗闇の中でもその音は聞こえること、ゴルガリギルドの者達が自分へと集まってきていることを知っていたが、気にはしなかった。彼にはやるべき事があった。僅かな時間で彼はイゼットの仕掛けを分析し、いかにして作動するかをその指と直観で知った。装置は突然唸り音とともに動き出し、マダーラックはそれを背負った。

 塵の雲が彼を取り巻き、そして瞬時に、彼は消えた。

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 塵が落ち着く前に、マダーラックは馴染み深いエネルギーの破裂と蒸気音、金属とミジウムの機械音を浴びせられた。彼は自分の正確な居場所は確かではなかったが、下水の最後の光景が一吹き消え去るとニヴィックス、イゼット団のギルド塔へと戻っていることは少なくとも確信していた。一瞬たりとも無駄にはできなかった。エルノの装置は機能した、そして彼はニヴ=ミゼットへと直ちに報告しなければならない。


 マダーラックはニヴ=ミゼットとの会合の後、私室へと戻った。彼の私室は実験室の片隅にある窮屈に囲まれた謙虚な囲い程度のものだった。彼は疲れきった身体から何層もの衣服をはがした。布は乾いた泥と腐敗物で硬くなっていた。彼はエルノの瞬間移動門を届けた後の竜英傑からの光栄な視線を思い出した。そして身を綺麗にして何か食事をした後、すぐにもう一度ギルド長と会うのだった。彼はしばし立ったまま、手の間に皺になった土だらけの上着を見下ろしていた。彼は額に皺を寄せ、下水と、それに続く言葉へと思考を巡らせた。「多すぎます、先生! 先生!」 多すぎた。どんな選択肢があった? そしてイザックも。ゴルガリは知っていた、彼らが見捨てた縄張りに何が隠れているかを。そこから脱出できるものは何もない。

 彼は拳を握りしめた。掴んだ布地が、何か硬いものを包んでいた。マダーラックは丸まった衣服を振り広げると、受信機が床に転がり落ちた。既にとても馴染み深くなったパターンで、光が脈動していた。

 それは扉へと向かって動き始めた。

 エルノではない。

 カスタン?

 マダーラックは汚れた衣服を引き寄せ、床から受信機を拾い上げた。ニヴ=ミゼット様がお待ちしている。そうでなくとも。マダーラックにとって、それはもはや問題ではなかった。彼は疲れていた、だが彼はシミックのよじれた実験体の元に随員を置き去りにしてはおけなかった。

 彼の目は、放棄されたエルノの実験室への道を打ち砕いて全ての始まりとなった、巨大な二足歩行の構築物を見た。それは元に戻されていた。構築物の足元にはその図面が広げられており、金属片と工具の小山が図面の隅を留め、巻き上がるのを防いでいた。マダーラックが自身の手による設計を認識したと同時に、彼はまた別の手によって――カスタンの手によって殴り書かれた図面に気付いた。彼は図面を見て、構築物を見て、そしてまた図面を見た。カスタンの修正は的を得ていた。それらは彼女の荒い筆跡のように実に単純に見えて、そして今まで彼の目を巧みに逃れていた。時間はなかった。動かさなければならない。

 彼は構築物の肩の上、運転席に登った。つまみを回し、スイッチを弾いた。魔力が構築物へと流入した。全てが正しく聞こえた。正しいようだった。これで、彼はカスタンを救うだろう。そしてもし失敗したなら、彼はあの呪われた施設全てを無と帰すだろう。

 最後の操縦桿を始動させようとして、手の甲で何かが弾けるのを感じた。もう一滴。それは並んだ計器の上に落ちた。彼はガラスを滑り落ちる、青緑色の粘る物質を見た。老人は青ざめ、そして手をかざしながら見上げた。何もなかった。彼の目は半狂乱で実験室の天井をくまなく見た。それでも何もなかった。恐怖が彼を襲い、そして彼は震える手で鼻に触れた。それを引き剥がして見下ろした時、彼の恐怖は本当のものとなった。

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