2021年10月10日

 

（編訳注：埋め込み動画は英語実況のものです。）

　すべてはこの一戦に。

　月並みな表現だが、これほど今の状況を言い当てる文章があるだろうか。フランスのジャン＝エマニュエル・ドゥプラ/Jean-Emmanuel Deprazと日本の高橋 優太が相まみえる、「第27回マジック：ザ・ギャザリング世界選手権」王者決定戦の舞台にふさわしい言葉が、他にあるだろうか。2020-21シーズンにおける精鋭の中の精鋭16名が、３日間にわたって繰り広げてきた激闘の果てに、『イニストラード：真夜中の狩り』ドラフト３回戦とスタンダード７回戦、そしてトップ４による決勝ラウンドの先に、この舞台がある――マジック世界王者の座に君臨する者を定める、２マッチ先取の決戦が。

 

　高橋は、あらゆる競技者が思い描きながらもほとんどの者が叶えられない夢を実現した。彼は今大会、『イニストラード：真夜中の狩り』ドラフトで行われた最初の３回戦をすべて落とし、トップ４入賞のためにはもう１試合も負けられない状況に追い込まれた。

　そう、高橋はその「１試合も負けない」という離れ業をやり遂げたのだ。

高橋 優太 - 「イゼット・ドラゴン」
第27回マジック：ザ・ギャザリング世界選手権 / スタンダード (2021年10月8～10日)[MO] [ARENA]

7 《島》 4 《山》 3 《凍沸の交錯》 4 《河川滑りの小道》 2 《ストーム・ジャイアントの聖堂》 -土地（20）- 4 《くすぶる卵》 4 《黄金架のドラゴン》 -クリーチャー（8）-	1 《消えゆく希望》 1 《棘平原の危険》 4 《ドラゴンの火》 4 《表現の反復》 3 《ジュワー島の撹乱》 2 《轟く叱責》 1 《否認》 2 《ゼロ除算》 1 《雲散霧消》 1 《プリズマリの命令》 1 《襲来の予測》 4 《記憶の氾濫》 3 《アールンドの天啓》 4 《髑髏砕きの一撃》 -呪文（32）-	4 《心悪しき隠遁者》 1 《消えゆく希望》 3 《バーニング・ハンズ》 2 《燃えがら地獄》 1 《プリズマリの命令》 1 《白熱する議論》 1 《環境科学》 1 《才能の試験》 1 《マスコット展示会》 -サイドボード（15）-

　この「イゼット・ドラゴン」で高橋はスタンダード・ラウンド７戦全勝を記録し、トップ４入賞を果たした。そしてそのまま最終日も勝利を重ね続け、この世界王者決定戦の舞台に上がった。「フェアリー」デッキやインスタント・タイミングの呪文を愛し、長年にわたり活躍するこの日本人プロは、自身４度目の上位入賞で初タイトル獲得を狙う。かたわらには、マジックの歴史の象徴を携えて。

 

　スタンダード・ラウンドの圧勝でここに来た高橋に対し、ドゥプラの道のりは長かった。

 

　彼も大会序盤に負け越しの状況から、なんとか這い上がってきた。こうして誰も予想していなかったデッキを持つ２人が決勝の舞台で相まみえるのは、新たなスタンダード環境にとって良い兆しだろう。高橋と同様に、ドゥプラは《黄金架のドラゴン》や《月の帳の執政》といったドラゴンに頼る「ティムール・トレジャー」を使い、ドラゴンとともに駆け抜けようとしている。

Jean-Emmanuel Depraz - 「ティムール・トレジャー」
第27回マジック：ザ・ギャザリング世界選手権 / スタンダード (2021年10月8～10日)[MO] [ARENA]

5 《森》 1 《山》 4 《岩山被りの小道》 4 《樹皮路の小道》 4 《河川滑りの小道》 2 《バグベアの居住地》 2 《ハイドラの巣》 -土地（22）- 4 《ヤスペラの歩哨》 4 《厚顔の無法者、マグダ》 4 《裕福な亭主》 2 《無謀な嵐探し》 3 《月の帳の執政》 4 《黄金架のドラゴン》 -クリーチャー（21）-	4 《レンジャー・クラス》 3 《ドラゴンの火》 2 《否認》 4 《エシカの戦車》 4 《髑髏砕きの一撃》 -呪文（17）-	2 《ケッシグの自然主義者》 2 《茨橋の追跡者》 2 《無謀な嵐探し》 4 《バーニング・ハンズ》 3 《絡み罠》 2 《軽蔑的な一撃》 -サイドボード（15）-

　20年ものキャリアを持つ高橋と比べれば、ドゥプラはプロ・シーンの新参と言えるだろう。だが彼もまた、これまで多くの経験を積み上げてきた。彼自身は多くを語らなくとも、そのプレイが経験の豊かさを物語っている。ドゥプラはグランプリ・ワルシャワ2017での優勝を機にプロの世界へ足を踏み入れた。それから１年の間にプロツアー・トップ８入賞を達成し、フランス代表として挑んだワールド・マジック・カップ2018では優勝を果たした。この短い期間で彼は、世界有数のプレイヤーになったのだ。

　そこからさらに２度のトップ８入賞を記録するとプロリーグでも着実に順位を上げ、ついにこの世界選手権でトップ４に入る存在になった。決勝の舞台には、過去に２度立っている。今度こそ優勝トロフィーを手にするときだ。

王者決定戦

　ドゥプラはこの試合、自身が不利であると見ており、高橋を打ち倒すには素早い動き出しが必要であると理解していた。開幕の第１ゲーム、ドゥプラはまさにその狙い通りにゲームを進め、高橋のライフを残り５点まで攻め立てながら《レンジャー・クラス》で巨大な狼を作り上げると、《月の帳の執政》で空をも制した。

　しかし、ドラゴンを擁するのは高橋も同じだ。《黄金架のドラゴン》に続き《くすぶる卵》も変身させると、さらに《マスコット展示会》でトークンの群れを生み出す。残りライフ５点は危険域だが、高橋は生き残るだけでなくゲームを勝ち取る道を見つけ出した。

 

　第１ゲームは高橋の思い通りの展開になったが、第２ゲームはドゥプラの側に天秤が傾いた。先手の優位と早い段階の《エシカの戦車》展開で、マナ不足の高橋を圧倒。この日本人プロにとって残念な結果になった。

　試合は第１マッチの勝者を決する第３ゲームへ。素早い動きはドゥプラのデッキの信条だ。《ヤスペラの歩哨》から《厚顔の無法者、マグダ》というスタートは、続くターンに《エシカの戦車》や《黄金架のドラゴン》につながる強力なものだった。

　しかし、迅速さにはリスクが伴う。そして両面カードの土地には、呪文の面もあるのだ。

　高橋の《ジュワー島の撹乱》がタップ・アウトで繰り出されたドゥプラの呪文を打ち消し、続く脅威も《棘平原の危険》が排除した。

　これでこのゲームの大勢は決まった。ドゥプラの攻撃は勢いを削がれ、高橋は17点ものライフを残してゲーム中盤へ向かうことができた。デッキを掘り進める時間を十分に確保した彼はドラゴンを２体引き込み、速やかに決着をつけた。

 

　これで高橋は、世界王者のタイトル獲得まであと１マッチに迫った。そして彼は、「全フォーマットで最高の２マナ域」と評する《くすぶる卵》で第２マッチの火蓋を切った。

　高橋が全勝で駆け抜けたスタンダード・ラウンドを通して、このカードは盤面を制圧する除去としてもゲームを終わらせる回避能力持ちとしても活躍した。《氷の中の存在》を彷彿とさる、完璧なコントロール向けカードだ。さらにドゥプラはマリガンで手札を５枚に減じており、このゲームは日本のスタープレイヤーのものになりそうに見えた。

　しかし、完璧な始まりが完璧な終わりにつながるとは限らない。高橋はそこから数ターンにわたり、土地の確保に苦労した。一方のドゥプラは４ターン目に《エシカの戦車》を繰り出すと、攻撃のたびにアドバンテージを膨れ上がらせていく。さらに勝負を決定づける《月の帳の執政》にも、高橋は打開策を見出だせなかった。

 

　ドゥプラは敗者側ブラケットを戦い抜いてここまで来た。もう下を向くつもりはない。彼は《ジュワー島の撹乱》に細心の注意を払い、高橋の除去を受けながらも《レンジャー・クラス》を着地させることに成功する。そしてついに高橋が両面カードを《ジュワー島の遺跡》としてプレイしたとき、ドゥプラは注意深いプレイが実を結んだと考えた。

　しかし、まだ終わりではなかった。

 

　巧みな罠で無事にアンタップを迎えた高橋は、盤面を制圧した。この重要な場面をものにした彼はそのままゲームを勝ち取り、世界王者戴冠まであと１ゲームとした。

　再び、試合は第３ゲームへ。ドゥプラにとってはもう負けられない１ゲーム。高橋にとってはタイトル獲得の最初のチャンスだ。

　第３ゲームは、高橋が《プリズマリの命令》で《厚顔の無法者、マグダ》を除去するという緩やかな立ち上がり。高橋はこの『ストリクスヘイヴン：魔法学院』の強力なインスタントをもう１枚放ち、《エシカの戦車》にも対応した。高橋が再び順調にゲームを進めているように見えたその矢先、ドゥプラは２枚目の《エシカの戦車》で盤面を築き直した。

　しかしここでも、土地が高橋を救った。《エシカの戦車》そのものは除去できなかったものの、《髑髏砕きの一撃》が搭乗に必要なトークンを焼き払ったのだ。これでドゥプラの機体は機能を停止し、高橋には《表現の反復》を唱えて体勢を整える余裕が生まれた。

　《表現の反復》は高橋に除去をもたらし、重要な局面で道を切り開いた。ドゥプラが息切れに陥った今、今度は高橋が脅威を繰り出す番だ。ドラゴンが飛来し、その後に続く《黄金架のドラゴン》の攻撃で高橋 優太はスタンダード・ラウンドの完全勝利を遂げた。世界選手権の大舞台におけるスタンダード11連勝の偉業は、彼に「第27回マジック：ザ・ギャザリング世界選手権」優勝の座をもたらしたのだった。

 

　こうして、高橋は世界選手権優勝の夢を叶えた。記録的な活躍ぶりで決して忘れられない勝利を見せてくれた彼の名は、マジックの歴史に永遠に刻まれることだろう。

 

　高橋 優太、第27代マジック世界王者戴冠おめでとう！

(Tr. Tetsuya Yabuki)