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グランプリ・北京2018

観戦記事

決勝:行弘 賢(東京) vs. Zhang, Zhiyang(中国)

伊藤 敦

行弘「『行弘システム』、ついにここまで来たわ」

 決勝戦が始まる前、フィーチャーエリアで準決勝を終えたばかりの行弘はそう切り出した。

 「行弘システム」とは、1stドラフトのピック記事でも触れた、『ドミナリア』ドラフト環境においてはルーザーカラーである赤をむしろ積極的に狙いにいく戦略のことだ。赤軸と緑軸の天秤……実際、行弘の2日目合計3回のドラフトデッキはすべて赤緑である。この戦略を駆使して、行弘はついに決勝戦にまでたどり着いたのだ。

 情報の拡散速度が速い現代において、デッキレシピをコピーすることで優位をある程度埋められるために差が付きづらい構築フォーマットと違って、ピックの背後にある思想や細かなシチュエーション判断の積み上げを容易には共有できないがために独自の戦略を練り上げることができればかなりの優位を勝ちとることができるリミテッドは、行弘いわく「最後の聖域」であった。

行弘「個人戦のグランプリトップ8、5年ぶりくらいなんだよね……頑張るわ」

 そんな行弘の対戦相手は、準決勝で松本を早々に倒して休憩に行っていた。そのプレイヤー、グランプリ・上海2011(英語版)をはじめとしてアジア圏で4度ものグランプリトップ8経験のあるチャン・ツウヤァン/Zhang, Zhiyangが、戻ってきて行弘の顔を見るなり複雑そうな笑顔を浮かべる。

チャン「......Nice to meet you.」

行弘「Yeah, nice to meet you. Revenge match!」

 この日、チャンは行弘とすでに一度対戦していた。2ndドラフト記事で取り上げた「魔の1番ポッド」で、八十岡をして「あのデッキは強かった」と言わしめるドラフトデッキを組み上げ、第13回戦で行弘を、第14回戦で八十岡をそれぞれ倒し、見事にスタンディング最上位でのトップ8入りを果たしたのがチャンだった (なのでデッキの評価Bは筆者の見る目がなかったと言わざるを得ない)。

 初日全勝で2日目を迎えた行弘にとっては、第12回戦の井上とともにこの大会でここまで土を付けられた2人のうちの1人である。行弘としても期するところがあるのだろう。

 すでに会場内のほとんどの場所では撤収が始まっており、空調も止まって蒸し暑さが疲労と相まって集中力を削ぐ時間帯となっている。だがこの決勝戦のテーブルで向かい合う2人は、「もういい、ここまでよくやった」とは決して言い出しそうにないほどの、飽くなき闘志を保ったまま座っているように見えた。

 彼らは何のために戦っているのか……決まっている。何かを証明するために戦っているのだ。

 行弘は、「行弘システム」と己のリミテッド観の正しさを。

 そしておそらくチャンも、己の強さを証明するために戦っている。

 互いのデッキをシャッフルし終えた後、ゲーム開始時の7枚の手札を取る際にチャンがお決まりの挨拶を投げかけた。

チャン「Good Luck.」

行弘「You too.」

 行弘も定型句で応じると、それがすなわち決勝戦開始の合図となった。

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決勝:行弘 賢(東京) vs. チャン・ツウヤァン(中国)

ゲーム1

 先手のチャンが《苗木の移牧》から《馬上槍》で攻め立てたのに対し、後手の行弘は《》を引けておらず、《》4枚を並べつつの《暴れ回るサイクロプス》が初動という芳しくない立ち上がり。これを見てチャンはターン終了前に《胞子の大群》で戦線を横に広げ、うち1体に《馬上槍》を持たせてフルアタックを敢行する。

 
チャン・ツウヤァン

 《馬上槍》を持った苗木・トークンをブロックした場合どんなコンバットトリックでも頼みの綱の《暴れ回るサイクロプス》を失ってしまう行弘は、1/1のトークンのみを止めて残り6点をスルーせざるを得ないが、またしても《》が引けずにやむなくフルオープンでターンを返すしかない。

 だが、チャンはこれに構わず再び全軍アタック。行弘も今度は《馬上槍》を持った苗木・トークンの方を止め、放たれた《不屈の意志》には《シヴの火》をきっちり合わせるのだが、ここでチャンはさらに2枚目の《不屈の意志》! しかもダメ押しに《メサ・ユニコーン》までもが追加される。

 返しのドローでも《》を引けなかった行弘は、速やかに盤面の《》の束を片づけるほかなかった。

行弘 0-1 チャン
 

 フィーチャーエリアの外側では、チャンの友人たちがゲームの行く末を固唾をのんで見守っている。

 地元北京でのグランプリの優勝を、異国のプレイヤーに奪われてほしくはないという気持ちもあるのだろう。

 いま、チャンは多くの地元プレイヤーたちの期待を背負った「英雄」であった。

ゲーム2

 そんなチャンだが、後手土地1枚で悩んでキープしたハンドで2ターン目までに土地を引けずにディスカードとなってしまう。

 対する行弘は3ターン目《炎矢師、ハラー》。とはいえ行弘もドローが土地ばかりなのか、何も追加で展開することができない。

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 それでも数ターンののちにようやくチャンが2枚目の土地を引き込んで出した《メサ・ユニコーン》にはしっかりと《シヴの火》を「キッカー」で合わせ、成長した《炎矢師、ハラー》でチャンに対応を迫る。

 チャンも一縷の望みにかけてこれに《ギデオンの叱責》を打ち込むのだが、《猛り狂い》を合わせられると潔く投了を選択するのだった。

行弘 1-1 チャン
 

 強さの割りに安く流れてくるカードを集めることで手順の得を積み重ねてデッキパワーのアベレージを引き上げる「行弘システム」は、確かに理に適ってはいるものの、そもそもリミテッドにおいて何らかのカード群の安さに依存する戦略は単純なパワーカードを集めるのと違って、常に破綻するリスクをはらんでいる。なぜならリミテッドにおけるカード評価は人によってまちまちであり、当然一周すると思って当て込んだカードが返ってこないなんてことなども頻繁に起こりうるからだ。

 しかし少なくともこの週に『ドミナリア』ドラフトに参加するプレイヤーたちは、赤が弱いのでなるべく入りたくないし、緑もアグロには組みたくないという共通認識を持っていた。初日のシールドで怪物プールを引いて全勝する幸運もあったとはいえ、行弘が3回とも全く同様のピック戦略で決勝戦まで勝ち上がってこれたというのは、それ自体このトーナメント時点における「行弘システム」の有用性を証明していると言えるだろう。

 リミテッドとは、可能性をデッキという現実に落とし込む競技だ。ならばリミテッドをこよなく愛する行弘にとって、未知の可能性を自分の思うがままにうまく現実に落とし込めた時が最も充実した瞬間となる。おそらく来週や再来週になったらもはや通用しないであろう「行弘システム」での優勝は、何にも代えがたい達成感を生み出すに違いなかった。そしてその未来は、もうすぐそこまで来ているのだ。

 サイドボードを終えた2人のシャッフルの音だけが会場に響き渡る。

 やがて、最後のゲームが開始された。

ゲーム3

 《エルフェイムのドルイド》からの好スタートを切ったチャンは、早くも3ターン目に《荒々しいカヴー》を「キッカー」でプレイ。行弘も返しで《炎矢師、ハラー》を送り出すが、ここでチャンは返しでサイドインした《叙爵》をエンチャント! 7/7警戒・先制攻撃・トランプルで行弘にわずか3ターンの対処期限を区切ると、さらに《馬上槍》までをも設置してターンを返す。

 一応《ケルドの略奪者》を出す行弘だが、《荒々しいカヴー》は止まらない。返すターンのアタックであっという間にライフは6、さらに《苗木の移牧》を「キッカー」で追加されてしまう。

 それでもここで行弘はデッキの切り札である《包囲攻撃の司令官》をプレイして対抗しようとするのだが、自分のターンにドローしたチャンはほぼノータイムで苗木・トークンに《馬上槍》を持たせつつフルアタック。

行弘「......How many cards?」

チャン「Two.」

 ブロッカーを割り当てるタイミングで、行弘は慎重に思考を巡らせる。このブン回りに、この上さらに1本目で見ていた《不屈の意志》を持っていたとしたら。

 勝てない。……勝てないのか? それを、それだけを行弘は考えていた。《不屈の意志》を切り捨てる判断をするかどうかを。だが、目の前にいる相手の余裕ぶりからして、持っている可能性の方が高い。でなければノータイムでフルアタックにはならないはずだからだ。

 しかし持っているとすれば、やはり詰んでいる。ならばやはり……

 意を決した行弘は、チャンに一切のコンバットトリックがない前提のブロックアサインを出し。

 そして数瞬ののちに公開された《不屈の意志》を見届けると、チャンに右手を差し出したのだった。

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行弘 1-2 チャン
 

行弘「あぁ~……しょうがないけど、悔しいな。」

 3本目で先手の対戦相手がぶん回ってしまったこと。《シヴの火》を引き込めずに2ターン目の《エルフェイムのドルイド》に合わせられなかったこと。《不屈の意志》を相手がきっちりと引き込んでいたこと。どれかがなければ、結果は変わっていたかもしれない。

 しかしこのままならなさもまたマジックであり、挑戦する限りチャンスはまた訪れると、行弘はすでに知っている。1か月後にはこの環境の答え合わせとも言えるプロツアー『ドミナリア』も控えている。ひとしきり嘆息した行弘は、先に会場を後にした友人たちと合流するべく足早に去っていった。

 

 そして、最後の一人。909人の頂点に立ったチャンには観戦していた友人たちが駆け寄り、次々と祝福の言葉を投げかけていく。

 トップ8プロフィール(英語版)で、チャンはこの『ドミナリア』ドラフトのコツについて、「デッキの最大値を高めることとサイドボードを駆使すること」と話していた。

 だがそもそもデッキの最大値を高めるためにはアーキタイプの完成形を知る必要があるし、適切なサイドカードをピックするためにはそもそもそのアーキタイプの弱点となりやすい部分をも知らなければならない。

 だからチャンが何より素晴らしかったのは、今回の『ドミナリア』ドラフトの各アーキタイプについてマニアックなカードも含めて誰よりも知識と経験を有していたという部分にあるのだろうと思う。

 『ドミナリア』の世界を隅々まで知悉したその英知は、まさしくこのグランプリ・北京2018という英雄譚の主役たるにふさわしい。

 グランプリ・北京2018、優勝はチャン・ツウヤァン! おめでとう!!

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