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2019ミシックチャンピオンシップⅤ(MTGアリーナ)

トピック

王者の神話的勝利

Corbin Hosler

2019年10月24日

 

 「王者の物語」というのはよくある話だ。ただ1つ、「すべてに勝つ」という目標を追い求めて、命を削る特訓に明け暮れる優れたアスリート。何千という時間、何年という月日を捧げて、早朝から深夜まで血のにじむような練習を重ね、それでも届かないかもしれない頂点に向かって必死に手を伸ばす。そして本当にひと握りの幸運を掴んだ者は、口を揃えて言う――これまでの人生すべてが、その一瞬のためにあったのだと。

 だが「その先」について語る者は多くない。

 野球界のレジェンドであるベーブ・ルース/Babe Ruthは、かつて「昨日のホームランは今日の試合に勝たせてくれはしない」との言葉を残した。優勝トロフィーも、王者の肩書も、大判の小切手も、そこへ至るまでの人生におけるモチベーションも、頂点に立った瞬間から「過去のもの」になり、今日の試合に勝たせてくれはしない。

 世界王者ハビエル・ドミンゲス/Javier Dominguezは、そのことをよく理解しており、恐怖していた。

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ハビエル・ドミンゲス。2019ミシックチャンピオンシップⅤ(MTGアリーナ)トップ8プレイオフにて
 

「さまざまなゲームで何度も、そういう王者の姿を見てきた。それが自分の身に起こるのがとても怖かった」

 世界選手権2018の優勝から数か月経った頃に、彼はそう漏らしたという。

「勝った後にモチベーションが保てなくなり、プレイし続けられなくなるのが怖かったんだ」

 初めての大型大会優勝より難しいことは、ただ1つしかないと言われる――2回目の優勝だ。だがドミンゲスは先週末にアメリカ・カリフォルニア州ロングビーチにて行われた「2019ミシックチャンピオンシップⅤ(MTGアリーナ)」にて驚異的な活躍を見せ、そしてジャン=エマニュエル・ドゥプラ/Jean-Emmanuel Deprazとのスリリングな決勝を制し、先人たちの多くが成し得なかった偉業を果たした。頂点に立ったのちにまた一から歩み出し、再びマジック界の頂点に登り詰めたのだ。

 それは、情熱を持って取り組んできたひとりの競技者にとって感動的な瞬間だった。

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2019ミシックチャンピオンシップⅤ(MTGアリーナ)の優勝トロフィーを受け取った瞬間、泣き崩れるドミンゲス。
 

 多くの者が得られなかった成功を、彼はいかにして掴んだのか? 彼は初めから秘訣を知っていた――それは優勝タイトルや、舞い散る紙吹雪、噴き上がる花火、サインを求める声、称賛、そういったものを求めることではない。

 常にマジックとともにあること。ミシックチャンピオンシップと世界選手権の優勝トロフィーをともに持つ数少ない選手として、記録にその名を力強く刻みつけた後でも、それは変わらない。ハビエル・ドミンゲスは、変わらずハビエル・ドミンゲスであり続ける。ただ彼の家のショーケースを彩る金物が1つ加わっただけだ。

「勝ったからといって私自身の人間性は変わらない。もちろん嬉しいけれど、大会を終えて『ベストを尽くした』と実感できることの方が大事だ。(世界選手権で)優勝した直後は、モチベーションを失ってしまうことが怖かった。でもそうはならなかった。私が掲げるただ1つの目標は、ベストな私に挑戦し続けることだ。終わりのない目標だが、それがいい」

 それにしても、ドミンゲスの活躍ぶりには目をみはるものがある。世界選手権2017で準優勝、2018年の同大会で優勝を果たすと、2019ミシックチャンピオンシップⅡ(ロンドン)ではトップ8入賞、そしてMTGアリーナで行われるミシックチャンピオンシップへの参加2回目にして優勝トロフィーを手にした――それらすべてが、わずか24か月の間に成し遂げられたのだ。その輝かしい実績は、黎明期のランディ・ビューラー/Randy Buehlerや1990年代後半のカイ・ブッディ/Kai Buddeといったマジック界のレジェンドたちと比べても引けを取らず、プロ・プレイヤーがチームを組み、情報が共有される現代においてはまずお目にかかれないものだ。

 ドミンゲスは、「常に自問し続ける」ことこそが自身の成功の要因だと考えており、過去の成功は未来の成功を保証するものではないことを理解している。そんな彼だから、偉大なプレイヤーの多くが成し遂げられなかった偉業を達成するなら、何よりも自分を信じなくてはならなかった。

 あるいは彼が言うように、「自分に課していたルールを守るのを止め」なくてはならなかった。

 グルールの得意なことと言えば、あらゆるルールを破ることだ。(「『グルール』を強調してくれよ、そこが重要だから!」と、満面の笑みで念を押すドミンゲスであった。)

「この週末は我ながら大胆だった。もともとは《不屈の巡礼者、ゴロス》デッキを使うつもりだったけれど、このデッキは攻略される側の立ち位置で、きっとみんなが倒し方を見出してくると感じた。ゴロス・デッキはかなり練習を重ねて、うまく使える自信はあった。でも最終的には、リスクを取ってでもゴロス・デッキと相性の良いものを使うことにしたんだ。リスクが大きいのはわかっていたが、その分見返りも大きいと思った」

 事実、見返りは大きかった。「グルール・アグロ」を手にした選手で2日目へ進出したのはドミンゲスただ1人だったが、その選択はトップ8によるプレイオフで完璧に報われた。彼は勝者側ブラケットのセミファイナルでドゥプラの「バント・ゴロス」を打ち破り、そしてグランドファイナルでも再び倒してみせたのだ。

 宝剣を信じよ。

 

 時間はかかったが、ドミンゲスは「王者」としての立場に慣れていった。ミシックチャンピオンシップで優勝する以前も、彼のことを世界最高のプレイヤーだと評するプロは(MPL選手を含め)複数いた。ドミンゲスは「狙われる側」になっていることを自覚しており、世界選手権2019でも優勝候補の一角として取り挙げられるであろうことを知っている。だが世界選手権で優勝しても彼は変わらなかったのだから、何が起きてもハビエル・ドミンゲスはハビエル・ドミンゲスであり続けるだろう。

 ドミンゲスという男は、勝つこと以上にマジックそのものを愛している。それは、マジックでの勝利を得た直後に発した「その先」の話からも明らかだ。

「1つの大会が終わったら豪華なディナーでもいただきたいところだけど……」と、彼は笑顔で言う。「でも今回は、この後帰って来週のプロリーグの試合に備えるつもりだよ」

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2019ミシックチャンピオンシップⅤ(MTGアリーナ)のトロフィー授与式にて、束の間の静寂にひたるドミンゲス
 

 対戦相手はしっかり備えてくるだろう。ならばこちらも万全を期す。それがハビエル・ドミンゲスなのだ。

(Tr. Tetsuya Yabuki)

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