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ストーリー

Magic Story -未踏世界の物語-

「目」での天啓

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「目」での天啓

Kelly Digges / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2015年10月14日


前回の物語:ニッサの決断

 ジェイス・ベレレンは戦士ではない。彼がゼンディカーを訪れた目的は一つの謎を解くこと:この次元の浮岩、面晶体がいかにしてエルドラージを閉じ込めていたのか、そしてそれらをどう使用し、ゼンディカーに残る巨人ウラモグを捕えるのか――もしくは殺すのか。

 海門の陥落でそれらに関わる知識は全て失われ、ジェイスは面晶体のネットワークの中心、ウギンの目への危険な旅を行うことを強いられた。ジェイスはかつてそこを訪れており、迂闊にもエルドラージの解放に手を貸してしまった。今、彼は目へと戻り、ゼンディカーの面晶体の謎を解き明かさねばならない。

 もし、それまで生き延びられればの話だが。


 ジェイス・ベレレンは靴の先を尖った岩に差し込み、押しこみ、伸ばし、痛む指でかろうじて次の手がかりを掴んだ。

 これははっきり言って彼の得意分野ではなかった。風が彼を覆うように外套をはためかせた。下は見なかった。

 高い所は平気なほうではあったが、自分がしがみついている崖の高さは理解しており、そして下を見ても有用な情報は何も加わらなかった。そしてどのみち、確かな注意を払うことは理にかなっており、この高さから落下したなら確実に、遥か下の地面に身体を飛び散らせて死ぬ......だから下は見なかった。


そびえる尖頂》 アート:Florian de Gesincourt

 この崖の頂上に、ジョリー・エンの心から引き出した地図が正しければ、尖った火山性の岩と危険な峡谷が広く続くアクームにしては平らな地面がある。タクタクの部族のゴブリンがこの地域のどこかに生息している、もしくは生息していた、エルドラージが覚醒する以前には。アクームの歯と呼ばれる山峡地帯からエルドラージの始祖三体が物理的に出現し、風景は変化していた。そしてジェイスのかつての経験もジョリーの知識も、道案内にはならなかった。助けが要った。タクタクと彼の部族の助けが。

 じりじりと、手がかり一つまた一つと、ジェイスは岩の表面に自身を引き上げていった。ついに、両手が痛む中、彼は崖の縁を越えて上に身を放り出して――

――そして一体のエルドラージに直面した。

 エルドラージとしては小型だった――多分彼自身と同じほどの大きさだろう――そしてその空白の、白骨の顔が目の前わずか数フィート先にあった。彼は後ろによろめいたが踏み留まり、片足が奈落に揺れた。彼は横に転がり、手と膝を駆使してその接触が届く範囲から離れた。


回収ドローン》 アート:Slawomir Maniak

 そのエルドラージは彼を見つめており、目のないその顔は彼の動きを追って回転した。そして突進してきた。

 ジェイスは立ち上がり、幻影の守護者を召喚した。エルドラージの心はその顔と同じように空虚で、彼がいつも振るう小技は一切通用しないように思えた。睡眠の魔術は眠らないものには何も成さなかった。不可視の魔術は目を持たない怪物には無益だった。彼の幻影ですら、これらの別世界の敵に対してはひるむようだった。

 そのエルドラージは彼の幻影を紙のように引き裂き、前進し続けた。

 更に何度も、ジェイスは更に確固とした幻影を呼び出した。更に何度も、彼はその生物を混乱させて逃げる時間を稼いだ――実体のある、もしくは音を立てる幻影を試し、エルドラージの狙いを誤らせた。時間はなく、そして登攀で疲労し、彼にできた事は尖った二本の岩の間に自身をねじ込み、しこたま蹴りを放てることを願うだけだった。

 打ちつける音が一発、そして眩しく青い光がひらめいた。エルドラージはよろめき、ジェイスは瞬きをした。何が......?

「やなやつ、死ね!」 彼の左から声がした。

 エルドラージはその骨の頭を――もしくは目のない頭と同等のものを――回転させて見た。その瞬間、太い棍棒が何もない頭に叩きつけられた。磁器を砕くような音がして、肉質の粘体を弾けさせ、そのエルドラージは倒れた。

 ジェイスが岩越しに隣をのぞき見ると、ゴブリンが一体うずくまり、耳まで裂けるほどの笑みを浮かべていた。この世界に戻ってから見てきたほとんどのゴブリンと同じように、彼女もまた頭頂部に重そうな金属を成長させていた。彼女は重い籠を背負い、石の棍棒を一本持っていた――違う、棍棒ではないとジェイスは気が付いた、そして籠でもなかった。すりこぎとすり鉢。そのゴブリンは彼の腰ほどの背丈しかなく、だがこれを持ち歩ける彼女はとても力持ちに違いなかった。


面晶体の掘削者、ザダ》 アート:Chris Rallis

「こんにちは!」 そのゴブリンは言った、喜びすぎだと彼が思ったほどに。「一人旅は危ないよ」

 彼女はすりこぎで岩をこすり、骨の破片とエルドラージの脳から飛び出た何かを削ぎ取った。ジェイスは今はまだ彼女の脳内を漁るつもりはなかった。それは友好関係を損なうことになるために。

「助けてくれてありがとう」 彼は言った。「今の、どうやったんだい? エルドラージに」

「あー、あいつらの頭蓋骨は簡単に砕けるの、あんたのそれと同じくらいね」 そのゴブリンは言った。そして自分の頭頂部を手で叩き、鳴らした。「私のよりもちょっと簡単には」

「その前だよ。呪文? それともそういう何か?」

 反応して、彼女は何かを無くしたかのように周囲を見渡し、次に叫んだ。「ああ!」 そしてジェイスには小さな岩のように見える何かを拾い集めた、いや――岩ではない。ゼンディカーの魔法の石、面晶体の欠片だった。

「面晶体は魔力を千年保つ。必要ならもっと短くできる」 彼女は言った。「これはほとんど使いきられてたけど、使える分は削り出せる」

 くくく、と笑って彼女はすり鉢へと面晶体を投げ込んだ。そして上の空のようにそれを叩き始めた。火花が散り、弾ける音がした。

「この大きさのはあんまり語ってくれない」 ザダは言った。「面晶体は皆、深くて暗い穴みたいなもの。いい素材で埋めてあげられる。空にもできる。よく知るための道は一つだけ、飛びこむこと」

「なるほどね。んー......それはともかく、俺はジェイス」

「板岩安息所のザダ」 ゴブリンは言った、まるでそれで全てを説明するように。

「タクタクを捜してるんだ。彼を知らないか?」

 いかなる理由か、ザダは吼えるような大声で笑った。

「死んだよ。石みたいに完全に、そう言ってもいいかな」

 彼女は再び笑いだした、だが無感情のジェイスに、息を切らしてそれを止めた。「あいつは岩でできてたって知ってるよね」

「何があったんだ?」 ジェイスは尋ねた。

「私が食べた」 ザダは言った。

 ジェイスは一瞬、恐ろしい共食いの儀式を想像した。だがタクタクについて彼女がたった今言ったことを思い出し、単純にありえないとその恐怖の主張を押しやった。

「君が何を?」

 ザダは再びにやりと笑い、異様に大きな穴だらけの歯列を見せつけた。

「私が、食べたの、あいつを」

「彼は岩でできてる、って言わなかったか?」

「ん。あんたはゴブリンをあまり知らない、そうじゃない?」

「まあ知らないな。どうして彼を食ったんだ?」

「私達は面晶体や他の魔法の石を見つけると、削って食べる。そうすれば強くなる。タクタクがそうさせてた。だけど気付いたの、タクタクは何よりも強い魔法の岩だって......」

 彼女は肩をすくめて腹部を叩いた。

「それは......変わった感じの感覚だな」

「ありがと!」

「んー......ともかく」 ジェイスは言った。「俺が本当に探しているのは、ウギンの目だ。前にそこへ行ったことがあるけど、何もかもが変わってしまったみたいだ」

「なんで?」

「エルドラージを止めるために。面晶体のネットワークについてもっと知らないといけない。ウギンの目がその中心なんだ」

「中心だった、だよ」 ザダは言った。「ぐちゃぐちゃになってて、中心なんてないよ」

 彼女は溜息をついた。

「でも道案内はできると思う、それが大切だってあんたが思うなら」 彼女はそう言って、ついて来るよう合図した。「でも何があるかは全然わからないよ。ここを登ればいいんだけど......」


 数時間の厳しい徒歩の行程で、ザダは「目」へとアクームの危険な尖塔の間を抜ける曲がりくねった小道を進んだ。エルドラージを避けるべく、二人は二度引き返した。そして乱れた風景にザダですら少々迷った。歩く間、ザダはずっと面晶体の性質について喋り続けていた。それらが実際にエネルギーを貯蔵しているのか、もしくはエルドラージに対して今もそれらのエネルギーを操作できるのか、ジェイスはわからなかった。少なくとも彼はそう学んでいた。

 やがてザダはある洞窟の入口を彼に示し、そして別れを告げた。

「君は来ないのか?」 ジェイスが言った。

「まさか」 ザダは返答した。「誰も入らないよ。あるのはよくない魔法と確実な死。幸運を!」

 彼女が岩を跳び越えて去ると、ジェイスは不吉で角ばった洞窟の入口に向き直った。確実に自然の石ではなかった。

 彼は注意深く下り、壊れた巨大な面晶体の間を縫うように歩いた。その場所は静かで、命なく、前回の訪問の時に満ちていたかき鳴らすような力はなかった。広大で壊れた空間に、彼の幻影の明かりは奇妙な影を投げかけた。もし「目」が死んでしまったなら、それを生かしていた何らかの力が失われたなら、全く何も学べないかもしれない。


ウギンの聖域》 アート:James Paick

 前方を冷たく、青白い輝きが照らし出していた――目の錯覚だろうか? 彼は自分の明かりを消した。そう、輝きがあった。それは――何を意味する? 目に何かの生命が残っているとでも? それとも他の何者かが既にここに?

 今や彼は慎重に、ほんの僅かな明かりだけで尖った面晶体の欠片の下り坂に足を進めた。歩くごとに、周囲の石は更に秩序立った――その表面と魔法文字は修復されており、列は規則正しくなっていた。

「戻ったか」 声がした。それは滑らかで力強く、周囲の石から轟くようだった。「おぬし一人だけで来て欲しくはなかったのだが。我が準備はまもなく終了する」

 一つの姿が巨大な空洞の影から現れた。角がきらめき、翼が広げられ、巨大なドラゴンがわずかに滑空して向かってきた。ジェイスは一歩後ずさった。鼓動が高鳴った。ボーラス?

 違う。ボーラスではない。このドラゴンは、ジェイスが先程見た柔らかな光で内から輝いていた。

 その巨大な姿が翼を伸ばし、彼の目の前に落ち着いた。

「ふむ」 ドラゴンが言った、顔をしかめながら。「我が待っていた者ではないのか」

「それは俺も同じです」 ジェイスは言った。「あなたは何者ですか?」

 そのドラゴンは彼をまじまじと見た。

「この場所の名を知っておるかね?」

「知っています。ですが、俺が何を予想していたのかは言わないで下さい。あなたの名は?」

 ドラゴンは歯を見せないまま笑った。

「よかろう」 そのドラゴンは言った。「我が名はウギン。この場を築く手助けをした。遠い昔のことだ」

 ウギンは遠い昔に死んだとジェイスは想像していた、そもそもウギンが生物だったならば。それでも彼はここに、輝く肉体を持って存在している。ジェイスはこの偉大な存在の精神を読み、その話を確かめようとした。だが彼の精神は水晶の壁のように滑らかで目がくらむほどだった。


精霊龍、ウギン》 アート:Chris Rahn

「俺は、ジェイス・ベレレンと言います。面晶体のネットワークを学ぶべくここに来ました。それを作った方にお会いできるとは思っていませんでしたが」

「おぬしはかつてここにおったな」 ウギンは言った。それは、不幸にも、問いかけではなかった。

「あ......」 ジェイスは声を出した。「はい。以前に。あの時は......まずいことになりました」

「おぬしがエルドラージを解き放った」

「俺は――」ジェイスは言った。「その通りです。俺達三人がです。戦いました。小部屋が――」

「わかっておる。おぬしと、紅蓮術師と、龍語り。プレインズウォーカー達が。おぬしらが目を開いた」

......彼はいかにしてそれを知ったのだろう?

「俺達の失敗ではありません。俺達は――」

「操られていた、いかにも」 ウギンは言った。「もう一体の龍のプレインズウォーカー、我が宿敵――」

「え、あ......」

「――ニコル・ボーラス。知っておるのかね?」

「知っています。あいつが俺を操作したのは、これが初めてではありません」

「そういう輩だ」ウギンは言った。

「何故ですか? 何故あいつはエルドラージを解放したがったんです?」

「それは」 ウギンは言った。「優れた質問だ。答えるためには我も相当な時間や知識を駆使せねばなるまい。だが今我等がやらねばならぬのは、十中八九まさにボーラスが我等に求めたことに他ならない。エルドラージに集中するということだ」

「急いだ方が良いのは確かです」 ジェイスは言った。「エルドラージの巨人の一体が今も、海門へ向かっています」

「海門とは?」 ウギンが言った。

 ジェイスは固まった。

 強大なるウギン、目の創造主が......ゼンディカー最大の都市を知らないのか?

「どれほど長くここから離れておられたのですか?」 ジェイスは尋ねた。

「長い時代だ」 ウギンは言った、その言葉の文字通りの意味を感じさせる声色で。「我は封じ込められていた。海門とは?」

「タジームの沿岸にある、文明と知識の中心です。面晶体についての知識が集められていましたが、エルドラージによって失われました。今、ウラモグが向かっています、そこに集まった生存者を食らうために」

「エルドラージの精神の何らかを把握していると決めつけぬことだ。ウラモグは目的をもって向かい、必ず目的を遂げる」

「ですがエルドラージは生命の集まる所へ引き寄せられる、そうではないですか? その行動には論理があります」

「その通り、確かに」 ウギンは言った。「生存者達がその海門に集結しているのであれば、ウラモグはそれらを求めるであろうな」

「それを止めるんです」 ジェイスは言った。「力を失わせて、殺します――何があろうとも」

「ウラモグを殺すことは叶わぬ」

「でしたら、止めます。何であろうと、今すぐ行動する必要があるんです。人々が死んでいます。何かしなければいけない、そしてあなたの面晶体の力のおかげで、次元全体の力線を操作できます。どう思われますか?」

 ジェイスはマナを集めはじめた。知識が流れこみ、そして深く冷たい流れの感覚があった。

「我には仲間がいた、古く、強力な者達が。二人の力を得て、この世界にエルドラージを封じた。何千年も前のことだ......彼らは力を貸してくれた。おぬしは面晶体の本来の目的を理解し始めておる。エルドラージを封じることができるのだ」

「それで、その時はどうなったのですか?」


面晶体の記録庫》 アート:Craig J Spearing

 ドラゴンは身動きをした。立ち上がった。そして、ジェイスもまた感じた、自分達は全くもって同じ側にはいないのかもしれないという厄介な感覚を。

「完璧であった」 ウギンは言った。「おぬしらが解放するまでは」

「お許し下さい」 ジェイスは言った。「何も知らなかったに等しい三人が、あなたが見積もった防護を突破した。偶然にも。俺も、それを知った所で何の慰めにもならないんです」

「偶然ではない。それは注意深く企てられておった。問題となるのはおぬしらの行動だけ、そう考えて誤るでない」

「あなたは同じ間違いをしたのではないですか? あなたは誰もエルドラージを牢獄から解放したいと願う者はいないと考えた。ですがボーラスは願った。そしてエルドラージを解放したいと思うなら、あいつは再び同じことを計画してのけます」

「おぬしはまたも決めてかかっておる。ボーラスが何かを求める時には、それは既にほとんど達成されているからこそ全くもって可能なのだ。そしておぬしが言う通り、人々が死んでいる。不可能を追求する我等は愚かかもしれぬな、達成したところでそこには欠陥があると信じているものを」

「お言葉ですが、不可能なんて馬鹿げたことを仰らないで下さい」 ジェイスは吐き捨てるように言った。「あなたは面晶体について俺よりもずっと多くをご存じだ。それなのにあなたは俺達ではできない事ばかりを口にされる。もっと良い考えはないんですか? 聞かせて下さい!」

 マナの奔流があり、巨龍から呪文が放たれた――だが攻撃ではなかった。幻影。散在する結節のネットワークと、眩しく白い光で描かれた緩やかにうねる線。ジェイスはそれが広がるに任せた。

「面晶体のネットワーク」ウギンは言った。「かつての形だ」

 ドラゴンの声は増幅され、轟き、部屋の壁を成す尖った岩一つ一つの内にこだました。その図は次第に拡大し、中心には鮮やかな輪が悪意を持つように潜んでいた――ウギンの目。ジェイスはそれを覚えようとした。だが多すぎた――あまりに広く、あまりに複雑で、一つの結び目すら百の人生を繰り返しても解けそうになかった。ウギンが作り上げたその結び目を。

 そして変化した。結節が移動した。幾つかは消失した。緩やかに曲がる力線は――そう、それらは力線だった――変化し始めた。数秒のうちに、ネットワークは混乱し、狂った。

「面晶体を作り上げた石術師は長いこと姿を見せておらぬ」 ウギンは言った。ドラゴンの周囲に更なる幻影がひらめき、幅広の笑みと鋭い目つきのコーの女性のイメージが複数現れ、そして消えた。「死んだのか、それはわからぬ。彼女が不在となり、面晶体は動いた。そして......おぬしらが現れた。エルドラージは覚醒し、その血統はゼンディカーに放たれた。だが我が安全装置はこの場に残り続けた。エルドラージは未だ放たれてはいなかった」

 更なる変化。秩序。ネットワークは自己修復した。結節は曲線の中に自ら戻り、そして線となった。穏やかに輪を描く、広大無辺に組み合わさった罠の類が、硬直し、束ねられ、強化された。恐怖すら感じる難解な幻視に、ジェイスは動けず立ちつくした。顔をそむけられなかった。


》 アート:Vincent Proce

「ネットワークは設計された通りに、エルドラージを拘束しようとした」 ウギンは言った。「更なる邪魔がなければ、成功する筈であった。何者かが――それとも、それもおぬしの仕業か?――最後の鍵を開け、最後の安全装置を壊した」

 図は砕け、結節は散り散りになった。力線は途切れた。中央の「目」は暗くなり、そのためジェイスはその先にウギン自身を見ることができた。

「保ち続ける面晶体のネットワーク」ウギンは言った。「それこそ我等が成したものだ、ベレレンよ。力の極致にあった我等プレインズウォーカー三人をもってしても、かつ面晶体が完全な働きをしたとしても、エルドラージの巨人は倒せなかった。おぬしらと我がこの悲しき残骸で何ができるというのだね?」

 ジェイスは歯ぎしりをした。もう沢山だ。沢山だった。

「あなたは抽象的な話しかしていない」

 彼は対抗呪文を放ってウギンの幻影を引き裂き、自身のそれを幾つか送り出した。繁栄する海門、エルドラージが覚醒してすぐ後にジェイスが訪れた頃の。数週間前にいた生存者の宿営地、同じ学者達が数を減らしながらも希望を持ち、炎の周りに集まる様子を。人々を鼓舞するギデオンを。大地と交信するニッサを。


払拭》 アート:Chase Stone

「ゼンディカーは解かれるべき謎ではない。場所なんです。誰かの故郷なんです。そしてそこにいる人々は今も世界のため戦っていて、そして自分達を殺すものを倒す手助けを願っている」

 彼は苦難の光景を見せた――失った者を悼む家族を、ウラモグに蹂躙された風景を、そして空や海にまでもエルドラージの脅威が満ちる様子を。

 ウギンは首をかしげた。部屋の面晶体構造は溶け去り流れるように見えた。モザイク式模様と化したドラゴンが壁から彼を嘲っているかのようだった。

「何と確かな意思、そして何と若いことか」

 図が再び広がり、ジェイスの幻影と混じり合った。そして再び変化した――修正された、現在の状況が許す限り。結節の数は少なく、曲線は先程よりも鋭かった。一つのパターンがあった。絵文字のような――円周の等間隔に三つの点を持つ円。彼はその絵文字を見たことはなかったが、即座に理解した。力線。もしもゼンディカーの力線がこの形状になれば......

「エルドラージを閉じ込めることができる」 ウギンは再び言った。「おぬしは蠅か何かのようにそれらを殺そうと言う。それはすべきでない――そして、できぬ」

「できない、とは言わないで下さい。何をするか、しないかを言って下さい。奴らを殺すのも、捕えるのも......無意味です。その全部です。俺はあいつらを止めるためにここに来た。あなたもでしょう、違いますか?」

 ジェイスの幻影が流れ、意思とは裏腹に変化し、面晶体ネットワークの広大な模様に包まれた。

「あなたの面晶体の知識と、俺の、地面に足のついたゼンディカーの知識。海門と呼ばれる場所の知識。人々の知識と、救うに値する理由だ」

「救うに値する理由などと、我に説教するか」 ウギンはその声を轟かせた。「危機にあるのはこの世界だけではない――今この瞬間に生きる者よりも多くが確実に。おぬしはウラモグの脅威と言う。だが、あれは三体で来たのだ。それを忘れるでない。エルドラージが囚われぬ限り、多元宇宙全体が危機にある。そのために我はここに、救うためにおるのだ、ベレレンよ。多元宇宙、その広大な時間と空間の全てをだ。おぬしが食卓を囲む者達を、ではない」

 ドラゴンと図は一つとなり、ぼんやりと不気味に輝いた。線と結節、翼と角、面晶体の形状、そして中心に輝く、輝く目。その凝視にジェイスはよろめいた。

「ウギン、俺にできることを教えて下さい。ウギン、どうやれば力になれるかを教えて下さい」

 目が脈動した。ジェイスの意識が薄れ始めた。

 そして消えた。ウギンの幻影も、ジェイスのそれも、全てが一度に消えた。部屋とドラゴンだけが残っていた。

「真にそれを望むか?」

「そのために俺は来たんです。俺はエルドラージの解放に加担しました。奴らを止める役割を持てるなら、やります」

「最初に言ったが、おぬしは我が待っていた人物ではなかった」ウギンは言った。「我が仲間、数千年前にエルドラージを捕えるべく我を援助した二人は......ここにはおらぬ。一人は行方知れず、もう一人に彼女を追わせた。以来どちらの消息も知れぬ。至急、彼らをここに呼ぶ必要がある。ソリン・マルコフという名のプレインズウォーカーを知っておるか?」


アート:Igor Kieryluk

「いえ。何故俺が知っていると思われたんです?」

「あの者とはこの場所と繋がりがあったために」 ウギンは言った。「あの者は我が昔からの仲間、その故郷の次元イニストラードの君主を自称しておる」

 リリアナが好んで通う次元の一つ、だがジェイス自身訪れたことはなかった。

「そこは聞いたことがあります。そこで自分でその仲間を見つけろという事ですか」

 あなたは思い違いをしている、彼は思った。だけどそう言うんでしょう。

「その通り」 ウギンは言った。「ソリンは我らの行動に必要不可欠な存在だ。もし力を貸したいと求めるならば、彼を探し、ここに連れてくるがよい。だが......信頼してはならん」

「どういう意味です?」

「あの者は大義を語るものの、自身は身勝手な生き物ということだ。ゼンディカーと戦ったのも同情ではなく、長い意味での自衛本能を働かせたゆえだ。もしも更なる火急の問題にかまけているのであれば、あの者の優先順位は我等のそれとは一致せぬであろうな」

 それは長命のためか力のためなのかはともかく、ジェイスは気付いていた。古からのプレインズウォーカーには共通点がある......皆完全に狂っていると。

「あなたのもう一人の仲間については?」

「ナヒリ、石術師とも呼ばれておる。ゼンディカーのコーであり、その守護者だ。何故彼女がこの世界を離れたのかは知らぬ、そして戻れるのか否かもわからぬ。何かが彼女に起こっておる。ソリンを発見できぬのであれば、ナヒリを見つけよ」

「俺はゼンディカーを見捨てません。ここに、友達がいるんです」 友達。そう。近しい存在、少なくとも。「彼らは俺が面晶体のネットワークの情報を持ち帰ってくるのを待っています。あなたが海門へ向かってご自身で伝えない限りは」

「それはできぬ。我はこの場に、目にいなければならぬ。心房を再構築し、我が仲間とともにネットワークを修復し、完全な機能を取り戻す。そして今一度エルドラージを捕えるために」

「でしたら、あなたの仲間の問題は彼ら自身で解決することを願います。俺がこの地でできる事はありますか?」

「面晶体のネットワークは傷を負っておる。ウラモグを面晶体の輪で囲み、封じねばならぬ。おぬしの友人らはエルドラージの巨人を殺すのでなはなく、閉じ込める力にはなれるのかね?」

「そう思います」 ジェイスは言った、とはいえ確信からは程遠かった。「ですが彼らを納得させられない限りは、それは選択肢に過ぎません。皆、多くのエルドラージが死ぬのを見てきました。そしてあなたはまだ、何故ウラモグは殺せないのかを教えて下さっていない」

「エルドラージの巨人どもは物理的空間に住まうのではない。あれらは久遠の闇の生物であり、奴らは久遠の闇の中に居残っている」

「物理的な姿を取らせない限り、ということですか?」

「そうではない。言った通りだ。ウラモグは久遠の闇におる」

「ならば、俺が見た、海門へ向かっているものは?」

「おぬしが目にしたのは奴の一部、投影だ。おぬしの手を池に入れた所を想像してみるがよい。水面下の魚は五つ首の怪物を見るであろうが、その先に続く人間に気付くことはない。真実は想像の彼方にあるために、ささくれを見誤る。わかるかね?」

「そしてそれを捕えるのは......」

「手に杭を突き立てるようなものだ。その者は死なぬだろうが、別の池を乱すこともない。ウラモグの物理的な姿を『殺す』のは、その手を切断するようなものだ。その者は弱るかもしれぬが、おそらくは生き延び――そして自由になるであろう」

「ですが面晶体はただ力線を誘導するだけではないでしょう」 素早く考えながらジェイスは言った。「エネルギーを貯蔵する、それも莫大な。それがエルドラージを引き寄せることから始める、違いますか?」

 それは推測だったが、理にかなったものに思えた。

「いかにも」ウギンは言った。「おぬしの考えかね?」

 ジェイスの心がはやった。

 もし面晶体が引き寄せるならば、もっと強く引くことはできないだろうか? 十分な力をもって、エルドラージを完全に物理的な領域へ姿をとらせて引き寄せることはできないだろうか?人の手を突き刺す杭は、そこに繋ぎ留める以上のことができるかもしれない。池に引き寄せることができるかもしれない。そして......

「あ......いえ、気にしないで下さい」 ジェイスは言った。「すみません、まだこの何もかもで頭が一杯で」

 このドラゴンはウラモグを殺すことに対する立ち位置をはっきりさせている。そしてジェイス自身、それが良い考えなのかどうか完全には定かでなかった。彼は今や面晶体を理解した。絵文字を見た。もしウギンが、エルドラージを閉じ込める手助けをしてくれるなら、それならば、少なくとも最低限、良いはじめの一歩だ。そしてもし、その先に進む機会がやって来た時のために......備えをしておこう。そしてウギンは備えていないかもしれない。

「そうであろう」 ウギンは言った。「その未熟さを考えるに、おぬしは我が思った以上に良くやっておる」

 それは称賛のつもりなのだろう、ジェイスはそう受け取っておくことにした。

「今の......手の比喩ですが」 ジェイスは言った。「それは三体の巨人を述べています。他の全てについてはどうなのですか? それらを殺すのも、解放してしまうことになるんですか? 今や、何千ものエルドラージが久遠の闇をさまよっているんですか?」

「人間がもう片方の手を池に伸ばす様子を想像するがよい。魚が見るのは一体の怪物かね、もしくは二体かね?」

 情報を得るためのこの手法はジェイスの嫌う所だったが、彼はドラゴンの質疑に熟考して答えた。

「魚は二つの存在を見ます」 少し間を開けて、彼は言った。「ですがそれは一つの存在の一部です」

「百の手を持つ人間を想像するがよい」 ウギンは言った。「もしくは万の」

 ジェイスは次第に理解した。むかつきの波が彼を襲った。

「それらは全部繋がってると......ウラモグの血統は本当の落とし子ではない。あれは全部......付属器官」

「むしろ細胞に近いか。大型のものは内臓にあたるかもしれぬな。だがそれも皆、一つの存在を成して機能を持つ、取り換えのきく付属の生命だ。そして死ぬことも再吸収されることもあろうが、全体を弱めることはない」

「つまり、それらを殺しても何の意味もない、自分が殺されるのを防ぐ以外は」

「全くもって無意味だ」 ウギンは言った。

 ジェイスは片手で髪をかき上げた。

「わかりました」ジェイスは言った。「十分な情報です。あなたの計画を海門の俺の友達に伝えます。ウラモグを封じ込めることこそが最良の行動だと、彼らを納得させてみます」


絶え間ない飢餓、ウラモグ》 アート:Michael Komarck

「試みる以上のことをせねばならぬ。面晶体のネットワークが傷つき、安全装置が外され、巨人どもはこの次元を自由に離れることが可能だ。もしウラモグが傷を負ったなら、おぬしは奴をゼンディカーから完全に逃がすこととなろう。面晶体のネットワークから逃がし、奴を止める最高の機会も逃げ失せる。それが何故惨事となるかおぬしは理解した。だがゼンディカーの人々にとってはそうでないかもしれぬ。おぬしは友を思い留まらせねばならぬ、ウラモグを直接攻撃することを――そして、必要ならば、おぬしが彼らを止めねばならぬ」

「わかりました。伝えます」

「ゼンディカーからウラモグを逃がしてはならぬ。その結果は惨いものとなろう。それゆえに、止めるためにはどのような手段でも必要とされよう」

「あなたはご自身の道筋を明らかにしている。俺は、ウラモグを逃がしはしません」

 どちらにせよ。彼はそう思った。

「幸運を祈る、ジェイス・ベレレンよ。我はこちらの準備が確かに完璧なものとなるべく努めよう」

「俺も備えます」 ジェイスは言った。

 ジェイスは踵を返し、ウギンの目から出ると、陽光の下へと踏み出した。彼には計画があった。目的地があった。備えはできていた。

 どちらにせよ、か。

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