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ストーリー

Magic Story -未踏世界の物語-

限界点

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限界点

Ari Levitch / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2015年7月8日


 プレインズウォーカーのギデオン・ジュラは問題を抱えていた――自分しかいないという問題を。ゼンディカーはエルドラージとして知られる常軌を逸した怪物達に蹂躙されている。ギデオンは初めてその次元を訪れた時にその破壊を目にし、助力を連れて戻ることを誓った。彼の呼びかけに応えるプレインズウォーカーはおらず、だが彼はゼンディカーを放置したまま衰えさせることはできなかった。ラヴニカにて、ギデオンは統制されたボロス軍へと近しい魂を感じた。だがその次元の政治はギルドに関わるものを贔屓しており、ギルドの庇護下にない者達のために踏み出さねばならないと彼は実感した。昼はゼンディカーに。夜はラヴニカに。ギデオンは自身を必要とする者に背を向けることはできず、そして両方の次元で問題は沸点に達しようとしている。


ゼンディカー

 ギデオンの筋肉が痛み、息は苦しかった。塵が肺の中で燃えていた。それは彼の鼻孔を覆い、両目へは絶えず涙をもたらした。瞼の裏にも砂が入り、彼は必死に瞬きをしてそれを追い出した。

 その味は舌でも感じられた。彼は口に残っていた湿気をかき集め、周囲を取り囲む塵から顔を出す丈の高い草へと吐き捨てた。

 素早く終わらせねばならなかった。

 エルドラージはギデオンへと巨怪にそびえていた。その高さは彼の倍ほど。草の上に重く滑る太い肉の触手、その塊の上に上半身が伸びていた。この数週間ギデオンが戦ってきた他の多くの個体のように、この一体の顔もほぼ全体が滑らかな骨の表面に包まれていた。目は無いながらも、それは頭をギデオンの動きに合わせて動かした。それは見る者を取り乱させる仕草であり、悪意も、憎しみも、怒りもそこには無かった。

 エルドラージはギデオンが戦ってきたどのような敵とも異なっていた。優雅にして不気味、恣意的にして無頓着。理解できる仕草はなく、何の言葉もなく、そしてギデオンにできたのは、触手の届く範囲に入らないことだけだった。

 触手が襲いかかった。だが彼のスーラの、金属製の帯状の刃四本もまた。ギデオンが腕を素早く引くと刃がひらめき、一本の触手を切断した。そこから出たのは血ではなく、濃く粘つく泥だった、それはギデオンのしなやかな刃をとらえ、続く動きを妨害した。

 遅い。

 もう一本の触手がその軌道を変えられるよりも早く、彼の肋骨に叩きつけられた。ギデオンはそれが迫り来るのを見たが、彼には歯を食いしばってその攻撃に備える余裕があっただけだった。反射的に防護の光が彼の身体に走り、その攻撃を受け止め、無傷に留めた。一瞬。何にせよ一瞬。

 辺り、丈の高い草の間には落ちて砕けた面晶体の粗い塊が散らばっていた。ギデオンがこの次元で目にしてきた、無数の八面体の岩らしきものの一つ。それらにはエルドラージに影響する何かがあった。それが何かを正確に彼に説明できる者はいなかったが、多くのゼンディカー人が小さな面晶体を魔除けとして持ち歩き、もしくは面晶体から槍先や矢尻を作っていた。コーはその身体に面晶体の難解な彫刻と同一の模様を描いてすらいた。今のギデオンにとって重要なのは、それらの面晶体の塊は重く、尖っているということだった。


平地》 アート:Vincent Proce

 時間を稼がねばならなかった。少なくとも一瞬は。

 更なる触手。ギデオンは右へと跳躍し、身体をねじ曲げてそののたうち回って掴みかかる肢の間に滑りこんだ。彼は地面に転がり、そのエルドラージは再び攻撃を雨嵐と浴びせるべく、触手をおぞましくも巻き直した。

 そこにあった。

 一瞬が。

 そしてその中、ギデオンは立った。彼はその気力を奪う存在へと全速力で向かった。それはその大きさの存在が動けると思しき以上の速度で彼へと押し寄せた。

「十分だ!」 ギデオンは吠えた。

 彼はスーラの刃を兜ほどの大きさの面晶体の欠片に引っかけた。その先端は粗造りの錐の先端のように尖っていた。エルドラージが身を低くして襲いかかってくると、ギデオンは振るった。面晶体がその骨ばった顔面に命中した。そこに続く苦悶の叫びはなかった。血の噴出もなかった。ただ砕ける音がして、ギデオンが振るった力とエルドラージ自身の運動量が合わさってその古の石を深く突き刺した。一瞬の後、そのエルドラージは崩れ落ち、動かなくなった。

 ギデオンはスーラを解き、地面に座りこんだ。血液が怒り狂ったように血管を流れ続け、突然訪れた周囲の静寂の中、彼は自身のこめかみの血管の脈動の大きさに気付いた。塵に汚れた顔に汗が流れ落ち、だが顔に当たる陽光は気持ちよく、彼は笑みを浮かべた。

 彼の右方向に、何かが近づいてきた。幾つかのものが丈の高い草の中、彼に向かって機敏に動いていた。彼の位置から、十人程が落ちた面晶体原の間を素早く縫うように向かってくるのが見えた。そのほとんどはコーだったが、エルフ、人間、そして二体のゴブリンすら混じっていることにギデオンは気付いた。一団の先頭にはとりわけ良い体格のコーがいた。他のコーと同じように、色の薄い色の薄い彼のむきだしの胸と髪のない頭皮は角ばった模様の白い刺青に覆われ、そして長い鎖が繋がれた二本一組の鉤の刃を手にしていた。彼は腰を低くして駆け、ベルトに繋がれた様々な登攀用の縄がその一歩ごとに弾んだ。

「ムンダ!」 ギデオンは呼びかけた。その音に、近づく一団は先頭のコーを除いて皆伏せた。彼は油断なくだが静かに立ち、その表情には年齢を重ねた皺が浮かんでいた。そのコーは頭をそわそわと動かし、丈の高い草の中で自身の名を呼ぶ声の源を探した。

「皆、油断するな」 ムンダは肩越しに振り返って声を上げた。彼の声は豊かに冗談じみて、それはコーの特徴的な気難しさとは対照的だとギデオンを印象づけた。「ギデオンが一体この地を徘徊し、獲物を守ろうとしている」

 彼らの狩りも成功したに違いない。そう考えてギデオンは笑みを広げた。「会えて何よりです、友よ」 彼は言った。ムンダ、彼はその縄を織り上げてエルドラージを罠にかけ翻弄するその動きを見た者から「蜘蛛」と呼ばれている。戦いにおいては狡猾であり同時に大胆、そしてギデオンはすぐに彼を気に入っていた。

 ムンダはエルドラージの屍を剣で示した。「君も。いつも絶好調のようだな」 ムンダの言葉には彼らの間に笑いを誘う冗談があった。常に何からの危機に直面しているために。「何にせよ君は時間を無駄にしなかったようだ、感謝する。こちらもちょうど一体を倒した所だが、全部で四体がいた。別のを見なかったか?」

 ギデオンは何気ない動作でそのエルドラージの屍の先を肩越しに親指で示した。

 ムンダは疑わしげにギデオンを見た。「用心しろ」 彼は他の者達へとそう告げてから、よりよい視界を得るべくエルドラージの死骸に登った。平原を見渡し、彼はその獲物を視認した。赤紫色と青色をした命なき塊が二つ、黄金色の草原に際立っていた。

「皆見ておけ。あの手際だ」 彼が死骸から飛び降ると、兵達はその周囲に集まってギデオンの手腕を称賛した。

 ムンダがギデオンの肩に手を置き、ギデオンは軽口を叩く時間が終わったと知った。「バーラ・ゲドについての報告が来た。あの大陸は完全に蹂躙されて破壊された。何も残されていない」

 ギデオンはムンダの向こう、柔らかな風に草が揺れるのをじっと見た。「セジーリのように」 そしてそう言った。

「セジーリと同じように」ムンダは確認するように言った。「生存者が海岸に上陸するだろう。ヴォリク司令官は彼らを海門に案内するために、タズリと彼女の部下達を送った。だが......」

「あなたはそれで十分だとは思っていないのでしょう」

「問題はまだまだ来る、ギデオン」

 それは真実だった。破滅語りの予言でなくとも、彼のうなだれた両肩と血走った眼は疑いようもなくその日々を叫び続けていた。

「私もそこに行きます」 ギデオンは言った。ムンダは彼に水袋を手渡した。小さな慰め、ギデオンはそれを了承の合図として受け取った。ゼンディカーの人々は現実主義的であり、その技術と意思と機知が生存を左右する次元の産物だった。そのため人々は、些細な物事の価値を知るようになった。冷たい水が喉を下り、それを認識する喜びがあった。

 彼らの周囲で、ムンダの戦士達が野営を設営していた。ゴブリンの一体が硬鎧虫の殻を裏返したものの側にひざまずき、その内に小さなかまどの火をたいていた。他の者達は監視し、もしくは草の冷たさの中で休息をとっていた。

「最後に眠ったのはいつだ?」 ムンダが尋ねた。

 ギデオンは確かなことはわからなかった。目を閉じ、意識から漂い出る喜びはしばしば彼から巧みに逃れてきた。そして寝台の快適さは突然、遠い記憶のように思えた。「何日か前です」 何らかの確信を持って言えるのはそれだけだった。

「少しは寝た方がいい」 ムンダは言った。「そうするべきだと思う」

「ありがとう、ですがまだ今は」 揉め事が起こっている。ここでは既に、そしてそれはゼンディカーだけではない。


ラヴニカ

 軽い霧雨が一か月以上に渡ってラヴニカに降り注ぎ続けていた。それはブリキ通りが燃え上がるのを少しも防いでいなかった。鋳造所通りだけでなく、そこも前夜に燃え上がった。


五連火災》 アート:Karl Kopinski

「ゴブリンのギャング抗争とは乱雑なものです、ジュラ殿」 ボロス軍の部隊長ダース・ゴストクが言った。彼とギデオンは無人の倉庫が怒れる炎の蹂躙に屈するのを注視していた。彼らは生存者を探すべくその猛火に身をさらしたが、ゴブリン六体の黒焦げの死体が見つかっただけだった。「これは最初の報復です。多くが続くでしょう」 部隊長は顔から灰の薄膜をぬぐって続けた。「そしてこれから、排水路は雨水以上のものを流すようになるでしょう。私の言葉は当たりますよ」

 それは二日前の事だった。そしてダースが予期した通り、ゴブリンの死者数の記録が跳ね上がった。

 全ては一人の殺し屋から始まった――ダーギグ、闇市場にて爆発物を専門とする武器の密売人。彼は口の悪さで有名だったが、悪名高い「破砕団の兄弟」の最年少の構成員でもあった。

 ダースがギデオンに説明したことによると、ダーギグはブリキ通りの小路にて、喉を貫かれた姿で血の海の中に発見された。それはゴブリンの重要人物クレンコの仕業だという噂が広まった。武器の取引で決裂したのだと。


破砕団の兄弟》 アート:Kev Walker

 続く夜、一連の爆発がその地区を振るわせ、クレンコの倉庫が幾つか炎に燃え上がった。それは破砕団の宣戦布告方法だった。そしてクレンコはその全てへと実に熱狂的に応えざるを得なかった。

 ギデオンは個人的にギルドパクト議会へと仲裁を請願したが、それは本質的には彼とギルドの名をとても長い待機一覧の最下部に記入することに要約された。

 生けるギルドパクト。ジェイス・ベレレン。プレインズウォーカー。

 暗黙の迷路の難問を解き、ラヴニカのギルドが潰し合うことを防ぐ魔法的な協定の体現となった者。

 あのゴブリン達はラヴニカのどのギルドにも所属していない。ゴブリンがゴブリンをただ殺し続ける限り、ほとんどのギルドは彼らの安全なギルド門の背後でその紛争を観察するだけで満足するだろう。

 その戦いが続く限り、ギルド無所属民は――「門無し」は――命の危機にさらされていた。

 それは容認できない。


アート:Richard Wright

 真夜中を過ぎたばかりの頃、駐屯地の重い鉄製の扉が勢いよく開いた。その部屋に長く伸びる木製机から、十人ほどのボロスの軍団兵達が動揺とともに勢いよく立ち上がった。何人かは武器へと手を伸ばした。ギデオンが背の高いアーチ状の入口に立っていた。彼の肩には湿った髪がかかっていた。

「楽にしていい」 兵士の一人が声を上げた。「ジュラ殿だ」

「贈り物を持ってきた」 ギデオンは言って、自身の影にぼやける何かを部屋に押しやった。手首を拘束された一体のゴブリンが薄暗いランプの明かりに、尖った黄色い歯を見せつけて笑っていた。クレンコ。兵士達が信じられないといった様子で息をのむ中、そのゴブリンは彼らを、周囲を、そして再び兵士達を観察した。

「いい要塞だね、兵士さん達よう」 クレンコは歯を見せつけたまま言った。「サンホームほどじゃあないが、いい所だ」

 ギデオンはふらつきながらその部屋に入った。彼の右足は一歩ごとに血のしみを残した。

「外で騒乱を起こしてきたようですな、ジュラ殿」 ダースがそう言いながら隣の部屋から入ってきた。

「あなたは『万年紀』の料理を好まなそうだ」 ギデオンは言った。「万年紀」は同名の会員制展望デッキに建造された超高級料理店だった。クレンコがラヴニカの組織的犯罪組織で力をつけて以来、彼は夕方をそこで過ごすことで知られていた。そこにギデオンは向かったのだった。

「席につけることはないでしょうな」 ダースは返答した。「とはいえ、こいつが自分の席でデザートを食べていたのをあなた自身が見つけたとは想像できません」

「正確には違いますよ」

「一人で行かないで下さい。ですが私も感銘を受けたのは確かです。それにしばしば起こるものではない事も」

「あまり感動しないで下さい」 ギデオンはすね当てを外し、ズボンの右脚を膝上まで巻き上げた。ギデオンは「万年紀」の布ナプキンを一枚脚に巻いていたが、それは今や濡れており、傷を縛る効果はほとんど無かった。「この笑い顔の汚らしい奴にナイフを突き立てられた」

「二度な」 クレンコは言って、耳につく笑い声でその勝利を強調した。

 ギデオンの怒りが燃え上がった。「お前はここに笑って立っているのか、仲間のゴブリンが街路で死ぬ間にも」

 ダースがギデオンの肩に手を置いた。「軍医に診てもらった方がいい」

「多分」 ギデオンは返答した。だが彼の言葉はガラスが割れる音に飲み込まれた。高い天井の小さな天窓が細かく砕けた。ギデオンとダースは同時に振り返り、小さい楕円形の物体が地面に向かって落ちてくるのを見た。それは回転しながら落下し、ギデオンは赤みを帯びて輝く小さな玉が片側の端に揺れているのを見た。

 導火線。

「爆弾だ!」 ギデオンは叫び、ダースを脇に押しやった。彼はそれが床に当たる前に爆発物を掴み、自身へと引き寄せて腹部に抱き込んだ。爆発を予期し、渦を巻く黄金色をした魔法の光が彼の皮膚全体から弾けた。彼はそこに屈み、しばしの間目を固く閉じていた。

 何も起こらなかった。

 ゆっくりと、ギデオンは目を開けて手を見下ろした。それは青銅の栓がついたガラスの筒を掴んでいた。

「この一帯を封鎖しろ!」 ダースの命令が静寂を破った。「返事は!」

 ギデオンは身体を起こし、手の中で筒を返して調べた。

「不発弾ですか?」 ダースが尋ねた。

「爆弾じゃない。見てくれ」 ギデオンは栓を外し、ガラスの管から丸められた細く長い紙を取り出してそれを伸ばした。伝言。それは手慣れた文字で殴り書かれており、細い紙に一本の線のように伸びていた。その意味は明らかで、伝言の内容も明白だった。

 ギデオンは読み上げた。「クレンコは我らの弟を殺害した。正義が為されるべきであるなら、それは正しく我らにある。奴を渡してもらおう、さもなくば我らはボロスの領域を瓦礫と化すだろう。もしこの伝言を拒絶したなら、君達と君達が愛する者全員は正当な目標になるだろう。クレンコは君達にとって価値がある者か? 期限は明日のこの時間まで。以上。破砕団の兄弟、リッキグとガーダギグ」

 これに費やす時間はなかった。今ではない。ゼンディカーに戻らねばならない。彼は空の筒を石張りの床に投げ捨てた。

「決定の時間だ」 クレンコが嘲った。

「連れて行け」 ダースが吼え声を上げた。「牢の中で話したい」

「わかっただろ、ジュラ」兵士達が彼を引きずって行く中、クレンコは言った。「ボロスは俺を破砕団の兄弟に渡さないだろうよ。どう思う?」


ゼンディカー

 ムンダの言った通り、バーラ・ゲドの生存者達は海岸に上陸した。ギデオンの大まかな計測では三百人以上がいた。だが彼らはギデオンが予想していたような、打ちのめされ傷ついた避難民達の列ではなかった。彼らは見てきたものと失ってきた人々とで感情を失った頑、だが同時に生き続けようという闘士達だった。そしてムンダが言った通り、彼らは助力を必要としていた。

 だが一方で、ギデオンもまた助力を必要としていたのかもしれない。

 盾はすり減り、スーラは広げず、ギデオンは白亜の崖が海岸からそびえる隙間の狭くねじれた道で見張っていた。


平地》 アート:Véronique Meignaud

 地面が揺れ、そしてその振動は彼の脚にうずく傷を目覚めさせた。

 集中しろ。これが片付いたら、ラヴニカに戻る時間ができるだろう。

 彼の背後で、生存者達がタズリの先導に続き、前方の開けた低木地帯へと至る道を昇ってきた。上方での動きがギデオンの注意をとらえ、彼は視線を峡谷の底から上げた。じっと見ていると、ムンダと彼の精鋭数人が重い鉄の杭を両側の崖、縁から二十フィートほど下に打ち込んでいた。

 彼らは急がねばならないだろう。

 崖にいるコーの一人が突然打ち付けるのを止め、鋭い口笛を吹いて必死に海岸の方向を指さした。エルドラージがそこにいた。ギデオンには一つの仕事があった――ムンダと配下が仕事を終えるまでの時間を稼ぐ。エルドラージの歩みを緩め、倒す――生存者達の移動が続けられるなら、どちらでも構わなかった。

 タズリは言った、海門の灯台に向かう一団の中にはエルドラージの専門家がいると。それが本当なら、彼らをそこに辿り着かせねばならない。

 小道が下方へまっすぐに伸びている所で、怪物達の第一波が視界に入ってきた。ギデオンがスーラの刃を振るうとそれは彼の背後に広がり、命令とともに放たれるよう構えられた。ここに彼はいた。バーラ・ゲドの生き残りと、無数のかき回す四肢とぬめつき滑る触手で峡谷を駆け抜けようとするエルドラージの絨毯との間に。

 そしてそれらは彼に襲いかかった。

 ギデオンはスーラを放った。鋼の帯が精一杯伸びて空を切り、一つの鋭い剃刀の刃のように、数体の落とし子を切り裂いた。彼はそれを振るった体重移動を利用して盾を構えると、別のエルドラージの落とし子の肉にその盾の歯の縁をやや深く突き刺した。

 ギデオンは彼の頭部を破壊しようと迫る重い触手をひらりと避け、スーラの刃をそれに巻きつけるように反撃した。手首を素早くひねるとその刃は柔らかい肉に突き刺さり、ギデオンはその落とし子の体重を利用して動き、盾で一体を釣り上げた。だがその落とし子は手足を放棄するように落とした。突然軽くなったことでギデオンはその勢いのまま平衡を崩し、膝の痛みがこみ上げた。彼は足がかりを失い、スーラの刃が大きく広がった。一本が彼の頬の肉に滑り、通過して深い赤色の線を口から耳まで残した。

 不注意な、ギデオンはその失敗に自身を呪った。だが自分は疲労していた。顎に暖かな血が流れながら、彼はその言い訳を自身で呪った。それが迫るのを見ているべきだった、クレンコのナイフを見ているべきだったように。

 ラヴニカに戻らねばならない。時間がかかりすぎた。ムンダは何処にいる?

 本当に集中せねばならなかった。

 そのエルドラージの落とし子が彼に迫り、それらの青白い顔面が彼の視界を満たした。彼は一体から次の一体を見た。それぞれが人間の頭蓋の、特徴のない紛い物だった。その顔の完全な空白はギデオンに衝撃を与えた。エルドラージがその破壊に携わる徹底さとはどこか正反対だった。見るもおぞましい純粋な恐怖だった。人間性のどんな残滓も無かった。それらはグルールのオーガのような乱暴者でも、ラクドスの血魔女のような加虐者ではなかった。クレンコのゴブリン達のように向こう見ずで物騒でもなかった。その考えはギデオンを焚きつけ、傷の痛みを鈍くした。そして疲労した四肢に生命を吹き入れた。躊躇う必要はなかった。

 躊躇うな。

 スーラの刃が繰り返し閃き、エルドラージの体液がギデオンの靴回りに濃くぬめった――何十体もの落とし子が横たわった。筋肉が燃えた。こめかみの血管が跳ねた。そしてエルドラージは接近してきた時と同じように素早く倒れた。顔をしかめたのか笑ったのか、どこかその中間の感情にギデオンは歯をむき出しにした。

 突然、鋭い口笛が三回、戦いの騒音を切り裂いた。時間だった、そしてギデオンは自身の三つの同じ口笛で応えた。

 その殺戮の上空に、ギデオンは一人の女性が峡谷の左壁から歩み出るのを見た。彼女はしばし浮かび、そして彼が腕を両側に広げる峡谷の上空へと優雅に上昇した。

「害獣、せっかくだがここにお前を置いていく」 ギデオンはそう言って、落とし子の掌握を振り払った。


よろめきショック》 アート:Raymond Swanland

 その魔道士の指先から稲妻が弧を描いて眩しくひらめき、峡谷の崖に刺さった鉄の杭に命中した。その弾けるエネルギーは金属から脆い白亜の石へと走り、耳をつんざく音を続かせて爆発した。巨大な骨を粉砕するような音が峡谷を満たし、そして様々な杭からひび割れが弾けて両方の崖の頂上が屈し、そして白い石が眼下のエルドラージを覆うように崩れ落ちた。

 ギデオンはエルドラージを振り切るべく、峡谷の崖へと一気に駆けた。一瞬にして彼は小道を駆け上がり、落石の下を抜けた。その石が墜落した時、地面が跳ねた。ギデオンは足取りを保つことはできず、勢いよく地面に投げ出された。粉みじんになった石の巨大な雲が湧き上がり、ギデオンを洗い流した。窒息を防ぐために彼は腕を曲げて顔を覆わねばならなかった。

 ギデオンは走り回る音を聞いた。彼は身をかがめ、目を細めてその姿や動きを見ようともやの中から精一杯探った。

 時間がない。ラヴニカへと戻らねばならない。

 走り回る音が更に、エルドラージの触手の滑るような潰し音を伴って聞こえた。だが他の音も同様にあった――認識できるもの。戦闘の叫び声。刃の鳴る音。ムンダ。

 ギデオンは立ち上がり、白亜の塵が今も空気に立ち込めてはいたが、姿と色が再びはっきりと見え始めた。彼はスーラを構えて前方に急いだ。だが彼がムンダを見つけた時、そのコーは登攀の縄に繋がれたまま、命なき落とし子から鉤の刃の一本を取り除いていた。その全てが、峡谷の地面を満たす砕けた石の残骸を背景に行われ、無数のエルドラージとともに眼下の狭い道を完璧にぼやけさせていた。ムンダに同行するもう十人ほどのコーが、石の待ち伏せを避けて残った数体の落とし子を始末していた。

「いい所に来てくれました、友よ」 ギデオンは疲れた笑みとともに言った。

 ようやくラヴニカへ戻ることができる。破砕団の兄弟を止める時間はまだある、だが多くはない。

 だが、ギデオンはムンダの顔に厳めしい表情を見た、彼の友にしても稀なものだった。彼自身の笑みは消えた。「ムンダ、何があったのですか?」

「エルドラージの巨大な群れが海門に迫っている」


ラヴニカ

 雨が頬の包帯を濡らしていた。そしてそれは重くたわみ、その下の深い傷を露わにしていた。後でこれを手当てしないといけない。そしてこの下のどこかに捕虜達がいる。まずはやるべき事がある。


アート:Michael Komarck

 ギデオンは古い扉へと体当たりをした。蝶番はすぐに降参し、彼は砕けた木に続いてその先の暗い部屋に入った。その衝撃に脚の痛みが増し、ギデオンは叫びを上げないようにと荒く息を吸った。甘く、鼻をつく酸の匂いが彼の鼻孔を満たした。それは彼がガーダギグに感じたものと同じ匂いだった。そのゴブリンが破砕団の隠れ処を吐いていた。

 爆発物。

 感覚を鋭く保て。

「お前はクレンコを連れて来てはいないな」 重い、散らかった作業台の背後から低く不機嫌そうな声がした。「そう考えて大丈夫か?」

「リッキグ、大丈夫な事などない。今すぐ私と来ない限りは」

 笑い声と思しき鋭い吼え声がその小部屋に響いた。ギデオンは何かを混ぜる音を聞いた。低い天井から下がるランタンが、大きくぎこちない影を露わにした。ギデオンは当初それが何かを理解できなかったが、すぐにはっきりとした姿が現れた。それは分厚く重い詰め物の服に身を包んだ姿だった。その頭部には騎士のそれとは異なる兜があり、両目の部分にはゴーグルがはめられていた。

「まったく傲慢じゃねえか、お前らボロスは。クレンコを捕まえて、俺達の満足を邪魔しようとする」 彼は何かを掴んでいた。ガラス、だがそれはランタンの光をとらえた。爆弾。そして彼は防護服を着ていた。「クレンコは俺達が捕まえる。今はただ燃やしてやろう、あの地区を――」

 これ以上はさせない。終わらせなければ。

 傷を受けた脚を踏みしめ、ギデオンは出せる限りの力で作業台を蹴った。それはリッキグをめがけて勢いよく滑り、ゴブリンの肺を直撃して断続的なうめきとともに息を一度に吐き出させた。彼は作業台の上に身体を折り曲げ、爆弾がその手から飛び出した。

 ギデオンは受け取めようと動いたが、彼の四肢は重く、普段よりも緩慢だった。ゆっくりとした動きで、その爆弾は彼の手の先を通過していった。ギデオンはかろうじて旋回し、彼の身体はリッキグとその脆いガラスの内容物が床に砕ける中間に割って入った。

 その爆発が起こった時、黄金色の光が彼の身体一面に湧き上がり、飛散する残骸から彼を保護した。瞬間の爆発音は凄まじく、他の全てを飲み込んで彼へと高い耳鳴りを残した。

 部屋のあちこちで炎が上がっていた。

 集中するのは困難だったが、ギデオンはリッキグが咳をする音を聞いた。そのゴブリンは作業台と壁の間から抜け出そうと奮闘していた。ギデオンは振り返って作業台を引き戻し、リッキグは床に倒れた。ギデオンは彼へと迫った。

「ボロスはクレンコを捕えてはいない。私がやった。お前の弟を捕えたように。そして今私はお前の目の前、ここにいる」

 押し殺したような泣き声があった。当初ギデオンはそれを、防御するように両手を挙げるリッキグのものと思った。だが別の泣き声がそうではないと確信させた。「助けてくれ!」 捕虜達だ。ギデオンは部屋を見渡し、彼の目は暗い木製の本棚にとまった。そこには爆弾制作道具と思しきものと材料が詰まっていた。その底から炎が上がっており、本棚そのものとその揮発性の中身に点火する恐怖が迫っていた。そしてもちろん、彼が耳にした泣き声はその背後から聞こえていた。

 無謀だ、彼は自身を叱りつけた。そして馬鹿だ。

 ギデオンはリッキグを倒れさせたまま、本棚へと急いだ。彼は肩でそれを押した。汗が鼻の下と顎に集まり、全ての筋肉が休息を懇願したがその重い本棚はほんの僅かも動くことを拒否した。ギデオンは部屋を満たす煙に目を固く閉じ、続けるために必要な息をしようと奮闘した。

 彼の力が弱まり始めたその時、突然、本棚は屈して前ににじり進んだ。目を見開くとギデオンはダースとボロスの軍団兵達が彼に力を貸している姿を見た。共に彼らは押し、本棚は横に滑って狭く丸い通路を露わにした。

 ギデオンは本棚に寄りかかるように倒れ、発作的に咳をした。「捕虜が」 彼が声を絞り出すと、ボロスの兵士達が列を成して通路へと彼の前を過ぎていった。

 ダースはギデオンとともに残った。

「リッキグは?」 ギデオンは尋ねた。

 部隊長はかぶりを振った。

 ギデオンは部屋を見渡した。リッキグはいなくなっていた。彼は視線をダースへと動かした。「私を追ってきたのですか」

「明確に、私には理由がありました。一人でやる事はありません、ギデオン殿。我々は軍団として戦います。我々より大きいものへと立ち向かうために」

「あれを捕まえねば、ダース」

「私達が見つけます。軍団として、見つけます。あなたは休息をとって下さい」

 いいや、まだだ。


ゼンディカー

 海門への攻撃が来た時、それは単純にその軍を圧倒する速度と獰猛さをもって宿営地を破壊した。エルドラージは防波堤の両側から現れた。数体は海から現れ、防波堤そのものを正面から試した。それらは単純にあまりに多すぎた。ヴォリク司令官は撤退命令を出し、だがそれも間に合いそうになかった。しかしギデオンも撤退はしなかった。不眠のまま四日。それとも五日だろうか? 彼は司令官の野営地からここまで来る途中、僅かに目を閉じようとはした。何故こんなにも疲れているのか?

 今ではない。

 ギデオンは倒壊した建物の中で、自身を地面に押し付ける太い木の梁に力を込めた。だがそれは無益だった。飛行するエルドラージが力強い薙ぎ払いとともに着地して彼をその建物へと激突させた時、梁が落下して彼は閉じ込められた。

 こんな事をしている時間はない。

 彼の左腕と頭部は自由だったが、それだけだった。彼は歯で丸盾の革紐を緩めた。それを手から振るって外すと、彼は丸盾を胸当てと梁との間に楔として力の限りに押し込んだ。わずかに身動きが必要だったが、彼は出せる力の全てでそれを押し込んだ。うめき声は咆哮と化し、そして梁は動いた。ギデオンは体重を移動させ、梁は彼から転がり落ちた。

 弱々しく、彼は立ち上がった。膝上の傷の一つは再び開いていた――もしかしたら両方が――そして血が脚を流れ下っていた。彼は丸盾へと手を伸ばした。誰かの家だったのだろう、辺りには壊れた家具の破片や砕けた陶器の皿が散らばっていた。そして海門は同じ運命に直面するのだろう。海門はゼンディカー全土でも最大の居住地だと彼は聞いていた。海門というその名の由来でもある古の白い堰の頂上にしがみつく、文明の細い糸。そしてエルドラージはこの居住地とその人々全てを塵に帰そうとしている。

 ギデオンは深呼吸をして肺を満たし、崩れた玄関口から、その先の殺戮へと戻ろうとした。敷居をまたごうとした時、一つの人影が角を曲がって現れ、ギデオンは衝突して建物の中と戻されそうになった。彼は横へ旋回し、それを避けた。

「早くして、貴方の助けが要る」 その人物は言った、要請よりも命令といった口調で。マーフォーク。彼女は目の上の傷から血を流しており、誰かを抱えていた。人間の女性が彼女の腕の中で力なくぶら下がっていた。二人とも鎧に身を包んでいた――マーフォークの方はその種によく見る貝殻に似た鱗と板の鎧、そして意識の無い人間の方はつぎはぎの鋼の鎧を。マーフォークは背中に一本の槍を下げていた。この二人にとってエルドラージの恐怖は目新しいものではなかった。

 ギデオンはそのマーフォークを手助けして意識のない女性を砕けた壁の残骸に横たえた。二人は力を合わせ、彼女を守っていたと思しき砕けた鎧を緩めた。鎧の下、その女性の皮膚にはエルドラージの破壊跡を思わせる、灰色をした海綿質の骨構造が腐食して皮と化していた。彼は以前にもそれを見た事があった。エルドラージはそのようにして世界からエネルギーを吸い取っている。それは傷ではない。彼女はエルドラージに捕えられた時に死んでいたのだ。

 そのマーフォークもまた、それが意味するものを知っていた。彼女は止まり、動かない身体の隣に膝をつき、その惨状を虚ろに見つめていた。

 ギデオンはひざまずいた。「彼女の名は?」

「ケンドリン」 彼女は言って、死んだ女性の額に手を置いた。

「ケンドリンを悼むのは後だ。すぐにここを出ないといけない」

「貴方はわかってない」 彼女は顔を上げ、凝視をケンドリンからギデオンへと移した。「時間がないの。私達はバーラ・ゲドを生きてどうにか脱出できた。あの破壊を見た」

「君達は昨日上陸した生き残りか」

「そう。ケンドリンは解明まであと一歩のところまできていたわ。『力線の謎』、彼女はそう呼んでた。面晶体。エルドラージ。その繋がり――彼女はかなり近づいてた。それが全て『目』をさしていると言った。だからここに来たの、灯台の、『目』の記録を見るために」

「灯台へ行けばいいのか? そこに答えがあるのか?」

 そのマーフォークはかぶりを振った。「さっき、そこに行った。中には何も残ってなかった。攻撃されて、脱出しようとした。それにね、専門家なのはケンドリンであって、私じゃない。私は彼女の探検の案内人で......やり遂げられなかった」 彼女は拳を石壁に叩きつけ、そして一瞬後、壁全体が爆発したように外の何もない空間へと倒れた。そのマーフォークも一緒に防波堤の側へと倒れそうになり、ギデオンは彼女の手を掴んだ。巨大な触手が現れ、残った建物を引き倒すとその源が視界に入った――一体の巨大なエルドラージ。垂直に長い身体の先端に無表情の恐ろしい顔がついていた。触手がその破壊の軌道をとり続け、崩れた石造りを粉塵と帰した。


古きものの活性》 アート:Vincent Proce

 ギデオンとそのマーフォークは、かつて建物の二階と三階だった瓦礫の山を急ぎ駆け上がった。その位置から、ギデオンは防波堤の端から広がる破壊の様相を見ることができた。建物の多くは廃墟と化し、更に多くが壁の頂上から完全に引き倒されていた。そのため両側からの海水が瓦礫を防波堤のその滑らかな表面にこすりつけていた。

 ゼンディカー人の立ち直りは早く、今ですら多くの者が防御の囲いの中で戦い続けているのが見えた。彼らは一日じゅうエルドラージを倒してきた、だがそれは十分ではなかった。その証拠に、海門は失われた。この方法では足りなかった。


ウラモグの道滅ぼし》 アート:Goran Josic

 だがあるいは、彼女が言った通りなのかもしれない――ケンドリンは回答を見つけていた。力線の謎。その考えはギデオンの内にくすぶり、そして突然燃え上がった。何かを避けるための戦いは、何かのための戦いとは同じではない。ケンドリンの謎というのはありうる回答だった。今はそれで十分だった。

 ただ別の専門家が必要だった。

「君の名は?」 ギデオンは二人の間に打ちつけられた触手を横に跳ねて避けながら尋ねた。

「何? 今?」

「助けになれる者を見つけてくる。だがその後に君を見つけないといけない」

 彼女はエルドラージへと槍を投げた。それは壊れた住居へと続く壁の端を超え、自らゆっくりと軌道を定めて進んだ。砕ける音とともにその槍は標的に当たり、特徴のない顔板へと沈んだ。そのマーフォークの両目が束の間、赤いエネルギーに閃いた。そして彼女が開けた傷が音を立て、蒸気を上げはじめた。「私は、ジョリー・エン」 狂乱した触手が振り回される中、彼女は食いしばった歯の向こうで言った。

「ジョリー・エン。ヴォリク司令官の宿営地に行くんだ。辿り着いてくれ。私は君を見つける」

 そして次の瞬間ギデオンのスーラの刃が飛び、打ち込まれたまま残っていたジョリー・エンの槍の柄に絡まった。彼は宙へと自身を放り上げ、その動きの頂点でスーラを巻き戻す上腕の機構を起動しようとした。だが刃を巻き取るのではなく、その力は彼をジョリーの槍へと引き寄せ、彼はエルドラージの顔に衝突した。その力のまま端を超え、ギデオンとエルドラージは眼下の海へとふらついた。

 触手のもつれの中、ギデオンは共に落下した。

 集中しろ。

 彼はエルドラージから離れねばならなかった。さもなくば海底へと引きずりこまれるだろう。槍を放そうと彼は両手でスーラの刃を探ったが、エルドラージは空中で盛んに身悶えし、ギデオンは掌握を失った。彼はエルドラージに繋げられたまま自由落下し、衝撃に備えることしかできなかった。

 エルドラージが先に落ち、ギデオンもまた海面に激突すると彼の身体全体に黄金の光の帯が弾けた。そのエルドラージは即座に破片と化し、ギデオンは渦巻く海面の下に投げ出された。彼は海水とエルドラージの破片の懸濁のさなかで上下を把握しようともがいた。

 ようやく水面から顔を出すと、彼は大きく空気を吸った。最後の力を振り絞り、彼は足を蹴って防波堤の土台に並ぶ破片の山を越えた。そして木製机の残骸を見つけ、寄りかかった。上方からは波の音を超えて虐殺の音が響いていた。エルドラージが怒れる蟻のように海門へ群がっていた。無駄にできる時間はない、ギデオンはわかっていた。

 専門家の心当たりはあった。

 彼は両目を閉じ、周囲の世界が溶け去るのを感じた。海の冷たさは消え、足の下に石を感じた。波音は都市の騒音になった。彼の知る音。ラヴニカの音。


ラヴニカ

 傷つき血を流しながら、ギデオンはギルドパクト議会へと続く一連の石段の下に立っていた。ゼンディカーは今も危機の中にある。ただ一人の腕力では勝利を達成するには足りない。別の解決策が必要だった。それは、ジョリーが言った通り、力線の謎なのだろうか? ラヴニカの迷路を解いた者以上にその任務に適した人物がいるだろうか?

 生けるギルドパクト。

 プレインズウォーカー。ジェイス・ベレレン。

 ギデオンは最初の段を昇り、次の段に踏み出そうとした。だが重力に捕らわれ、彼は倒れこんだ。

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