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MAGIC STORY
ゼンディカーの夜明け
メインストーリー第5話:二人の守護者
2020年9月30日
かつては仲間と思っていた二人と対峙し、ニッサは訝しんだ。ゼンディカーを離れたことが、そもそも大きな間違いだったのではと。
ジェイスとナヒリは目の前に立って、歌う都からの脱出の後で荒く息をついていた。自分の背後にはカザンドゥの森のエレメンタルたちがいた。力に満ちて、何十体と。
プレインズウォーカーにさえなっていなければ、これまでの過ちと失った友情に、ここまで胸を締めつけられはしなかっただろう。ギデオンの死を悼むことも、チャンドラの愛を失うこともなかっただろう。
「どうやって……そんなに……早く」 ナヒリは切り傷と擦り傷だらけだった。顔には混じりっけのない、残忍なほどに明白な憤怒を浮かべていた。
その腰には石成の核が入った袋があり、布地を通して静かに脈打っていた。
ニッサは拳を握り締めた。
一方で、ゼンディカーから旅立っていなかったなら、何度も試行錯誤を繰り返さなかったなら、歌う都の前でここに立って、他に誰もいない今、故郷を守れはしなかっただろう。
「ゼンディカーは私が属する場所。私の魔力と力の中心。私はあらゆる道と、その使い方を知っている。けど、あなたたちは」 アクームのスカイクレイブで、ナヒリが事もなげに殺した羊歯のエレメンタルを彼女は思った。背後に立つカザンドゥのエレメンタルの軍も、ニッサの怒りにうねった。「絶対に理解はできない。私の故郷から去りなさい」
ジェイスは説得しようとしたが、ニッサは無視した。石術師が声を上げると、ニッサはそちらに集中した。「ここは私の故郷なのよ、森育ちさん」
エレメンタルの軍は反射的に緊張してニッサへと近づいた。命をかけてでも守ろうというように。
しばし、このゼンディカーの顕現たちへの感謝の念にニッサは圧倒された。流浪していた時に私を見つけてくれた。孤独だった時に私を受け入れてくれた。
ジェイスは動かず、防御の魔法を張った。
自分は図らずも世界に傷を与えてしまった。それでもエレメンタルたちは、ゼンディカーの心と魂の欠片たちは寄り添ってくれていた。
ナヒリは両手を挙げ、すると歌う都の石が震えはじめた。
家族の意味を、家族のあり方を教えてくれたエレメンタルたち。願わずとも、今彼らは助けに来てくれた。ナヒリではなく、私の所へ。
ギデオンならどうする?
今は自分自身で選択すべき時だ、そう言うだろう。
「ゼンディカーを守る」 エレメンタルへと向けたその声は、囁きよりも小さかった。だが彼らは聞き、理解した。
そして波が岸へと打ち寄せるように、彼らは動いた。
ナヒリはずっと石の力を、その強さを信じていた。石はあらゆるものよりも長く、最後まで耐えると。だが何世紀も生きてきた中で初めて、何十体というエレメンタルが周囲に群がり、彼女は自らの石術の力を疑い始めていた。
ニッサと同じく、エレメンタルたちもありえない速度で動いた。
踏み鳴らし獣にも見た巨大なエレメンタルが激突するまさに寸前、ナヒリは石柱を立てた。それは咆哮し、葉の前脚を振るい、柱を壊した。エレメンタルのうなり声に彼女は叫び返し、飛びかかってくるそれに対し、彼女は両腕を広げて石へと呼びかけた。エレメンタルは地面から突き出た花崗岩の拳に叩き落された。
ナヒリは笑みを浮かべた。
だがニッサを見て、その笑みは消えた。そのエルフは蔓の塊の上、宙に立って両腕を広げ、身体には緑色のエネルギーの帯がうねっていた。そしてその背後には……
背後には、他の何とも異なるエレメンタルがいた。巨大で、姿形は鷲に似て、だが身体はジャディの根で形成され、よじれ、うねっていた。それはナヒリの姿を認めると、狂暴かつ素早く嘴を開き、鉤爪を伸ばして襲いかかった。
ナヒリは身を守ろうと石に呼びかけたが、鷲の鉤爪が肩に食い込んだ。驚きと痛みの両方にナヒリは悲鳴を上げた。それは羽ばたいた――一度、二度、そしてナヒリを宙に持ち上げようとした。
まずい。ナヒリは手首を前方へとひねった。瞬時に、三十本もの赤熱した剣が現れてジャディの鷲に深く突き刺さった。それは悲鳴を上げて彼女を落とした。ナヒリは転がって避けると立ち上がったが、今度は水でできたエレメンタルが目の前にいた。その中には藻が漂い、魚すら泳いでいた。
「冗談でしょ」 ナヒリは呟き、水の蹴りが正確に頭を狙った所を避けた。
それが繰り返された。
ふとナヒリが見ると、ジェイスは罵りとともに呪文を唱え、炎やエルドラージの落とし子の幻影が現れた。エレメンタルたちは本能的にその幻影から後ずさった。ジェイスはゼンディカーが怖れるものを武器として、盾として利用している。これにはナヒリも感心した。その小技を用いて彼は嘴や大口、鉤爪や棘の雨あられを十分に回避することができた。
だが自分たちはこの容赦ない攻撃をかろうじて耐えているに過ぎない、ナヒリはそうわかっていた。
どうしてこの森育ちにこんなことができるというの?
そして一瞬、恐ろしい考えが浮かんだ。ニッサの方が正しい? エレメンタルたちが次元そのものの顕現なら、ゼンディカーはこのエルフに、ともに戦うための軍隊を与えているということ。こちらが孤立無援だというのに。
違う、孤立無援じゃない。自分には力と決意がある。石の技に熟達してきた。何千年と生き延びてきた。自分は正真正銘の、古のゼンディカーの守護者なのだ。この世界の基礎をなすものの守り手なのだ。
そして、この狂気を止めてみせる。
滑らかな動き一つで、ナヒリは雨と紅葉のエレメンタルを石の手ひとつで押し返した。そして肩に力を入れ、脚を広げ、身構えた。
ナヒリは大きく両手を鳴らした。
そして五十本もの赤熱した剣をエルフへと放った。
ニッサは驚きに目を見開き、だがその剣が届くよりも早く、ジャディの根の大鷲が再び現れた――何処からかは見えなかった――そして翼の一振りで五十本の剣全てを受け流した。
畜生。ナヒリは再び石へと呼びかけた。彼女はニッサへと巨岩を投げつけようとした。エルフをそれで取り囲み、もっと剣を送り込むために。だがエレメンタルたちが彼女を獰猛に守った、まるで心を持たない道具であるかのように。まるで、自分たちは生きるために戦っていると知っているかのように。
壊れて弱弱しい世界で、いい人生が送れるはずがない。ナヒリは苦々しく思い、攻撃を続けた。何度も、何度も。
面晶体の破片と歌う都の苔でできた巨大なグリフィンが、何十本という石の槍を飲み込んで、ナヒリへと笑みを浮かべたように思えた。違う戦略を立てなければ。
彼女は駆けた。
避け、防ぎ、回避し、ナヒリはエレメンタルが突き出す手を、きしむ歯を、狙いをつけた棘の中を疾走した。彼女はそのまま歌う都の巨大な大理石の扉に辿り着き、それを押し開いた。
核を守らなければ。この古の都の石が手伝ってくれるだろう。
ジェイスはこれほどたくさんの、多種多様なエレメンタルを目にしたことはなかった。彼らが自分を狙っていなければ、熱心に見つめていたかもしれない。
だがエレメンタルたちは攻撃してきており、彼はあらゆる技と知恵を用いてそれらの攻撃を避け、一方こちらから危害を加えないよう苦心していた。ニッサとの友情を取り戻し、再び仲間となるためには、ゼンディカーを傷つけるわけにはいかなかった。
石成の核を手に入れなければ。ゼンディカーの守護者ふたりを調停する手段を見つけなければ。
視界の隅で、ナヒリが歌う都へと駆けこむのが見えた。あの石術師が何を計画していようと、それは交渉の役には立たないと彼はわかっていた。
両手を広げ、ジェイスは幻影を作り出した。自然のものよりも遥かに濃く、自身がその中に消えるほど分厚い霧。それは目の前にそびえる蔦と地衣類のエレメンタルを惑わせ、いくらかの時間を稼いだ。
その霧に隠れ、ジェイスは駆けた。
歌う都に滑り込んだ直後、耳をつんざく破壊音が背後で轟いた。振り返ると、巨大な石の壁が都の大理石の門を破壊し、出口を塞いでいた。
ジェイスは中に閉じ込められていた。あの不気味な歌が響き始めた。
エレメンタルが歌う都の壁を繰り返し叩きつける音が聞こえた。泥の拳と苔の翼が石を打ち付けたが、無益だった。ナヒリにとって、その音は喜ばしかった。
自分がこの中にいるうちは、石術で留めているうちは、ニッサはこの間に合わせの要塞を破壊できない。
それでも、あの自然の怪物たちが攻撃を続けているという事実に、恐怖が皮膚を這った。壁に取り囲まれて見えざる声に苛まれるという状況も嫌な気分だった。獄庫に囚われた経験がこれでもかと思い出された。
彼女は両腕を上げ、基盤と砂岩を呼び寄せた。そして踊るようにそれらを高く持ち上げ、より合わせ、歌う都の元の壁よりも強く、高く、自らの手で遺跡の上に破壊不能の要塞を作り上げた。
その奮闘に身体が軋んだが、あの愚かなエルフに核を触れさせるわけにはいかなかった。あと少しでゼンディカーを癒せるのだ。かつてのような、安定していて穏やかな世界に。
要塞の内で、エレメンタルの殴打の音は次第に鈍くなり、都の歌はかすかな旋律となった。ナヒリは息を吐いた。ようやく一人になれたのだ。
「ナヒリさん」
邪魔者がいた。振り返らずともそれが誰かはわかっていた。石に響くジェイスの足音を彼女は覚えていた。けれど、今の今まで気づかなかった。
振り返ると、ジェイスが向かってきていた。
「核を奪うつもりなら」 恐ろしいほど穏やかにナヒリは告げた。「壁飾りになってもらうわよ」
その言葉に彼は足を止めた。
「戦うつもりはありません」 ジェイスはそう言い、懐柔するように両手を挙げた。「ですが……どうか、一緒にラヴニカへ来てください。そこでなら、ニッサも話を聞いてくれると思います」
「ええ、聞くでしょうね」 ナヒリの内に怒りが昇っていった。「聞いて、聞いて、そして選ぶってなった時には、この世界を壊れて傷ついたままにしておくことを選ぶでしょうね」 彼女は拳を握り締め、要塞の屋根を解体し始めた。開けた空へと道を作るために。
視線を上へ向け、彼女は遠い昔に作り出した面晶体を呼んだ。歌う都の上に漂うものを一つ残らず。何十とあった。「断るわ、ジェイス。核は別の次元では機能しない。ここでなければ」
「戦うつもりはありません」 彼は再びそう言い、その声に敵意はなかった。だがジェイスが言っていない声が聞こえた。宣言の残り半分。けれど、必要とあらば。
「お願いです」
だがもう用はなかった。明らかに目の前にあるものが見えていない、弱いプレインズウォーカーたちには。感情に両手を震わせ、そのエネルギーを用いて彼女は空から面晶体を下ろし、ジェイスの上に浮かせた。
「ナヒリさん」 ジェイスは身構えた。面晶体は彼の周囲に迫り、回転を始め、その内に閉じ込めた。「聞いてください、お願いです!」
もう聞く気はなかった。宙へ高く昇り、憤怒と痛みが彼女を焚きつけた。指をひねり、青いエネルギーが両手を包み、それを面晶体へと送り、ジェイスを危険な輪の内に閉じ込めた。そして。その輪へと縮まるように命じた。
ジェイスが見た最後のものが、自分の顔となるように。
その時、視界の隅に動くものがあった。その姿、態度、冷たく静かな危険をナヒリは知っていた。
振り向き、彼女はかつての師に対峙した。不倶戴天の敵。ソリン。
その男は要塞の壁の上に立っていた。十フィートほど離れ、目の高さを合わせて。長い黒の上着を風になびかせ、そして微笑みかけていた。
「ここで何してるのよ?」 ナヒリは歯を食いしばった。
ソリンは返答せず、ただ片手を挙げた。ナヒリがよく知る、とても危険な仕草。そのわずかな動きは凄まじい攻撃の先触れだった。
何でお前まで。ナヒリは歯をむき出しにし、そして叫んだ。彼女は巨大な石の足を吸血鬼の真下からその胸に向けて突き上げた。
ソリンは石の嵐の中に姿を消し、ナヒリは息を吐いた。そして一瞬の後、その男は再び、微笑んだまま現れた。まるで何もなかったかのように。
ナヒリは当惑に瞬きをした。そしてソリンの足元の石に意識を伸ばし、それらが吸血鬼の体重を支えていないとわかった。
これは幻影。ジェイスの。
だが気付いた時には手遅れだった。視界を奪うほど濃い霧がナヒリへと襲いかかった。面晶体が地面に落ちる音が聞こえた。
不意に、ナヒリの思考は自らのものではなくなった。
上手くいった! 面晶体が周囲に落ちる音を聞いてジェイスは思った。ナヒリの精神が支配下でもがくのを感じた。このようなやり方は嫌いだが、他にやりようもなかった。
歌う都の不気味な響きが音量を増していた。
急いだほうがいい。ナヒリの束縛と静寂の呪文を同時に維持できるかは定かでなかった。
ナヒリは地面から浮き、ジェイスは動かないよう命じた。注意深く、彼は近づいた。
そして腰の袋に手を伸ばした。
石成の核を取り上げた。
それは彼の手の内で標のように輝き、力を約束して穏やかに脈打っていた。
都の歌が止むことなく大音量でうねり、ふとジェイスは不意に、不可解な願いに満たされた。
彼自身が核のエネルギーを振るい、他の誰かとの議論も戦いも必要とせずに問題を解決する様を見た。自分自身や友人たちを危険にさらす必要もなく。
この核があれば、考えただけで、世界を容易に変えることができる。あらゆる世界を。
違う、そんなのは俺じゃない。ジェイスはその誘惑を押しやった。
ナヒリの精神が新たな活力を得て暴れ、彼はうめいた。その感情には怒りがあり、麻痺した身体の全てでジェイスに抵抗していた。危うく拘束が解けかけたが、ジェイスはかろうじて持ち直した。
「この要塞から俺を出せ。入り口を囲む壁を下ろせ」 彼はそう命令した。
ナヒリの精神はその命令を嫌がったが、遠くで石が倒れる音が聞こえた。エレメンタルの攻撃音が増していった。
ジェイスはひるんだ。自分たちはともにゼンディカーのために解決策を探すべきなのだ。対立し、戦うのではなく。
今すぐに核をラヴニカへ持っていくことはできる。そうするべきだ。ナヒリいわく、核はこの次元でしか機能しない。だがその理論を確かめたかった、既に傷ついたこの世界から離れて安全に。
だが同時にジェイスはわかっていた。もしニッサに何も言わず核を持って去ったなら、永遠に彼女の信頼を失ってしまうだろう。友情を取り戻したかった。そして来たる戦いのために彼女が必要なのだ。
ジェイスは外套に核を包むと、疲れた身体にむち打って歌う都を駆けた。付きまとう歌は今や大音量で、骨身に染みるほどだった。ジェイスは速度を上げた、これほど速く走れたのかと思うほどに。ナヒリが精神支配から解かれて再びここを封じる前に入り口にたどり着かなければ。ニッサの所まで行かなければ。
遺跡の大理石の門を通過した瞬間、ナヒリの精神支配が解け、石壁が古の都を塞いだ。
外側は安全だ。彼はいくらかの満足とともにそう思った。
その巨大な根の肢と緑の蕾が迫る様が彼には見えていなかった。そのエレメンタルが四つの巨大な手のひとつで彼をくぎ付けにし、太陽を遮るまで。ジェイスは唖然とし、アシャヤの姿を認めた。
「ニッサと話したいんだ」 彼は叫んだ。だがアシャヤはジェイスの胸にかける圧力を増すだけだった。
拳を握り締め、ジェイスは周囲に荒々しく燃え盛る炎の幻影を作り出した。エレメンタルを動揺させ、逃げられる程度の隙を作るのが狙いだった。
だがアシャヤは騙されなかった。
エレメンタルは静かにジェイスの外套に触れ、石成の核を取り上げた。
「待ってくれ」 ジェイスはうめいたが、エレメンタルは応じなかった。
それは少しだけそのアーティファクトを見つめると、肩越しに投げた。
そして待ち受けるニッサの手の中に入った。
これは壊すべきもの。
それが、初めて石成の核を手にしたニッサの最初の思考だった。
『聞いて』
その思考は自分のものではなく、だが声は聞き慣れたもののように思えた。彼女はジェイスがアシャヤの掌握の下でもがく様子に目をやった。嘆願するような表情が向けられていた。
恐る恐る、ニッサはジェイスへと思考への立ち入りを許可した。
『ニッサ、頼む、これを止めなければ。エレメンタルを戻してくれ』
『ジェイス。もし止めれば、ナヒリさんはその隙に私たちを圧倒する。見たでしょう、あの人がどれだけ容赦ないか』
都を囲む分厚い壁が並びを変え、大きな破砕音が響いた。ナヒリが石の混沌の頂上に姿を現した。エレメンタルたちが一斉にそこへ向かった。
『頼む。ラヴニカへ行こう。そこで一緒に核を調べよう』
『ラヴニカをうっかり壊滅させてしまったらどうするの? 私は核がもたらす傷を見てきた。これは壊すべきよ』
『ナヒリが言っていた、それはゼンディカーの外では機能しないと。ラヴニカで試せば安全だ』
遠くで、ナヒリが石の檻にエレメンタルを閉じ込めつつあった。動きは集中していて正確で、怒りに満ちていた。四枚の頑丈な壁が川のエレメンタルを取り囲むように立ち上がり、ニッサは息をのんだ。
『ジェイス、ナヒリさんが正直な人かどうかはわからないわ』
歯を食いしばり、ニッサは両手を突き出すと、ナヒリへとまっすぐに緑のエネルギーを放った。
『聞いて』
ナヒリは鬨の声をあげ、ニッサが放ったエネルギーを分厚い岩盤の壁で防いだ。
『ゲートウォッチなら、これを使える』 ジェイスはアシャヤの根へと抵抗した。『君の知らないことがある。俺には……俺たちにはまた直面しなきゃならない戦いがある』
『ゲートウォッチは役目を果たせなかった。私たちは、愛するものを守るはずだった。なのにお互いすら守れなかった』 ニッサの心が痛みにうずいた。ギデオンの微笑みの記憶に、チャンドラとともにあった優しく希望に満ちた時間に。そう、短い間だったとしても、プレインズウォーカーたちとともに過ごした時間は、どこかに帰属しているとニッサは感じていた。『あなただって、私にとっては家族みたいだった』
数百フィート離れて、ナヒリはニッサの所までたどり着こうと奮闘していた。その容赦のない攻撃に、エレメンタルたちが次々と犠牲になっていった。
駄目、こんなの駄目、この戦いに負けるわけにはいかない。手にした核が温かさを増した。
『聞いて』
「聞いてるわよ、ジェイス! 聞いていないのはあなたでしょう!」
『彼ではなく、私の声を』
手の中で核が急かすように光を放った。その声が馴染みあるものである理由をニッサは理解した。その抑揚の中には何かがあった。その脈動は、ゼンディカーの震えと呼吸は、とてもよく知っていた、それが言葉を得たのだ。
『あなたはだれ?』
『私は私。私はあなた』
五十フィート先で、ナヒリは石の足を大地のエレメンタルに叩きつけて急襲した。エレメンタルは膝をついた。
ニッサはナヒリの足首へと蔓の束を放ち、そして核へと呼びかけた。『どうして、今になって話しかけてくれたの?』
ナヒリは優雅に身体をひねって蔓をかわすと跳び、難なく着地した。
大地の鼓動に合わせて、大気が小さく震えていた。ニッサにはわかった、ゼンディカーは笑っている。核からのくすくす笑いが大地の脈動に調和していた。
『どうして?』 ニッサは尋ねた。こんなことはありえない。わからない。今、この新たな謎に対峙する余裕はなかった。ナヒリが近づいてきていた。
けれどこれはゼンディカー。本物のゼンディカー……
『ニッサ、頼む! 核を渡してくれ!』 ジェイスの思考をニッサは無視した。
『あなたの手の内の物体は、私のとても古い一片』 力に満ち、核からの声が返答した。
ニッサは眉をひそめ、ナヒリへと新たな攻撃を狙いつけた。『どうして? どうして古代のコーがこれを作ったの?』
『傷を癒すために』
三十フィート離れて、ナヒリが蔓の二度目の攻撃を砂岩の柵で押しやった。彼女は前進し、ニッサから二十フィートで歩みを止めた。
「核をよこしなさい、ニッサ!」
『ジェイス、手伝ってくれる?』 ニッサは思考を送った。ジェイスは一度だけ頷き、だがその距離でも彼が何かを企んでいるとわかった。
一瞬の後、魔力の触手が脳内へ滑り込むのを感じた。一瞬の恐怖とともにニッサは悟った、ジェイスは自分の精神を掌握しようとしているのだ。
ニッサは精神的接続を切り、無言でアシャヤに願った。ジェイスを動かさないように。エレメンタルは応じ、四肢をその魔道士に押し付けた。ジェイスはうめいた。
「私はこの次元を知っているのよ、無傷だった頃を」 ナヒリが叫んだ。「あなたはその壊れた破片にしがみつきたがっている!」
何と言えばいいかわからず、ニッサは相手をじっと見つめた。ナヒリは負傷して薄汚れ、だが怒りと決意は屈していなかった。その瞬間、ニッサは相手がいかに孤立無援かを知った。
ギデオンならどうする? 彼女はそう思い、そしてはっとした。違う、私はどうする?
『あなたの力を信じなさい』 手の内の力が囁いた。
「ナヒリさん。壊れていたって、それは弱いってことにはならない。壊れていても、美しくないわけでも、救われないわけでもない」
「壊れたプレインズウォーカーがよく言うわ」 ナヒリが言い返した。「触れたもの全部を壊しながら」
ニッサは核を強く握りしめた。その言葉は突き刺さった……だがかつてほどの痛みはなかった。なぜならナヒリの冷酷な表情の背後に、ニッサは恐怖を見たために。
そしてその瞬間、ニッサは何をすべきかを理解した。
私の故郷を、家族を守る。きちんとそれができるまで、何度だって試す。
「壊れてたって、生きる価値がないって意味じゃない」 ニッサはそう言い、背筋を伸ばし、石術師をまっすぐに見据えた。「ナヒリさん、あなたは過去のゼンディカー。私は今のゼンディカー」
疑念がナヒリの表情にちらついた。だがそれは素早く消え、ナヒリはあざ笑うと両手を挙げた。
おびただしい数の面晶体が現れ、ナヒリの背後に浮かんだ。面晶体はねじれて複雑に流れるように動き、それらの間にはエネルギーの火花が散った。
戦場の全てのエレメンタルがすくみ、縮んだ。ニッサはその瞬間に理解した。ナヒリは自らの過ちを認める前に、その全てを倒すだろうと。ゼンディカーの心の精髄をくじく、ただ飼い慣らすために。ナヒリの企みを一片でも通してしまったなら、ゼンディカーの傷ついた魂をさらにひとつ喪失し、自分は悲嘆するだろう。
手の中で、核は標のように輝いた。
面晶体はナヒリの周囲をさらに速く回転し、力を集めていった。まるで決壊する寸前の嵐のように。
『もし、私もナヒリさんみたいに壊してしまったら』 ニッサの心に不安がよぎった。
『あなたの力を信じて』 故郷はそう囁いた。
ニッサは目を閉じ、深呼吸をし、今よりも良いゼンディカーを思った。エルドラージの傷をその特徴としない、エルドラージの傷に苦しんでいない世界。エルドラージが残した毒を滲ませない世界。もっと健康な、けれどそれでも不完全で、危険で美しい世界。
核は温かさを増し、掌の中で歌った。ゼンディカーの力線が目の前へと伸びていくのを感じた。そして容易く、とても容易く、ニッサの魔力が核の力に融合した。
彼女はそれを放った。
閃光があった。鈍い咆哮があった。暴風がニッサを打ち、肺が空になり、灰と雨の匂いを感じた。土と川の。古く恐ろしい魔法の。
核からの力は面晶体と衝突した、火花とエネルギーが飛び散った。鈍い咆哮は甲高い悲鳴となった。光は眩しくなった。突風が過ぎ去った。
そして、そこには何もなかった。
その静寂に、周囲に感じた不意の虚無に恐怖しながら、ニッサはゆっくりと目を開けた。核すらも手の中で力なく黙っていた。
見たものに彼女は息をのみ、胸に恐怖が沸き上がった。
歌う都は消え去っていた。平らに、塵と化していた。森の大部分も同じく。全てが灰と帰していた。
戦場の至る所で、エレメンタルたちが塵の中、倒れて動かなくなっていた。
「そんな」 ニッサは近くの一体へと急いだ。ジャディの大樹の体現、繊細な黄色の花をその四肢にまとわせている。彼女はその隣に膝をつき、ざらついた樹皮に手を触れた。「嫌」 またしても?
またしても。
手の下でエレメンタルが身動きをした。
それは両目を空け、眠そうに瞬きをして立ち上がろうとした。最初は少し震えながら、だが次第に力と確信を増しながら。それはニッサの手をとり、握り締めた。そのエレメンタルが成長し、力を増すのを彼女は感じた。
戦場のそこかしこでエレメンタルが立ち上がり、埃を払い、より完全な、生き生きとした姿へと変わっていった。ニッサの目に涙が浮かんだ、不意に彼女は核を落とし、それは灰の地面に音を立てた。だが気にしなかった。古代のアーティファクトは沈黙していた。光も消え去っていた。
核は目的を果たしたのだ。ニッサは実感し、微笑んだ。傷を癒した。彼女は目を閉じ、耳を澄ました。
ナヒリが苦心して地面から身体を起こす音が聞こえた。そこから十フィート程離れて、ジェイスもまた。もっと向こうでは、柔らかな緑色のジャディの根が、荒廃した森から芽吹いていた。その先では、豊かで途切れない土が、エムラクールとの戦いから残る病んだ荒廃を押しのけていた。そしてそのさらに先では、バーラ・ゲドが再び芽吹き、伸び、魔法だけが成し得る速さで森が戻ってきていた。
ゼンディカーは癒えている。もっと健康で強い世界へ、エルドラージとの戦いの前よりも。まだ傷跡はそこかしこにあるけれど、それは今や記憶であり、この世界を決める特徴ではない。
とても久しぶりに、ニッサは心から笑った。そしてゼンディカーがともに笑う声が聞こえた。
私の力を信じる。
ニッサは蔓を呼び寄せた。それらが自身の下で成長しうねり、持ち上げられて彼女は笑みを浮かべた。そして東を向き、風のように素早く進んでいった。大地の力線を追い、森の中を飛び、バーラ・ゲドへ、彼女だけが知る道を通って。ひたすらに進みながら、ゼンディカーの全てが心地よく歌う響きが耳に届いた。
ついに、故郷へと帰り着いたのだ。
ジェイスは反応のない核を拾い上げ、ニッサが去り行く様子を見つめた。呼びかけようと思ったが、それは無意味だとわかっていた。今日ここでいくつもの過ちがあり、少なくない数が彼のものだった。ラヴニカでの戦いの後、ニッサがどう思っていたかを彼はようやく理解したのだった。
周囲では、エレメンタルたちが元気にそびえ、活力に満ちていた。一体また一体とそれらは大地へ還り、もしくはジャディの森に姿を消した。
何かが靴をこすった。はっとしてジェイスは後ずさり、見下ろした。
塵の中、そして周囲の瓦礫の中、蔓や若芽が破壊跡から伸びだしていた。そして驚くべき速度で成長していた。
まるで乱動の後の開花のように。書物で読んだことはあったが、実際に見るのは初めてだった。
「力はなくなったの?」 ナヒリが蔓を蹴りながら、隣にやって来た。
彼女はジェイスの手にある、光を失った核について言っていると理解するまでに一瞬を要した。「わかりません」
「あの娘が使うものじゃなかった」 ナヒリは嫌悪を浮かべて言った。
「誰がこの力を使うべきか、ニッサは正しくわかっていたと思います」
ナヒリは顔をしかめた。
「ニッサに謝らないと。俺たちが間違っていたって」
ナヒリは彼を睨みつけた。「謝ってすむと思ってるの? ジェイス、あなたは今日また敵を作った。でもそれがあなたの性質なんじゃないの? いいことをしようとして、ただ事態を悪化させるだけ」
ジェイスは返答しなかった。言い返さずにいると、古代のコーは背を向けてプレインズウォークしていった。戦うべきではない戦いもあると、彼は理解し始めていた。
けれど、戦うべきものもある。
ニッサ、俺が悪かった。もっと耳を傾けるべきだった。
ここに、とても多くの傷をつけてしまった。友と、彼女が愛する故郷に。そして今感じている大きな罪悪感は、時間とともに癒えるものではないとわかっていた。
死した核を手にし、ジェイスはゼンディカーの塵の中に立った。新たな生が芽吹きとなって靴を取り囲む中、ニッサの言葉が正しいことを彼は願った。
壊れたものであっても、修復することはきっとできるのだと。
(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)
Zendikar Rising ゼンディカーの夜明け
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