MAGIC STORY

ゼンディカーの夜明け

EPISODE 08

サイドストーリー第4話:渇望

Brandon O'Brien
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2020年9月25日

 

 自由都市ニマーナの片隅。闇夜の中、灰色のローブをまとった男が襟元を閉めて風を防ぎつつ天幕へと向かっていた。市場の通りを過ぎながら、その男はすれ違う全員に鋭い目を向けたままでいた。その男は、この街についてのあらゆる最悪の噂を聞いてきたかのように注意深く歩く様子から、ローブの下に隠れた顔を一瞥せずともよそ者であるのは明白だった。近くにいた数人の泥棒は、その男のあまり目立たない細部の様子を認めて目を見開いた。ポケットの中の財布の重み、ローブの内に握り締められた一本の巻物、そして歩きながら放つその雰囲気――気前の良い何者かに仕えている、そして同時にその雇い主をひどく怖れている。

 市場の突き当たり付近には、地元の雇われ冒険家たちが仕事を行うための天幕が並んでいた。街のその付近の再建は遅々として進んでおらず、家々は今も完全に壊れたままだったが、少なくとも瓦礫は撤去されて、ありふれた商売のための場所が提供されていた。見ると、怪物の死骸から切り落とした肉の値段をマーフォークと肉屋が言い争っていた。一方では行商人たちが、何としても売りたいがらくたのほら話を吹聴していた。その先に探検家たちがいて、松明と月の暗い光を共にしながら噂話に興じ、道具を確認しながら、声がかかるのを待っていた。

 探している人物はわかっていた。雇い主は、飲酒のためにしばしば市場を訪れる一人の剣士を探せと彼を送り込んでいた。その男はグール・ドラズでも最も粗暴で有能なパーティーの一人だった。冒険のスリルや発見にはほとんど興味を持たず、ただ金のみを求める名もなき旅人の一団。これは彼にとっても、雇い主にとって好都合だった――放蕩や誇示が好きな者は求めていなかった。ただ、道が開ければよかった。

 その男はすぐに見つかった。年配のなめし革売り二人が異国の獣の皮を売っており、その隣で隅の壁にもたれかかって、小さな剣の刃を亜麻布のシャツで磨いていた。その剣士は顔を上げてローブの男と目を合わせ、見つめた。「誰かお探しかい?」

「ふむ、お前がタルサか?」

 その男は溜息をつきつつ頷いた。「ならついて来な」


遺跡の盗人、アノワン》 アート:Magali Villeneuve

 一人の吸血鬼が、市場でずっとその使者を尾行していた。だが気付かれていなかった。彼は真紅の外套のフードを深くかぶり、青白い肌を隠していた。近頃は上手く身を隠す方法を心得ていたため、誰の目にもとまらなかった。彼は殺人犯にして盗賊、名声ではなく悪名を知られており、ほとんどの場所で嫌悪される人物だった。ある者からは酷い罵声を浴びせられ、またある者からはもっと酷い暴力を振るわれる。この男と一緒に旅をした遠征隊もあったが、とても不承不承であり、眠る時には手の届く所にナイフを置いていた。

 この使者を追うのは、こんな現状を終わらせる最初の一歩になるだろう。アノワンは思った、この男は自分の贖罪への道となるかもしれないと。

 タルサが天幕に入ると、冒険家二人を示した。彼らは専門職のように背筋を伸ばして迎えた。銀髪のすらりとしたコーが、透明で強い匂いのする液体が入った真鍮の杯を差し出した。「ニマーナ最高の冒険隊を何処へ送り込みたいんだ?」

 青いローブの男は手を一振りしてその飲み物を断った。「挨拶はいい。俺は誰でもない――ただ、あんたがたを雇いたいっていう出資者の話を伝えに来ただけだ」

 アノワンは離れ、近くの小路から耳をそば立てた。使者に一人で接触し、自分の冒険としてから仲間を探したかったが、今となってはどうしようもなかった。このパーティーでも不足はないかもしれない。タルサ率いるチームの成功物語、その冷静な振る舞いと鋭い危機回避能力はニマーナで盛んに語られていた。アノワンはまた、その使者が間違いなくまだ知らない内容を耳にしていた……

「一人足りないようだが?」 使者はそう言って、フードを脱いで漆黒の髪をかき、天幕の中を見渡した。「あんたがたは四人だと聞かされていたが――」

 苛立ちに眉をひそめ、即座にタルサが割って入った。「俺たちは……オンドゥで一人を失った」 仲間のコーは使者からの疑問を耳にして拳を握り締めていたが、タルサと目が合うと力を抜いた。「けど旦那、俺たちの働きに心配はいらんよ」

 オンドゥ。その地名を聞いてアノワンははっとした。その仕事にありつけなくとも、この特別なパーティーとの接触だけでも、ひとつの小さな、思いがけない幸運かもしれない。

「それは気の毒に」と使者。「けど、皮肉だが俺はオンドゥでの仕事の話を持ってきた――雇い主いわく、とんでもなく危険な仕事を」

 全くもって幸運だ。アノワンは独りごちた。

 コーは再び身を強張らせた。「その危険とはどんな意味だ?」

 使者はコーへと首を傾げた。「ナディノだな?」 彼は名前への反応すら待たずに続けた。「ジュワー島のスカイクレイブを見たことはあるか?」

 ナディノは言葉を失った。タルサは反射的に、慰めるような視線を向けた。「ああ、ある」彼は落ち着いて返答した。

「む……」 一拍の沈黙があり、そして使者は続けた。「思うに、この話は――」

「いや」 ナディノは歯を食いしばった。「単なるよくある災難だった。続きを聞こうか」

 タルサは顔をしかめた。「俺は一個人として、あの化け物とは再戦したい」

「グラークマウ、そう呼ばれている」 使者は続けた。「実のところ、それがあんたがたの獲物だ。そいつがいるせいで、あの付近では垂直方向への移動が難しい。探検業界にとってはよろしくない。あんたがたが二回戦に勝ったなら、雇い主は言い値を支払うだろう」

 ナディノは含み笑いをした。「ああ。首を持ってきたら報酬は割り増ししてくれるんだろうな」

「割り増し?」 使者はにやりとした。「雇い主は、頭ひとつごとに支払う気がある」

「で、その……雇い主ってのは?」

「知る必要はない。ただ気前がいいとだけ知っていればいい」 彼は上質の青いビロードの袋を取り出し、投げた。タルサは本能的にそれを受け取った。優に百五十は入っているだろうか。「経費だ。もちろん、見つけたものは持ち帰って構わない。だが忘れるなよ、俺たちは害獣駆除に金を払うのであって、覗き見にじゃない」

 彼らが話を続ける中、アノワンは外套のポケットに手を入れて一枚の紙を取り出した。あのスカイクレイブには、彼を誘うものがあった。この冒険を自分のものにできていれば――

 不意にエルフの男がアノワンの首を腕で固め、彼を背後から拘束した。その紙は街路に落ちてかさりと音を立てた。エルフはタルサへと声を上げた。「親分! スパイがいやがった!」

「離せ、貴さ――」 口から出かかった言葉はどれも憎悪に満ちていた。彼はそれを口に出さぬよう懸命にこらえていた。この先も多くの罵声を浴びせられるとわかっていた。だからこそずっと隠れたままでいたのだが、後から考えるにそれはいい案ではなかった。だからこそ、力で勝るのがどれほど簡単であっても、彼は抵抗しなかった。敵を増やしたくはなかった、特にこうしてまだ顔が隠れているうちは――

「顔を見せろ、こそこそしやがって!」 使者が叫んだ。戦ったことも、命令を出したこともないような偽の気概で。

 エルフがアノワンのフードを払った。青白い肌とそこに塗られた赤い模様は、タルサが剣を抜くに足りるだけの要素があった。

「やめろ!」 アノワンは喉から声を上げ、降参を示すように両手を挙げた。「戦う気はない! 私は――」 彼は落とした紙を指さした。

 ナディノは屈んで近くのそれを拾い上げ、目を狭めて見るとタルサへ手渡した。「スカイクレイブについての覚え書きだ……かの有名な賢者様は是非とも内部を拝見したいらしい」

 タルサは放すようにエルフへと身振りをし、アノワンは地面に崩れ落ちると紙を拾い集めた。「仕事を盗むためにこの男を追ってきたのか?」

 吸血鬼はかぶりを振った。「私は……そのスカイクレイブを見たいのだ」

 ナディノは腕を組んだ。「それはこっちの仕事じゃない」

 アノワンは動きを止め、張りつめて怒る全員の視線を受け止め、そして立ち上がってタルサと目を合わせた。「どう思われていても構わないが、私の望みはスカイクレイブを研究することだけだ。何にせよ君たちにはもう一人必要だろう。私にその空きを埋めさせてくれ」 彼はタルサへと向き直った。「君たちの稼ぎの一部ために、私を加えてくれないか」

「スカイクレイブの中に、あんたが欲しがる何があるんだ」 タルサが尋ねた。

 彼は考え、言葉を探し、告げた。「知識だ」


 タルサの仲間たちはその取り決めを嫌ったが、使者が間に入ったことで話はまとまった。アノワンの取り分はわずか五パーセントのみ、だが発見した文書は全て手に入れて良いと決まった。遺物はまた別の問題だったが、自分は黄金や武器には全く興味ないとアノワンは強調し、タルサが調停すると決まった。そういった報酬以上の発見を期待しているのか、そう尋ねられてアノワンは返答した。「遥かに価値あるものを」

 それは横柄な口調だった。そのためエルフのクレリックであるエレトはパーティーが眠ると、もっと凶悪な動機があるのではと疑ってアノワンの持ち物を漁った。

 使者の雇い主は既にニマーナからジュワーへの海路を手配していた。船を帰すための水夫は一人しか乗っていなかった。船出するとすぐ、水上で吸血鬼とともに孤立するという緊張感が三人に降りかかった。ナディノは躊躇することなくアノワンに自分たちの不安をぶつけ、近づきすぎたり不意に言葉を発したりした時には繰り返し脅した。エレトはずっと静かで、むしろ慎重に、刃や牙を見張るために決して眠ろうとしなかった。タルサは挑戦を試みたがり、冗談めかして吸血鬼としての力と回復力を褒めた。一人で帆を操って海蛇の顎の暴風を横切れるんじゃないか、縄をきつく張りすぎて嵐で切れそうなくらいに。彼はそう言った。

 アノワンはその全てを冷たく平然と受け止めていた。最も憤慨したのは、ナディノの三度目の脅しだった。もし線を超えたなら自分たちの相棒のナーリッドであるジョリィに食わせるぞ、と。「保証するが、君たちを傷つける気はない。グラークマウを殺したなら、二度と会うこともないのだ」

 日没のほんの数時間前、彼らはジュワー島の岸に到着した。アノワンはひるんだ。闇の中での登攀は常に最も危険だが、陽が沈むまでに可能な限りスカイクレイブに近づきたいとタルサは主張していた。彼は最初に小舟を降りて自分たちの装備ポーチを回収し、厳粛な様子でそれらの重さを背負った。もう三人と角の生えたペットも陸へと上がってきた。

 背後から、低くかすれた理解のできない言語の囁き声が聞こえた。それは脅しのように響いていた。まるで彼の魂を呼ぶような、来たる災難を告げるような。アノワンは振り返り、砂地と草から突き出た石の顔二つに対面した。大きく開かれたその口の中にはごく薄い青い輝きが、まるで蛍のようにゆっくりと瞬いていた。

 アノワンは立ちすくんだ。長く聞くほどに意味を聞き取れそうで、だがはっきりとした次の瞬間にそれは雑音へと消え去った。二度の痛みに彼は襲われた。一度は心に脈打ち、もう一度は理解したいという切望とともに。彼は三人へと振り返った。「聞こえるか? この――」

 エレトがアノワンの首筋を強く叩き、呆然自失の状態から覚醒させた。「馬鹿っぽい顔しやがって。勇ましい遺跡の学者先生、ファドゥーンが怖いなんて言わないでくれよ?」

 アノワンは振り返り、そのエルフを非難しようかと迷った。視線が合い、エレトの手は速やかに脇腹の剣に触れた。一瞬、アノワンの思考が浮遊した。最後の一滴まで生命を飲み干され、このエルフは青白くなっていく。助けを求めて泣き叫ぶ声は無へと消えて――

「どうした?」 タルサが尋ねた。アノワンの視界の隅で、その戦士が剣に手を触れるのが見えた。

「何でもない」 アノワンはそう返答した。

 スカイクレイブへ登る最も安全な道に到着する頃には、既に夜は更けていた。タルサはアノワンを先に行かせ、残りの三人は荷物をたぐりつつ石の崖を垂直に登り始めた。闇の中、ジュワー島の中央から発せられる「より糸」のかすかな青い光を唯一の明かりとし、優れた視覚に頼ってアノワンは縄を固定した。もう三人は用心しつつ後についた。エレトはひとつ質問を発したが、タルサは氷のような視線でそれを黙らせた。

 三人の重みが彼にかかり、下方への重力と合わさってまるで試練のように感じられた。耐えろ。これが全て終わったなら、これまでの愚行ともお別れだ。スカイクレイブについての認識が正しければ、長いこと探し求めていた力と知識が手に入るだろう。そしてその力を持って行儀よく振舞えば、海門で文書を漁っていた頃のように謙虚なままでいれば、この先も妥当にやっていけるかもしれない。

 ナディノのナーリッドは既に自力で崖を登っており、冒険家三人がようやく一人また一人と崖を越えると、濡れた舌でそれぞれの頬を舐めた。コーはペットを可愛がりながら、顔を上げもせずに北東を指さした。「この崖から突き出た岩が一番近いし、もう綱が張られている。そこから入る。明かりは多くない。だから素早くやるか、夜明けにやるかだ」

 アノワンはほとんど聞いていなかった。彼は既に近くの足場の端から跳び、着地して背負い袋の重みをこらえた。「野営をしたければしてくれ。私は見に行きたい」

「どうした、学者先生」 ナディノが叫んだ。「忘れたのか? 俺たちの仕事は遺跡からハイドラを片付けることだろ」

「気を付けると約束する――」

「――死ぬぞ!」

「ならば、気を付けて死ぬと約束する!」 彼は舌を噛み、音を鳴らして深く息を吸った。「すまない。邪魔をする気はない。私の調査は――」

 タルサはもう二人の苛立つ視線を受け止め、罵りを呟くと二人に追うよう指示した。不安の中、軽率にアノワンは続けた。「ここに縄が張ってあるのは幸運だ。続く者のために道を残しておく冒険家は多くない」

 ナディノはたじろいだ。「それは……オリエンが張ったやつだ」

「オリエン?」 アノワンは立ち止まった。「それは君たちの――」

 タルサが大きく咳払いをした。「先へ行け、吸血鬼」

 彼は頷き、進んだ。

 前方に広がる光景に、アノワンの利己的な部分は既に魅了されていた。半円状の建築は赤いガラス質の石を宿したまま、落下した大地の土が薄い色の筋となって残りながらも今や目の前に浮かび、ゼンディカーが自衛のために鳴動し壊れた日々よりも古い物語を豊かに宿していた。

スカイクレイブの列柱廟》 アート:Johannes Voss

 スカイクレイブだけが、それ自身と同じほどに明白なものを伝えられる。ゼンディカーの歴史の多くは誤りの上に築かれてきた、そうアノワンは考えた。彼ですらかつてこの大地を形作った文明を、それをねじ曲げて破壊しかけた生物から命名した――ゲトの家門の吸血鬼から心を盗み、同族に反逆させようとしたその生物。その間ずっとアノワンは潜伏し、影から戦いを観察し、巻き込まれることを拒んだ。だが昇ったスカイクレイブは歴史を正し、ゼンディカーの過去の失われた道を明かす。彼は望むだけだった。もたらされた宝物の中には、この世界が一族を、血の長を生み出した秘密が隠れていないだろうかと――あのエルドラージが腐敗させ支配しようとした吸血鬼を。この謎に答えることで、何か新たな信望を得られるかもしれない。少なくとも、昔の自分の臆病さは放免されるだろうか。

 スカイクレイブの門で立ち止まるや否や、彼は背負い袋から一冊の筆記帳を取り出した。ページはばらばらになっており、カバーの中で雑に積み重なる紙の束に過ぎなかった。だが彼はそれを古の秘本のように持ち、一連の織り交ざった線と模様を探して熱心にページをめくった。

 エレトがアノワンに追いつき、吸血鬼がスカイクレイブの壁面を調査しては紙に目を寄せて両者を比較する様子を観察した。そのエルフが何かを尋ねるよりも早く、アノワンは語った。こちらが丁寧に接すれば、ある程度の善意は得られるものだ。

「私は冒険家たちが他の場所で記してきたモザイク模様を調査して、その模様には微妙な違いがあると気づいた。これは文章なのだろう」 彼は筆記帳の端でそれをつついた。「古代のコーが壁に記したものだ。この場所の目的を解明するための有益な情報源になると信じている」

「それであんたはここに来たのか?」 ナディノは冷やかすように言い、門の隣に屈んで身体を休めた。「研究のために?」

「私は……研究者として上手くやっていた」 彼は呟いた。そしてすぐにそれは真実ではないと思った。知識を探求する中で多くの苦々しい物事も行ってきた、略奪者と大差ないような。だが以前は――ただ知りたいと願っていた頃、海門にいた頃、ゲト家の血の長テニハスが自分を引き入れて歴史の価値を教えてくれた頃は――上手くやっていた、けれどそんな時代は失われてしまった。血の欲求から、あるいは力への渇望から。

「あんたの言葉からするに、かろうじてな」 エレトは好奇心からスカイクレイブ壁面の彫刻を一瞥した。「俺らは登る。その時知ってればいいのは、頑丈な縄の手触りといいお宝の輝きだけだ。俺らのことは信用していい」そして彼は壁を示した。「古いコーの言葉がわかるのか?」

「冒険家たちは翻訳しなかった。書き写しただけだ。模様、彫刻、深さ……焦点。自分の目で見るといい」 アノワンはスカイクレイブの奥深くを指さした。進むには深すぎる影を夜が投げかけていた。「奥深くに研究室がある。この左側の壁沿いだ」

 タルサが縄を注意深く腕に巻きつつ近づいてきた。彼は門の彫刻を見つめた。「つまり、この模様は……方向か?」

「そのような感じだ」 アノワンは壁のモザイク模様、その中央の線を端からなぞった。それは周囲の模様とより合わさり、鋭く左に曲がって先端で引き返していた。「この言語はただの文章ではなく、地図でもあると信じられている」

 ナディノは溜息をついた。「これが手がかりにならなきゃ――」

 咆哮がひとつ、前方の暗闇から響いた。タルサが指を鳴らすと、仲間たちは彫刻の壁の背後に身構えた。ナディノはそう大きくない火球を作り出し、アノワンの頭上から門へ向かわせ、通路を進ませた。その光の中、薄い黄緑色をした三つの頭と、スパイクの罠を思わせる三列の歯が見えた。

 アノワンがその名を考えもしないうちに、エレトが彼を押しやって外側の柱へ向かった。タルサはナディノへと口笛を吹いた。コーは右へ駆け、最も右側の頭部の目を引きつけ、弾ける炎と氷の魔法を順に浴びせた。頭同士の狙いが分断できた――屋根のない柱に遮られて三つの頭は分かたれ、彼らの目前で顎が鳴った。

「親分、作戦は?」 エレトが尋ねた。

 タルサはかぶりを振った。「こいつはその気があれば頭で石も砕いちまう。でもって俺らはいい感じに日に焼けて、その気にさせてるってわけだ」

 アノワンは素早く思考した。後からあの使者は言っていた、このハイドラはスカイクレイブが昇る以前、地中にいたため視界が鍛えられている。熱を夜明けのように眩しく知覚し、真暗な通路内の動きを辿れると。彼は閃いた考えをタルサへ叫んだ。「体温を下げろ!」

「体温を下げる?」 タルサはその意図を把握し、ナディノへ呼びかけた。「氷だ!」 彼は通路を示した――グラークマウそのものの先を。「あの壁に雪を降らせろ!」

 アノワンは手を押さえた。「あの怪物にそんなに近づくのか?」

「ああ」 タルサはこめかみを叩いた。「フジツボみたいに。あれのすぐ下で姿を消してやる」 彼がもう一度指を鳴らすと、仲間たちの目は次の合図を待った。タルサは口の動きだけで三つ数えると、手にした剣で空を切り、彼らは内部へと駆けた。

 床の傾斜を利用し、アノワンは滑りつつ進んだ。視界の端で、ナディノが駆けながら頭上に鉤つきの杖を振り回していた。融けかけた氷の塊がゆっくりと通路の上に集まっていくのが見えた。冒険家たちが壁に衝突する直前、怪物は彼らの頭上の石を引っかき、それはアノワンの額をとらえて彼は倒れ、額を石の床で強打した。あまりに痛く、熱く、傷の深さを彼は訝しんだ。アノワンは右方向からうめき声を聞き、振り向こうとしたその時、分厚い雪が降り注いで左脇に柔らかな衝撃を感じた。

 彼は暗い雪の覆いの中で動きを止め、頭を手で押さえた。怪物は空に向けて咆哮し、困惑して止まった。それは数分間待ったが、アノワンはまるでひと冬のように感じた。怪物の呼吸音は壁を震わせるようだった。そして、三つの温かな肉片と騒々しい吸血鬼の仲間は視界から消えたと確信し、怪物は別の食料を求めていずこかへと駆けていった。

 彼は動かずにいたが、やがて周囲で雪が動く音とナディノの声が続いた。「小賢しい戦法だな、大将。さて……血を流してんのは誰だ?」


 アノワンが立ち上がれるまでにしばらくの時間を要した。そして休息の間、この島がまたも話しかけてくる声を聞いているような気がした。激励なのか? 疑いか? 不可知のファドゥーンですら子供のように自分を笑っている? 怒りと困惑が彼の内で沸騰し、その中で彼は眩暈と空虚を感じた。

 タルサは負傷した身体を雪解けの水たまりから起こし、治療を始めた。アノワンは自身の荷物を下ろし、その中から血の瓶を二本取り出し、ゆっくりとそれを握り締めた。

 タルサは後ずさった。「それは何の血だ?」

「廃墟を這い回る蛆虫や油虫は繁殖が容易だ。そして私には血が必要だ」 アノワンは苦々しく言った。彼は一本の栓を抜き、貪るように唇に当てた。ほんの一滴で傷を塞ぎ意識を回復するには十分だった。振り返ると、もう二人の冒険家は互いに縮こまって眠っていた。ジョリィは息をする枕になったように二人の頭を乗せていた。タルサは彼らの隣に膝をつき、腕に布を巻こうと苦闘していた。

「待て」 アノワンは起きて言った。「家門にいた頃、私はあらゆる治療法を学んで――」

「マラキールの魔法を俺に使うな、吸血鬼」 タルサは威嚇するように言った。憤りの中、包帯をきつく巻きすぎた彼はひるんだ。

「ならば使わない」 アノワンは二本目の瓶を置き、両手を挙げて近づいた。「私に巻かせてくれ」

 吸血鬼が近づいてきてタルサはたじろいだが、やがて力を抜いた。アノワンは包帯の端を掴んで相手の腕へと慎重に巻きつけ、傷を覆っていった。もう少し深かったなら、ハイドラはこの男の腕を切断していたかもしれない。アノワンは息を止め、血を見たことによる本能的な渇きを鎮めた。「きついか?」

 タルサはかぶりを振った。「ありがとうな」

「大したことはしていない」アノワンはぎこちなく微笑んだ。「冒険家とは助け合いだ」

 彼のその目にある何かがタルサを打った。「何故ここに?」

「ここは不便なのはわかっている。日が昇ったらすぐに――」

「そうじゃない」 タルサは背筋を伸ばした。「あんたはなぜ俺たちについて来た? なぜ探求を続ける? 大きな家門はどこもあんたを憎んでいるし怖れている――吸血鬼の家門だけじゃなく、探検協会もだ。普通の奴らは吸血鬼がいるのには耐えられない。これの何がお前にとってそんなに重要なんだ?」

 アノワンは言葉を探した。「ここの石はお前たちの街の名が定まるより古いものだ。私たちがゼンディカーについて考える時は、この大地の最も深い傷跡を思う――だが古代のコーはあれらが現れもしていない時代にこの場所を築いた。この場所は私たちが見通せない知識を宿しているのかもしれないのだ。彼らの知識が、学びが、ゼンディカーを変えられるかもしれないのだ」

 それは真実の一部だった。学びたいと願う物事、名声を回復できるかもしれないと密かに願う物事。スカイクレイブはゼンディカーの秘密を隠していて、それをエルドラージの歴史と比較できるかもしれない。さらに、乱動の背後にある古の魔法を解き明かせるかもしれない。もしくは純粋な偶然から、もしくは新たな血の長を創造する秘密すらも。あるいは、スカイクレイブの上昇は災厄の新時代の始まりとなるのかもしれない。それを、エルドラージでの失敗の償いとして、自分が防ぐのだ。この考えを持ち続けている間は、その全てを最初に学ぶという栄誉を手に入れられるだろう……だが同時に彼は疲弊していた。世界を癒したい。再びの苦しみは見たくない。ひとつひとつの真実が大地への傷を開くことなく、学ぶことができたなら。自分自身と、研究と、ゼンディカーのその魂とが、平和のうちに。

「……そうか」 タルサはその剣で身体を支え、通路の壁にもたれて座った。「つまりあんたは今でも勉強がしたいってわけか。そっちに目を向けてる。加えて、見張りが必要だ。こいつらはあんたに見張られるのは嫌がるだろ」 彼は通路を示した。「行ってこいよ。それとあんた自身のために、見たら助けを呼べ。見られたら、じゃなくてな」

 アノワンは頷き、最小限の荷物だけを掴んで服の中へと押し込み、突き出た石の線を追って暗闇の奥深くへと分け入った。


 アノワンは上機嫌な興奮で次の夜明けを迎えた。ただスカイクレイブの広間にいるというだけでも十分だった。もはや彫刻から珍しい名詞や前置詞を解読することもない――それらが完全な文章として存在していた。左端の外側の線そのものが、オンドゥのスカイクレイブの創造について述べた完全な論文であり、コーの祖先たちのこの地での働きが記されていた。あらゆる部屋の壁に宝が安置されていた。アノワンが見る限り、彼らの言語は長く引いた線で構成され、平行するもしくは交差する短い線で鋭い文字として区切られていた。紙の記述も識別できた。最新の錬金術的混成、多様な手法、偶然もたらされたその結果。残念なことに発見した多くの文書は石化し、もしくは水濡れになっていた。読んだものがようやく全て心におさまり、次に何をすべきかはわかっていた。

 彼は入り口の通路へ戻り、タルサへと来るように合図した。他の仲間も目覚めていて加わり、エレトは歩きながらタルサの傷を手当てした。「探しに行こうと思っていたところだった」 戦士はそう言い、大剣を一瞥してそれを収めた。「グラークマウを見つけに行く。そうすればもう一夜をここで過ごすこともない」

「壁の記述が参考になるかもしれんぞ」 知識の喜びに、アノワンは晴れやかに言った。

 ナディノは顔をしかめた。「今は歴史を味わってる場合じゃねえ。任務を続け――」

「任務はわかっている」 彼はタルサを確信とともに見つめた。「信じてくれ」

 彼は三人を率いて通路を戻り、奇妙に直角を成す交差路へ入った。道幅よりも分厚い壁を持つ石造りの部屋が幾つも続いていた。ある部屋はかつて薬物の貯蔵庫だったのか、今はガラスの破片と草だけがあり、たくさんの昆虫が飛び回っていた。別のある部屋はもっと大きな広間で、スカイクレイブが沈む以前に起こった出来事から黒く汚れていた。歩きながら、アノワンは両目で彫刻の筋を追い、それを静かに読み上げていった。「オンドゥ大陸の施設、兵器類と包囲機械の十分な開発のために建てられた、外部勢力との紛争勃発の可能性に備えて……」

「外部勢力?」 ナディノがふと尋ねた。

 アノワンの内にひとつの返答が浮かんだ――別の世界から敵対勢力が現れたならどうする、自分が見てきたように? だが歴史は異なる物語を伝えていた。「ここは古代のコーの首都マキンディに反逆したスカイクレイブだ。これが落ちた時に首都も巻き添えになり、彼らの文明も完全に埋もれてしまった」

「つまりここは武器庫なのか?」 タルサが熱心に手を叩いた。「古代のコーの剣ってのをずっと手に取ってみたかったんだ。アノワン、そういう遺物は見つけてないのか?」

 アノワンは布で包んだ、石で覆われた巻物の束を掲げた。「私はもう十分な褒賞を手にしたと思う。あとは仕事を終えるだけだ」

「なら……どこへ連れてくんだ?」 エレトはモザイク模様を見つめた、まるでそれを解読したいと願うかのように。

「このスカイクレイブには実験場があった――彼らの実験体を試す部屋だ。その多くは……無生物ではなかった」

「ここで獣を実験に使ってたとか……」ナディノはかぶりを振った。「そいつらは野生生物をねじ曲げる方法を編み出したに違いない。大地の魔法でか、そいつら自身でか。このスカイクレイブが……グラークマウを作ったのかもしれないってわけか」

「グラークマウだけではない。彼らは科学を通して発見していた。エルドラージがその残忍さを通して暴露したような物事を」 アノワンの返答は無遠慮と言ってもよかった。「この世界は未熟で泣き叫んでいると彼らは明らかにした。世界は自身の意志を持っていて、私たちはその声を聞いているのではない。世界に身をさらし続けているのだ」

 彼らはやがて石造りの両開き扉にたどり着いた。高さはスカイクレイブそのものほどもあり、野生の蔓が中央部を貫通して半開き状態になっていた。痩せた人物であればかろうじて入れそうだった。ナディノが剣を用いて蔓を切ると、それは痛みに苦しむように悶えた。魔術師が滑り込むと、タルサとエレトは自分たちで扉をこじ開け、塵をまき上げて石の軋みに壁が鳴った。

 入ると、ナディノはずたずたになった衣服を見下ろしていた。それは彼らのパーティーの色をしていた。コーの襟巻の布、だが片手ほどの切れ端しか残っていなかった。ナディノは涙をこらえ、タルサへと顔を上げた。「あの化け物……あいつを……ここへ、引きずりこんで……裂いて……」

 タルサはナディノの肩に頑丈な手を置いた。「辛いのはわかっている。だからここに来た。今度は俺たちの番だ。しっかりしろ」

 アノワンはその様子を離れて見つめつつ、広大な空間を観察した。ここだ。ハイドラが無知な家畜を蹂躙できる十分な広さと高さ――時にはエルフまでも、虐殺のために連れてこられた。頭上から観察できるよう、高所には研究者のためのバルコニーがあった。当時のハイドラは間違いなくずっと小さかったに違いない――自分たちが見た個体は、易々とこの柱を登って頭上から見物する者たちも餌にしてしまえそうだった。あるいは当時ですら、それを試して成功していたかもしれない。「ここで待ち構えよう」

 タルサは指を鳴らした。「ナディノ、あれが来たら上で動き続けながら攻撃する。俺も同じようにする。エレト、ナディノを支援しつついつでも逃げられるように。それとアノワン――」

 吸血鬼は三人を無視し、夢中で広間の棚をあさり回っていた。ここの人々の凋落を生き残ったものを。果たして何十もの薬瓶や書類が、無傷かつ無事にその中に横たわっていた。彼は袋に入る限りを詰め込んだ。

「この糞学者!」 タルサが大股でやって来た。「お前って奴は。いいかよく聞け、そんな毒を持ち出させはしねえ」

「タルサ、合意はしたはずだ」 かつての自身のような嘲りはなしに、彼は穏やかに言った。「これは純粋に調査のためだ。約束する――」

「そんなことはどうでもいい。これが何をするか、一人でも理解した奴がいたらどうなる? 村がいくつも壊される……こんな知識が広まっていいのか? 自分たちと怪物を混ぜられるようになる、とかが」

「このような研究も、情け深い手で扱えば有用となりうる。海門か、もしくは――」

「ゼンディカーを歪める方法を知る手は、邪悪な手だ」

 そして頭上からさえずるような金切り声が響いた。タルサは指を鳴らし、仲間たちは身構えた。床から上がるため、彼らの鉤がバルコニーの端に投げられた。「アノワン!」 タルサが叫んだ。「上がるぞ!」

 彼は溜息とともに頷き、衣服の鉤を調節した。後で縄を取りつけよう。「どうする?」

「あれを引きつける」

スカイクレイブの荒廃者、グラークマウ》 アート:Filip Burburan

 ナディノはそれを合図ととらえて吠え、エレトが続いた。グラークマウは金切り声とともに現れ、スカイクレイブの上層を突進し、屋根から広間へと転げ落ちた。それが落下している間に、パーティーのそれぞれが動いた――ナディノは氷の鋭いスパイクと登攀用フックの刃で下腹部を攻撃した。タルサは縄を用いて上向きに推進し、コーの横で宙返りとともに切り裂いた。

 アノワンはついて行くのがやっとだった。彼は決して狩人ではなく、ようやく渇きを満たせるとわかって熱心になっているだけだった。これが死んだ際には良質な血が飲めるのだ。生きているうちから楽しめるかもしれない。彼は重力と体重を利用し、縄の長さを用いて一本の首を絞めようとした。だがそれはわずかに肉に食い込んだだけで、ハイドラは攻撃のために難なく頭部を下げた。

 タルサは地の利を得てハイドラの顎を剣で裂き、旋回して顔面全体を削いだ。だがその傷もわずかしか持たないと彼はわかっていた。すぐに、そこから不揃いで尖った歯列と貫く両目が生え出た。ナディノは最遠の頭に対峙しながら、同じ問題と戦っていた――逸れた火球が喉に穴をあけるも、悶える顎がさらに二つ現れて、一つはナディノの杖の直前の空間に噛みついた。ジョリィはというと怪物の後ろ足の鉤爪をかろうじて噛み、負けじと奮闘していた。

 既に戦況はまずいことになっている、アノワンはそう結論づけた。このような無謀な行動を続けたなら、餌になるだけだった。彼は縄を切り、ハイドラの視界から逃れて荷物の所へと向かった。思い出せるものがあった。

「見捨てるのか、この汚ねえ――!」 ナディノはアノワンを呪ったが、それで集中を長く途切れさせるわけにはいかなかった。「何してんだ!」

「答えがあるはずだ!」 彼は叫び、持ち出した薬瓶の色をあたっていった。深い赤、青の粉末、瑞々しい深緑、さらに色とりどりの薬がガラスと光に輝き、瓶の中で揺れていた。古代のコーが記した成分を彼は幾つか読み取っていた。このどれかが自分たちに勝機をもたらすに違いない。

 見つかった。指ほどの小さな瓶、中身は曇った黄色だった。この薬はそのものの姿を希薄な気体から固い琥珀石へと変化させると思われた。鎮圧の道具に使えそうだと、戦闘員や野生生物の動きを封じるために使えそうだと書類にあった。だが具体的にどのようにしてか、までは把握できていなかった。「上へあがれ!」

 彼はポーチの中から別の鉤付き縄を取り出し、バルコニーを狙った。ハイドラはすぐに気づくだろう。そして自分は他の三人よりもいい距離にいた。地面の上、歯の間に程よく収まる。握り締めた瓶を割らないように気をつけながら、アノワンは力の限りに素早く上がっていった。

 グラークマウは全ての頭で、歯をむき出しにしてアノワン一人を狙った。縄に届いたが、彼はかろうじて避けた。腕をかすっただけでアノワンは滑り落ちかけ、瓶が手から落ちた。彼は罵りを呟き、両目は落ちゆく瓶に定められていた。その時、小さな刃が視界に飛び込んできたかと思うと、来たるハイドラの唇の直上でガラスを割った。刃はそのまま回転し、研ぎ澄まされた金属が頬を切り裂いた。アノワンが見ると、ナディノが剣から手を放した。

 瓶が砕け、中身が雲となってハイドラの顔面に弾け、丘の上を雲がうねるように首筋に広がりながらゆっくりと降りていった。その塵が触れた全てが灰色に変化して尖り、まるで皮膚を焼くと同時に石化するように、ナディノの剣を側頭部に刺したまま固まった。数秒のうちに怪物の頭は沢山の口を上のパーティーに向けて開いたまま、鋭く尖った石と化した。その下の身体はまるで決定した運命から逃れたいと願うように悶えたが、頭部がその重みに耐えきれずに落ちた。一つまた一つと、砕ける音が開いた屋根に響き渡った。

 その音にアノワンは我に返り、慌てて身体を強張らせ、瓶の中身から離れようとした。だがその魔法は作用を終えていた。わずかに人差し指の先に効果が現れ、だが彼が恐怖に息もできず立ちすくむ中、それは関節の手前で止まった。アノワンは疲労と安堵に膝をついた。

 ナディノはにやりとし、縄にぶら下がったまま叫んだ。「気を付けて死ぬんじゃなかったのかよ、惨めな吸血鬼さん?」


 ハイドラの頭が元通りに柔らかくなることはなかった。

「じゃあ、来る時と同じだ」 タルサは諭すように言い、それらをアノワンの背負い袋にくくりつけようとした。

 吸血鬼は溜息をつき、動かずにいた。「わかっている」

 だがその時、エレトがアノワンを肘でついた。「なわけあるか。荷物は分担だ。最速で下るにはそうだろうが」

 彼とナディノは縄を締め、石化して死んだハイドラを背負い、その重みでスカイクレイブの口をめがけて滑り降りていった。

 浜辺への道中、タルサがアノワンの肩に手を置いて言った。「あんた、愚痴も言わずにずっと俺たちの態度を我慢してただろ。汚いことばっかり言ってたのによ。なのに俺たちを救ってくれた」 彼はナディノの背負い袋の上、布で縛られた小さな束を示した。亡くしたオリエンの形見を。「あんたは仲間の復讐をさせてくれた。すごい奴だよ」 彼は続け、温かく微笑んだ。「本当に感謝する。望むなら、遠慮なく俺たちの四番目の鉤になってくれ」

 アノワンは頷き、口元を緩ませた。この感情こそ長年求めていたものだと、ようやく気付き始めたばかりだった。栄光ではなく、名声でもなく、だが……仲間意識を。自分の知識に価値があると知った。この感情が続けばと願った。ゼンディカーの遠い過去を更に解き明かし、その知識を更なるこの感情のために共有するのだ。

 その間、背後ではナディノが笑いをこらえながらジョリィの頭頂部を掻いていた。そのナーリッドはアノワンの背負い袋から緩い巻物の束をくわえ、空腹から顎は涎で濡れていた。彼はそれに気付き、立ち止まって考えた。既に得たものは多いが、失ったものも同じほどあるのではと。

 答えが出て、彼は笑みを浮かべた。そして振り返り、ナーリッドの顎の下を掻いてやった。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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